我が家の玉藻(キャット)さん   作:歌川

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玉藻(キャット)さんと私の虚空

 やれやれ、人を化かす事や誤魔化す事には自身があったが、こんな弱みが有るとは思っていなかった。

気の高ぶりで変化の術が解ける。これは中々困った問題である。こんな程度の問題で頭を悩ませるとは自分の至らなさに歯痒さを覚える。

一体どうした物か……あまり頼れるとは思えないが、とりあえず友人に連絡をとり、自宅に招いた。

 

「それで私に相談?絶対間違えてるわよ」

折田はワタシが送った義理チョコを食べながら思った通りの言葉を返してくる。

「そこは元より承知の上であるが……やはり魔術は?」

「私が出来るのは敵を燃やして、吹き飛ばす程度よ。そんな魔術なんてねぇ?

知り合いに魔術師がいる訳でもないし。搦手はアンタの方が得意でしょ」

「うむ……方法としては無い訳ではないが……酒池肉林的な幻覚で惑わす方向の呪術なのでな。外で自分の身を誤魔化す為に使うには、公序良俗に反する可能性が高いぞ。そういえばお主はサーヴァントの姿に変身していたが、アレはどうなっておるのだ?」

「アレは自分の存在を切り替えてるって感じかしら?妙な事だけど、人間の私とサーヴァントの私が別々にこの体にいる感じなのよ。

切り替えは感覚でやってるから分からないわ。こうして人間の時は魔力もないし一般人よ。アンタはそういうの無いの?」

「元々超自然的な方向に寄った存在であるからな。サーヴァントという存在にならずとも力を振るうのに困る事がないのである。

もし、魂の中に霊基が刻まれているのならば一体化してしまっているのであろう」

「ふーん。なんかそれはそれでちょっとカッコいいわね」

 特に魔術に精通している訳では無い2人が話し合った所で案が生まれる訳もなく、ただの雑談で時間は進んで行く。

「他にカルデアにいたサーヴァントと話せたら良いのだけどね。何人いるかは分からないけど、私達2人だけって事はないでしょ?」

「そうであろうが、探す手段がないのが現状である。脳筋2人が出来るのは敵を叩くのみ……腕力に任せた解決方法は現代ではあまりにもリスクが大きすぎる……いや、サーヴァントが確実にいる所はあるぞ!」

「本当?そんな都合の良い場所ある?」

「うむ!冥府に降りて雀の宿まで行けば紅閻魔先生が確実にいるぞ!」

「冥府下りをする位なら、アンタの呪術を鍛える方がよっぽど楽でしょ……」

くだらない話をしているとすっかり日は暮れて、折田は帰って行った。

「アンタとはあんまり話した事なかったけど、今日は結構楽しかったわ。またね」

お互いに誰にも言えない秘密を抱える身の上だけに、それを気にせずにいられるのは、愛する者といるのとは別の心地よさを感じた。

 

 ─────

 

 2度と帰らない。そんな訳では無いが、家から出て行くのは寂しさを覚える。

両親も妹も、涙で瞳を滲ませながら私を見送ってくれた。

「いってらっしゃい」 「いってきます」

家族にしばらく「ただいま」と言うことがない、これは出立だ。

寂しさと期待とが合わさってなんだか不思議な気持ちになる。

それに、寂しいって言っても卒業式の前には一度帰るしね。

 

 スーツケースを引き駅を出ると、普段よりも大人しめな格好の玉藻さんが手を降っていた。

「玉藻さん。迎えに来てくれたんだ」

「夫の出迎えは妻として、当然の事であるからな」

「流石に夫扱いちょっと恥ずかしいんだけど…気が早いと言うか……」

「気にするな!ネコが勝手に言っている戯言だ」

 新しい家に向けて、2人は歩いて行く。

「少し目元が腫れているな」

「ここに来るまでにちょっとね。家族と離れて暮らすなんて初めてだし」

「別れの寂しさとは耐え難い物だ。それがどんな状況で有れ、悲しくなるのは仕方がないか」

「そうだね。だけど、ただ寂しいだけじゃないよ」

空いた手を玉藻さんに差し出す。玉藻さんはその手に指を絡ませて握った。

「うむ。我が家でお主が寂しいと感じさせる事がないように気を付けよう」

 

 玉藻さんと出会ってからしばらく経つけど、なんとなく言えないままの気持ちがある。

あの人が自身の毛並みについて、並々ならぬ自信を持っているから話に出し難いというのもあるのだが、

私は人の姿をしている玉藻さんも好きだ。

細く、しなやかで、力強い。私の指と同じようで、全然違う。

最初に有った時に私の顔に触れたあの指と、玉藻さんの顔。あの時の胸の高鳴りは、思えば一目惚れだったのだと思う。

「どうした?」

じっと顔を見る視線に玉藻さんが気づく。

「今日もかわいいなって思っただけ」

「にゃはははは。キャットはいつでもキュートであるからな。立香も良い顔をしておるぞ」

「そこはかわいいって言ってよ」

春を感じさせる青空の下で、和やかな空気のまま時間は過ぎていった。

 

 新しく住む家に入る時の言葉って何かあるのだろうか?

私の知識の中に、その答えはなく、ただ玄関を跨いだ。

「お邪魔します……って言うのも変か」

「ん?何か問題でも有ったか?」

「何でもないよ」

靴を脱いで、家にあがる。ここに来るのは3度目だが、今までの訪問とは違う状況に少しだけ緊張する。

「立香の部屋にはネームプレートが掛けてあるから、とりあえず荷物を置いてくるがよい。

送られて来た荷物もそこに置いて有るが、開封は、後にしてすぐにリビングに来てほしいぞ」

「うん。わかった」

廊下を歩くと、ハートマークにポップな字で『藤丸 立香』と書かれたプレートがすぐに見つかった。

分かりやすいのは良いが恥ずかしい。

そして部屋の内装は、ベッドと机に空の本棚、それにエアコン、テレビ付きと中々にしっかりとした一室だった。

空きスペースもあり、家賃に対してかなりの良い部屋の様に感じた。

 部屋を詳しく見るのは後にして、言われた通りにリビングに向かう。

「お主の部屋だが、気に入ったか?」

玉藻さんはメイド服に着替え、キッチンで紅茶を淹れている。私はまた変な術を掛けられるんじゃないかと警戒しながらも、前と同じ椅子に座った。

「うん。あんなに良い部屋を用意してくれてありがとう。前に見に来た時より豪華になっててビックリしたよ」

「あの時は準備中だったのでな。そして結果としては恋人とのドキドキ同棲生活になってしまったが、元々は同居人がほしい!という気持ちから募集していたからな。

そしてキャットはこの通り。思いの向くまま、気の向くまま。やかましい時も多々有るので、部屋で釣って我慢してもらうと言う方法に出ていた訳だワン!」

「なるほどね。結局、私以外に住む人はいなかったの?」

「残念と言うか、それで良かったと言うべきか。生活に不便という事で。皆、去って行ったぞ」

「ああ、近所の買い物出来る場所まで遠いのはね……近所のコンビニまで電車で行った方が早いみたいだし」

「立香とこうして2人でいられるのだ。それだけで我は全てを良しとするぞ」

玉藻さんはケーキと紅茶の注がれたカップをテーブルに並べて、私の向かいに座る。

「キャットからの引っ越し祝いだ。おかわりも有るから好きなだけ食べるが良い」

季節のフルーツで彩られたケーキはとても美味しかった。

好きなだけ、と言われたので二切れ食べてしまったが、昼食の代わると思えば食べ過ぎという事は無いだろう。

ケーキが入っていた箱らしい物が見当たらなかったけど、まさか手作りだったりしないよね?

 

「恋人らしい事がしたい!」と言われて、気が付けば日の当たる縁側で玉藻さんに膝枕をしていた。

「玉藻さん。こういうの好きだよね」

「おうさ!こうして日の光で暖まるのは大好きだ……

しかしだな、立香よ。その玉藻さん。という呼び方はそろそろ改めも良い時期では?」

「えっ。変えないとダメかな?」

「ダメという事はないが、気軽に下の方で呼んでほしいというか……」

「うーん……私としては、気を置かない呼び方が玉藻さんなんだけどね」

「そうであるか。まあ他のナインがいる訳でもないし、それで不便もないであろう。

しかし、ハニーや妻やマイラブリーガールなどの恋人同士のふざけた呼び方はいつでも歓迎だぞ!」

「それは、考えておくね」

 玉藻さんの頭を撫でる。嬉しそうに目を細めて、それを嬉しそうに受けている。

ピクピクと動くケモノ耳は可愛いが、触れても良いのだろうか。

「耳触っても大丈夫?」

「強くしなければいいぞ」

許しが出たので、軽く指で挟んでみる。玉藻さんの、手の毛皮と似た手触りだけど、手のそれとは違い、皮の薄さから力強い血の巡りの様な物を感じる。

軽く擦ると耳は跳ねる様に動いた。

「ふふっ。くすぐったいぞ」

「大丈夫?」

「それ位なら問題ない。続けてくれていいぞ」

そう言うのなら、気にせずに触り続ける。これがどうも、手触りが良い。

なんてそんな事をしていると、空いていた手に痛みが走る。何かと思い目を向けると、玉藻さんが指に嚙みついていた。

噛むというよりは甘噛みが正しいだろう。

謎に動物の要素を見せてくるけども、名前の通りに猫らしい仕草は初めて見たかもしれない。

「おっと。すまない、痛くなかったか?」

「飼い猫に手を噛まれて位だったよ」

「上手い事を言ったつもりか?」

そう言うと、玉藻さんはその手で私の顔を当ててくる。まさかこれは猫パンチなのか?

大きい肉球の独特な感触は、心地よかった。

「そういえば、お主の昔の話は聞いてなかったな」

「昔の話?玉藻さんほど面白い話は特に無いけど……でも他の人とは違うかなって部分はあったね」

「あまり前向きな話ではなさそうだな」

私が抱えていた悩み。誰に聞いても『そういう物』で流されて終わるそんな悩み。

いつからか、誰に言っても意味が無いとしまい込んでいたけど、玉藻さんには聞いてほしくなった。

「空虚だったんだ。ずっと、何をしていても。中学の頃から、なんだかそんな風に感じる様になったの。

何がしたいとか、将来の不安とか、そういう悩みじゃないよ。どうしてかな……心に穴が開いたまま塞がらなかった。ふとした時に、世界から孤立したような……」

「それは……悲しい事だな」

「原因も分からない虚しさに、じわじわ首を絞められる気持ちだったんだ。

誰に相談しても、年頃だからで、済まされて相談にもならないで話が終わって……

世の中のみんながこんな虚ろな気持ちを抱えて生きてるなんて、私は思えなかったよ。

まあ…よくある悩みだよね。ちょっと大げさに言っちゃった」

自嘲の笑いが口からこぼれる。

「きっとその穴に触れられる者は誰もいない。だから自分で埋める方法を見つけるしかないのだろうな」

いつの間にか瞳からあふれていた涙を、すべらかな指が拭った。

「誰にでも共有の出来ぬ悩みがあるものだ。この通り、気の高ぶりで変化を維持できぬ不出来な妖狐の様にな」

そういう玉藻さんの姿は、ケモノの手と人間の手でブレている。かなり酷い有り様である。

「ワタシがその穴を埋めてやる!と言い切れれば良いのだが、そこまでの自信はない!

だがその虚しさに耐えがたいと言うならば胸はいくらでも貸してやる!そこで泣いて少しでも気を晴らすが良い!」

私の膝の上に頭を乗せたまま、玉藻さんは胸を貼る。言葉とは裏腹になんと甘えた姿か。

「うん、ありがとう」

本当は玉藻さんと出会ってから、殆どそんな虚しさは感じなくなっていたのだが、今はそれを黙っておこうと思った。

受け入れてくれた嬉しさもあるけど、恋人に甘える理由を減らしたくなかった。

 

「なるほど。あの本の山はそういう理由であったか」

私は、続けて趣味の話をした。歴史の偉人達の話を調べていると虚しさが薄まり、それが原因ですっかり本の虫になっていた事を話した。

「さてと……何時までも二人でイチャイチャとつつき合うのも、止める頃合いか」

玉藻さんは私の膝から数時間ぶりに頭を離して立ち上がる。もう随分前から足の感覚はないが、開放感が凄い。

「……借りていた手前で言うのもなんだが、辛いなら言ってもらって構わぬぞ」

立ち上がれない私を見て、玉藻さんは私を背負った。

「そういう気遣いしてくれるなら、もっと早く言ってほしいな」

「キャット的には、ご主人が甘えさてくれるなら、そりゃあもう延々と甘えたくなるのがサガというもの。

用法容量を守って適度に甘やかすのはご主人の役目なので、次からは遠慮なく言うだよい」

何故か私が怒られるのか……

理不尽な注意をしながら、玉藻さんは私の自室へと向かった。自室に着くと私をベッドの上に下ろす。

「どうだ、歩けそうか?」

「段々感覚が戻ってきて、足の感覚が気持ち悪い……」

「まあ、すぐに治るのでじっとしているしかあるまいな。さて、キャットは晩御飯の準備をしてくるから、もう行くぞ」

「うん。落ち着いたらすぐ行くね」

私は去って行く玉藻さんの姿を見送って、少しだけ目をつぶる。

大切な人に悩みを受け入れてもらえて、その事が嬉しくて。

私は、自分の中にある虚ろに初めて感謝した。




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