プリミティブ・プライメイツ ~暴君転生~   作:翠碧緑

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127話 歪んで、絡んで、ねじれて

 

 困っている人がいた。

 非効率的な作業をしている人がいた。

 

 だから、彼女は助けた。

 彼女も助けられてきたからだ。

 

 道具を貸した。そして皆が喜んだ。

 

 感謝された。お礼を言われた。褒められた。

 

 とても気分が良かった。嬉しかった。幸せだった。

 

 弱くて惨めで汚らしい自分が初めて誰かの役に立ったことを喜んだ。

 

 だから、たくさん道具を貸した。

 

 それが彼女にできること。

 彼女が世界に貢献できるただ一つの特技だったからだ。

 

 でもきっと、それが“最初の罪”だった──。

 

 

 

 

 王国の東部。彼女たちが潜伏していた場所には、暗く陰鬱な空が広がっている。

 

「寒っ……。なんじゃこれ。武帝国かよ」

 

 少年が肩をさするようにして、そう愚痴る。

 半年間眠っていたのだから当然だろう。

 

「今の平均気温がこのくらいです。武帝国の方はもっと下がっているでしょう」

 

 それに答えた少女は、周囲の警戒を続けながら何かの準備を始めた。

 

「マジかよ……。公転周期とか地軸変わった? 氷期的な?」

 

 少年の言葉に込められた意味は人間の知識を遥かに凌駕するものだったので、呆れたように少女は睨む。

 

「……思っていたのですが、そんな知識をどこで身につけたのです? オーレイルが知るはずもないですし」

 

「んー、夢?」

 

「……そう言えば“あまり戯言には付き合わない方が良い”と言われていました。無視です」

 

「あ?」

 

 なにやら(わめ)く少年を無視して、少女は作業を続けた。

 手に持つ端末の画面に指を這わせ、なにかを入力していく。

 

「けっ……人の胸でわんわん泣いてたクセに、平気になったらもうそんな態度ですか。悲しいなー!!」

 

 全然悲しくなさそうな態度で、少年が叫ぶ。

 呼吸しづらそうなマスクをつけているのに、お構いなしだった。

 

「デリカシーがないですね。女性の涙を蒸し返さないように」

 

「じょせい……?」

 

「ここにいますよね?! ()神です!!」

 

 恥ずかしさを誤魔化すように、少女もつられて叫んでしまう。

 その顔は真っ赤だった。

 

「あのな? 女性っていうのは……もっと余裕のある人のことを言うんだ。ふええええって泣くのはただ甘えたいだけのガキな」

 

 少年はわざと大袈裟な泣き真似をしてみせた。

 

「そんな泣き方はしてません!! 黙って下さい!!」

 

「ういー」

 

「だから……っ!! ……って、ぐ……ぎ……。ふん……」

 

 あっさり引く少年にモヤモヤしながらも少女は作業を続けた。

 

「で、なにしてんの?」

 

「ちょっ……! 手元が狂ったらどうするのです!」

 

「まあ、ええやんけ」

 

 少女の肩に顎を乗せ少年が質問をした。

 溜め息を交えながら、少女はそれに答えた。

 

「残してはおけませんからね」

 

 そう言って少女が端末を操作すると、彼女たちが先程までいた施設が()()()()

 

「ああ……」

 

 それを見て少年は納得の声を漏らす。

 

 その声には仕方ないという諦めと、もったいないという溜め息が混じっていた。

 

 地下にあった施設が爆発したことにより、その上にあった建物も燃えていく。

 

 少年の想い人たちの一人が生まれた場所が失われた。

 それを少年が知ることはないが、なにかを感じているのだろう。

 

「ここまで復元された場所は珍しいですが、危険ですから」

 

「だろうけど……。せっかくのもんが壊れるのってあんまいい気持ちにはならねえよ」

 

 少年は破壊者の素養を持つ創造者だ。

 

 作り上げる苦労を知るからこそ、消失を嫌悪する。

 

 その瞳には純粋な興味が宿っていた。

 旅立つ直前まで自分につけられたマスクを調べようとしていたほどだ。

 

 探求者特有の危うさも持ち合わせる少年に対し、少女はなにも言えない。

 一番語るべきではない人が、少女だったからだ。

 

 自らが犯した過ちと後悔の尻拭いを幼く未熟な種族の子供に背負わせようとしている。

 

 その小さな背中に甘えるしかない自分を憎いとすら思う。

 

「では行きますよ、『()()()()』」

 

「あ? なんで女性名やねん」

 

「ふ……。その格好の人間が女性ではないと思うのです?」

 

「いや、勝手に着せられただけですが?」

 

 少女は少年を『ルクシア』と呼んだ。

 それは少年の名乗りたい名前の女性形だった。

 

 少年の格好は()()()()()なのだから、合ってはいるだろう。

 

 “くすんだ金髪のマスクを付けた小さなシスター”。

 

 それが今の少年の姿であり記号だった。

 

「これから向かうのは男性が踏み込めない聖都なのですよ? そういう格好になるのは当然です。初対面の時もよくわからないメイド姿だったではないですか」

 

「いやぁ……もう今さら衣服に文句は言わねえけどさ……。だったら、なんで肉体作るときに男のままにしたんだよ。ばりばり()()()()()()

 

「……本当に言葉の遠慮がなくなりましたね」

 

 あくまで女装しているだけで、少年は少年である。

 少年は自分の肉体であるのにもかかわらず、少し客観的に愚痴った。

 

「貴方は男性なのですから、男性体で作らなければ異常をきたします。魂の情報に逆らうことは危険です」

 

「ほーん。あくまで性別は魂に書いてあるってこと?」

 

「そうです。貴方は清々しいほどに男ですから安心して下さい。

 ……それにその完成された遺伝子は広めるべきです。それならば男性体の方が効率的でしょう?

 聖都で相性の良い信徒と交わってみるのはどうですか? 美女が多いですから嬉しいと思います」

 

「うわ」

 

 その発言を聞いて、少年が少女から距離をとって大袈裟な反応をする。

 しかし、少女の方は大して気にした様子は無かった。

 

「なんです?」

 

 少女の瞳に濁りはない。

 そこにはなんの意識もなかった。

 

 つまりは無意識に出た言葉だったのだ。

 

 簡単に言えば“少女は人を数値で判断している”ということ。

 

 それは長年染み付いたもののようだったのでひとまずは横に置いて、少年は一度軽く溜め息をついて言葉を続けた。

 

「いえいえ。……ちなみに完成された遺伝子ってどういう意味?」

 

「そのままの意味ですよ。“貴方は特別だ”ということです。

 その話はまたいずれ。今日はもう人間の処理できる情報量を超えてしまうでしょうから」

 

「あ? 舐めんなよ?」

 

 少年のその態度を見て今度は少女の方が溜め息を付いた。

 

 少年はまだ動きがぎこちない。

 当然だ。彼からしてみれば突然動かし慣れない肉体に変わっていたようなものなのだから。

 

 少し大きめの杖をつきながら、少年は立っている。

 その姿は年若いのに老婆のようでちぐはぐだ。

 

 “無理はするな”という少女の言葉はきっと届いていない。

 

「では、ゆっくり行きましょうか。つらくなったら即休憩ですからね、ルクシア?」

 

 全ての荷物を入れた大きなカバンを持ち、少女が東へ向かって歩く。

 ここはまだ王国の東部だ。ここから国境を超えて、聖国のさらに東へ向かわねばならない。

 

 人間領域──いや、この大地の東の果てに聖都は存在しているのだ。

 

「へいへい」

 

「あー、なら私にも名前をなにか付けてもらえませんか?」

 

「ならってなんだよ。えー? ネトスって名前の人間もけっこう多くね? バレねえだろ」

 

「ああ……言っておきましょうか。貴方が私のことをネトスと呼んだら怒ります」

 

「なんでやねん」

 

 杖をついて歩く少年が後ろから呆れたようにツッコミを入れるが、少女は無視した。

 

「オーレイルにも名前を付けたのですよね? 同じことです」

 

「状況がちげえじゃん……。アイツの名前なんて知らなかったし」

 

 文句を垂れながらも考え込むように目を閉じる少年を見て、少女は少し微笑んだ。

 

 名前など記号でしか無く、魂を見る少女にその文字は不要だ。

 ネトスでも、プロティナでも、チビでも本質的にはどうでもいい。

 

 しかし、少女は少年に名前を考えて欲しかった。

 

 少年はまだ実感していないが、魔族が自分の呼び名を他人に委ねる行為はかなり甘えた行動だ。

 

 それは人間で例えるなら親子のやり取りに近い。

 

 かつて大きな湖の近くで、少年が相棒に名前を付けてもらおうとした行為が、フィフという魔族にどれだけの感動をもたらしたのか。

 

 その感動を少女はお茶会で聞いていた。

 それを嬉しそうに語った友人の笑顔を忘れることはできない。

 

 だから、少しだけ少女も羨ましく思ってしまっただけだ。

 

「んー、『ルイナ』なんてどう?」

 

「『ルイナ』……。なにか意味があるのです?」

 

 思ったよりもまともな響きの名前が選ばれ、少女は少し驚いた反応をした。

 ちょっとだけ緩む頬の動きを隠しきれていない。

 

「お前のかっけえ二つ名あったじゃん? 明照天(エーテルミナ)ってやつ。そこのルミナって部分からまず貰って……」

 

「か、かっこいい……」

 

 さらにつり上がる頬を少女は誤魔化すことすらしない。

 

「んで、()()()()()()()()()()()()!」

 

「…………はい?」

 

 からかうような声色で少年がそんなことを言った。

 マスクで隠れた口元は大きくニヤけているのだろうと、少女にも理解できた。

 

「ど、どういうことです!? どこにそんな意味があるのです!?」

 

「ふはははははっ! ちょっと気に入ってるんだろ? ならいいじゃんか」

 

「く……っ! でも、もっと他にいい意味のものがあるのでは?」

 

 図星をつかれて慌てる少女を少年はさらにからかう。

 

「げほっ……、ごほ……っ。ルイナさんや、もう思いつかなくてねえ……ごめんねぇ……」

 

「なんです急に。貴方の体調はこちらで管理しているのですが」

 

「それ嫌なら、俺の名前も普通にルクスにしろ」

 

「いやです」

 

「だからそのこだわりはなんやねん」

 

 少女は頑なに少年の本来の名前を呼ぶのを嫌がった。

 それは非常に幼い感情から来る行為であり、独占欲に近いものだ。

 

 特別な特徴を持つ個体。女神を今の時代に敬ってくれる尊き子。

 

 そして、大好きで、大嫌いな友人から託された大切な人間。

 

 しかしそれは言い方を変えれば──“()()()()()()()()()”のようなものだ。

 

 この世界の常識の一つ。

 

 “魔族はとてもプライドが高い”。

 

 だからこそ少女は『自分のもの』へ特別を求めている。

 

 孤独な女神は特別な馴れ合いを好んでいるのだ。

 

 それをどこか冷静に理解しながら、少年はなにも言わなかった。

 彼女たちと共に歩み、放っておかないと決めたからだ。

 

 少年は少女が全てを明かすその日まで待つ。

 それはある意味では残酷だ。

 

 これから少女が味わう苦しみを予想しながら、なにも助言しないのだから。

 

「…………」

 

 少年は一瞬だけ振り返り、自分が生まれた場所を見た。

 

 ロルカニア王国。全ての始まりの場所。

 

 それは過ちだったのか、救いだったのか。

 今の少年には判断できない。

 

 だからこそ、少年はまたここに帰ってくるのだ。

 その凱旋こそ、この永い旅の終着となるだろう。

 

 よれる足を必死に制御し、寒空の平原を歩く。

 

 贖罪の道を歩む少女の名はルイナ。

 共に懺悔を続ける少年の名はルクシア。

 

「ったく……もうわかったよ。それでいい。よろしくな、ルイナ」

 

「はい。よろしくお願いします、ルクシア」

 

 少女と少年。女神と信徒。魔族と人間。そして、──と──。

 

 互いを見上げ合い、互いを見守る。

 他者に寄り添おうとしながら、自分のことだけは見ようとしない。

 

 一言で説明するならば、似た者同士なのだ。

 

 歪で、だからこそ気安いちっぽけな存在たちの旅が始まった。

 

 

 

 

 世界の環境が悪化しようと、その空間は快適に満ちていた。

 

 白と青に彩られ、作られた光と温度が自動でその部屋を荘厳に染め上げていく。

 

 聖都──エンピリアル・ヴェール大聖堂。

 

 ここは本来、巫女たちが女神の言葉を語る神聖な場所だった。

 しかし現在、その役目は失われている。

 今ここにあるのは、聖王と枢機卿たちの議会の場だけだ。

 

 女神の口の役割を持っていた巫女が座っていた椅子には聖王が座り、その前には新たに作られた円卓が置かれている。

 そして、それを囲うように“四色”の枢機卿たちが座っている。

 

「……それではナールの争いは終わったのですね?」

 

 聖王の席に座るのは、覇気のない女性だった。

 萎縮したように場の空気を読みながら、左隣に座る青色の女性へ話しかける。

 

 その内容は先日まで続いていた内乱のことだ。

 その原因が聖王支持派閥と原理主義者とのものであるとは公然の秘密だ。

 

 それを知っているからか、その女性の声は少し小さくなっていた。

 

「はい。復興はまだ時間がかかりましょうが、これ以上“()()()()()”は起こりはしないかと」

 

 そう答えた青を一色纏う女性は、枢機卿の一人だ。

 青色の聖王を支持する──ヴェルダニス派の頂点である。

 

 その青色の女性は挑発するような笑みを白一色の女性へと向けた。

 その女性は女神原理主義者──アルビオニス派の頂点だ。

 

「……なんて厚顔無恥な人なのでしょう。自らが起こした(いさか)いに対して謝罪する度量すらないとは」

 

 白い女性が冷たい視線を青色の女性に向けて、そう溢す。

 そこに込められた感情は一言では表せない負の気を放っていた。

 

 “青色の女性を非難するということは、自分も責められている”。

 

「…………」

 

 そう感じ取ってしまったのか、聖王の席に座る女性は表情を曇らせ(うつむ)いてしまう。

 

 その争いで失われた命の数、怪我をした人の数、使えなくなった家の数は頭に入っているからだ。

 

「はははははっ! 今日は鳥の(さえず)りが聞こえて心地が良いですな? 聖王様!」

 

 上機嫌に青色の女性は笑う。

 彼女は()()()()()()()()()()()のだ。

 

 女神原理主義者が聖王支持の新興派閥に負けた。

 その事実一つだけで、彼女はここ数ヶ月は生きていけるだろう。

 

「よくも……っ! あんな(むご)いことをして、よく笑えますね!? 虐殺者!!」

 

「はあ? お疲れなのか、妄想を口にしていらっしゃいますな? 貴方こそ最近の見苦しい行いはどうしたというのか。よりによってハピフクスなどと繋がりを作って──」

 

 睨み合う青と白を見て、聖王と呼ばれた女性はなんとかこの場を収めようと口を開く。

 

「…………あ」

「もう終わったことの話はいいからさあ……! 別の話していい?」

 

 聖王の女性の言葉を遮るように、黄色の枢機卿が声を上げた。

 

「ふくくくっ! そうですなあ……()()()()()()()()ですからな。どうぞ?」

「…………っ」

 

 その黄色の枢機卿の声を聞いて、二人は声を抑えた。

 それでも青色はニヤける笑いを隠さず、白色は屈辱に打ち震えるように手を握りながら耐えていた。

 

「…………」

 

 その状況を見て、聖王という肩書だけを持つ女性は今度こそ完全に下を向いてしまった。

 それに他の四人は気付くこと無く会議は続く。

 

「出費がひどーい」

 

 そう愚痴るように話すのは、まだ年若い少女の見た目をした黄色の枢機卿。

 不動と守護を掲げ、文明、技術を独占する──アウレクシス派の頂点だ。

 

 聖国の財は彼女が握っている。

 

「そこまでか?」

 

「そうに決まってんでしょ!? どこもかしこもバキュンバキュン撃ちまくってさぁ! エネルギーの問題は完全に解決できてないんだから!! とくに、そこの誰かのせいでッ!!」

 

 声を荒げた彼女が見るのは、静かに腕を組んで座る赤色の枢機卿の女性だった。

 

「……いちいちうるさいやつだな」

 

「あのね? アンタの大好きな弾丸もタダじゃないのよ? 壊れた武器を誰がどうやって直してると思う?」

 

「黙れ。溜め込むだけの豚が。そんなことでは魔族に食われるだけだ」

 

「誰が……ッ! 豚ですって!? 飢えた痩せ犬のクセに!! 良かったわねぇ!? 王国と戦争ができてさぁ!!」

 

「……貴様」

 

「……なによ」

 

 赤色の枢機卿が立ち上がり、黄色の少女の服を掴み上げる。

 

 赤色が掲げるのは慈愛と献身。

 彼女は魔族、魔物への断罪を是とする──クリモラ派の頂点だ。

 

 魔王領への斥候の派遣。王国との戦争。武器増産。

 極端な断罪を行う彼女の派閥はかなり過激だった。

 

 それに凄まれても黄色の少女はまったく怯えた様子は無かった。

 

「ならば貴様らが独占する技術を我らにも流せばいい」

 

「ふざけてんの? 女神様の技術は私が管理するの」

 

「……そう女神様に言われたのか? 貴様にそう言ったのかッ!! そんなわけがないだろう?! 傲慢な物言いはやめてもらおうかッ!!」

 

「はっ……! アンタだってなにか言われたわけじゃないでしょ?! 武器作ってやってるだけでも感謝してほしいわね!!」

 

「この……っ!!」

 

 赤色の女性が黄色の少女を殴った。

 少女はそのまま聖堂の壁に叩きつけられる。

 

「────」

 

 それを見てお飾りの聖王はなにも言うことができない。

 場を収めることができる立場を持っていながら、彼女にできることは何も無い。

 

「……不愉快だ。私は帰らせてもらう。魔族に媚びるような国を断罪する任務がまだ残っているのでな」

 

 人を殴っておきながら赤色の枢機卿に後悔など無く、怒りすら無くなっていた。

 冷静になにかを考えながら、そのまま赤色を礼服に宿した女性は()()()

 

 聖芸品(ディバインファクツ)を使った転移である。

 それくらいできなければ、この広い聖国をまとめることなどできない。

 

「わたくしも失礼します。決まりきったことを話す時間もありませんので」

 

 そう言って白色の枢機卿も姿を消した。

 

 もう会議どころではなかった。

 慌てたように聖王が視線を彷徨わせるが、なにができるわけでもない。

 

「……絶対後で殺す。許さない……。死ね死ね死ね──」

 

 そして、殴られた黄色の枢機卿も起き上がり怨嗟の声を吐きながら消えていった。

 

「まったく……無礼な連中ですな? 聖王様」

 

「…………」

 

 二人しかいなくなった神聖な場所には青色の女性の声だけが響く。

 それを聞く聖王の表情はなぜか恐怖に満たされていた。

 

 聖王を支持する青色の彼女は仲間のはずだ。

 しかし、その表情には侮蔑が宿っていた。

 

「……なに余計なこと喋ってんだよ、オイ。なにもすんなって私言ってたよなァ?」

 

「す……すみません……」

 

「これで何回目だよ……。なあッ!!」

 

「うっ……」

 

 青色の枢機卿が聖王であるはずの女性の髪を引っ張り上げ、威圧する。

 

「てめえは女神様の代わりでもなんでもねえんだからさぁ……。なれるとか思ってんじゃねえだろうな? いいか? 女神様は必ずお戻りになる。てめえはその間の『妥協』だってこと忘れんじゃねえぞ?

 ──わかったかァ!!」

 

「は、はい……っ」

 

 怯えた表情の聖王を無表情でしばらく見つめると、青色の枢機卿はそのまま聖王を床へ投げ捨てた。

 そしてやっと女神の代替品は解放された。

 

「粗悪品が……。女神様どころか、巫女様にも劣るゴミがよォ……」

 

 冷たく見下ろし吐き捨てるように言って、青色の枢機卿も去っていった。

 

「……っ。う……うぅ……」

 

 聖都──エンピリアル・ヴェール大聖堂。

 

 誰も不自由しないような環境を作られているはずのその空間。

 

 しかし、そこにはなぜか啜り泣く苦しみの声が響いていた。

 

「……どこに、いるのですか……女神様……。どうか……はやく……」

 

 太陽が沈む時間がやってくる。

 この大聖堂内は光が消えることはない。

 

 しかし、この外には影が満ちる。

 それはこの国の未来を表現してるようだった。

 

 誰もが女神を信仰しながら、誰もが違った道を歩んでいる。

 歪んだ信仰は不和を生み、やがて女神は完全に力を失うだろう。

 

 そしてそれを望む者もまた存在する。

 

 それは五番目の派閥。聖都を覆う影。

 その色を表現するのなら、『黒色』だ。

 

 ──崩壊の日は近い。

 

 閉じた女神の口はなにも言えず、女神の眼はなにも見えない。

 

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