プリミティブ・プライメイツ ~暴君転生~   作:翠碧緑

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2話 転機なんてものは突然だ

 

 いつからこの力が使えたのかは正直覚えていない。気がつけば出来ていた。多分最初から使っていたのだろう。

 

『まったくっ! 一体何回同じことを言わせるのですかッ!!』

『ひいいいいっ!! 許してぇ!!』

 

 子供達の笑い声が響く。俺の力を使ったモノマネ一発芸だ。

 

「すごい! シスターそっくり!」

「ボクそんな声じゃないよ!!」

「すっごい似てるよ?」

 

 まあ、そんなすごい力も俺にかかればこの通り。くだらない用途にしか使えないってわけよ。

 

『コラッ!!』

 

「シスターッ!?」

 

 男の子がびっくりして辺りをきょろきょろと見回す。それを見て回りの子供はくすくすと笑いを堪えられない。

 

「リエーニだったのか?!」

 

『違います』

 

「シスターの声やめてぇ!!」

 

 声の周波数を変えれば、いくらでも他人の声の再現ができる。やろうと思えばできるが、流石にゴリゴリの男性声を出すことはしていない。あくまで俺の声変わり前の声で出せるであろう範囲に留めている。

 

「リエーニ! いつもの王女様のお話して!」

 

「またか? 好きだなあ…」

 

 リクエストを受けたので、変声を使いながら語り部を始める。ナレーションの声、主人公の声、敵役の声、それらを使い分けながら説教臭い話をシンプルに演出していく。

 

 同じ話であっても子供達はあまり飽きることはなかった。助かる話だ。

 

「──こうして、二人は幸せに暮らしていくのでした」

 

 ぱちぱちとまばらな拍手が巻き起こる。

 

「よし、じゃあ仕事開始だ。ほら動け動け~」

 

「えー」

「もう一回してよ~」

 

 愚図る子供達を押しながら、また今日の仕事が始まるのだった。

 

 

「うっす、メシだぞ~」

 

「…リエーニ……」

 

 小さな部屋のベッドにはつらそうにこちらを見る女の子の姿があった。この子は体が弱く、いつも調子が悪い。

 ゆっくりと冷ました食事を彼女の口に運ぶと、なんとか彼女は含んで飲み込んだ。その作業すら彼女にはきつそうだ。

 

 保険制度の無い医者は高すぎる。薬買う金で何日生きられるんだって話だ。これよりひどい子も見てきたが、それでもちゃんと診てもらうのは難しかった。

 

 歩けば病院があった日本とは違う。医者の数も足りないのだ。免許もねえしな。民間療法に頼るしか無い。

 

「私、死ぬのかな?」

 

「そう落ち込むなよ。元気な自分を忘れんなって」

 

「もう忘れちゃったよ」

 

 いろいろな子が死ぬのを見た。年下も年上も、言葉の話せない子も、姿形が違う子もいた。

 

「……俺は覚えてるよ」

 

 握った手は無言で握り返された。その力はとても弱くて、嫌になっちまう。

 泣き疲れたその子が眠るまで俺は寄り添っていた。

 

 人の死なんて日本じゃ無いようなもんだ。俺が直接見た死なんて道路で轢かれていた野生動物ぐらいの感覚だった。

 いつだって人の死は何かを挟んだ向こう側にしかなかった。

 

 でも、そうだよな。こんなことはありふれていたんだ。くそが。

 

 

「リエーニ。ちょっとよろしいですか?」

 

「?」

 

 扉を開け、外に出ると院長に呼び止められた。なんでも“お客様”がやってきたそうだ。

 

 お客様。そうだ、とうとう俺の番ってわけだ。

 引き取られていった先輩たちは嬉しそうにしていたが、どうせ碌な未来を迎えないはずだ。まともに文字も読めない子供が契約書も結ばずにどうなるというのか。

 

「絶対に失礼のないように」

 

「はい」

 

「よろしい」

 

 客間の手前で、普段の俺の言葉遣いを知っている院長に注意される。まあ、それぐらいはしょうがない。信用がなくて悲しい。

 

「失礼します」

 

 部屋に入るとそこに待っていたのは、身なりの良い男だった。他にはここのシスターと、おそらくは男の従者だろう。

 男が椅子に腰掛けているのに対して、もう一人は立ったままだからだ。

 

「当院で、金の髪と目を持つのはこの子だけです。挨拶を」

 

「リエーニと言います」

 

「なるほど。リエーニ、近くへ」

 

「はい」

 

 警戒しながらも男に近づく。男は名乗りもせずにじろじろと人の顔を覗き込んできた。

 金髪と金目が趣味なのか。いい趣味してやがる。中身がこんなんじゃなきゃ当たりだったろうに。

 

「────っ」

 

 俺の顔を見て、息をつまらせたような男は固まる。んだよ気持ちわりい。お眼鏡には適いましたかってな。

 

「い、院長。確かに7年前にこの子は捨てられていたのかな?」

 

「は、はい。身分を示すものは何もありませんでした」

 

 ほーん。やっぱ俺は7歳だったか。

 

『リエーニ。キミは何か不思議な力を持っているかい? 例えば知らない声が聞こえたり、雨が来るのがわかったりしないかい?』

 

「……わかりません」

 

 男は両肩を掴みながらそんなことを聞いてきやがる。嫌な予感がしたからつい嘘をついちまった。

 なんだ? 超能力はわりと外だと知られているのか? 急に特別感無くなって萎えるな。

 

 知らない声はわからないが、雨は空気の感覚が変わるからよくわかる。

 

『──この声が聞こえているんだね?』

 

「? ──ッ!!」

 

 こいつッ!!

 

 周りを見ると、困惑した院長とシスターの顔が見えた。

 この野郎、口を動かして、それとは()()音を飛ばしてきやがった。

 

「聞こえていますが、それがなんなんでしょうか?」

 

「ああ、そうか。そうか……。やっと…」

 

 なにやら一人の世界に入りやがった。気持ちわりぃな。

 

「院長。この子を引き取りたい」

 

「え……、はい。わかりました」

 

 は? 待てやコラ。

 

「お待ち下さい」

 

「ん?」

 

 予想外の反応だったのか、男は驚いたようにこちらを見た。

 

「気に入って頂けたのはありがたいことですが、私のようなモノを引き取ったところでなんの益にもなりません」

 

「ほう。私にとっては充分に価値があると思えたのだが」

 

 なんなんだ。俺で決め打つ要素がよくわからない。それに今この孤児院を離れたくない。

 

「私は日がな一日怠惰に過ごすだけの矮小な子供に過ぎません。私のような特徴を持つ者はありふれています。もっと積極的な子を求めるべきかと」

 

「それで構わない。キミは何もしなくて結構だ。問題はない」

 

 なんなんだよクソが。7年かけてやっと馴染んだってのに。

 

「リ、リエーニ。何を言ってるのです。こんなありがたい話を…」

 

 ここでまさかの院長が向こう側に立った。

 

「院長? いや、何言ってるんですか。俺が出てったらどうするんだよ? 誰があいつらの世話をするんだよ」

 

「リエーニ……」

 

「おや? キミは怠け者だったのではないかな?」

 

 このッ!!!

 さっきまでの必死な感じが消え失せた男は、余裕で揚げ足を取ってくる。

 

「俺はここにいたいんですよ。このままここで子供達の面倒を見ていくって決めてたんだ。てめえに邪魔される筋合いはない」

 

「素晴らしい礼節だな。それがキミの素かな」

 

「こんな礼儀も態度もなってねえクソガキはいらねえだろ」

 

「ふっ…、くはははははッ!」

 

 突然、男は笑い出した。本当にきしょいなコイツ。

 

「態度がなってねえのはてめえもだろ。名乗れよ。少年趣味の気色わりい倒錯者がよ」

 

「貴様ッ!」

「リエーニッ!?」

 

 俺が挑発すると、従者はキレて、シスターが駆け寄ってきた。

 

「いや、いい。確かに私の礼儀がなっていなかった。私はダルン・ヴォル・ルクレヴィスという。よろしくお願いする」

 

「そうかよ。よろしく」

 

 俺を庇うように抱えるシスターの息を呑む音が聞こえた。

 その後、院長が震えながら話しかけてきた。

 

「リエーニ! その方は貴族、公爵家のお方なのですよ!?」

 

「貴族ぅ…? コウシャク? 偉い人ってことだろ? なおさらわからない。俺じゃなくてもいいだろ」

 

 令和の日本人に貴族がどうたら言われても反応しづれえよ。政治家とか、官僚みたいに考えればいいか。

 

「いや、キミでなくてはいけない。詳しい理由は今この場では言えない」

 

「──っ!?」

 

 もうなんだってんだ。何故そこまでこだわる。くそ、ここまでなのかよ…。

 

「わかった。わかりましたよ。その代わり、助けてほしい」

 

「助ける?」

 

「この孤児院は貧しい。少しでも援助がほしい」

 

 院長たちが困ったような顔を浮かべる。こればっかりは言っておかなきゃならない。

 

「残念だが、キミという存在はここに()()()()()()()()()()。だから、我が公爵家がなんの理由もなく教会派閥の施設に支援することは難しい。つまり、“できない”」

 

 とてもわかり易い、シンプルな説明。貴族ってのは政治家と考えたほうが良いか。地球じゃただの称号でしか無い国もあるってのに、実際に権力を持ってるのか。

 

「──なら、しょうがないと思い、ます。受け入れます」

 

「…………。受け入れた顔には思えないな。どこかで逃げ出すつもりかな?」

 

「お前きめえな」

 

「ふっ…! ふははははっ!! いいな。気に入ったよ。教育のしがいがある」

 

 くそが。くそが! 理不尽が多すぎるだろ。地球で考えたら、親無しが金持ちの政治家に拾われるって感じか? そんなシンデレラストーリーは俺以外のやつにやってくれ。

 

「俺は、ここを離れたくないんだ。どうか、お願いだ。お願いします」

 

 無様に手をつく。頭を垂れ、上位者に懇願する。情けない。こんな屈辱を、俺は知らない。

 なんの力も持たない子供。それが今の俺だ。

 

 もし、どうにもならないならば、いっそ──、

 

「リエーニッ!!」

 

 ──憤怒の声が響いた。院長だ。それは俺が聞いたことのない感情のこもった彼女の声だった。

 

「院長…?」

 

「貴方は…、貴方はどうして……ッ。わがままを言ってはなりません!」

 

 両目から涙を流す彼女は、荒れる服装を気にせず俺に駆け寄り、頬を叩いてきた。

 その音はいやに響いた。

 

「な、なにがッ!! 待ってくれよ! どうして院長が反対するんだよ! 人手がまた減るんだぞ!?」

 

「貴方がいなくてもッ、問題ありませんッ!!」

 

「──は?」

 

 そんなわけがねえだろ。何を言ってんだこのクソババア。歩くのがやっとのくせに。もう視力だって落ちてきて、経典を読めなくなってるくせに。

 

「ちゃんとした家に引き取られることなんて珍しいのですよ?! それを望めない子がいるというのに、なんですか、貴方はっ! いやだ、いやだと、駄々をこねてッ!!」

 

「俺は望んじゃいねえッ!! 教会で働くための勉強を教えてくれたのはてめえじゃねえかッ! なんなんだよッ!!」

 

 貴重な本を貸してくれて、文字の書き取りも忙しい時間の中で付き合ってくれたのは、アンタだろ。

 

「それは別のところで活かしなさい。貴方に、ここは、()()()()()()()()()

 

 なんだ、この状況。

 

 院長とシスターが泣いてる。俺のせいなのか? そんな苦しみを俺は与えるつもりなんかなかったのに。

 

 もう、──俺に選択肢は無かった。

 

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