プリミティブ・プライメイツ ~暴君転生~   作:翠碧緑

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19話 キツイもんはキツイ!

 

「……もう一度初めからよろしいですか?」

 

「だからぁ! 巨大透明真空管が盗賊を透明真空にして襲ってくるんだって!!」

 

 ルクレヴィス家の屋敷の使用人室。そこには必死に説明するメイドの姿と、今度は何をやらかしたのか呆れて聞いている使用人達の姿があった。

 

「まずいいですか? 街の人の会話を聞いていたってどういうことですか?」

 

 前提が狂っているため、カーティスは慎重に問い質していく。

 

「い、いいでしょ別に! 俺って耳がいいんだよ! いてっ!」

 

「使える魔法全部話せと申したのに。まだ隠しておりましたか。このぶんだと…まだありますな?」

 

「…いいや?」

 

 溜息をつくグスタフを横目にアンリーネが問い掛ける。

 

「透明化と音消しを使う存在がいて、それらがこの街を襲撃する。さらに言えばもう来ていると?」

 

「そうなんだよ! 頼みますよ! 軍隊とかに掛け合ってなんとかできないの?」

 

 急に黙り込む使用人達。

 ここで考えるべきは、そのような報告をどうやって伝えたらいいのかということである。

 

 自分たちは奇想天外な生き物が言っていたからと納得できるが、まさか王家の能力で探知しましたなんて言えるわけがない。

 

「せ、政治ぃ!?」

 

「はい。下手に動けばルクレヴィス家に疑いがかかり、不利益となってしまいます」

 

「こんなときに言ってることじゃないだろ!?」

 

「いいえ。行動一つが皆の命に関わります」

 

「……ッ!」

 

 フィフは離れた位置で黙って見ている。彼女にとってはどちらでもいいからだ。

 しかし、この所有者の行動は決まったようなものである。

 

「……じゃあ一度盗賊の姿を認識させて、ボスの位置も見つけ出す。俺ならバレずにできる」

 

「え?」

 

「騒ぎを聞きつけてきたってことにして、加勢してくれ。アイツらは正門の方から来る」

 

「危険です!」

 

 アンリーネが思わず身を乗り出して止める。

 

「リエーニ様の姿消しをわたくしにかけてください。そうすれば…」

 

「……戦う者はちゃんと道を辿って門で戦わなくては、後で疑いが広がる」

 

 ここでフィフが割って入った。新参者にアンリーネの顔つきは厳しいものになる。

 

「貴方は戦うべき。護衛は私がやる」

 

「言葉使いを直しなさい。たかだかゴーレムに務まると?」

 

()()()()()

 

 そう呼んだのはリエーニだった。その表情には固い意志が宿る。それは、アンリーネのよく知る顔だった。

 

「……わかりました」

 

 作戦は決まった。

 

「リエーニ様、敵を探り当てた場合何か印をつけられますかな?」

 

「レインボーボム当てる」

 

 そう言ってリエーニは持っていたバッグに入っている奇妙な爆弾を見せた。

 

「またおかしなものを……」

 

「悪いっ! じゃあ行く!! 掛け声いる? おー!!」

 

「お待ち下さいリエーニ様!」

 

「ん?」

 

 飛び出していこうとする主に駆け寄り、アンリーネは抱きしめる。

 

「いいですか? 失われていく命があったとしても、それは貴方の責任ではありません。それがわたくし達の誰かであってもです」

 

「…………」

 

「この街一つと貴方の命では、貴方のほうが重いとお忘れなく」

 

 誰もそれを否定することは無かった。

 リエーニはそれを平常なこととは思えなかった。しかし、()()()()()の顔を見て、受け入れた。

 

 

 

「とは言ってもなあ……」

「?」

 

 惨状を見てリエーニはそうこぼす。

 戦いは終わった。しかし、無傷ではない。この場に“もしも”は無い。

 

 瓦礫(がれき)の山と赤い模様。耳をつんざく悲鳴と吐きそうな肉の匂い。

 

 フィフに抱えられたまま、遠くを見る。そこには倒れる魔族と恩人達。

 その周囲には兵隊が集まり、状況を確認しているようだ。

 

「ご助力感謝します。サー・カーティス。詳しい状況を聞いても?」

 

 問うのはこの街の主であるブレイブハートの女性だろう。使い込まれた鎧姿のその雰囲気はどこかで見たようなものと似ている。ヴィクトリアの身内かもしれない。

 

「はい。かしこまりました」

 

 兜を脱いだカーティスの後ろにはアンリーネとグスタフの二人が。

 しばらくは質問攻めに遭うだろうが、しらじらしく無事に切り抜けるだろう。

 

 リエーニはたまたま巻き込まれた一般人となる。

 

『もし貴方が動かなかった場合、この街自体が終わっていた。ただの人間ではあの集団にすら対応できず蹂躙される』

 

 そんな声が響いてきた。フィフだ。

 

『なんだよ、慰めてんのか?』

 

『そう』

 

 素直な解答に調子を狂わされたリエーニは不機嫌そうに目を閉じた。

 

『そして、貴方は一旦この街から離れ、隠遁(いんとん)生活を余儀なくされる。貴方の言うゴミカス野郎との合流もできない。その間魔族も魔物も、人間も貴方を邪魔し続ける』

 

『結果論、自由なそっちの方がよかったかもな』

 

 本当はそんなことを思っていないくせにリエーニはそうやって悪態をつく。

 

『これは()()()()()()()()()()()()()()()

 

「…………」

 

 さらに強く抱きしめられる。「痛えんだよ」、とリエーニはちょっとだけ抵抗を試みた。

 

 

 

 

 男だけはなんとか生き延びた。混乱の中、武装を捨て、死体から衣服を剥ぎ取り住民に紛れ込んだのだ。不安に押しつぶされそうになっている街の住民とすれ違う。

 

 どの人も綺麗な肌で、艶の良い髪の毛をしている。富んだ生活をしているのだろう。それが男には気に入らない。

 女神の加護を貰う前から侵入して盗むことは得意だった。戦時中の任務がそれに近かったからだ。昔の仲間は全員死んだ。ただ情報を持ち帰ろうとしただけで。

 

 そのくせ、褒められたのは最前線で殺しを楽しんでいた異常者達だけだ。それがまた許せない。

 

 自分達を捨てた政府、見向きもしない大衆、離れていた間に別の男と寝ていた愛する人、全てが許せなかった。

 

(なんて手薄い警備だよ)

 

 男が狙ったのはこの街の中心、ブレイブハートの邸宅だ。簡単に本邸まで侵入できた。

 魔族相手に情報収集を行っていた男にとっては、あっさりといきすぎて不安になる。

 

(なにか不正の証拠でも見つかれば、それを他の貴族に売って一儲けだ)

 

 狙うは執務室。内部は誰も兵士がおらず、正門での騒ぎに皆駆り出されているようだった。

 あともう一息で目的地に辿り着く、そんなときだった。

 

「あら、貴方は待機ですか?」

 

「…………!」

 

 身なりの良い服の少女がやってきて話しかけられた。おそらくブレイブハートの令嬢だろう。

 

 まだ二桁もいっていない無垢な表情で、男に問い掛けてきた。

 今の服装は屋敷の従者のものだったのだろうか。少女は何も警戒していない。

 

「聞いていますか? お姉様はどこにいかれたかわかりますか?」

 

「……正門で大きな騒ぎがあったようです。皆対応に追われていますが、私は留守を任されました」

 

 笑顔で何気なく男は返答する。貴族とのやり取りをすることも昔はあった。同じようにすればいいだけだ。

 

「なるほど…。もしかして、リエーニに会いに行ける…?」

 

 ぶつぶつと呟くと少女は男の方を向いて、笑顔になった。

 

「私の脱走に付き合って貰えませんか?」

 

「脱走でございますか?」

 

 純粋無垢で、男を欠片も疑っていない少女を、心の中で馬鹿にする。

 

(貴族ってのは本当に馬鹿だな。俺達が必死に戦ってる間、家で飲んで食って太るだけ)

 

 昔を思い出したのか、男には怒りが湧き上がった。

 

「? どうしました?」

 

「いいえ。なんでもありません。お嬢様、脱走などおやめください。あとで痛い目を見るだけですよ」

 

「はあ……そうですよね。大人しく部屋に戻ります」

 

「それがよろしいかと」

 

 溜息をついて、背を向け部屋に戻ろうとする少女に、男は隠し持っていたナイフを取り出し近づく。

 

(貴族のものは全部ぶっ壊してやる)

 

 音無く近付き、振り下ろしたナイフは──薙ぎ払われた。いや、ナイフを持っていた腕が無くなっていた。

 

「バレバレすぎて、逆に滑稽ですわね」

 

「がッ!? てめえ……!! どこに武器を……!?」

 

 振り向きざまにカウンターを放った少女。それは第三剣術(ミスリー)の防衛術の一つ。

 【移花接木(いかせつぼく)死変生(しへんじょう)】。要人が暗殺に対応するために使われるもの。

 

「これが初の戦い、殺し合い、なんだか呆気ないのですね」

 

「や、やめ…ッ! ガフっ!!」

 

 少女は、ヴィクトリア・ブレイブハートは動けなくなった男を刺した。

 まずその足を、次に腹を、もう一つの腕を、そして──

 

「う…が……は…」

 

「争いに乗じて火事場泥棒なんて…大人しくしていれば生きていたのに。()()()()()なのですから」

 

「……!!」

 

 男は元兵士だ。戦えぬ者ではない。だが、ヴィクトリアは勘違いしたままだった。

 “そう思えぬほど、弱かったから”だ。

 

 ──喉を貫かれ、男は絶命した。

 

 

 剣を引き抜きヴィクトリアはそれを見つめる。

 人を殺した。それは同族殺し、味方を減らす行為だ。

 

「はあ……はあ……」

 

 緊張から解放され、その場にへたり込んでしまう。どこかの誰かから学んだ高飛車な態度を貼り付けるという一種の防御術が、功を制した。

 恐怖だった。いつ自分が殺されてしまうかわからない逆境。最初の一撃はこちらから仕掛けるか、それとも相手から仕掛けさせるか。

 

 その重要な賭けにヴィクトリアは勝利したのだ。

 男からは見えぬ位置に剣を配置し、シグルナのように剣を引き寄せた。こちらが無防備であることを最初に印象付け、攻撃を誘発させた。きっとリエーニもそうしたはずだ。

 

「ふふふ…」

 

 自分の一撃を受けた男の顔が思い出される。混乱と恐怖で歪んでいく醜い顔。その命を自分が握った瞬間の多幸感。

 

「あはははははははっ!!」

 

 『勝利』。これまでの快楽をヴィクトリアは知らなかった。

 

 常に上位者に囲まれ育ってきた。リエーニとの戦いも楽しみはしたが、児戯だ。

 

 これが勝者として立っているということ。

 

「はーあ……」

 

 肉となり、自分の住む屋敷を汚す物体を見つめ直す。

 ヴィクトリアはなんだか物足りなくてもう一度その心臓を貫いた。

 

「…………」

 

 なんの反応もない。それは、つまらない。

 

「お姉様は嘘をついていたのですね…。こんな楽しいことを嫌うだなんて」

 

 そうだ。──この感触に勝る快楽などあるはずがないのだから。

 

「私は強くなります。()()()()

 

 

 

 

 えー、退屈です。

 

「不満を顔で表現する癖がある」

 

 黙れ。

 

「大人しくするべき」

 

 俺は今、ベッドという名の牢獄に閉じ込められていた。たいしたことねえ怪我でこんな扱いをしやがって。

 あの後俺はフィフとともに帰宅し気絶。帰ってきたやつらに拘束され今に至る。終わり。

 

「切り傷と火傷で大げさなんだよ」

 

「放っておいても良いことはない。人間の脆弱性(ぜいじゃくせい)を甘く見ている」

 

 コイツはちゃぷちゃぷと布を水に浸し、それで俺の体を拭いていく。雑すぎる。なんでコイツに看病を任せたんだよ。ババア来てくれ。

 

「魔力の欠乏も酷い。一度に使いすぎ」

 

「知らねえ病気だ……」

 

 オーバーヒートはなかなかにヤバイことらしい。今まで無いから知らなかった。あの魔法干渉バトルがいけなかったのかも。

 今の俺はフィフの体を維持することで精一杯だ。

 

「私の体を維持しなければ回復は早くなる」

 

「あっそ」

 

 溜息をついて、フィフは俺に服を着せていく。

 マジで体が動かねえ。ていうかこの状況が嫌なんだけど。なんでこっちでも…いや、なんでもない。

 

「あーあ……。あんだよ?」

 

「気にしないでほしい」

 

 笑いながら人の頭を撫で回してきやがった。なんかシスター達を思い出すな…。ガキじゃねえんだよやめろや。

 

「あれが……魔族かぁ」

 

「アレは弱くはないけど、強くもない。基準にするのも駄目。魔族はそれぞれの個性が違いすぎる」

 

 まじかよ。よく戦争ふっかけたな人間。

 

「アイツはなんであんなことをしてたんだ?」

 

「わからない。魔族は基本的に()()()()()()()()。理由を求めるほうが難しい」

 

 自由人なんすね…。たまったもんじゃねえな。

 

「なるほど。あんなんに好き勝手されたら、そりゃあキレるわな」

 

「キレるというよりは怯える反応が正常だと思う」

 

「でも、戦争したんだろ? あんなの相手に。すごくね」

 

「…………」

 

 撫でるのをやめたフィフはベッドに乗っかってきて横になった。看病とは?

 だからお前の体はいてえんだっつの。抱き枕にすな。

 

「魔族は基本的に単独で生きる。それがもし連携を取るとしたら、命令をされた場合が多い」

 

 一応上下関係はあるのか。

 

「アレは密偵に近い。馬鹿なプライドが邪魔をして姿を晒していたけど、本来は何もせず帰還していたはず」

 

「…じゃあ、この休戦中に人様の国でそうしろと命令したやつがいるってわけだ。魔王なの?」

 

 そう口にした途端、フィフの体が一瞬強張(こわば)ったような気がするがすぐに元に戻った。

 

「一部の人間嫌いの過激派が暴走した可能性の方が多い。でも……」

 

「でも?」

 

「その行動すらも利用する」

 

 どういうこと?

 

「……“魔族が人間を襲っている”という今この時にはあってはならないこと。きっと人間側は抗議をする。これ幸いにと要求を通そうとする」

 

「だろうなぁ…」

 

 いやだなあ外交ってやつは。

 

「それを『アレ』は利用する」

 

「アレって?」

 

「…………」

 

 だから痛えって。

 

 何も言わなくなったコイツに抱かれながら、俺の意識はいつの間にか落ちていた。

 

 本当にクソな世界だ。何も安定しないし、迷ってる時間すらない。

 

 でも、ああ、わかってるよ、そんなこと。

 

 ──この世界で俺は生きている。生きていくんだ。

 

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