家に帰るなり、私はすぐに自分の部屋に向かい、ベッドに飛び込んだ。ああ、顔が熱い。
私はいきなり何をしてしまったんだろう。
衝動に駆られていきなりあんな事を言って、あんな事をして、私はどうしてしまったんだろう。
キツネ……ネコにでも化かされたのだろうか。
好きとか恋だとか、そう言った経験のないまま高校卒業を目の前にして焦りでも出てしまったのかもしれない。
玉藻さんはどう思ったんだろう?
嫌な気持ちになってないだろうか?
そもそもあのキスは私の夢で私1人が舞い上がってた何て可能性も捨てきれない。
「思いつきであんな事するんじゃなかった!!」
ベッドの上で悶絶しているうちに夜は更けていった。
朝。もうほとんど自由登校の様なものだが学校には一応行く。
学校に行きたいというよりは、気を紛らわせたいというのが強いのだが。
なんて学校に来てみたが、なんとなく教室から足は遠のき、ブラブラしていると空き教室の隅で机に向かって1人でペンを持つ友人の姿を見つけた。
ノートに何かを描いている様だが声をかけてみる。
「折田さん!」
「なに?なんだ、立香か。授業サボって何してるの?」
「それは折田さんも一緒じゃん」
私は空き教室に入ると、折田さんの前に座った。
彼女は2年生の時に転校してきた帰国子女の折田さん。漫画好きで卒業後は連載も決まってるほぼプロの漫画家だ。
「学校まで来てわざわざサボり?」
「ちょっとね……家で過ごすのもなんか落ち着かないし」
「そういうに分かるわあ。ちょっと落ち着かないっていうの?家にいてなんにも手がつかない感じあるわよね」
「だからわざわざ学校で漫画描いてるの?」
「そうね。これは落書きみたいな物だけどね」
「読んでも良い?」
「うーん……人に見せる様な話じゃないからダメよ」
そう言うとノートを閉じてカバンの中にしまわれてしまった。
「えー?なにそれ」
「個人的な思い出が題材なのよ。あんまり人には見せたくないヤツ」
「なんだ。それなら無理は言わないけど……折田さんはしばらく暇?」
「そうね。なんか悩みでもある感じ?話を聞いてほしいって顔に出てるわ」
「ありがとう。それじゃあね。最近下宿先を見にいった日から始まるんだけど…」
私は折田さんにザックリと最近の玉藻さんとの事を話した。
もちろん彼女の奇妙な点を除いて。
「玉藻キャットね……フフフ…」
「人の名前を笑うのはよくないよ!」
「そこじゃないわ。昔の知り合いに同じ名前のヤツがいたからビックリしただけよ。まさか今になってその名前を聞くとは思わなかったけど」
折田さんは空を見上げた。なんだか古い思い出に思いを馳せている様に見える。
「まあ、それでそのキャットさんと何があったの?」
「えっとね………………」
人に恋愛相談をするのってこんなに心に重りが付いたような気分になるとは思わなかった。
たまに友達の恋愛相談には乗っていたけど、漫画とかテレビとかで聞きかじった知識で話を合わせていたけどまさかこうも覚悟がいる物だとは知らなかった。
だけど自分から相談をしておいて逃げる訳にはいかない。意を決して、息を吸う。
「キス……しちゃってさ……軽いやつ。ほっぺたに……それで逃げるみたいにお別れして……変に思われてないかって……」
「え?」
多分。今の私の顔はとても赤くなっているだろう。自分でも妙に熱っぽいのが分かる。
そんな私を他所に折田さんは口を押えながら、窓辺に向かう。
窓を開けて思い切り深呼吸をして振り返る。
「はぁ……危うく乙女の純情をバカにする笑いがでる所だったわ」
「それ言ったら我慢する意味無くない?!」
「我慢したことに感謝してほしいわ!だってそんな……もうすぐ高校卒業よ!なのに挨拶レベルのキスで顔真っ赤にして、純情すぎるのよ!」
「折田さんだって経験ないでしょ!」
「私の事はどうでもいいのよ!興味ないし!
……とにかく不毛な話はもう終わりよ!……バカにしたのは謝るわ。ごめんなさいね」
一呼吸置いてから折田さんは言葉を続ける。
「もし私が思う人と同一人物なら、そんな心配は必要ないと思うわ。あの子は人を嫌いになる様な性格じゃないと思うし……」
「あれ?結構詳しい感じなの?友達だったとか?」
「………ここに転校する前のバイト先が一緒だったのよ。
それにしても立香が恋をねぇ。貴女、結構人気あったのにまさか学校外の女に惚れるとは。陰で泣く人間が増えるわね」
「えーー?そんな事ないよ。告白なんてこの3年間で一度もされてないし」
「それは貴女のスルースキルが高すぎるだけよ」
その後は2人でダラダラと雑談をしている内に昼を過ぎていた。
そろそろ帰ろうと思い立ち上がった時に玉藻さんから注意された事を思い出す。
「そうだ。バイト終わりに頼みたい事があるんだけどいい?」
「貴女のバイトって今結構遅いんじゃなかった?まあ、いいけど。何かしら?」
「ほら、折田さんって結構強いでしょ?ちょっと夜道の護衛をしてほしいなって。今度お昼奢るからさ」
──────
ただ星を眺めていたい夜もある。
ビルの裏側から人の気配がない事を確認して飛び上がる。ビルの壁面を何度か蹴り、屋上にひっそりと忍び込む。
空を見上げると、そこには雲のない冬の夜空に光る星々。それを独り占めしている気がして、こうしているのが好きだ。
しばらく、そんな空気を楽しんでから時間を確認する。大丈夫だ。まだ急ぐ必要はない。
そう思って仰向けに倒れようとした瞬間。黒い炎がワタシに向かって飛んできた。
当てる気の無い様なそのぬるい攻撃を躱すと、ビル下から何かが向かって来る気配を感じた。
魔力の隠蔽を怠りすぎたか?それにしても挨拶代わりに攻撃を仕掛けて来るとは無礼者である。
間もなく何かが屋上に現れた。それは旗の付いた槍をワタシに向ける。
一足飛びにこちらに向かって来るそれをワタシは思い切り蹴った。力を入れすぎたせいでズボンが破れてしまった。
しかし感触が軽い。ワタシの反撃を見越していた何者かはこちらの力を受け流して高く飛び上がる。
「中々やりおるな」
夜に舞う影を追うと、距離を置いて着地した。
「ニャーーーー!!」
叫び声を上げて斬りかかるが、槍に阻まれる。残念ながら謎の敵への攻撃は防がれてしまった。
しかし爪が届かなくともこのまま押しつぶしてしまえば問題ない。腕に力を込めるとセーターの袖が吹き飛んだ。
「ストップ!ストップ!!悪ふざけが過ぎたわ!」
その声には正直驚かされた。まさかワタシ以外にも似たようなのがいたとは。
黒い鎧姿とその声から1人のサーヴァントが頭に浮かぶ。
「お主…まさか反転聖女か?」
「なによ?その呼び方は。ここではまあ折田でいいわよ」
「確かにそもそも反転してる訳でもないか。ジャンヌ・ダルクその者でなく
その裏であれと生まれた訳であるからな……」
爪を引っ込めてワタシに戦闘の意思がないのを確認すると、折田も槍を引っ込めて学生服の姿に変わった。
「まず最初に言わせてもらうけど!アンタ手が早すぎない!?
マスターちゃんが変な気配をまとってると思ったらいきなりアンタとの恋バナ!
その場を取り繕うのも大変だったわ!」
「ふむ……何やら苦労をかけたようだな。まあワタシとマスターについては……」
その顔を思い浮かべた直後。先日の事が頭の中で蘇り、顔が熱くなる。
「あんた達お似合いのカップルね……マスターちゃんもそんな反応してたわよ」
「ところで恋バナとはどんな話を?」
「端的に言えば好きな人が出来たけど、嫌われてないかってそんな話よ。
そんな事はないって言っておいたから安心しなさい」
「気を使わせたな……」
「アンタの為じゃないし。まあ気持ちはハッキリ伝えられないと不安になるって言うのは有るじゃない?今のあの子はそういう感じなのよ」
「不安か……しかし……キャットから言うのはいささか切り出し難いというか……苦手なのだな、こちらから思いをぶつけるのが」
「はあ?……好きな相手ほど奥手になるって感じ?」
コクリと頷く。
「うーん……面倒クサイわねアンタ達」
折田はその場に座り、話を続ける。
「まあアンタ達がどんな付き合い方をしようと私が首を突っ込む話でもないけど、立香を不幸にするんじゃないなら好きにしたらいいわ」
「お主はそんなに執着がないのだな」
「あの子は私にとっての友人以外の何でもないわ。マスターとサーヴァントの関係はもう無いんだから。
アンタみたいに恋人だったって訳でも無いし。それに私が出来ることなんてそんなに無いじゃない?」
「人の身で生きる以上、自分の人生を疎かに出来ぬ定めか…だから陰で支える以上に手を出さないと」
「まあ私がそうするだけだし、アンタがどう関わるかっていうのに口出しはしないわ」
「それならばありがたい。キャットも恋路の為とはいえ進んで昔の仲間を踏みつける趣味はないのでな」
「さっきはいきなり潰されそうな気配を感じたけどね……
ところで話は変わるけど、アナタはどう目覚めた?」
「目覚めたというと、この世界でという事か?」
「そう。私はある日、突然人生の線が二本に増えたというか……記憶の中に混ざってきた?
ジャンヌ・ダルクオルタである自分と折田である自分がそれぞれいて、それが合体した様な……」
「無理矢理人生の中の別の自分が捻じ込まれる感覚。キャットも味わったぞ」
「ええ、頭がおかしくなりそうだったわ。今までの私というアイデンティティはかなり揺らいだけど、
サーヴァントの体に変身出来ると気づいた時は人生の最高潮だったわね。魔法少女だ!って感じで」
魔法少女というには余りにも凶暴な容姿をしていると思ったがそれは言わぬが吉か。
「中々使い道がないのは残念よねぇ。変に暴れると嫌な組織に目を付けられそう……それでアンタは?」
「キャットはそうだな。それは遡ること18年程前……岩肌の上で転がっていたらしい……」
「なんで曖昧なのよ」
「赤子同然だから当然であろう!それで天狗だか修行僧だか正体不明の者に拾われてな。曰く殺生石の欠片を媒介に生まれた妖狐だろうと言われたぞ。
そんなこんなで後はお主と似たような感じでな。それで記憶の相談をしたら住んでいた山寺から追い出された」
「いきなり厳しいわね。私だったらアンタみたいのを山から放り出すなんて怖くて出来ないわ」
「うむ。キャットも同感である。しかし記憶も力もあるならここにいるべきではないと言われたら婉娩聴従。素直に出て行った訳だな。
そして変化やら呪術やらを駆使してどうにか戸籍を手に入れて今に至ると言った感じだぞ」
「サラッと凄い事やってるわね……おっとそろそろ時間か」
釣られて時間を確認する。するとそろそろ立香の帰る時間だった。
「あら?アンタも立香の用事?」
「なんだ、折田が任されていたのか。キャットは勝手に見張っていただけだ。なのでここはネコの出番ではあるまい」
「何言ってるのよ。一緒に行けばいいでしょう?」
目的が目的だけに、中々断りにくく気が付けば立香のいる喫茶店の前まで来てしまった。
「重いわね!この筋肉バーサーカー!」
歩みを止めたワタシは折田に手を引かれて少しづつ引きずられていく。
「ここまで来て帰るつもり?」
「いや、なにという事はない。服の片足と片腕がボロボロに引き裂かれた状態で会いに行くのはどうかと思ってな」
「カルデアにいた時は緩い服ばっかり着てると思ったけど結構理由があったのね。アレ」
「うむ。不用意に変化を解くと大体の衣服は破れるので冬は特に面倒だぞ」
「とにかくここまで来て逃げようってのは意気地がなさすぎるわ。大体アンタの事が好きになる人なんてその程度の奇行は気にしないわよ」
ズリズリと引きずられる内に喫茶店の扉の前まで来てしまう。
「ほら、早く開けなさいよ」
いつまでも悩んでいても仕方がないか。ワタシは仕方なく扉を開き声をあげる。
「御免!藤丸立香はおられるか!」
「何者なのよアンタは」
店の奥の方からバタバタと駆けてくる足音が聞こえるとオレンジ色の髪をした少女が姿をあらわす。
「あれ?折田さんと…玉藻さん!?どうしたの2人で?」
「立香と話して古い連絡先に電話してみたら連絡が取れてね。それで会ってたから一緒にね」
「突然の呼び出しでビックリしたぞ。ビックリしすぎて服が弾け飛んでしまうほどだ」
「ちょっと驚かせようとしただけじゃない……」
「うわ、本当だ。玉藻さんどうしたのその恰好?流石にワイルドすぎるって」
「安心しろ!この程度ではどうにも感じない!」
「玉藻さんってもしかして寒さを戦う対象として見てたりする?」
少しの雑談の後、立香は片付けをを済ませる為に店の奥に姿を消した。
「それじゃ、私はもう帰るわよ」
「む?家まで行かないのか?」
「……立香がアンタの事で悩んでるっていうのは結構真剣なのよ。そんな話をする場所に他人がいても邪魔なだけじゃない。
どうせその様子だとお互い曖昧な態度しかとってないんでしょ?ハッキリさせておきなさい」
折田はワタシの胸をトンと叩く。激励のつもりだろう。
「立香ーー!ごめん!用事が出来たから先に帰るわ!」
そうして別れの挨拶をして折田は闇の中に消えて行った。
ハッキリさせろか。中々に厳しい事を言う。しかしいつまでも曖昧なままではいられないのもそうであるな。
夜の闇の中。2人で昨日と同じ道を行く。人の通りが無いのは昨日確認しているので変化は解いて立香の隣を歩く。
言葉なく、帰路に進む。ワタシの雰囲気を感じてか、立香も言葉なく時が進む。
伝えなければ何も起きはしないのだ。だから、勇気を出して話を切り出す。
「立香。話がある」
「うん。どうしたの?」
「ワタシは立香が好きだ。愛してる」
「そうだね。知ってるよ。私も玉藻さんのこと……多分愛してるって思う」
立香が足を止める。ワタシも足を止めて立香に向き合う。
「………ならば……恋人になってくれないか?」
全く気の利いた言葉が出てこない。だから不格好でも気持ちを素直に伝えた。
「うん。ありがとう。その気持ちは本当に嬉しいよ。だけどさ……
玉藻さん。私の後ろに誰かを見てるよね?だから……その場所はきっと私がいるべきじゃないと思う。
悔しいけど、このままともだ──」
「違う!それは違うぞ!マスター!いや……絶対に重ねていないのは嘘だな。
だけど……ワタシはあの日。あの日ワタシの手を握ってくれた……そんな貴方だから、この気持ちがある!」
言葉は空に消えて行き。ワタシの目からはボロボロと涙が溢れる。
「手を……うん。あの時の玉藻さん、今にもどこかに飛び出して行きそうで……そうしたらもう二度と会えないと思った。だからああするしかないって」
「そうだ。そういう行いを出来る立香だからこそ、ワタシは愛してるのだ。こんな奇妙な行いをする怪物を想ってくれる……
誰でもない。貴方だからこそ……」
顔を伏せ、自身から落ちる涙で地面が濡れるさまを見つめる。
自分の曖昧な態度で立香を傷つけていたなど思いもしなかった。なんと不出来な愚か者だろうか。
「顔を上げて」
立香の声に誘われるままに顔を上げる。紅潮した立香の顔が目に入る。
「ずるいよね。そんなふうに涙を見せられたら……」
突然顔を引かれ、視界が立香の顔で塞がれる。そして唇には暖かな感触があった。
「これが答えで良いかな?今は……胸が一杯で………玉藻さんみたいに熱烈に想いを語るのできないからさ」
手をつないで夜道を歩く。
「そういえばこちらには何時頃来るつもりだ?」
「ああ、引っ越しの時期?生活環境変わるから早めに家を出て慣れておけってお父さんには言われてるし、2月中には?」
「そうか。そう遠くないのだな」
「うん。詳しく決まったら連絡するね」
約束する。なんて事のない約束をしながら帰路を共にする。
なんて幸せな時間なんだろう。
ワタシはそんな時間を少しでも長くする為に歩幅をちょっとだけ狭くする。
立香もそれに気づき、ワタシに合わせる。
そんな様子がおかしくて。どちらともなく笑いがこぼれた。