ワタシは藤丸立香という存在に心を奪われている。
再び出会い。また恋をした。不恰好なワタシの告白を受け入れてもらって……
むぅ……不恰好な有様ばかり見せていて情けない。
籠絡するというよりも情けを掛けられているという気がしないでもないが、お互いの気持ちが通じ合っているのならば問題ない事だろう。
とりあえず今の問題はバレンタインに何を送るかだ。
特別な想いを乗せて何を送るべきか……一応の計画はあるが、立香に引かれないかという点が1番の問題である。
まあ、あまり悩むのもネコらしからぬ振る舞いか。
よし!当日に備えて準備は万端に備えよう!まずはエプロンの用意からだな!
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料理の腕前はそこそこなのに、何故かチョコレートを作る時だけ妙に手際が良い。
野菜の千切りなんかは今でも怖くて出来ないのに、チョコを切り刻むのは何故か手が早い。
まるで何年も数百個のチョコを作っている作っていた事でもあるかのようだ。
お母さんからは「達人みたい」と評されているが、どうしてこうなのか分からないので私としては奇妙だという感覚が拭えない。
まあ持っている技能を使わないという選択肢は無い訳で、今年は家族と恋人の分を合わせて4つ作る予定だ。
恋人……
玉藻さんの家に行ってからその先、私の心はなんとも慌ただしい。
常識の根底を破壊されて、あの人を好きになって、これからそう遠くない内にその人と同棲を始めるんだから気が休まる暇もない。
湯煎の前にチョコを刻む。年に一度くらいしかやらない作業だが小気味の良い音は結構好きだ。
「あっ。お姉ちゃん何してるの?」
キッチンからする音に釣られたのか突然、妹が現れた。
「バレンタインの準備だよ」
「そっか。もうそんな時期だもんね。特にお姉ちゃん。今年はアレだしね。初めての本命チョコってやつ」
「分かってるなら邪魔しないでね。ちゃんと家族の分も作るから」
「はーい。楽しみにしてるね」
私があっちに行けと手を払うと長い黒髪をひるがえして、素直にリビングに行って、ソファーに深く座った。
生クリームを温め、丁度良い温度になったらチョコと混ぜ合わせ、良い感じになったら型に流し込む。
家族の分は無難に仕上げる。玉藻さんの分は、家族には気恥ずかしく、友人に送るにも妙な意味を持たせそうで一度も使って来なかったハートの型に入れた。
そして冷やしてからメッセージを書こうとホワイトのチョコペンを手に取った。
玉藻さんに伝えたい事か……冷静に考えると、大分はぐらかされた事が頭に過ぎる。
マスターって誰!と聞けるなら直接聞きたい所なのだが、その部分に触れると快活な玉藻さんが妙にしおらしくなるので話に出したくない。
私に対する呼び方も複数種類あるが、マスターという呼び方については私に呼び掛けていない気がする。
普段はそうと感じないだけに気になってしまう。
あの人はとても優しくて、従順で、だからこそ傍に支えたくなる。そんな魅力を持った人だと私は思っている。
そんな玉藻さんを置いていなくなる。多分何か理由があったのだろうけど、それでも何だかそのマスターと言われる人にイライラしてきた。
無意識にチョコの上に拳を振り下ろしていた。ドン!と打撃音が部屋に響く。
「なっ、なに?!」
テレビを見ていた妹が慌ててこちらを見る。
「闘魂注入」
「何と戦うの!?」
「……知らない」
まあ冷静になろう。玉藻さんも(恐らく)妖怪だ。多分人間より長く生きるのだからそういった別れもあるだろう。
そういう出来事があったと私が勝手に納得しておけばいいか。
「良い時間だし、闘魂入りチョコ半分食べる?割れてて食べやすいよ」
「食べるけど……お姉ちゃん大丈夫?」
妹にとても心配を掛けた様だが玉藻さんに送るチョコは作り直し、メッセージは無難に『LOVE』の文字を書いて無事に完成した。
気持ちを伝えるのに捻る必要はないだろう。
そしてバレンタイン当日。
玉藻さんの家の前まで来たが、前に来た時以上に緊張している。
愛を込めた送り物なんて人生で初めての事だし、玉藻さんの口に合うのかも分からない。
そんなプレッシャーを飲み込み、玄関のベルを押して、高い電子音が鳴り響くと奥から声が聞こえる。
「立香か?今は手が離せないから入って来るがよい」
以前と違い控えめの歓迎を受けて、家の中に入る。
「お邪魔しまーす」
玄関を開くと、廊下の奥から甘い匂いが漂ってくる。何を作っているのだろうか?
浮ついた気分で足を進め、リビングへと向かう。
「いらっしゃいませー!と言っても完成までは、まだだからお待ちいただくワン!」
「はーい。楽しみに待ってるね」
私はとりあえずキッチンに向かう形でテーブルに着いた。
キッチンを見ると、玉藻さんは銀のボールに泡立て器を入れて生クリームを混ぜているようだ。あの大きい手で器用に。
うん?ここからだと全身が見える訳ではないから確証が持てないけど、なんかエプロンしか身に付けてなくない?
ソッと近づき、カウンター越しにその姿を確認する。エプロンと装飾の意味合いが強そうなニーハイソックスとかなり強気な衣装だった。
「裸エプロン!?」
私に背中を向けて、作業を続けながら玉藻さんは語り始める。
「おっと気づかれてしまったか。我が夫と認めた者が現れた時にだけ許されるこのスペシャルなコスチュームに……
確かにこの姿は一見すると裸同然である……
しかし!これは裸に在らず!愛するダーリンに対して『私も食べて♡』と覚悟を示す鎧である!!
それはそれとして、お尻をそうジロジロ見られるのは恥ずかしいぞ」
つい、視点が下に下がっていた事に気づく。普段見えない部分だから釣られただけでやましい気持ちはない。断じて。
「ごっ…ごめん……」
「まあ、ご主人の興味を引けているならキャットとしては問題ないのだがな」
バサバサと玉藻さんに尻尾が跳ねる。
何やら嬉しそうにしているが、私はなんだか手の上で弄ばれた気分だ。
キッチンが見えない様に、背を向けて椅子に座る。
本を読もうかと一度手に取るが、なんだかそういう気分になれず、カバンに戻す。
ダメだ。少しの間、見つめただけなのに玉藻さんの裸が頭から離れない。
思考を切り替えようとしても何度も何度も頭の中の玉藻さんは私を誘惑しに迫ってくる。
くっ!?関係性が変わっただけでこんなに相手の見方が変わる事ってある?!
「ふっふっふ。何やら身悶えしておるな」
「別にそんなっっ!いやらしい事とか考えてませんけど!」
「我は別にやらしい事を、と問いた訳ではないがな。まあ意地悪はここまでとしておこう」
玉藻さんが自分の背中に手を回すと、エプロンが緩んでわずかに胸元が見える。
「ニャーー!」
投げられたエプロンで視界は真っ白になる。
「なに?!」
エプロンを退けると、そこに玉藻さんの姿はなく、廊下を駆ける足音が響いていた。
着替えにでも行ったのだろうか?
ふと気づくと、なんだか頭の中がスッキリとした感じがする。妙な感じだ。化かされたという感じがする。
とりあえずエプロンを畳んで玉藻さんが戻るのを待つ事にした。
以前も着ていた赤い着物に着替えて玉藻さんは戻ってきた。
「もうすぐ菓子が焼き上がるので、しばし待つがよい」
2人分の緑茶を持って玉藻さんは私の向かいに座った。
それを一口すすり一息つく。
「玉藻さん。私に何かしたでしょ」
「ふむ。意外と鋭いな。ちょっとしたお茶目なのだが……気分を上げようと魅了の術をちょっとな」
「あーー……確かにそんな感じがしたね。なんでまたそんな事を?」
「術として修めてはいるが、これが中々ワタシの性分とは合わぬ術な故に使い道がなくてな……」
「それで私に試したの?」
「あくまで好意を性欲と結びつけるだけの術で……人の気持ちに嘘をねじ込むのでなくてだな」
「駄目だよね」
「どうせつき合ってるから良いかなって……」
「私はこれが初恋で、そしてそれ大事にしたいと思ってます」
「ごめんなさい……」
玉藻さんはケモノ耳を萎ませて頭を下げる。悔しいがとてもかわいい。
「今回は許すけどもう止めてね」
「でも……キャットも何度か化生には気を付けろって警告してるし……」
「そんな前もって言ったからセーフって理屈はないよ。兎に角、禁止です!」
「はい……」
その時、話を区切る様にオーブンが音を鳴らす。
玉藻さんは素早く反省をやめてキッチンに向かった。相変わらず切り替えが早い。
「せっかく来てもらうなら出来上がりが美味しい物を、と思ってな」
小さめのケーキが2つに生クリームが添えられた載ったお皿を私の前に置く。チョコレートの美味しそうな香りに心が踊る。
「フォンダンショコラだ。温かいうちに食べるがよい!」
「いただきます」
フォークを入れると、トロリとしたチョコが流れてくる。一口分に切り分けて口に運ぶと濃厚な甘みとそれを引き立てる苦味が口に広がる。
「凄い、美味しい」
安易な感想しか出てこないが、それ以上に表現する言葉が見つからなかった。
生クリームと合わせてると更に絶品だ。食べる手が止まらない。
玉藻さんはそんな私を楽しそうにニコニコと眺めたいた。
「ご馳走様でした!前のカレーもそうだけど、玉藻さんの料理って前食べたカレーもそうだけど、凄いね」
「うむうむ!そう言ってもらえると台所に立つ者として、冥利に尽きるというものだぞ」
一人で満足していると、玉藻さんの前には何もないのに気付く。
「しまった!食べる前に渡すべきだったよね」
カバンの中からチョコを入れた包みを差し出す。玉藻さんはまるで宝物でも見つけたかのようにそれを受け取る。
「おお……そうか、立香も女子なのだから渡す側でもあるか」
「玉藻さんと比べると地味かもだけど」
「こういう物は気持ちが全てであるぞ。互いに愛を伝える贈り物を送りあう、この行いに意味があるという物だ」
爪の先でリボンを掴み、包装を解いていく。
「その爪って何かに刺さったりしないの?」
「これか?必要な時、以外は丸っこくしておるから問題ないぞ」
必要な時がいつなのかはあまり聞かない方がよい話題だろうか。なんてことを考えている内に玉藻さんはチョコの入った箱を開けていた。
ハート型で『LOVE』と書いたストレートなメッセージ。それをマジマジと見つめている。
正直に言えば逃げ出したい位に恥ずかしい。
「ではいただくとしよう」
私のチョコをガバッと持ち上げるとバリバリと食べ始める。丸ごと行くんだ……
結構な大きさだから、そのまま行くとは思わなかった。しかし嬉しそうに食べているから、口を挟むのも野暮だろう。
「美味しかったぞ!」
「うん、ありがとう。でも別にそんな丸ごと行かなくても……」
「ハートの形だったのでな。割るのは不吉に思い、そのまま食べさせてもらったぞ」
「なるほど……じゃあ来年は、小さいのにした方が良いかな?」
「いや、問題ない。むしろ立香の気持ちの分、もっと大きくしても良いぞ」
日の沈み始める時間、家の中には和やかに笑い声が響いた
駅までの道。手を繋いで道を行く。
変化をして人間の姿をしている玉藻さんの手は、それでもとても温かい。
「今度はどこかデート行こうよ。外で玉藻さんと遊びたいな」
「うーむ。外でのデートか……」
「何か問題でもあるの?」
「お主といると気が緩む……そのせいで変化が緩くなりすぎてな。認識阻害する方向で誤魔化す方が良いのか?」
「そういうのは分からないけど、じゃあ人のいない所にでも行く?キャンプとか」
「うーむ。何かしら対策はする必要があるが、そうした方が良いかもな」
駅に到着すると、駅の入り口でお互いに見つめあう。
チョコを送りあい、十分に愛を確かめ合ったと言えるが一つだけ足りないと気づく。
「ここじゃ、流石にね」
私は玉藻さんの手を引いて、建物の影に隠れる。
「人の目が多い所は気が引けるが……こう薄暗いのも、気分が下がるな」
「でもしょうがないよ。玉藻さん、絶対変化が解けるでしょ?」
唇を重ねる。
握ったままの手は、フワフワとした毛皮の感触に包まれた。
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