一瞬の沈黙。続いて困惑の声。
「ありえねえッ!?」
男の一人が机に広げられたルクスのカードを確認する。
「どうぞ?
得意げに笑うルクスは、“何もしてませんよ”とアピールするように両手を挙げた。
それが男達の神経を逆撫でしたが、カードはどう見てもまともだった。
カードを投げ捨て、男は激昂した。
「てめえ、どうやった?!」
「んー? どうやった、とは?」
「どうやって揃えたかって聞いてんだよ!!」
「やだなあ、『運』でしょ? それ以外になにかありますぅ?」
“イカサマでしかあり得ない”、とまではさすがに男は言わなかった。
しかし、その目は疑いに満ちていて、ルクスや従者を睨んでいた。
「早く金払えよ? しめて1000万エイね」
「てめえ……ッ!」
ルクスの従者たちは何も言わない。つまり、先程までのやりとりは、男達を乗せるためのものだったのだ。
「はよ。はよ。はよ」
調子に乗っていたのは男達だった。
ルクスが掛けたのは200万エイ。ロルカニア王国通貨のロルドで変換すると2万ロルドほど。
もちろんそんな金を払うのは御免だ。
「ガキ、あんま調子のんなよ?」
「え?」
いつの間にかルクスは武器を持った男達に囲まれていた。
「パパには甘やかされてるかもしんねえが、ここは大人の世界なんだ。口には気をつけな」
この店の責任者兼町を牛耳る組織の男が中心に立って、もっともらしいことを語る。
ルクスの傍に控える女性の表情が変わる。
もう一人の少女も無表情で構えを取った。
そして肝心のルクスの表情には呆れの文字があった。
「大人の世界ぃ? ならルール守れよ。ガキやん」
「────」
それが開戦の狼煙となった。
だが、男達の武器がルクスに届くことは無かった。
「ぎゃあああああっ!」
「っつああッ!?」
振りかぶる男達の手を斬りつけていく女性。その速度は凄まじく、誰もその太刀筋を追えなかった。
綺麗な切り傷が彼らには刻まれている。
「いってぇえッ!?」
「このガキッ!?」
少女の方は剣というよりは鉄棒を振り回し、女性ほどでなくともしっかりと一人一人潰していった。
腕を、足を抑えながら男達が倒れていく。
「いけー。がんばれー」
ルクスは店内の壁際に椅子を持ってきて座っていた。余裕そうに応援している。
「てめええええええッ!!」
そんなルクスを見て激昂した男がグラスを投げたが、女性が綺麗に切断し、分かれた破片がルクスを通り過ぎていった。
女性はなんてことのないように作業に戻る。
「えー、関係ない人は帰ったほうがいいよー」
争いに巻き込まれないように避難していた人達に声をかけるルクス。
「お前が言うな!」
「何してんのよ!」
「いやーごめんなさい。さすがにここまでとは思ってなくてさ」
罵倒されようとも笑顔で対応する少年の姿を見て、困ったような顔をする無関係の人々。
「とりあえずこのあと治安維持の騎士が来るから、ヤバい人は帰ったほうがいいよ」
「!?」
ルクスのその一言で、空気が一変する。
ここは闇カジノである。組織の資金源として運営されていて、利用する客も後ろ暗い者が多かった。
「あらー。全員一目散でやんの」
全力で帰っていく客を見て、溜息をこぼすルクス。その視線はもう一人の従者である少女に向けられる。
(もう慣れてきたな。動きもスムーズだ)
大人相手にも大立ち回りを見せる彼女はメイドゴーレム1号。
彼女は『リエーニの形』をとったゴーレムである。
シックな衣服を身にまとった体は硬めの土でできており、彼女に殴られるだけでも痛いだろう。
あくまでリエーニを雇っているという事実を作るために動かしていたが、いつの間にか戦闘は任せるようになっている。
自分の手の延長のようでなかなか使い勝手の良い存在になっていた。
先程の一人演劇のように、言いたいことを『リエーニ』に言わせて、ルクス本人はとぼけた演技をする。
これが結構いい空気を作ってくれる。
『……もう首を斬ってもいい?』
『はい、駄目ー』
物騒な声が飛んできたので即否定した。
声の主は勿論腐れ縁の不思議呪物フィフである。
『また起き上がる人間がめんどくさい。足はいい?』
『出血の少ないところに切り傷をつけるまでね!』
なんとかできる技術があるくせに横着する駄剣に溜息をつきながら、ルクスは耳をすませる。
「クソッ! なんだあのガキ!! 裏口だ!」
「へい!」
(いたいた)
聞こえてくるのは、逃亡を図る組織の上役達の声。その足音の先に出口があるのだろう。
男達が階段を駆け下りて、脱出する直前、目の前には
「がッ──!?」
「うッ!?」
目を開けられないほどの閃光と、きーんっという甲高い音。
ルクスオリジナルの遠隔閃光弾魔法、【鎮圧くん2号】である。
(おつかれ)
耳を押さえ、うずくまる男達に待っていたのは“風の拳骨ラッシュ”。
「うごハッ!!」
見えない拳に顔面をボコボコにされて、男達は気絶した。
今の全ての魔法をルクスは動かず音を頼りに、遥か先の通路まで届けていた。
瞼を開けて、フィフたちの方に集中する。
(このクソみたいな国に来て三年……。まあこんなもんかね)
オリジェンヌの屋敷にいたときほどでは無いが、この地で確実にルクスは成長していた。
『お。騎士が到着したぞー。そろそろシメに入れー』
『つまり──』
『斬首じゃねえぞ』
「ちっ」
冗談であってくれと願いながら、相棒の言を流す。
荒事続きのこの国ではフィフのテンションが上っている。活躍の場が多いのが嬉しいのだろうとルクスは思っている。
ルクスは溜息を付くと、やることが無くなり手を止めたリエーニゴーレムの近くに行って、彼女の服の汚れを払っていた。
◆
「またお前かルクスぅ!!」
「ういーっす」
連行されていく男達。それを眺めていたルクス達に怒鳴る女性の声。
ここら一体の治安を任されている騎士、カーラ・ヴェルティナルはいつも荒事を起こす問題児に駆け寄った。
「ういーっすではないわ! 毎度毎度通報してきやがって! こっちは大忙しだぞ!!」
「でも来てくれんじゃん」
「この……ッ」
「いってぇッ!! なんじゃコラカスこらばばあコラアッ!!」
「フフ…こっちの方がガラが悪くて笑える」
カーラに拳骨をされて恫喝するルクスを押さえながらフィフが冷静に突っ込んだ。
「それで……怪我はないか?」
「あたぼうよ! この僕が傷を負うようなタマかな?」
カーラのぶっきらぼうな心配を演劇臭く受け取るルクス。
出会ったときから変わらぬ特性に溜息をつくカーラ。それならば良いが、一児を持つ彼女にとってルクスはまだ子供なのだ。
力量の測れない護衛が2人もついているが、完璧に安全ではないのだ。
「またフォノス商会には苦情を入れさせていただくぞ」
「またまたあ……感謝状の間違いでしょ? いってぇッ!?」
もう一度雷を落としておくカーラ。やっていることに間違いが無いのがこの銀色の暴君の厄介な点だった。
初期は問答無用で反省しろと牢屋にぶち込んでいたが、すぐに脱出して別の問題を引き起こす。
躍起になって部下が止めるのも聞かず厳重な牢屋に入れたら、3日くらい余裕そうに過ごしていた。
本人に聞いてみると“牢屋が優しい”とのこと。闇が深そうだったのでカーラに聞く勇気は無かった。
(孤児だったという噂だが、一体この子は……)
良くも悪くもこの街の話題に上がってしまうルクスについては様々な尾ひれがついていた。
『亡国の王子』
『魔族と人間のハーフ』
『まさかの巫女』
そのどれもが滑稽だが否定はできなかった。
「じゃーねー。エンジュちゃんによろしくー」
この国では珍しいコクルクンに跨りルクスは去っていった。その後ろを二人乗りの従者が別の馬に乗ってついていく。
もう何度目かのやり取りだ。帰した方がカーラの負担が少ない。
「黙れ。二度と娘に近づくな。カネが伝染る」
「えっ?」
本気でもない罵倒でカーラは手を振った。
世界を股にかける大商会のドラ息子。ロルカニア王国伯爵も頭が痛く、そして、
気が抜けた息をこぼすと、カーラは阿呆のやらかした後処理に戻るのだった。
◆
「ういー、おばちゃん、いつもの頂戴」
「あ、ルクス。今日東町の方で騒ぎがあったみたいだけどまたあんた?」
「ちげーよー」
「やっぱ、そうじゃないか。待ってな。リエーニちゃんもこんにちは!」
『こんにちは』
少し喧騒から離れた商店街。フォノス商会を中心に発展してきたこの街はなんとか戦前のように立ち戻っている。
まだ豊かとは言えず、ルクスの感覚で言えば治安もまだまだだが、一先ずは平和になっていた。
「2個で200エイねー。一個おまけ。フィフさんにもあげな」
「別にいいよ。アイツ食わねえもん。まあ、さんきゅー」
流石に日本の味には負けるが、この女性が作る『サンダッキ』という菓子がルクスの好物だった。
学校帰りに道草を食う感覚でよくここを利用している。
(もっと、俺からふんだくればいいのに)
なんとなくそんなことを思いながら、一口それを食べる。
それに追随するのは馬を引くフィフとリエーニ。ビュリューは引かなくても勝手にルクスについてくる。
雑食のビュリューの口に一つサンダッキを放り込む。上機嫌にビュリューは鼻を鳴らした。
食べ歩きをする商会の言うなれば『お坊ちゃん』がそうする姿は、いつの間にかここの住人に受け入れられていた。
「あっ! ルクス!!」
「おーう、なにしてんだ?」
「見てわかんねえのかよ! 騎士だよ!」
「盗賊の間違いだろ」
「なんだとー!?」
人通りの多い道で遊んでいる子供達に声を掛けられる。ルクスからすれば子供だが、彼らからすればルクスも自分達とそう変わらないガキである。
木の枝を振り回す男の子たちを煽りまくるルクス。
「リエーニちゃんも遊ぼうよー」
(あっぶね!?)
『……私ですか?』
大人しく仕事をするリエーニには女の子たちが声をかけた。黙々と仕事をする彼女は女の子から何故か人気で、こうして誘われることは多かった。
油断していたルクスはすぐに“リンク”する。
リエーニがフィフと姉妹なのは知られているので、リエーニゴーレムにフィフに確認をとる仕草をさせる。
上目遣いで困ったようにする女の子ムーブだ。
『めんどくせえから遊ぶなって叱ってよ』
『それがめんどくさいといい加減学んでほしい』
動かす負担が増えるため、リエーニには大人しくさせたいルクスはこうして断らせていた。
ほぼ毎日“姉としてリエーニを叱る”ということをしているフィフは辟易している。
「ねー、フィフさん! お願い!」
「ねー、ねー」
「リエーニちゃんあそぼー!」
『だる』
その人外マインドを存分に発揮して、フィフはもうどうでもよくなった。
それに余計な人使いが増えているルクスに対して逆襲を試みることにした。
「気にせず行ってきていい」
「やったぁ!!」
「わーい!」
『は?!』
「リエーニちゃんこっちー」
相棒の裏切りに絶望したルクスは挽回を試みる。
「い、いや、リエーニじゃなくて俺ならいいよ?」
「え?」
「ルクスいらなーい」
「邪魔」
「うそん」
返ってきたのは明確な拒否。
“どっちも自分です”と言えないルクスは優しい笑顔でリエーニとのリンクを強化した。
「残念だったな……きょーだい」
「……なんだよクソガキ」
いつの間にか慰めるように男の子たちがルクスのまわりには集まっていた。
「クソガキはお前だろ。うちのとーちゃんがよく言ってるもん」
「あ? あの野郎! 今度ウチの商品買う時倍な!?」
「ええっ!?」
そしてそのまま子供達の波にルクスも飲まれていった。
「はあ……」
それを静かに眺めるフィフは馬を邪魔にならない位置に連れていき、ビュリューに残りの菓子を頬張らせる。
子供にもみくちゃにされる少年と少女の姿。
それを笑顔でからかっていく通行人。
また今日もどこかで彼の噂が広まるのだろう。
『ルクスとリエーニ』はここに連れてこられたときから注目の的だった。
まず武帝国の言語すらあやふやな状態から始まる。フィフが話せたので教えたが、共通語を喋ろうとしない住人にルクスはしょっちゅうキレていた。
だが持ち前の肉体言語で強引なコミュニケーションを続けたルクスはいつの間にか受け入れられた。
それがわかると徐々に本性を出していき、今では『大商会の金持ちに拾われただけの運のいい子供』ではなく、『金持ちのくせによく見かける気持ちのいい変わり者』という評価になった。
(きっと、それが貴方のなせる王の力)
まだ物足りなさそうな顔をビュリューがしたので、またあの菓子屋に戻ることにするとフィフは決めた。
そんな時間があるのだろうかと疑問に思う必要は無い。
真実の姿を見せる自分の所有者を横目に、フィフは自然に微笑んだ。
ゆっくり歩いて問題無いだろう。──どうせまだしばらくはここにいるのだろうから。
クソみたいな世界の中のクソみたいな国のさらにクソみたいな街。
でも、そこは、そこの一部だけはいくらか