プリミティブ・プライメイツ ~暴君転生~   作:翠碧緑

80 / 132
76話 楽しむということ

 

「ホントにここにいるのね……」

 

「あれ、こんなところに。御機嫌よう、ミゼリア」

 

 学生生活にも慣れ、馬鹿野郎どもとのお遊びも増えてきたこの頃、図書室で本を漁っているとミゼリアが現れた。

 

 派閥を引き連れていないので、プライベートかな?

 

「御機嫌ようじゃないでしょ!? いつになったら会いにくるのよ!!」

 

 ぷんぷんミゼリアちゃん。

 

「いや無理でしょう?」

 

「入学式の時“またあとで”って言ったじゃない!!」

 

「会う気でしたけど、誰かさんがヴィクトリア様に喧嘩売るからですよ。僕の立場考えてくださいよ」

 

「だ、だって……! じゃあ、言わないでよ!!」

 

 いやだって、泣きそうな顔してたから……。

 

「それで? 我慢できなくて来ちゃったんですか? 可愛いね、ミゼリアは」

 

「……ッ!!」

 

 そっと耳元で囁くとふにゃりとなる王女様。この子耳弱すぎる。

 ちゃんと能力の訓練続けてるんだろうな?

 

「どうぞ、ゆっくりしていって下さい」

 

 固まったミゼリアを席に座らせ、俺はお茶を用意し始める。

 

「……勝手に使っていいの? ここって許可制のところでしょ。担当教師は?」

 

 心配そうに辺りを見回す真面目王女。

 学園では品行方正という噂だ。成長してくれて俺は嬉しいよ……。

 

 ちなみに学園には普通の一般図書用とここの二種類の図書室がある。

 

「トーリア先生はお忙しいとのことで、ここの管理を任されてます。ほら」

 

 この図書室の鍵をミゼリアに見せる。

 

 結構な頻度でここに通っていたのだが、ある日先生が『問題ないようですし、一々面倒臭いのでここの管理お願いします。暗証呪文も教えますし、魔力認証も登録しておきますから。あ、紛失したら訴えます』といきなり言ってきた。

 

 多分あの人は他でサボっていやがる。最近は俺の方がここにいるぐらいだ。

 

 まあそのおかげで俺はここの本を読める範囲では制覇できた。現在は翻訳しながら他言語の本を読み進めている。

 

 ここの本はオヤジの趣味が入っているからなのか、マジで興味をそそられるものばかりだ。

 オヤジはほぼ全言語を話すことができて、世界旅行が趣味だったとジジイから聞いた。

 

 それで収集してきたものがあの知識の蔵にはあったのだろう。

 マジで勿体ねえー。あのクソ鎧はガチで許さん。

 

「どういうこと……?」

 

「そんなわけで、ここは僕の城です。遠慮せずに」

 

 アンリーネ仕込みの執事モーションでミゼリアをもてなす。

 

 しばらくすると以前宮殿で会っていたときのようにミゼリアは話し始めた。

 

 政治系の講義のつまらなさ。

 

 友人たちとは仲が良いが、その代わりに新しく知り合った人との差ができてしまい、それを解消するために苦労しているということ。

 

 2、3年生はなんとかできそうだが、最上級生はヴィクトリアの人気が凄まじく難しそうだということ。

 

 ……学生ですよね、あなた?

 

 何はともあれ、ミゼリアなりにちゃんと学園を楽しんでいるようである。

 

「……そっちはどうなの?」

 

 聞き役に徹していた俺に珍しく彼女の方から質問が来た。

 

「なんだかんだ縁に恵まれ友人ができましたよ」

 

「あら、そうなの? ルクスに友達がいるイメージがないから安心したわ」

 

 舐めとんかメスガキがぁ……。

 いや、確かに考えてみれば俺同性同年代の友達いなかったわ。

 

 できたと思ったヤンバトはアレだったしな……。

 ふにゃりとデレる令嬢の姿が頭に出てきた。

 

「…………ん? なんか違うこと考えてる?」

 

「いいえ?」

 

 うおっ、ミゼリアから()()()()()()()が飛んできたわ。っぶねー……。

 センサーを持つようになってきましたか。

 

「現在はその友人たちとエクスローン集会を開いています」

 

「なにそれ?」

 

「エクスローンの初心者講習会と小さな大会を開催してます。フォノス商会がスポンサーになってますので、優勝者にはちゃんと賞金が出ます」

 

「まーたなんかやってるのね……。エクスローンって前一回やったことあるやつ?」

 

「はい、あれです」

 

 ミゼリアが『イフ・マロンテンド』にドハマリする前に一度エクスローンも教えたことがあるが、あまりピンと来ていないようだった。

 まあ、あの頃はまだ盤面遊びの面白さもわかっていないようだったし、キャラクター性の無い遊びだしな。

 

 イラストもあるカードの方が彼女の性にあっているようだった。

 

「男子には人気よね、アレ」

 

「またやってみます? いつでも講習会来ていただければ、大会優勝者がばっちり教えますよ」

 

 王女がハマってるとなればまた新たな王女印が生まれるぜ!

 

「商売臭い目をしてるわね……」

 

「あはは、バレてしまいました」

 

「もう……。私はル、ルクスに教えて貰えればいいわ。王女が邪魔してその会を乱すのも、アレだし」

 

 可愛いミゼリアちゃんは、ちゃんと建前までできるようになっていた。

 

「それは光栄ですね?」

 

「なによ!」

 

 俺はつい笑ってしまい、ミゼリアはつーんと拗ねてしまった。

 

「ごめんね? 可愛くてつい」

 

「~~~~~ッ!!」

 

 表情がぐちゃぐちゃになる彼女を見ていると、少し嗜虐心が湧いてしまうのでなんとか抑える。

 こういうところも派閥をでかくできる理由なんだろうな。

 

 この子は本当に──純粋すぎる。

 

 その理由を知っている俺は素直に喜ぶことができない。

 どうか染まる色を選べるようになってほしいとは思うが、強制はしたくない。

 

 かなり複雑な感情だった。

 

「……? ルクス?」

 

「いえ……。このままそのお顔を眺めていたいのは山々ですが、実はお会いしたら渡そうと思っていた物がありまして……」

 

「えっ……」

 

 身を乗り出して反応する彼女のリアクションを愛でつつ、俺は魔法によって小さくなっていた本を元の大きさに戻して彼女に手渡した。

 

 その本はカードが保存されているコレクション用のものだ。

 

「これって……ッ!」

 

「ふふふ、イフ・マロンテンド第二弾です」

 

「!!」

 

 小学生男児みたいな目をして、本の中にあるカードを眺めていくミゼリア。

 マジで直前まで迷っていたプレゼントだが、正解だったようだ。

 

 これまで彼女に渡していたカードたちはいわばスタンダードパック。単純かつ強いものが多い。

 

 しかし、次からは複雑かつコンボ色が強いものを多く用意している。

 彼女のゲーム理解と、思考能力が深まったと思ったからだ。ちゃんとついていけるだろう。

 

「これとこれって……。いや、あれなら……」

 

 楽しそうなミゼリアちゃん。すでにカードの組み合わせを考えているようだ。

 

 俺も何かの新作が出た時はこうなったものだ。あのワクワク感は大人になってからも忘れることはない。

 

 それが娯楽。遊興というものだ。

 この世界にまだまだ足らないものだ。

 

 世界に誇る日本のオタク文化とまでは言わないが、歴史をけっして封じることなく別の形でちゃんと残し続けていくことの大切さを俺は信じている。

 

「……時間はまだあるかい、ミゼリア」

 

「うん! 待ってて! 今デッキ考えるから!!」

 

 遊びの中で笑う彼女はとても可愛らしい。

 

 俺はこの子を矢面に立たせる道を選んでいる。

 だからせめてこの程度の喜びだけでも知っていて欲しい。

 

 この図書室にやってくるときの彼女の足音は不安そうで、聞いてられなかった。

 

 どうしてもサフィレーヌにはあの装置を渡したかったので、彼女に直接会いに行った。

 きっとその行動がミゼリアの不安を煽ってしまったのだ。

 

 こんなリスクある行動をこの子にさせてしまった。

 

「そろそろお開きだね」

 

「えっ……。もう、そんな…時間なのね……」

 

 お茶と談話をしながら遊ぶ。

 そんな素晴らしい時間が終わってしまう。

 

 その寂しさを彼女も感じているようだった。

 

「ルクス……その……」

 

 出入り口で目を伏せながら何かを言おうとするミゼリア。

 

 その表情に何も気付かないフリをして、俺は微笑む。

 

「こんなものまで作って……。そんなに僕のモノになりたいの?」

 

「ぅ……」

 

 彼女の胸元で輝くブローチに触れる。

 

 金と銀の翼をモチーフとしたもの。ミゼリアの派閥のエンブレムは金色の片翼だが、彼女だけは両翼のエンブレムになっている。

 

 無自覚であろうとも、こんな求愛を受けて黙っていられるほど、俺は男を捨てられない。

 

「あ……。ん……」

 

 慎重にミゼリアの唇に触れる。脆い彼女を崩さぬように優しく、壊さぬように。

 

 緊張で硬直した彼女の髪の毛を、手でそっと()いていく。

 もう片方の手は彼女の震える手を握る。“大丈夫だよ”とあやすように。

 

 単純な確認作業が終わる。

 その後も抱き合ったままの俺とミゼリア。

 

 俺の大嫌いな色の髪が顔に張り付いてくすぐったい。

 俺の大嫌いな色の瞳が潤んでいる。

 

「今度は僕の方から会いに行きますよ。()()()()()()()()、タイミングが良ければ会いましょう」

 

「うん……」

 

「大人しくなってどうしたの?」

 

「う、うるさい!!」

 

 俺の胸をぽかぽかと殴るミゼリア。あの、結構痛いっす……。

 

 そうしているとミゼリアは俯きながら口を開いた。

 

「……私を、ルクスはどう想っているの……?」

 

 その質問には解答が存在する。馬鹿でつまらないやり取りだ。

 『愛している』としか答えようがないし、答えるしかない。

 

 ──だから、俺もそう言うしかないのだ。

 

「“俺”はミゼリアの遊びに付き合ってくれるところと、すぐ顔を赤くして恥ずかしがるところが好きだな」

 

「……! 私も……私もわかったの……。私、ルクスじゃないと嫌!」

 

 今度の口付けは彼女の方からだった。

 

 十代の激情なんてすぐに燃え尽きる。

 聡明なこの子もやがては気付くのだろう。

 

 でも今だけは君を頼る俺を許して欲しい。

 

 安心したように微笑むミゼリアを俺は見送った。

 

 

 

 

「まったく……逢引きを許した覚えはありませんよ?」

 

「なんのことですか?」

 

 ミゼリアと別れたあと、俺はトーリア先生に説教されていた。

 キスシーンは見られていないよな?

 

 廊下で見ていたのなら手を振るミゼリアしか見ていないはずだ。

 

「婚約者同士がいて、何も無いのはどうなんです?」

 

「どっちにしろ怒るんですか?」

 

 理不尽すぎるだろ。

 

 まあ、なんとなく勝手なことをした気がするので、お茶を用意して淹れた。

 

「本当に惚れ惚れする仕草ですね。学園に来なくても十分に貴方はやっていけるでしょうね」

 

 学園には礼儀作法の講義もあった。

 あまり役に立たずに時間の無駄になりそうなので俺は取っていない。

 

「ありがとうございます。正直に言いますと、ここに来た理由としては安全に過ごすためというのが大きな理由です。それが父の望みでしたので」

 

「ふふ、フォノス伯爵は噂とは違い、子煩悩なのですね」

 

 そうなのかなー? 関係なく嫡子は守ると思うけど。

 そういやあの人とジルッさんは今頃魔王領か……。お土産が怖いなぁ……。

 

 お茶を飲んで落ち着いたトーリア先生は、少し疲れているようだった。

 サボり魔ってわけじゃなくてなんか忙しいのかな。

 

「そういえば先生はどの講義を担当されているのですか? 僕が受けたものにはいないようですけど」

 

「ああ、私の担当は2年生以降が取れる魔法系の講義ですからね。そこで会えるのを楽しみにしていますよ」

 

 なんで取る前提やねん。取るけど。

 

「先生はネトス教徒ですよね。ならやはり科目は浄化魔法ですか?」

 

「はい、そうです。興味はありますか?」

 

 あるに決まっている。今話題の不死騎士とかいう最悪の自爆兵器に対抗できる魔法なのだから。

 

「勿論です。独学ではどうにも理解できなくて……」

 

「あら? その様子ですと詠唱自体は学んでいそうですね」

 

 よくわかるな。

 先生の言う通り、俺は詠唱自体はできるが魔法の発動が難しいという状態だ。

 

「“我らが世界に在る魂よ”

 “醜く、歪み果てたその心よ”

 “我ら同胞の祈りを以て、浄化せん”

 ……ですよね?」

 

 俺が暗唱するとトーリア先生は“よろしい”と言ってティーカップを置いた。

 

「【コンル・クリアランス】を今学ぶのは、とても貴方らしいですね。しかし貴方は詠唱の意味は理解していても、対象がわかっていない状態です」

 

「対象……?」

 

「はい。後天的に学ぶ過程においてここがとても難しいのです」

 

 先生は首にかけるシンボルを手に取った。

 女神を表す輪と、立体の軸であるXYZを表す三つの線。

 

 孤児院で俺がなんだかんだ祈っていたものだ。

 

「我々教徒は幼い頃より、“ある思想”を植え付けられます」

 

「女神に関してですか? 祈りとか」

 

 俺の浅い知識の質問に対して先生は優しく首を横に振った。

 

「『()()()()』です」

 

「────」

 

 それは俺の感覚でも知る言葉だ。

 

 魂。魂魄。或いは意志や心と呼ばれる概念。

 日本で生きた俺には確認できない、ただの考え方だ。

 

 この世界で目覚めてなんとなく理解できるようになっただけだ。

 

「これを我々は具体的に知識として学びます。魔素や魔法、剣技と同じカテゴリーとして。

 ここまで聞いてどうですか? 耳を塞ぎたくはなりませんか?」

 

「? いや、そんなことは。できれば続きも聞かせていただきたいのですが……」

 

「……貴方は、まさか……。理解しているのですね? こんな意味のわからない話を……」

 

 なんか先生は驚いているが、実際に俺は浄化魔法を見ているのだ。

 魂という概念を理解するしかない。

 

 てかそもそも魔法自体が俺にとって意味不明なのだ。

 

 そんな俺を見て、先生は本腰を入れて語り始めた。

 

「魂とは“情報”です。貴方にある魂が指し示すのは、貴方自身の情報です。

 それには過去や能力、果ては運命さえ刻まれています」

 

 あるという前提を踏まえて、先生の言う魂とは個人情報の総体ということか。

 

「実際に確認できるのは『見魂者』と呼ばれるモノと、『巫女様』くらいでしょう」

 

 そうだ、見魂者オーローン。あの妖怪ババアは確かに何かを見ていた。

 

 そして、巫女か……。

 

「巫女様というのは、どんな方なのですか?」

 

「ああ……貴方くらいの子が生まれた頃には全ての巫女様が死んでしまいましたからね。知らないのも無理はないでしょう」

 

「死んだ……?」

 

「はい。ある日突然全員が倒れたのです」

 

 俺が聞きたかったのはそういうことじゃないんだけど、そうか……。

 

「女神ネトス様の代理人として我々に言葉をもたらす『口』としての役割を持つ方々でした。私も一人の巫女様に導きを頂いたのです」

 

「導きですか」

 

 あの夜、あの教会で俺を導いたあのチビを思い出す。

 全てを見通すように光るあの目で、あいつは俺を見ていた。

 

「私に与えられた役目は戦士でした。その導きにより私は大戦争の際、大魔族討伐の任を受け部隊を率いていました」

 

 マジかよ。この人英雄クラスじゃないの?

 

「トーリア先生が魔族と戦う姿を想像できないので驚きました」

 

「ああ……ふふふ。そうでしょうね……。今の私は()()()ですから。

 これでも、現役の時は部下をよく泣かせていたんですよ?」

 

 暗い影を先生は纏っていた。

 仲間を泣かせるくらいに激しかったであろうこの人をここまで落ち着かせる何か。

 

「……何があったのですか?」

 

「…………」

 

 俺の無垢を気取った質問に答えるために、先生はお茶を一口飲んだ。

 

「最近、人間領域でその名を聞かぬ日はない魔物、『不死騎士』。それを生み出す大魔族がかつて存在しました。

 『死穢将(しわいしょう)デサヴィータ』。人間を悪趣味に作り変える最悪の魔族でした」

 

 それを語るトーリア先生の目は鋭く、確かに戦士としての過去を感じさせた。

 

「信頼できる槍使いを副官として、私たちの部隊は奴を追いました。エルヴァリスがこじ開けた隙間を抜け、魔王領内部に潜入し奴の居城を襲撃しました」

 

 先生の目の奥には殺意が見える。憎しみが見える。

 ダルンが昔に見せたような濁った感情が滲み出していた。

 

「奴の能力の関係上、人間の死体を絶対に出せないという綱渡り。奴の逃げる方向を絶対に戦場へ向けてはならぬという緊張感。慎重に、確実に、奴を追い詰めました」

 

 先生の視線が動く。それはここにはいない何かを追っている。

 死と破壊を生み出す何かの背中を見ている。

 

「魔物も魔族もいない山道。いるのは奴と奴が騎乗する生物だけ────のはずでした」

 

 彼女の表情が険しくなっていく。歯ぎしりが聞こえてくるようだった。

 

「赤黒い肉を固めた空洞の鎧……。不死騎士が我々の前に立ちはだかった。……本当におかしな話です。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……」

 

 握りこぶしを震わせながら、先生は吐き捨てるように言った。

 

「『時間を稼げ』。その騎士に奴は命令し、逃走した。そんなこと許すはずもない。私はすぐに浄化魔法を唱えました」

 

 先生はここにはいない何かに手を向け【コンル・クリアランス】を無詠唱で放った。

 静かな優しい光が図書室に広がる。

 

 俺に敢えて見せているようだった。

 

 そして、彼女は目を閉じ、頭を手で抑えた。

 思い出したくない何かに蓋をするようだった。

 

「────()()()()()()()()()()

 

「……?」

 

「……何も変わらなかったのです。あの鎧は不動のまま立っていました。我々の視線を釘付けにして、主である大魔族からの『時間稼ぎ』の任務を忠実に実行していました」

 

 浄化魔法を受けた不死騎士がどうなるか、俺はあのパーティホールで見た。

 

 白い光によって消えていったのだ。

 

「動揺した隊員が炎をあの鎧に放ちました。勿論効果はありません。なんて言ったって不死騎士ですから。すぐに再生しましたよ。そして、そして……」

 

 そこまで話を終えて、先生は呼吸が荒くなった。

 冷や汗が吹き出していた。

 

「せ、先生……」

 

「平気です……。話をさせて下さい。これは私も乗り越えなければならないことなのです」

 

 ネトスのシンボルを握りしめながら、先生はさらに続けた。

 

「────そして、あの鎧は首を動かし、見回したのです。場所を確認し、我々の人数を確認し、戦力を確認しようとしたのです」

 

 荒い呼吸に耐えながら、先生は恐怖を語る。

 

「副官である槍使いディアハがすぐに異常を感じて、突貫しました。私はその間に何度も浄化魔法を放ちました。

 

 でも、駄目でした。そんなことをしている中、部下の一人が焼き殺されました。彼自身が放った炎魔法によって……。あの鎧は模倣したのです。不死騎士が、魔法を放ったのです……。

 

 そして、ディアハがいつもの口調で叫びました。『こやつ、儂の動きを学習しておる!!』と。不死騎士の動きが変化していたのです。もはやわけがわかりませんでした……」

 

 先生は自分の肩を抱いて震えだした。

 俺は彼女の背中を擦って、落ち着けようとしている。

 

 完全に恐怖体験を語るトラウマ患者だった。

 

「部下たちの魔法による援護虚しく、ディアハもあの騎士に敗れ気絶。私は決断するしかありませんでした。

 

 死穢将デサヴィータ用に持ち込んだ拘束魔法術式【フーシーイン】を部下たちに起動させ、あの鎧に突っ込みました。

 

 浄化魔法を唱えながら、肉弾戦を行い意識をこちらに向け、その間に拘束魔法を放つ。

 それで終わるはずが、また駄目でした──」

 

 先生は目の光を消し、絶望を心の中に再現していた。

 

「──()()()()()()()()()()()()。放とうとした拘束魔法によって。気が付くと部下は全員精神干渉魔法で殺されていました。その魔法も部下があの鎧に苦し紛れに放ったものだったのです」

 

 それは“死の記憶”だ。

 全てを模倣する不死身の騎士。それによる蹂躙の記録。

 

 人間が見つけたはずの対策が(ことごと)く無意味となっていく。その絶望感は俺にはわからない。

 

「そして、無様に空間に固定された私を斬ろうとした騎士をディアハが不意打ちしました。第三剣術【落花流水:飛天突】によって天空の彼方に吹き飛ばし、私と彼女だけがなんとか生き残ったのです」

 

「そんなことが……」

 

 リアルな戦場の経験談は、何も知らぬ俺にさえ恐怖をもたらした。

 

 でも、ナニカ、ドコカで、その話に対する高揚感を覚えたのも事実だった。

 

 ──その理由を俺が理解することは絶対にないだろう。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。