プリミティブ・プライメイツ ~暴君転生~   作:翠碧緑

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10話 強さの形

 

 人の求める形。挑むべき目標。人として生まれたからには何かを夢見たい。

 

 私は誰から見ても理解してもらえるもの、明確な基準である“強さ”を求めた。

 

 我がブレイブハート家は戦うことで人類に貢献してきた。魔物を殺し、人間を裏切り、魔族に抵抗する。

 他者をねじ伏せることで、生きてきた。

 

 この魂が、血が覚えている。それは肉体の動かし方、心の保ち方、命の奪い方。

 剣を振るい、魔法を放つ度に、実感を以て私は確信する。それこそが私の、私達の人生なのだと。

 

 先の大戦で、母は名誉の死を遂げた。姉の一人は魔族を討ち、もう一人は他国と連携して魔王の領土を奪ったという。

 そして、私の再従姉妹(はとこ)に当たるエルヴァリス・ブレイブハートは四選英でただ一人生存し、大魔族を六匹も滅ぼした。

 

 いずれは私もそこに並びたい。人々が畏れ、敬う強さを持ちたい。

 我が名はヴィクトリア。ヴィクトリア・“ブレイブハート”。

 

 その事実だけで、私はとても誇らしく、幸福だった。

 

「ヴィクトリア。お稽古の時間ですよ」

 

 それは少し前の出来事。

 我が家にある闘技場で剣を振っていると、姉に声を掛けられる。

 お稽古。一般の女児が行う下らないやりとりだ。そんなもの戦いにおいてなんの役にも立たない。

 

「シグルナお姉様。何度も言っているようにそんなものは時間の無駄です。戦いに備えて鍛えるべきです」

 

 幼い私は抵抗する。私は同世代の子よりも強かった。けれど、私が目指すのはブレイブハートの一員だ。

 仕える者達の陰口で、姉達の子供の頃の逸話は耳が腐る程聞いていた。

 

 年の離れた姉達。私だけが戦いに行けなかった。力を示す場を持てなかった。その悔しさが、腕に力をもたらした。

 

「ヴィクトリア…。お継母(かあ)様もお困りです。貴方の態度は淑女足り得ないと」

 

「そんなの、どうでもいいのです! 私は騎士になります。お姉様たちのように!」

 

 振るわれる剣がヒビ割れ、壊れた。私程度に耐えられぬガラクタ。()()()()()()()()()()()

 誰の心にも残らず消えていく。

 

「淑女が、国に貢献できますか?! 人を魔族から守れるのですか?! 強くならずに弱い人間を増やして、どうするというのです!?」

 

 自分を強く保てない私は怒りを敬愛する姉にぶつける。

 

 シグルナ姉様もザフラ姉様も戦場に出てすらいない臆病者と婚姻を結び、弱き血に汚された。ザフラ姉様に至っては二度目の結婚だ。

 一度、弱さ故に相手の男は死んだというのに、どうしてそんな決断ができるのかわからなかった。

 

「…騎士が命を(はぐく)めますか?」 

 

 しばらく見ていなかった鋭い視線が私を射抜いた。体は硬直する。圧倒的力を前に、抵抗するという本能さえ消えてしまう。 

 

「無理です。いいですか、ヴィクトリア。私達が闇雲に命を奪う間、命を守護し、暖めていたのはこの地に生きる人々であり、騎士ではなかったのです」

 

 そんなことはなんとでも言える。

 ならば、私はこう返そう。

 

「……姉様達が命を奪ったからこそです。身を引いて、縮こまって身を寄せ合っていただけの弱者が生きているのは騎士が戦ったからです」

 

「ヴィクトリア……」

 

 哀しさをシグルナ姉様はその顔に浮かべる。

 

「ぬくぬくと守られただけの人間が、威張っている。許せません。騎士がいたから、今の私がいるのです! 私がもっと強ければ、お母様も……ッ!!」

 

 終戦間際、私が三歳の頃に国内は大混乱に陥った。詳しいことはわからない。

 だが、その混乱に乗じて襲来した魔族から私達を守るために、お母様は命を散らした。

 

「それは、貴方には関係のないことです。お母様の死は、あの方だけのものです。私達が語るなど烏滸(おこ)がましいことこの上ない」

 

 上から潰されるような圧力が私にかかる。お姉様はただ喋っているだけだ。

 

「それが、悔しいのですッ!!」

 

「──!」

 

「お母様の死に、戦いに私は関わることができなかった……。お姉様たちの戦いにもです。年齢の話で片付けられませんッ! 私は恐怖しました。お父様の腕を、安心を求めてしまった……。絶対に許されてはいけないことですッ!!」

 

 自分が嫌になる。今もこうして弱さを自覚している。

 

 遠い何処かでまだ魔族が生きている。人間を蔑んでいる。こんなことをしている暇は無いというのに。

 

「よく聞いて、()()()

 

 目線を合わせてくれたお姉様は私を抱きとめる。

 

「私は、()()()()()()()

 

「……?」

 

 理解できない言葉だった。どうして、私が羨ましいと思う人が私を羨むのか。

 

「暴力を振るわず、傷つけられず生きていける貴方が、羨ましいのです」

 

「何を……?」

 

「敢えて言いましょう。敢えて押し付けましょう」

 

 私から離れ、背を向けてお姉様は吐き捨てるように言った。

 

「戦いなど(けが)らわしい。剣術など下らないっ。騎士などッ……! なんの価値もありません」

 

「お姉様ッ……! 何を仰るのです!?」

 

 それは私の知らない姉の心だった。

 

「!?」

 

 この闘技場に配置されている剣が一振り動き出し、私の前に突き刺さった。シグルナお姉様の術の一つだ。振り向いたお姉様の顔は真剣だった。

 わけもわからない私に馬鹿にするような態度でまたお姉様は語った。

 

「貴方は魔族がどのように喋るのか知りません。そして、その頂にいる者がどのように人を殺すのかを知りもしない。非常に運のいいことなのですよ?」

 

「だ、だからこそ、私は……ッ!」

 

「無意味なことだと言っているのですッ!!」

 

 空間が圧縮されたような感覚が走った。きっとお姉様は本気ではない。しかし、その激昂は私を軽く捻り潰すだろう。

 

「貴方にできることは、私達(ブレイブハート)の栄光を(かさ)に快楽に(おぼ)れ、惰眠(だみん)(むさぼ)り、そのまま()でられ死んでいくことだけです」

 

「──」

 

 認められていると、どこかで思っていた。そうじゃない。それ以前の問題だったのだ。

 結局、私は家族の優しさに甘えているだけの臆病者。吠えるだけの子犬だった。

 

「もし、貴方がこの幸福な時代に、あくまで愚行を重ねようとするのならば、その剣で私の命を奪いなさい」

 

「え……?」

 

「それが貴方の言う“強さ”です! 主義の違う者から奪い続け、一方的な主張を通し続けるもの。喜びなさい。そこには貴方の大好きな戦いだけが待っていますよ?」

 

 そう言って、お姉様は私の間合いに完璧に入ってきた。用意された剣も私の使い慣れたモノ。それを引き抜き振るえば、簡単に命を奪える距離。

 お姉様は何も持たず、使わず、ただ私を待っている。

 

 大好きなお姉様。いつも、私を導いてくれる愛しい人。

 けれど、そうか、この目の前にいる存在こそが、戦う者。

 

 私などが目指して良いものなのだろうか。

 

「稽古は午後から開始します。よろしいですね、軟弱者(ヴィクトリア)

 

 去っていく姉からそう投げかけられる。

 剣を握ることすらせず膝を折り、うなだれる私は頷くだけだった。

 

 

 

 

「おかえりなさい、ヴィアちゃん。珍しい、お出かけだったの?」

 

「エルヴァリス様! いらしていたんですね」

 

 玄関ホールにて、ルクレヴィス家への謝礼から帰宅した私を迎えたのは、最も敬愛する英雄『エルヴァリス・ブレイブハート』様だった。

 

 教会に選ばれ、神芸品(ゴッデスファクツ)を賜わされた四人の一人。ただ一人生き残った勇者。

 衰えぬ美しさはいつも国で話題に上がる。本人は迷惑しているようだが。

 

「あー、もしかしてやらかした件?」

 

「まったくお耳がお早いことで。その通りです」

 

 きっと姉が伝えたのだろう。

 私はまた逃げた。今なら理解できるが、どうしてあんなに沈んでいたのかわからない。

 

 夢と現実の狭間で。どうしようもない悩みを抱えて、一人で勝手に嘆いて。本当に恥ずかしくなる。

 

 自分と同じような年齢の子があんなにはっきりと自分を見据えて生きているというのに。

 

「いやー、ごめんね? きっと私が無神経に聞いちゃったからだよね…。ヴィアちゃん結婚嫌がってたの知ってたのに」

 

 本当に申し訳なさそうにエルヴァリス様は、謝罪をしてきた。正直に言えば、その通りでしか無いのだが、なんとか笑って私は謝罪を受け取った。

 

「別に気にしていません。勝手に投げ出しただけです」

 

「いやあ、そんなことは…。シグルナや君の継母(はは)上には私から言っておくから……」

 

 外の者がこんな彼女の姿を見れば卒倒してしまうだろう。

 公に彼女がこんな無様な態度を取ることはない。この家の中でだけ見せる一面だ。

 

 “それを私は知っている”ということが、また私に虚栄心を与えていたのだ。

 

 皆が英雄と崇める存在に私は頼み事ができるということ。そんな自負がまた私を惑わしていた。

 

「もう話はついていますから、大丈夫です。散々怒られました。聖芸品(ディヴァインファクツ)まで持ち出してしまったものですから」

 

「あの変身用の? あー…そりゃあまずかったね…。いや、まあでも、話はついたんだ」

 

「はい」

 

「よく説得できたね! シグルナは頷かなかったんじゃない?」

 

「いいえ、快く」

 

「おー!」

 

 ころころと喜ぶエルヴァリス様には申し訳ないが、彼女の想像している状況とは違う。

 

「エル様」

 

「お? 闘技場行く?」

 

「いいえ。これから()()()()()()ですので、そろそろ」

 

「ぅえッ!?」

 

 驚く彼女の顔があまりにもおかしくて、つい笑ってしまった。

 

「ヴィアちゃん!? どういうこと!? あんなに嫌がってたじゃん!」

 

「そうですね…」

 

「や、やっぱり…無理矢理? ご、ごめん! ヴィアちゃんくらいの美人なら決まっててもおかしくないって思っちゃっただけなの! 婚約者の為に剣を折れ、とかそんなことが言いたかったんじゃなくて…」

 

「落ち着いてください」

 

「だ、だってぇ~」

 

 半べそでしがみついてくるエルヴァリス様を宥めながら、溜息を付く。

 ()()()。この方も、私の力を認めてはいないのだ。

 

 エルヴァリス様はあくまで私の自主性を重んじているだけであって、その先の強さを求めているわけじゃない。

 私への愛は伝わっている。勿論、理解している。でも、けれど、というだけの話だ。

 

「今までのように、稽古や勉学を蔑ろにはしないと約束しただけのことです。別に剣をやめたわけではありません」

 

「そうなのね! びっくりしちゃった! ()()()()()()()()()()

 

 また私はくだらない言葉のやり取りを気にしてしまう。

 

 どうして、私を気にしてくれないのか。どうして、私の強さを求めてくれないのか。

 期待されているのはブレイブハートの血を引き継ぐことだけ。

 

『まあ、ならしょうがねえな』

 

 あの夜の彼女の微笑みがまた心に広がる。どうして、あそこまでの諦観(ていかん)を抱きながら、貴方は生きているの? どうしてあんなに小さな存在に私は強さを感じたの?

 

「ヴィアちゃん?」

 

「あ…すみません。ぼうっとして」

 

「ふーん。お世話になったところってルクレヴィスだっけ?」

 

 私を優しく撫でながらエルヴァリス様は質問する。

 

「はい。正確にはその家の従者の方に。身分も嘘をついていましたし、だいぶ雑な扱いをされましたが、彼女にはなんの罪もありません」

 

「そうなんだね…。感謝しなきゃねその人に」

 

「エル様が感謝したら多分つけあがりますので、おやめください」

 

「へ?」

 

 リエーニ。勿論感謝している。でも、なんだかあの子が憎い。嫌い。私とは違うあの子が。

 

 人を馬鹿にするあの態度も、他人を顧みない傲慢さも。なんだか、許せないのだ。

 

「他人を小馬鹿にする言動が大の得意な子なので」

 

「そ、そうなんだ。どこの家の出身なの?」

 

「……さあ、そこまでは知りません。ではエル様、また後ほど。空いている時間には勿論訓練相手を務めてください」

 

「はーい。一週間くらいはいるよ」

 

 ここは彼女の実家だが、戦後も家の代表として各国を回っている。滞在している期間はとても少なかった。

 『めんどくさい』と嘆くエルヴァリス様をいつも見ている。

 

 追いつきたい。並びたい。そして──、いや、下らない妄想はやめておこう。

 

「ヴィアちゃん!」

 

「はい?」

 

 呼び止められて振り向いた私にエルヴァリス様は微笑んだ。

 

「“少し大人になった貴方”に誤魔化さずに言っておくね」

 

 その赤色の瞳が私を見つめる。陰謀を掻い潜り、魔を打ち倒してきた強者の言葉だ。

 

「ヴィアちゃんは弱いよ」

 

「……」

 

 不思議と何も心が動かなかった。今の私はそこまで弱ってしまったのか。

 

「でも、強くなっている。これは事実」

 

「そんな…自覚は無いのですけれど…」

 

 わからない。少し前ならば手を叩いて喜んでいたであろう彼女の言葉は、通り過ぎていくだけだった。

 

「貴方には充分悩んでほしいかな。シグルナの後だから余計に面倒だろうけど、私も敢えて言っちゃうね」

 

 その言い回しは頭痛を運んでくるのでやめてほしい。

 

()()()()()()()。相手を殺すのが好き。守るためじゃ無い。私は他人を傷つけることが大好きなの」

 

 それは、確かになんの誤魔化しもない彼女の言葉だった。

 

「そして、こんな考えは今の世の中には不要なものだと理解している。だから、大人しく人の声を聞いて頷く日々を送っているの。でも、時々思うんだ。『楽しくない』って」

 

 どこか遠くを彼女は見つめる。

 

「魔族は思ってたほど強くなかった。こだわらなければすんなり勝てた。でも、確かにいたのよ、強い人が。とても()()()()()。いつも考えてた。どうやってアイツを殺そうかってね」

 

 笑顔だった。それこそ御婦人が愛しい殿方を語るときのような甘い雰囲気すらあった。

 

「でもね。()()()()()()()。私の幸福はね? たった数年で終わったの」

 

「戦争が終わったから…ですか?」

 

「うん、そう。今の私は多分動いているだけの亡骸(なきがら)。死んだ他の四選英がちょっと羨ましいんだよね。戦場じゃあんまり役に立たない人達だったけど、負けた気分」

 

 そんな話を私にして彼女は何を望むのだろう。生まれたのは困惑だけだ。

 

「ごめんね。こんな話して」

 

「どうして、私に?」

 

 彼女は深呼吸をして私に向き直る。初めて触れた英雄の一面に私の頭はついていけなかった。

 

「ヴィアちゃんには“そっち”に行ってほしくないなあって」

 

「そっち?」

 

「もう一度言うね?」

 

 私は驚いた。彼女が、エルヴァリス・ブレイブハートが浮かべたその表情は見覚えのあるものだったからだ。

 

 諦めたような儚い微笑み。最近見たばかりのものと瓜二つだった。

 

 

「戦いは楽しいし、剣術は面白いし、騎士は格好良いよ」

 

 

 手を振りながら去る彼女の背中はとても遠く感じた。

 

 

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