車を駆り、再びあのキャンプ場へと向かう。
今度は愛する立香を置いて、友人2人と共に。
「呼び出すな。とは言わないけどさ、日を跨ぐ用事が有るならもっと前から言ってほしいわね」
後部座席で折田は文句を垂れる。もう1人。ジェームズは我が紅閻魔先生から渡された資料に目を通している。
「キャット。君はこの資料についてどの程度、理解している?」
「イメージのスケッチと辛うじて読める単語から何となくだ」
「それは分かって無いって事だな。まあ、どうせこういうのは僕の仕事だ。読んで把握できた事を共有しておくぞ」
内容をかいつまんで説明すると、質の良い霊脈を見つけたが、調べてみるとおかしな淀みがあり、ソレは段々と地上に上がって来ている。
しかし、遅すぎるその進行速度に嫌気がさして放棄されたという感じだそうな。
「最後には投げ出しているが、データとしては十分だな」
そう言って資料を置くとメモ帳とペンを取り出して何かを書き始めた。
「何かが冥府から地上に登ってきてるって事?現代でそんな異常な事が起きているなんて、あんまり本気には出来ないわね」
「そうは言うが、我々の存在が異常であろう?この世界で何か例外が起きていても不思議ではあるまい」
「それを言われたらそうだけど……そうね。元カルデアに呼ばれたサーヴァントとして、異常な事は放って置けないか……」
「今の世界の行く末なんて物は、僕達が背負う物でも無いとは思うがね。
……と言っても立香に危険が及ぶ可能性ってヤツを考えると、話は別だ」
「あら、以外なお言葉ね。今でもマスターに対しての忠義は守りたいのかしら?」
「茶化すなよ。ここにいる時点でお前も同類だろ」
「袖擦り合うも他生の縁。理由などそれで良いだろう」
ワタシがそう言って笑うと、折田は頬を膨らませて黙った。
キャンプ場に着くと、相変わらず人の気配は無かった。まだ運営再開はしていない様子だ。
「タイミングが良いと言うべきか……曖昧な情報しか無いから断定は出来ないが、遅くとも1週間だな」
車から降りると、メモ帳と睨み合っていたジェームズが口を開いた。
「それは登って来ている何かの話?」
「そうだ。あの資料から読み解ける範囲の予想だ。だから違ったとしても文句は言うなよ」
一週間か。何がしかの対策を取ろうと来てみたが、後回しにしなかったのは正解と言うべきか。
長雨で時間は取られたが、問題にはならなかった事に安堵する。そして我らは例の地点まで足を進めた。
川を越え、森を歩いていると、以前張られていた結界が無くなっていると気がついた。
既に異変が起きているようだ。
「そういえば、立香はお主がジャンヌ・ダルクだと気づいたぞ」
「え?急に何よ。って言うか気づいたって何が有ったらそんな気付きをするのよ」
「以前ここに来た時に、何の因果か閻魔亭に行ってしまったのだ。そこに居たメタトロン・ジャンヌが呆けている姿を見てしまってな。
まあ、顔を見れば一目瞭然。我が口を滑らせたのも有るが、発覚に至ったのであった……」
「まず閻魔亭に行ったっていう前提がふざけてるわね……まあ、バレたならバレたで別に良いわよ。
自分から明かすのが嫌ってだけだし……」
「そこからが問題なのだが。立香はお主がジャンヌ・ダルクその人だと思ってしまったのだ!
この猫の身で訂正するのも中々に難しく、そこでその話は終わってしまったのだな」
折田は鳩が豆鉄砲を食ったような顔になったかと思うと、口元を抑えて笑いを堪えている様子だ。
しかし、そんな抑えは効かず大きく笑い始めた。
「何それ?!私が?!バカじゃないの?!」
お腹を抑えて、それでもその大笑いは続いた。しばらくして収まった後、大きく深呼吸をしてやっと落ち着いたようだ。
「あーー……まさか今になって自分が聖女扱いされたなんて、バカバカしすぎて笑ったわ。
良いんじゃない?そう思ってくれる人がいるってのは、別に悪い事でも無いわ」
森を抜け、小屋のあった所に着くと、景色は酷く変わっていた。
元々は開けた草原だったが、今では草木が枯れ荒廃している。
「荒れた霊脈がなにやら悪さをしておるようだな。淀んでいて、瘴気に近いな」
「正直に言うと、この姿になっているだけで疲れるんだが。まあ、人の身で吸って良い空気ではなさそうだからしょうがないか」
後ろを振り向くと、二人はサーヴァントであった時の姿に変身していた。
「わざわざ来たけど、まだ何も無いのね。一週間ここで待つのは嫌よ」
「それはそうだ。今日はここに結界を張りに来たのだ。我とジェームズはここに現れる何かに対しての守りを敷く。
折田はその間、周囲の警戒を頼む。この様子だとゴーストの類が湧くだろうしな」
「別にその計画を否定する気は無いが、僕の魔術は我流だぞ?精度についてはあまり保障できない」
「安心しろ!我の呪術も精度なんて物は無いからな!」
「ふざけた事を言って無いで真面目にやりなさいよ」
「そうだ!そうだ!あんまりふざけてると大変な事になるぞ!」
「そうよ。私はとりあえず周囲を見て回るから、あんた達はそっちの仕事をしっかりしなさいよね」
「とりあえず、結界を張るにしてもどういう物にするんだ?」
「相手が敵かどうかも分からぬからな。ここは相手を縛るよりも探知と追跡に機能を集中させようと思う」
「お~。それは良い案だね」
「そうだな。こちらの戦力も少ないからな。一手、様子を見るのも悪くない。ん?」
ジェームズが我の後ろに目線を向けると、そのまま硬直した様に動かなくなった。
何があった?その様子に釣られて後ろを向く。
「あっ。やっと気づいた。ヤッホー。最強の妖精騎士、メリュジーヌだよ」
青いドレスを来た少女が笑顔で手を振っていた。
予想外の乱入者に驚きはしたが、どうやら敵対する意思は無いらしく、自身の身の上を語り始めた。
「端的に言うとね……失敗しちゃった」
どうやらこの世界のアルビオンの右腕が異聞帯のメリュジーヌの事を知り、自身もそうで在りたいと願ってしまったらしい。
「君たちの様に世界から処理しきれずにに残った妖精騎士の残滓なんだろうね。
情報密度の濃さ?まあ、なんか受信しちゃってね。もうとっくに死んでるのに無謀な夢を見てしまったのさ」
「無謀な夢とは?」
「好きな人と一緒にいたい。無惨に生き絶えたドラゴンらしい細やかな夢だよ。
だけど……その結果は理性も無い哀れな悪霊になってしまいましたって感じかな」
「それだとお主は一体何者なのだ?」
「僕はそんな暴走する存在から切り出された影。霊核も持たないか弱い写し身だよ。この場所みたいに魔力が濃く、溢れた場所から離れたら一日も持たない程にね」
「それで、そんな写し見が私達になにか用があるのかしら?」
「そこはまあ、なんて言うのかな。義理立て?ねえキャット。君の恋人。マスターを今日一日だけ貸してくれないかな?
タダとは言わないよ。奪える限りのリソースを悪霊から奪って来たんだ。それをあげるよ。
聖杯と言える程では無いけど、魔力にしてしまえばある程度の事は出来るはずだよ」
アルビオン。その残滓が敵なのだとしたら、ここにいる3人で勝てるのだろうか?
あまり気持ちの良い提案ではないが、目の前にぶら下がったニンジンを逃すのはあまりにも痛いか。
「えーー……そんな我の愛しい人をそんな貸せと言われてもなーー。
一日だけ。無理矢理な肉体接触無し。立香が良いと言う条件ならば良いぞ」
折田は大きくため息をつく。何かを訴える様に睨んでくるが、それ以外に選択肢が無いのだから仕方がないではないか。
つまり、我々はたった3人で炎の厄災に挑まないと行けない訳だ。
メリュジーヌ曰く、一撃でも霊核まで届く攻撃を入れれば容易く崩壊するほどに体は脆いらしい。
なるほど。竜の心臓に針を刺せば終わる簡単な話という訳だな。
艱難辛苦と言うに相応しい。
改めて結界を張る作業を始めると、メリュジーヌは「ありがとう」という言葉を残して消えて行った。
──────
今日は午後から何も予定も無く。時間を持て余していた。初夏の暑さも手伝って、どこかに出かけるという気にもならない。
そういう訳で家に帰ろうと駅を歩いていると、青いドレスを来た少女と目が合った。
背丈からは幼さを感じるが、その顔と佇まいは凛として気品を感じさせる。
私の視線に気が付くいたのか、微笑みを見せるとこちらに向かって来た。
「君が藤丸立香でだよね?記憶に有る顔とは確かに合ってるとはずなんだけど」
「それはそうだけど……君は?」
近くでどことなく、玉藻さんと似た気配を感じた。人とは離れた存在なんだと何となく感じる。
「うーん。どう説明したらいいのか……そうだ!タマモキャット!あの子の友達って事でよろしく!
それで一つお願いが有るんだけど……」
よろしくと言われても、それではイマイチ要領を得ない。一旦断りを入れて玉藻さんに連絡をする。
「玉藻さん?なんか友達だって言う……えっと、貴方の名前は?」
「……そうだね。ランスロットって言えば伝わるよ」
あの円卓の騎士の?!イメージと違う!というか性別が違う!
折田さんがジャンヌ・ダルクだった時よりも衝撃的だ。
「ランスロットを名乗る女の子が現れて、玉藻さんの仲間だって言うんだけど、この子と居ても大丈夫なのかな?」
「ああ、危険は無いはずだぞ。我も今はあまり手が離せぬ状況故に手短に頼むが、そ奴の言う願いは出来れば聞いてやれ。
命に等しい願いで有れば、それがどんな物であれ尊ばねばならぬとワタシは思う。説明は明日する。こちらからは以上だ」
一方的に通話を切られる。何やら危険に対処しに行くと言っていたし、今は忙しいのだろう。
今はあのランスロットを名乗る女の子と話すべきか。
「それで君のお願いって、何かな?」
「今日一日だけ、私の恋人になってほしい」
切れ長の真っ直ぐとした瞳で見つめてくる。冗談では無いようだ。
なるほど。先ほどの玉藻さんの言葉の意味が何となく理解できた。
あの子の様子からしても、そう軽い気持ちで「いいよ」なんて言ってはダメな気もする。
だからと言って、断ってしまってはただ傷つけるだけで話が終わる。仕方がないか。
「努力します……」
私が絞り出した答えはこれだった。
「努力って。何その答え。変なの」
からかう様に私の曖昧な返答を笑い飛ばした。
「でも良かった。正直な所、泣き脅しまではするつもりだったからさ。前向きに答えてくれて感謝するよ」
恋人として相手を扱うってどうすれば良いのか。正直に言ってしまえば、分からない。
私と玉藻さんの付き合い方は、かなり独特であると思うし、当てにならないと思いながらとりあえず喫茶店で軽食を取る事にした。
「何をしたいか。そこの所は分からないかなあ。私の気持ちとしては、一緒に君がいてくれるだけで満足感が有るし」
ランスロットはパフェを食べながら言う。そう言われてしまっては私が考えるしかない。
仮初とはいえ、恋人と行きたい所か。
「キャットとはどうなんだい?あの子と行くデートと同じで構わないよ」
「玉藻さんとの?実を言うと、あんまり一般的なデートに行った事無いんだよね。
私といると、人間への変化が上手く行かないからさ。人がいない場所へのお出かけばかりなんだ」
「へー。キャットにそんな初心な弱点が有るとはね。あんな性格で意外だね。
……って、嬉しそうに笑っちゃって!今は私の事を考えてよ!」
どうやらだらしのない顔になっていたようだ。玉藻さんの事は置いておいて、今の予定を考えよう。
デートとして、奇をてらわないシンプルな場所。幾つかの候補が浮かんだ中で私が選んだのは。
「ランスロットは水族館、行った事ある?」
「定番だね。知識として有るだけで実際行った事はないけど。楽しみかも。
後ね、メリュジーヌって呼んでくれた方が良いな。ランスロットは……まあ称号みたいな物だからさ」
「分かった。メリュジーヌだね。私もそっちの方が呼びやすいかな。
……称号としてランスロットって呼ばれるのは、どういう事なの?メリュジーヌって名前からあんまり想像が着かないんだけど」
「あんまり気にしない。気にしない。行く場所が決まったなら早く行こうよ」
あまり乗り気では無い気持ちも有りながら、近場の水族館に向かった。
程よい距離感で日常から切り離されたその環境は、癒しを感じ、とても楽しかった。
水中にトンネルを作った様な、特別な通路を行く。
青い光の中で様々な海の生き物を見ていると、声が漏れる。
「綺麗だね」
「えっ……ああ、うん。そうだね」
なんとなく思っていたが、メリュジーヌはあまり楽しめていない気がした。
どことなく、上の空という感じだ。
「もしかして楽しくない?」
「いやいや、楽しんでるよ。楽しんではいるけど……見ている物が違うっていうか。なんというか。感受性の違い?」
「もしかして美術館の方が良かった?」
「うーん……そっちに行っても、それはそれで楽しめるとは思うけど……私はそれよりも楽しんでる君を見るのが好きなんだ」
「えーー?」
「だから私の事は気にしないでさ、楽しんでよ」
そう言って私の手を握る。なんだか、少しだけ冷たく感じた。
「それでも悪いと思うなら、立香の手を貸してもらえれば、私は嬉しいよ」
ゆっくりと水族館を見て回り、お土産に欲しいとせがまれてタコのぬいぐるみを買ってあげた。
駅に着き、ここでお別れかなと思ったが、「今日一日って言うのは、今日の終わりまでだよ」と圧を掛けられたので家まで連れて行く事になった。
「とりあえず晩御飯作るから、好きにしててよ」
「本当?じゃあ、立香の部屋入っても良い?」
「別に良いけど……面白い物なんて無いよ。ちょっと散らかってるし」
「私は気にしないから心配ないよ。隠してる物を探したりしないから安心してよ」
そう言われる方が意識してしまうのだが。そう思っている内にメリュジーヌは居間から出て行った。
言って止まるタイプでもないし、むしろ待たせる時間が少なくなるかと前向きに考えて料理を始めた。
持論として、カレーがダメだという人間はいないので今日の献立はカレーになった。
そして、その根拠がまた一つ増えた形となった訳である。メリュジーヌは私の料理に賞賛の言葉を送り、満足していた。
そんなこんなで、横に並んでテレビを見て、ゲームで遊んでいる内に気がつけば12時を過ぎていた。
「それで……大分不格好だったと思うけど、メリュジーヌの望んだ恋人になれてたかな?」
「えー。1日が過ぎたらもう終わり?日が出るまではその気させてほしいなあ」
「ダメだよ。まあ私がそう出来ていたかっていうと、自己採点では結構、怪しいけど」
「ちぇっ。ダメか。じゃあ、ここからは友達ってことで」
「うん。それなら大丈夫」
「それで、立香の恋人としての振る舞いなんだけど……評価に値しないよね。私の事を考えながら、キャットの事も考えてたしょ?」
「それは……ごめんなさい」
鋭い瞳をしていると思っていたが、その通りに見抜かれていた。
「君がそういう人間だって事は分かってたから予想通りだ。それを分かって無理を言った私も同じく恋人としては0点だけどね」
「あはは……至らない恋人だったけど、今度が友達として2人で出かけない?それなら私も気を使わないで一緒にいられるし」
「そうだね。今度はそれが良いね」
メリュジーヌは私の手を取り、口づけをした。
「今日は最高の一日だったよ。夢に見た願いを少しでも叶える事が出来たんだ。
ありがとう。立香」
いつの間にか、私は居間で眠っていた様だった。映画を見ている内に眠ってしまったようだ。
目を擦りながらメリュジーヌを探すが、どこにもその姿は無かった。たった一日限りの関係とはいえ、別れも告げずに去ってしまうの寂しい。
1人で家を出る前に起こしてくれたら良かったのに。
少し落ち込みながら、2度寝でもするかと自室に戻る。
扉を開くと、昨日メリュジーヌに送ったタコのぬいぐるみとその足に挟まれた手紙が目に入った。
すぐに手紙を開き目を通した。
『ありがとう。また気が向いたら会いに来るよ。それまでこの子の面倒をお願いね』
玉藻さんが手紙を見つめながら神妙な顔をする。
「手紙を残すとはらしくないというか……アヤツもまた在り方の違う存在とでも言うべきか」
「メリュジーヌは結局どういう人なの?ランスロットを名乗って、それで本名がメリュジーヌって……ちょっと私の理解の範疇を超えているというか……」
「そこは恐らくどう思考を働かせてもたどり着く事の無い迷宮なので、考えるだけ無駄である。
そして、それも語るべきでは無い話なのでキャットも言わぬ」
「そっか……また会えるかな?お別れも言わないままで、申し訳ないからさ」
「どうだろうな……気まぐれな奴、故に何も分からん。いつかフラりと軒下に潜んでいるかもしれんぞ」
「そんな、猫じゃないんだから」
私が笑うと、玉藻さんも静かに笑った。
自身の無力さと至らなさに苛まれて非常に遅くなり、申し訳ありません。
完結まではそう長くは無いので、そこまでよろしくお願いします。