ある夜にその村は襲撃された。
犯人は反王軍を騙った小さな犯罪集団だった。
「ひぃ……」
「ぎゃははははは! ひぃっ…だってよ!」
家の外の畑の近くで、ある女性がこれから蹂躙されようとしていた。
彼女は男たちだけに怯えているわけではなく、彼らの一人が従える一体の魔物に恐怖していた。
うなる口から見える牙が彼女に向けられている。
単純に彼らは魔物を使って遊んでいたのだ。
高い買い物をしたのだから、この玩具を使わなければと思っただけの話だ。
その女性の両親はすでに噛み殺されている。
「グルルルルル……」
「よーしよし……じゃあやっちまえ!」
「ガア──ぎゃんっ!?」
その魔物が女性に飛びつこうとした瞬間、飛来した何かが魔物を突き刺し、魔物が吹き飛んでいった。
「え?」
「あん?」
男たちが魔物の方を見ると、“石の槍”が突き刺さった魔物がもがき苦しみながら息絶えるところだった。
「グッ!! ガッ!……──」
血反吐を吐きながらその魔物は動かなくなった。
「おい! なんだよ!?」
「誰だッ!?」
『耳と目を塞いで』
「え?」
女性の耳に音が届けられる。
敵意を感じない声の言う通りにすると、彼女達の周囲が真昼になった。
そして、頭が痛くなるほどの大きな音が響き渡る。
「ぐああっ!?」
「いってぇ!?」
鈍い音が響く。
それは男たちの足が潰される音だった。
閃光と音響に怯んだ男たちが足を痛がりながら倒れていく。
女性には何が起こっているのか分からなかった。しかし、何かがその空間にいることだけはわかった。
音が止み、おそらく彼女を助けた存在が音も姿もなく立ち去った。
やがて動けなくなった男たちが苦しみながら倒れ伏す景色が彼女の目の前に広がる。
「…………」
放心した状態の彼女は近くにあった
魔物の持つ爪のような形をしているソレを彼女は振りかぶった。
「がっ!?」
「や、やめてくれ!!」
「助けてくれ!?」
次々と男たちの頭が潰れていった。ぐちゃぐちゃに。
朝になり近くの村の騎士が駆けつけるまで、彼女は真っ赤な畑を耕しているのだった──。
ある拠点があった。
そこは反王軍が占拠していた連絡中継用の場所だ。
「馬鹿野郎! なにしてんだよ!?」
「俺達じゃねえよ!! 勝手に!!」
「いいから消せ!!」
その施設から火の手が上がっていた。
重要な資料と滞在用の食事が全て燃えている。
いつの間にか炎があったのだ。
混乱するがままに消火作業が行われるが、彼らは気付いていない。
連絡用に確保していた馬が逃がされているのを。
そして、王国の騎士たちがやって来ていることを──。
「また
「そうか……」
ここは反王軍対策に王国が派遣した軍隊の陣地だ。
その指揮官が地図を見つめながら、部下からそんな報告を聞く。
「なんという情報精度だ」
彼らが見ている『地図』はある日突然この場所に置かれていたものだった。
それには印がいくつも描かれていて、詳しい敵の配置や人数まで書き込まれている。
最初は誰かのいたずらかと思われたが、武帝国とやり取りをしたことがある部下がその地図に書かれていた名前を見て反応したのだ。
『音聞』。
全てを聞くと言われる情報屋だ。
「音聞。その二つ名に偽りはないか」
「信じてみますか?」
「顔も声も出さない無礼者をか? 武帝国の罠だとしたらどうする?」
数年前より出現したと言われる武帝国を中心に活動する裏の存在。
信用するには難しい。
「確か……
少しでも判断材料が欲しくて、指揮官が部下に尋ねる。
「はい。確証がなくて申し訳ありませんが、かなり気に入っていたという話を耳にしています」
十五傑『
十五傑の中では比較的まともな部類の人間だ。
「彼が気に入るということは秩序向きの仕事人だとは思いますが……」
かつて大戦争でファントマを見たことがある老兵がそう口にする。
「問題はこの『音聞』が誰の依頼で動いているかということです」
「ふむ……」
再び指揮官はただ正確に書かれた地図を見る。
それからわかる人物的特徴は几帳面で効率的。そして一切個人的な文章が挿入されておらず、一定の距離を他人と置く者であるということ。
『頼む』とも『報酬を求める』とも書かれていない。
そんな謎の人物を評して、あとは好みの問題になっていた。
「……儂は気に入った。この地図の配置を各員に知らせよ」
「は!」
王国からの推薦で派遣されたこの指揮官は腐っていなく優秀だ。
それだけ反王軍対策に王都の貴族も本気なのだろう。
聖国とのこともある。
反王軍はこの指揮官の活躍によって打撃を受けることに変わりはなかった。
その小さな地図はその時間の短縮に過ぎない。
だが、その僅かな短縮が重要だ。
そのように指揮官は判断したのだった──。
またとある場所、周りになにもないような家に泥棒が入った。
倉庫に備蓄していた食料を奪われたのだ。
犯人は飢えに苦しむ反王軍の被害者だった。
その犯人の男が土の匂いのする紐で縛られている。
追い掛けていた被害者の親子がそれを目撃した時、犯人を捕まえてくれた人物が彼らの方を振り向いた。
盗まれた食料が入った袋をその人物は親子に差し出し、何も言わずに去っていった。
「おい、アンタ名前は……。行っちまった……」
まだ小さなシルエットだった。全身を黒色の衣服で覆った黒髪黒目の少女に見えた。
夜の暗闇ではその詳細を知ることは難しい。
「今の『夜の騎士』じゃない?」
子供がそんなことを言った。
彼が言うのは最近貧しい者たちの間で流行っている噂だ。
夜に現れて、荒事を何も言わずに解決し去っていく不思議な存在。
この世にいながら、なんの名声も報酬も求めない気高い人物。
現在の王国を嘆きながら、破壊しかもたらさない反王軍とは違う者。
制度上存在する階級としての騎士ではなく、御伽話で活躍する空想上の騎士に近い真なる騎士だ。
「そうかもなぁ……。よし、コイツから服剥ぎ取ったら奴隷商人に売るから、明日の食事は豪華だぞ~」
「わーい!」
縛られた盗人の衣服を剥ぎ取り、憂さ晴らしに殴りながら親子は笑った。
「でも、噂通りなんか怒ってたね」
夜の騎士のもう一つの特徴。それは
「なんか嫌なことでもあったのかもなあ……。まあ頑張って欲しいな!」
親子は騎士の献身的な行動を讃えた。そして、ただ語るだけだった──。
◆
『遊興楽団』と名乗る研究会のメンバーはゆるい雰囲気ではあるが、着実に割り振られた役割をこなしていた。
「こんなに頼んじゃっていいの?」
「少ないよりは多く作っておくんだよ。一度に作っておいたほうが結局金はかからん。余ったら他の使い方考えるから、やっちゃっていいよ」
一人は劇場を作るに当たってのグッズ販売の役割をやっていた。
ルクスはその数を確認して指示を飛ばす。
「ルクスー、客の動線確認したんだけど違和感があってさー。他の案考えたから見てくれー」
「ういーっす。明後日まででいい?」
「明日ー」
「あいあい」
彼らがいるのは学園近くの闘技場だった。
闘技大会の運営も手伝うことを約束してなんとか使用許可を貰い、開場に向けて準備を進めている。
ルクスにとっては提供する物自体は確保できているので楽だった。
だが他のメンバーにしてみれば、初めて行うことばかりでルクスを頼るしか無かった。
「ルクス殿! 挨拶まわり終わりましたぞ!」
「おつかれミゲル。慣れてきたな。最初は緊張してまともに営業できてなかったのに」
「ふっ、経験を積めばこんなものです!」
ミゲルは都市内の店を巡り、宣伝をさせてくれるように営業をしていた。
興味があるところは劇場に出店をしてみないかと誘ったりしている。
あとはゲリラライブの会場を確保したりと結構忙しかった。
許可してくれた飲み屋などに使用料を払い、リエーニを中心としたアイドルグループが歌唱を披露。
その後、今回の劇場を宣伝するという流れをだいたい週2で行っていた。
ゴーレム目当てに客が増えることがわかった店側から依頼が来ることも増えてきていた。
「ルクス! あそこの業者駄目だ! 全然仕事進まねえ!」
ランザスは業者とのやり取りが中心で、闘技場に設置するステージや、当日の受付対応などの人員の確保をしていた。
「ランザスはどうしたい?」
「知り合いの伝手があってさ。そこに任せてみてもいいか?」
なんとかギルドを通さないやり取りをしたいルクスたちは少ない選択肢で切り盛りしている。
「ルクス、ちょうどいいところに!」
「リーダー、加入希望者が来てる」
「ルクス、学園がさー」
仕事をするのは貴族としては恥だが、彼らのモチベーションは高かった。
やることがある。
そして、それに見合う報酬をもらえる。
そして、何より自分たちが良いと思ったものを広めたい。
彼らはルクスの作った物語に惚れていたのだ。
ルクスからしてみれば、孤児院の子供たちと変わらない。
もう一回やって、とせがむ小さな子供たちを思い出させた。
正直なところ、ルクスはここまで盛り上げるつもりはなかった。
演劇を見た誰かが、新しく何かを作り出してくれることを期待しただけの行動だったからだ。
難しければこれまでのように少人数を呼んで身内でやっていればいい。
だけど、友人たちと真剣に何かに取り組むこの懐かしさに心を洗われていたのだ。
ルクスは“夜の騎士として得る凄惨な記憶”を昼間の活動で癒やすことで、なんとか平穏を保っている。
「ふん、なんだか大したことないな」
だが、そんな平穏が崩れようとしていた。
なにやらルクスたち以外の集団がやってきたのである。
先頭を歩く男は金色の髪と目を持つ王族だ。
「これははじめまして、カレゼバール様。どのようなご要件でしょうか?」
ルクスがすぐさま対応する。
その男は不躾な視線を隠さずにルクスをじろじろと見た。
カレゼパール・サルヴァリオン。
オスリクス国王の弟の孫だ。
本来のルクスからすると
「お前がルクス・フォノスか」
「はい。その通りです」
しかし、今は身分の違いがある。
さらに言えば、卒業できるか怪しいが、カレゼパールは最上級生である。
後輩としても接しなければならない。
「こんな成金の息子のどこがいいのかわからんな。おい、ヴィクトリアとの婚約を解消しろ」
それを聞いたときの周囲の空気は最悪だった。
面倒事だと楽団の全員が理解したからだ。
「申し訳ございません。私にその決定権はありません」
「はあ? 断ればいいだろうが」
この王子は、ヴィクトリアとルクスの婚約が好き嫌いでどうにかなると思っている。
ある意味では真理だが、個人同士で完結する話ではなかった。
そういう人間なのだと判断したルクスは言葉を変えることにした。
「よろしければ、お部屋でゆっくりとお話をお聞かせ願えればと思います」
「お前が頷けば早く終わるだろう!!」
それを聞いたルクスはこちらを気にする他のメンバーに作業を続けろと指示した。
ミゲルとランザスはルクスの後ろに控えたままだ。
「申し訳ございませんが、先程も申しました通り、私個人の判断で撤回できる話ではないのです」
「ほーう? まだ言うか」
王子がそう言うと、彼の後ろからガタイのいい男が前に出てくる。
ルクスが見ても、鍛えられているとわかる体をした戦士だった。
「『バーザク・ゴルグギス』だ。お前と同学年だ。勿論知っているだろう? 武帝国十五傑の息子だぞ?」
王子が彼の自己紹介をする。自分の力でもないのに誇らしげだった。
「…………存じ上げております」
十五傑『
現在の十五傑において過激派の十五傑だ。戦後、ハルザは3人の十五傑を殺している。
ルクスが住んでいた『ファントマ』と『ハルザ』は仲が悪く、しょっちゅう小競り合いをしていたのだ。
「…………」
「ルクスです。武帝国の出身ですので、よろしければお見知りおきを」
「……
ルクスを見て、バーザクはそう語った。
『命駒』は武帝国の階級であり、九の位だ。一般兵にも満たないと彼は言っているのだ。
「……お恥ずかしながら、その通りですね」
「たしかにお前とヴィウトリア・ブレイブハートでは釣り合わん」
「…………」
どうやらハーザクも社会性というものを持っていない輩だったようだ。
ルクスの後ろではランザスが怒りに震えていた。
ミゲルも魔力を出し始めている。
煽り合いに慣れていない少年たちが暴走する前に、ルクスは話をつけにかかった。
「カレゼバール様、何度も申します。私には断れません。何故なら“私はヴィクトリア様を愛しているからです”」
「なに?」
この王子は好き嫌いの話で展開したほうが良い。そんな判断だった。
「ほーう、お前がか……? そんな甲斐性があるのかあ? なあ?」
王子が背後に問い掛けると、彼の後ろに控えていた女性たちが囃し立てた。
彼女たちはカレゼバールの婚約者たちだ。
典型的すぎて、ルクスは反応すらしなかった。
「お前などよりも私の方がヴィクトリアを幸福にできるぞ?」
だが、その一言はルクスを苛立たせるのに十分だった。
「……それはどのように、でしょうか?」
笑顔を王子に向けるルクスを見て最初に驚いたのは、ミゲルとランザスだった。
初めて真剣に苛立つルクスを目撃したのだ。
その苛立ちを理解できるのは彼と親しい間柄の者だけであった。
「何を言う? 私は王族だ! 贅沢させられる。力だってある」
「きゃあ! 素敵!」
「カレゼバール様!」
絶望的に価値基準が合わないとルクスは感じた。
王子の後ろではしゃぐ女たちを見て、そこにヴィクトリアが混ざる風景を想像して吐き気がした。
力というのも隣に立つバーザクのものでしかない。
この王子は最終的にはバーザクの操り人形になるだけだ。
「なるほど、素晴らしいですね。
しかし、私も男として彼女を愛する身。それなりの努力をする次第です」
「諦めの悪い男は嫌われるぞ? 英雄たるブレイブハートを妻にするには力も足りないようだしな」
今度は力の話になった。
ルクスの苛立ちが徐々に大きくなっているのを悟ったミゲルたちが慌て始める。
本当にちょうどのタイミングだった。
ちょうど、ルクスのストレスの許容量が限界を迎えそうだったのだ。
フィフとじゃれた後であれば──。
サフィレーヌと笑い合った後であれば──。
ミゼリアを愛でた後であれば──。
ヴィクトリアと馬鹿をした後であれば──。
そして、前の晩に戦闘行為をした後で無ければ──。
────
「実は私もそう思っておりまして、闘技大会に出て証明するつもりだったのです」
「ん? 記念参加をして見るだけで満足だと?」
王子が笑う。
実のところ彼はルクスを挑発して、大会に出場させて恥をかかせてやろうと思っていたのだ。
そうすればルクスに飽きたヴィクトリアが自分のもとに来ると思っているからである。
「いいえ──」
だが、相手の言動は予想を上回るものだったのだ。
「──
「…………?」
ルクスの発言に今度こそ周囲の空気が死んだ。
無謀を通り越した発言だ。
ヴィクトリアは闘技大会全勝の語る必要のない存在だ。
それを倒すと言ったのだ。
なにやら話の趣旨が変わっていた。
「……それはオレをも倒すということか?」
その空気の中で発言できる強者がもう一人いた。バーザクだ。
「参加されるのでしたら倒すしかありません」
「……次期『武帝』を志すこのオレをか?」
十五傑の血筋を持つ彼は十分上位者と言える。
今年の闘技大会の予想はヴィクトリアかバーザクかで割れているほどだ。
だが、バーザクの放った言葉を聞いて、ルクスは笑った。
「それなら尚更倒さなければなりませんね?」
「…………」
痛い沈黙が流れる。
それを止めたのはルクスの友人たちだった。
「ル、ルクス!」
「お、落ち着けって!」
それを聞いて王子も顔をしかめた。
「商人の息子風情が……。逃げるなよ!」
圧倒されていただけの弱者が何かを喚きながら、帰っていく。
「……武帝国にいたのならばわかっているのだろうな? 先程の発言の重さを」
「勿論です」
「いいだろう」
それだけを確認して、バーザクも去っていった。
それを見届けたルクスは重く息を吐くと、頭を掻いた。
「やっちった!!」
「「アホオオオオオオッ!?」」
舌とウィンクで誤魔化そうとしたが、ダメそうだった。
この一件により、ルクスの話題はさらに尽きることがなくなった。
さらには、“ヴィクトリアを愛している”発言が切り取られ、青色と金色にも影響が出てしまうのだった。