プリミティブ・プライメイツ ~暴君転生~   作:翠碧緑

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44話 異常識

 

 大きな家の一室で、無様な声が響いている。

 

「あー」

 

「……」

 

「うあー」

 

「……うざい」

 

 ベッドで死にそうな声を上げ続けている俺にフィフは冷たくチョップする。

 

「暇じゃ」

 

「そう言えるのは平和」

 

「皮肉やめろ」

 

「フフ」

 

 俺はほぼほぼ飼い殺し状態だった。

 何がいけなかったのか、ルクス・フォノスは()()()で迎えられた。

 

 やったるでーって気合を入れて王国に帰ってきたってのにこのざまよ。

 

「失礼します」

 

 部屋の外から声がしたので、俺は慌てて机に向かう。

 同室しているリエーニは俺の傍で控えるように配置。

 使えねえお姉様メイドは俺のベッドでぐうたらしている。働けや。

 

「どうぞ」

 

「ルクス様、お食事の用意ができましたので、伝えに参りました」

 

 入ってきたのはこの家、フォノス家に仕えている使用人だ。

 

「わかった。すぐに向かう」

 

「かしこまりました。失礼致します」

 

 扉が閉じられたところで、ふにゃりと俺は脱力する。

 

「よくその感じで維持できると感心する」

 

「あ?」

 

 当たり前の話だが、フォノス家はオリジェンヌの屋敷と違い、俺の事情を知らない人がたくさん住んでいるし、働いている。

 

 把握しているのはここの当主であるファビッさんとジルッさんだけ。当然他人から見た俺はどこの誰かも知らないガキである。

 

 俺を養子に迎えるため、ファビッさんは人材集めに精を出すという噂を可能なかぎり国に流していた。

 そんでシナリオ通り俺は武帝国を訪れた際に気に入った子供で、武帝国で実力を認められ養子として本家にやってきた、ということである。

 

 ファビッさんにとって自分のネガティブキャンペーンになりかねんのにようやるわ。

 

「しゃあねえよ。本来の自分のキャラと真逆のほうがやりやすいんだよね」

 

「そっちを本物にすれば世界は安定しそう」

 

「んだとコラ」

 

 “頼むから演技してくれ”。

 ファビッさんがここに来て真っ先に俺に対して言ったセリフである。

 

「おら行くぞ、専属メイドその一」

 

「えー」

 

 フィフとリエーニはさすがに専属の従者としてねじ込んでもらった。

 変なの雇ってバラされたら洒落になんねえからな。

 

 “二体”を率いて廊下を進む。すれ違う使用人が皆無言で礼を取っていく。

 

 な、慣れねえ~。

 

「今日の予定は?」

 

『視察が二件、懇親会が一件です』

 

 ついでに一人芝居でそんなアピールをしていく。

 

 フィフも口ではああ言っていたが、最低限の演技はしてくれている。ホントに最低限だけど……。

 “無言でいて、誰も侮辱しない”。偉い。成長!

 

 マジでリエーニ作っておいて良かったぁ……。

 

 ファビッさんは武帝国での実力を見て、簡単な仕事を俺に任せてくれた。

 フォノス商会への俺の自己紹介も兼ねているのだろう。

 

 ちなみに俺の会社はめでたくワカラちゃんが継いだ。がんば。

 彼女の大ブーイングと社員たちの舐め腐った応援によって俺は見送られ、ここに来た。

 

 ビュリューもどうしても連れてこられなかったから、武帝国に残った。

 別れの時ももそもそとサンダッキを食べていた。

 

 

「失礼します、父上、母上」

 

「ああ、ルクス。おはよう」

「おはよう、ルクス」

 

「おはようございます」

 

 食堂で待っているのはもちろんファビッさんとジルッさんだ。

 

「────」

 

 食事が始まるが、俺達は無言だ。

 

 俺のボロが絶対に出るので表では必要な会話以外しないと決めてある。

 そんなにやばい? やれるときはやれるんだけどな。

 

「ルクス、少しいいかな?」

 

「はい」

 

 使用人達が食事を片付けている間、ファビッさんが珍しく会話を切り出した。なんだ?

 ジルッさんも残ったままだ。

 

 彼女は俺と仲が悪いように見せている。いや別に仲がいいわけでもないんだけど。

 まあ、いきなり養子と仲良くなるってのもアレか。

 

 そのジルッさんがいるってことは、家の話だろう。

 

「キミは来年でもう12歳になる」

 

「はい」

 

 “もう”って年かな……。小6なんてガキすぎる。

 

「“少々特殊な事情”があったため、今まで話題にはしていなかったが、重要になってくることがある」

 

「なんでしょうか?」

 

 たしかに特殊すぎるわな。

 

 うおお、いろいろ言葉で表現してええ。禁断症状がやばい。

 無表情クールキャラ(笑)とかやめておけばよかった。

 

 今俺はゴーレムにくっつける表情と同じのを、顔に貼り付けている。

 リエーニとの顔わけも兼ねて、ポーカーフェイス強すぎてなあ。俺すぐに顔に出ちゃうから。

 

()()()()だ」

 

 ────? なんの話だ?

 

「なんのですか?」

 

「……本当にわかっていないようだね」

 

「ぷふっ」

 

 ジルッさんの演技が外れてるけど。

 

 えっ、マジで何?

 

「キミの相手を見つけなければいけないという話だ」

 

 おおん?

 

 無表情で停止する俺の顔を見てさらに困惑するファビッさんと、ニコニコのジルッさん。

 

「────」

 

 え? いやなんだけど。

 

 は? あ? お? 

 

 嘘だろ? そういう話?

 

「ルクス、キミの“婚姻”相手を決めなければならない。

 これは非常に社交界で意味を持つ。キミの価値が決まると言ってもいい」

 

 固まった俺に配慮してわかりやすく伝えてくるファビッさん。

 いやそういうことじゃなくてだな。

 

「それは……必須事項でしょうか?」

 

「? そうだね。遅いくらいさ。戦中はそうでもなかったが、もうそうではないからね」

 

 なんで、理解できないものを見る目で見てくんだよ。

 

「しかし、僕はまだそんな相手を持てるほどの人間ではないのでは?」

 

「……?」

「……?」

 

 二人とも困った顔をする。

 なにその“買ってきたプレゼントの反応がイマイチだな?”みたいなの。

 

「端的に言うと拒否します」

 

「え?」

「ルクス……?」

 

 いやいやいや、いらないし、構ってるヒマないだろ。

 なんで俺がこの年で結婚のことを考えなきゃいけんのだ?

 

 今の時代30からでもいいでしょ?

 

「結婚だよ? キミも男だろう? 興味くらいあるのでは?」

 

「一切無いです」

 

 一度人として終わった俺にそんな情熱は無い。

 それに俺のやろうとしていることに巻き込むことになってしまう。

 

 そんなのはフェアじゃない。

 

「!?」

 

 驚愕の反応をする二人。

 近くにいるメイドたちも困惑の表情をしている。

 

 異世界での常識なのコレ?

 

 え? マジでやんなきゃ駄目?

 俺がガキ相手に“恋愛ごっこ”しなきゃいけないの? 俺はガキじゃないんだよ?

 

 いや、重要だってことはさすがに理解しているんだけどさ。

 

「では、父上が相手を選んでくださればいいのではないでしょうか?」

 

 その方が良くないか? 納得の上でのお見合いならいいよ。

 

「ふむ、キミがそれでいいなら構わないけど……。

 ホントに興味がないのかい? ボクが言うのもなんだけど、今のキミなら派閥内のどの家の美少女も選び放題だよ?」

 

 ホントに何を言ってるんだ? 頭おかしいのか?

 

 それを聞いてジルッさんも嫌な顔一つしない。

 旦那がそんなこと言っててフツーなんすか?

 

 やべえ……恋愛系の知識入れとかないと。

 もしかしたらこの世界の価値観と完全に相性が悪いのかもしれん。

 

「でも、できることなら派閥外と関係を持ってほしいんだよね。

 ボクだとそれは難しいかな。成金のイメージがすごくてね。子供同士のほうが親睦は深められると思うけどどうかな?」

 

「……そうですか」

 

 頭では分かってるのに、心が拒否してるぅ……。

 

「では、こうしましょうか」

 

 ニコニコ顔のジルッさんが楽しそうに言ってきた。なんじゃ?

 

「“家名において命じます”。良い相手を捕まえなさい、ルクス」

 

「────」

 

 この母ちゃん容赦ないよぉ……。

 

 ヴィクトリア……いや、ヤンバトぉ……。お前ってこんな気分だったのか?

 

 うぐぐぐ……。ならとことんやってやらぁッ!!

 

 

 

 

「…………ふぅ」

 

 フォノス家の寝室。そこで深い溜め息を吐くのは当主であるファビライヒだ。

 

「不景気ね。気持ちはわかるけれど」

 

 それを優しい笑顔で咎めるのは妻であるジルベルネ。

 

 一日の終わりの夫婦での語らいだった。

 

「ボクが()()()()()のときは、女性のちょっとした仕草に胸を高鳴らせたものさ。

 下品な話だが、早く大人になって自分のものにしたいとはしゃぐほどに」

 

「可愛らしいわね? その頃のファビライヒに今のあなたを見せたらがっかりするんじゃないかしら」

 

 笑って妻のからかいを流すファビライヒ。

 言外に“そんなわけがない”と惚気けている。彼は一人だけを選んだのだから。

 

 彼らが語るのは自分たちの息子。突然生まれた問題児だ。

 朝食での一件は彼らの頭痛の種を一つ増やしていた。

 

「孤児院暮らしのせいだろうか……?」

 

「そうではないと思うわよ? そうね、多分周囲の大人のせいね……」

 

「…………」

 

 あの小さな子に大きなことを求めた代償だ。

 

 ファビライヒの組んだ手に少し力が入る。

 一般的な常識を欠けさせた原因は明らかだ。

 

 施された教育。置かれた環境。そして、それに応えようとしているあの子自身。

 

 前提が狂っている以上、仕方がないことだ。

 

「ボクもダルン様を責められない。アレを見ていると、どうしても『重し』を与えてしまう」

 

 武帝国に連れて行かれた後、あの子は何もしなくて良かった。

 ぶくぶくと貴族のように過ごしていればよかった。それだけの蓄えは余裕にあった。

 

 だがあの子はそれをすっからかんにして、()()()()()

 

 ファビライヒがしばらくぶりに訪れた街で見たものは、あの子の報告書だけではない。

 

 街の様子。人々の表情。経済の発展。組織の躍動。

 

 商会の支部が“会長のお子さんを止めてくれないと困る”と言ってきたのがその最たるものだ。

 

「あの子は“劇薬“ね。今までは隠れていたから()()()()()()()()で済んでいた。

 扱い方を間違えれば、敵も味方も溺れ死ぬでしょうね?」

 

 ジルベルネはそう言ったあと、少しぐったりとしてしまった。

 そっと近寄ったファビライヒは彼女を抱え、ゆっくりとベッドに寝かせる。

 

「大丈夫かい、ジル」

 

「ああ、ごめんなさい、あなた。調子に乗って遠出なんてするものじゃないわね」

 

 ジルベルネは体が弱かった。崩しやすい体調故に貰い手のいなかったその不幸にファビライヒは感謝している。

 

「そこまでして見た、あの子の感想はどうだい?」

 

 そう愛する夫に聞かれ、ジルベルネは思い出す。

 秘密裏に行った久しぶりの夫婦での旅行を。そして出会った新しい家族を。

 

 ──その幼くも儚い輝きの光を。

 

「あの子は、完璧がすぎるわ。悲しいくらいにね」

 

「…………そうだね」

 

 ベッドに静かにファビライヒは座り、妻の言葉の続きを待った。

 フォノス家はファビライヒだけで成り立っているわけではない。

 ジルベルネもまた誇り高き一族なのだ。

 

幼童(ようどう)特有の世界への憧れなんてものは見当たらない。

 目に見えるもの、聞こえるもの、語られるもの全てを把握して、納得してしまう理性を持ちすぎている」

 

「ああ。“だからこそ”、なんだけどね」

 

 ジルベルネは夫のその言葉に肯定する。だが、どこかで想う。

 

「ファビライヒ。わたしは『母親』になりたいわ。あなたも『父親』になってみたくはない?」

 

「それは──」

 

 その言葉を真っ先に否定しようとして、ファビライヒは自嘲した。

 服を与え、食を与え、寝床を与えた。どこになんの利益があるのか。

 

 ()()()()()()()

 

「いや、そうありたいものだね、ジルベルネ」

 

 夫婦は誓った。

 

 自分たちに持てなかった存在。

 どういうものかは知っている。だが、実際に育てるのはこれが初めてだ。

 

 あの子の能力は異常だ。

 二人の優秀な頭はそれを理論と感覚で理解している。

 

 ジルベルネが船で見せた魔法。あれは()()()()()()()()()()()()()()()()()

 今はもう少ないがフォノス家に、もしくは古い王に見られた特性が視認を可能にする。

 

「あの子は、ルクスは間違いなく王の器よ。それも──」

「ジル?」

「──ごめんなさい。少し興奮しすぎたみたいね」

 

 口が過ぎると夫に叱られ、素直に謝罪するジルベルネ。

 その興奮もファビライヒには理解できる。

 

 だが、“滅多なことを口にしてはいけない”。

 

 いずれ歩むであろうその道を、少しでも彩ってあげたい。

 そう二人は確かめ合った。

 

「話は戻るけど、どんな子が相手にはいいのだろうか?」

 

「それよねー。あの子が繊細すぎるから、図太すぎるくらいの娘じゃないと無理だと思うわよ?」

 

 異常ではない話に戻り、両親としての会話を続ける二人。

 

 しかし、ここにオリジェンヌでの面々がいたならば揃って口にしていたことだろう。

 

 “そうやって笑っていられるのは今のうちだけだ”──と。

 

 

 アレはこの世界の常識から外れた存在。

 追求するのならばとことん追求してしまう。

 

 求められた結果の更に上を嬉しそうに持ってきてしまう困った人なのだから。

 

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