プリミティブ・プライメイツ ~暴君転生~   作:翠碧緑

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120話 降臨する絶望

 

 不死の騎士が倒れた。

 ヴィクトリアの剣がその首を跳ね飛ばし、浄化の炎がその体を灰に変える。

 

 しかし、それで終わりではない。

 次の敵が、また次の敵が現れる。終わりのない戦いだった。

 

「はあっ……はあっ……」

 

 息を整えながら、ヴィクトリアは周囲を見回した。

 学園都市。かつて彼女が学び、友人たちと憩いの時間を過ごした場所。

 

 今はただの戦場だった。

 生徒たちは避難している。教師陣が建物を補強し、なんとか持ちこたえている。

 

 でも、いつまで持つのか。

 

 南からの攻撃は防いだが、北から攻撃を仕掛けていた反王軍の成れの果ては壁を破り、その一部が学園都市に入り込んでいた。

 

「ヴィクトリア! 右から来てるわ!」

 

 ミゼリアの声が響く。

 ヴィクトリアは即座に反応し、その獄炎の剣を振るった。

 

 一体、また一体。機械的な動作が続く。

 

(リエーニ……)

 

 戦いながら、彼女の心は遠くにあった。

 

 王都で戦っているはずのあの少年。

 彼女が愛した、彼女が選んだ、彼女の光。

 

(無事でいて……)

 

 ただ心配だった。

 

 あの子は強い。それは知っている。

 でも、同時に優しすぎる。背負いすぎる。

 

 きっと今も誰かのために戦っているのだろう。

 誰かを守るために。自分を顧みずに。

 

「くっ……」

 

 ヴィクトリアの剣が一瞬遅れた。

 不死の騎士の剣が彼女の肩をかすめる。

 

 都市ではあの魔族相手に展開した獄炎の太陽は使えない。

 究極の一刀も消耗が激しい。使うまでもない相手が多すぎる。

 

 長期戦はなかなかに辛いものだった。

 

 受けた傷は浅い。問題ない。

 でも──集中できていない。

 

「ヴィクトリア! なにやってんのよ!」

 

 遠くの屋根からミゼリアの叱咤が飛ぶ。

 そうだ。今は目の前の戦いに集中しなければ。

 

 しかし──。

 

(はやく……ッ)

 

 焦りからか心が叫ぶ。

 

 王都へ。リエーニの元へ。

 彼を助けに。彼の隣に。

 

 ──でも、動けない。

 

 ここを離れれば、学園が、仲間たちが、街が失われてしまう。

 

 命のやり取りよりも、守ることをヴィクトリアは優先するようになっていた。

 

「ヴィクトリア……っ! まだ来るわよ!」

 

 ミゼリアの声が聞こえた。見ると、彼女もまた限界に近づいている。

 

 魔力の消耗。体力の消耗。

 皆が、限界だった。

 

(……リエーニ。どうか、無理はしないで)

 

 ヴィクトリアは涙を堪えた。

 

 行けない。あの少年の側に。

 

 これが、選択というものなのか。

 これが、責任というものなのか。

 

 英雄の血筋であり、この国の軍隊を指揮する家系。

 その跡を継ぐ騎士を目指すのならば、ここの民を見捨てることはできない。

 

「はあああああっ!!」

 

 叫びとともに、ヴィクトリアは剣を振るう。

 

 不死の騎士が次々と彼女の獄炎に斬り裂かれ倒れていく。

 

 でも、終わらない。永遠に続くような戦い。

 

(必ず……必ず私も、貴方の隣に……)

 

 そう心の中で誓った時──()()()()()()

 

「──────!?」

 

 それは今までとは比べ物にならない揺れだった。

 

 建物が軋む。地面が割れる。

 まるで世界そのものが悲鳴を上げているようだった。

 

「きゃあああっ!!」

 

 ミゼリアが倒れた。

 生徒たちの叫び声が聞こえる。

 ともに戦う教師たちの魔法が飛び交う。

 

 ヴィクトリアも膝をついた。立っていられなかった。

 

 視界が揺さぶられるほどの振動だった。

 

(この揺れは──王都……!?)

 

 方角が分かった。震源は王都だ。

 リエーニがいる場所。今、あの小さな少年が戦う場所だ。

 

「リエーニ……ッ!!」

 

 ヴィクトリアは叫んだ。でも、彼の優秀な耳にも声は届かない。

 

 遠すぎる。遠すぎるのだ。

 

 揺れが収まらない。

 世界が終わろうとしているような、そんな揺れ。

 

 そして、ヴィクトリアの視界は暗転した──。

 

 

 

 

 ──俺は立ち上がることもできずに、ダルンとミーナの戦いを見ていた。

 

 あの凄まじい重力を操る戦いを、見ることしかできなかった。

 

「…………ちっ」

 

 体が動かない。

 正直、今すぐ眠りたいほど疲れていた。

 

 半分になった力を、前の感覚で使っていればこうなるのは当然だった。

 

 遠くで戦うダルンの体は──もう人間のそれではなかった。

 

 引き裂かれ、再生し、また引き裂かれる。

 でも、止まらない。

 

 戦い続ける。剣を振るい続ける。

 

 ──なんのために?

 

 答えは分かっている。俺を守るためだ。

 

 本当にご苦労なことだと思う。

 変わらず押し付けがましくて、勝手で、自分の都合ばかり。

 

「……ダルンもクソ強かったんだな」

 

『そう?』

 

「いやお前と比べたらアレかもしんねえけどさ……」

 

 右手に握る駄剣は相変わらず誰にも辛辣だ。

 

『助かった。貴方はあのオスに感謝すべき』

 

「そりゃ、まあ、感謝しないこともねえけどさ」

 

『……面倒。ちょっ……! あうあうあうあう』

 

 うるせえな。

 少しフィフを振り回して、反抗した。

 

「うえ……余計な体力使った……」

 

『馬鹿』

 

 ため息を付いて、周囲を見る。

 

 前見たときはあんなに綺麗だった宮殿が、見るも無惨ってやつになってた。

 

 やりきれねえなあ。あれだけ発展していた街も酷いものだった。

 

「あー……。こんなんどうやって復興すんだよ……」

 

『…………』

 

 まあ、やんなきゃいけねえんだけどさ。何年かかってもよ。

 

 ダルンの戦いとは逆の方向へ視線を向ければ、大犯罪者の安らかな眠り顔が見えた。

 

 ────マジでいろいろ好き勝手しやがって。

 

 ダルンの戦いは拮抗しているようだったが、ミーナの方が戦闘の意志を欠いているため、そのうちに撤退していくだろう。

 

 俺は岩陰からちらっと見ていることしかできない。

 マジでなんだよ、あのビーム狙撃。

 

 あれ作りまくれば魔族にも楽勝だった気がするけど、争いのレベルが上がっちまうか。

 

 女神サマもそれを警戒して、文明を管理していたのだろう。

 

「……ッ!」

 

 地面がまた揺れた。

 地震だ。しかもさっきより大きい。

 

 俺でも体験したことのない震度だった。

 というよりも体験したことのない揺れ方だった。

 

 手を使っても体を支えられず、地面に転げてしまうほどだった。

 

「くそ……! マジでやべえ。火山でも噴火したのか?

 フィフ、これって誰かの魔法か?」

 

『…………』

 

 俺の耳に入ってくる音は、ドでかい振動音だけだ。うるさくて聞いてられない。

 

 そんな騒音だらけの空間でもフィフは静かだった。

 まあ、地震とかはコイツには関係ないだろうけど。

 

『そう……。やっとわかった。…………ルクス』

 

 急に何かに気づいたような声を出して、フィフが俺の名を呼んだ。

 

『あん? なんだよ!?』

 

 口を開いていられないほどの地震のため、俺は風声で答えた。

 なんとなく強気な口調で。

 

 俺も何かを察していたのかもしれない。

 なんとなく癖で、逆らうようなことを言ってしまいたくなった。

 

『私は……冥界で生まれた。捨てられた魂の集合幽体として』

 

『……? 急になんだよ』

 

 なんじゃコイツ。いまさら身の上話かよ。

 

『ただ地底の奥底でさまようだけだった私は、ある日力を得た。教わった』

 

『へえ……?』

 

 うががががが。いくらトラウマは克服したと言っても、普通にこの地震は怖いっす。

 そんななか冷静にコイツの話に付き合えるのすごくねえか?

 

 揺れがさらに大きくなった。震源そのものが近づいているような感覚だった。

 

『その日から私は変わった。全てに勝つようになった』

 

『わ、わかったから……その話また後でじっくり聞くから。──ん? ……なんだ?』

 

 何かが来る。地下から何かが。

 

 それに気づくことは簡単だった。

 あまりにもそれが巨大だからだ。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。定期的に湧き出してくる面倒な生物』

 

『フィフが……? あれ? 喋れな────』

 

 俺の体が動かなくなっていた。まるで、肉体を動かす権利を剥奪されたようだった。

 

 おい。突然なにしやがる。オイ、コラ。

 

 俺の体が動き出す。しかし、それは俺の意志ではなかった。

 

「良かった。意識までは奪っていない」

 

 俺の口が勝手に喋り出す。

 前に一度、オリジェンヌの屋敷で経験したことがある。

 

 でも、今回は俺には抵抗する権利すらなかった。

 

 前は身を任せるような感覚だった。

 今は誰かの見ている映像を見せられているだけの感覚だ。

 

 ふざけんな。──俺はフィフにほぼ完全に憑依されたのだ。

 

 なんで、このタイミングなんだよ?

 裏切りとか似合わねえことでもしてんのか?

 持ち主に逆らう剣とか正気か?

 

「フフ……。きっと、ものすごい罵倒が飛んでる。でも、ごめんなさい、ルクス。()()()()()

 

 俺の体は剣を握り、ある方向を見た。

 それは王都の中心だ。

 

 巨人に荒らされ、さらに大地震によって瓦礫の山となっている。

 

 マジでなにをしようとしてんだよ。

 おい、馬鹿。アホ。駄剣。

 

「……私の本気を見てほしい。そして褒めてほしい」

 

 は? 本気? お前まさか──。

 

 そして、また世界が揺れた。

 

 大きく。激しく。

 まるで、何かが生まれようとしているように。

 

 王都の中心に穴が空いた。

 正確には沈んだと表現するべきだろうか。

 

 それは王都が設置された地面の下が無くなったから起こったことだった。

 

 地の底から穴を掘りながら、地表に出ようとする何かがいたからだ。

 

 現れたのは大蛇。いや、巨大なミミズだ。

 

 オーバーグリコラという魔物がこの世界にはいる。

 地中から獲物を狙う肉食ワーム。

 

 大災害レベルの破壊を撒き散らしながら、地表に現れたのはその親玉みたいなものだった。

 

 それは──()()()()

 いや、正確には街を飲み込んでいた。

 

 王都全体を覆い尽くすほどの、巨大な肉塊。

 円筒形の体。表面には無数の棘と、蠢く何か。

 それが、地の底から這い上がってきた。

 

「…………」

 

 フィフに支配された俺の体は、それを静かに見つめていた。

 

 王都の、街の、あの美しかった場所の全てが、飲み込まれていた。

 巨大なミミズ──いや、もはやそんな生易しい呼び方では足りない。

 

 それは()()だった。

 地中から現れたそれの体はゆっくりと、しかし確実に地表へと這い上がってくる。

 

 街が崩れる。

 建物が、人が、全てが──その巨体に飲み込まれていく。

 

 いや、違う。

 飲み込まれているのではない。

 それは──()()()()()()()()()()

 

 ただ、這い上がってくるだけで。

 ただ、そこに存在するだけで。

 

 街が、消える。

 その体の太さはおそらく王都全体の広さに匹敵する。

 

 いや、それ以上だ。

 円筒形の体が、地表に顔を出す。

 

 頂上部分が、開いた。

 

 それは()()()()

 円形の、歯のない、ただ暗闇だけが広がる巨大な口。

 

 アレはただ飢えている。

 ただなにかを食べたい。それだけの存在だ。

 

 思考も、感情も、何もない。

 ただ──()()。そして──()()()

 

 俺の体が剣を構える。

 人間が、いや生物が敵うはずない天災に対して、その燃え上がる闘争心を以て立ち向かう。

 

 揺れる大地の上でしっかりと立ち、いつもの構えのない構えを取る。

 

 今代の武帝がその代名詞とも呼べる一刀を放つ。

 

「貴様が冥界から抜け出すこと(あた)わず。暗静尊たる我が一刀の下……散れ」

 

 冷凛たる一刀。

 それは全てを超越する斬撃。

 

 空間を超越するというのならば、それは位階とも呼ぶべきスケールの差すら覆してしまうものだった。

 

 ──世界が暗転する。

 感覚は全て消え、在るのはただ自分の意識のみ。

 

 先ほどまではあんなに巨大に思えていた怪物が、俺の感じる感覚では少し大きいミミズを相手にしている感覚となる。

 

 ()()()()()()()()()()()()

 

「【冷凛たる一刀・千紫万紅(せんしばんこう)】」

 

 なにもない空を斬っただけのような滑稽な姿だったが、その剣は確実に対象に明確な死を与えた。

 

 ただの人が、天災を切断する。

 一刀のもと叩き斬った。

 

 天に等しい位置にそびえ立つ怪物の頭部が──ズレた。

 

(────)

 

 意識しかない俺が絶句する景色だった。

 

 山が崩れていく。

 地底より現れた塔が崩壊していく。

 

 これが──武の極地。

 

 生物としての性能差を覆す、技を極めし者。

 

 驚嘆するしかなかった。

 

 そして自慢したくなった。

 俺の愛剣の力を。俺の相棒の強さを。

 

 でも、俺の声は届かない。

 なぜなら、フィフは俺の体を侵食し乗っ取っているからだ。

 

 超スケールのモグラ叩きをされた巨大な怪物が倒れていく。

 それだけでまた人間の作った街が壊れていく。

 

 アレが倒れる方向すらフィフは操っていたようだった。

 

 王都から避難する人々とは別の場所へ、その巨体は倒れていった。

 伐採された木が倒れるようだった。

 

 王都はもう壊れきっている。

 なにも残っていない。

 

 ああ、ひでえことになってる。ひどすぎて笑えてくるくらいだ。

 

 ──でも、まだ終わったわけではない。

 

 まだ人間が残っている。わずかでも生きている人がいる。

 またやり直せる。やり直すしかないんだ。

 

「……ルクス、見ててくれた?」

 

 見てるに決まってんだろ。

 かっこいいお前の姿はしっかりとな。

 

「フフ……」

 

 フィフが笑った。

 

 それは大偉業を果たした英雄の笑いではなかった。

 終端に至った者がこぼす乾いた笑いだ。

 

 例えるのなら、“処刑場へ向かう罪人”の自嘲だろうか。

 

 フィフはなにかを待っているようだった。

 

 それはすぐにやってきた。

 

「久しぶりね、()()()()()

 

 少女の軽やかな声が聞こえてくる。

 

 その少女は俺の相棒の名前を呼んだ。

 友人へ声をかけるように。まるで旧知の仲だ。

 

 俺の視線がその少女を捉えた。

 その姿は俺自身も知っているものだった。

 

 不思議なバイトの先輩だったからだ。

 名前はたしか、アストだったはずだ。

 

「……()()()

 

 しかし、俺の口はまったく違う名前を呟いた。

 

 それは今もっとも聞きたくない名前だった。

 

 人間が敵対する魔族。その親玉。

 魔王と呼ばれる存在。

 

 甘い平和で誘惑しながら、こんな絶望をふりまくことになんの関心もない。

 

 できれば勘弁願いたかったが、いずれ会うとは思っていた。

 でも、もう会っていたなんてな。

 

 ああ──なんとなくわかった。

 

 きっとあの少女は、全てが眼中にない。

 逆に言うと、興味あるものしか興味がない。

 

 全てが崩壊した王都。消耗しきった肉体。疲弊した心。

 そんな中でも俺は向かい合う。

 

「ありがとう、オーレイル。私の仕事を手伝ってくれて」

 

 少女はお礼を言って笑った。

 

 魔王──アルテ・リルージュが俺たちの前に散歩するような足取りで現れた。

 

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