プリミティブ・プライメイツ ~暴君転生~   作:翠碧緑

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16話 黄金に暁を見る

 

「今日の予定としてはこんなところでしょうか」

 

「そうですね。グスタフ様にはわたくしの方から伝えておきます」

 

 早朝。使用人室兼リエーニ対策室にはアンリーネとカーティスの姿があった。

 もうリエーニの日程はほぼ決まったことを繰り返すだけなのだが、習慣として残っている。

 

 もう1年近く経った。とても短く、長い期間だったとアンリーネはふと思う。

 

「お願いします」

 

 そう返事するカーティスには疲れが見える。彼の主であるダルンから届く指示を全て担当しているのが、カーティスであり、この屋敷の責任者として街での対応もしている。あと超問題児の相手も。

 

「お疲れですね。今日のリエーニ様の訓練はわたくしが見ましょうか? 生憎(あいにく)、剣のことは詳しくないので見ているだけになりますが」

 

「いえ、文句を垂れる時間がもったいないので、あの方の…」

 

 突然アンリーネが訓練を担当した場合、あの見た目だけは良いメイドはごねて抵抗するだろう。

 

 “カーティスをどこへやった? まさかクーデターを?”

 

「でしょうね…」

 

 その有り様が想像できてアンリーネは思わず笑ってしまった。

 

「それに今は剣のみに集中させたいと思っておりますので。リエーニ様が貴方のことを知ったら脱線するのは目に見えています」

 

「そういえば、剣を要求されたのでしょう? あそこまで入れ込んでいるとは思いませんでした。最近、ベッドにまで持ち込んで……。危険だと言っているのに“暗殺者対策”などとわけのわからないことを…」

 

「いやあ……ははは」

 

 笑ってカーティスは誤魔化した。彼からしてもあそこまでリエーニが入れ込むのが意外であった。まるで、教会に与えられた聖剣を大事にする聖騎士たちのようであった。

 

「カーティス。貴方の目から見てリエーニ様はどうですか? 戦いの面で」

 

「そうですね。今のあの方はもちろん弱い。この屋敷の誰よりも」

 

 けっして甘い判断をカーティスはしなかった。それは普段の使用人会議の発言からもわかっていた。あくまで、カーティスは総合的な強さを伸ばそうと考えていた。リエーニが目指すものは騎士ではない。先陣を切ってかけることは無いし、何者かを暗殺するわけでもない。

 

「五剣術を覚えたリエーニ様と同い年の私がいたとしても、私が勝つでしょう。老いぼれた後でも今のあの方には負けない自信があります」

 

「容赦がないですね」

 

 それはそれは()()()()()カーティスは語った。

 

「そして、楽しみです。リエーニ様は五剣術を習得後、“その(いびつ)さに気付き始めている”。その気付きは私の時よりも遥かに早い。違和感を覚えずに死んでいく剣士の多い中、あの方は気付いた」

 

 カーティスの評価としては、期待はできるが弱い、といったところだろう。

 

「そこからが長いと思いますよ。理屈っぽいですから」

 

「それは、まあ、そうでしょうね…。ちなみにアンリーネ様の評価はどうですか?」

 

「秒殺です」

 

「あっ…いえ、戦いでは無く…」

 

「これは失礼しました」

 

 咳払いをして、一旦落ち着かせる。アンリーネもつられてつい感覚が蘇ってしまった。

 カーティスの求めた評価は、“これから社会に出るにあたって問題が無いか”、ということだろう。

 

 問題はあるに決まっている。アンリーネが一体何度リエーニを殺すのを我慢したことか。

 

 あのなんにでも噛みつく習性の矯正は不可能。それでいて、擬態能力は完璧なのだ。

 

「あの方を侍らせる者がいるとすれば、あの端正な外見と動作に魅了されるでしょう。そして、気付いた時には喉を食い千切られている」

 

「それは、褒めているのですか?」

 

 困ったようにカーティスが返してくる。しかも、アンリーネの評価は屋敷のメイドとしての評価だった。

 最近アンリーネは本気でリエーニを淑女として教育しているのではないか、とカーティスは疑問に思っていた。

 

「外見を母君で固め、内面には父君が宿る。──ええ、とても素晴らしいことですわ」

 

 アンリーネの微笑みには深い親愛が宿っていた。

 

 

 

 跪く少女とその目の前に立つお飾りの王族。ある日の宮殿での一幕。

 仕えることになったのは完全に家の都合であり、少女は戦えぬその少年に欠片も興味はなかった。

 

「まあ、よろしく。俺のことは気にせんでいいよー」

 

 金色の高貴な雰囲気からは想像できない、品のない態度を持つのがその少年だった。

 

「いえ、そういうわけには。貴方の護衛として、誠心誠意尽くさせていただきます」

 

 それは、少女の意思では無い。戦場で名を上げた少女を疎んだ他の騎士が、王族に吹き込んでこの場に送ったのだ。

 “絶対に安泰の戦場”だと、娘を失いたくない家族は言った。下らないと少女は思っていた。

 

 戦いに生きぬ人間に価値は無い。それが彼女の結論だった。

 

「ほーん? 言ったな? じゃあ付いてこいよ?」

 

「? ……何を?」

 

 その少年の手には頑丈なロープが握られていた。そして、少年は走り出し、()()()()()()()()

 

「ハットリューク様ッ!?」

 

 声を上げて、追いかけると城壁にロープを掛け、さらに外へ出ようとする主の姿があった。

 

「遅えぞ、アンリーネ!! 何が何でも俺を護衛しろよ? うぜえ貴族とオヤジからなあッ!」

 

 何がおかしいのか笑いながら大脱走を目論む少年を、慌てて追いかける少女。

 

 

 今となっては遠く、切ない出来事だ。

 

 

 リエーニを起こすためにアンリーネは廊下を進む。先程使用人室で柄にもないことを言っていたせいだろうか。感慨(かんがい)(ふけ)ってしまった。

 

 そして、また思い出す。今度はこの屋敷に来たときのこと。

 

「リエーニ様。この方はアンリーネ──」

「アンリーネで結構です」

「そうですか。アンリーネ様です。屋敷の家政婦長となられます。貴方の上司ですね」

 

「……」

 

 ダルンからの頼みを聞いたとき、断るべきだと思った。

 ダルンとアンリーネの主の関係を思えば、ダルンが嘘を付くことはないと考えていた。

 

 しかし、もし数年の放浪で狂った男が親友の子を見つけたのだと勘違いしてるのだとしたら、アンリーネには耐えられる自信がなかった。

 

 だがそんな不安はその姿を見れば消え去った。

 

「アンリーネです。よろしくお願いします。リエーニ様」

 

 黒髪と黒目。高貴な色は無いが、その身に纏う雰囲気はまさに生き写しだった。

 

「いや、別にいらねえだろ。カーティスさんいるし。帰っていいスよ?」

 

 込み上げた感傷は霧散し、アンリーネは真顔になった。

 そうだ、どうして忘れていたのだろうか。()()()()()()()()()

 

 美貌を帳消しにする下品さ。人の感情を逆撫でする言葉。

 

 屈辱と憤怒と、そして、敬愛が蘇ったアンリーネは宣言した。

 

「わたくしの役割は理解しました。お覚悟をお願いします、リエーニ様」

 

「え?」

 

 “それ”を必ず滅するとアンリーネは固く決意した。

 

 

(はあ……まったく…)

 

 心の中で愚痴る。リエーニは確かにあの主の子だ。しかし、振り回され方が違った。

 

 忠誠を誓ったもう一人の主。凛々しく、解答を求める力に長けたあの血も受け継いでいるのだ。

 つまり、行動は父のように突拍子もないが、それを綺麗に装飾する母の賢さも持っていた。

 

 厄介なことこの上ない。簡単に言えば、“やらかしのレベルが高く、屁理屈で固めてくる”のだ。

 

 先日、リエーニだと思っていたゴーレムの首が落ちたときは、あまりのことに絶叫を上げてしまった。

 土いじりをグスタフとなにやら楽しそうにやっていたことは、アンリーネも知っていた。しかし、それがまさかあんなことに繋がるとは思っていなかった。

 

 無言で地下牢に入れられたときのリエーニは本気で泣いていた。 

 

 あの時再び確信したのだ。自分もまたカーティスのことを言えないのだと。

 

 アンリーネは今の主をリエーニとして、固く決意する。

 もう二度と失わない。あの冷たくなっていく肉を抱いたときの感覚は、今も夢に見る。

 

 その忌々しい記憶を消し去り、相応しいものを相応しい場所へ送り届ける。

 

 それが“アンリーネ・ブレイブハート”の誓いだ。

 

(それにしても、本家の三女と知り合うとは……。これも血なのでしょうか?)

 

 アンリーネはブレイブハートの分家も分家だ。烏滸がましいと、普段は名乗らない。

 

 いつも爆心地となる危険人物の部屋のドアノブに手をかける。

 

 あの朝、ブレイブハートのご令嬢をあろうことかベッドの下に詰め込んだリエーニ。

 声でヴィクトリアであることはわかっていたアンリーネは混乱するヴィクトリアを落ち着ける為に、こっそりと姓を名乗った。

 アンリーネがとりなした為に大事にならずに済んだのだ。

 

 厄介な主だ。本当に。

 

「失礼いたします」

 

 扉を開ける。悔しいことに眠っているリエーニの顔は癒やされる。それを眺めるのはアンリーネにとって一種のストレス発散となっていた。

 

「うい~」

 

 しかし、今日はその癒やしは消し飛ばされたようだ。

 起きているということは今日は徹夜したのだろう。たっぷりといじめてやろうと決心したアンリーネの目には、理解しがたいものが飛び込んできた。

 

「家政婦長! 見て見て! メイドゴーレム0号ちゃん、改め『フィフ』!!」 

 

 寝間着のリエーニの隣には、黒髪の女性がメイド服を着て立っていた。その腰にはリエーニのお気に入りの剣が()かれている。

 かなりの長髪を持つその女性はだるそうな表情をしていて、覇気が無かった。プロポーションもよく、猫背なのが勿体ないとアンリーネは思ってしまう。

 

「おら挨拶」

 

「……初めまして、よろしく」

 

「よろしくお願いします、な? 教養がないでちゅねぇ?」

 

「…ッ!!」

 

 ゴーレムが舌打ちしていた。

 

「…今度はなんですか? 魔法の訓練は午後までお待ちください」

 

 なんとか意識を取り戻したアンリーネは諭すように語りかける。久しぶりの厄介事の予感がしたからだ。

 

「最近自主練多いじゃん? だから、普段から訓練することにした。ジジイにも…」

 

「言葉使い」

 

「……グスタフ様にもゴーレム魔法を鍛えるには慣れるしかないと教えられましたので」

 

 リエーニはゴーレムに言葉使いを注意されていた。

 頭痛が走るのを我慢して、毅然とアンリーネは対応する。

 

「屋敷が汚れてしまいます。そのゴーレムは一旦置いてください」

 

「フィフです。生き別れた私の姉です」

 

「…………?」

 

「そうらしい」

 

 硬直した表情でゴーレムを見ると、普通に返された。

 

 グスタフの話では、結局ゴーレムの声はリエーニが作って出しているそうだ。

 

「ではまず朝食の準備をしましょうお姉様」

 

「普段を知っていると本当に丁寧語が気持ち悪い」

 

「は?」

 

「言葉使いが乱れている。直したほうがいい」

 

「てめえ……、覚えておきやがってくださいませ」

 

「安心してほしい。全て覚えている」

 

「フッ…!! フーッ!!」

 

「フフ…」

 

 この会話をリエーニが一人でやっているという事実がアンリーネの頭を破壊しそうになる。

 しかし、女傑の血が心を強く繋ぎ止めた。

 

「いいでしょう。フィフ、以後わたくしのことは家政婦長、またはアンリーネ様と敬称をつけるように。貴方はリエーニ様の姉ですが、わたくしの主ではありません。いいですね?」

 

「えっ…」

「えっ…」

 

 驚いている表情が並ぶと本当に姉妹だと思ってしまう。

 

「どうして? 私は──」

「はい、かいいえで答えなさい」

「はい」

「ではまず朝食の準備を覚えてもらいます。ついてきなさい」

 

 姿勢良く歩き出すアンリーネを目で追うゴーレムだと言われた女性は、不可解な顔をしてリエーニに振り返る。

 

「あれは……何? どうしてこの状況に対応できる?」

「実はな…俺もわからん」

 

 お互いアンリーネに引いていた。恐怖すらあった。実はちょっとした冗談のつもりだったのだ。最初に()()()()()()()()()()

 

「あれ? これってまずい? 自爆った?」

「付き合わされたこっちの身にもなってほしい…」

 

「フィフ、何をしているのです! リエーニ様は着替えた後、()()()()()()()()()

 

 大声が開けっ放しの扉から響いてきた。

 

「うっす…。じゃ、じゃあ後でな」

「え? 続けるの? あの人間は普通じゃない。私を一人にしないでほしい」

 

「フィフッ!!」

 

「ぴっ!?」

「ひっ!?」

 

「えー…すまん」

「?」

「向こうはこれを俺一人の“人形遊びだと”思ってるわけでな? 普段から我慢してる分がお前に向かう可能性がある…」

「理不尽…。変わってほしい」

 

「いい加減にしなさいッ!!」

 

「えっ? えっ…。ええぇぇぇ……」

 

 戻ってきたアンリーネはフィフの襟を掴み運んでいった。肌部分に触れないあたり、とことんリエーニの悪ふざけに付き合う気になっているらしい。

 

「……まじかよ」

 

 唖然としたリエーニに聞こえてくるのは、初めて聞く相棒の悲鳴だった。

 

 

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