我が家の玉藻(キャット)さん   作:歌川

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玉藻(キャット)と雀のお宿

 朝。鳥の鳴き声に誘われて目を覚ます。

慣れない環境で眠れるかと心配だったが、しっかりと熟睡出来ていた様で目覚めが良い。

テントから出ると、まだ暖まっていない森の空気が心地よく感じる。

「おはよう。昨晩はグッスリと眠れたようだな」

「うん。おはよう。寝袋も悪くないね」

 2人で朝食を作り、いただいた。飯盒で炊いたご飯のおにぎりと火で炙ったソーセージ。シンプルな朝食なのに特別な食事に感じた。

 

 昨晩使った鉄板や、テント。血で汚れた備え付けのシャワールームを綺麗に掃除する等の色々と片付けて、帰りの準備をした。

しかし帰るにはまだ早い時間でもある。

「これからどうする?」

「釣りのリベンジ!と行きたい所であるが……放って置く訳にはなぁ……」

玉藻さんが耳をシュンとさせながら考える。

「やっぱり昨日のあの……怖い生き物のこと?」

「うむ。あそこにいた奴らで終わりだと思うが、念の為にな。森の中を探ってみようと思う」

「危なそうだけど、私はどうしたらいいかな?」

「猫の後ろについて来るが良い。立香を1人にして安心できる状況でもないしな!」

 そうして玉藻さんに連れられて行った先は、私が昨日、襲われた川辺だった。

「そういえばあの怪物って何だったの?」

怪物にふまれたのかあ、すっかり折れてしまった釣り竿をカバンに仕舞いながら聞く。

「あいつらは、恐らく人造の魔獣だろうな」

「人造の魔獣?」

玉藻さんは周囲を注意深く、観察している。

「元々は何かを守る為に配備されていたのだろうな。それが何か……地震か、台風か。

強い刺激を受けてうっかり起動してしまい、当てもなく彷徨っていた。そんな所だろう。

むむ!キャットイヤーにビビッと来た!!背中に乗れ!川の向こうに行くぞ!」

「キャットイヤー……」

 玉藻さんに背負われて、川を飛んで渡る。先日の山下りに比べたら、距離も短く、楽しいと感じた。

川の向こうの森の中を、歩いていく。少しハードなハイキングと思えば、そう厳しい道ではないかな?

しかし、しばらくする内に、なんだか頭の中に靄が掛かる感じがした。何かに惑わされている様な、この先に行くのが何か嫌な感じがする。

「おっと。立香にはしっかり効いてしまうか。しっかりしろ!」

ペチペチと玉藻さんに頬を叩かれると、頭の中の靄は晴れて行った。

「あれ?なんか変な感じが……前に玉藻さんに魅了の術を掛けられた時みたいになってたかも」

「おお。流石、我が主。しっかり感覚を覚えていたか。まあ、アレ程強い術では無い。

認識阻害を使った人払いの結界の中に入ったからな。解除してしまえば良いが……何が有るかも分からぬからこのまま先に行くぞ」

玉藻さんに手を引かれ、森の奥へと進んで行った。

 

 森を抜けると、開けた草原と一軒の小屋があった。

その小屋は蔓に半分飲まれており、もう長い間、放置されている様相だった。

玉藻さんは先に小屋の中に入り、安全を確認した後に、私に入る様に指示をした。

その小屋の中は、埃の積もった書斎に見えた。

「思った通りだ。警備用に仕込まれていた魔術が作動した形跡があったぞ。あまりにも杜撰な物であった」

「魔術……それって玉藻さんが使うヤツとは何か違うの?」

「んー……ざっくりとした分類で言えば同じ様な物と言えなくもないが……違うと言えば違うな。トマトとスイカ位には違うぞ」

「それはつまり、ややこしい違いが有るってこと?」

「魔術系統の話なんてしていたら夜になって日が明けても終わらぬ。ので、また今度。とりあえずサックリこの小屋を片付けて、帰るのはそれからだな」

 玉藻さんに指示されるままに小屋を片付けた。

人生で一度も見た事の無い、奇妙な品々を小屋の外に持ち出して、

私が読んでも理解の出来ない本も、玉藻さんは目を通して必要な物か判断をして仕分ける。

「それで……この小屋は結局何だったのかな?」

「うむ。良く言えば神秘の探究者。悪く言えば手段を選ばない愚か者。そんな魔術師の研究所だな」

玉藻さんは簡単に魔術師という世界の話を説明してくれた。

本当はこの手の話は話したくけど、好奇心で首を突っ込んで妙な連中に当たってしまったら心配だから話すという事らしい。

そんな心配されるほどかな?と思ったけど、先日の自分の行いを思い出したので素直に忠告を受けた。

「ファンタジーな世界なのに、あんまり華やかじゃ無さそうだね」

「悲しいかな、現実とはそういう物である。そしてここでは、どうやら地脈の調査をしていたらしいが……」

乱雑に積まれていた本の山の中から見つかった、レポートと思われる紙の束を真剣に見つめている。

横から覗き見てみてた、私には何が書いてあるか分からなかったので、とりあえず待つ事にした。

 少しの時間を置いて、レポートを読み終えた玉藻さんはそれを放って渡して来た。

「つまるところ。地下深くから何か奇妙な動きがあるが、非常に遅く変化に乏しい為、数年後にまた来よう。といった内容である。

結局そのまま訪れる事が無く、侵入者対策の魔術の誤作動で魔獣が暴走した。そんな所だな」

玉藻さんは腹立たしいげに扉に向かったので、私もそれに着いて外に出た。

「それで、この箱にまとめた本とか、よく分からない物はどうするの?」

「ああ、それらはどうに処分するから持って帰るぞ。放置しておいても、問題の種にしかならん」

それから少し歩き、小屋から離れると、玉藻さんは足を止めて振り返る。

「危険なので立香は我の後ろに回ってくれ」

なんだろう?その言葉に素直に従い、後ろに回ると玉藻さんは何か小さく言葉を紡いでいた。

「かしこみ、かしこみ──呪層!猫日照!!」

そう大きな声をあげて、手を上に掲げるとそこには昨日見せた火の玉の何倍も大きな火の玉が現れた。

玉藻さんの手から投げられたそれは、小屋にぶつかると炎はそのまま小屋を飲み込み、諸共に消え去って行った。

「おお……凄い火力だ」

「うむ。これで少しは気も晴れた!帰るぞ、立香!」

 

 

 ━━━━━━

 

 

 帰るぞ!と立香の手を握り、歩き始めたが、気がつくと森の様子が変わっている。

危険は感じないが、ここまで来た道に有るはずの我らが通って痕跡が何も残っていないのは明らかに奇妙だ。

踏んで折ったはずの枝や我らの匂い。短時間で自然には無くなるはずが無い。

奇妙な事だが、立香を心配させたくはない。正しいはずの方向に向かって歩みを進める。

「なんか……さっきと雰囲気違う?」

「……主も気づいたか。道を違えたという事は無いはずなのだが……」

耳を澄ませる。川の流れる音は間違いなく向かう方から聞こえる。

「何かは解らぬ……だが安心しろ。何が有っても立香の命は守る」

「うん」

立香のキャットの手を握る力が強くなる。

彼女に頼られる。何事にも変え難い喜びを噛み締めながら森の中を進んだ。

 

 そんな使命感にも似た気持ちを抱えたまま、森を抜け、飛び込んで来た景色には驚かされた。

「な、なんでこんな所に?いや、何でも何も、そういう存在ではあるが……」

「えっと……道間違えたのかな?」

その建物を見て、立香も間の抜けた事を言う。

木造で全体が朱に染められており、絢爛な飾りがされた巨大な施設。少し記憶と違うが、間違いなくこの建物、宿の事をワタシは知っている。

「雀のお宿か……」

「それって舌切り雀の?」

ここはどうするべきか?雀のお宿へと続く橋を前に考える。進むべきか戻るべきか。

こういった事象に対して、背を向けるのはあまり良い行いでも無いか。そうして足を止めていると、カラカラと床を鳴らす音が聞こえて来た。

「おや、珍しい連れ合いの御二人でちね。あちきは当旅館を取り仕切る、閻魔亭の女将。舌切り雀の紅閻魔。

この度はようこそ御出でになりまちた。ひと時のお時間になりまちが、ごゆっくりとお休みくだちゃいね」

紅閻魔先生!と喉まで出た言葉を飲み込む。しかし、ワタシと立香を見てもお客さまに対する対応で済ます辺り、カルデアでの記憶は無いのだろう。

「あの……予約とかしてないんですけど、大丈夫ですか?」

うーむ。この異常事態に対して予約の心配をするとは、流石の我がご主人。

「この宿は偶然訪れた者達に幸福を送るための場所なのでち。此岸からのお客様からは代金も必要ないので、是非とも立ち寄ってくだちゃい」

紅閻魔先生が小さな頭を丁寧に下げる。それに合わせてワタシ達も深々と礼をした。

 閻魔亭の中に入り、宿帳に名を記す。

「ふむふむ。藤丸立香とタマモキャットでちか。……薄っすらと同じ気配を感じていまちたが、玉藻の分け御霊でちか?」

「それを語るには山よりも高く、谷よりも深い事情があるのだ。まあ、この世界の玉藻とは関係が有るよな、無いよな……

アレコレ思考を巡らせても詮の無いことか。うむ。その判断で間違いないぞ!」

「……しかし、妖狐と人間の番とは、珍ちいでちね。苦労はないでちか?」

そう言われて目線を向けると、お互いに顔を見合う。ジッと見つめていると立香の顔が少し赤くなる。

「しいて言うなら……」

立香は、何かを言おうとしたが、そこから先の言葉は出てこなかった。

紅閻魔先生は何かを察して大きくため息をつく。

「はいはい。何とは言いまちぇんが、そういうのは別の所でやってくだちゃいね」

呆れた様子で部屋のカギを渡して来た。

「そういえば、滞在の予定はどうちまちゅか?」

 

 せっかくなら一晩。と言いたい所だったが、ワタシに仕事の予定があるので涙を飲んで半日程休憩させてもらう事にした。

「妖狐も真面目に働く時代なのでちね。ならばお昼の御膳には腕によりをかけて作らせてもらうでち」

との話なので、案内された部屋に荷物を置いて少し休む。

「できれば一泊したかったが……地獄の中でも、ここは地上と時の流れが同じとはな」

「ここって地獄なんだ。そんな感じはどこにも無いけど」

「罪を罰する地獄ではないからな。無理矢理に地獄を見出すならば温泉がある事くらいである」

「温泉あるんだ。じゃあ、お昼まで時間もあるし入ってもいいのかな?」

「霊験あらたかな閻魔亭の温泉を逃す手はあるまいな。よし!行くか!」

 

 立香にはフロントでタオル等を借りて来る様に頼み、ワタシは小屋で拾った諸々を持って紅閻魔先生に会いに行った。

「お忙しいところをお邪魔いたす!」

「おや、お客さま。どうかちまちたか?」

ワタシは簡潔に昨日までに起きた事を話す。そして、そこで拾った魔術の触媒を取り出す。

「申し訳ないが、この放置しずらい物品を受け取って貰えないか?持ち帰るのは何か遺恨を残しかねぬ。しかし放置するのも危険と思ってな」

紅閻魔先生は骨やら、牙やらの奇妙な品を観察する。

「そうでちね。では、お客さまからの心付けとして受け取っておくでち」

「心づかい感謝する。……一つ聞かせて貰いたいのだが、我が女将から料理を教授してもらった事はないか?」

「妙な質問でちね。うーん……玉藻本人には教えたはずでちが、お客様には無いはずでち」

「そうであるか。妙な質問を失礼した。何分、分かたれた身の上なのでな。自分の体験だったか曖昧だったのだ」

「ふむ。もし望むのなら、ヘルズキッチンを開いても良いでちが……あまり必要はなさそうでちね。立ち振る舞いを見れば伝わってくるでち」

「……恐悦至極である」

ワタシは頭を下げて台所を後にした。

褒められた喜びと、共に台所に立った同士はもういないのだという悲しい確信を持って温泉に向かった。

 

 洗い場で身を清める。石鹸を使って改めて爪を洗うと、十分に落としたと思っていた汚れがまだこびり付いていたと分かった。

サーヴァントの頃は霊体化してしまえば汚れをバサッと払えたのだが、肉体を持つ不便もあるのだなと今更にして思う。

そして丁寧に不浄を落としてから、湯船に身を沈める。

 湯が体の芯にまで染み入る様な気がする。昨日から普段以上に魔力を使っていたのもあるのだろうか?

疲れが抜けていく。

「はぁ~……今まで温泉の湯の違い何て分からなかったけど。ここのは確かに違うね」

立香は体を伸ばし、温泉を満喫している。

「ああ。閻魔亭の湯は現の者とは違うな。まるで極楽にいる気分である……」

「ここは地獄だけどね」

立香は大の字になり、ぷかぷかとだらしのない姿で湯に揺られていた。

行儀の良い行いとは言えないが、他のお客がいる訳でも無し。黙っている事にした。

 しかし、こうして立香の姿を改めて見ると、なんとまあ綺麗な肌をしているじゃないか。

マスターであった時は、陰で日に日に増えていく傷跡を見つめては眉をしかめていた。

下総国の戦いの後に、消える事の無い傷跡に涙を流していた事もワタシは知っている。

そんな彼女がこうも呑気にしていられるのだ。私の些細な感傷など、それに比べたら小さな物だ。

「玉藻さん。私の体、ジロジロ見過ぎじゃない?」

視線に気づき、起き上がった立香は局部を手で隠す。別にそういった気持ちは一切無い。慈しむ気持ちから見つめていたのだが……

「昨日から色々と有ったからな。怪我は無いかと心配していただけだ。

しかしキャットの目からは元気も気力も溢れんばかりで、余計な気遣いであったな」

「切り替えの早さは昔から自信があるからね。この温泉のおかげもあるかもね。それにしても、改めて見ると玉藻さんって大きいよね」

立香の視線はわずかに下を見て、一点に集中する。

「なんだ、我がボディに興味があるのなら好きにしても良いぞ!」

立香の傍に素早く移動して、腕に胸を押し付ける形で抱きついた。

「触らないよ!ただ私も結構自信が有る方だったから、比べてみるとなぁって……というか共用の場所でくっつきすぎ」

「多少ちちくり合うくらいなら怒られはしないと思うが……まあ場所も場所。礼節を欠く行いはしないに越したことではないか」

欲望をグッと抑えて立香の腕を離す。

「はぁ……そういえば、話は変わるんだけど。ここの料理って私が食べても大丈夫なのかな?」

「ん?別に問題は無いと思うが。何か気になるのか?」

「ほら、あるでしょ。ヨモツヘグイってやつ」

黄泉戸喫。常世の食物を食べる事で常世の住人になる行いだ。

「そうなる心配は無用であるぞ。ご主人も我もハッキリと生者に分類されるからな。

ああいう行いが意味を成すのは生と死が曖昧な者にこそ。車にひかれたと思ったら不思議な場所に!とかそんなシチュエーションでも無いなら大丈夫だ!多分!」

「そうなんだ。じゃあ、素直に楽しもう」

 そう言うと、立香は再び肩までしっかりと温泉に浸かって気持ち良さげに息を吐いた。

それに倣い、体を沈める。この心地の良さはどこから来たのか。

隣でのんびりと気の抜けた顔をしている立香を見る。

もう追わないと誓っていた彼女に、少しだけの感謝を送った。




直近のイベントの影響が分かりやすく出すぎな話でした。
タマモキャットはいいぞ。

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