プリミティブ・プライメイツ ~暴君転生~   作:翠碧緑

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128話 陽光に沈む夜空

 

 俺とチビ……いや、ルイナの旅は静かなものだった。

 

 初日はぐだぐだと言い合いをしていたものの、移動に集中しなければならず、俺には会話に回す体力的な余裕がなかったからだ。

 

「ふっ……、ふっ……」

 

「…………」

 

 正体を隠して旅をする俺たちがまともな道を歩けるはずもなく、険しい山道を進んでいた。

 こんな格好だと本当に巡礼の旅だよな。

 

 なんも知らねえやつからすれば、俺たちは聖都を目指す少女二人に見えるんかねぇ。

 

 うっす、どうも。生えてますがシスターです。女神様に怒られちゃう~。

 はぁ……。なんでその女神から女装を勧められてんすかね……。

 

 王国と聖国を分ける大きな山岳地帯は整備された道などなく高度もあって、多分、元の体であってもキツかった。

 今はどうかと言うと、慣れない足取りにはなっているが、このマスクのおかげで酸欠にはならずにすんでいる。

 

 前と比べて体力的には劣るが、肉体のスペックは総合的に見ればそう変わらないと思う。

 

 使わせてもらっている杖は、ファンタジー作品の白ひげの老魔法使いが使うようなもので、俺には少し大きい。

 どうせ肉体を再構成するのなら、成人男性として作ってもらって成長をスキップしたかったな。

 

 ルイナをチビだと馬鹿にしているが俺の身長もそう変わらない。

 成長期がそろそろ来るとは思えないヒョロガキだ。

 

 日本だと“よく寝ないと大きくなれない”とか、“小さい頃から鍛えていると筋肉のせいで成長しない”とか言われていたが、この世界だと“魔法を使いすぎると成長できない”と言われている。

 

 もし本当なら俺が小さいのはそのせいでしかねえ……。心当たりが多すぎる。

 

 でも今の肉体は魔法を使えないのだから成長阻害はもう起こらない。これからに期待だ。

 早く高身長のリーチを手に入れたい。

 

 ……なんか、俺がマッチョになるとどっかの騎士娘(ヴィクトリア)は文句言ってきそうだな……。

 

「もう少し行った地点で休みましょう。今日はまもなく日が暮れます」

 

「ういー」

 

 息を切らしてよちよち歩く俺に合わせてルイナは進む。

 俺に向けられる視線はガキを見守るようなもので、優しかった。

 

 俺にとっては情けねー話でしかないのだが、無理に励ましの言葉や煽るような言葉をルイナは発することなくただ静かに俺の状態を見ているだけだった。

 

 的確に俺の体力を把握して休憩を挟んでくる。

 なにもかも見透かされていて恥ずかしい限りである。

 

 多少は意地を張ってみたりもしたのだが、すぐにへばって次の日に響くので俺は素直に従うようになった。

 

「テントの設置おーけー」

 

「こちらでやると言っているでしょう……。はぁ、ありがとうございます。さっさと座って休んで下さい」

 

 作業を手伝ったのに、怒られちゃった……。ふえぇ……。

 

 ルイナのカバンの中には無尽蔵にものが入っている。

 その中には折りたたみ式のテントとかがあって、それを組み立て野宿する。

 

 異世界で俺たちはキャンプをしているわけだ。感覚狂うなぁ……。

 

 これまた収納されていた毛皮を敷いて、折りたたみ式のベッドに横になる。

 そうすると足の疲れがじわじわ広がってくるのを感じた。

 

 立って活動してるときはなんともないのに、一度休むとこうなっちまうのはなんでだろうな。

 

(さみぃ……)

 

 ルイナの言っていたとおり平均気温は下がっているようだ。

 春のような気候ばかりだった王国は一気に秋になった。

 

 さらに今は山の中だ。夜はかなり冷えた。

 この調子だと聖国、果ては聖都もこのくらい寒いのだろうか。

 

 毛皮に包まってルイナの方を見れば、火を起こしている最中だった。

 

 地球で言えばライターになるのか?

 それが内蔵され、魔石をエネルギーとする機械に着火している。

 

 それは薪などいらずに燃え続ける携帯暖炉みたいなものだった。

 

 ダルンたちと少しだけ旅をしたことがあったが、火起こしは魔法でも薪は必要だった。

 やっぱ便利だな、女神様の技術ってやつは。

 

 コイツはいくつ特許を持ってやがるんだろうな。

 ウチの商会にもめっちゃ欲しいわ。

 

「今夜はいつもより冷えますね。これからさらに平均気温は下がっていくでしょう」

 

 携帯暖炉を俺の近くに運びながらルイナはそう語った。

 

「原因はなんなんだ?」

 

「……()()()()()()()()()()()()です。今はそこまでしかわかっていません」

 

 魔素が失われている……?

 

 大気中の魔素が無くなった場合に起こることを俺は知っている。

 あの闘技大会で見た“雷鳴と暴風の空”だ。

 

 つまり、このまま魔素が無くなっていけば、世界があの環境になってしまうということか。

 

 マジか。こんな不況の中、環境問題までやってくんのかよ……。

 

「止められるもんなのか?」

 

「はい。全生物が魔法の使用をやめればいいのです」

 

 カバンの中身をいじりながらルイナは簡単に解決法を提示した。

 

「……あるけど無理ってことか」

 

「そうですね。しかし、“大きく消費している者”を殺せば別の解決法を探す時間が生まれます」

 

 俺が今まで生きてきて世界がこんな環境になることはなかった。

 人間がいくら頑張ったって世界全体で魔素不足になることはない。

 

 つまり、それ以上にバカでかい魔法を使えるやつが現れたということだ。

 

 もしかして、それがアルテなのだろうか。

 

 俺と目を合わせずにルイナは作業を続ける。

 それ以上その話題についてルイナが話すことはなかった。

 

「では腕を出して下さい、ルクシア」

 

 そして、ルイナはカバンから取り出した俺の()()を手に持った。

 

 それは筒状の透明な容器に入った液体だ。

 

 俺は左腕の袖をめくって差し出す。

 そこには腕輪がしてあり、ルイナはそこに“夕食カートリッジ”を差し込む。

 

「ぅ……。やっぱ味気ねぇなコレ」

 

 チクリとした痛みを感じる。

 

 腕輪の内側には針があり、カートリッジが差し込まれるのと同時にそれが作動し俺の腕を刺す。

 カートリッジの液体がそこから体内に取り込まれていくのだ。

 

 まあ、異世界の点滴みたいなもんだ。

 

 今の俺はマスクを外せない。

 つまり、摂食ができない。

 

 必然的に栄養補給はこういう形になる。

 無味無臭のつまらない食事を毎日静脈にぶち込んでるわけだ。

 

 慣れきった点滴をここでもすることになるとはなぁ。

 

 ルイナもそのカートリッジを自分に打ち込んでいた。

 一緒に旅をして数日になるが、コイツは俺と同じように栄養補給をしている。

 

「いつも思ってたんだけど、お前も口で食べられねえの?」

 

「いいえ? この体の作りは人間と一緒ですから、摂食行為は可能です」

 

「なるほど?」

 

「?」

 

 “当たり前のことをどうしてわざわざ聞くのだろう”という顔をルイナはしていた。

 つまり、食料の調達が面倒だからだとか、俺に遠慮していたとかいう理由じゃねえわけだ。

 

 フィフもそうだったけど、基本的にコイツらはあまり生きるための行為に頓着していない。

 スペアが日常的にある肉体を持つとそうなっちまうものだろうか。

 

 人の感性にいちいちケチをつけたくはないけど、どうしたもんかと俺は迷う。

 

 コイツが最初から知らないのか、そういったものを排除してきたのかで話も変わってくるからだ。

 

 ん~、俺のマスクが外せるのなら簡単なんだけどなぁ。

 楽しみを教えるのは難しいもんだ。

 

「今日はかなり消耗していますね。足場が悪かったのもあるでしょうが」

 

 俺がおせっかいの準備をしていると、ルイナがそう言ってきた。

 

 足元を見るとルイナがいつもの“メンテナンス”を行っている。

 

 ルイナの眼はそういうものも見えるらしい。

 というよりも魂にはそういった情報も刻まれているのだとか。

 

「まあ、少しは頑張ったかもな」

 

「かなりつらかったと思いますが?」

 

「ぜんぜん??」

 

「はぁ……」

 

 なんか溜め息つかれたんですけど。

 ルイナは俺の足をいじりながら調子を確かめている。

 

 俺の“メンテナンス”はこういったケアと、栄養カートリッジに含まれた()()()()()()()()()で行われているらしい。

 本来は魔素が行うべき役割をそのナノマシンが担っているのだとか。

 

 つい半年前はフィフの侵食で、今はコイツの肉体改造。

 つくづく俺の体は自分の思い通りにはならないらしい。

 

 俺は日々体内をいじられているわけだ。

 ホント女神の技術のレベルがSFじみている。

 

「明日はいよいよ国境を越えます。ちゃんと休むようにして下さい」

 

「ういーっす」

 

 軽く返事をするが、俺はお前がエナドリ点滴に睡眠薬仕込んでるのわかってるからな?

 いつもこの夕食の最中に強烈な眠気に襲われるから間違いない。

 

 最初はそんなことはなかったんだけど、ある日から盛られるようになっちまった。

 

 まあ、俺のせいなんだけどね。

 深夜に剣の自主練してるのがバレちゃった! てへっ!

 

 体力の消費量が計算と違うと理詰めされたわ。めっちゃ怒られた。

 

「──……」

 

 っと、眠気が来やがった。

 重い瞼を少し開けて、ルイナの表情を見る。

 

 初日と再会の日に泣いたっきり、その感情はよくわからない。

 

 ──必死に無表情を作っているからだ。

 

 歩くのも遅く、メシも自分じゃ食えない。

 こんなお荷物が重要なのだと、コイツは言った。

 

 その理由はなんとなくしかわからない。

 

 散々言われたきた言葉。──“()()()

 俺の色を見て皆がそう言っていた。

 

 アルテに魔法能力を奪われたことで若干くすんでいるが、俺の嫌いなこの色がきっと重要なのだろう。

 

 ……オヤジ。……オフクロ。

 ねえ、まだアンタら恨んでいい?

 

 そんな俺の思考は泥のように溶けていった。

 

 

 

 

 『……ルクスを見ているといつも胸が張り裂けそうになる。大変』

 

 そのようにルイナの友人は語った。あの優しくも切ない顔は印象に残った。

 

 自分の作った魔物に対してそんな感情を抱く魔族は多くいたが、全く関係のない魔物の個体に対してそんな感覚を得るのは珍しい。

 

 しかし、ルイナもその感覚を理解し始めていた。

 

 常にルイナの後ろを歩くルクスは()()()()()()()

 

 眉間にしわを寄せて、汗をかき視線は常に下に向いている。

 しかし、それはルイナが前を向いているときだけだ。

 

 彼女が振り返って彼の姿を確認すると、その表情は余裕そうなものに変わる。

 

 ルイナはその誤魔化しに気付いていないと思われているのも癪だったが、急いでいるのは事実なので彼の気遣いを受け取ることにした。

 

 彼には魂を見ることで消耗がわかると言っているが、もうルイナにはその機能を使う余裕はない。

 

 実のところ、ルクスが無理をしているようにルイナも無理をしていた。

 だが、彼女の場合は機能を節約し、補助パーツに頼ればどうにかなる範囲だ。

 

 しかし、ルクスはその苦痛をただ受け入れるしかない。

 

「……っ」

 

 『アンブロシア・ヴァイアル』を注射され、ルクスは呻くような声を上げる。

 

 この女神の食事の説明を受けてもルクスは拒否することはなかった。

 

 人間が食す行為に喜びを見いだしていることをルイナは理解している。

 それが生理的な欲求だとしても、幸福へ繋がるものだ。

 

 口を塞がれ、その楽しみを奪われてもルクスは狂わない。

 

 本当に、まったく、一体どこでそんな我慢強さを手に入れたのか──。

 

 

「……っ! は……っ!」

 

 ある夜のこと、ルクスとの距離が離れていることを知らせる脳内のアラームで目覚めたルイナが見たのは、剣稽古に勤しむルクスの姿だった。

 

「────」

 

 その姿にルイナは息を飲んでしまった。

 

 彼の容姿はたしかに素晴らしいものだ。

 しかし、そんなことに魂を揺さぶられたのではない。

 

 彼の孕んだ数々の矛盾があまりにも悲惨で、陰鬱で、そして力強かったからだ。

 

 殺戮衝動を色濃く残すはずの身でありながら、清廉さを持ち続ける。

 自分の能力全てを取り上げられていても、腐らずに残されたもので戦い続ける。

 家族とも恋人とも会えず、役目を押し付けられようと弱音を吐かず歩き続ける。

 抜け殻となった剣を愛おしそうに見つめながら、美しく夜に舞い続ける。

 

 ルイナは()()()剣舞に魅了されていた。

 

 止めるという考えがすぐには出てこず、あとで屁理屈を並べてやっとやめさせる始末だ。

 

 それも卑怯なやり方だ。

 今のルクスの状態は──()()()()()()()()()()()()()

 

 友人からいくらルクスのことを聞かされようと、彼がいくら女神に感謝していると言っても、ルイナは人間を信用していない。

 

 つまり、ルクスは魔法能力を失おうとも、ここまで弱体化するはずがないのだ。

 語ったことに嘘はない。しかし、ルイナは彼の肉体スペックについては手を抜いていた。

 

 最高スペックで肉体を再生成して反抗されては面倒だった。

 それに、弱った人間を助けて懐かせたほうがいいと思ったのだ。

 

「…………」

 

 だが、それは本当に間違いだった。

 ルクスはルイナを簡単に受け入れ、ルイナの勝手な都合で余計な苦しみを味わっている。

 

 ルクスのメンテナンスは順調だ。しかし、体内をいじられて痛みがないわけがない。

 麻酔はかけられない。それこそ危険だからだ。

 

 女神のいつもの悪い癖だ。

 勝手に罪を犯して、勝手に罪悪感を得ている。

 

「…………」

 

 寒い夜に震えながら眠るルクスの姿をルイナは見つめた。

 彼の表情には昼にはけっして見せない苦しみが宿っている。

 

 寝ている間にルクスの体は形を変えていく。その代償にまた彼は苦しむのだ。

 ルイナは彼の震える手を握り、滴る汗を拭く。

 

 今まで彼女が見てきた人間の姿は、泣き叫んで怒り喚くものばかりだった。

 貸し与えたものを壊し、思考を放棄する。

 

 それがネトス教という虚構に寄生する醜い生物兵器の姿のはずだった。

 

 だが、これは──やはり違う。

 

「────っ」

 

 気が付けばルイナはそのとても弱い人間を抱きしめていた。

 

 “これはきっと所有欲だ”。

 “特殊な珍しい個体を愛でるのは当たり前だ”。

 

 そんな誰にも話す必要のない言い訳を考えながら、ルイナは彼の髪の毛を優しく梳いていた。

 

 全てを知りながら、魔族と一緒に行動する人間など狂っている。

 ましてや、堕ちた悪神と寝食をともにしている。

 

 そして、そこに一切の打算が存在しない。せいぜいが『めんどくせー』くらいである。

 

 それがなによりルイナには嬉しく、そして苦しい。

 

 胸にいつも突っかかっているなにか。それがその夜も痛みを発する。

 

 あまりにも滑稽だ。

 自分よりも弱く設定した下等種族に縋るように抱きつき、苦しみ呻くその存在に自分自身の苦しみを癒やしてもらおうとしているのだから。

 

 そう自覚しながらもルイナは暖かな眠りに落ちていった。

 

 

「おお、見ろよ。いい眺めだなぁ」

 

 ある日の明け方、雲とともに歩むような高山でルクスがそのように呟いた。

 

 ルイナが振り返ると、日の出を見ながら感動している彼の姿があった。

 

 ルクスの見る方向をルイナも見る。

 

 広がる景色には邪魔をするものは何も無い。平らな一直線の白に浮かび上がる真っ赤な円。

 

 雲海に反射する朝陽の光が体を包んでくる。

 黒と赤の間の色を持つ空には星が輝き、夜の勢力として強い光に抗っているようだった。

 

 少し冷たい風が吹き、澄んだ空気が肺を通り過ぎる。

 毒の含まれた大気があるというのに、ルクスは躊躇せずに息を深く吸って吐いていた。

 

「そうですか」

 

 ルイナの反応は淡白なものだった。

 今まで何回も見てきた景色だからだ。

 

 今更なんの感慨もわかない。

 

「つめてー反応。こういう情緒がわかんないのかなー?」

 

 呆れるようにルイナを見るルクス。

 自分の理解できないなにかを感じているようなルクスに、ルイナはつい言葉を強めてしまう。

 

「わかってどうなるというのです。朝日など、いつでも見れます」

 

 24時間経てばすぐに見れるだろう。

 そんな言葉を含ませてルイナは語った。

 

「ははっ! いや、見れねえよ」

 

「は……?」

 

 しかし、今度はルクスの方が淡白な反応をした。

 少しだけ大人びた視線を日の出に向けながら、ルクスはルイナに語る。

 

「日の出は見る気になれば見れる。でも俺が感動しているのは、今この瞬間の景色なんだよ」

 

 つい足を止め、ルイナはルクスのその姿を見つめた。

 幼いシルエットを持ちながら、儚い巡礼者のようにしか見えない。

 

「……そうですか」

 

「んだよ。まあ、そのうちちゃーんと理解してもらうからな? 俺はこういうとこ厳しくいくから」

 

 (ほが)らかに笑うルクスの視線が()()()()()()ルイナは目を逸らし話題を変えた。

 

「ああ、そういえば今聖国に入りました。ここからあそこまで国境線が広がっています」

 

「あん? マジか。密入国お邪魔しゃーっす。てか雲で下の方ぜんぜん見えねぇ」

 

 ルイナは自分の足元から太陽が登る左側の麓の方を指し示した。

 

「あのあたりでは聖国の軍隊と王国に軍隊が睨み合っていることでしょう。そして、──王国からの難民で構成されたキャンプもどこかにあります」

 

「難民……?」

 

 ルクスの顔色が変わった。

 そこには侮蔑するようなものなどなく、純粋な興味があった。

 

「はい。王国で生きられなくなった人々が聖国の近くまでやってきたものの、入国できず立ち往生しています。移動する力もないので、そこでコミュニティを築くしかないのです」

 

「俺たちがこうやって入国しようとしてるのにできないのか? いや、密入国はアレだけどさ……」

 

 ルクスの素朴な質問に、ルイナは視線で答えた。

 

「……ッ!!」

 

「準備無しで越えようとすればああなるのです」

 

 彼女たちの視線の先には、なにかに食い荒らされた人間たちの痕跡があった。

 

 ボロボロの洋服が散らばり、バラバラの骨には大小様々な歯型がついている。

 

 おそらく二人のようにここを越えてきた王国民のものだろう。

 

「魔物か……」

 

「この国では守護獣と呼ばれていますが、定義上はそうですね。……聖国民には()()()()()()()()()()()()()()。国境を無傷で越えて行けるのはその因子を受け継ぐ者のみです」

 

「……魔物がそれを嗅ぎ分けるってことか?」

 

「そのように作りましたから。低コストの防御機構です。私と貴方には組み込み済みなので安心して下さい」

 

「…………エグいわ、お前」

 

 ルイナが上空を指差すと、その先には二人を見つめる翼を持つ魔物たちの姿があった。

 

 聖国民以外を食い殺す天然の防衛システム。

 国境で難民が立ち往生するのはこれが原因だ。

 

「そして、それだけではありません」

 

「……!!」

 

 そう言って警戒するルイナの視線の先には数人の男の姿があった。

 

「…………シスターが二人か」

「へへっ、守護獣様に襲われねえってことは、おかえり?」

「どうせ裏切り者が他国でこさえたガキだろ?」

 

 その服装はバラバラで、密入国してきた人々から集めたものだと予想できた。

 この世界では珍しくもない野盗だ。

 

 彼らは食い荒らされた人間の所持品を回収し、無傷で突破した人間を捕らえて売っているのだ。

 

「そうそう、なんの力も金もないガキなんです。見逃してよ、お兄さんたち」

 

 怯まずにルクスが話しかけてみるが、状況は変わらない。

 

「ぷはっ! あはははは!!」

「ほんとにシスターかコイツ!」

 

 馬鹿にされながらもルクスは逃走経路を探している。

 礼服を着た人間を見てあんな態度を取る男たちが、何事もなく終わらせるはずがない。

 

 ルクスは隣のルイナへ視線を送り、話しかけた。

 

「おい、どうす──」

 

 ──大きな音が響いた。

 

「かは……?」

「おい……」

 

 男が一人倒れた。

 そして、前時代的な武器しか持たない男たちが勝てるはずもない。

 

「…………」

 

「うそだろ!? ほんとにシスター!?」

「いや……巫女様……?」

 

 無言でルイナは発砲していた。その右手にはリボルバー式の魔法銃が握られている。

 

「う……!?」

「ひぃ……っ!!」

 

 正確な射撃は逃げる男たちの急所を無慈悲に撃ち抜いていく。

 ただの作業のようだった。

 

「ふっ……ふっ……」

 

 不意打ちを狙って岩陰に隠れていた男の後頭部に銃口が押し付けられる。

 光の反射でしか物を見ることのできない彼にはルイナの姿は見えない。

 

「あ……」

 

 間抜けな声を上げながら男は倒れ、血の池を作った。

 

 彼女たちを囲んでいた野盗は一人残らず絶命した。

 

「進みますよ、ルクシア」

 

「……ああ」

 

 姿を現し、リロードをしながらルイナはルクスに声をかける。

 守られただけのルクスにはなにも言えない。

 

 彼は一瞬だけ男の死体を見て、ゆっくりと進んだ。

 

 ルイナにはよくわからない行動だ。

 

 魔法が使えないのは彼のせいではない。

 肉体が弱くなったのは彼のせいではない。

 男が死んだのは彼のせいではない。

 

 しかし、ルクスはなにかを悔やんでいるようだった。

 

 本当に異常な人間だ。

 他者を偲ぶ心を持っている。

 

 この世界の人間の()()()()()()()()()()()

 それが普遍的事実だ。

 

 つまり、強さを求めるとは、どこまで悪性を許容するかという話にしかならない。

 

 古き激しい者の血を宿しながら、穏やかなる者として生きる。

 それは完璧な人間の在り方だ。

 

 だがルクスはそれをやり遂げようとしている。

 机上の空論を証明しようとしている。

 

「サンキュ、助かった。百発百中だったな」

 

「────」

 

 お礼を彼は口にした。

 それは何故か。助けられたからだ。

 

 それをできる人間がこの世界にどれだけいることだろう。

 

 

 『ルクスを見ているといつも胸が張り裂けそうになる』

 

 友人の言葉がとてもよく理解できた。

 そうだ。彼を見ていると、自分がいかに穢れているのか自覚するのだ。

 

 ──胸が痛い。

 そのまま穴が空いて中の汚いものが全部あふれてしまえばいいのに。

 

 でも、それを捨てることはできない。全てを飲み込んで吐き出してはいけない。

 今はこの小さな信徒のために生きるのだ。

 

 ルクスの笑顔を見ないように、そして自分の表情を見られないようにして、ルイナは進み始めた。

 

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