プリミティブ・プライメイツ ~暴君転生~   作:翠碧緑

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56話 剣先に見える道

 

 その空間は支配されていた。

 

 けっして届かぬ領域にいる絶対の存在が構築した処刑場。

 大地が溶け、光が満ちる地上の地獄。

 

 踏み入れてはならない禁域だった。

 

「ああああああアあああアアアアッ!! 熱いッ!! 痛い……ッ!?」

 

 現に生身で活動していた『女王』は焼かれ、眼球が蒸発する激痛に悶えている。

 その異常な生命力が死という安息を許さず、彼女に絶対の苦痛を与え続ける。

 

 きっと“調節された痛み”だった。

 

「突然出てきたと思えばなんですかッ!? 今更なんの用なのです!?」

 

 『女神』が吠える。

 その体は領域外からもたらされたモノ。

 星が燃えるような熱にも耐えることができた。

 

 “光”を飛ばし、『お茶会』に乗り込んで来た無礼者に攻撃する。

 

 その光は簡単に命を焼き、文明を滅ぼす知能の結晶。

 だが、そんな積み重ねは生まれたときからある備え付けの翼によって弾かれた。

 

「──貴方達があまりにも馬鹿だから来たの」

 

 親が子を叱るような声でその『究極』は口にした。

 

「馬鹿……?」

 

「ええ、そうでしょ? 五百年経ってるっていうのに、()()()()()()()()()()()()

 

「────」

 

 その一言は女神を侮辱した。

 女神にとって、五百年は苦悩と後悔の日々だったからだ。

 

 激昂の色を瞳に宿し、女神が究極へ向かって光の集束を行う。

 

「五百年前と一緒だと思わないことです! 貴方がいない間にどれだけの進歩があったと思っているのですか?

 世界の果てで大人しく眠っていればいいのですよ!!」

 

 その光と究極が接触した瞬間、国を滅ぼす程の破壊の衝撃が発生した。

 幸いこの場所は隔絶された空間。世界に毒が広がることはない。

 

 そして、究極は何もせず不動のままだった。

 

「眠らせてくれなかったのは、貴方達じゃないの。“騒音”だけを撒き散らして、不快だということがわからないのかしら?」

 

「ッ!!」

 

 女神が出力をまた上げた。

 地上が焼け死ぬような攻防が繰り広げられる。

 

 さすがにそうなると鬱陶しいと思ったのか、究極は翼を使って光を打ち払っていく。

 

 そして、翼を広げ飛翔し女神に接近する。音など既に置き去りにしていた。

 

 究極の爪と女神の槍が接触する。

 膨大なエネルギーのぶつかり合いが発生し、空は明滅を繰り返す。

 

 空気と重さは捻じれ、極小の生物すら息絶え、魔力すら枯渇した砂の大地が顕現していた。

 

「…………」

 

 『武帝』は、暴力だけを良しとしたかつての彼女は、恐怖していた。

 

 力の差で言うのならば武帝が一番究極に近く、生物としての能力で言えば女王が近く、持ちうる技術と知能で言えば女神が近かった。

 

 そう、誰もあの究極を越えていない。勝てていない。

 

 それを誰よりも理解してしまっていたのが武帝だった。

 

「────」

 

 それでも武帝は意識を世界と同期し、究極に狙いを定めた。

 

 彼女の極技は結果だけを与える、理だけを体現した一撃。

 それは妄執、執着。彼女が五百年重ねてきた研鑽の結果だ。

 

 “あの首を落とす──”。

 

 それは五百年前諦めた誓い。究極の蹂躙を目撃し、心の内に仕舞い込んだ彼女の夢。

 

 けれど、今を以てその夢に至る────

 

「【冷凛たる一刀・千紫万紅(せんしばんこう)】」

 

 極限の一太刀を幾重にも重ね、時間軸すら超越した“切断”という結果を付与する。

 世界の派生した先にすら回避を許さぬ無慈悲の一撃。

 

 この極技が放たれた時点で、相手の頭の位置は定められた。

 

 それは無様に地面に落下する────はずだった。

 

「相変わらず無口なのは変わっていないのね? 突然でびっくりしてしまったわ」

 

「────」

 

 究極は喋っている。

 首が切断された状態で喋っている。

 

 首には綺麗な赤い首輪があるのに、その首は落ちていなかった。

 アレは切断された状態を維持し続けている。

 

 “回避も防御も許されない一撃は受けてしまえばいい。別に死ぬわけではない”。

 

 それがその究極の思考だった。

 

 武帝の手が震える。最悪の結果を予見する。そうできてしまう。

 

「五百年頑張った結果がその“()()()”なの? がっかりね?」

 

 只々本当に落胆したようにソレは笑った。

 

 

 

 

 ──“イヤな夢を見た”。

 

 そう思いながらフィフと呼ばれる彼女は目を開けた。

 

 スリープモードなどとわけのわからない事を彼女の主は言っているが、肉体のない彼女も睡眠を取れる。

 それは彼女が()()()()()()()だからだ。

 

 彼女は人間ではない。そして、魔物ではない。──では何か?

 

 この世界の雑な分類では、その答えは決まったようなものだろう。

 

「…………ぅ」

 

 隣で少し声がする。

 それは彼女の小さな主のものだ。

 

 痛みに呻くその少年は先日酷い怪我をした。

 彼女であれば意に介する必要のない爆発に巻き込まれ、怪我をしたのだ。

 

 命を失うところだった──。

 

 塵と炎の中で、真っ赤に腫れ上がる体と曲がった左腕。

 ぐったりしたルクスを見た時に彼女は深い絶望を味わった。

 

 水道と呼ばれる便利な備え付けの井戸で布を洗い、清潔な容器に水を溜める。

 汗塗れのルクスの体を彼女なりに丁寧に拭いていき、包帯を交換する。

 

 アンリーネから得た知識でルクスが調合した薬は、無いよりはマシという程度だった。

 ほとんどの傷はルクス自身の生命力で回復している。

 

 人間とは思えぬ回復力だ。おそらくあの怪物(シーハルン)に何かされたのだろう。

 

 勝手に所有者の肉体をいじられ、その怪物を叩き斬ってしまいたいと彼女は思ったが、今回だけは感謝した。

 

(どうして私は“他者の敗北”に屈辱を感じているの?)

 

 理解しているくせに自分に問い質す。

 

 敗北したのは彼女ではない。彼女の戦いではない。

 でも、彼女は悔しさと無力感を味わっている。

 

 豪華な客室の中には調理用のスペースがある。

 彼女は不器用に朝食を用意していく。

 

 無意味だと思っていたアンリーネからの教示はここに来て役に立っていた。

 

 人間如きの生活の方法などどうでもいいと思っていた彼女。

 力で世界に君臨した者がひ弱な者に尽くしている。意味不明で理解不能だった。

 

 手際も悪く、鍋の底にある具材は少し焦げていて、調理器具はぐちゃぐちゃになっている。

 

 それでも、彼女なりの料理(けんしん)だった。

 

 

「んー? だいぶマシになってんじゃん、味」

 

 料理が終わる頃にはルクスは起きていた。

 嫌がるルクスを無視して、彼女がスプーンを持って彼に食べさせている。

 

「もっと上手い言い方をしてほしい」

 

「やーだね。修行じゃ修行。ババアにもっとシメられろ」

 

 屈託無く笑うルクス。

 少し前までは痛々しかった右目の腫れは治まってきている。

 

 左腕の骨はまだ繋がっていない。

 火傷も引いてきているが、時々顔をしかめるルクスを見て彼女も顔をしかめた。

 

「なんだよ?」

 

「別に」

 

「ん?」

 

 どうせ怪我人ならば痛がっていて欲しい。苦しんで甘えてきて欲しい。

 そう思う彼女の気持ちをルクスは無視しているようだった。

 

 彼は『看病されること』を嫌う。

 これは彼自身の気質のようだった。誰かに赤子のように守られるのを無意識の奥底で拒否している。

 

 可哀想と思われることを嫌悪していた。

 

「そうだ。これ見てくれよ」

 

「?」

 

 彼はいたずらっぽい笑みを浮かべると、リエーニゴーレムを起動した。

 その少女型の人形が彼女の方を見る。

 

「何本か指立てて」

 

 そう言うルクスは目を閉じていた。

 

「ん」

 

 取り敢えず中指を立てておいた。

 

()()! てかそのポーズやめろや」

 

「────」

 

 ルクスは目を閉じたままだ。

 つまり──

 

「ついにゴーレムと感覚が共有できるようになったぜぃ! ぅえい!!」

 

 テンション高く飛び跳ねるのはゴーレムの方だった。

 

 リエーニの表情はルクスと同じように笑い、同じように口を動かしていた。

 

「…………」

 

「これでいろいろ動きやすくなるなー。ふっはっは」

 

 手を腰に当て胸を張る『リエーニ』とぐったりと休んだままの『ルクス』。

 

 それを見る彼女の表情は晴れない。

 

 ──原因は明らかだ。

 

 あの大きな鉄くずとの戦いでルクスとの同化を強化したこと。

 

 本来、彼女を宿す人間は“彼女を上書きされる”。

 

 【エヴリ・ファイバー】。

 彼女を所持した人間が自動で背負う魔法だ。

 

 所持者の知識と人格を上書きし、彼女自身と遜色ないものに変化させる呪いの類。

 

 肉体はどうしようもないので、乗り移った肉体が朽ちる前に探し出し調達しなければならない。

 

 その世代の頑丈な人間を探し出す為に作られたのが、武帝国のカースト制度である。

 

 一度作ってしまえば簡単なものだった。

 力に魅せられ、釣られた阿呆どもを選定し、再び帝王として君臨するだけのこと。

 

 それを続けた。それだけを続けた。

 自身に比類するものを打ち払うためではなく、自分の地位を維持するために。

 

 そんなことを続けてきたものだから──()()()()()()()()()()()

 

 今のところはっきりしているのは、侵食を完全に止めるのは不可能だということ。

 そして、彼女が眠っている間は進行速度を抑えることができ、ルクスを消す心配が無いということだけだ。

 

 彼女がこんなことを考えるのは初めてだった。

 だって、相手は人間だ。ただの搾取対象だ。

 

 消してしまえばいい。

 それにそれが嫌なら、他の人間についていけばいい。

 

 だが、それこそ嫌だった。

 

「どうした? ()()()

 

 そう呼ばれるだけで彼女の奥底が暖かくなる。

 自分に名を付け、自分に名付けられた子供の声は彼女を融かし続ける。

 

「ちゃんと寝ていて欲しい」

 

「なんだよ、テンション低いな。まあいつもか。わーったよ」

 

 リエーニが停止し、ルクスがベッドの上で目を開けた。

 

 ルクスの頭を優しく撫でながら、彼女は思考する。

 

(……私の魔法を()()()()()()

 

 それは彼女がルクスを見続けて得た解答だった。

 

 ルクスは物覚えがいい。

 それは生まれつきのものであるし、彼自身が知識に貪欲なため問題はない。

 

 だが、こと戦いの知識となると別だった。

 

 当たり前の話だが、戦い方や動き方などは見て、聞いて、読んで、すぐに実行できるものでは無い。

 試行し、経験を得て習得するものである。

 

 しかし、ルクスは何かが違う。

 

 違和感を持ったのは武帝国へ脱出する日。

 魔物オーバーグリコラを殺傷した一突き。

 

 あれはカーティスとアンリーネの技術を混ぜ合わせた一撃だった。

 

 その後ルクスは使いこなすようになったが、あれは8歳の子供がたどり着く領域ではない。

 

 そして、ゴーレム操作だ。

 

 つまり、ルクスは【エヴリ・ファイバー】を完全でなくとも習得していた。

 

 侵食が進む度にこの魔法が()()()()()()()

 

(ルクスの反応を見ていればわかる。無意識に学習している)

 

 鬱陶しそうにしながらも、彼女の手を振り払おうとしない少年。

 それを見る彼女の目には疑念が宿っている。

 

(貴方はただの人間ではない。何を持っているの?)

 

 彼女が侵食を止めようと必死になっているのは、愛しい彼を失わないようにする為だけではない。

 

 “侵食魔法の全てをルクスが貪り終わった時に起こる何か”を警戒してでもある。

 

 『ルクス・フォノス』と『リエーニ・サルヴァリオン』。

 

 理解できぬ現象が愛する者の中にいることをなんとなく彼女は感じ取っていた。

 

「……あーあ、学園だってよ」

 

「そんなに嫌なものなの?」

 

 ここ最近のルクスの愚痴はそれだった。

 

「だってもう家庭学習も終わってんだぜ? 勘弁だよ、あの隔離社会は」

 

「ふーん」

 

「お前も絶対連れていくからな。文句言うなよ」

 

「ついて行くのは当たり前。文句は多分言う」

 

「あ?」

 

 今日は調子がいいのかいつもより愚痴の量が多い。

 しばらくすると彼の目がまどろんでいく。

 

 それを優しい笑みで彼女は見守る。

 昔の彼女が見たら“理解できない”と切り捨てるような慈愛の表情だった。

 

 もう彼女は後戻りができない。

 まるで虫に恋した鳥のよう。

 

 また──眠ろう。

 そうすればこの時間が続いていくのだから。

 

「失礼します」

 

 だが、そんな逃避をこの世界が許すはずもない。

 

「ぅえ?」

「…………」

 

 扉のノック音で無理矢理二人は起こされた。

 眠い目をこすりながら慌ててルクスは誤魔化しの魔法を掛けていき、彼女は言いようのない怒りが湧き出した。

 

「どうぞ」

 

 入ってきたのはいつもの従者。彼女にとって見ればただの雑魚だ。

 

 ルクスのベッドから降りようともしない彼女を見て、その従者は困った笑みを浮かべるが、用件を告げてきた。

 

「ルクス様、先触れのお手紙がございます」

 

 差し出されたのは一通の簡単な飾りに包まれた手紙。

 公式のお堅いものではなく、プライベートのやり取りで使われるようなものだった。

 

「…………」

 

 受け取り中身を読んだルクスの顔は変わらない。仮面だからだ。

 内面はかなり難しい顔をしているようだった。

 

 これからやってくる客人は厄介な人物のようだ。

 

「ありがとう。準備をしてくれるかな?」

 

「かしこまりましたー」

 

 従者が去った後、珍しくルクスの方から彼女へ倒れ込み甘えてきた。

 

「誰?」

 

「『サフィ』だってさ~。初手はあの子からかー。ついに来たかぁ」

 

 ルクスがしばらく棚上げにしていた問題が動き出した。

 

「カルクルールだったのかよー。信じられん。弄ばれたぁ」

 

 ルクスは完全に政略に巻き込まれたと思っている。

 

 だが、彼女はなんとなく理解していた。

 打算で近付いてくる人間の心を焼き尽くすのが、ルクスという人間であると。

 

「フフ……」

 

「あんだよ」

 

「別に」

 

「くしょおおおおおおっ!!」

 

 彼女は彼の不幸を笑った。嘲笑った。

 でも、それはどこか暖かく優しいものだった。

 

 これから先の未来できっと起こるであろう惨劇と悲劇を予期しながらも、彼女は自然に微笑む。

 

 そして、彼の頭を撫で続けるのだった。

 

 

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