プリミティブ・プライメイツ ~暴君転生~   作:翠碧緑

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80話 愛憎に狂え

 

 ──幕が上がる。

 

 そこにいるのは幼い少女。

 日々生きることに感謝をするだけの生活。

 歌うことだけが生きがいの素朴な人間だ。

 

 大きな闘技場には覆い尽くすように天幕が張られ、暗い舞台に効果的な光が当てられ雰囲気を演出している。

 

 最初の曲は少女が一人だけで歌う寂しい歌だった。

 

 しかし、そこに二人の騎士が加わる。

 

 博愛を尊ぶ白騎士。

 自己愛を尊ぶ黒騎士。

 

 彼らが少女の下を訪れたのである。

 

 ちなみに騎士役は女性が務めていた。

 この舞台には女性役者しかいないようだ。

 

 これは役者によからぬ噂を立てられぬように配慮した結果だったが、どちらにしろだった。

 

 そして、少女は自分の運命を知る。

 

 彼女こそこの世界に救いをもたらす女王になるべき特別な存在だったのだ。

 

 熱に浮かされたような激しい曲が奏でられる。

 今までの苦労が報われるときが来たのだと、少女は歓喜した。

 

 それを見て、ミゼリアは圧倒された。

 希望に満ちた歌詞にどこか香る不穏な影を感じ取ったからかもしれない。

 

 そして、少女が城に到着したことで争いが起こるのだ。

 

 少女を狙う者と少女を救おうとする者。

 国が二分したのだ。

 

 それを見て、サフィレーヌはただ納得した。

 宮殿で呆れるほど見てきた滑稽な喜劇に乾いた笑いをこぼすほどだった。

 

 そして、少女を思うがあまりに白騎士と黒騎士が反目し合うのだ。

 

 白と黒に挟まれた少女の狂気的な曲が響き渡る。

 

 白色のまま自分を殺す道を選ぶのか。

 黒色に染まり他者を殺す道を選ぶのか。

 

 その日少女は白騎士を選んだ。

 

 それによって国は平定され、少女は幸福を他者にもたらした。

 

 ラストソングは少女以外が歌う幸せな歌だ。

 舞台の奥で女王となった少女はただ一人笑顔のままだった。

 

 それを見てヴィクトリアはがっかりした。

 結局は社会道徳を謳っただけの昔話と変わらないと思ったからだ。

 

 演出に感動した観客が拍手を送っている。

 

 そして、舞台にルクス・フォノスが現れお礼と共にある驚きを提供する。

 

『また見て下さい。その時にまた違う感動を得ることができるでしょう』

 

 何度も見て、前回気づけなかったことを楽しめという意味にほとんどの客が捉えたが、違った。

 

『私の言う事を聞きなさい?』

 

 昨日と同じ舞台を見ているはずなのに、全く違う世界がそこにはあった。

 

 ()()()()()()()()()()()()

 

 そこから展開されるのは、剣を取った少女が黒騎士と共に敵を打倒していく復讐劇だ。

 

 少女は他者を殺し、自分を優先する道を選んだのだ。

 

 最後には女王となった少女は黒騎士すら殺し、たった独りになった舞台で踊り続けた。

 

 その曲は喜びに満ちていて、昨日の白騎士を選んだ少女とは違い満点の笑顔があった。

 

 特等席で三人の少女が驚愕に満ちた顔でそれを見届けた。

 

「…………」

 

 三人は終始会話をすることなく見終えた。

 

 闘技場の上階に位置する場所に三人の席が用意してあり、ミゼリアが真ん中の席に、サフィレーヌがその左側に、ヴィクトリアが右側に座っていた。

 

 三人が受け取った招待状は四枚だ。

 つまりはこの物語はあと二回形を変える。

 

 全員がその意味を悟り、閉口していた。

 

『堕ちろ。全員、堕ちろ』

 

 そして、三つ目の物語。

 

 その日は、少女の下にそもそも二人の騎士が訪れなかった。

 

 腐敗した国の影響で、少女は全てを失った。

 

 行き着く先は同じように全てを失った人々がいる場所。

 

 そこで少女は王としての器を見せつけ、国家転覆を企てる。

 

 そして少女の前には二人の騎士が立ちはだかる。

 

『平民風情が。これ以上の狼藉は許さぬ』

『貴方は人間としての感情が欠落している。これ以上野放しにはできません』

 

 一日目と二日目を見ていた客は、その騎士たちの人間性とあり得た世界を知っている。

 しかし、愛を語らったはずの騎士たちを少女は躊躇なく惨殺する。

 

『何もせずに鎧を着ているだけの愚か者に何がわかるというのかしら?』

 

 その日のラストソングは破壊的だった。

 

 崩壊し燃えた城の中で、何者でも無くなった少女が踊り続ける終わりだった。

 

 三日目は舞台終了後に大粒の涙を流し、席を立てない人がたくさんいた。

 凝った演出により感情移入をさせていたのだから、当然の結果と言える。

 

 そして、最終日は本当に『ありきたりな物語』だった。

 

 少女を引き取った白騎士と黒騎士が仲違いすることもなく、お互いに協力して彼女をサポートし、少女は女王となって幸せな国を作るのだ。

 

 ラストソングは敵役も一緒になって踊る本当にありふれた演出だった。

 

 だが、案外そういう展開はこの世界の物語には少なかった。

 

 四日間付き合ってきた観客はこれまでの物語を覚えているために、その敵役たちも愛さずにはいられなかった。

 

 そして、フィナーレには全ての女王が揃った。

 

 白色と黒色と無色と虹色の四人による合唱曲が披露された。

 

 計算された感動だった。

 しかし、観客は狂喜した。

 

 実はラストソングは歌詞自体は一緒だ。

 だからそれまで見てきた観客はその歌を口ずさむくらいはできるようになっているのだ。

 

 演劇でありながら、ライブ会場となって人々の声が木霊した。

 

 その一体感は遠くから見る三人の少女にも届いた。

 

「…………っ」

 

 王女という立場だからであろう。

 ミゼリアは特別に感情を移入していた。

 

 三日目は気分を悪くして、貧血を起こすくらいだった。

 

 流れる涙を拭うこともせず、ただステージで歌う四人の女王を見ていた。

 

 それを横から見るサフィレーヌとヴィクトリアは笑顔だった。

 

「……どうでしたかお姉様」

 

 久しぶりのサフィレーヌからの言葉にヴィクトリアは嬉しくなった。

 

「語彙力が無くて申し訳ないけれど、とても感動したわ」

 

 事実だった。

 ただ、ヴィクトリアは黒騎士に染まった少女に特別に感情移入していた。

 

「お姉様は黒騎士派ですよね?」

 

「……よくわかりましたわね?」

 

「わたしは白騎士です」

 

「…………」

 

 物語の中での派閥争いが起ころうとしていた。

 

 二人はお互いの顔を見合って笑った。

 

 気まずい関係のはずなのに、演劇の影響からか二人は会話を弾ませた。

 

「最初、特等席はルクスが気を利かせてバラバラにされていたんです」

 

「そうでしたの?」

 

「はい。わたしが彼に頼んでこの配置にして貰いました」

 

 ヴィクトリアは思わずサフィレーヌを見る。

 その横顔はステージを静かに見つめているが、意識はしっかりとヴィクトリアに向いていた。

 

「どうして……と聞いて答えてくれるのかしら?」

 

「こうしてお姉様と話すためです」

 

「…………」

 

 一瞬だけ警戒心をヴィクトリアは抱く。

 ミゼリアの婚約発表のときと違って余裕がなかった。

 

 それは何故なのか、彼女が自覚することは難しい。

 

 そして、サフィレーヌはヴィクトリアを見た。

 明らかに小馬鹿にするような視線を交えながら。

 

「わたし『お姉様の大切な方』と何度も口付けを交わしました。おそらくミゼリア様もでしょう。

 とてもお優しい人です。こんな贈り物もしてくださいました」

 

「────」

 

 そうサフィレーヌ・カルクルールが言った。

 彼女のしている腕輪が明るい光を放っていた。

 

「……別にお姉様が女としての機能を失うまで黙っていても良かったのですが、仕方がありませんから」

 

「随分とおしゃべりになったのね? サフィレーヌ?」

 

 流せなかった時点で、ヴィクトリアはその挑発を受けたことになる。

 

「これは同盟関係の提案でもあります」

 

「同盟……?」

 

「わたしたちが戦うべきは実はわたしたちでは無く、あの人なのです」

 

 何が言いたいのか理解できぬ者からすれば、サフィレーヌの言動はおかしなものだ。

 今のヴィクトリアはその理解できぬ者になっている。

 

「……?」

 

「ふふふふふふ、早く愛想をつかされて下さい、お姉様。わたしが言いたいのは、三人全員で挑まないとあの人の重さは受け止められないということです」

 

 本当に見下すようにサフィレーヌは言った。

 

「何を……?」

 

「まあ、なんて幼稚なのですか?

 わたしはあの人が一番想っているのは貴方だと理解しています。だからこそ貞操は譲ろうかと思っていましたが、それでは駄目ですね」

 

 サフィレーヌが立ち上がる。そして、そのまま去っていった。

 

 そして、それまで話を無言で聞いていたミゼリアも立ち上がった。

 

「……」

 

 ミゼリアは全てを理解していない様子ではあったが、ヴィクトリアが無様な姿で硬直していることだけは理解した。

 

「はん! ……もっと遠いと思っていたけど、そうでもないの?」

 

 そう言い残し彼女も去った。

 

「…………」

 

 ヴィクトリアは視線を逸らして、特等席から下にある舞台を見た。

 

 盛り上がる客と、裏方のルクスの派閥の男たち。

 彼らの中心には役者の女性たちと敵役をやらされていたフィフと音楽を担当していたリエーニがいる。

 

(……『ルクス』はどこに?)

 

 表にいないだけ。

 そういう解釈もできる。

 

 しかし、溢れかえった疑念はヴィクトリアの中をぐちゃぐちゃに掻き乱すのだった。

 

 

「どうでしたか? ルクス様の演劇とやらは。四回ともご覧になられたのでしょう?」

 

 よくわからない敗北を年下の少女に味わわされ、ヴィクトリアは自室で力なく椅子に座っている。

 そんな彼女にお茶を淹れながらアンリーネが話しかけた。

 

「ああ……それは素晴らしかったわ」

 

「では何をそんなに落ち込んでいるのです?」

 

「…………」

 

 黙るヴィクトリアを見て、アンリーネは溜め息をこぼしてヴィクトリアの座る席の対面に座った。

 

 それは従者としては相応しくない行為である。

 つまりそれは身内として、アンリーネ・ブレイブハートとしての行動だった。

 

「そこまで追い詰めようと思って提案したわけでは無かったのですけど、予想以上にあの子は頑固でしたね」

 

 あの子というのが誰なのか、ヴィクトリアは訊くことができなかった。

 

「ヴィクトリア様、よろしいでしょうか? まあ、生き遅れた女からの後悔をいくつか」

 

「アンリーネ?」

 

 綺麗な姿勢で座るアンリーネは、ヴィクトリアに優しい笑みを向けた。

 

()()()()()()()()()()()()。社会との剥離を感じる必要はございません」

 

「……え?」

 

 それは誰にも語ったことのないヴィクトリアの負の部分だった。

 アンリーネはそれを気にすることもなく指摘した。

 

「人間という生き物は相手を下し、生き残ってきました。その行為に快楽を覚えるのは当たり前の話なのです。

 そうでなければ誰も戦えません」

 

 本能を否定してしまってはいけない。

 他者を廃絶する機能を持てなければ、失っていくだけだろう。

 

「わたくしもあなたと同じ悩みを持っていました」

 

「アンリーネも……?」

 

 懺悔ではなく普通の話題のようにアンリーネは語る。

 共通の趣味を話すように軽い口調だった。

 

「自分の弓で狙い通りの獲物を撃ち抜く感覚。吹き飛んだ頭が敵の陣地に落ちて、それを見て怯えて叫びまわる者達。

 そんな光景を見てわたくしは笑いました。“やった”、“自分の戦果だ”、と。

 目の前の敵と持ち込んだ矢の数を計算して、どのようにすれば節約して殺せるだろうかと思考するあの瞬間。戦闘が終わると殺した数を思い出して、“今日はこんなものか”とそれで自分の調子を測りました」

 

 たった一人の殺人にいつまでもこだわっていたヴィクトリアとは雲泥の差だ。

 

 アンリーネが相手にしていたのは、魔物、魔族だけではない。

 王族の護衛をしていた彼女は、同族を相手にすることもあった。

 

「……同じ言語を話す者を仕留めて微笑むわたくしをただ心配する男性がいました」

 

「それって……」

 

「ご存知ですかね? わたくしがかつて護衛の任を授かった相手、ハットリューク王子です」

 

 ミゼリア復帰の時にヴィクトリアはそのことを知った。

 その王子の不幸な最期を。そして、その護衛だった目の前の女性のことを。

 

「騎士であるわたくしをただ案じる声に、恋をしました。

 そして、迷いました。血を喜ぶ自分のようなバケモノを彼は受け入れてくれるのかと」

 

「…………前に言っていた相手ですか……?」

 

 懐かしさと切なさを感じるようにアンリーネは瞳を閉じた。

 

「ええ、そうです。迷っている間にあの方は結婚なされました。あの方が選んだお相手に激しい感情を抱きました。“わたくしが先に出会っていたというのに、なぜ?”……と」

 

 重婚制度について以前語っていたアンリーネ。

 追う側の苦悩を彼女は知っていた。

 

「結果的に、血を求めるわたくしをあの方は受け入れました。そして、笑ってわたくしに謝りました。

 “悪い。でも、愛するのはアイツだけなんだ”と軽い口調で。あの日は本当に無様に少女のように泣き喚きました」

 

「アンリーネ……」

 

 強き師であるはずの彼女は弱々しく笑った。

 

「あまつさえ彼に迫りました。“妊娠している奥方に相手ができない期間だけでも、自分が相手になる”と……まるで発情した犬でした。一晩も相手にされることは無く、とても惨めで、消えてしまいたくなりました」

 

「────」

 

 悔し涙を流しながら、アンリーネは告白した。

 

「愛していました。好きでした。全てでした。誇りでした。

 でも、彼は誠実に一人だけを選びました。いくらでも女を侍らせてもいい立場なのに……。

 ()()()()()()()()()()()()……ッ!!」

 

 女としての顔を見せるアンリーネにヴィクトリアは絶句するしかなかった。

 

 もしもリエーニに拒絶されたら、自分もこうなっていたのだろうとヴィクトリアは恐怖を抱いた。

 

 そして、気付く。アンリーネの物語はそこでは終わらないということを。

 

「ある夜のことです……。あのとき宮殿は大混乱でした。突然女王陛下が倒れ、苦しみだしたのです。

 晴れぬ気持ちを心に抱え、彼との関係が気まずくなっていたわたくしは部下に護衛を任せそちらの対処に向かいました。それが間違いでした──」

 

 拳を握りしめ、アンリーネは激情を露わにした。

 

「一旦仕事を終え、彼のもとへ向かおうとしたあの階段で、()()()()()()()()()()が広がっていました。

 ハットリューク様が、倒れていました。頭から血を流し、寝ていました」

 

 アンリーネの中にその日の光景が蘇る。

 

 そのとき、すぐにアンリーネは駆け寄り、彼を抱き上げた。

 まだ暖かさが残っていた。だから、必死に呼びかけた。

 

 “お願いします。いつもの悪い冗談はおやめ下さい”。

 

 その綺麗な顔を赤黒く染め、何も喋らない愛しい人。

 皮肉な愚痴も、デリカシーのない発言も何も返ってこなかった。

 

 そしてその悲劇に対して声が掛けられる。

 

『これは、これは……。なんていうことだろう』

 

 階段から降りてくる足音。

 見上げなくてもアンリーネはその声が誰のものかわかっていた。

 

 そのときはまだ力を蓄えているだけの女だった。

 だが、その危険さを周囲は理解していた。

 

『お疲れだったのかな? ハットリューク王子は足を滑らせてしまってね。まったく……なんて、不幸な事故なのだろうね』

 

『フィンナ……ッ!! 貴様……!』

 

『おや? どうしたのかね? アンリーネ?』

 

 フィンナ・カルクルールがアンリーネ・ブレイブハートを見下ろしていた。

 

『よくもこんなことを……ッ!!』

 

『ああ……いいのかな? キミの役目は護衛だろう?』

 

 虚ろな瞳でフィンナがアンリーネを見た。

 もう一人の護衛相手はどうしたのかと尋ねた。

 

 『ハットリュークの子を身籠る女』が危険だと告げてきたのだ。

 

『まさか……。貴方、そこまで……。どうして……』

 

『……何度も言っているだろうに。私の幸せの為さ』

 

 そこで回想は終わる。

 

 あとは聞いた話の通りだ。

 

 ハットリュークは事故死として記録され、その妻子は行方不明となった。

 

「こんな話を聞いて、まだご自身が異常だと思えますか……? 随分とまともではありませんか?」

 

「それは……」

 

 時間軸が再び元に戻り、アンリーネがヴィクトリアに問い掛ける。

 

 “お前の悩みなど青臭すぎる”のだと。

 

「血にも愛にも貴方はまだ狂えていない。敢えて言いましょう。今の貴方は『ブレイブハートの面汚し』です」

 

「……っ」

 

 ヴィクトリアに一番刺さる言葉をアンリーネは選んだ。

 

「それで言えばシグルナは人間としてはまともかもしれませんが、ブレイブハートとして狂っているのです。あの方を基準にしなくてもよろしい」

 

 ヴィクトリアの姉すらアンリーネは非難した。

 

「そして、もう────()()()()()()()()()をするのはやめることです」

 

「それは……」

 

 エルヴァリス・ブレイブハート。

 人間の英雄であり、魔族の破壊者。

 

 ヴィクトリアの価値基準だった。

 

「エルヴァリスは女好きで有名です。あれは男が嫌いなのではなく、はじめから女が好きなのです。

 ()()()()()()()()()?」

 

「え……?」

 

 ヴィクトリアの女好きは学園でも有名だ。

 だが、それをアンリーネは否定した。

 

「貴方は何が好きなのですか?」

 

 それは決定的な一言だった。

 

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