遊戯王VRAINS Ⅱ Wisteria Flower   作:紅緋

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 幻覚概念を形にするのに1年以上かかってしまいました。


01:Wisteri∀

「お父さんっ! お父さんっ! お父さんっ!」

 

 それは、突然だった。

 

 親子で一緒に夕食を作り、一緒に食べて、一緒に片づけて。一息ついて父はコーヒーを。娘はホットココアを。

 秋が過ぎ、これから冬になろうという時期。親子は温かい飲み物をそれぞれ片手と両手に持ち、他愛のない話をしていた。

 学校のテストで良い点を取れた。デュエル部で部長に勝てるぐらい強くなった。クラスメイトの男の子に告白された──など、娘は自慢げに。けれど誇らしく、花のような笑顔を父親に向けて語る。

 満面の笑みの娘の話に父親は柔らかな微笑を浮かべ、途中の告白されたという言葉に一抹の不安を覚えるも『もう高校生だから』と、自分に言い聞かせるように楽しそうに話す娘の言葉に頷くだけ。

 そんな他愛のない親子の日常──それが、崩壊した。

 

 何気なく点けていたテレビ。ニュース映像で明日の天気が流れていた中、突如としてディスプレイが暗転。

 親子で故障でも発生したのかと画面に目を向け──閃光。眩い光が部屋を一瞬にして埋め尽くし、あまりの光量に瞼を閉じさせられた。

 光が消え何とか目を開けられた瞬間、眼前に映る光景に身体が固まる。

 

 父の背中。だが足は地についておらず、まるで浮いているかのよう。その背中越しには黒い影。人の姿──ではない、人のようなナニカを模した異形。その異形からコードのように伸びた影が何十本もの束になって父の首に絡みつき、それだけで父の身体を持ち上げている。

 

「あっ、あぁっ……!」

「ゆう……逃げ……!」

 

 恐怖。異形の何かが父を害しているが、身体が。腕が。足が。身体の全てが壊れたようにすくんで動けない娘。

 対して父は首に絡みついた影に手をかけ、必死に足掻く。振り向くこともままならないまま娘を案じる。

 

「がっ──ぐぁあああぁぁっ!!」

「おとう、さ……!」

 

 瞬間、再び閃光。首に絡みついた影が光を放ったかと思えば、同時に父の叫ぶ声。その絶叫に娘も声をあげるも、恐怖と理解しがたい状況で言葉が途切れてしまう。

 父の首に絡みついた影がシュルシュルと蛇のように戻り、支えを失った父の身体が床へと投げ出される。ゴン、と父の身体が固いフローリングにぶつけられた音で娘はハッと我に返り、父へと飛びつく。

 

「お父さんっ! お父さんっ! お父さんっ!」

 

 すがるように。泣くように。叫ぶように。何が起きているのかはわからないが、ただ父が無事であってくれと願うように声をかけ、父の身体を揺する。

 しかし──反応がない。声を発することも、身体が動くことも、ない。気を失っているのか、眠らされたのか、もしくは──と、最悪の事態を考えると、娘の目から涙がポロポロと零れ始める。

 

「お父さんっ……! 起きてよ……! お父さんっ……!」

 

 服の裾を掴み、頭を押し付けて必死に願う。混乱した状況ではただの高校生にできることはなく、ましてやたった1人の肉親とあっては無理もない。

 そんな娘の胸を痛める姿を前に、異形が動く。父に行ったことと同じように、異形の影が幾重ものコードのように、地を這う蛇の如く娘の方へと伸びる。

 父を気に掛ける娘が、自分へと伸びる影に気付ける訳がない。影が娘に触れる──

 

「そこまでだッ!!」

「──っ」

 

 ──その瞬間、大きな音を立ててドアが乱暴に開かれる。

 音と声に反応してか、娘に伸びかけていた影は一瞬で引っ込み、突如として現れた集団に顔のようなものを向けると、ズルズルとテレビのディスプレイへと吸い込まれるように戻る。

 

「逃げられたか……バイラ。プレイメーカー──藤木遊作の状態を確認。スペクターとパンドールや奴の痕跡を。ファウストとゲノムは周辺機器の調査だ」

 

 文字通り影のように消え去った異形に顔を歪めつつ、声を上げて入ってきた銀髪の男性は後続の仲間に指示を出しながら、バイラと呼んだ女性と親子の元へ。

 泣きじゃくる少女の肩に手を置き『彼女は医者だ』と告げて少しだけ避けさせる。バイラは娘が不安そうに見つめる中で黙々と確認作業を行い、ふぅと息を吐く。

 

「──意識はありませんが脈と呼吸はあります」

「よかっ、た……!」

 

 ホッと胸を撫で下ろす娘の姿を見てバイラと銀髪の男も同様に安堵の息を零す。続けて砂嵐のような壊れた映像が流れ続けているディスプレイで調査している1人と1体へ視線を向ける。

 

「スペクター、パンドールそっちはどうだ」

「ありましたが、あからさまに我々(ハノイの騎士)がやったと見せかけていますね。念入りな調査が必要かと」

「彼らのアルゴリズムと思しきものもありますが断定はできません」

「姑息なことだ。十中八九『奴』だろうが他の線も捨てきれない。現時点で調査できる範囲で構わん。徹底的に調べろ」

「かしこまりましたリボルバー様」

 

 指示を受けスペクターと呼ばれた男性とパンドールと呼ばれたAIアンドロイドは頷きながら作業を再開。仮想キーボードへと指を走らせようとし──

 

「──そこじゃない」

 

 ──少女の声が静かに響く。

 

「もっと右──いや下? どんどん右下に潜って行ってる……」

「何をそんな……」

 

 曖昧な言葉ではあるが頭否定する理由もない。スペクターは半信半疑で少女の言葉に近い場所を調べ始め──指が止まる。

 

「……確かに、この近辺にそれらしい形跡がありますね」

「私もそちらを調べます」

 

 何の根拠もないが確かに在るには在った。だが今は時間が惜しい。スペクターとパンドールは少女のことを気にかけつつも、タイピングする指が加速する。

 

「なるほど、リンクセンスか。プレイメーカー──いや、藤木遊作の娘にも継がれているのだな」

「一般的に娘は父親の、息子は母親の遺伝子情報を多く遺伝しますから不思議ではありませんね」

 

 得心したようにリボルバーと呼ばれた銀髪の男性は頷き、それに補足するように作業中のゲノムが一言。

 なるほど、と再びリボルバーは頷いてから少女を見やる。

 

 藤木遊作と同じ濃紺と空色、紫の入り混じった髪。緑風を彷彿とさせる翠の瞳。泣き崩れた後だが、その眼差しの強さは間違いなく父親と同じ(モノ)

 リボルバーは今後のことを考え逡巡し、覚悟を決めたように少女へ歩み寄る。

 

「藤木遊作の娘。父親を助ける意思はあるか?」

「──っ、お父さんを助けられるなら何でもする!」

「ならば我々に協力してもらうぞ。藤木遊作の娘──いや」

 

 即断即決。父親に似た一面に懐かしさを感じつつ、リボルバーは自分の『藤木遊作の娘』という発言を恥じる。

 過去の自分を含め、誰しもがその親の、その子ではあるが、それだけのアイコンではない。

 コホン、と咳払いし、リボルバーはゆっくりと手を差し出し、改めて少女の名前を言う。

 

「『藤木優花(ゆうか)』」

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

「こちらコーヒーとコーラのセットです!」

「おっ、来た来た」

「ありがとうございます」

「ごゆっくりどうぞ!」

 

 Den City(デンシティ)の中央広場。日中は人がまばらな場所ではあるが、夜になれば日夜LINK VRAINS(リンク・ヴレインズ)内でカリスマデュエリストのデュエルを超巨大モニターで観戦できる場でもある。

 昼間の今は人が少ないものの、モニターには昨夜のカリスマデュエリストのハイライト映像が映し出されている。それを観ながら広場の一角にある老舗のホットドッグ屋台『Cafe Nagi(カフェ ナギ)』で楽しむのが一部古参ファンの間で流行っているのだ。

 兄弟で営む店には少なくない客が酒の肴にするかのようにホットドッグを頬張り、コーヒーやコーラなどを飲みながらゆったりとデュエルのハイライト映像を観戦。昨夜のランキング1位の燃え猛るデュエルに胸を熱くしながら食らうホットドッグは格別そのもの。

 今もまた新たな客がCafe Nagiへと足を運ぶ──

 

「いらっしゃいま──あっ、財ぜ、ゴホンゴホン! 兄さんっ! お得意様だよ!」

「ん? ──あぁ、これはまた懐かしい顔だな。横からどうぞ」

「あぁ、すまない」

 

 ──SOLテクノロジー社のCEO、財前晃が。

 弟の仁からの声かけで察した(・・・)兄の翔一は晃を屋台の裏口へと案内。同時に店のシャッターを下ろし『臨時休業』の張り紙を慣れたように貼り付ける。

 

「さて──わざわざSOLのCEOさんが来るってことは、また何か厄介ごとか?」

「すまない。君たちにはなるべく頼らないようにはしたいのだが、事態が事態でね」

「構わないさ。俺たちもアンタたちも共に仲間として戦った仲だ。それに融通を効かせてくれているしな」

 

 翔一は店内へ入った晃にコーヒーを差し出す。それを一口飲み、沈痛な表情を浮かべる晃だが、それをあっけらかんとした顔で翔一は応える。

 最初こそ互いに衝突し、時には敵対し、時には仲間として戦った仲だ。加えて直接的ではないとは言えSOLテクノロジー社がロスト事件に関わっていた事実から、晃の指示により資金幇助や広場での営業優遇も受けている。

 その恩もあるが、互いに下の妹と弟を持つ兄。何かと相談だったり愚痴を零している内に打ち解け、今では互いに数少ない同年代の友人となっている。

 

「来月12月にLINK VRAINSのウィンターカップが開催されることは知っているだろう?」

「あぁ、四季に合わせてLINK VRAINSで実施される大会だろ? それがどうかしたのか?」

「参加者は基本的に投票形式やSOLを始めとした企業の推薦枠で選ばれるのだが──参加予定のデュエリストたちがハノイの騎士(・・・・・・)を名乗る者の襲撃を受けてアカウントやデッキデータごと削除されている」

「何だって……!?」

 

 ガタ、と翔一が身を乗り出す。

 ハノイの騎士。かつて敵だったリボルバーが率いていたハッカー集団にして、ならず者のデュエリスト集団。ハノイの塔の事件以降はハノイの騎士自体が空中分解したこともあってここ20年は姿を見ていなかったのだが、それが再び現れたと聞けば冷静ではいられない。

 

「ハノイの騎士を自称していたが、私は少なくとも鴻上了見は関わっていないと考えている」

「あぁ、Ai──イグニスたちが居ない今、リボルバーが今更ハノイの騎士を再結成させる理由がない」

「同じ意見だ。よってそれが第三者によるテロ行為であるという前提でSOLも調査をしているのだが……生憎と事件発生から一週間経った今でも手掛かりすら見つからない状況だ」

「ゴーストガールやブラッドシェパードが居てもか?」

「あぁ、彼らも非常に優秀なハッカーではあるのだが、難航しているのが現実だ」

「なるほどな。それで俺のところへ……」

「すまない……本来であれば平穏に過ごす君に頼る訳にはいかないのだが……」

 

 ズズ、と自分の淹れたコーヒーを口に運ぶ翔一。

 来月には大規模な大会があるというのにそれが正体不明の──それもかつての仇敵を模した者にやられるとあっては、CEOである晃の苦労と心労は計り知れない。

 さらにお抱えのハッカーが居ても解決どころか糸口さえ見つからないとなれば晃からすれば(わら)にもすがる思いだろうと察する。

 

(できるのか? 今の俺に……)

 

 ハッカーとしての腕は自他ともに認める腕前だ。だが相手が自称とはいえハノイの騎士。当然、デュエルも絡んでくるだろう。

 かつては弟の仁のため。それにPlaymaker(プレイメイカー)──藤木遊作という仲間が居たからこそ積極的に動くことができた。

 しかし今の翔一の隣に藤木遊作は居ない。

 

(……協力することぐらいはできるか。荒事はゴーストガールやブラッドシェパードに任せよう)

 

 ならば裏方に徹する他ない──むしろ裏方での協力しかできない、と翔一は意を決して晃を見据える。

 

「俺みたいなロートルでよければ協力しよう」

「──っ、すまない。感謝する……」

「なぁに、さっきも言ったが俺とアンタの仲だ。それに──」

 

 瞬間、翔一の表情が一変。

 

「──遊作が帰ってくる場所(LINK VRAINS)は俺も守りたい」

「──俺たち(・・・)、でしょ兄さん」

 

 ハッと二人が振り返ると、そこには仁の姿。接客は全て終えたのか、空になったトレイを両手に、兄である翔一と同じ強い眼差しを二人に向けている。

 

「仁!? いつから聞いて……!」

「『また何か厄介ごとか?』から」

「ほぼ最初から聞いていたのか……」

 

 はぁと翔一は天を見上げ、額に手を当ててため息を零す。そして改めて弟の仁を見る。

 

「仁、お前には何の関係もないことだ。これは俺の仕事だ」

「関係ない訳ないよ。記憶こそないけど僕だって当事者だったんだから」

「しかし──」

「──それに、記憶はないけど体がデュエルを覚えていた。今度は僕が兄さんと一緒に戦う」

「んぐっ……」

 

 仁の鋭い眼光に無意識にたじろぐ翔一。

 当時のロスト事件で心を閉ざしてしまったが、その後のライトニングの凶行の最中で偶発的にロスト事件の記憶だけが消え去り、今ではホットドッグ屋を切り盛りする兄弟の弟にして──

 

「兄さんも、財前CEOも僕の力は知ってるでしょ?」

「それは……まぁ……」

「──アバターネーム『グラスモー(ツー)』。現在ランキング4位のデュエリスト……確かに実力的には申し分ないが……」

 

 ──LINK VRAINSではランキングに名を連ねる実力派デュエリスト。

 地獄のような環境を生き抜いた体はデュエルを覚えており、仁がLINK VRAINSに姿を現すや否やあっという間にカリスマデュエリストの仲間入りを果たした。

 ロスト事件の所為で心を閉ざした少年が、ロスト事件のお陰で今や人気デュエリストの一人。

 その事実と内情を知る兄二人はただ顔を俯かせる。

 

「兄さんと遊作さんは僕のために戦ってくれた──今度は僕の番だ」

「仁……」

 

 決意したその眼差しはかつての翔一と同じ──否。かつての遊作と同じ『前へ進む』という強い意志が込められた眼差し。

 当時の相方と重なるその姿に翔一は諦めたように、そして僅かに口角を上げながら仁と向き合う。

 

「わかった。お前がそこまで言うなら俺は全力でサポートする」

「兄さん……!」

 

 草薙兄弟の繋がりの強さを目にし晃は微笑ましい顔と、内心の後ろめたさ(・・・・・)を抱えたまま、区切るようにコホンと咳払い。

 

「感謝する。これまでの情報は後ほどメールで送るので詳細を確認しておいてくれ」

「あぁ、微力ながら協力させてもらうさ」

「ではその微力に期待するとしよう」

「言ってくれる」

 

 お互いに苦笑を浮かべ、手を交わす。

 20年という時の流れから、繋がりを確かめるように──

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

「行くのか?」

「うん」

 

 郊外──それも電気や水道が通じていないほどの僻地にあるロッジハウス。発電機や有線ケーブルで強引に通信環境を整えた一室に男と少女──リボルバーと優花が居た。

 優花は左腕にデュエルディスク──父である遊作の──を装着し『自分の』デッキをセット。

 

「今回は誰を目標とするつもりだ?」

「──グラスモーⅡ。ランキング4位の」

「あぁ、彼か」

 

 知ってか知らずか、リボルバーは得心したように頷いて顎下に手を当てる。

 さらにはどこか微笑を浮かべており、優花はそんなリボルバーに怪訝な眼差しを向けた。

 

「何か?」

「いや、何も言うまい……成果を期待しているぞ藤木優花──いやWisteri∀(ウィステリア)

 

 優花はリボルバーに頷いてからふぅと息をついて呼吸を整える。着けている父遊作のデュエルディスクと自分のデッキを一瞥し、意を決したように前を見る。

 

「──Into the VRAINS(イントゥ ザ ヴレインズ)

 

 優花の意識が現実世界から仮想世界へ。

 容姿も制服姿からアバターであるWisteri∀の──かつてバイラがハノイの騎士として活動していた姿へと変わる。

 しかし純白だった色は真逆の漆黒。

 何者にも染まらない──全てを侵食する黒。

 漆黒のアバター──Wisteri∀がLINK VRAINSへと降り立つ。

 

 




Wisteria = 藤
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