俺の生活は本当に学生になった。
寮で起きて食事を摂り、講義に出て勉強して、帰宅後自主学習をして一日を終える。
空いた時間は図書室に籠もって読書に専念。
そして、申請していた研究室をゲットできたのでそこで魔法の研究を始めた。
と言ってもやっていることはゴーレムバンドを使って音楽の練習だ。
普段は使われていないパーティホールを確保した俺は、そこを研究室にした。
ジジイが少し口添えをしてくれて、研究目的をまとめて学園側には提出したことでなんとか通った。
半年ごとに研究成果を発表する必要があるらしいが、俺はただ人形劇を担当教師に見せればいいから楽だ。
通常は魔法クラスの生徒達が共同でなにかやるために使う制度らしい。
ぼっちでもいいんだもん! 寂しくないもんね!
講義を取りすぎて俺は一緒に過ごす友人を作れていなかった。灰色の学園生活や……。
まあ、そのうち集団が固まってくるから、それ見て気が合いそうな奴らと仲良くすればいいや。
……いればだけどね?
研究室の広い空間で音楽が止み、通しの練習が終わる。
ゴーレム達には自然な動作で休憩させる。
何も知らない奴らには無言で休む女の子達に見えるくらい自然に。
そして俺はその中でだるそうにしている奴に話しかけた。
「おい、振り付けずれてんぞ」
「……なんで私が」
「多いほうがいいだろうが」
もちろんフィフも強制でダンスさせていた。
案外演技もできそうなので、計画している演劇にコイツも参加させよう。
「というかこれは……何?」
手に持つなんちゃってギターに疑問を持つフィフ。
「楽器だよ」
「何も音が出ないけど」
「そりゃあエアバンドだからな」
「??」
ギターとかがないのでそれっぽい形の魔法の杖をゴーレム達に装備させている。
音楽を奏でる魔法具くらいに観客には思われればいい。実際は完全制御の録音だ。
デザインだけはかっこいいゲーセンにあるようなドラムに、シンセっぽいピアノも作って設置。一応ヘッドマイクっぽいものもボーカル担当ゴーレムに付けている。
あくまでファッションだが、グッズ化して売るのだ。
そして、メイ・ゴー・バンドも加入者が増えた。
俺の能力向上のお陰だ。
2号から7号が壇上でパフォーマンス。8、9号は客席の対応に入る予定だ。
ただ自動でショーをする壇上の面々よりも、会話する必要が出てくる8、9号の方が脳味噌負担がでかい。
さすがに会場全部を俺一人で運営するのは難しそうだ。
ギルドで雇うのも味気ない。
『遊興運営委員会』的なの作るか。ヴィクトリアも生徒議会なるものを作ったらしいし。
……時間足りんくね? タスクが……。
こりゃあもう数でゴリ押して進級分の単位を早々に確保しとくか。
「そういえばヴィクトリアから苦情が来てる」
「……まじ?」
フィフから更なるタスクが飛んでくる。
「もう三通来てる。他のメスも従者を使って私に探りを入れてきて面倒」
フィフとリエーニゴーレムは俺の従者として過ごしていて、俺が集中したいことがあるときは家事をフィフがやっている。
その過程で使うことになる共同洗濯所や買い出しの際に他の家の人達とやり取りがあったようだ。
「ぐぬぅ……」
ヴィクトリアはアレだとしても、他二人も駄目っすか……。
恋人放って仕事に集中する男になっている。んな理不尽な。
「別に無視していいと思う」
「アホか。まだアピールが来てるだけマシなんだぜ……」
「そう。どうでもいい」
相変わらずっすね……。
「話しかけづらいんだよな、今のアイツら……」
婚約発表会以来、なんだか滅茶苦茶バチッてる。俺にはなんも言えぬ……。
「まー、サフィをここに呼びますか」
「踊らせるの?」
「いや。やりたいって言ったら楽しんでもらうけど、ちょっと意見聞こうかなって」
ゴーレムのことバレてる彼女なら細かい相談に乗ってくれるかもしれん。
あと単純に久しぶりに話したい。
「デートも頑張りましょうかね」
重くなった肩をひと揉みして俺は休憩をやめた。
◆
気を抜くと吹き飛んでしまうような意識の中、サフィレーヌは魔法を行使した。
構築した魔法を単純化し、いつ記憶が飛んだとしても問題ないようにしておく。
「よろしいです。よくできました、カルクルール君」
それを見届けた教師がサフィレーヌを褒めて、別の机に向かった。
サフィレーヌの机の上には球体状にカットされた石が残された。
今回の魔法実習は鉱物をカットして精度を上げるという試みだ。
最上位クラスだけあって、基本的な魔法の知識は覚えている前提で進んでいる。
今できた体験を一応サフィレーヌはノートに残しておいたが、明日の自分がそれに気付くかどうかは賭けだ。
今のこの瞬間を記憶できているかどうかも不安である。
酔ってはしゃいで次の日に記憶がない現象。
酒飲みがよくやることをこの少女は常に経験するリスクを持っている。
「サフィレーヌ様、よろしければコツを教えていただいてもよろしいでしょうか……」
隣の席で困っている友人が声を掛けてきた。
彼女のことはかろうじて記憶にある。
名前はアンリ。それだけだ。
「ぎゅって包み込む感じ!」
「型を作ってしまうということですか。なるほど」
アンリは鉱物を削りながら形を整える方法を取っていたので、サフィレーヌは空間の方をいじるようにアドバイスした。
勉強について教え合う。友人との日常の一幕だ。
だがそれをサフィレーヌは記憶から排除した。
サフィレーヌの記憶力は平均よりも優れている。その容量もだ。
それ故に彼女は脳機能に多大な負荷を掛けていた。
魔力酔いという障害も乗り越える彼女の処理能力は卓越している。
だが年齢を重ねるほど、彼女の保有する情報量が増えていく。記憶域が膨張していき、他の脳機能を圧迫するのだ。
成人してからも正常に生きていける魔力酔いが存在しないのは、そのせいだった。
その対策としてサフィレーヌは記憶の剪定を獲得した。
取るに足りない記憶を排除し、最低限の生活を営めるだけを残す。
文字を脳内に残し、映像や音声としての記憶は削除した。
それは彼女だからこそ辿り着いた領域だった。
【オブリヴァリス】。彼女しか持ち得ない自己整理の魔法だ。
「私も教えて下さい、サフィレーヌ様」
「うん!」
次に話しかけてきた女性の名前はクシャルナ。
サフィレーヌは誰かに話しかけられる度に自分の脳内保存記憶にアクセスし、該当の情報を取り出して会話している。
通常の人間ならば無意識に行う一連の行為を意識的に行わなければ、彼女の容量は無駄なもので埋まってしまうのだ。
そんな遠回りなことをしてでも、彼女は生きている。生きようとしている。
以前の無気力な彼女には考えられない行動だ。
その理由は、添い遂げたい人ができたからに他ならない。
自分の中にあの銀色の光を残しておきたいと考えたことから、サフィレーヌは【オブリヴァリス】を生み出した。
「今日もありがとうございました、サフィレーヌ様!」
「わたくしも助かりました」
一日の講義を終え、講義室にはサフィレーヌを中心とした集団がいた。
入学して一月が経ち、ある程度の派閥分けが終了した。
サフィレーヌは魔法クラスの実力派を中心とする派閥を形成するに至った。
全員が自分自身の力を重視する傾向にあり、家や身分には囚われない特性が多かった。
逆に実力が伴わない人を見下す傾向があるため一長一短である。
今はサフィレーヌは実力者として君臨しているが、何か失敗をすれば瞬く間に力を失うだろう。
「よかった!」
「ふふふ……サフィレーヌ様はいつも愛らしい方ですわね」
「こんな雰囲気であのレベルってのが不思議……」
「ちょっとマリーネ! 礼儀がなっていませんよ!」
「すみません……貴族の言葉遣いって堅苦しくて……」
貴族も平民もその派閥には存在していた。
サフィレーヌは彼女達の情報を文字と顔写真一枚くらいの絵だけしか保存しない。
それは彼女の覚悟の現れだった。
実質的に
「大丈夫、気にしないよ!」
「ありがたい……」
「甘やかしては駄目ですわ、サフィレーヌ様!」
「みんなも様付けじゃなくていいよ!」
その方が判別しやすいから、サフィレーヌはそう提案する。
「え? あ、そう……ですか?」
「でも……」
迷うように顔を見合わせる彼女達だったが、笑顔でサフィレーヌがにじり寄ると観念したようにうなだれた。
「では、改めてよろしくお願いします、サフィレーヌ」
「よろしくサフィレーヌ!」
「あ、じゃあ“サフィ”っていうのは──」
「駄目」
一人がサフィレーヌの略称を口にした途端、それまでの空気が一変した。
そこには真顔で否定するサフィレーヌの姿と、それに驚く派閥の少女達の姿があった。
「おバカ!」
「そうですわよねー?」
「す、すみませんでした……」
「うん。それ以外なら好きに呼んで」
その出来事をサフィレーヌは一瞬で削除した。
怒りと不快感が情報に紐づけられ、容量が大きくなってしまうからだ。
普通の会話の情報量を1とするなら、先程のものは10となる。
とても残してはおけない。
今後サフィレーヌに“あの時はすいませんでした”と謝罪しても、首を傾げるだけだろう。
「それにしても聞きましたか? ミゼリア様が派閥の成立を宣言なさったとか」
サフィレーヌはそれを聞いて脳内情報を探る。
2日前にその情報は記録してあった。
学園が定めている共同研究会発足のシステムを使い、上級生達は自分達の派閥を作っている。
最初にこの制度を利用したのはヴィクトリアだった。
彼女は『ヴァリアント・ローズ』を発足し、一大勢力を築き上げたのだ。
『ヴァリアント・ローズ』の研究目的は、戦闘技術の向上。それはヴィクトリアが闘技大会で優勝していることで達成している。
まだ入学してすぐのミゼリアもこれに倣い、研究会を作ったのだ。
「『プリンセス・オーダー』って名前でしたか? なんと傲慢な……。噂通りの人物のようですわね」
詳しい研究目的はわかっていないが、ミゼリア派閥は彼女を中心とする政界勢力が集まっている。
権力嫌いの者達からはすでに不興を買っていた。
「…………」
サフィレーヌはミゼリアの実力を認めている。
幼い時からミゼリアが知性を持っていたことを知っているからだ。
今までは活かす場も無く、本人に自覚が芽生えていなかった。
しかし、ミゼリアは変化した。
サフィレーヌ内の感情の容量が爆発し容量が増えたので、【オブリヴァリス】を使い減らす。
ミゼリアの変化の原因は明らかだ。
サフィレーヌが変化した原因でもあるからだ。
「『ヴァリアント・ローズ』を狙っているという噂もありますが、どうなんでしょうね?」
「ヴィクトリア様は圧倒的ですからね……。あそこに嫌われたら退学したほうがマシでしょう」
「そのせいか、最上級生の男性は肩身が狭いらしいですわ」
情報通の彼女達は意見を交換し合う。
サフィレーヌは派閥の発足を宣言しているわけではなかったが、今この場にいる面々はそのつもりだった。
あとはサフィレーヌが決断するだけだ。
サフィレーヌ自身の考えは、影に潜り敵対派閥に不利な情報を流す工作を繰り返していくつもりだった。
これは長期戦を見込んだものだったが、思ったよりも周囲からの支持が篤いのでどちらで戦っても問題はない。
「サフィレーヌはどうするんです?」
平民出身の少女が問い掛ける。
全員の視線がサフィレーヌに集まった。
「ん?」
あくまでサフィレーヌはとぼける。
あれだけミゼリアを無視し、挑発しておきながら親友としての記録がある。
これ以上は決定的で完全な敵対関係になる。
「私達はサフィレーヌが参加するのなら、従います!」
「家の力だけでふんぞり返るだけの人達など蹴散らしてやりましょう!」
「魔法最高ですー!」
研究会という、学園が用意した本来の使用法とは別の使い方を望む彼女達。
自分の状況と彼女達の状況を鑑みても、まだ早いとサフィレーヌは判断している。
ミゼリア勢力の熱に浮かされて他の派閥も新入生から出て来ている。
自分の勢力がその他大勢になることは避けたい。
それに作る場合、実力主義を気取ることになる以上、足切りも必要になる。
優しさからそれを戸惑えば、派閥の在り方が揺らぎ分裂を招く。
「まだ早いかなー」
「サフィレーヌがそうおっしゃるのなら……」
「いつでも言ってくださいましね?」
そう告げたサフィレーヌに対し、彼女達の反応は予想通り二分した。
残念に思う者とあくまで判断を仰ぐ者。
サフィレーヌはまたその情報を無駄なく脳内個別情報欄に書き込んだ。
「──ちょっと失礼していいかな?」
そんなやり取りをしている彼女達に声がかかった。
その声は大人びた男性のもの。
サフィレーヌが夢中になっている人の声だった。
「あなたは……」
「ルクス・フォノスといいます。よろしくお願いします。サフィレーヌ様に用があって来ました」
その少年の学園の制服が示すのは一般クラス。
クラス間の壁も厚いこの学園において、魔法クラス専用のこの講義室にやってきた彼の行為は驚かれるものだった。
「────」
感情の発露をサフィレーヌは必死に抑えた。
久しぶりの直接の対面に幸福な心が爆発しそうだったからだ。
派閥となるメンバーがいるここで男に現を抜かす姿を晒すわけにはいかなかった。
少なくとも彼が十分に実力を示し認められるまでは不可能だ。
「…………」
「……どうしますか、サフィレーヌ」
明らかに歓迎されていない雰囲気だ。
財力だけの男など彼女達が最も嫌う特性なのだ。
「なーに? ルクス」
サフィレーヌは公爵令嬢としての態度を取った。あくまで政略結婚の相手だということだ。
「よろしければこのあと一緒に夕食でも、と思いまして。どうでしょう?」
それに対して周囲の女性達からは警戒の感情が出ていたが、サフィレーヌには飛び上がりたいほど嬉しい誘いだった。
「わかった!」
若干心の制御を失い、声が高くなってしまった。
「ありがとうございます。では、ご案内します」
ぴょんっと子供のように椅子から立ち上がったサフィレーヌは、ルクスの下へ歩いていった。
「大丈夫ですか?」
「私達も……」
そんな彼女が心配なのか友人達がサフィレーヌに声をかける。
「大丈夫。ありがとう。また話すね! うわっ!」
案の定、サフィレーヌはなにもないところで躓いた。
しかし、彼女には恐怖心が欠片もなかった。
こういう時に彼がどんなことをしてくれるのかわかっていたからだ。
「おっと……失礼」
サフィレーヌは簡単に受け止められた。
「ありがとう!」
「いえいえ」
サフィレーヌは最低限の会話をして、ルクスの温もりから離れる。
あれだけ考えていたのに、サフィレーヌは自分の派閥についてのことを忘れてしまっていた。
魔力酔いによる記憶の消失が主な原因だ。
だが、最も単純で最も抗いがたい心の障害が原因でもある。
友人達と別れ、彼の顔を見ながらサフィレーヌは思う。
一月まともに話せなかっただけで
もし彼と一生会えないなんてことになったとき、果たして人間としての自分を維持できているのだろうか──と。
恋心がもたらす快楽に身を委ねながら、彼女はあり得ない空想を思い描いた。