プリミティブ・プライメイツ ~暴君転生~   作:翠碧緑

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86話 昏き底にこそ灯る光

 

 風と雷が止み、空がその明るさを取り戻した。

 

 人々が目撃したのは倒れたルクスと意識を保ったままのバーザクだった。

 

 審判席の宝石に表示される二人の『アルテラ・アニマ』の残量はほぼ同じだった。

 

 “おそらくはルクスが限界を迎え気絶したのだろう”。

 

 先程まではあんなに怯えていただけの、試合を審判する人物はそう考えた。

 

『勝者、バーザク・ゴルグギス!』

 

 バーザクが粘り勝った。

 

 泣き腫らした瞳で尻もちをついたままのバーザクを見ても、そう観客は判断した。

 

「…………」

 

 ヴィクトリアはその勝利を称えない。

 

 何かがルクスの身に起こった。それが理解できたからだ。

 

「! ……フィフ」

 

 倒れるルクスの下に駆け寄る女性の姿。ヴィクトリアの見知った顔だ。

 彼女はルクスを抱えると颯爽とその場から去っていった。

 

 そして、一瞬だけヴィクトリア()()を見た。

 

 その瞳は問いかけをしてきた。

 

 “お前たちが愛する男はこういうものだ。それでも愛し続ける覚悟があるのか?”

 

 そんな決断を迫るような真剣な眼差しだった。

 

「当たり前でしょう……そんなこと」

 

 それを受け取ったヴィクトリアは闘争心をむき出しにして答えた。

 

 そして、まずは彼が消えてしまったこのくだらない大会を処理することから始めようと決心した。

 

 気絶したルクス同様、バーザクも戦える状態では無くなっており棄権したため、その後の予選はつまらないものだった。

 

 やがて本戦が始まり、戦いの格が上がるわけでもなくヴィクトリアは全ての試合を()()()()()()()()

 

 試合開始と同時に試合場全土を巻き込む炎の一刀を放つ。それだけで相手の『アルテラ・アニマ』は限界を迎えた。

 

 ルクスの戦いを見て昂っていたのもあるが、ヴィクトリア自身が観客に示しておきたかった。

 

 “ルクスが勝ち上がれば、ヴィクトリアと素晴らしい戦いを繰り広げていた”のだと。

 

 学園史上初、そして、『無敗』。そんな称号を手にして優勝したヴィクトリアの表情は満足などしていなかった。

 

 闘技大会終了後、学園が開いたパーティに参加しながらも、ヴィクトリアの顔には焦燥感があった。

 

 繰り返される自分を褒める挨拶に相槌をうちながら、その心はルクスを心配するものでいっぱいだった。

 

 こういう催しを放って会いに行っても、ルクスは困るだけだということを理解している。

 見回せば、他の二人も暗い表情を隠しながらこのパーティに参加していた。称賛の言葉をヴィクトリアに吐くことはしなかったが。

 

 もしもの話でしかないが、ミゼリアもサフィレーヌもルクスの勝利を信じているのだろう。

 ヴィクトリアとしては複雑な気持ちだった。

 

 今になってわかる。

 ヴィクトリアたちの婚約は真っ当な政略結婚でありながら、真っ当な恋愛婚だった。

 

 気付きは遅れたが、ヴィクトリアは恋愛面で他の二人に後れを取っているとは思っていない。

 

 とても傲慢だが、彼がリエーニとして接するあの態度は明らかに気を許したヴィクトリアにしか見せぬものだ。

 

 そして、三人の中で一番形式に拘らないのがヴィクトリアだった。

 

(リエーニ……っ!)

 

 まだパーティが終了していなくても、自分の役割が終わった途端ヴィクトリアは全速力で脱走していた。

 後で派閥メンバーのお小言が待っているだろうが、そんなものは今はどうでも良かった。

 

 人間嫌いのフィフが学園の病室にルクスを運んだとは思えない。

 同時に寮の自室にもいないだろう。研究室にもおそらくはいない。

 

 あと考えられる場所は彼がよく足を運んでいたと思われるあの場所だけ。

 

「おや、なにか御用ですか?」

 

 受付の女教師が顔を出した。

 

「はあ……はあ……」

 

 学園の許可制の図書室。時々ルクスが一人でいた場所だ。

 

「ルクスに……会いに来ました」

 

「……ふふふ」

 

 それを聞いて女教師トーリアは笑った。

 不快感を露わにするヴィクトリアを見て、すぐに謝罪するとトーリアは案内した。

 

「無口な従者さんが運んできたかと思えば、すぐに去っていって……。何事かと思いましたよ」

 

 施錠された扉を開けた先で、ルクスはベッドに寝かされていた。

 

「…………!」

 

 眠る彼の顔は美しい。まるで本当に人形のようだった。

 

「魂が壊れています。かなりの無理をしていたみたいですね。私は見ることはできませんが、修復くらいならできますので」

 

 語るトーリアの顔は深刻だった。

 

「先生、彼はどれくらいで回復するのでしょうか……?」

 

「…………わかりません。二度と目覚めない可能性もあります。逆にすぐに目を覚ますかも知れません」

 

「……っ!?」

 

 ヴィクトリアは慌ててルクスの下に駆け寄った。

 その手を握り、頬を撫でる。体温はあった。

 

 そして握るその手は、あの夜、不安に震えるヴィクトリアを強く引いたあの手だった。

 

 ひとまずの安堵をヴィクトリアは得た。

 

「…………」

 

 そのヴィクトリアの姿を見て、トーリアはさらに深く話すことをやめた。

 

 “目を覚ましても会話できない人形になるかもしれない”──と。

 

「フィフさんでしたか……。面白い方です。さすがはルクス君の従者です」

 

 会話で場を和ませようとトーリアはそんなことを話した。

 

「ああ……きっと先生にも無礼な態度を取ったのではないでしょうか?」

 

「ふふふ。『もしもヴィクトリアという女が()()()()()()()()()()()追い返して欲しい』と仰っていましたよ。

 大丈夫でしたね? かなり呼吸を荒くしていましたから」

 

「…………」

 

 いろいろと言いたくなったが、ヴィクトリアは会話を打ち切った。

 フィフはお見通しなのだ、いろいろと。

 

「なにかあればお呼び下さい」

 

 トーリアは去っていった。

 二人きりにしてくれたことに感謝しつつも、ヴィクトリアの意識はすぐにルクスに向かった。

 

「…………」

 

 その髪の毛は銀色であり、閉じた瞼の中には青色の瞳が隠れているのだろう。

 

 細く、華奢な体。いつもは縛っているのにほどけた髪の毛の長さは、リエーニと同じくらいだった。

 本当に今考えればどうしてわからなかったのか、自分で自分を殺してしまいたくなる。

 

「ごめんなさい、リエーニ。……でも、貴方も悪いのよ。嘘が上手なんだから……」

 

 その顔を優しく撫でた。

 この端正な顔の奥底に一体どれだけの重荷を背負っていたのか、わからなかった。

 

「今がその時なの……?」

 

 初めてのデートで夜景を見ながら、彼が語ったことを思い出す。

 

『その時が来たらでいい。どうか、俺と一緒に来てくれないか?』

 

 何も返事はない。

 皮肉なことに彼が普段使うゴーレムのように、その体は停止していた。

 

「……っ!」

 

 大粒の涙がこぼれた。

 

 理由なんてわからない。

 今日はいろいろあったからだ。

 

 他人の考えることなんて人には理解できるはずもない。

 話してくれなければなおさらだ。

 

 でも、この小さな少年はなんとか話そうとしていた。

 

 『ルクス以外と結婚するな』

 『な、なあ、いい加減ルクスがどうたらとか気にしないでくれって! いいところあるってルクスにも! な?』

 『……その気があるなら覚悟しろよ?』

 

「私は……本当に……馬鹿すぎて……」

 

 目を覚まさないかもしれないとトーリアは言った。

 そこまでのことをどうして彼が行ったのか、わからないのだ。

 

 共有できない世界が在るのはとてもつらいことだと、ヴィクトリアは嘆いた。

 

 でも、もう違う。

 彼女は共有した。そして、理解した。

 

 自分が収まるべき場所を。守るべき対象を。

 

「……っ、……っ」

 

 声を殺してヴィクトリアは泣き続けた。

 また彼の前で泣いている。あの日のように。

 

 いつもヴィクトリアの心をこの少年は焼き尽くす。毒の海で溺れさせてくる。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ヴィクトリアはその激情のままに眠る彼の唇を────。

 

「ちょっ!? それ以上は駄目よ!!」

 

 ──その前に乱入者がニ名ほど現れた。

 

 振り向かずとも誰なのかヴィクトリアにはわかった。

 

 王女の言葉を無視してヴィクトリアは口づけをした。

 

「ああああああああっ!! ちょっと!! このっ!! ヴィクトリア!!」

 

「おや、()()()()()のようですわね? ミゼリア様、サフィレーヌ?」

 

「…………」

 

 ミゼリアとサフィレーヌがやってきていた。

 

 突然ルクスに口付けをしたヴィクトリアに怒るミゼリアと、勝ち誇るような態度を取るヴィクトリアに苛立ちを隠さないサフィレーヌ。

 

「フライングでしょ!? っていうかなんでルクスとアンタがっ!! もおおおおううう!!」

 

「申し訳ありません、ミゼリア様。私も惚れましたの」

 

「嘘でしょ!? ルクスは男だってば!!」

 

「私、男も大丈夫ですの」

 

「はああああああああああっ!?」

 

 久しぶりの癇癪を起こすミゼリアに何故か安心感を覚えるヴィクトリアとサフィレーヌ。

 

「どきなさい! 原因のアンタが近くにいたんじゃルクスも良くならないわ!!」

 

 ヴィクトリアを無理矢理どかすと、ミゼリアはベッドのルクスにつきっきりになった。

 

「……いたた。一緒に来るなんて仲直りしたのかしら?」

 

「いいえ。偶然です」

 

 心配そうにルクスに向かうミゼリアから少し離れた位置でヴィクトリアとサフィレーヌはすり合わせを始めた。

 

「意地が悪くなったのね、サフィレーヌは」

 

「元からです」

 

「そう……。いつからわかっていたの?」

 

「パーティホールの時からです。お姉様こそ、“やっと”ですか?」

 

 サフィレーヌの態度はとても冷たい。

 だが、それも仕方がない。

 

 しばらくは許してもらえないだろうとヴィクトリアは諦めた。

 

「ええ、お恥ずかしながら。あの劇場での言葉が無ければまだだったかもしれないわね」

 

「……お姉様。わたしも彼が好きです。どうしようないほどに」

 

 サフィレーヌの表情は余裕のないものだった。

 彼女も今すぐにあのベッドに駆け出したいに違いない。

 

 狂った女の目だった。

 それを見てヴィクトリアは笑ってしまった。

 

「……怒りますよ、お姉様」

 

「ふふふふ、笑ってごめんなさい。どうしてかしらね……貴方の気持ちが痛いほどわかってしまうの」

 

 赤い目をこすってヴィクトリアも彼を見た。

 

 おそらくミゼリアも共有するこの感情を彼女たちは初めてお互いに晒しあったのだ。

 

「……何を今更。大好きなお姉様と、ミゼリア()()()と、男を奪い合う感覚がわかりますか?」

 

 様々な感情を含んだ言葉がサフィレーヌからこぼれた。

 自分の苦しみを語ったのだ。大好きなルクスの眠る前で。

 

 それはサフィレーヌ・カルクルールの本音だった。

 

「ああ……。私たちって何をしてたのかしらね」

 

「本当です……。そのせいで、ルクスが……」

 

 涙を流すサフィレーヌとヴィクトリアは向かい合った。

 

「同盟を成立させましょう、サフィレーヌ。全員がそばにいて、常に私たちの誰かが彼を支えるの」

 

「はい……。はい、お姉様!」

 

 久しぶりに飛び込んできたサフィレーヌをヴィクトリアは抱きとめた。

 本来の彼女たちは姉妹のような関係だったのだ。また戻るだけだ。

 

「なーに勝手に進めてるのよ!? 私の意見は!?」

 

 それをあざとく聞いていたミゼリアが不機嫌そうに声を上げる。

 

 だが、それを虚勢だと理解している二人は微笑んだ。

 

「あら? よいのですか、ミゼリア様? 私たち二人を相手にするということになりますが」

 

「なっ……。か、かかってきなさいよ!! 負けないわよ!!」

 

「ミゼリアちゃんと一緒がいい」

 

「えっ? サフィレーヌ……」

 

 久しぶりの親友からのおねだりにあっという間に陥落しそうになるミゼリア。

 それを見て、サフィレーヌはあざとく近寄り、上目遣いの攻撃を彼女に行った。

 

「やだ?」

 

「うわああああああっ!! もう、意味わかんない! さっさと起きてよ、ルクス!!」

 

「あら……」

「やりすぎた」

 

 ミゼリアもいろいろと限界だったのだろう。

 ルクスに抱きつき、そのまま大泣きし始めた。

 

「ミゼリア様……あの……」

 

「もうわかったから! でも、私はアンタの心変わりに納得してないからね!!」

 

「それには理由が……」

 

「そんなのあとで聞くわよ!! 取り敢えず今は出ていって! 次は私とサフィレーヌの番よ!!」

「うん」

 

「ええ……?」

 

 大暴れするミゼリアをなだめようとするが、結局ヴィクトリアは追い出されてしまった。

 何気にサフィレーヌもちゃっかりしている。

 

 二人ともしっかり成長しているようだった。

 

 詳しい共有はまた今度することにしようとヴィクトリアは受付の方へ顔を出した。

 

「……おや、ブレイブハートさんはお帰りですか? 3人分の寝具は確保してますよ?」

 

 夕食の準備をしていたトーリアがヴィクトリアに声を掛けた。

 ここの図書室は彼女の生活スペースも同然だった。

 

「追い出されてしまいました。また明日来ます。二人はきっと残るでしょうね」

 

「ふふふふ、賑やかですね」

 

 ネトスの印を身に纏う女性に送り出され、ヴィクトリアは廊下に出た。

 

 その廊下には暗闇があった。

 夜には星々が顔を出し、綺麗な夜空もあるはずなのにその道にはなにも光が無かった。

 

 それは何かを暗示するような雰囲気だった。

 

 ヴィクトリアの進む方向だけが闇に飲み込まれていくようなそんな感覚だ。

 

「…………」

 

 その先に潜むもの。その先で待つもの。その先に座するもの。

 その正体にヴィクトリアは心当たりがあった。

 

 

 道が、壁が歪んでいく。いや正確には同じ風景が繰り返されている。

 

 空気が変わる。温度が下がる。

 薄暗い廊下と先の見えぬ道。

 

 きっと学園ではないどこか別の場所に繋がっている。

 

 振り返り逃げ出そうものなら、きっと()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 自分の足音だけが響く。今自分がどこにいるのかもわからない。

 暗闇と無音の世界で何を頼りに人は生きればいいのか。

 

 そんな問いかけをされているような気がした。

 

 “ただ、信じるのみだ。自分の進む道が正しいのだと”。

 

 なんとなくヴィクトリアはそう返した。

 

「────!」

 

 その瞬間ヴィクトリアの前には大きな扉が現れた。

 骨と宝石で装飾されたそこはまるで『冥府の扉』だった。

 

 悲鳴のような風が吹いて、その扉が開いていく。

 

 その先もまた暗闇が満ちているのかと思ったが、少しだけ明かりが灯っていた。

 

 うすい紫色の水晶のような加工されたものが並び、人間の住処ではないものの荘厳な雰囲気を静かに醸し出していた。

 

 石造りの道と水晶の明かり、風の音も動物の鳴き声も聞こえない。

 ────それは静の世界だ。

 

 まるで自分が死んで魂だけになってしまったのではないかという感覚すら抱いていしまうほど、そこはただ安らぎだけがあった。

 

 やがて、ヴィクトリアはたどり着いた。

 

 そこには石の床と石の椅子。そして、石造りの一本の樹があった。

 

 その変化のない切ない雰囲気の樹の下で、椅子に座り静かにヴィクトリアを待っていた“貴婦人”がいた。

 

 いつもとは違い黒一色のドレスを着る彼女は見る者を飲み込むような怪しい美しさを持っていた。

 瞑想をする彼女はまるで絵画の中にいるように、ぴたりと動かない。

 

「わざわざこんなところに呼んで……。どういうことかしら、フィフ?」

 

 すでに精神的に削られているが、それを隠すようにヴィクトリアはこの暗闇の支配者に話しかける。

 

「地上において私が放てる一撃は決まっている。だからどうしても貴方はここに呼び出す必要があった」

 

 その問いかけに自然にフィフと呼ばれた者は答えた。

 その答えも正直ヴィクトリアには理解できなかったが、会話を続けた。

 

「ここは、どこ……?」

 

「私の生まれた場所。光の無い虚無の世界。『冥界』」

 

「え……? そんなところにどうやって……」

 

 冥界とは地下深くにあるとされるだけで誰も確認できない場所だ。

 

「簡単。転移魔法で呼んだだけ」

 

「待ちなさい。貴方は何を言っているの?」

 

 次々に告げられる言葉の羅列にヴィクトリアの理解が追いつかない。

 

 ただでさえ、今日の出来事は彼女の頭を悩ませているのだから、これ以上の情報を処理しきれない。

 

「……貴方の質問に答えているだけ。勝手に混乱しているのは貴方の方」

 

「それは……、そうだけど……」

 

 やがて、暗闇の貴婦人の目が開かれた。

 

 不思議だが、今のフィフはいつもと雰囲気が違うように感じた。

 少し()()()()()()という表現をヴィクトリアは選んだ。

 

 重力を感じない軽やかさで、フィフは立ち上がった。

 

「まず言っておく。私はあの子の肉親ではない。あの子は人間」

 

「……そうなの、ね」

 

 内心思っていたことを否定される。

 こんなことをする存在の弟になるルクスは一体なんなのかと考えていたのだ。

 

「あの子の苦しみはわかった?」

 

「……正直に言います。重みは感じても、理解はできていません」

 

 ヴィクトリアの答えを聞いて、特に反応するわけでもなくフィフは淡々と告げた。

 

「あの子の本当の姓は『サルヴァリオン』。リエーニ・サルヴァリオン」

 

「────は?」

 

 突然の世迷い言にヴィクトリアはそんな声を上げるしか無い。

 

 今日、彼が男だったと確信したばかりなのに、さらには王族だったということを聞かされて、脳が破裂しそうだった。

 

「父はハットリューク。母はハディア。現国王オスリクスの孫」

 

「……待ちなさい。何を言っているの?」

 

 本当に勘弁してほしかった。

 フィフは容赦なく続けていく。

 

「ミゼリアはカルクルールが用意した替え玉。偽の王女」

 

「あ──? え──?」

 

 そこまで聞いた時にヴィクトリアは殴られたような衝撃を受けた。

 

 ということは本当の王子はあの子で、ミゼリアが偽物で、それを用意したのはサフィレーヌの家で──。

 

 身分を隠していた。たしかにあの子は身分を偽っていた。

 

 あの屋敷はルクレヴィス家のもの。所有者はダルン・ヴォル・ルクレヴィス。

 ハットリューク王子と親友だったと聞いている。

 

 アンリーネとグスタフがいたあの屋敷。

 教育を受けていたあの子。

 

「……………あぁ……そんな……。なんてこと……、嫌……」

 

 その事実に気付いただけでもヴィクトリアは足が震えた、多大なストレスを感じた。

 

 では、本人は──。

 その渦中にいるあの子は一体どれほどの──。

 

 

「あの子の、苦しみは、理解できた?」

 

「…………」

 

 暗き夜闇から同じ質問が飛んでくる。

 

 もう何も知らなかった状態には戻れない。

 ヴィクトリアは今、強制的に運命が決まったのだ。

 

「ならいい。では始める」

 

「? ……フィフ?」

 

 それを伝えるためだけではなかった。

 

 黒き貴婦人は()()()()

 

 空間から突然その剣は現れた。

 

 その剣は特殊な形状をしていた。

 ヴィクトリアも見たことのないものだ。

 

 しかし、それがどんなものなのかは有名すぎて知っている。

 

 片刃の反った細く、でも頑丈な剣。

 それは『武帝の剣』と言われるこの世界に一つしか無いものだ。

 

 模造品は数多くあるが、真のそれはたった一つ。

 ある少女が師匠から受け継いだものだけだ。

 

 その剣の種類を答えられるのはきっとこの世界で3人しかいないだろう。

 

「ヴィクトリア・ブレイブハート。我が主の望む世界の為に、地上に生まれた貴方に我が技を託す」

 

「……!」

 

「我が名はオーレイル。闇に生まれ光を求めし者。そして、光のために再びに闇に落ちようとする者」

 

 冷たく暗い空気が満ちていく。

 少しでも動けば首が無くなる。

 

 いやもう既に首が落ちているのだ。

 もしあの剣鬼がヴィクトリアを殺す気であったのならば、とっくに絶命している。

 

 それは剣に生きた者からの願いだった。

 

「我が一刀、どうかものにしてみせよ」

 

 ヴィクトリアは歓喜した。

 この上位者からの名指しの譲渡に。

 

 暗き世界に炎が灯る。

 託すと言っているのに、どうしてお互いに剣を抜き向かい合っているのか。

 

 そんな理由はわかりきっていた──。

 

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