プリミティブ・プライメイツ ~暴君転生~   作:翠碧緑

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49話 不死騎士 Umbra Historiae

 突然、王女が癇癪を起こした。

 それはいつものことだ。

 

 まわりはもう驚きはしない。

 しかし、ヴィクトリアの目の前の男は違った。

 

(そんなに驚くこと?)

 

 ルクス・フォノス。憎きフォノス家の男。ヴィクトリアの愛を奪った男。

 正確には違うが、今の彼女にはそう変換されている。

 

 先程までの無表情を少し崩し、彼は王女を見ていた。

 

「王女様が気にされる。静かにしろ」

 

「!!」

 

 突然兵士に囲まれた男は使用人の格好をしていた。

 しかし、その状況に困惑しているというよりは、慌てているようだった。

 

 “予定が狂った”。

 

 そんな反応だった。

 

「ちくしょおッ!!」

 

 男が叫んだ。

 さすがにまわりも警戒を(あら)わにした。

 

「糞ども!! 俺達の命を吸って肥えるだけの豚ども!! 死ね!! 滅べ!!」

 

 暴れる男のその手にはナイフが。

 

 ヴィクトリアは雑な警備に呆れるが、ああいう手合は初めてではない。

 今回も拘束されて終わるだろう。

 

 ──だが、男はそのナイフを自分に刺した。

 

「!!」

 

 異常な行動だった。意味がない行動。そう思えた。

 

「《ガタエシ・イフシキフスフ》、“王を……殺せ”!!」

 

 意味不明な言葉とともに男が倒れた。

 当然の結果だ。自らその命を()ったのだから。

 

 ──血が流れている。

 

 自殺した。意味がわからない。それが周囲の反応だった。

 近くにいる衛兵も笑うしか無かった。

 

 このパーティは戦後十年経ってから開かれたもの。

 だから、皆“それ“を知らなかった。或いは見たことがなかった。

 

 ──血が止まった。

 

「フィフ」

 

 懐かしい名前を()()()()()が呼んだ。

 飛ぶように華麗に着地し、ヴィクトリアがよく知る毒舌の女が男の隣に現れた。

 

 変わらぬ姿。リエーニではないものの隣に(かしず)く彼女はヴィクトリアにとって裏切り者だった。

 

 ──肉が動いた。

 

「ひっ!?」

 

 子供達が怯えた。

 

 当然だ。動かなくなったはずの男が立ち上がったのだから。

 

「な、なんだ!?」

 

 兵士達は知らない。だから、ソレの近くにいた。

 

 ──ごきり、ぽきり。

 血と肉と骨が全て混ざっていく。それはある形を作っていく。

 

「うわっ?!」

 

 ()()()()()

 

 その風が肉と塊を裂いていくが、意味がなかった。

 形が造られ、それが着地した。誕生した。──(せい)を受けた。

 

 手に持つそれは人を殺すための剣。

 (からだ)は赤と黒の鎧。

 頭には威圧的な兜。

 

 そして、──その中身は“空洞“だった。

 

「……()()?」

 

 誰かが呟いた。

 

「────っ」

 

 剣が振るわれた。

 一瞬にして、周囲の兵士達が細切れになった。

 

「いやあああああああああっ!!」

「魔物だああああああああっ!!」

 

 悲鳴が響く。命を守るため、みんなが逃げていく。

 

「──っ!!」

 

 “ソコ”へ向けて、それは躊躇無く魔法を放った。

 簡単な炎の魔法。だが、威力が桁違いだった。

 

 命の灼ける音が充満した。脂が肌に張り付いた。

 

「────」

 

 ヴィクトリアが駆ける。

 奇襲と速度を優先した技。焼失した会場の出入り口を見るソレには見えていない死角からの一撃。

 

(……っ!!)

 

 だが防がれた。──剣を持たぬ片腕だけで。

 

 人間の中身が混ざりあったようなその鎧は気色が悪い。何かが鳴動しているように脈打っている。

 兜の空洞は何も見ていないのに、明らかな殺意が見え隠れていた。

 

 これは──“人間を殺すための兵器”だ。

 

「退避をッ!!」

 

 ヴィクトリアは叫ぶ。この兵器の恐ろしさを味わったからだ。

 だが、観客たちは恐怖で動けない。さっき他の人々が焼かれるのを見てしまったからだ。

 

「うっ!?」

 

 重く速い一撃が降ってくる。明らかにこの鎧は剣術を習得していた。

 

(あの男がここまでの技術を持っているとは思えないっ! でも、これは……)

 

 ヴィクトリアが油断をすれば、即斬り捨てられる。そのレベルだった。

 ヴィクトリアは同世代のトップだ。この国が誇る英雄の新しい風だ。

 

 それを知るホールの貴族達は見守る。

 

「誰か! 魂系統の魔法を使えないのか!? あれは『不死騎士』だっ!!」

 

 役立たずの誰かがそう叫ぶ。

 

 『不死騎士』。

 人間の死体を元に生まれる魔物。

 ある大魔族が()()()()()()()()()()()

 

 激しい剣の打ち合い。命の攻防が続くが、このままでは不利になるとヴィクトリアは悟った。

 なぜなら相手には()()()()()()()()()

 

 先に潰れるのはヴィクトリアとなる。

 

 息を吸い、魔力を込める。

 ヴィクトリアは決着を早々につけに行く。

 

 情報の無い相手に長期戦はできない。それにこれは防衛戦。相手に行動の隙を与えたくない。

 

 ヴィクトリアの剣が赤炎を纏い、花びらの如く炎が舞った。

 

「【桜花爛漫(おうからんまん)炎滅尽(えんめつじん)】」

 

 最新の剣術、第五剣術(イツファーブ)。制圧を目的とする攻撃、その派生。

 ヴィクトリアが辿り着いた技の一つだ。

 

 物理的に防御を許さぬ炎の斬撃。

 

 その一閃は剣と鎧を溶断し、火炎の旋風が吹き荒れる。

 切断面から火が溢れ出し、それはさらなる火を生む。

 

「────」

 

 高温で歪む視界。その中で気色の悪い騎士の鎧が溶けていくのが見えた。

 

 一瞬、誰もの心が緩みかけた。

 

「駄目」

 

「!」

 

 ヴィクトリアの後ろで、打撃音が響いた。

 

 振り向いたそこには拳を振り終えたフィフと、()()()()()()()()が吹き飛ばされる姿が見えた。

 

「フィフ……!」

 

「あれは魂を元に鎧を再生する。体を残しながら破壊しないと面倒」

 

 不死騎士というバケモノが、フィフに魔法を放った。なんてことのない基本の魔力の放出。

 だが、当たれば骨くらい折れてしまうだろう。

 

「雑魚メス、その剣をとって」

 

 だが、それを素手でフィフは弾き飛ばした。

 魔力をさらに巨大な魔力で殴ったのだ。

 

 ついでに床に転がっている兵士の遺した剣を拾えとヴィクトリアに要求した。

 

(無剣術……。強いとは思ってたけど……)

 

 フィフが使うのは無剣術。五剣術とも違う武術。武器を持たない特殊なもの。

 極めるのも難しく、また極める必要もない。そんな邪道のものだ。

 

 よほどの武術好きか、暇な人しか興味を持たないだろう。

 

 壁際に鎧を追い詰めたフィフは放った言葉通りに丁寧に壊していった。

 敵の攻撃には当たらず、自分の攻撃を通す。その基本を忠実に実行する。

 

「ほらっ! 久しぶりの挨拶も無しなの?」

 

「無駄。あと、もう一本欲しい」

 

「はあっ!?」

 

 貰った剣を()()()()()()()()()かと思うと、さらに要求するフィフ。

 振り下ろされた不死騎士の剣をしなやかに横に弾き、相手の肘関節を手刀で破壊した。

 

「ったく、ほら!」

 

 ヴィクトリアが投げた剣を、フィフは相手の攻撃を躱しながら器用に上へ蹴った。

 そして、足払いを相手にお見舞いする。もちろん魔力で範囲と重さを増している。

 

 倒れ、頭を垂れる異形の騎士。

 

 そしてフィフは自分で蹴り上げた剣を掴むと、上段で構え振り下ろした。

 

 【一花五葉(いっかごよう)散頭轟(さんとうごう)】。

 獣狩り用の第二剣術(フートゥー)、名の通り相手の頭を粉砕する豪の技。

 

 足運びが全然教科書通りではないのに、それはピッタリとハマった動きだった。

 

 赤黒い騎士の破片が飛び散った。それは本当に血肉のようで気味が悪い。

 

「これを破壊するには、魂を消費させ尽くすか、魂を正常に戻すしか無い」

 

 鎧がまた生成されその騎士は動き出す。

 

「つまり……?」

 

()()

 

 ヴィクトリアも参戦する。

 魂を正常にする魔法を使える者はもうほとんどいない。だいたいが大戦で死んだ。

 それに、それを使える者はほぼ全員がネトス教徒であったため、この国にはいないと言ってもいい。

 

 ヴィクトリアとフィフ。

 二人は三年ぶりに会ったとは思えないほど、完璧な連携をこなしていく。

 

 足を破壊する。体勢が崩れる。腕を切断する。

 

 足が再生される。もう片方の腕を破壊する。首を跳ねる。

 

 不死騎士は常にどこかを欠損し、生成にエネルギーを消費しなければならない。

 

 避難することを忘れた木偶の坊達は二人の女騎士を見て勝利を確信した。

 

 だが、送り込まれた刺客は、その兵器は()()()()()()()()()()()ものだった。

 つまり、改良が施されている。

 

 騎士の剣が──“炎熱”を帯びた。

 

「────」

「……え?」

 

 【桜花爛漫(おうからんまん)──

 

 それはヴィクトリアだけの技のはずだった。

 

「退避」

 

「ッ!?」

 

 ──炎滅尽(えんめつじん)】。

 

 振るわれた斬撃が炎の壁を作り出した。

 

 あれはヴィクトリアの剣では防げない。ぶつかり合えば、先に肉体が蒸発してしまう。

 

 苦し紛れに放った最高の技でできた時間で、騎士はその体を再生成した。

 フィフが器用に魔力の斬撃を放つが、破壊よりも再生のほうが速い。

 

 燃える会場。そこに立つのは煉獄の騎士。死をもたらす者。

 

 ヴィクトリアは考えたくなかった。

 戦争中はこれが“何千”といたという事実を──。

 

 人間の死体があれば生成される特性上、犠牲を出さずに勝たなくてはいけない。

 それは地獄の戦場だったのだろう。

 

「面倒なものを学習させないで欲しい」

 

「しょうがないでしょう!? 知りません、あんな特性」

 

 “フィフが自分の剣術を面倒だと言ったこと”に少し嬉しくなるが、状況は不味い。

 

 相手は文字通り不死。しかも、手の内を晒せば晒すほど学習される可能性がある。

 

「本当に面倒」

 

「フィフ!」

 

 フィフが器用に防御魔術を火と触れ合う瞬間にだけ生成しながら対応しているが、相手の鎧を破壊できていない。

 

「サフィレーヌ!! あんたやりなさいよ!!」

 

「え?」

 

「えっ、じゃないわよ!! できるんじゃないの?!」

 

 そんな時、子供の声が聞こえてきた。

 王女ミゼリアとサフィレーヌだ。

 

 ミゼリアが何かをサフィレーヌに要求している。

 

「なんだっけ?」

 

「もーう!! なんでアンタが覚えてないのよ!? 覚える度に見せてきたくせに!!」

 

「ごめん!」

 

「えーっと……。えっと、あっ!! あれよ!!」

 

 空洞の表情はわからないが、おそらくソレは彼女達の声を認識していた。

 通常の不死騎士ならばあり得ない。彼らには学習能力も状況把握能力も存在しない。

 

 だが、ソレは()()()()

 

「──【コンル・クリアランス】ってやつ!!」

「あー!」

 

「逃げなさい!!」

 

ヴィクトリアは叫んだ。それしか間に合わない。

 

 

「え?」

「?」

 

 強大な炎の塊が彼女達に向かう。

 それは容易く命を燃やし、奪い去る悪魔の技。

 

 訓練も、実戦もまともにやったことのない子供に防げるわけもない。

 

「────」

 

 だが、──彼女達は無事だった。

 

 回転する炎が、渦を巻きながら集まっていく。

 それは構えられた剣先へ。

 

 ホールに風が吹き荒れ、美しい会場を燃やしていた炎がそれに運ばれ、さらに剣先に集まった。

 

「……!」

 

 その渦の中心で、剣を構えるのは小さな黒い影。

 三年経っても変わらない夜の化身。

 

 集まった炎は高密度の魔力を生み出し、輝きを与える。

 

 本来想定された使い方とはまったく違う第三剣術(ミスリー)のカウンター技。

 

「【落花流水(らっかりゅうすい)──」

 

 その技は強力な防御技として昇華されていた。“あの渦巻く魔法の盾”を魔力で突破することは難しいだろう。

 そして、溜め込んだ相手の力が練り上げられそのまま返される。

 

「──飛天突(ひてんとつ)】」

 

 圧縮された“魔法の線“が放たれる。

 人の認識を越えた速度で放たれたソレは、フィフの誘導によっていい位置にいた不死騎士の右腕を粉々に破壊した。

 

 炎を持った剣も消え、再び騎士が沈黙する。

 

「リエーニ……っ!」

 

 それを放った麗しの騎士。それこそヴィクトリアが心から愛する人。

 全てを越えて愛でるべき存在。

 

「よっ! おひさ!」

 

 固まった子供を背に気さくに挨拶をするその姿は、ヴィクトリアの求める通りのものだった。

 

「油断」

 

「!!」

 

 感動の再会を邪魔するものがまだ存在する。

 それは更なる技術をその身に宿す。

 

「うわ……」

 

 生成された騎士の鎧が()()()()()()()

 そして、その周囲に魔法の渦が生じている。リエーニの剣術までもそれは吸収していた。

 

「面倒と面倒」

 

「てへ」

「…………」

 

 明るいメイド姉妹とは裏腹に、ヴィクトリアの絶望は相当なものだった。

 

(こんなの……どうすればいいの?)

 

 三人に再び炎が向かってくる。そんな時にまた、声が聞こえた。

 

「“我らが世界に在る魂よ”──」

 

「……!」

 

 それは詠唱だった。

 まだ慣れていないようなたどたどしいもの。しかも思い出すようにゆっくりと。

 

 振り返った先で、ミゼリアが必死に紙に文字を書いて、それをサフィレーヌが読んでいた。

 

「うぉら! フィフ姉様ぁッ!!」

 

「うるさい」

 

「……ッ!!」

 

 状況を理解した二人に少し遅れて、ヴィクトリアも前に出た。

 

 

「“醜く、歪み果てたその心よ”──」

 

 

 フィフが正面で揺さぶり、リエーニが炎を消していく。

 そして、ヴィクトリアの炎熱が騎士を溶断する。

 

 再生成される炎獄の鎧騎士。すかさず人の騎士達は連携を取っていく。

 

 

「“我ら同胞の祈りを以て、浄化せん”──」

 

 

 少女が謳う。そして、少女が必死にそれを見守る。

 

 魔物に襲われる。そうして人は死ぬ。それはよくあること。仕方のないことだった。

 だが、その後に必ず彼らは()()()()()

 

 それは尊厳。自分たちの在り方。この理不尽な世界で足掻いた結果。

 

 

「【コンル・クリアランス】」

 

 

 白き光が歪んだ在り方を元に戻す。

 書き換えられた愚かな心を消去する。

 

 そして、正常な魂はまたこの大地に現れることだろう。

 

 

 “人が魔物を倒す”。

 それもまた、──この世界でよくあることだ。

 

 その勝利は再び訪れるべき栄光への第一歩だった。

 

 

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