プリミティブ・プライメイツ ~暴君転生~   作:翠碧緑

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33話 勝利は遠く

 

 私は何かが噛み合っていない。

 

 そう思うようになったのは、ずっと昔から。

 でもそれがなにか理解したのは、最近だ。

 

 “奪命の快感を忘れろ”と人は言う。“血を見て笑うな”と人は言う。

 

 ならば私は人ではないのか。そんな不安が心をよぎる。

 

 私が尊敬するのは英雄。みんなが称えるのも英雄。同じではないか。

 

 みんな『命を奪う者』が好きなのではないか──。そう言うと人は否定する。意味がわからなかった。

 

 

「ヴィクトリア様、お出かけですか?」

 

「ええ、そうよ。クレオスは勉強?」

 

「はい! もう文字を覚えました!」

 

 通りがかった大きな部屋で、いま私の目の前にいるのはクレオス。シグルナお姉様の息子。私の甥だ。

 なんて明るい瑞々(みずみず)しい命だろうか。お姉様譲りの聡明さも見え隠れしている。

 

 ただ、()()()()()()をそこに宿してしまっている。それが残念でならない。

 

 命を継ぐことは素晴らしい。でも、どうして人は半分ずつしか受け継ぐことができないのだろうか。

 結局薄まってしまうその命の輪を、私は冷たく笑う。

 

「ほら、クレオス。続けようか」

 

「はい、お父様」

 

「邪魔をしたね、ヴィクトリア」

 

「いいえ、お気になさらず。それでは失礼します」

 

 机に戻るクレオスと『男』。お姉様に頼るだけの臆病者。本当に、どうしてお姉様達はあんなものと一緒になろうだなんて思えたのかわからない。

 

 お前のその服と食事はどこから──

 

(いえ、気にしては駄目。今更です)

 

 思考を切り替えようとする。しかし、どうにも胸騒ぎは収まらなかった。

 

 最近はいろいろなことがあった。

 特にあの子との出会いから、何かが劇的に変わった気がする。

 

 ずれた私がだんだんと噛み合うようになっていった。

 

 それをお姉様は喜ぶ。それをエル様は残念がる。

 

 でも、私がずれていることに変わりはない。

 “形を変えて、無理矢理噛み合わせること”を覚えただけだ。

 

 教わったわけでは無い。()()()()()だ。

 

 

 リエーニ。

 

 それがあの子の名。あの子の名乗る全て。

 

 崩れた言葉使い。人懐っこいころころ変わる表情。周りを気にせず物怖じしない態度。

 そして、誰よりも今の私を見ていると感じる視線の動き。

 

 少しでも私の体調が悪くなった日には、中で休めと気遣い、家族に対するイライラで怒る私をさらに煽り、訓練場で戯れる。

 

 あの子は良い子。そう、とても良い子だ。

 

 でもきっと、私だからわかる。──()()()()()()()()()()()()

 

 私達は似ているのよ、リエーニ。具体的にはわからないけど、感じるの。

 

 何かを押し込めているのでしょう? 何かを必死に我慢しているのでしょう?

 

 ルクレヴィス家の屋敷までの短い移動の最中に考えるのは、そんなことばかり。

 

(そう、私達はお互いが必要なのよ。どちらとも相手を見ていないと狂ってしまうのよ)

 

 それはただの言い訳だ。

 あの子の何かを捻じ曲げてしまう気がして、辛いからそんなことを思っている。

 

 ──自分が離れるのが寂しいだけなのに。

 

 

 屋敷に到着する。

 いつものように待っているあの子は何かがまた変わっていた。

 

 今まであった後ろ暗いものがいくらか晴れている。だから、()()()()()()()()()()()

 

「ようこそおいでくださいました、ヴィクトリア様」

 

 よして、と言っているのに畏まった態度を取るリエーニ。わかっていてやっているのだろう。

 そういう子だ。

 

「ええ、今日もいい天気ね。案内をお願いできるかしら? 使()()()()()?」

 

 私の皮肉を聞いて、笑みを浮かべるリエーニ。

 今日はそんなノリなのだろう。私の気も知らずに。

 

 

 『学園』と呼ばれるものが設立される。

 

 国王が中心となって動いている計画は、早くて半年後には開始される。

 

 お題目は『身分関係なく次世代を担う者達に知識と能力を授ける』というもの。くだらない。

 

 私が試験ではなく招待で入学できるのだから、すでにそのコンセプトは崩壊している。

 国内の貴族は勿論、外国からも特別待遇で募集している。逆に一般の者は試験でふるいにかける。

 

 自分がそんな“お遊び”に参加させられるとは思っていなかった。

 各家から一名は派遣する。それは『他がやっているのなら、自分の家もやらなくてはならない』といった馬鹿な同調圧力によるものだ。

 

 それに丁度よい年齢の私が選ばれたのだ。

 

「どうぞお座りください」

 

 中庭に向かうと、既にティーセットが用意してあった。

 最高級の茶葉といつもより豪華な菓子のいい匂いがしてくる。

 

 ただ残念なのは美しい花壇が寂しくなってしまったこと。入れ替えの時期なのだろうか。

 

「ありがとう。頂きましょう」

 

 堂に入った仕草でリエーニは茶を注いでいる。本人は不真面目を気取っているがその所作は私の家のやる気のない使用人達に比べて洗練されたものだ。

 

 私は無言でそれを見ている。

 

 そのしなやかな指を。

 耳にかかる綺麗な黒髪を。

 “どうだ”と言わんばかりにこちらを見つめる妖艶(ようえん)ささえ宿す整った顔。

 吸い込まれそうな夜の色を持つ瞳。

 

 ──やはり、私は貴方が()()()

 

 どうして、こんなに貴方に焦がれるのか私にはわからない。わからなくていい。

 

 いつも私より強く、高く、遠く、輝く貴方のことなんかを、どうしてこんなに思うのだろう。

 嫌うべきなのに。関わらなくてもいい人なのに。

 

 身分は私のほうが上だ。剣術も私のほうが優れている。背だって私のほうが高い。

 栄誉あるブレイブハートに生まれたこの私が気に掛ける必要のないちっぽけな女の子だ。そうなのだ。

 

 “()()()()()()()()()()()()()()()()()”というだけで、どうしてこんなにも意識するのだろう。

 

「……ふぅ」

 

 つい息が溢れる。

 感じる茶の味はいつもと変わらない最高の美味しさ。私好みのブレンド、熱さ、濃さだ。

 

「満足されましたか? ヴィクトリア様?」

 

 余裕そうな微笑み。私はつい釣られて微笑み返した。自然と出た笑みは、きっと私の真実。

 

 この子と過ごす時間が、ただそれだけが愛おしい。

 

 この穏やかな微睡(まどろ)みを──絶対に失いたくない。

 

 学園は専用の街に作られる。自動的に通う者はそこに住まうことになる。

 

 人間領域の中心にあるロルカニア王国だからこそできる戦略。国際的な都市となる予定のそこは流通も激しくなる見込みだ。

 私達貴族には専用の住居施設が用意されている。

 

 そして、それぞれが従者を連れることも許可されている。

 人が入り乱れる中、信用できる者を用意できるよう貴族達が抗議したからだ。

 

 学園に入り、修業資格を得られるのは最短でも『四年』。

 

 リエーニ以外と過ごすその時間は、私には想像もしたくない苦行だ。

 だからこそ私には貴方が必要なのだ。

 

 ──貴方だって私が必要なのでしょう? そうでしょう?

 

「どうされましたか、ヴィクトリア様。今日は静かですね」

 

 綺麗にケーキを切り分けながら、リエーニが話しかけてくる。

 

 どうか、今はその心地の良い声を聞かせないで欲しい。黙ってくれると助かるのだ。

 

「……リエーニ。いつまで主従ごっこを続けるつもりなの? いやなのだけど」

 

 正直なところ、嫌ではない。

 

 だって、あの()()()()()()()()()()()のだ。

 私に従う彼女の姿を見ていると狂ってしまいそうで、怖くて拒絶しているだけだ。

 

「主従ごっこではありません。ヴィクトリア様は他家のご令嬢。私はこの屋敷で貴方をもてなす使用人です。本来はこうあるべきなのです」

 

「なにを……言うの?」

 

 それは、彼女にしては珍しい言い方だった。

 茶化すわけでも誤魔化すわけでもなく淡々と告げる言い方だった。

 

「そうであっても、私は貴方様に友情を感じております。違う立場であっても、子供だからと許される関係であっても、貴方と過ごす時間を私は楽しく思います」

 

 嬉しさが前身を駆け巡る。

 我ながらなんて情けない。貧弱だ。

 

 そんな簡単な言葉だけで嬉色を孕んでしまう自分の頬に吐き気がした。

 

「ええ、私も。私もよリエーニ。今日はどうしたの、ご機嫌ね? さあ、座って貴方も楽しみなさい」

 

 同時になにか不安を感じ取り、私は言葉をまくしたてる。

 余裕がなかった。みっともなかった。

 

「伝えたいことがあります、ヴィクトリア様」

 

「…………席に座りなさい、リエーニ。その言葉使いをやめなさい! 笑いなさいッ!」

 

 焦るように語気を荒げる私を見ても、リエーニは話を続ける。

 

 

「この度、私、リエーニはこの屋敷での業務を終え、姉とともに他家へ雇われることになりました」

 

 

 言葉が出ず、息ができず、体が動かなかった。

 

「──え?」

 

 絞り出そうとして出てきた言葉はそんな情けない音だった。

 

「急なお話で、申し訳ありませんが──」

「黙って──、黙りなさいッ!!」

 

 まずい行動だと思っていても私は止まらない。止める気もない。

 

「なんで……? どうして……?」

 

 限界を迎えた心は、醜い水溜まりとなって頬を伝う。

 

「私を引き取りたいとおっしゃる方が現れ、ルクレヴィス家との交渉で決まりました」

 

「貴方はそれで、いいの?」

 

「私に決定権はありません。しかし、良い条件で引き取ってもらえることになりましたので、心配はいりません」

 

 頭を下げ、()()()()()()()()()()()()()()()()リエーニは話す。

 

 受け入れられない、受け入れたくない私はさらに口汚く抵抗する。

 

「そんなわけないでしょう!? どこ!? どこの家なの!?」

 

「…………」

 

「命令です!! 答えなさい!!」

 

「フォノス伯爵家です」

 

「──ッ!!」

 

 最悪だった。それは最近力を持つ資産家の血筋を持つ男だった。

 金を使えば、なんでも手に入ると思っている浅ましい人間だ。

 

「わかっているの……? 貴方は売られたのよ?」

 

「いいえ。雇われる場所が変わっただけです。ルクレヴィス家は一銭も受け取っていません」

 

「そんなの嘘に決まっているでしょう!? 今すぐ断りなさい! ──だったら、()()()()()()()()()()()()()()()!!」

 

 それを聞いたリエーニは、一瞬だけ驚き嬉しそうに微笑んだ。そして、哀しそうに眉を下げた。

 私はそんな素直な反応を見て、心臓が痛くなる。さらに心が乱れる。

 

「そのお誘い大変嬉しく思います。ですが、私も受け入れたことです」

 

 なんて、卑怯なのだろう。

 

 私は他がリエーニを買ったと非難しながら、同じことをしようとしている。

 いや、現に()()()()()()()()()()()

 

 この子を物として所有したい、と思っていたのだ。

 

 “リエーニの為に”? 自己満足だ。自己陶酔だ。

 

 でも、もう、()()()()()。私はそれでいい。

 

「お願い……。私といらっしゃい、リエーニ。寂しいわ……。苦しいの……。嫌なのよ……」

 

「……できません」

 

 リエーニの返事は簡潔で、絶対的なものだった。

 

「────ッ!!」

 

 激情にかられ、私は剣を抜いた。

 

 私は……何をしようとしているの?

 

 別に、リエーニが死ぬわけじゃない。会えなくなる事はない。──()()()()()()()

 

 それが、それだけが、耐えられないのだ。

 

 その顔がこちらを見る。なにも言わない。抵抗しない。

 その綺麗な目に映るその女はあまりにも醜い。

 

 いやだ。誰か、どうにかして欲しい。

 

 いやだ。私以外をもてなすこの子が。

 

 いやだ。汚らしい男に見初められるこの子が。

 

「うっ……。なんで……。ひっく……、うぁ……。りえーにぃ……」

 

 音がした。

 それは握られた剣が地面に落ちた音。

 結局なにもできない私の事を馬鹿にするように、それは滑稽な音だった。

 

「ごめんな、ヴィクトリア」

 

 うるさい。黙れ。

 

 崩れ、地面に座り込む私にリエーニは近づいてくる。

 

 勿論、私は抵抗しない。動けないフリをする。無様に涙を使って、お姫様を気取る。

 

 さあ、私を慰めて──。

 

(なんて……。何を考えてるのかしら。リエーニなんだからきっと煽るに決まってる)

 

 そして、いつものように私が怒り、剣で争ってお終い。

 綺麗に和解だ。そういう流れだ。

 

 

「────あ」

 

 でも私にやってきたのは()()()だった。

 

 優しく包み込むその腕は見た目以上に丈夫そうで、安心感を覚える。

 あの夜感じたものと全く同じ匂いは私の思考をさらに鈍くさせる。

 顔の横に触れる綺麗な髪の毛は少しくすぐったくて、私の鼓動を早める。

 

「お前についていけなくて、すまん。勘弁願いたい」

 

「…………」

 

 やっとほどけた言葉使いは、私をまた惑わせる。

 絶対に許したくない思いと、早く元に戻りたいという欲求がせめぎ合う。

 

「実は……今日このあと、俺が主催したパーティやんだけど、参加しないか?」

 

「パーティ……?」

 

「俺のお別れ会、的なやつ? いやなら……別に」

 

「参加します」

 

「お、おう……。そうか……」

 

 すっかり溶けた頭は、彼女の言葉を半分も聞いていない。

 

 安心したように笑うリエーニを見て理解した。

 彼女自身もここを去るということに何も感じていないわけではなかった。

 

 真剣に私に告げたのも、私との仲をこの子なりに深く考えた結果なのだろう。

 結局どう告げられようとも、私は泣き喚いたに違いない。

 

 どうして、こんなにも世界は理不尽なのだろう。

 

 与えられて奪われるのはとてもつらい。それが替えがきかないものならなおさらだ。

 

 私は今自分を知った。正確には自分の中身を。

 

 『剣に打ち込んでいるから、婚約者など考えたくはない』

 『姉達は貧弱な男の血に汚された』

 

 その根本は同じものから来ていたのだ。でも、それも違うのかもしれない。

 

 さするようにその体に腕を回す。鼓動は早鐘を打ち、壊れてしまいそう。

 熱を帯びた顔は彼女の熱でさらに火照っていく。

 

 屋外で抱き合う二人。

 

 なんて淫らな行いだろう。これが()()()()()()()、許されていない。

 ならば、私は“良かった”と思う。

 

「また会えると誓いなさい」

 

「一応……? げふっ! 鳩尾(みぞおち)はやめろ」

 

「……ブレイブハート流のお別れの風習をご存知?」

 

「いや?」

 

「それをしてくれるのなら、許してあげます」

 

 別に私が許す必要もない。口に出す権利もない。

 でも彼女は素直に頷いた。

 

 本当に馬鹿で可愛い子だ。そうなることを知っていた私は真剣にこちらを見る彼女の頬に手を当てる。

 

「────ん?」

 

 マヌケな彼女の声が私の()()()()聞こえる。

 

 ああ、これは私の勝ちだ。

 

「…………んえ?」

 

「これで許してあげましょう」

 

「お前……マジで……」

 

「何か?」

 

 ほうけた彼女の顔が愛おしい。愛らしい。

 

 そう。好きなの。好きなのよ、リエーニ。

 

 自覚した心は歯止めが利かない。私はさらに狂っていくのだろう。

 

「さっさともてなしの続きをなさい、メイド」

 

「てめえ……」

 

「あら? なにかしら?」

 

「なんもないっす……」

 

 私は貴方が好き。貴方だから愛するの。

 

 ごめんなさい、お姉様。敬愛すべき祖先の方たち。私は血を残せません。

 

 私は漆黒の花につられた馬鹿な蝶。それが毒の蜜であると知っても吸わずにはいられない。

 

 この世界はなんて────。

 

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