最近、気になって、気になって仕方のない事が頭から離れない。
人の秘密にしている事に首を突っ込むのは失礼な行いであるとは分かっているが、それでも好奇心が抑えられない。
それにともなって聞きたい事もあるし。
「それで、相談って何かしら?」
折田さんはサンドイッチを手に私の言葉を促す。
相談したい事が有ると連絡した所、昼食の時間くらいなら良いと言われたので喫茶店で食事中の所をお邪魔している。
「色々あるんだけど……まずは恋愛相談から入っていい?」
「恋愛経験0の私がアンタに話す事ってあると思う?」
「それが不思議と有るんだよね。玉藻さんの知り合いって折田さんしか知らないから、他に相談できる人がいないんだ」
「ああ、あの子の話。別にそこまで親しい仲でもないのよ。ちょっと料理を作ってもらってた位で」
「それって中学生くらいの時?」
「え?まあ、それ位かしらね。ほら、あの子って世話焼きでしょ?近くに住んでたからそういう時もあったのよ」
「あー……そうなんだ……所で、玉藻さんは2年位前まで人のいない山の中にいたらしいんだけど、折田さんって山暮らしだったりした?」
私の言葉を聞くと、折田さんはとても分かりやすく動揺を見せた。
振るえる手でサンドイッチを置き、そのまま震える手で紅茶を持つ。カップからこぼれそうで少し怖い。
「ば、バカ言うんじゃないわよ。ちょっと記憶に間違いがあっただけじゃない……」
紅茶を飲み、カップを置くが次の言葉には繋がらない。私はそれを機会として、思い切った事を聞いた。
「折田さんってさ、もしかして転生とかしてる?」
あまりにも、おかしな質問だ。こんな質問をされても、大概の人は質問自体を笑い飛ばしておしまいだ。
だが、目の前にいる人は私の質問に対して返す言葉にかなり困っている。
「……どこでそう思ったのかしら?」
「それは、玉藻さんと昔の話をしてさ。それで玉藻さんがこの社会に出て2年位だって言ってたからさ。
それなのに古い知り合いって妙だなって思ったから」
私がそう言うと、深いため息をついて、しばらくの沈黙の後に諦めた様に喋りだす。
「お互い、設定についてのすり合わせ位しておくべきだったわね……」
「あっ。じゃあ折田さんもやっぱりそういう?」
「絶対誰にも言うんじゃないわよ!それなら少し位は話してあげる。でも言える事は多くないわよ。
それとこの話題は今後一切、私が振らない限り口にしない!分かった!」」
「はい!」
良かった。最悪、玉藻さんみたいな妙な力で口封じされるかと覚悟していたから、思ったよりも悪くない反応で助かった。
「それで質問なんだけど、折田さんも玉藻さんみたいな何かの伝説上の存在だったりするの?」
「流石にあの子程のとんちきな存在ではないわよ。というか、そこまで話してるのね……
説明しにくいから、その質問は無し!教えられるのは元々人間って事くらいよ」
「凄い曖昧さだ」
「答えてあげるだけ感謝してほしいわ。人に言いたくない秘密が多いのよ」
「それで、次の質問が本命なんだけど……玉藻さんが言うマスターって人の事。折田さんは知ってる?」
私の質問を聞くと、眉間に皺をよせてしばらく考え込む。
「マスター……か。その人については、私も知ってるけど……そうね。アイツの何が聞きたいのかしら?」
「……どんな人だったのかなって。玉藻さんと、どんな関係だったのか聞きたい」
「恋人の元彼の事をね……それを知人に聞くのは、あんまり行儀の良い行いだとが思わないわね」
「だって、玉藻さんには聞き難いし……出会った頃はその人と私を合わせて見てて、ちょっと嫌だったし」
「それは確かに嫌ね。……しょうがない、少しだけ話してあげるわ。
マスターと言うのは、あの子を使役して戦わせていた、文字通りの主人の事よ。
いつの間にか主従関係以外にも恋仲になってたみたいだけど、私はそういうのに興味無かったから詳しくは知らない。
それで……戦いが終わって、皆がバラバラに去って行ったの。
色々な世界や時代にね。タマモキャットとマスターもそうして二度と出会う事のない別れをしたの。
ざっくりとだけど、話せるのこの程度よ」
「戦いか……それはどういう?」
「秘密。アナタが知る必要の無い話よ」
玉藻さんも以前、絶対に話したく無い事があると言う感じだったのを思い出す。
きっとそこは、私の様な部外者が触れてよい話ではないのだろう。
それにしても私のどこに、マスターの何を見たのだろう?
「それじゃあ、そのマスターと私って何が似てるのかな?」
「そうね……顔が似てたかもしれないわ。後、お人好しなのはソックリだわ」
「顔かあ。なんかそれが理由だと、私も強く言えないかも。
でもさ!万が一そのマスターが来たらどうしようって不安はやっぱり拭えないかも」
「横取りされるかもって心配?安心しなさい。あの子はアナタが思っているよりも一途な子よ」(そもそも、マスターの立香が別にいたら大問題だわ……)
疑問が一つ晴れても、雲を掴むようなふわっとした疑問も増えていく。
当事者達が語ろうとしないのだから、私に知る術も無いし、そこは気にする話でもないのかな。
そんな事を考えながら帰路を進んでいると、後ろから何かが駆けてくる気配を感じた。
何だろうと、後ろを向くと姿を見るよりも速く、空へと飛んだ。
何者かは私の後ろをとり、肩に手を置いた。
「黄昏どきに、道行くは何者か。キュートでプリティーなキャットだワン!」
「玉藻さん。偶然だね」
「おう!」
玉藻さんは周囲を見渡し、人の姿が無い事を確認すると私の手を握った。
歩いている内に、滑らかな手はふわふわとした毛皮の感触に変わる。相変わらずな反応が、とても愛おしい。
「そういえば、折田と会ったらしいな。先ほど怒り混じりに報告を受けたぞ」
「連絡が早いね。怒られても仕方のない引っ掛けをしたけど、なんで玉藻さんが?」
「秘密の多い者同士だからな。キャットの話から割れたならば仕方なし。しかし立香よ。好奇心のままに動くのは気を付けるのだぞ。
折田が危険の無い人物だから良いが、ワタシ達のいる側には危険が多いからな。バイトの面接に行って、気がついたら南極に誘拐される事も有りえるからな」
恋愛相談という部分は伏せてくれたようだ。心の中で折田さんにお礼を送る。
「突然南極か。それは確かに困るね」
「大冒険では済まない事件に巻き込まれるぞ!気をつけろ!!」
数日後。今日は「キャンプに行くぞ!」と言う事で、早朝から車に揺られている。
「キャンプか。楽しみだけど、人の目とか大丈夫?」
「安心しろ!何やら最近、謎の動物による動物の死骸が多く出ているらしくてな、貸切に出来たのでそういった不安はないぞ」
「不安しかないね!」
「大きめの龍種やら幻獣レベルの脅威でなければ我1人でもどうにでもなるので心配無用である」
「例えが意味不明だよ!」
玉藻さんは高笑いを上げながら、車を走らせた。
「一応犯人と思われるクマは退治されたらしいが、目撃者の証言と明らかに大きさが違うらしいぞ。
まだまだデンジャラスな空気は楽しめそうだな!」
「命に係わる刺激は、あキャンプに求める物ではないと思うよ!」
車から出ると、もう既に日常とは違う空気を肌に感じる。何だか気分が良い。
車のトランクから荷物を取り出していると、玉藻さんの姿に違和感を覚える。
「あれ?いつもの姿にはならないの?赤い巫女服のやつ」
「ああ、あの姿ではキャンプを楽しむのに力が強すぎる。ここはお主に合わせて人の姿で行こうかと思っておる。
変身に時間がかかる訳でもないしな」
駐車場から少し歩くと、穏やかに木々に囲まれた広場が広がっていた。
都会にはない、どこか澄んだ空気。風に吹かれて静かに葉の揺れる音に混じり、鳥のさえずりも聞こえてくる。
春の行楽シーズンにここまで良い環境のキャンプ場に人がいないというのは、玉藻さんが言っていた貸し切りというのは嘘では無いのだろう。
つまり、何か謎の猛獣がいるというのも。
「管理人すらいないけど、本当に大丈夫なの?」
「開錠は予めされているから、貸出用の道具類は倉庫に有るのを勝手に使って良いとの事だ。
我らが泊って何もなければ再開するらしいからな。つまり、人柱に向けたせめてもの慈悲であるな」
「ちゃっかりしてるなあ……」
とりあえず、テントの設営から手を付ける。
「我がやってはキャンプの醍醐味を無味にするに等しく思う。故に任せたぞ、ご主人」と言われたので玉藻さんは補助に周り、大体の作業は私がやる事になった。
苦戦をしながらも、テントを組み立て終える。中に入り、問題が無いのを確認して外に出ると、玉藻さんは焚火台に薪を組み終えた所だった。
「普段やらない事するとやっぱり疲れるね。それが楽しくはあるんだけど。でもさ、玉藻さんが一人でやるとどれ位アッサリ出来ちゃうの?」
「む?興味があるなら一つ見せても良いぞ」
そう言って手を開くと、バスケットボール位の大きさをした火の玉が飛び出した。
それを焚火台に投げると、あっという間に火の山が出来上がった。
「この通り、サバイバル技能がカンストしたキャットパワーで日常から電力を抜いた程度のキャンプ体験になるので使わない方が楽しいぞ」
「凄い納得した」
強い勢いで燃えていく焚火を前に、軽めの昼食を食べた。
火の勢いが強すぎて、すぐに燃え尽きてしまい、火力の調整はイマイチなんだな。と思った。
ハンモックに揺られて、ゆるりと時間が過ぎて行くなかで、玉藻さんは細長いカバンを持ち出した。
「どこか行くの?」
「近くに釣り場があるらしいのでな。立香も行くか?」
「釣りか。良いね、私も行くよ」
広場からハイキングコースと看板の立つ道をしばらく行った所で、川に続く分かれ道があった。
川沿いの砂利道を歩き、手ごろな場所にたどり着いた。
「流れは穏やかだけど、川遊びをするにはちょっと深いね」
「水着も無いしな。とりあえず、一匹でも釣って、晩の足しにするのを目標にしよう」
「そういえば夜ご飯には何を用意してるの?」
「うら若き乙女が二人そろっていてやる事といったら決まっておろう。バーベキューだ!」
「定番だね!」
玉藻さんは、釣り竿にルアーを付けると、それを渡して来た。
「釣り竿の使い方のレクチャーは必要か?」
「大丈夫。何度かやった事あるからね」
「ならば良い。キャットはウッカリ釣り竿をワンセットしか持ってきて無かったので、取りに戻るぞ」
「それなら私が行くのに」
「立香に任せるよりも我が走った方が速いからな。では、行って来る」
サッと風の様に玉藻さんは駆けて行った。
川のせせらぎに耳を澄ませ、浮きを見つめてその時を待つ。
待つが、来ない。まるで私を煽るかの様に魚が跳ねて、川面を揺らす。
憎々しげにそこに目を向けると、川の向かいに何か見覚えのない影が目に映る。
犬の様な外見をしているが、頭部が犬よりも大きく、奇妙に牙が肥大化している。
食事の為でなく、明らかに命を奪う為だけに調整された様な奇妙な体躯。頭に響く警鐘に従い、釣り竿を投げ捨て、逃げ出した。
後ろからは獣の咆哮が響く。聞いた事の無い恐ろしい叫びだ。
無我夢中に駆けていた私は、何時の間にかハイキングコースを外れて森の中に迷い込んでいた。
心臓は痛いほどに鼓動を速め、全力で動かした足は限界に近い。
だというのに最悪な事に気がつく。前方からもゆっくりとこちらに近づく何かの存在に。
私は追い込まれていたのだ。
諦めるというよりは、これしか無いと思い、木に背中を預け、手を前に構えた。
「腕一本で許してもらえないかなあ」今、望む最善を口にする。
追い込んだ獲物の隙を窺う様に、怪物の一匹が姿を表す。牙を剝き出しにこちらを睨む。
今にも飛び掛かってきそうな雰囲気だ。
化け物は後ろ脚に力を込めて跳躍し、恐怖から私は目を閉じた。
次の瞬間、痛みが来ると覚悟をしていたが、妙な温かさを持った何かが私に降りかかった。嫌な匂いもする。
「……血の匂い?」
ゆっくりと目を開く、そこには頭部の無くなった化け物と、何も感情を感じさせない表情の玉藻さんがいた。
その手の爪は、鋭く尖り、血を滴らせている。
「立香。危険だから、そこから動かずに待っていてくれ」
私はその言葉にとても安心した。そのせいか、足の力が抜けてその場に尻餅を着いていた。
何かがぶつかり合う音が、背後から何度も聞こえてくる。何かを踏み潰す不快な音も。
何度も。何度も。
音が止み、しばらくすると、玉藻さんは私の前に立っていた。
その姿は、血に塗れている。その姿を見た時。私は──────
「すまない。危険があるというのは分かっていたのに……」
瞳を涙で歪ませて玉藻さんは謝罪をした。
「そんな、助けてくれたじゃん」
「こんな姿を立香に見せたくなかった。獣の如き戦う姿をお主には見られたくなかった」
ポロポロと涙を流す。
「なんで玉藻さんが泣いてるの。それってさ、私の方がそうすべきじゃないかな。
手を貸して、起こしてよ。足が震えちゃって一人じゃ無理だからさ」
私が手を出すと、玉藻さんがそれを掴もうと手を伸ばした。
その時、爪の先から血の滴がポタリと落ちて玉藻さんの手が止まる。
「いいから、手を取って」
そうして握った手は、熱を失った血のせいで嫌な感触がした。
手を借りてどうにか立ち上がり、そのまま抱きついた。
「今はその……血で汚れるから止めておいた方が……」
「どの道もう洗わないとダメだから関係ないよ」
玉藻さんは少しの迷いの後に、腰の辺りに手を回した。
抱き合い、近づいて、鼓動を感じる。さっきまで死ぬかもしれないと感じていた恐怖が解けていく。
「何があっても、絶対私の前からいなくなっちゃダメだからね」
「…………うん」
太陽は傾き、慌ただしくしている間に日が暮れる。
血を洗い流し、服を着替えてテントを出ると、焚火の前に全裸の玉藻さんが足を抱えて座っていた。
焚火の上には衣類が吊られている。
「服はどうしたの?」
「変身中なら大丈夫かと思ったが……戻ってみたら全部血まみれであった……着替えは単純に忘れたぞ……」
「私も一泊分しか用意が無いから、貸せる服がないね。あの巫女服の姿に変身すれば良いんじゃない?」
「実はアレはアレで疲れるのだ。もう安全だとは思うが、念の為に魔力の温存をしておきたいのでな」
玉藻さんの側に私も座る。玉藻さんに体を寄せて、そっと寄りかかる。
パチパチと木の燃える音だけで聞こえる。
「魔力って誰にでも有ったりするの?」
沈黙が続かない様に思いついた疑問を口にする。
「誰にでもという訳では無いな。有ったとしても、大抵の人間はその力に気づく事もない。ちなみに、立香にも少しばかりなら有るぞ」
「え?そうなんだ!じゃあ私も玉藻さんみたいに魔法とか使えたりするのかな?」
「うーむ……キャットの目から見ると、残念ながら立香には、その道の才能ないので気にする必要は無いぞ」
「そうなの?なんか残念」
「別にそんな物が無くても良いではないか。お主はもう十分な程に優れた者であるのだからな」
「そうかな?あんまりそんな風に思った事ないけど」
「ワタシがそう思えるのが重要なのだ。驕る事のないその様に魅かれるのよ」
「そっか。なんかそう言われると恥ずかしいかも」
誘惑に駆られながらも、空を見上げる。気がつけば、空には星が広がっていた。
「そういえば、落ち込んでるみたいだけど、どうしたの?」
「油断していた自分に対して……というのもあるが、一番は自分の中の衝動だな。
拳で殴れば済む相手に、怒りと殺意に駆られるままに爪を振るい、殺戮を楽しむ自分がいた……
人の中で暮らしている間に、薄れていたと思っていた獣性がこうも姿を表すとはな」
「そんなに落ち込む程じゃないと思うけどな。我慢強い所は毎日見てるし」
「分かっているなら、我にも手心を見せて欲しいがな」
「えー……その内ね」
玉藻さんはやれやれと、ため息を吐きながら立ち上がり、乾いた服を着た。
その時、ある違和感に気がついた。首輪をしていない。
私は辺りを見渡すと、玉藻さんが座っていた所に落ちているの物を見つけた。
「首輪……切れちゃってるね」
言われて気がついたのか、首元に手をやり、驚いている。
「むぅ……こんな急所に攻撃を受けていたとは……我もまだまだだな」
「この首輪って何か大事な物だったりするの?」
「それ自体に必要性は無い。つまりオシャレであるな。どちらかと言えばそれが表すのは、キャットの心構えである。
我の首輪に鎖を付け、それを持つ者と共に生きる。まあ、立香がいるなら必要の無い物か」
「そっか。じゃあ今度、私が新しい首輪を買ってもいいかな?」
「それは……とても嬉しいが、それを送るという事がどういう事かをしっかり理解して送るのなら、受け取るぞ」
「あっ!?違うから!独占欲を出すとかそういうのじゃないから!」
「どうせキャットは本能に溺れる肉食獣。鎖で縛らねば安心できぬも、しかたのない事であるか」
「そんなんじゃないってば!今日のお礼に!」
一度は本当に命を失うかもしれないと覚悟もしたけど、なんだかんだで、騒ぎながら夜は更けていきました。
しかし改めて考えても、自分の妙な胆の強さには驚いた。そんな夜でした。
そろそろ結末に向けての話を進めて行かないとなって思う、今日この頃。
薄っすら感じるタマモキャットの水着に思いを乗せて。
ご意見、ご感想が有りましたらよろしくお願いします。