プリミティブ・プライメイツ ~暴君転生~   作:翠碧緑

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91話 忌むべきモノ

 

「配備完了しました、シグルナ様」

 

「わかりました。私の一刀に合わせて攻撃するように徹底を」

 

 部下からの報告を聞いて、女騎士がそう指示を出した。

 

 彼女は王都へ向かおうとする敵を止めるために派遣された王国が誇る精鋭騎士。

 英雄の血をその身に宿すブレイブハート家の当主代行。

 

 そして、ヴィクトリアの姉であるシグルナ・ブレイブハートだ。

 

 戦鎧に身を包んだ彼女の表情は険しく、その瞳は王国を脅かし続ける魔の者たちの姿を映していた。

 

 当初相手取るのは反王軍という数だけ多い素人集団の予定であったが、あれはもうその姿を変えていた。

 

 彼女の軍隊が陣を構えるのは、王都の南西。オリジェンヌという街の近くである。

 

 王都へ続くその平野に攻め込もうとしているのは各地の民──その執念の集合体だ。

 

 人間の肉体の合計としては2万の数が隊列を組み歩いている。

 シグルナの防衛線を認識した上でアレらは進み続けていた。

 

 赤黒い気色の悪い騎士鎧の兵士たち。黒き槍によって変換された反王の意思。

 

 約千体の不死騎士がこの人間の住まう王国を闊歩している。

 

 奴らは略奪などしない。補給などいらない。捕虜など取らない。交渉はできない。

 

 奴らが行うのは『殺害』という行為のみだ。

 

 しかし、考えなしというわけでもないのが厄介だった。

 

 不死騎士の軍隊は統率の取れた動きで確実に主要都市を落としながらここまで迫っているのだ。

 

 持久戦は人間側が圧倒的に不利であり、昼も夜も関係なく奴らは歩みを進める。

 休息という言葉も奴らには不要である。

 

 一体一体が熟練の騎士と同等であり、個人技も優れている。

 剣だけでなく、弓も、槍も、槌も、斧も、杖も使うようになっている。

 

 そして、報告によれば浄化魔法にも耐性を得ていて、十数回以上浄化魔法を受けないと倒すことができなくなっているらしい。

 

 馬鹿馬鹿しいほどに強力な兵器となってその魔物はこの王国にやってきたのだ。

 

 対して人間側の兵士はとても少なかった。

 

 東部の聖国との戦争に派遣された兵の数はおよそ3万。

 だが、今この場にいる人間の兵士は()()()()()()()

 

 横に並ぶその間隔はとても広く、隣の人物まではギリギリ声が届くかどうかの距離だった。

 

 だがこれがこの世界の人間たちが生み出した、対魔物、対魔族の戦い方だ。

 

 一定以上の強さを持つ者のみを動員する。弱兵は全て支援に回す。

 

 只人(ただびと)の攻撃など資源の無駄なのだ。戦闘の邪魔にしかならないし、視界も悪くなる。

 

 精鋭騎士のみで構成された防衛陣形。

 王国において使われるのは実に11年ぶりだろう。

 

 その中心に立つシグルナは鞘に収まったままの剣を手に取った。

 

 彼女の抜剣が戦闘行為の開始を宣言することになる。

 

「本当に……嫌になりますね……」

 

 ぼそりと語るのは今の心情だ。

 

 あれだけ嫌がっていた戦場に彼女は戻ってきてしまった。

 子供も成長し、問題児かと思われた妹も無事に相手を見つけた。

 

 だと言うのに世界は再び彼女に剣を取らせた。

 

 もっと適任がいるはずだが、その殆どは王都に籠もるか魔王領に逃げてしまった。

 何故か魔王領への道だけには不死騎士がいないのだから、楽に亡命できるのだろう。

 

「平和な時は散々罵って頂いたのに戦争が始まるとすぐにこれですからね。ブレイブハートとは便利な傭兵かなにかだと思われているのでしょう」

 

 共に大戦争を駆け抜け、そしてあの究極の前に折ってしまった相棒(つるぎ)を抜き放つ。

 

「────」

 

 そして、血を求めるようにその剣は力を解放した。

 そのまま彼女は剣を振り下ろす。

 

 閃光と爆発が彼女の前方に広がっていく。

 集めた大気中の魔素に干渉した、純粋な魔力の砲撃である。

 

 轟音と衝撃がその戦場を駆け抜ける。

 

 シグルナが放った一刀によって歩みを進めていた不死騎士の軍隊の陣形は壊滅した。

 

 続けて同じような爆発が至るところで起こっていく。

 彼女の抜剣と同時に全騎士が攻撃を開始したのだ。

 

 勿論、不死騎士の弱点は浄化魔法である。奴らはすぐに再生成され進軍を再開した。

 

 しかし、魂を使い切ってしまえば消滅するのもまた事実だ。

 それをやるのは手間だと言うだけで、できないことはない。

 

 王国軍の魔力砲撃による掃討射撃を受け、散り散りになる不死騎士軍だが、やがて数体が対応し始める。

 

 同じように魔力砲撃を放ち返してきたのだ。

 

 それを受けたのはシグルナのいる場所ではなく、被害も大したものでもない。

 だが、もし一般兵を置いていたら相当の被害を出していただろう。

 

 だからこそ基準を満たした精鋭のみがここにいるのだ。

 

「全軍──突撃開始」

 

 静かにシグルナ・ブレイブハートは言い放つ。

 

 彼女の足が動き出す。

 最初はゆっくりと、しかしだんだんと速く、強く。

 

 人の認識を超える速度で踏み込みを入れて、シグルナは弾丸のように飛び出した。

 

 その突撃で5体以上の不死騎士が吹き飛びバラバラになった。

 

「はあ……ッ!!」

 

 そして続けての一刀で目に見える範囲の騎士鎧の上下が分かれた。

 

 向かってくる不死騎士と打ち合い、すぐに腕と足を斬り落としていく。

 

 圧倒的な敵の物量に恐怖を抱くべきなのかもしれない。嘆くべきなのかもしれない。

 

 だが、彼女の──シグルナ・ブレイブハートの顔には()()()()()()

 

 彼女は本当に嫌になるのだ。

 

 だって、“あれだけ嫌いな戦場にいるのに楽しいのだから”。

 

 同じように他の精鋭騎士たちも大量の不浄の騎士を相手取っていく。

 今は余裕でも、もしかしたら死ぬかもしれない。

 

 そんな緊張感がまた、たまらないのだ。

 

「ああ──早く戦争など無くなってほしいものです」

 

 嘆くように、浮かべる笑顔にまったく似合わない言葉を彼女は吐いた。

 

 

◆◇

 

 

 ミゼリアの心地の良い眠りを邪魔したのは、何か狭い空間に響く、大地の下から聞こえてくる小さな足音だった。

 

 それは一瞬だけ発生し、範囲も狭く遠かったため、それに違和感を持ったことも眠気が忘れさせてしまった。

 

「…………」

 

 ミゼリアの目の前には愛しい彼の人間味のない寝顔があった。

 

 ヴィクトリアを追い出し、サフィレーヌは用事があると言って出ていった。

 

 その後、二人きりになっていろいろと葛藤した上で、ベッドで一緒に寝るという選択になんとか落ち着いたのだった。

 

 ルクスの髪の毛を触る。

 普段こんなことをすれば、ルクスの瞳がミゼリアを撃ち抜くために眠っている状態のルクス相手にしかできない。

 

「おや、羨ましいお目覚めですね」

 

「ひゃああおおッ!?」

 

 後ろから響く声に飛び起きるミゼリア。

 

 笑いながらそれを見ているのは、本来のこの図書室の主であるトーリアだ。

 

「ふふふ……恋する乙女というのはいつの時代も可愛らしい。どうですか? お茶でも。良い目覚ましになりますよ」

 

「……ありがたく頂きます」

 

 恥ずかしそうに目を逸らし時計を見ると、既に朝となっていた。

 昨日の闘技大会から一日経ち、派閥メンバーもそろそろミゼリアのことを心配しているだろう。

 

 トーリアの淹れた優しいお茶を飲みながら、ミゼリアは少し心を落ち着けることができた。

 

 本音を言えばルクスが目覚めるまでここにいたいが、それを彼は許さないのだとミゼリアはわかっている。

 宮殿の教育係よりもルクスは厳しく容赦がない。そして、誰よりミゼリアのことを見てくれていた。

 

「ルクス君は本当に果報者ですね。美女三人に囲まれて。ふふふ」

 

 茶化すように笑う女教師。

 彼女の格好は礼服と呼ばれるもの。そして、その胸飾りにはシンボルが。

 

 ネトス教という存在が作り出したアイテムだ。

 

 ミゼリアはその女神や宗教に関してはルクスが用意した遊びの中でしか知らない。

 しかもルクスが好んで使うデッキはネトス属性だったので、やられている側の彼女からすると印象はよくなかった。

 

 だが本物のネトス教徒にはそんな悪い印象を抱くことはなかった。

 

 ──むしろなんだか親しい感覚を抱くぐらいだった。

 

「逆……ですね」

 

「逆ですか?」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「うふふふふふふ! それはそれは……」

 

 どちらにしろ、“ごちそうさま”と言うようにトーリアはお茶を飲んだ。

 

「貴方たちを見ていると、少し気持ちが和らぎます」

 

「……和らぐ、ですか?」

 

 手に持つカップの中身を見ながら、トーリアは静かに微笑んだ。

 

「王族である貴方は散々聞いた話でしょうが、我々の生きた時代というのはどうしようもないものです。

 常に誰を倒すのか考えなければなりませんでした」

 

 それは戦争の時代。抵抗しなければ、戦えなければ、死ぬだけだった時代だ。

 

「子供たちが笑いながら走り回ることを誰も不安に思わず、遠くから眺めるだけでいい時代。こんな時がやってくるとは思ってもいませんでした」

 

「トーリア先生は戦士だったと聞いています。やはり、戦いというのは苦しいものだったのですか?」

 

 昔話を語るトーリアに、ミゼリアは付き合った。

 老人の戯言とは思わない。ただ純粋に知識として興味があったのだ。

 

「……たしかに苦しかったです。でも、それ以上に自分の居場所を私は戦いの中に感じていました。

 戦士として大成した私は運が良かった。きっと今の時代に生まれていたのならば、逆に私は落ちぶれているのでしょう」

 

「そうですか?」

 

 その純粋な相槌にトーリアは笑った。

 

「もし私の生まれた時代が平和だったのならば……いえ、そもそも私は生まれてすらいませんね」

 

「……どういうことですか?」

 

 なにかの例え話なのだろうとミゼリアは思った。

 しかし、トーリアの語ったことは悲しくも虚しい事実だった。

 

「私には親がいません。それは捨てられた、失ったというものではなく、最初からこの世界には存在しないのです」

 

 親がいないという部分にミゼリアは共感できた。

 しかし、その後に続く言葉はよくわからなかった。

 

「『ネトス・ヴァリュキリア』というものをご存じですか?」

 

 それはミゼリアのよく知るものだった。

 なぜなら『イフ・マロンテンド』で散々ルクスが使ってきたユニットだからだ。

 

「たしかネトス教の……」

 

「ええ、その通りです。生産された戦力。戦士としてしか使い道のなかった哀れな存在です」

 

 トーリアの言いたいことを理解したミゼリアは驚く。

 

「私もその一体……いえ、一人でした」

 

 数え方を言い直してトーリアは笑った。その言い直しはミゼリアのことを考えてのことのようだったが、その配慮をミゼリアが理解できるわけがない。

 

「…………それは、どう、違うのですか?」

 

「いい質問ですね。“自己認識の問題だけではないのか?”と思っているのでしょう。それは()()()()()()()()()……」

 

 ミゼリアの質問を聞いて、トーリアは遠い目をした。

 

「“私たちは戦争があったから生まれたのです”。つまり、世界が平和だったのならば私たちは必要がないということです」

 

 人々が争ったから生まれた悲しき存在。故に戦争を否定することは自分の存在を否定することに繋がる。

 効率的な戦力の補充が必要になったからこそ、()()()()は誕生を許されたのだ。

 

「そんな悲しいことを仰らないで下さい。仮定です、そんなもの。戦争が無ければ人間の先生がそこにはいたはずです!」

 

「ふふふ、ありがとうございます。そうですね。同じようにここでサボって給料泥棒しているかもしれません」

 

「……自覚はあったんですね」

 

 トーリアはミゼリアに曖昧に微笑んだ。

 そして、俯いて胸元のシンボルを見た。

 

「……そうですか。そうだったのですか……。我が女神の残した罪は今の世でも消えることは無いのですね……」

 

「先生……?」

 

 トーリアはそのやり取りからミゼリアの自己認識を知る。

 『彼女たち』は同族を判別可能だ。それは人間として作られながらも、人間を超えることを要求されたが故に持つ機能だった。

 

 女神の罪を、人間の業を、トーリアは嘆くことしかできない。

 

「……あの日、世界中の巫女が機能を停止し、同時に私たちを縛る鎖も消え去りました」

 

「…………?」

 

 ミゼリアはトーリアの語る内容に首を傾げるだけだ。

 

「戦士としての道だけを設定されていた私は、生存理由と目的を失ったのです。戦後、多くの姉妹が生きる理由を失い自殺しました」

 

「……っ!」

 

 残酷な話をミゼリアは理解していた。

 純粋で無知な最後の妹へ、トーリアは言葉を紡ぐ。

 

「覚えておきなさい。女神への信仰と依存が消えても、私たちの人生は続くのだと。

 もし、貴方が生存理由を失ったとして、きっと心に残るものがある。それに従いなさい。

 ────世界に否定されても、肯定してくれる人のために生きなさい」

 

 そう言いながら、トーリアはミゼリアの後ろのベッドで眠るルクスを視線で示した。

 

 難しいことはわからないが、ルクスとのことを言われているのだと察してミゼリアは赤くなった。

 

 愛らしいその反応にトーリアは再び微笑んだ。

 彼女たちに親はいない。しかし、姉妹はいる。同じ装置(はら)から生まれただけの者をそう呼ぶことができるのならば、であるが。

 

「ふふふ、私に孫がいれば、こんな感じなのですかね?」

 

「孫って……そんなお若いのに……え? ──え?」

 

「ふふふふ……」

 

 兵器が年老いて使えなくなる必要が無い。

 その部分だけは彼女たちは有り難く思っている。

 

「さて、そろそろ授業が始まりますよ。着替え無しの朝帰りはまずいですから、しっかりとご準備なさってくださいね?」

 

「そ、そうでした……」

 

 ミゼリアは慌てて、立ち上がった。

 

 そして、トーリアへ向けていた集中を一瞬だけ解除した。

 

『──間後に』

 

「────?」

 

 そして、たまたまその耳が普段この学園で聞かない声を捉えた。

 

『王都との道の遮断は完了しました』

 

『うむ。では、カシアンの軍が到着する前に始めるぞ』

 

 それはまるで戦いの準備をしているような男たちの声だった。

 

「ミゼリア様……?」

 

「先生……。あっちの方角には何があるのですか?」

 

 図書室の南側を指すミゼリア。

 困惑しながらもトーリアは答えた。

 

「そちらは学園の南ですね。巨大な崖がある方向です」

 

 トーリアの言う通り学園の南には天然の城壁とも呼ぶべき崖があり、南から王都に向かおうとする者を阻んでいた。

 

 だからこそ王都を狙うならば、そこを大回りして東か西にルートを変えるか、北の巨大湖から攻めてくるしかないのである。

 

 だが、明らかに敵が南から来ていることをミゼリアは感じ取った。

 

「その、信じて貰えないかもしれませんが……反王軍が南にいます。そう聞こえたのです」

 

「────!」

 

 それを聞いたトーリアの表情は自動的に切り替わり、機械的な冷たさを纏っていた。

 

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