プリミティブ・プライメイツ ~暴君転生~   作:翠碧緑

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7話 子供二人

 

 帰り道は結構気分が良かった。旅行先の旅館へ帰るような感覚といえばいいか。

 

 異国を見て回るような楽しみがあった。いや自国だけども。

 

 そして、その気分のまま帰ればそれで終わりのはずだった。だが、俺の人生はそんな簡単に終わるはずもなく……。

 

(ガキが一人。迷子か?)

 

 脇道の向こう、ちょっとした木陰に俺と同じくらいのガキの姿があった。

 結構綺麗な服を着ているので、浮浪児というわけではなさそうだ。

 

 うずくまって、息を潜めるそのガキは何かを嘆いているようだった。

 硬貨の入った袋が丸見え。靴もピカピカ。家出したってところか。

 

 この時間だと宿屋も閉まっている。食事にありつくのも難しいだろう。

 

「!!」

 

 何かに反応したソイツが見るのは脇道の奥の方、数人の男が歩いていた。

 俺の方は気付かれていない。やっぱアイツらがおかしかったんだな。

 

「あん?」

「どした?」

「いや、なんかガキが座り込んでるなって」

 

 遠くの方で俺にはそんな会話が聞こえる。単純に不思議がっているようだ。

 

「おーい!」

「やめとけって」

「でもよぉ」

 

「ッ!!」

 

 声をかけられ、ガキも気づく。警戒心はもうすごい。あっという間に離れていく。

 

「大丈夫か、アレ」

「ほっとけよ。死にやしねえよ」

 

 男達は去っていった。

 がきんちょはどんどん人の目につかない方へ走っていってしまう。

 

 ──どうすっかなあ。

 

 この世界ってクソだよな。俺はそれ以上だけど。

 

 

 

 

 その子は宛もなく、夜の林道をさまよう。こんなに夜の街が恐ろしいものだとは思っていなかった。

 

 もう、自分の屋敷に戻ってしまいたい。しかしそれでは、何も変わらない。自分勝手な運命に対する反抗が終わってしまう。

 

 息を切らして座り込んだ草木は冷たい。誰もいない空間は静かで、自分の荒い呼吸音だけが木霊する。

 

 心細くなる自分の貧弱さを嘆く。たった一晩すらも我慢出来ないのか。

 

「こんばんは。いい夜ですね。そんなところにいてはカゼを引いてしまいますよ?」

 

 頭を上げ潤わせた瞳が捉えたのは、夜の化身だった。

 

 濡れたような黒髪と夜の青を反射させる漆黒の瞳。給仕服に身を包むその存在は、自分とそう変わらない背丈をしているのに、その表情は自信に満ちていて余裕さを感じさせた。

 

「あな、キミは…?」

 

 情けない声しか出ない。この美の結晶に見惚れていたのだ。

 

「リエーニと申します。どちらかの家の御子息様とお見受けします。差し支えなければ、お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」

 

 綺麗な所作でリエーニと名乗った者はお辞儀をした。従者としてかなり上等な教育を受けているようだ。

 

「ヴィ、──ヤンバトールと言い、言う!」

 

 ヤンバトールと名乗り、その場をなんとか切り抜ける。目の前のリエーニは自分のことを“どこかの御子息”と思っている。ならば、素性は知らないはずだ。

 

「ヤンバトール様ですね。詳しいことは聞きませんが、どうしてこのような夜更けに? 共はつけていないのですか?」

 

「ぼ、ボクが従者だ! 共などいらない!」

 

 誤魔化しを重ね、つい吠えるように言ってしまう。

 

「従者……? つまり貴方は私と同じ立場と言う認識でよろしいでしょうか?」

 

 困ったようにリエー二が尋ね、ヤンバトールが頷く。家の者を呼ばれるわけにはいかなかった。

 

「あっ、じゃあ、フツーにするわ。よろー」

 

「──?」

 

 美少女の口から、汚物のような言葉が飛び出してきたことにヤンバトールは固まる。

 あり得ない。先程までの雰囲気が消し飛ぶ。夜の女神はどこに行ってしまったのか。

 

「ういっしょ」

「──」

 

 ()()()()隣に座り込むリエー二を信じられないように見つめる。

 

「おーい、どした?」

「いやいやいやっ!! 先程までの態度はどうした?!」

 

「あ? お前同業者なんだろ? ガキにかける敬意なんてねえよ」

 

 美しい顔から吐き出されるのは、聞くに耐えない言葉の羅列。ヤンバトールの思考は崩壊を迎えた。

 

「な、なんて無礼な……っ」

「ああ? 文句言われる筋合いねえよなあ? 貴族様じゃねえんだろ?」

 

「なッ!! くっ……!」

「クッふははははは!」

 

 静かな夜に騒音が響く。夜中に不釣り合いな子供同士のじゃれ合いだった。

 

 

 

「んで? 何してたんだよ、ヤンバトは」

「貴様は人の名前すらまともに言えないのか?」

 

 しばらくして、リエーニが質問してきた。ずっと気にしてはいたのだろう。少し気恥ずかしくて、ヤンバトールはそっぽを向く。

 

「家出か?」

「ち、ちがうッ!」

 

「あーはいはい。取り敢えず移動しようぜ。そろそろガチで危なそうだ」

「…………」

 

 差し伸べられた手を素直に取ることができない。

 

「おらっ!!」

「あ……」

 

 そうすると、無理矢理手を握られ立ち上がる。

 小柄なリエーニの力は思ったよりも強くて、ヤンバトールをぐいぐいと引っ張っていく。

 

「なんなのだ、お前は……」

 

 同い年くらいの少女に先導され、慣れない道を歩く。リエーニのその足取りはブレない。対してヤンバトールはもつれ、そのペースも遅かった。

 

 斜め後ろから見えるリエーニの表情に迷いは無く、それを見つめる自分の惨めさに締め付けられる。

 

 それはヤンバトールと名乗る者が初めて得た劣等感と屈辱、そして、“熱”だった。

 

 

 

 

 夜中の使用人室には3人の人物がいた。

 

 一人目はこの屋敷の所有者ルクレヴィス家に仕える使用人のカーティス。

 彼は『自分はメイドだと豪語するお子様』のメンタル面を管理し、鍛錬も面倒を見ている。その鍛錬に対してリエーニは意外にも嫌がることはない。

 そのせいで張り切っている。

 

 二人目はダルンの帰還後にすぐ雇われやってきた家政婦長のアンリーネ。

 彼女は『口の減らないクソガキ』自身の世話と、礼節と教養を学ばせている。なんだかんだついてくるリエーニの反応はアンリーネにとって喜ばしいものだった。

 そのせいで張り切っている。

 

 三人目は先日やってきた執事長のグスタフ。

 彼は『生意気な小童』の能力を見抜き、その才能を伸ばすことに重きを置いている。与えた知識の吸収量が凄まじく、次の日にはたくさん議論を交わすことになる。

 そのせいで張り切っている。

 

「ではこの月の計画はこんなものでしょうか」

 

「そうだな。詰め込みすぎだなどとアレは言うが、自分がそのレベルなのだから問題あるまい」

 

 机に広げられているのは、リエーニの教育スケジュールだ。一日ごとに設定されていて、リエーニが見たら卒倒するだろう。

 

「ふっ、ダルン様がこのお話を持ってきたときは、あの方も()()()()()()()()()と思ったものです」

 

 資料をまとめながら、アンリーネが呟く。

 

「ワシもここに来るまでに2件ほど断っておる。最近の貴族は金髪金眼の息子を産みすぎだな」

 

 馬鹿にするようにグスタフは紅茶を口に含んだ。

 

「グスタフ様はなぜこの話だけを受けてくださったのですか?」

 

「断るつもりだったさ。いつも、取り敢えずは会って化けの皮を剥いでやるんだ。どいつも外見の誤魔化し方がなっておらんかったぞ。青褪めた貴族共の顔は滑稽でな」

 

 愉快そうに笑うグスタフに、曖昧に微笑むカーティス。その現場は地獄だっただろう。

 

「──だがアイツは()()()()()()()。金髪のガキがいるというから来たのにいるのは黒髪と来た。クハハ、混乱したぞ」

 

「……わたくし達が、見間違うはずがないのです。勿論、一目でわかりましたとも」

 

「ああ。あの生意気な態度もな。母親の方に似ていれば苦労は無かったものを」

 

 アンリーネとグスタフは何かを共有するように、目を閉じた。何に思いを馳せているのかはカーティスにはなんとなくしか理解できなかった。

 

「そこまで、ですか」

 

「はい。小さい頃のあの方にそっくりです。ついつい、甘やかしそうになってしまいます」

 

 優しげに微笑む今のアンリーネを見れば、きっとリエーニは猛抗議するに違いない。その光景を思い浮かべてしまい、カーティスはつい笑ってしまった。

 

「ワシの方こそ不思議だ。カーティス殿は直接面識があったわけではないのだろう? 主人の命令とは言え、随分入れ込んでいるな」

 

「ああ、バレてしまいますか」

 

 照れるようにカップを手に取ると、カーティスは思い返す。

 

 それはダルンに頭を垂れ、必死に懇願するリエーニの姿。あれこそが本来の彼なのだろう。このどうしようもなく腐った世界で、他者の為に自分を捨てる人間。

 

 そんな子が力を持とうとしている。その力は一言では説明できないものだ。

 

 リエーニがその力をどう使うのか、見てみたいと思ったのだ。勿論、そうなると決まったわけではない。

 

「あの方は純粋に剣技を楽しんでいらっしゃるのです」

 

「楽しむ、か」

 

 重い鉄の塊を純粋に振り続けるリエーニは、真剣だった。自ら進んで行うほどに。

 

「はい。あれは命の奪い方です。それを楽しむ姿を見て、なんというか新たな芽を感じたのです」

 

 大戦争を経験した人々が抱くはずのない感覚。魔族の脅威を知らない世代。

 

「甘い、と切り捨ててもよかろう」

 

「ははは。まあいずれはそうなるでしょう。実戦すら終えていませんから」

 

 少し間が空いた。今夜はお開きだろう。また明日から教育というそれぞれの趣味の延長の仕事が始まるのだ。

 

「まだ戻ってこんのか……悪たれめ」

 

「そろそろ探しに行きましょうか?」

 

 窓の外、正門を眺めながら大人達が呟く。

 正門の探知は一回しか反応していない。

 

 リエーニの外出を3人は把握していた。屋敷の玄関には人が通ると知らせが来る仕掛けがしてあったからだ。

 ある程度の息抜きは必要だろうと、見逃していた。あの態度ではあるが、責任感があることはわかっているし、残酷な言い方だが他に行く宛もない。

 

「私が連れて参りますので、お二人はお先にお休みください」

 

 信用はある。だが見逃せる限界もある。そんなタマではないことは理解っているが、迷子になられて他の家に確保されるような事態は避けたい。

 

「おや、帰ってきましたね。明日の誤魔化しが楽しみですわ」

 

 少し早めに起こしてやろうかと、悪い笑顔をアンリーネは浮かべる。

 

「作ったゴーレムの分解は教えていないからな。クハハ、どうするやら」

 

「どうかお手柔らかに……」

 

 年長者達を宥めながらも、もう一つの反応が正門から入ってくる。

 

「? また出ていきましたか?」

 

「いいえ……、これは……」

 

「あんのバカが……」

 

 二人の反応を見て、なにかやらかしたのだろうと庭の方を見ると、そこには上級のマントを羽織った子供を誘導するアホの姿が見えた。

 

「どういう態度を我々は取るべきでしょうか?」

 

「もうほっとけカーティス殿。ワシは寝る」

 

「どうせ、明日になればどこかの家が騒ぎます。()()()()でしょう。お休みなさい、カーティス」

 

 二人が退出した後には、途方に暮れるカーティスの姿があった。

 

「……これも報告書に書かなきゃですかね」

 

 テーブルに戻った彼は冷めた紅茶を飲み干した。

 

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