プリミティブ・プライメイツ ~暴君転生~   作:翠碧緑

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121話 フィフの選択

 

 奈落の底。

 暗闇の終着。

 

 凍える冷気と黒に染まる暗闇が、私の故郷。

 

 この世界には魂を循環させる機能が備わっている。

 

 これはとある魔族から聞いた話。

 

 冥界とは地上で死んだ生物の魂が全て集まる場所。

 そして、冥界にある魂は選別され、また地上に戻っている。

 

 長い年月をその観測に費やしたその魔族は、2周目の魂をいくつも見たと言っていた。

 

 そんな話をしていたその魔族はもう死んでいる。

 

 それが事実ならば、その魔族も今頃冥界にいるのだろう。

 また地上に来れるのかは別として。

 

 そして、私という存在はおそらく地上からやってきた死者の魂から生まれた。

 

 地上に帰ることを許されなかった弱者の魂。

 消え去るはずだった情報の残り滓。

 

 それらが集まり、自我を持ったのが私だ。

 そんな生まれなのに、私の名前は決まっていた。

 

 それは個体名であり、種族名。

 

 『オーレイル・ニリアー』

 

 そういう動物として私は世界に設定されたのだ。

 

 捨てられた魂から生まれた私にはなんの力もなかった。

 当然だ。力を持てるのなら、初めから捨てられるはずがない。

 

 元がただの魂の集合体だったはずなのに、私は一個体として成立し、生命の輪に入れられていた。

 

 肉はないが体があり、血はないが心があった。

 

 後に知ることになるが、私は“幽体”と呼ばれる体を持っていたのだ。

 分類上は不死騎士や亡霊と一緒だということだ。

 

 そして、冥界で生まれたということは、地上に帰ることはできない。

 

 生命は全て死ぬと、その魂は冥界に運ばれる。

 つまり、私の輪廻はあの暗い世界で完結していた。

 

 文字通り吹けば飛ぶような存在だった私は、風が吹くだけで死に、誰かにぶつかるだけでも死んだ。

 

 消滅して再生成されるという表現がわかりやすいかもしれない。

 不死騎士の再生と原理は一緒だ。

 

 私の場合は、冥界のあちこちに散っている情報の滓を媒介にまた生成される。

 

 何度消滅し再生しても私は私だった。

 “世界に不必要な情報の集合体”というものの名前がオーレイルなのだ。

 

 能力の成長は全て無くなるくせに、自我の連続性というものを私は持っていた。

 

 死ぬ度に記憶がリセットされるのであれば、私は彷徨うだけの亡霊に過ぎなかった。

 

 しかし、自分の消滅と終わらない苦しみの記憶が私を狂わせた。

 

 冥界とは地下の世界でもある。

 

 当然通常の生物も存在していた。

 肉を持ち、他者を食らう者たち。

 

 魂はエネルギーを持っている。地下に住まう生物はその魂を栄養にする。

 私はただのエサとして、捕食され続けたのだ。

 

 もしかすると、永遠に誰かの腹を満たすことが、『オーレイル・ニリアー』という種族に与えられた役目だったのかもしれない。

 

 冥界には魂の循環を司る場所があり、そこは『幽環宮(ゆうかんきゅう)ネクサリス』という名前が最初からあった。

 

 その場所は常に争いの元になっていた。

 

 幽環宮ネクサリスの支配者は、冥界において絶対の生存を約束されるのだ。

 彼らは私とは違い、死ねば分解され自我の連続性は消える存在だった。

 

 だからこそ、人間が玉座を争うように、冥界では幽環宮を中心にした戦争が巻き起こっていた。

 

 毎日、私は殺され続けた。

 

 冥界のどこかで生まれ、そしてその人生を終える。

 

 寿命は無限なのに、歩みは零に等しい弱き者。

 

 ──それが私。

 

 諦めがずっと心を縛り、死ぬことが日常になっていた。

 

 何度食っても尽きぬ肉。嫐りがいのある玩具。

 いつしか私の存在は冥界に知れ渡り、遊びで殺され続けた。

 

 冥界に文明などなく、当然言語もなかった。

 

 だから、彼らは私を笑いながら殺し続けた。

 腹が減れば私を喰らい、また生まれた私を探し出し弄ぶ。

 

 そして、()()()()()()()()

 

 そんな日々を私は繰り返した。

 

 だが、ある日のこと。

 日付の概念のない冥界ではいつのことか覚えていないが、千年前はいかないくらいだろう。

 

 私を弄んでいた者が一瞬でバラバラになったのだ。

 

 目の前の光景が理解できない私が周囲を見回すと、そこには一人の男の姿があった。

 

 例えるなら“幽鬼”。

 

 私は暴力を受けながらも、周囲の状況をなんとなく認識していたからわかった。

 

 男は空間に突然出現していた。

 

 溶岩の光と、発光する特殊な鉱石に囲まれた幽環宮の一角に男はただ立っていた。

 

 ()()()()()()()()。今ならばそう表現できるだろう。

 

 男の姿はそう例えるのがしっくり来た。

 

 汚れた包帯が全身に巻かれ、皮と骨だけが見える朽ちた肉体。

 まるで、腐るたびに別の肉を付け足していったような、そんな体をしていた。

 

 男は私に近づきながらも、おそらく周囲を見回していた。

 冥界にまるで初めて来たかのような反応だった。

 

 “おそらく”という表現になってしまうのは、男には目が無かったからだ。

 顔にも巻かれた包帯の凹みで、目のくぼみがよくわかった。

 

 もう何にも動じなくなっていた私は、ぼうっとその男を仰向けになりながら見上げた。

 

「…………」

 

 男は話せない。あの人は多分、声を失っていた。

 そして、私は言葉というものを持っていなかった。

 

 苦しい、悲しいという感情はあっても、それを発することはできなかった。

 

 男が手に持つものを置いた。

 

 それはあの時の私にとっては理解できぬものだった。

 

 生まれ持ったものだけを使う冥界では、その概念すら無かったからだ。

 

 それは男の“武器”だった。綺麗な銀色の弧を描く薄い棒。

 あの人がずっと大事そうに使っていた愛刀だった。

 

 それを置いたあの人は倒れる私に手を伸ばした。

 

 あの人はきっと私を起き上がらせたかったのだと思う。

 しかし、そんな動作を私は知らなかった。

 

 他者とやり取りをするということそのものを理解していなかった。

 

 戸惑ったような仕草を取ったあの人は私を抱きかかえ、起こそうとしたのだろう。

 

 私へ触れようと、その腐った肉の腕が伸びてきた。

 

「────」

「────」

 

 ──しかし、その腕は私の体を貫通した。

 

 幽体である私に、霊的なアプローチ無しで触ることなどできるわけがない。

 そんなものは冥界の住人ならば知っているし、貫通することなどあり得なかった。

 

 つまり、あの人は冥界初心者だったのだ。

 

 きっと、あの人にとっては虐められていた弱き者を助けた映える場面だったのだろう。

 しかし、訪れたのは滑稽な動作だけだった。

 

 あれ以上の気まずい空気を私は知らない。

 

「フフ……」

 

 でも、それがあの絶望の人生を歩む私には嬉しかった。

 

 あの人は私に触れることはできなかった。

 それはつまり“無害”であるということ。

 

 自分に害をなす者ではないとあの一瞬が物語っていたのだ。

 

 

 

 

 あの人は幽環宮に住み着き、私と一緒に行動するようになった。

 

 彼は圧倒的な強さを持っていた。

 彼が刃を振るうと冥界の生物は次々と首を落とし、絶命した。

 

 彼のことはすぐに冥界中に広まり、彼とともにいる私は狙われることがなくなった。

 

 あれだけ永く私を苦しめていたものが消え去ったのだ。

 私の生存期間は記録の更新を続けていた。

 

 あれだけの力を有しておきながら、彼は幽環宮を支配するわけではなくただそこに住むだけだった。

 

 それは彼自身は苛烈な性格ではないということ。

 本来の彼は穏やかな性格だった。

 

 私には感謝の念などというものはまだなく、ただ彼の近くにいれば安全だという考えで側にいた。

 

 その刃で私を傷つけることなく、彼は無言で私を受け入れた。

 そもそも彼は襲われなければ、基本どの生物も殺さない。

 

 力を誇示せずに、ただ平穏を望んでいた。そういう人だった。

 

 それに彼は物作りが好きだった。

 

 幽環宮に彼は城を建てた。私たちしかいなくなったその寂しい空間に凝った石の建築物を作った。

 

 強き者を葬る彼の刃は、そんな芸術性も持っていた。

 

 私は彼が作った石の木が好きだった。“樹木”というものを知らずに、ただその形がなんとなく好きだった。

 ぼうっと、その葉が散ることのない永遠の木を眺める私に、彼は石の椅子を作ってくれた。

 

 その椅子に座って木を眺めるのが私の日課になった。お気に入りの場所というものを私は初めて持った。

 

「ぁー。ああー。あー?」

 

 言葉は持たずとも私は声を発することができた。

 声を持たずとも彼は音で意思を伝えることができた。

 

 彼は石の笛をよく吹いて音を奏でていた。

 近くで聞いていた私はやがてその音を真似するようになった。

 

 それが私と彼の会話だった。

 

 やがて、笛の音は意味を持つものになった。

 

 私を呼ぶときのもの。

 逃げろと指示するもの。

 私の不注意を叱るもの。

 

 まるでペットに対するしつけだった。

 でも、人とのやり取りは楽しかった。

 

 しかし、そんな穏やかな日々は終わりを告げる。

 

 彼の肉体の限界が来たのだ。

 

 ある日突然倒れた彼に悲鳴を上げたことをよく覚えている。

 

 私と違い、彼には寿命があった。

 しかも彼にはその命を長らえさせる手段が無かった。

 

 どうしてかはわからない。

 

 彼の肉体はすでに死んでいた。

 それを動かしていた彼の魂が終わろうとしていた、と今の私は考えている。

 

「…………?」

 

 倒れる彼にしがみついて泣く私に、彼は手に持つ刃を渡してきた。

 

 その意味を私は理解することができず、混乱するばかりだった。

 

 そこからの日々は、また辛いものだった。

 

 弱った彼は私に力を与えた。

 命を断つ方法。世界を知る方法。情報を書き換える方法。

 

 彼と私には言葉がない。

 

 だからその修業は全て実戦の場で行われた。

 私たちは自ら他の生物に攻撃を仕掛けるようになったのだ。

 

 何度も私は死んだ。殺された。

 

 それでも彼は何度も再出現する私を見つけ出し刃を与えた。

 

 何もわからない私はただ攻撃を続けた。そして敗北し続けた。

 そんな苦しいことをなぜ続けられたのかと言えば、私の後ろで見守る彼の視線がとても暖かったからだ。

 

 彼に目はなかった。言葉もない。彼は私と接触することはできない。

 でも、温もりを感じた。

 

 それに応えたいと私はなんとなく思ったのだ。

 

 やがて、私はその領域に至る。

 

 舞台は幽環宮。動けなくなった彼に復讐に来た他の生物たちに抵抗する中で、私はその一刀を振るうことができた。

 

 そこから私は狂ったように他の生物を殺し続けた。

 今までの鬱憤を晴らすように。

 

 高揚感に支配される私を、それでも良しと彼は褒めた。

 

「…………」

 

 弱々しい彼の笛の音が、その終わりを告げた。

 

 お気に入りの石の木の下で、彼は息を引き取った。

 大泣きする私を撫でようとした彼の手はまたすり抜けた。

 

 それを見て、私と彼は最期には笑った。

 

 彼の刃を受け継いだ私は、冥界を練り歩きながら、その刃を振り続けた。

 

 彼──師匠の与えてくれたもの。

 

 それは私の誇りであり、感謝。

 私が勝つということは師匠が正しいということ。

 

 師匠がいた証がその刃には宿っている。

 だからそれを永遠に振るい続ける。

 

 いつしか私は冥界の王として君臨した。

 誰も勝てはしない。勝てるものか。

 

 そして、私は地上へと足を伸ばした。

 まだ見ぬ世界を求めた。

 

 石ではない木を見たかった。

 

 強い光に目を細める私が見たのは、時間すら忘れてしまうほどの絶景だった。

 

 そして思ったのだ。

 “この景色の全てがほしい”と。

 

 師匠の力をすでに私は超えていた。ならば、それは不可能ではない。

 

 それからの私は知られた通りだ。

 冥界で私を虐めていた者たちとなにも変わりはしない。

 

 与えられた力を振り回し、力を誇示する子供。

 思い通りにならないことを面倒くさがって後回しにする怠惰。

 

 自分を慕う生物をただ利用して、見下し続けた。

 

 やっとできた友人たちとも仲違いを繰り返す。

 そして、友人に怒られて無様に負ける。

 

 そんな愚かな私を師匠は叱るだろうか。

 

 いや、今ならわかる。あの人ならば、きっとまた無言で撫でようとするだろう。

 そして、すり抜けて微妙な空気になる。わかりきった話だ。

 

 そう。それは今だからこそわかる。

 私が大好きな師匠が怒るわけがない。

 

 ねえ、そうでしょ? ルクス。

 

 “()()()()()()()()()()()()()”。

 

 それが私の師匠だった。

 

 あの暗闇すら愛し、作り変えようと努力する。そんな穏やかな人だった。

 あんな朽ちた姿になってまで何かを変えようとしていた偉大な人だった。

 

 私は受け継いだものをまた返すだけなのだ。

 

 

 

 

「……それはなんの真似なのかしら?」

 

 古い友人が困惑したように私を見る。

 

 彼女にしてみればそうだろう。しかし、私にとっては当然だった。

 

 その困惑は私の意識のどこかに残る彼の意識からも感じた。

 彼の体のほぼすべてを支配し、私は今この場所に立っている。

 

 冥界でかつて私を苦しめた生物が地上に現れた。

 

 おそらく、目の前に立つ友人の作戦だろう。

 

 しばらく害虫駆除をサボっていた私が悪かったが、それは卑怯というものだ。

 

 どうせ暴れさせた後に彼女が始末して、人間の感謝を得ようと思っていたのだろう。

 そしてあわよくば、私をおびき寄せようとしていた。

 

 私はまんまと引っかかった。

 

 しかし、それは仕方のないことだ。

 

 あれ以上の被害をこの国に出すわけにはいかなかった。

 

 別にこの国に思い入れなんてない。

 私は他の二人に付き合っただけだ。

 

 でも、この国はルクスのものだ。

 

 ルクスが生まれた場所だ。

 

 彼が私の生まれた冥界を大事にしてくれたように、私も愛する者がいるこの国を大事にしたい。

 

 こんなことを考えるようになるとは私自身も思っていなかった。

 

 力を得て、それに溺れ、他者を下し、幼い日の苦しみを忘れた愚か者。

 自分だけを大事に、彼の刃だけを大事に、ただこの美しく温かい地上に魅了された女。

 

 『暗静尊』。

 『武帝』。

 

 ──『格安のセール剣』。

 

 どんな呼ばれ方をされようと、どんな力を得ようとも、きっと辿り着く領域は皆同じ。

 

 私は終着点すら破壊してしまっていただけだ。

 

「見てわかると思うけど」

 

「ええ、なにを言いたいかはわかっているわ。でも、“本気なのか”、と私は聞いているの」

 

 私は──()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「そう。私は貴方に降伏する」

 

 それが、かつて武の極地、暴力の頂きと恐れられた私がとった行動だった。

 

「……ねえ、オーレイル。それは無抵抗なまま死ぬということよ?」

 

 確認するようにアルテが問いかけてくる。

 

「いい。その代わり約束してほしい」

 

「なにかしら?」

 

この人間(ルクス)は殺さないと」

 

 借りた体の胸に手を当て、そう懇願する。

 

「……? 別にいいけれど。元々そのつもりだから」

 

 ますますアルテは理解できないといった顔をした。

 

 彼女はきっと私が人を庇っていることに混乱している。

 

 無理もない。

 たった十数年で私もこうなるとは思っていなかった。

 

 考え込みながらもアルテは魔法を行使した。

 

 黒い鎖が彼の体を拘束する。

 

 抵抗しないと言っているのに。そんなに信用がないのだろうか。

 警戒を続けるアルテを少し笑った。

 

 彼女が使うのは浄化魔法。

 

 【コンル・クリアランス】ではなく、強制的な冥界への送還だ。

 

 再び魂は循環する。

 地上の覇者にのみ許された魔法だろう。

 

「怒らないで、泣かないで、ルクス。大丈夫。きっとまた──」

 

 白く眩い光が私を包む。

 羨ましいほどの明るさだった。

 

 少しだけあの暗闇にわけてほしいと、僻んだ。

 

 あとは、お願い。任せる。

 私の愛する人をよろしくね?

 

 そして、勝手なことをして、ごめんね?

 

 ルクス、貴方を愛している。どうか、大変だろうけど頑張ってほしい。

 

 私はいつだって貴方の剣。フィフと呼んでくれて、私だけの名前を付けてくれてありがとう。

 

 あれだけ勝利に固執したのに、この敗北はなんとも心地の良いものだった。

 

 訪れるのは静かな眠り。それは本当に私らしい。

 

 見ていてくれましたか、師匠。

 貴方の強さの理由を、私はやっと────。

 

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