プリミティブ・プライメイツ ~暴君転生~   作:翠碧緑

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70話 開幕

 

 暗闇の世界。奈落の奥底。

 冥界と呼ばれる地底の穴に蠢くモノがいた。

 

 ソレは遥か古き時代から生存する生物の一体だ。

 

 他者を喰らい増大を続ける生き物として基本の原則を全うするだけの存在だった。

 

 ソレは空腹に苦しんでいる。

 時間にして数百年間、まともな食事をできていなかった。

 

 その理由は冥界に君臨した王の影響だ。

 奈落から浮上しようとした冥界の住人たちはその王に切り捨てられ、命を奪われ続けた。

 

 だがある時ソレは気付いた。

 

 “王がいない。空間すら超越する一刀が飛んでこない”。

 

 まるで福音だった。

 ソレは満腹を求めて浮上を開始した。

 

 大地を揺らし、地形を変え、進み続けた。

 

 そしてある時、一匹の魔物を捕食する。

 それはとても美味だった。

 

 食べたことのない魔素で構成されたその生物は、ソレと同じように目を持たずに地下を彷徨う特性をしていた。

 

 ソレは希望を抱いた。

 

 “ひょっとして上にはこんなにも美味い餌が溢れているのか”。

 

 ソレを邪魔するものはもう活動していない。暴力による統治が終わりを告げたのだ。

 

 所々に現れる同じ魔物を捕食し何かに導かれるように、ソレは自由を謳歌した。

 

 

◆

 

 

 本日はロルカニア王国、その学園の4回目の入学式が開かれていた。

 

 学園は王国だけではなく他国からもいくつかの生徒を招き、条件を満たせば身分に関係なく入ることができる。

 それが表向きのものだと皆理解しているが、平民でも入れる事実は存在していた。

 

 広大なホールには入学生が集められ、案内を受けていた。

 やってきた入学生はクラスを割り振られ、自分に用意された集団に混ざっていく。

 

 用意された席に座り始める者達は、自己紹介を始めている。

 彼らはもうすでに社会構築が始まっていると理解している子達だ。

 

 緊張しうまく適応できない子もいたが、時間が経てば馴染んでいくだろう。

 しかし自分から動かなかった代償は大きく、所属する場所はランダムとなる。

 

 そんな子供たちが初めて出会うことになる社会に対して、疲れたような雰囲気を出す存在がいた。

 

「……あれじゃない?」

「ああ、噂の……」

 

 案内された集団の席の端の方に座り、渡された資料を眺める少年。

 銀髪、青目の美しい外見をしている貴族。

 彼の俗世離れした空気感に圧倒され周囲の子は声をかけることができない。

 

(懐かしいなぁ……。この感じ)

 

 少しの郷愁を味わっているその存在の名前はルクス。大商人の貴族のご令息だ。

 

 なにか期待感にも似た感情を持っている子供達とは違い、彼は面倒くさいという感情を抱いているようだった。

 やる気を一切感じられなかった。

 

 多少の絶望すら彼は感じている。

 それは彼の抱え込んでいる事情の多さに起因しているのだ。

 

「あれ、王女様よ……!」

「お美しい!」

 

 ざわめきがホールに広がる。

 王女を中心とする集団がやってきたのだ。

 

 先頭を歩く黄金を宿す少女の名前はミゼリア。

 最近、民衆や一部の貴族からの支持が篤(あつ)い珍しい王族である。

 

 ルクスは少し存在感を消した。

 ミゼリアの所属するクラスは最上級の場所。彼の所属するところからは遠い位置に席が用意されている。

 

 豪華な椅子が用意されるその場所と、一般的な椅子しか用意されていない彼の場所とは差がある。

 一般貴族の子供が気さくに声を掛けに行くには距離がありすぎた。

 

 婚約者である彼が挨拶にいかないのはどうかと自分でも思っているが、単純にルクスは面倒だった。

 

「…………」

 

 ミゼリアも騒ぎになることを理解していたのか、ルクスの方を一瞬だけ見て自分の席に歩いていく。

 その表情は少しだけ寂しそうだった。

 

(またあとでね、ミゼリア)

 

 彼が誰にも聞こえるはずのない小声で何かを呟く。

 

 そうすると何故かミゼリアの足取りは軽くなった。

 

「あっ!」

「お気をつけください、サフィレーヌ様」

 

 また別の集団が入ってくる。

 転びそうになった令嬢を別の少女が支えていた。

 

 公爵令嬢サフィレーヌとその派閥の令嬢達だ。

 

 こちらは華のある王女達の集団とまた違い、誇り高く志の高い雰囲気を出している。

 

 先頭のサフィレーヌの雰囲気は柔らかいものだったが、それがまた異質だった。

 

 サフィレーヌはルクスを一切気にすることなくミゼリアとは別の最上位クラスの席に座った。

 

 あくまで政略結婚であるとアピールするその行動は、彼女なりの献身だった。

 

 それを理解しているルクスは単純に感謝した。

 

 ミゼリアは政治経済系のクラスで、サフィレーヌは魔法系のクラスに所属する。

 

 これは試験と適性で厳(・)格(・)に(・)判断された結果だ。

 

 クラスの種類はあとは軍系のものと、一般のもので全4種類存在する。

 

 ちなみにルクスの所属は一般である。

 一般が無個性という話ではなく、単純に特化した人物よりも総合的に評価されているというだけだ。

 

 卒業条件の難しさは幅広く極める必要がある一般の方があるのではないかと学園側は考えている。

 

 何故なら、定めた条件に達する最上級生が僅かしか出ていないからだ。

 

 初の卒業生が出る予定の今年から、クラス間の移動を可能にしようという試みも出ている。

 

(普通の学校ってよりは大学っぽいな)

 

 そんなことをルクスは思う。

 そもそも義務教育が存在しないこの世界では、一般教養という概念の普及すら終えていない。

 

 王国も実験的な政策として割り切っているのだろう。

 

 噂によれば国王が無理矢理捩じ込んだものらしいので、完全に吟味を終えていないものだったのだ。

 

 ひとまずは箔を着ける目的で入学を促す方に舵を切ったようだ。

 

(オヤジの思い描いたものとはちょっと違うんだろうな。ま、わかるけどさ)

 

 周囲が騒がしくなる中、ルクスは考え事に熱中していた。

 視線が自分に集まっていることは理解しているが、黙殺する。

 

 彼が作り出した無表情の仮面が少しだけ役に立っていた。

 

 

 やがて式が始まり、長い説明が始まる。

 壇上に立つのはこの学園の教頭であり、学園長は現れなかった。

 

 そして今度は在校生代表が壇上に上がる。

 

「皆様、おはようございます。迎える側として、この場に立つことを許されました、4年生のヴィクトリア・ブレイブハートと申します」

 

 入学生は皆その雰囲気に飲まれた。

 

 ただ立っているだけなのに、彼女の闘志のようなものを感じ取ったのだ。

 

 それに彼女の家名は子供であっても知っている。

 

 いつの時代も剣を振るい続けた勇者の一族の名前だ。

 お伽噺を知っているのならば、自動的に頭に入っている。

 

 幻の英雄に会えた感動も手伝って、彼女に尊敬の眼差しを向ける者もいる。

 

 この三年間で彼女が築き上げた学内勢力は最大となり、他の追随を許していない。

 

 そんな憧れで固められた視線の中に、三つの別の感情があった。

 

 一つは王女から放たれる食らい付かんばかりの凶暴な視線。

 

 ミゼリアはヴィクトリアがトップにいる状況が許せない。

 今年を過ぎるとヴィクトリアは卒業してしまう為、決着を着けられるのはこの一年間だけだ。

 

 絶対に勝ち逃げを許したくはないミゼリアは気合いを入れていた。

 

 そして、それを踏まえた上で冷静に感情を向ける視線が公爵令嬢から放たれている。

 

 彼女はヴィクトリア卒業後の状況を考えて動こうとしている。

 勢力の拡大よりは、ヴィクトリア勢力が消えた後に混乱を起こさない立ち回りだ。

 

 サフィレーヌはミゼリアとの決戦に向けて準備をしている。

 

 そしてさらにそれらを俯瞰して諦めたような感情を向けるのは、無表情貴族。

 

 彼だけは視線を落とし、心の中で悪態をついていた。

 

(なんであんなやる気なのあの子達……)

 

 敵対心のある視線を受けて、ヴィクトリアも睨むように微笑んだ。

 

「────!」

 

 彼女は単純につまらない学園生活に違った流れができそうで、楽しみから笑顔を溢したのだ。

 

 他の二人の少女はその挑発を受けて、さらに心を燃やした。

 

(なんで生徒同士で政争しようとしてんだよ……)

 

 ルクスのそんな心の嘆きは届くことはなく、波乱に満ちた平和な学生生活が幕を開けた。

 

 

◆

 

 

 来ちまったぜ、学園によ。

 

 過去に戻って学生生活をやり直したいと思うか?

 

 俺はNO! 断じてNO!

 

 初回だから楽しめるのであってまたやりたいとは思えないのだ!

 

 誰が頭いいだの、誰と誰が付き合ってるだの、一緒に何かしようだの、めんどくさいんじゃい!

 

 授業だって所詮は簡単なものでやる気のない教師ばっかなんだろ?

 

 まあ、受ける授業は選べる単位制の学校なので、初回だけ回って最低限の講義を受けよう。

 

 あとは暇な時間を俺自身の研究に充てる。

 なんか施設貸して貰えるみたいだし。

 

 部活的なものになんのかな。

 

 そんなこんなで初週。

 俺は友達作りを忘れて、講義巡りをした。

 

【共通語学】

 

「共通語を学ぶものは少ない。それは歴史の影響だ。

 

 一番古い言語であり、世界中で通じる言葉。

 

 であるにも関わらず、毛嫌いされる理由。

 それは共通語が“魔族の言語”だからである。

 

 我ら人間は魔族の言語を使って会話を始め、その事実を人間の言語を作ることで忘却しようとしているのだ」

 

 ほーん……面白いやん?

 

【魔法学】

 

「こちらは実技ではなく、理論を教える講義となります。

 

 魔法とは、魔素に働きかけて世界の現象を歪める技術です。

 

 では魔素とは何か? こちらは未だに議論されていますが、二つのエネルギーで構成されていることがわかっています。

 

 一つは莫大な力【テントマトウス】。

 もう一つがそれを抑えている力【ゼロオーム】。

 つまり──」

 

 ほーん……面白いやん?

 

【生物学】

 

「えー…魔族というものが実はかなり曖昧な定義であることは皆さんご存知ですかな?

 例えばAという魔族が子供を産んだとき、それはBという魔族になります……。

 

 よろしいですかな? 人間の子供が同じ人間という種族であるはずなのに、魔族の子供は同じ種族ではないのです。

 

 極稀にAがAを産むときがありますが、それは増殖と呼ばれる行為であり、同じ個体数の増加であるのにも関わらず生命の営みとは違います。

 

 これから分かる通り、そもそも『魔族』という言い方が分別のついていない旧時代の呼称でしかないのです……」

 

 ほーん……面白いやん?

 

 

 あれ? まずいぞ?

 

 自分の講義日程を組んでみたが、休みがないぞ?

 

 ざけんじゃねえぞ。異世界大学おもろすぎだろ。

 

「魔石というものは──おや、時間ですね。次の内容は次回にしますので、本日の部分までのまとめレポートを来週までに提出するように」

 

 【大地学】の2回目の講義が終わり、ちょうど魔石について学べるかと思ったのにお預けを食らっちまった。

 今日の講義は終了なので、少し聞いてみるか。

 

「先生、少しいいでしょうか」

 

「おやフォノス君、どうしました?」

 

 優しく答える大地学の先生だが、立ち姿が戦士すぎる。

 

 なんかこの学園の教師、みんな命を奪ってきたような目をしてる人ばっかで威圧感あるんだよな……。

 

「お時間があれば、魔石について詳しくご教授願いたいのですが」

 

「興味があるのかな?」

 

「はい。これから必要になりそうな資源なので」

 

 ひでえ目にあったし、タコ足女王に言われたしな。

 

「おお、さすがはフォノス家。良い考えですね。うーん……そうですねぇ」

 

 ボロボロの指を顎に当て、先生は考え込んだ。

 ちょっと都合が悪かったかな?

 

「忙しいようでしたら……」

 

「ああ、いえ、そうではありません。もっと適任者がいますので、そちらを頼っていただこうかと思いまして」

 

「どなたです?」

 

「“学園長”がかなりお詳しいのです。この時間なら学園長室にいらっしゃるかと思いますよ」

 

 へー、そうなんか。

 

 生徒が誰もいない廊下を歩く。

 学園長って確か入学式にも来てなかったよな?

 

 本当にいるのか疑問レベルだったけど、いたのか……。

 

 名前なんだっけ……。資料にはロタークってあったような……。

 やべえ、学園に興味なさすぎてリサーチ不足だわ。

 

 ロタークはばあちゃん家の家系だ。身内採用ってやつなのかな。

 

「失礼します、学園長」

 

 ノックをしてみるが、返事は無かった。

 留守か?

 

「うわっ!」

 

 と思ったら急に扉が開いた。

 危ねえな。手前に開きやがって。

 

 入れってことでいいんだよな……?

 

「……失礼します」

 

 進んでみると、客を呼べるような部屋じゃなかった。

 

 積み上げられた魔術書と、散らばった石の残骸。

 完全に個人の研究室だ。

 

 そして、──俺はこんな部屋を知っている。

 

「……マジか」

 

「久しぶりの師匠になんて挨拶だ、まったく……」

 

 呆れた顔で椅子にふんぞり返っていたのは、俺のよく知るクソジジイだ。

 

「なにしてんの?」

 

「こちらのセリフだ、馬鹿が。お前はなにかやらかさなきゃ気がすまんのか?」

 

 オリジェンヌで俺をいじめまくりやがったジジイことグスタフがそこにいた。

 

「学園長って……。大丈夫? 生徒殴って殺してない? って、あぶね?!」

 

 久しぶりの空気拳骨を俺は回避した。

 

「ほう、成長したのは体だけではなさそうだの」

 

「無言で殴んなよ。この学園長やばすぎだろ……」

 

 ジジイは少し笑うと座るように促した。

 

 最初はあれだけぐちぐちと言っていた癖に、結局俺はなんだかんだニ回目の学生生活を楽しむことになるのであった。

 

 恋愛絡みについては前の時よりもヤバそうっすね……。とほほ……。

 

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