崩落し、静謐を纏うその玉座に向かって、コーロンは笑いながら話しかける。
「少し落ち着いて話をしたかっただけだ。もてなしてくれないか? そこは私の玉座だが、今はお前のものになったようだからな」
その軽口を聞いても、アルテの表情に変化はなかった。
そして“もてなし”をコーロンに送った。
「……なんとも手荒いもてなしだな?」
黒い鎖が何も無い空間から伸びて、コーロンを拘束していた。
その拘束は空間ごと彼女を固定していて、体を動かすことはできない。
しかし、器用に肩から上だけは固定化されておらず、コーロンは見て、聞いて、話すことは許されていた。
「…………」
アルテの顔は冷たかった。
かつての友を一切信じていない、氷の心が現れていた。
「言葉も無しか……寂しいものだ。“友”として悲しいな」
「──友? 友達のこと? 貴方が? 貴方たちが……?」
きっと逆鱗に触れたのだろう。
次に現れたのは怒りだった。
「……ッ!」
コーロンが縛られたまま空中に浮く。そして、その足元が燃え始めた。
火刑。それは最も苦しむように作られた処刑法だろう。
そしてその炎は大戦中にコーロンが焼かれ、その分体全てに呪いを伝染させたものだった。
唯一その被害を受けなかった個体がついにその火で直にあぶられているのだ。
その熱に耐えられる生命体はこの世界に僅かしかいないだろう。
「あら、あんなに痛がっていたのに、我慢強いわね」
「……一度味わったものだからな」
コーロンは汗を流しつつも、あの時のように泣き叫ぶことはなかった。
「そう。貴方の作ったものが壊れる景色を眺めながら、死になさい」
コーロンを火あぶりにしながら、アルテは王都の街を眺めていた。
そこに感情はなく、ただ変化を確認しているだけだ。
「随分と、薄情になったな……。小動物一匹殺せなかったお前が、よくこんなことを考えついたものだ」
コーロンが語るのは、アルテの過去だ。
嬉しそうに地上を駆ける少女の姿が、今もコーロンの記憶には残っている。
だからこそ、今の魔王となり、他者を無下に扱うアルテが信じられないのだ。
「…………。貴方たちの真似をしてるだけだもの」
やっと少しだけアルテにまともな感情が戻ってきた。
その要因の全てはわからない。
しかし、自分たちの行いのせいであったことはコーロンも予想がついていた。
「ねえ、コーロン。たった十二年で
私がどれほどがっかりしたのか、わかるかしら?」
「さて、な。お前の力が強大すぎるだけだ。単純に私たちよりもお前の方が優れているという話だろう」
そのコーロンの話を聞いて、ついにアルテは感情を露わにした。
アルテの瞳が見開かれ、コーロンを睨む。
上位者の咆哮が轟く。それに萎縮しない生命などいないだろう。
「だったら……! どうして私だけを除け者にしたの? 全員でやろうって言えばよかったじゃない?
……ええ、そうよね。貴方たちは私が邪魔だったのよね。だから、嘘をついた……」
そこまで言って、アルテは玉座から降り立った。
そのままゆっくりとコーロンの近くまで歩いてくる。
そして鎖に巻き付かれ、空中に固定された憐れな女王を見上げた。
「人間という一種族に囚われて、こだわって……。他の種族を放っておいて、魔族と争って……。
貴方たちに、世界を平和にする気なんてなかった。この、嘘つき……ッ!」
成熟した思考の中に、子供のような理論が見え隠れしている。
間違いなく彼女はコーロンがよく知るアルテだった。
たしかに、コーロンたちは嘘をついた。
しかし、その理由は純粋なものであり、けっして全てが嘘というわけではなかった。
今となっては言い訳にしかならない、本当に取るに足らないものだった。
「……あるにはあったさ。それを邪魔したのはお前だろう。魔王
「────」
再び無表情になったアルテは空中に固定していたコーロンを炎が燃え盛る床に落とした。
そして、アルテもその炎の中に入り、焼かれるコーロンの首を締めた。
自分の出した炎だ。アルテがその火で傷を負うことはない。
「が……ッ。……く……」
「…………他の二人もどうせ生きているのでしょう? 居場所を言いなさい。そうすれば貴方の命は助けてあげるわ」
ここに来て、コーロンの命を助けるとアルテは言う。
もうそんなつもりはないはずなのに。
矛盾していた。
「……オーレイルは武帝国にいるぞ。ファントマを調べるといい。そこに足跡があるはずだ。
プロティナは聖国だろう。あそこには生成器が山ほどあるからな。コピーやスペアがたくさんいるはずだ」
コーロンはあっさりと答えた。もちろん嘘八百だ。
自分の肉体を焼き尽くす炎に焼かれながらも、抵抗した。
もうその脚部は炭になって、さらに分解されていた。
“存在抹消”。
それが、その炎で焼かれた者の末路だ。
「…………」
コーロンの回答を聞いて、アルテは停止した。
自分がいかに愚かなことを質問したのか、今になって気づいたのだ。
「……がふっ……ど、どうした? 命を助けてくれるのではなかったか?」
「コーロン……っ! また嘘をついたのね……」
コーロンの首を締める力が強くなった。
「何を言っている? 嘘ではない。本当だ。さあ、早く助けろ。
「……ッ!!」
何かが折れた音がした。コーロンを見るアルテの瞳孔がさらに細くなっていく。
魔王に少しだけ──葛藤が見えた。
「は、はは……助けないのか? 二人の場所を教えたぞ? ならば────お前も“
「────」
「…………ッ!!」
炎が大きさを増した。
コーロンが、パペヌラーレとして過ごした思い出の玉座が溶けていった。
「ええ……ええ、いいわ。生かしてあげる。細胞の一つくらいはね? 喜んでほしいの。貴方を構成する要素を全て消し去るつもりだったのに、この世界に残してあげる」
「ははは……それは嬉しいものだな……っ! せいぜい……後悔するがいい。……その……細胞一つに殺されぬようにな……」
ついにコーロンの肉体の半分が消え去った。
他の部分も焼けただれ、形を保つのがやっとだった。
あと少しでどちらにしろ、その肉体の寿命は尽きる。
好き放題した女にはこのくらいの最期がお似合いだろう。
「…………」
「……本当にただ死にに来ただけなの?」
「…………?」
業炎の中でも涼しい顔でコーロンの首を掴むアルテが、命尽きるコーロンを見てそんなことを言った。
その表情には、あれだけ言っておきながら困惑があった。
「貴方が……なんの策もなく、ただ焼かれに来たの……?」
愚かな警戒心だった。
アルテはここにきて死に損ないに何かできるものだと思っているようだった。
「──は」
もはや肉体の七割が炭となったコーロンは笑った。
それはアルテからのある種の“信頼”だったからだ。
“無策でコーロンが動くはずがない”。
ある意味で正解だ。コーロン自身は様々な種を蒔いている。
だが──芽が出るかどうかわからない不確定のものだ。
かつてのコーロンならばこんなことはしない。
生存欲に取り憑かれたコーロンならば、最期の最期に敵に会いに行こうなど思わない。
あの塔から脱出して、逃亡を図るのだ。
出会う人間を喰らって、喰らって、喰らい尽くして、僅かでも生き長らえようとするだろう。
だが、もう彼女はそんなことはしない。少なくとも──
アルテはそのことを知らない。
そうだ。──敗北して、折れて、ボロボロになった彼女たちを知らない。
そして、たった一人の小さな
未だに闇に落ちたままの彼女たちしか、アルテは知らないのだ。
だがアルテの疑いは、昔の彼女たちをアルテが理解し、信頼していた裏返しでもある。
そのことが少しだけコーロンの焼け落ちた胸を締め付けた。
「本当に死ぬの……? コーロンが……?」
アルテがコーロンの首から手を離した。
その手は震えていた。
アルテ自身もなにかを抱えているのかもしれない。
「貴方は……誰? コーロンがこんな簡単に殺されるはずがないわ」
だが、そのことに気づける者はもういない。
このコーロンはもう誰にも情報を渡せないのだから。
「……
「────」
コーロンはかすれる声で最期に問いかける。
やはり、アルテはアルテのままだった。
生命を尊び、営みを愛する心優しき少女のままだった。
変わったのはおそらく行動理念。思想だ。
根本は変わっていなかった。
なぜなら──アルテは
おそらく無意識だ。友の前でしか見せない反応だった。
「お前……何に……影響された……? 誰に……そそのかされた……?」
「…………」
「はは……男か」
「…………っ!」
厄介なこともあるものだ。
アルテが行動する理由。それがまさか他人譲りのものだったのだから。
それは実に嘆かわしい。この世界の究極の生命が、男に染められていたのだ。
実に人間的なことだった。だが、それはそれで納得というものだ。
──“
「は……ははは……。アルテ……いいことを教えてくれたから、一つ助言してやろう」
「……ぜひ、聞かせてくれるかしら」
屍と見分けがつかなくなったコーロンがアルテに死に際の一言を送る。
それは馬鹿な友人に対しての、純粋なものだった。
「──頂きに至ったなら、あとは落ちるだけだ」
かつて世界に君臨していた女王から魔王への諫言は、冷たい表情で流された。
「知っているわ。貴方が証明しているもの」
「……ふ」
助言を無視されコーロンは笑った。
アルテは何も知らないからだ。
今、この世界に生まれようとしている光を知らない。
邪悪を照らし、いつの間にか笑わせ従わせる、純朴なあの少年の脅威を知らない。
英雄などいくらでも作り出すことができる。
だが、『勇者』は自然に生まれ、誰にも制御できるものではない。
魔王を気取るこの少女もいずれ彼に焦がされるのだ。
(まったく……私たちは本当に碌でもないな……)
肉体が消えたコーロンは、消えゆく最期まで己の無力を嘆いた。
あの小さな存在にまた背負わせるのだから。
(すまぬが……もう少しだけ踏ん張ってくれ、ルクス。
先に待っているぞ、プロティナ、オーレイル)
人間を選別し、支配した存在。
より効率的で、強固なシステムを以て世界に不快な安定をもたらした女王。
その最後の一人がここに燃え尽きた。
彼女の罪に対して、この罰はあまりにも軽い。
断罪者は、ただ無表情でその光景を見届けた。
生命が一つ終了しただけだ。なんの感情も抱くことはない。
多少、彼女との関わりが深かっただけの話だ。
少し溶けてしまった玉座に再び座り直した魔王は、王都の風景をまた眺めるだけだった。
しかし、残ったたった一つの燃え滓が、彼女の目に入ってしまった。
だから、それはただの肉体の反射だ。目に入ったゴミを追い出すための肉体のシステムだった。
宮殿が大地震によりまた揺れた。
その震源がやがて王都に現れる。
破壊と絶望が顕現する。
空気すら振動する大きな衝撃が起こった。
王都に広がるのは、街全てを飲み込むほどの巨大な穴だ。
そして、“山”がそこにいつのまにか鎮座する。
それは街があったところにできた盛り上がりだ。
つまり、地下から『大きな何か』が出てくるだけの話だ。
それが王都全てよりも大きいというだけの話だ。
その盛り上がりの中心から、冥界より呼び寄せた分別の利かない化け物が現れた。
打ち上げられた建物が、巨石が、人間が落下していく。
そんな風景が広がっていた。
「…………」
退屈そうにそれを見る彼女の瞳からは一滴だけ涙がこぼれた。