プリミティブ・プライメイツ ~暴君転生~   作:翠碧緑

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60話 純金と金箔

 

「アンタ私以外とも婚約してるなんて、どれだけ手が早いの?」

 

 偽者ちゃん。もはや安心感を覚えてしまう。

 

「申し訳ありません。まさか僕が御三方に選ばれるとは思っておらず……」

 

「ふん! 家が財産を築き上げているだけで、貴方には価値があるわけじゃないんだから調子に乗らないことね」

 

「肝に銘じておきます」

 

 鼻を鳴らして、ズカズカ進むミゼリアちゃん。

 ここまで俺に興味がないと清々しいぜ。ありがてえよ、むしろ。

 

 宮殿の豪華な中庭にて、俺達は会話している。

 俺の後ろにはフィフとリエーニ。

 彼女の後ろにも従者が数人ついている。

 

 デートとも言えねえ状況だ。

 

「それに! アンタ、サフィレーヌのこと傷つけたらただじゃおかないわよ!」

 

 結構意外な言葉だった。

 ミゼリアはサフィをあまり自分の輪に入れていなかったからだ。

 

 サフィもだいたい一人だったし。

 

「承知しております」

 

「本当に思ってる!? 読めなくてつまらない顔ね、アンタ」

 

 すごいディスられる。別にいいけど。

 ここまで直情的だと将来きつそうだな。

 

 現にこの子の態度は嫌われているようだ。

 宮殿に耳を向けることが少なかったので全部は把握できていないが、この子を推す派閥もそうじゃないところも等しく“ミゼリア王女は馬鹿だ”と言っている。

 

 この間のパーティテロの時に浄化魔法をサフィに唱えさせたのはこの子だし、その前の不審者を止めたのもこの子のおかげだ。

 

 なんか、すごく損してんだよな。

 

「失礼ですが、お二人は仲が良いのですか?」

 

「当たり前でしょ? 私はカルクルール家と仲が良いんだから」

 

「幼馴染みということでしょうか?」

 

 そう尋ねる俺に馬鹿にするような視線を向けてミゼリアはムカつくポーズで説明した。

 

「なんにも社交会のことを知らないのね? 私は保護されてからカルクルール家の屋敷にいたのだもの。サフィレーヌと仲良くなるのは当然でしょ!」

 

 この子は俺とは違い、カルクルール家で保護されたという。

 

「なるほど、そうでしたか。不勉強をお許しを。

 さらにご教授願いたいのですが、お父上であるハットリューク様が亡くなられ、ミゼリア様はどこでお生まれに?」

 

「……噂で聞いてないの?」

 

 嫌そうな顔をするミゼリア。

 聞いてるけど、あくまで噂だからな。

 

「申し訳ありません。王国に来たばかりでして、三年前にミゼリア様が戻ってきたという情報しか把握しておりません」

 

「しょうがないわねー。王女の相手になるんだから、しっかり知っておきなさい!」

 

 中庭に用意されていたティータイム用の席に案内されたあと、従者達を下がらせてミゼリアは話し始めた。

 離れたところに待機しているフィフは寝始めやがった。アイツマジでやる気ねえな。リエーニと意識共有を行い、バリバリ警戒させる。

 

「私は同じような子供が暮らす施設で育ったわ」

 

「孤児院ですか?」

 

 お、そこまで被ってんのか。

 

「よくわからないわ。一人の魔法使いが子供たちを拾って暮らしていたの」

 

「それは敬虔な人物ですね」

 

「はっ! そんなわけ無いじゃない。労働力が欲しかったのよ。ずっと畑を耕すことを強制されたわ。本当に最悪なところだった」

 

 何か嫌なことを思い出したのか、ミゼリアは飲んでいたカップを叩きつけた。

 行儀悪いですよ、王女様。この子ババアの教育されたら死ぬんじゃねえか?

 

「そこをカルクルール家が保護したのですか」

 

「そうよ! 高貴な私を女神は放っておかなかったのよ。当然の運命ね!」

 

 生意気な笑みを浮かべながら、自分の髪を掻き上げるミゼリア。イケメン仕草ですね。

 

 うーむ。母親も父親も予測がつかないな。

 王族ゆかりの血が入った誰かの子供だとは思うんだけど。

 

 俺と双子や兄妹だったとしても、わざわざ分ける意味ないしなぁ。

 俺の母ちゃんどこおんねん。出てきて説明しろや。

 

 ハピフクス家の情報追ってみるか?

 

「そうですね。貴方のような原石を埋もれさせておくのは勿体ないですから」

 

「ッ! はん! わ、私には効かないわよ、そういうの」

 

 腕を組んで顔を逸らすミゼリアちゃん。

 露骨すぎておもれー。癒やし枠になりつつあるな。

 

「畑仕事の大変さは僕も知っていますから、共感できますね。アレは子供の仕事ではありません」

 

「……え? わかるの?」

 

 きょとんと俺を見るミゼリア。

 

 あたぼうよ。こちとら貧乏孤児院で労働基準法オーバーしまくってましたからな。

 

「僕は父上に拾われる前はただの孤児ですから。盗んで殺されるよりは、でかい畑の手伝いをする方がマシでした」

 

 武帝国の社員が語っていたセリフを拝借した。

 

「……そうだったの」

 

「ええ。毎日グットプの煮物でしたよ。味がしょうもないのに育てやすいものですから、そればかりでした」

 

「グットプ!! そうなのよ! あれ本当に不味くも美味しくもなくて!」

 

 お、共通の話題発見。

 

「鍬が重くて手がボロボロでしたよ」

 

「わかる! 耕したところ全部食べられるわけでもないのに、人の分まで作らされるの意味分からなかったわ!!」

 

「サボるやつもいますからね」

 

「そう!! 本当にそう!!」

 

 王族と大金持ちの子供の会話じゃねえな。

 

 話を聞く限り、ミゼリアは生真面目な子だ。

 それがなんでこうなってんだ? 教育はどうなんだ?

 

「グットプは干すと一番美味しいのよ?」

 

「そうなのですか? 食べたことありません」

 

「見た目は最悪だけど、よく保ったし歯応えもあるの」

 

 得意げに語る王女。

 確かに王族としての威厳は無い。

 

 でも、年相応の言葉だ。反応だ。

 この子はただ環境の違いに適応できていないだけだ。

 

「それは是非一度食してみたいものです」

 

「本気で言ってるの? 今更いいじゃない、あんな貧乏食」

 

「ミゼリア様のオススメですからね」

 

「ちょっと!! 変なこと言わないで頂戴!! わざわざ食べる価値は無いわよ!」

 

 少し噛み合えば民衆の支持は得られそうだ。

 あとは場に沿った態度を身につければいいだけ。

 

 切り替えさえできるようになれば、この子はきっと()()()

 

 純粋な会話を楽しめない腐った大人の俺は、彼女を分析し利用する準備を始める。

 

 この子と俺は利害が一致している。権力と金だ。

 ならばそれを活用するのが貴族というものだ。

 

 どこかで痛む心を無視して、俺は優しく彼女に語りかける。

 

「秋頃の畑に湧く虫は大丈夫でしたか? あれの駆除も中々骨でした」

 

「あれね。私は平気だったわ。ただ本当にうるさいのよね。ブンブン羽音が」

 

()()()()()()()()()()()()ですから、相当うるさかったでしょう?」

 

 俺は会話の主導権を握りにかかる。

 共通の話題という、一種の壁を突破するやり取りに気付かない彼女はそのまま答える。

 

「まあ、そうね。でも今ほどじゃなかったわ。今聞いたらどうなるか考えたくもない」

 

「そこまでですか」

 

「……そうね」

 

 少し気落ちしたように顔を伏せるミゼリア。

 予想通りだが、彼女は俺と同じ耳を持っている。

 

「そういえば“あの時”も怪しい男を指摘しましたね。何が人と違ったのですか?」

 

「ああ……。なんか息がおかしかったのよ。気持ち悪かったし」

 

 やっぱ俺と同じレベルか。うーん……。

 どうしようか。

 

「なるほど。羨ましいですね。そこまで聞き取れるのなら便利そうだ」

 

「…………」

 

 なんだ? 急にミゼリアのテンションが沈んだぞ。

 オーホッホッホって感じで来ると思ったのに。

 

「ミゼリア様?」

 

「ちっとも便利じゃないわよ。やかましいったらありゃしないわ!」

 

 頭痛でもあるかのように頭を抑えるミゼリア。

 

 そうか。

 俺にはジジイがいたけど、この子は教わっていないのか。

 

 そう考えたときに湧き上がったのは、下らない義憤だった。

 

 “利用しようというのなら、賢くあってもらっては困る”。

 

 それがこの城に巣食う人間たちの総意なのだ。

 才を殺し、心を病ませる。ただ機能すればいい。

 

 俺だって同じようなことを考えているくせに、勝手に怒りを抱く。

 

「そうなのですか?」

 

「そうよ!! 常に誰かが耳元で喋ってくるのよ!? いっつもいっつもいっつも……ッ!」

 

 今も彼女に聞こえているのはなんだろうか。

 

 少し遠くでこそこそとこちらを冷やかす従者たちの声だろうか。

 俺達の姿を城の窓から眺めて馬鹿にする貴族たちの声だろうか。

 仕事をせずに遊びに耽る男達の下卑た笑い声だろうか。

 

 理解できる苦しみを俺は彼女と共感()()()

 でも少しは和らげることができるだろう。

 

「それは……大変でしょう」

 

「なによ! わかりもしないくせに……」

 

「ところでミゼリア様は音というものがどういうものかご存知でしょうか?」

 

「?」

 

 俺はカップをスプーンで叩いた。

 一口も付けていなかった中身が震える。

 

「この表面に見える振動が正体です」

 

「なんの話?」

 

「もしかしたら、ミゼリア様の悩みを少しは和らげられるかと思いまして」

 

 困惑した表情をミゼリアは浮かべている。

 まあ話半分に聞いてくれや。この世界ではただの持論になっちまうが、ジジイにはお墨付きを貰っている。

 

「音を聞くということは、この震えを感知しているだけなのです」

 

「物を叩いて震えるのは当たり前だけど、声とかは違うんじゃないの?」

 

 やはり、この子は馬鹿というわけではない。

 

「同じです。震えが伝わるものがここにも、そこにもあります」

 

 俺は敢えて滑稽に空気を触る仕草をする。

 

「空気の震えを感じているのです。例えば声は喉の震えをこの空間が貴方に伝えているのです」

 

「何も無いじゃない」

 

 ミゼリアが同じように空気に触ろうとして、(くう)を握る。

 

「実はこの世界には()()()()()()()()()のです。この透明な空間には酸素や魔素といったものが小さく細かく浮いています」

 

「────」

 

 一瞬の驚愕の後に、ミゼリアは自分で手を叩いた。

 小さな乾いた音が響き渡る。  

 

 そうすると何かを納得したようだ。

 考え込むような表情になった。

 

 ……本当に勿体ないなこの子。

 

「知らなかったわ。でも、それが何?」

 

「そして、音というものは決まった振動を持っています。その震えは遠く離れるほど小さくなっていき、聞こえなくなります。

 王族の耳が良いということは、おそらく皆様は魔素を通じて音を聞いているのです」

 

「魔素を通じて? 何が違うの?」

 

 聞こえない距離の音を聞くということは、過去を聞くことに等しい。

 つまり、俺達は魔素に残った振動の記録を音に変換して聞いている。

 

 ちなみに風声は超モスキート音であり、人間の可聴域を越えたものである。

 

 それを発声することと聞くことは魔素がなければ成立しない。

 

 このテレパシー能力はそういう魔法というだけだ。

 

「聞く音を選別できるということです」

 

「!」

 

 俺も最初に苦労した。

 音の波の調整を覚えるまではそれこそ本当に発狂しかけた。

 

「もし聞きたくない音があるのならば、同じ音を自分で出してしまう。もしくは音の壁を張ればいい」

 

 始めは本当に感覚的なことになる。

 だから訓練は個人によって変わってくる。

 

 ジジイは取り敢えず使わせることを優先した。慣れなければ始まらないからだ。

 

 ミゼリアの場合は完全に理論から入ったほうがいいと俺は感じた。

 

「音の壁……。波…。難しいわ」

 

「まあ言ってみただけです。参考までに」

 

「なんなのよ!!」

 

 良いツッコミだ。なんつーか、庶民感がすごいなこの子。

 でも、きっとこの子ならできるようになるはずだ。

 

「ならばこういうのはどうですか?」

 

「なによ!」

 

 俺は席を立ち上がり、彼女にゆっくりと近付いていく。

 

 人間の脳というものは無意識に音を無視している。

 集中しているものしか聞けないようになっている。

 

「“僕の声だけを聞いていれば、周りの声は聞こえなくなるのです”。そうでしょう?

 どうか一緒にいるときだけは僕に集中してくださると嬉しいです、『ミゼリア様』」

 

 彼女の耳元で少し茶化すように囁く。

 

「────」

 

 吐くような気持ち悪い言葉を放ちながら、俺は笑顔をミゼリアに送った。

 

 ミゼリアは女王となる可能性が高い。

 今のままでは困る。

 

 かつてオリジェンヌの屋敷で俺に対して行われた教育を、この子に対してやる必要がある。

 

 押しつぶされそうな期待の炎を俺はこの生真面目で努力家な少女にも背負わせることにした。

 

 俺を見る少女の金色の瞳が揺れる。

 それは警戒か。恐怖か。

 

 ──俺はそれを無視して、会話を続けた。

 

 

 

 

「時間の許す限り、会話を重ねていきましょう。大事なのはお互いを知ること。でしょう?」

 

 まるで調節されたような少年の音の震えがミゼリアを惑わせた。

 

 理由はわからない。

 男であるその少年に何か色気のようなものを感じてしまったのだ。

 

 余裕そうな態度。博識で経験も豊富。綺麗で整った面貌。

 

 会話が続いていく。

 でも、その内容のほぼすべてをミゼリアは理解できていなかった。

 

(なんなの……?)

 

「ミゼリア様?」

 

 そして感じるのは、彼の()()()()()()()()()()

 良すぎる耳が捉えてしまった取るに足らない人間の重要な特徴だった。

 

 人の発するものは騒音しかないと思っているミゼリアは混乱した。

 この『男』、ルクスは何かが違った。

 

 だからこそ────

 

「う、うるさあああいッ!!」

 

「えっ?」

 

 ミゼリアは喚いて、逃げることしかできなかった。

 

 

 破談となることは無かったが、ミゼリアが部屋に逃げたことによりその日の見合いは終了した。

 

 後でルクスが謝罪を入れていたと聞いても、ミゼリアの戸惑いは消えなかった。

 自分の行いが招いたことであるし、国王にも迷惑を掛けたことを理解している。

 

 しかし、原因のわからない自分の行動をどう解釈すればいいのかミゼリアは分かっていなかった。

 

 その“ルクス・フォノスの失敗談”は騒音をまた増やしている。

 

 “王女に不埒な行為を働いた”。

 “不遜な態度を働き、王女が愛想を尽かした”。

 

(うるさいっ!)

 

 夕食の肴にその話題はなっているのだろう。

 

 落ち着けるはずのバスルームにもその騒音はついてきた。

 

 その騒音は今までのものとは違い、ルクスを笑うものだ。

 だが、それにミゼリア自身が羞恥心を感じている。

 

 広がる噂を否定しようとすると、自分の突拍子もない行動も説明しなければならないからだ。

 

 静かな湯に顔をつける。理解できぬ感情を制御できない。

 彼女が聞くのはそんなルクスのことばかり。

 無意識にその話題(そうおん)を自分が選んでしまっていると、彼女は意識していなかった。

 

 後日、すぐにルクスから面会の申し込みがあった。

 どこか負い目があったミゼリアはそれを受けた。噂を消したいという目的もあったからだ。

 

「先日は失礼をしました。紳士たるもの女性との距離感は大事にしなければいけませんでした」

 

 どこか疲れたような仕草で、ルクスは語った。彼も噂が耳に入っているのだろう。

 腹部を手で押さえ、ストレスにも苦しんでいるようだった。

 

 勿論ミゼリアにそれを察することはできない。

 

「で? なに?」

 

 彼女自身どうしたらいいのか分からず、つい強気な態度になる。

 

「お詫びを兼ねてご用意しました。こちらです。お話を聞いてすぐに作ってみました」

 

 彼の騎士である女従者が運んできたのは、この宮殿に似つかわしくない“ひもじい食べ物”だった。

 

「干したグットプ? イヤよこんなの」

 

 それはミゼリアの貧しい時代を思い出させるもの。

 だから、食べたくなかった。

 

「そうですか? 美味しいと思いますけど」

 

 上流階級の礼儀を気にせずルクスは一枚取ってかじりついた。

 完璧な作法を意識しているであろう彼にしては意外な行動だった。

 

「貧乏くさいわね」

 

「懐かしくないですか? 僕は未だにこういうの好きですけどね」

 

「…………」

 

 食を進め、すでに2枚目に手をかけるルクス。

 それを視線で追うミゼリア。

 

 勝敗は決していた。

 

「まあ、お詫びを受けてやるのも王女の度量ね!」

 

「そのとおりです」

 

 なんだか対応が雑になっていたルクスは、市民の年下の子供にするように干しグットプをミゼリアに食べさせた。

 

「むが!?」

 

「はい、おいしー」

 

 文句を言おうにも口を塞がれたミゼリアはルクスを睨みながら口を動かした。

 思いっきりグットプを飲み込むと、ルクスに詰め寄った。

 

「なにするのよ!? 無礼よ!」

 

「まあまあ、いいじゃないですか。孤児仲間じゃないですか」

 

「はあっ!?」

 

 次のグットプをミゼリアに手渡すルクス。

 それを受け取ったミゼリアは遠慮なく齧った。

 

 懐かしい味だった。

 苦労と痛みの消したい過去だった。

 

 でも、あの頃には希望があった。

 将来に対する夢のようなもの。

 

 だから、ミゼリアはこの地に来たときに幸福を得たのだ。

 

「……おいしい」

 

「でしょう? こだわってみました」

 

 自慢げにルクスは語った。まるで自分が作ったかのように。

 

「? 何に?」

 

「材料と時間と場所です。まず、この国のグットプは3種類ありまして──」

 

 そして、急に制作秘話を語り始めた。

 

 呆れたようにミゼリアは聞いていた。

 その話はいかに貧乏食を美味しくするかの彼の苦労譚だった。

 

 だが、それは面白かった。

 

「そこで重要だったのは湿度だったのです」

 

「へえ」

 

 ミゼリアは理論的な話が好みだった。答えがあることに安心できるからだ。

 

 いつもより飲む量が多かった紅茶のカップをミゼリアが置く頃に彼の話が終わった。

 

「そうしてできたのがこちらです。『王女印』と名付けました」

 

「はあっ!? 何を勝手に命名してるのよ!」

 

 貧乏くさい料理が自分と関係するのが少し嫌だった。

 

「商会で販売予定です」

 

 さらに衝撃の宣言が彼からされる。

 

「ふ、ふざけないでよ! 正気!?」

 

「まあ、はい。多分」

 

「アンタ、どうしたの……?」

 

 投げやりなルクスの態度に少しミゼリアの方が気にかけてしまった。

 

「もうどうせ結婚しますし、孤児仲間ですから、少し砕けてもいいかなと思いまして」

 

「一緒のカテゴリーにしないでくれる!? 私、王女よ!」

 

 馴れ馴れしいルクスの態度に苛立つミゼリア。

 

「嫌ですか? なら結婚しなくていいですか?」

 

「なんでよ!? 結婚はするわよ! 舐めた態度取らないで!」

 

「わかりました。ミゼリアって呼びますね」

 

「なっ!? なに!? なんなの!?」

 

 何故か吹っ切れたルクスが次々とミゼリアを圧倒していく。

 手玉に取られていることすらわからず、ミゼリアは翻弄されている。

 

「じゃあ婚約記念てことで、『王女印』売りますね」

 

「……アンタ、なんか噂通りになってない?」

 

 強引な少年はそれを聞いて少し笑った。

 

「嫌になったらいつでも言ってください。貴方には()()()()()()()()()()()()()()

 

「!!」

 

 少し蠱惑的な視線をルクスはミゼリアに送った。

 彼の本気をその言葉から感じ取ったミゼリアは固まる。

 

 対面に座る少年を改めて見る。

 

 反射する光を映す銀色の髪は長く、後ろで結ばれ左肩から下ろされている。

 

 長めの細く真っ直ぐな前髪から覗く瞳は青く、それがミゼリアを射抜く。

 

 整ったシルエットは気品を感じさせ、長い指が生えた手が顎を支えている。

 

 そして、綺麗な音を発する口からはミゼリアの耳をふるわせる言葉が放たれる。

 

「そういえばどうでしょう、ミゼリア?」

 

「────」

 

 名前を呼ばれた途端、ミゼリアは首筋まで震えるのを感じた。

 王女を呼び捨てにする下賤な男を罰しなければならないのに、そうしなかった。

 

「────()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 それを言われるまでミゼリアは気付いていなかった。

 あんなにうるさかった騒音が一切聞こえてこないのを。

 

 代わりに聞こえてくるのは、普段ならば聞くことがない音だ。

 

 空気が管を通る音。

 血液が体を巡る音。

 

「────っ」

 

 “うるさい”と普段ならば毒づくはずが、できなかった。

 

 だってそれをしてしまったら、認めてしまうからだ。

 無自覚なままでいたいミゼリアは声を荒げる。

 

「入ってるわよ! う、うるさいわね!!」

 

「そうですか。では、まだまだ努力しましょう」

 

 それはルクスからミゼリアに対する挑戦状のようなものだった。

 しかし、今の彼女にとっては死刑宣告に近い。

 

 だって──こんなにも呼吸が荒い。頭が破裂してしまいそうだ。体が熱い。

 

(うるさい! うるさい!)

 

 どんなに注意してもその“騒音”は止まらない。

 

 なぜならそれは──自分から発せられた騒音だったからだ。

 

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