プリミティブ・プライメイツ ~暴君転生~   作:翠碧緑

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30話 王足るモノ

 

 自分であれだけはしゃぎまわってアレなんだけど、あまり実感は湧かなかった。

 

 ファビッさんに勝っちまった。どんだけ強いんだよあの引きこもりの戦法。禁止制限かかっちまう。

 

「はーい、これで俺はアンタの養子ね。よろしくパパ」

 

「さっそく躾けが必要だね。やれやれ……」

 

 なんか、冷静だな……。

 

「おいリエーニ、なにがしたいんだ。いい加減説明しろ」

 

 ダルンが腕を組みながら、訊いてくる。後方に控えるカーティスさんも困惑している。

 

「なんつーかね。『ハットリューク・サルヴァリオンの子供のポジション』はもうどうしようもないわけよ」

 

「なっ……」

 

 過剰反応すごいよー。深呼吸しろ。

 

()()()()()()の。あのおばさんにさ。いやー……後からいくら言ったって、争いの種にしかならないなって」

 

「それはそうかもしれないが、必ずお前は勝てる! 国王だってお前を見れば気付くはずだ」

 

 必死に俺を説得しようとするダルン。

 まあ、そうだよ? そうでありたいよ。でも──

 

「“争い自体が不毛。魔族が手を打ってきている状況でそんな暇はない”。そう言いたいのかな?」

 

 割って入ってきたのはファビッさんだった。

 うるせえな敗者がよ。合ってるよ!!

 

「そう。勝っても、人間が得できないんだよ」

 

「だが……ッ! お前が、身を引くなんて……」

 

 …………。重圧で潰れそう。わかってるから、勘弁してくれ。

 

()()が、身を()にして俺を探し出し、今まで守ってくれたことは感謝してる。その期待に応えたいと思うようになった。最近は」

 

「────」

 

 最悪だ。俺ってのはひねくれすぎて本心が一番出せない人間だ。こんなこと言える性格じゃなかったのに……。明らかに目の前の直情馬鹿の影響を受けちまった。

 

「貴方が望むのは、自分の力でもない血の力に酔いつぶれる無知(むち)蒙昧(もうまい)の王なのか? 違うだろ?」

 

「ああ……」

 

「人を導く王なんて大それたモノにはなれないかもしれないけど、ちょっとはマシにできるくらいの力を持つ。持ちたい。

 別に、世界を良くするのは王様だけじゃない。俺は王じゃなくても人の為に動く存在になるよ。

 それを、──どうか『恩返し』にさせてくれ」

 

 黙るダルン。今できるのはここまでだ。

 

「“やめたい”とは、言わないのだな……」

 

 静かにダルンが呟く。最終確認だ。俺の分水嶺(ぶんすいれい)が多分ここなのだろう。まあ、もう、いいでしょ?

 

「アンタらに上手く洗脳されちまったかな? 『何も知らずに操られる子供』ってのは間違いねえよ」

 

 やっといつもの俺に戻ることができた。

 はっず……。顔が熱くて、手で(あお)ぐ。

 

 っておい。なんだ?

 

「我が王よ」

 

 突っ立ってるフィフを除く全員が俺に跪いた。

 ……なんで、無理矢理巻き込まれたファビッさんもやってんだ。意外にノリがいいのか?

 

「滑稽」

 

 無表情で冷静に呟くフィフ。お前は平常運転が過ぎる。てめえが一番跪けや。

 

「あーもー。そういうのいいから。よし、忠誠感謝! 終わり!」

 

「…………」

 

 すんごい不機嫌そうな顔で立ち上がるダルン。もう勘弁してくれ。

 

「というわけでよろしくね、ファビッさん」

 

 ゆっくりと立ち上がったファビライヒに向き合う。

 

 さて、まだまだ続くよ延長戦。

 どんな交渉をしてくる気だ? ルクレヴィス家は外務を請け負う一族だ。

 

 商人としては外国関係、関税をどうちゃら、専用の出輸入ルートをなんちゃら、って感じか?

 そうなると、俺の手には余る。ダルン頼んだ!

 

「よろしくね。早速妻にも話をしたいところだけど、このタイミングは難しいね」

 

「ですよね~。バレバレすぎる」

 

「養子としてのキミは武帝国の出身でいいかな。今のあそこなら身分や出自などいくらでも誤魔化せるからね」

 

 わあ、どっかで聞いたような話だ。

 

「別にいいけど、そうなのあの国」

 

「内乱で人の整理なんてしているヒマがないらしいよ。出国していく人々も不思議じゃない」

 

 ふーん。一応、フィフが言ってたデタラメもちゃんと通用するものだったんだな。

 

「ついでに『メイドの俺』と『コイツ』も雇ってくんない?」

 

 フィフを親指で指しながら、そう提案する。

 

「なるほど、いいね。“先日の訪問の際、メイドのリエーニをいたく気に入ったボクがお金で無理矢理購入した”ということにしておこうか」

 

 何を察したのかは知らないが、この人は了承しやがった。

 

「キミにはこれからしばらく武帝国に滞在してもらう。

 シナリオとしては、“人材集めが趣味のファビライヒ・フォノスは、たまたま訪れた武帝国でキミを気に入ったから引き取った”としておこうか」

 

「…………」

 

「なにか不満かな?」

 

 いや、なんかテンポいいなって……。

 

「いいよ。……それで?」

 

「それで、とは?」

 

「何がいるんだよ。でけえことはこっちの大貴族様に言ってくれ。俺にはパパ呼びくらいしかできねえぞ」

 

 おい、と文句を言う声が聞こえた気がするが無視した。

 さあ、ファビッさんどう出てくる。

 

「あ、じゃあそれでいいよ。満足だ」

 

「あ?」

 

 読めねえ笑顔でファビッさんは納得した。なんだコイツ。

 

「そもそも条件が、エクスローンの勝敗ではなかったのかい? おかしなことを言うねキミも。そんな大人の真似事はまだしなくていい」

 

 なんか急に怒られた。父親気分はやくねえか?

 んあ? なんだ? 俺勝ったよな? なんでファビッさんの手のひらだった気分になるんだ?

 

 ぐぎぎ……。この男がわからない。

 

「そういうことです。よろしいでしょうか、ダルン様」

 

「ああ……」

 

 なんか得意げなファビッさんに対して、ダルンは不服そうだ。

 

「きちんとボクが()()()()()正しい教育をしますので、ご安心ください」

 

 ? 何を言ってんだ、この人。

 

「いや、俺男だけど」

 

「────? え?」

 

 初めてファビッさんが驚く顔を見た。そんな顔もできんだな。

 俺を見た後、ダルンを見た。

 

「そうだ」

 

「え? なぜ? ん?」

 

 おー……。混乱している。

 

「ファビライヒ殿がそこまで慌てるのは初めて見るな」

 

「いや、別にあり得る話でしたので、少々驚きましたが、大丈夫です。変装ですからね……? まあ、確かに機能はするでしょう。

 なにぶん、ボクが王都で聞いた話はカルクルール卿が用意した娘の話でしたので……つい、先入観が」

 

 ブツブツと何かを言い続けるファビッさん。

 

 そうか。この人が最初に聞いたのが偽者ちゃんの話だったから、見つかったのは女の子だったと勘違いしていたわけか。

 

 変な感じだが、俺が逆に男の格好をしていたら男装だったとも思ったのか。それとも()()()()()()()のか。今となってはわからないイフの話だ。

 

「顔の雰囲気も少し変えてるからなー。どうよ俺の変身術」

 

 そう言って、いつものリエーニに変わって見せた。

 

「…………は?」

 

 目を丸くするファビッさん。なんか、やっと勝った気分になった。なにで勝ってんだ?

 

「今何をしたのかな……。聖芸品(ディバインファクツ)を使ったようには思えなかったけれど……」

 

 なんだ? そんな変身用のものがあんのか? めっちゃ欲しいな。

 

「なんだか、懐かしい気分になりますね」

「ああ。ファビライヒ殿、覚悟したほうがいい。ソイツと一緒にいると常識が狂うぞ」

 

 好き放題言ってんな。てめえらだって原因の一部じゃねえか。

 

「とりあえずは『よし』ってことで、武帝国に行こう。やっぱり、二人は動けないの?」

 

「そう…だな。これでも私には仕事がある。いま別の動きをしては、怪しまれるだろう」

 

 そうである。なんだかんだコイツは日本で言う公務員として働いているのだ。

 それでボインおばさんにやられてんだから、アホというかクソ真面目というか……。直線的すぎんだよな。

 

「カーティスさんは?」

 

「私もしばらくはここに滞在する予定でした。ですが……」

 

 まあ、じゃあしょうがねえか。

 

「ファビッさん行こう」

 

「いいのかい?」

 

 ? なんだ? 俺なんか間違ったか?

 

「リエーニ……。カーティスと共に一旦屋敷へ帰れ」

 

 そうダルンは言ってくる。何言ってんだこんな状況で。

 

「このまま行くことは許さん」

 

「いや……なに言ってんだよ。どこに何が潜んでるかわからないんだぞ。早く動かないと……」

 

 目線を合わせて、ダルンは俺の肩を掴んだ。

 

「わかっている。馬鹿なことを言っているのもわかっている。だが、()()()()()()()()()()()()

 

「────」

 

 ……なにが馬鹿かって、それを言われて少し喜んでしまう自分のことだろう。

 

「戦争中なんか、『おはよう』が最後のあいさつの時もあるんだ。……伝えるものは伝えておけ。ヘマなんか気にするな。その時は私とカーティス達が暴れてでも責任を取る。今までの迷惑料だ」

 

 そんなの、いらねえよ。

 

「……カーティス殿、集合場所を指示しておきます。三日後、その場所に。絶対にメモには残さないでください」

「かしこまりました」

 

 ファビッさんもやっぱノリがよすぎだろ……。()()()()に付き合うなよ……。

 

「ふぅ……。今の私にできるのはここまでだったようだな……。すまない、もっと上手くできればよかったのだが。昔からどうにもな」

 

 自嘲するようにダルンは語りかけてきた。

 

「ファビライヒ殿。貴殿に任せる」

 

 ダルンは立ち上がると、怒りにも似た表情でファビッさんに詰め寄った。

 その威圧的な雰囲気に少しも動じること無くファビッさんは答える。

 

「……ええ。()()()()()()()()に誓って」

 

 そんなに俺って儲かるのか? 成金の考え方はよくわからん。せいぜい俺も利用してやろう。引きこもり流は通用するのだ。

 

 俺は、ダルンに向き合った。

 

「…………」

 

 思い出すのは、孤児院で出会ったときのあの表情。

 

 まるで“報われた”かのように感動する気持ちわりい男の顔。

 子供のようにはしゃいで勝手に俺を連れて行こうとする態度。

 嬉しそうに俺と交わす風の音色。

 

 そうだよな。最初っからコイツのことはわかっていた。

 

 報われていてもいいと思える。

 調子に乗って酔っ払っててもいいと思える。

 俺のやらかしを笑って流して、どこか懐かしさに浸っていてもいいと思える。

 

 俺にとってコイツは()()()()()()()だ。

 

「ダルン。世話になりました。ありがとう。どうせまた会うからさよならは言わねえよ」

 

「ああ。──行って来い」

 

 一つの選択が終わった。そんな気がした。

 

 

 

 

 人間は王を求める。それが常である。

 意志の総約を、統率を乞うのだ。それは、自分には力が無いからだ。

 

 フィフと名付けられた人でなしは“滑稽だ”と思う。

 

 ──それは()()()()()()()だと気付いていないのか。

 

 

 揺れる車体。聞こえてくるのは、のどかな野鳥たちの声。

 くだらないやり取りの後、すぐに出発した。御者はカーティスが務めている。

 

 人でなしの心を惑わせる主は昨日から続く疲労により、船を漕いでいる。なんとか意識を保とうとしているところが、また愛おしい。

 

 おそらく、敵方からの襲撃は無いだろう。長年の経験から人でなしはそう判断する。

 

 かつて、ソレも王となった。“武の王”と呼ばれた。

 

 どうしてそうなったのか、ソレも覚えていない。

 

 しかし単純な話だろう。

 人々は力を持っていたソレの庇護を求めたのだ。

 

 ソレは承諾した。

 初めから弱者を下すことはなかったし、弱者を背にすると“戦う理由”を得られたからだ。

 

 気に入らないという理由で向かってくるモノを斬り捨て、

 傲慢に君臨するモノを斬り捨て、

 邪魔だと思ったモノを斬り捨てた。

 

 それだけだ。それだけをしていた。

 全てはこの大地を治めるため。この美しい世界を自分のものにするために。

 

 力をつける理由は、生存から競争へ。そして、『自己顕示』へと変貌していった。

 ソレが力に酔いしれ、世界が微笑んだ。それは幸福の絶頂だった。

 

 だが、それは幻想となり、消え去った。

 

 “壁”ができたのだ。途轍もなく広くて、途方もなく高い壁が。

 触れることすら許されない力の奔流。全知ともいえる知識の湖。

 

 この世界に君臨するその究極に対抗するために、ソレは狂った。

 

 磨き上げた剣技は歪み、戦い方は醜悪に、紡ぐ言葉は陰鬱に。

 

 追い求めた頂天は遠のき、必死にしがみつくのは薄汚れた玉座だけだった。

 

 その昔、その究極を打倒するために狂った女が()()いた。狂っていたものだから、ものの道理がわからなくなっていた。

 残忍。卑怯。暴虐。それらの違いすらわからなくなった。

 

 たった一人で純粋に追い求めた強さを捨てたことで、ソレは究極を一度は打ち負かした。

 ──そう思いたかった。

 

 輝く金色の髪を撫でる。

 生まれたての幼体。何も知らぬ哀れで悲しい生命体。

 

 そんなものが、どうしてこんなにも興味深いのだろう。

 

 わかっている。

 

 その頭を抱える。聞こえる寝息。やっとその無駄に回る思考を停止させたことを確認し、安心する。

 もっと、弱くあればいいのに──。

 

 きっかけはあの日。停止した世界に現れた水のせせらぎ。

 

 他者との会話というものを嫌悪していた。拒絶していた。

 でも、あのときのそれは、あまりにも──くて。

 

「王なんて下らない。でも、貴方ならもしかしたら──」

 

 それはソレの心。しかし、その言葉を伝えようとは思わない。どうにもならないことをわかっているからだ。

 

 抱かれているのは果たしてどちらなのか。

 温もりを感じられるのは片方だけ。それだけが答えだった。

 

 この世界で王となるということは、先に待つ『あの究極』に関わるということ。

 

 そんなことは耐えられない。無理だ。不可能だ。

 

 その証拠に、

 ──女神は廃墟で。

 ──武帝は亡霊に。

 ──女王は絶望を。

 

 三つで醜く談笑していると、いきなりやってきたあの究極に告げられた言葉を、今も恐怖とともに思い出す。

 

『どうか私も混ぜてくださいな。五百年経っても何もできなかったお馬鹿さん達?』

 

 恐怖で体が震える。体を保てなくなる。肉体(リエーニ)に触れていないと崩れてしまう。

 

 少しでも自我を維持していないと消える。少し前まではそれでも構わないと思っていた筈なのに、今は()()()()()()()()()()

 

 何も無い自分を拾い上げた人。そこに『得』を見つけてくれた人。対等を与えてくれた人。

 

 どこか頭の中で冷静に“後でまた文句を言われるんだろうな”と思いつつ、強く抱き寄せる。

 必死に意識が()()()()()()()()()()()

 

 その一線だけは越えたくない。越えてたまるものか。

 

 でも、きっとソレには()()だった。

 

 今この瞬間あの究極──『原始の霊長(アルテ・リルージュ)』がやってきたとしたら、ソレは無様に逃げるだろう。

 どんなに好いていても、愛していても、きっとソレは涙を流し、主を見捨て自分の命だけは見逃してくれと懇願するのだろう。

 

 それが、その瞬間が訪れるのが怖い。

 

 ふと、気付く。

 

 どうして今までなんとも思わなかった弱者である人間達のやり取りに対して、不快感を抱くのか。

 武の頂天に座した女が、弱者のくだらない営みにいちいち反応するのか。

 

 ああ──そうか。

 

 『()()()()()()()()()()

 

 導かれた解を証明する術は“まだ”訪れない。

 

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