ルクスに連れられ、サフィレーヌがやってきたのは大きなパーティホールだった。
年に数回しか使われることのない場所。そこが彼の研究施設なのだそうだ。
その扉の前には学園の制服を着た少女が立っていて、二人が近付くと礼を取り扉を開けた。
その少女が明らかに人間ではないとサフィレーヌは感じ取り、首をかしげながらルクスに尋ねる。
「今のは……?」
「メイドゴーレム9号。まあ『キュー』って名前にしとくかな」
「ゴーレム……あれが…」
以前にも見てはいたが、ルクスの操作精度にサフィレーヌは驚いた。
それなりに魔法知識のある彼女からしても、ルクスの能力は異常に感じられた。
「すごい……」
それは入室したサフィレーヌにお辞儀をする7体のゴーレムを見て確信した。
彼女たちそれぞれがルクスのこだわった見た目をしており、美しい。
何よりその所作が見惚れるくらいに乱れずに静謐なものだった。
「全部ルクスが操っているの?」
「そうだよ。ははは、ちょっとは驚いてくれた?」
記憶処理すら忘れてサフィレーヌは分析をしていた。
全員がルクスの魔力を持っている。
その内部にも細かい術式が組まれていて複雑だ。
設計図さえ入手できればサフィレーヌにも同じものは作ることができそうだが、見た目の誤魔化しとこの量の同時操作は不可能だ。
『サフィレーヌ様、どうぞこちらへ』
1体が前に出てサフィレーヌを案内した。
そのゴーレムが話しているように見えるが、実際はルクスの魔法だった。
かなり熟練の音魔法。ここまでくると至高の領域だ。
ルクスはこれで剣術もできる。
ルクスがあの不死騎士の襲撃時にリエーニとして戦っていたことをサフィレーヌは目撃している。
あの時の剣捌きもヴィクトリアと肩を並べるものだった。
ホールの中心に用意してあったテーブルに案内され、サフィレーヌは座った。
ルクスは正面に座り、その横でゴーレム達がお茶の用意と食事の用意を始めている。
サフィレーヌが彼に対し一番驚いたのはその魔法同時演算能力だ。
サフィレーヌも処理する能力には自信があったが、ルクスの処理可能容量は限界を超えている。
絶対に人間一人が行える魔法の数ではない。複数人が術式を組んで挑むような大規模魔法に等しいものだとサフィレーヌは考察した。
向かい合ったルクスがサフィレーヌを見つめる。
何かを決心したような気合の入った表情を浮かべていた。
「改めまして、俺はルクス。今日は話したいことがたくさんあって、サフィを誘ったんだ。迷惑だった?」
彼の口調がいつもの丁寧なものではなく砕けたものになっている。
それだけで彼に認められた気がして、サフィレーヌは嬉しくなった。
「ぜんぜん!」
「良かった。あー……二人で話す時はもう気を抜いてもいい?」
「いいよ!」
「お、助かる。サフィも気楽にね」
サフィレーヌは困った。
彼との記憶は残したいものが多すぎる。
これではすぐに狂ってしまいそうだ。
「サフィには俺の魔法を使った催しを見て感想を言ってほしくてさ。フォノス商会として上演する予定のものなんだけど、秘密裏に見てもらえるのが君しかいなくて……」
「催し? それってルクスの研究?」
「そうだね」
魔法使いが自分の研究を他人に見せようとしている。その行為がいかなる意味を持つのかルクスはわかっているのか、サフィレーヌは不安になった。
「わかった、見せて!」
しかし、それを敢えて語ることはない。
なぜならこれは彼からの信頼、或いは共犯の持ちかけだからだ。
「よーし。見ててなー」
「!」
食事の用意が終わると、明かりが落とされた。
机の上の蝋燭の光だけが二人を照らす。
サフィレーヌがその炎の先にあるルクスの顔を眺めていると、彼女の左側に設置されたステージの幕が上がった。
そこに現れたのは御伽の城。
そして始まるのは一つの物語。
陰謀の中で失われた王族の遺児が農民として育ち、騎士に認められ再び成り上がる。その一幕だ。
場面ごとに脇にいるゴーレム達が音楽を奏で、臨場感を掻き立てる。
舞台であるということを生かした演出。
例えば演者が客席を向きながら、その背後では背景が移動していく。
舞台の右と左に配置された白と黒の騎士が真ん中にいる王女を取り合う描写。
戦いのシーンでは実際に切り合って、損傷描写もあった。ゴーレムだからできることである。
そして、魔法を使った演出だ。
朝のシーンでは実際に朝日の柔らかい光が舞台の奥から漏れ出す。
火事のシーンでは熱が客席に届くようになっている。
血が飛び散るシーンでも水飛沫が飛んできて、思わず顔を背けてしまいたくなった。
『私は……私は、立ち上がります!!』
よく通る王女役の声が一幕目の終わりを宣言したかと思ったら希望に満ちた音楽がかかり、王女が歌を歌い始めた。
歌詞はこれまでの苦しみと貧しさを嘆き、もし自分だからこそできることがあるならば、やり遂げたいという彼女の決意を示したものだった。
幕が下り静寂がやってくる。
舞台の上にはあんなに
「取り敢えず三幕構成の一幕目だったんだけど、どうかな?」
夕食を平らげたルクスが平然とそう問い掛ける。
「…………」
サフィレーヌは食べることを、もしかしたら呼吸も忘れていたかもしれない。
膨大な情報を頭に叩きつけられ、うまく処理ができていなかった。
“言葉を失う”とはまさにこのことだった。
「サフィ?」
「ルクス……これは、刺激が強すぎる」
「あー……戦争描写きつかったかな?」
「ち、違う!」
「んえ?」
のほほんとした態度のルクスにサフィレーヌは焦る。
彼は自分が何を創り出してしまったのかわかっていない。
間違いなく一人の少女の人生があの舞台には存在した。
あらかじめ説明を受けていたサフィレーヌでさえ、あの少女を助けてあげたいと思ってしまうようなものだった。
終えた後に世界が消えた感覚とでも言うのだろうか。そんな解釈できぬ感情の揺らぎを得た。
「……これはのめり込みすぎる」
「おお! ありがとう!」
ホッとしたような笑顔を浮かべる彼にサフィレーヌは頭を抱えたくなった。
上手く説明できない自分の脳味噌が憎いとサフィレーヌは思った。
「……これを見せるの?」
「うん。大きな場所でやってみたいんだよね。その客層とかステージの配置とかサフィなら相談できるかなーって」
サフィレーヌは彼が純粋すぎて目眩を起こしそうになった。
しかし、そんな笑顔で頼まれたことに何も言えるはずがなく、この間違いなく王都、いや王国を震撼させることになるであろう物語について意見を述べるしか無かった。
「わかった……。まず、飲食は同時にさせてはダメ。手につかない」
「ふむふむ」
その証拠にサフィレーヌの眼の前には冷めた夕食があった。
「見終わった後に語らせる場として別に設置したほうがいい」
「確かに。実は物語のキャラが働くレストラン作ろうとしててさ」
「…………」
そんなものが出来上がれば間違いなく貴族は金を落としていくだろう。サフィレーヌも黒騎士に会ってみたい。
「……あと、敢えてゴーレムに癖をつけていた」
「お。そうそうよくわかったね!」
ルクスは舞台裏まで設定していた。
「それもダメ」
「あれー?」
サフィレーヌはそれに駄目出しをした。
何故ならリアルすぎるからだ。
「毎回同じ動きをさせる。ゴーレム達は空想の存在として線引をする」
「そういうもん?」
「舞台以外で活動させない。そうしないと間違いなく事件が起こる」
特に王女役のゴーレムは爆発的な人気を得て、現実と混同した人々が彼女を女王にしたいと言い出すかもしれない。
言い換えれば、サフィレーヌがそう思うほどに感情移入させられていたのだ。
「じゃあ、役者としての活動はやめとこうかな。アイドル活動も考えてたんだけど」
「ダメ!!」
「うおっ!?」
ルクスの暴力的な計画をサフィレーヌは必死に止めた。
詳しい意味は理解できなかったが、なんとなく彼のやろうとしていることはわかったからだ。
新たな宗教が生まれかねない。
「それじゃ、専用の地下アイドル作っとくか。学園都市の食事処の営業回り考えてんだよね」
「…………」
もう止まらなかった。
前にルクスがホテルに閉じ込められていることを愚痴ってきたことがあったが、その理由をサフィレーヌは理解した。
サフィレーヌは義父となるファビライヒ伯爵と、ルクスへの愚痴で盛り上がることができそうだと思った。
「まあ、研究の話はこんなところで」
ルクスがそう言うとサフィレーヌの料理が新しいものに変わった。
ステージ脇のゴーレムが落ち着いた曲を奏で始める。
「ありがとう」
「気にしないで。付き合わせているのはこっちだし」
口にした食事は美味で、この料理も実質的にはルクスが作っている事実にサフィレーヌの頭が痛くなった。
「ルクスは、すごいね」
「お、素直なお褒めの言葉だ」
本当にそうだ。
サフィレーヌは学園で自分達がやっていることのレベルの低さを自覚する。
「わたしは全然……」
「なにを言ってるの? 最上位クラスでしょ、サフィは」
彼は本当にそう思っているのだろう。それがまたサフィレーヌには悔しい。
「ルクスっていつもそうなの?」
「……どういう意味かな? そういうこと言われる時ってだいたい怒られる時なんだよね……」
その発言でサフィレーヌは答えを得たようなものだった。
「わかったから大丈夫」
「そ、そっすか……? サフィはあまり怒らない子だって信じてるよ……?」
少し焦るルクスだが、その姿でさえサフィレーヌには愛しい。
容量の限られた心にその姿を保存していく。そんな余裕はサフィレーヌには無いのに、どうしても残してしまう。
自分の体をサフィレーヌは憎いと思った。
「いやあ、大目に見て貰おうと思って用意したわけじゃないんだけどさ……」
そう言って彼がゴーレムに何かを持ってこさせる。
少し凝った意匠のケースに入ったそれを取り出すと、ルクスはサフィレーヌの方へ歩いてきた。
「今日来てくれたお礼……というの名の研究品。これちょっと試してみて」
「……?」
それはブレスレットだった。
銀色を基本として、青色の石がはめてあるものだ。
「そう、そこで調節できるから外す時はそこを緩めて」
その腕輪はあまり見ない構造をしていた。ルクスが言うには『バックル』というらしい。
「────」
ぱちりとサフィレーヌの左腕にそれは装着された。
同時に何かの魔法が発動した。
「……?」
「その石に触ってみて」
サフィレーヌが触ると石が光りだした。
「光るだけの魔法だよ。そして、これにはただ魔素を自動で使い続けるという魔法が組まれている」
「え……?」
意味のない魔法だ。
ただのエネルギーの無駄遣いだ。
だが、サフィレーヌにとっては違う。
そのブレスレットを着けた時から、頭の負担が少なくなっている。
ベッドの上で器具を取り付けている時ほどではないが、体が軽かった。
「この間サフィの着けてた器具を見て、あれを真似してみたんだ。
最初は管だらけになっちゃってかさばるものだったんだけど、『アルテラ・アニマ』っていうのを思い出してさ。それパクってなんとか無線にできた」
またルクスはとんでもないことをやっている。
彼は「
しかも、彼は知らなかったがサフィレーヌが使っている器具は、大金をはたいて作られた魔法使い達の知識の結晶でもある。
カルクルール家だからこそサフィレーヌは個人的に使用できているという代物なのだ。
「さらに便利なものもあってさ! 時計、方位磁石、脈拍、血圧測定、あとこれが自信作なんだけど文字を読み取らせて翻訳が──」
サフィレーヌは何も考えずにルクスに飛びついていた。本当に何も思考せずに感情のままの行動だった。
「────っ」
「おっとっと……サフィ?」
彼を床に押し倒す形になってしまった。
なにかが胸を満たし、膨らんで溢れた。
その贈り物は確かにルクスにとっては研究の試作品だ。
さらに言えば小型ゴーレムであり、サフィレーヌの魔力を使うように設定してあるだけだ。
見方を変えれば、それは“鎖付きの手錠”。
善意と悪意が見え隠れし、彼の葛藤が残るものだった。
自分の能力を知る彼女をどうしても信用できないルクスの無意識が作り出した愚かな束縛だった。
でも、それで構わない。
「好き。ルクス、大好き」
「……サフィ。俺は……」
そんなものを与えられて喜ぶ彼女。
そんなものを与えてでも彼女を助けたいと思う彼。
サフィレーヌはそのまま愛しい彼の口へ唇を重ねる。
何度も、何度も──。呼吸ができなくて本当に死にそうだった。
ルクスもそれを拒むことは無かった。
雛鳥のようにつついてくる彼女を優しく抱きしめた。
「はぁ…はぁ…ルクス……」
「うおっと……ストップだよ」
サフィレーヌの手がさらに深い場所へと向かうのをルクスは止める。
母の苦手だった部分を思わず出してしまった自分をサフィレーヌは恥じた。
「積極的なのは男として嬉しいけど、今は足場作りの大事な時期でしょ?」
「ごめんなさい。確かに二ヶ月動けないのは困る」
今衝動に任せて時間的損失を招くのはさすがにまずい。
サフィレーヌの派閥からの信頼も彼の評判も下げてしまう行為だ。
その代わり今だけは彼の腕の中をサフィレーヌは独占した。
「……? ごめんサフィ、二ヶ月って?」
ルクスが突然質問をしてきた。
彼にしては珍しい
「子供できたら二ヶ月」
「え……? うん……?」
「子供ってすぐにできるわけじゃないよ? カルクルールでもそれくらいかかる」
彼は実は性知識にあまり詳しくないのかもしれない。
「…………。あのさ、サフィ。フィンナ公爵って今おいくつで、子供何人いるの?」
「お母さまは今年で29歳。子供は38人だよ? わたしは4人目」
そしてフィンナは現在39人目を妊娠中だ。
「…………」
何かに驚いたような顔をルクスはした。
確かにフィンナの妊娠回数は相当なものだが、関係の多い女性はそんなものだ。
「ルクス?」
「あ、ああ、ごめん」
「ふふふ、えっちなことあまり詳しくないの?」
「あー……」
少しからかうようにサフィレーヌがルクスに問うと、彼は少し苦笑いをした。
「どうやら、そうみたいだね……」
何故か脱力したルクスがサフィレーヌの頭に顔を埋めた。
少しくすぐったく思いながらも、サフィレーヌはしばらく彼との触れ合いを楽しんだ。
そして彼の迷惑になることを理解しながらも、湧き出した独占欲を我慢することをやめる。
この自分で処理できない感情の記録を絶対のものにしたいと決意したのだ。
後日、学園にはまた驚きの出来事が起こる。
サフィレーヌ・カルクルールが派閥をまとめ上げ、研究会の設立を宣言したのだ。
その研究会の名称は『シニストラ・アモリス』。
その派閥に属する者は左腕に青色の装飾をすることを義務付けられた。
これはサフィレーヌの考案した心理的な結束である。
そして、派閥の真の支配者である彼へのメッセージでもあった。
そんなメッセージを受け取った彼の顔は大変複雑なものだったという。