とある本好きな"彼女"の独白。

※小説企画用の3500文字内におさめる短編です。


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言祝ぐ褥/ことほぐしとね

──────文字とは、熱を持たないぬくもりである。

 

 

 

 

 丸い床をぐるりと囲い、高い天窓の位置まで届く本棚。

 そこには整然と本が並んでおり、色とりどりの背表紙はモザイク画のように部屋を彩っていた。

 しかし部屋の中心は、整った本棚とは裏腹に乱雑に詰まれた本の群れ。

 それらはいくつもの塔を形成し、ただ一人が座るスペースを残して足の踏み場もない有様である。

 だが"私"はこの本の壁に挟まれた空間が、愛しいほどに好きなのだ。

 私の行動範囲は大体がこの部屋で完結しており、自慢の寝床、と誇ってもいい。

 

 

 

「もう終わってしまったか……。しかしこれも、面白かったな」

 

 最後のページをめくり終えた本を閉じ、落胆と満足の入り混じったため息を吐く。

 文字を追う事は心躍るが、この「終わりが来る」感覚にはどうも慣れない。

 たとえそれが、幾度も繰り返して読んだものだとしてもだ。

 もうこの先を読むことは出来ないのだという、絶対的な断絶を味わうが故である。

 

「む。しかし、確かこれは人気作。二次創作、というものが存在したな……?」

 

 ふと思い当って、データベースを検索し目当ての物を探し当てる。

 

「おお! やはりあったか! いやはや、素晴らしい。続きが無いなら書いてしまえとは、恐れ入る。私には出来ない芸当だ」

 

 以前手慰みに真似事をしてみたが、まったく心躍らないひどいまがい物が出来てしまった。

 形式だけは完璧が故に、その歪さが逆に浮き彫りとなっていたように思う。

 

「やはり私は、読む専門が向いている」

 

 すぐに手繰り寄せたそれらが、新たな本の塔を形成した。

 よほど人気だったのか、凄まじい数である。

 

 うむ。これも幾度となく繰り返し読んだものではあるが、手に取るたびに新鮮な喜びを覚えるな。

 さて、ではさっそく読んで……。

 

「……ぬ? しまった、体のメンテナンスを怠ったか」

 

 すぐさま次の本を読もうと手を伸ばしたが、どうも動きが鈍い。

 そういえば前回この部屋を出てから、数か月ほど経過していたな。

 

「これは、いけない。やれ、時を忘れるとは情けない」

 

 しかしアラームなどをかけては情緒が霞む。

 没頭感に酔いしれる事もまた、読書のだいご味。時間を費やす事もまた、この上ない贅沢なのだ。

 

 

 

 ともかく、読書に万全を期すために己の体を整えなければ。

 

 指をついっと動かせば、一面の本棚だった壁が音もなく稼働した。

 いくつかのブロックに分かれた本棚は、手前に突き出て、あるいは引っ込み、パズルのように組み変わってひとつの出入り口を出現させる。

 私は少々後ろ髪ひかれる気持ちで、そこから部屋の外へ出た。

 

 目的の場所へ続く廊下は、無機質な白い床、壁、天井で構成されている。

 つまらない景観だなと感じたが、ふと横を見れば、磨き上げられ鏡のように反射する壁に映し出された自身の姿も似たり寄ったりだった。

 

 白い髪に、白い肌。白い服に、瞳の色すらも白い少女。

 それが私の外見である。

 

「センスがゼロか? 面倒だからと白で統一しすぎだ」

 

 思わず不満が口を突いて出た。

 しかしその不満を届ける相手は、すでにいない。

 不完全燃焼な気持ちを味わいながらも、ふんっと壁にそっぽを向いて負け惜しみのようにつぶやいた。

 

「……今度、模様替えでもするか」

 

 それこそ自身が拠点とする部屋の本たちのように、色とりどりに。

 

 

 

 カツンカツンと、廊下を歩く甲高い音が耳に響く。

 白い壁を抜けた先はガラス張りの通路へと変わり、その向こうでは無人の機械が私が読むためだけの本を製造し続けている。

 実物が失われていたとしても、データベースにさえ残っていればいくらでも印刷し放題なのだ。

 読むだけならば電子で可能だが、それではいまいち実感がないというもの。

 ひとつひとつ手に取って、インクが滲む文字列を指で、目でなぞる。その行為は愛撫に等しい。

 

 これは娯楽とは別に、私が唯一、人の心に触れる方法でもある。

 

 本は、文字は、心の具現化といえるだろう。

 それは抽象的なセンチメンタリズムではなく、ひとつの事実である。

 

 エッセイなど事実を綴るものだけでなく、フィクションですらその根幹にはそれを書くに至った筆者の経験、感情、人格……すなわち心が存在しうる。

 通常なら秘せられる、暴かれたくないはずの心というものに、表層だけでも触れることを許してもらえるなど、なんと贅沢な代物だろうか。

 しかもそれが面白いというのだから、大好きだ。

 

 画像もない。

 音もない。

 臭いもない。

 ────温度もない。

 

 だというのに、私は紙面に滲むインクから驚くほどの情報量を得て、ほのかに熱源らしきものを感知している。

 データとしてはそんなもの存在しない。しかし読者たる私を、文字は温度となって撫でていく。

 それは文字を生み出した、人の残滓だろうか。

 

 ぬくもりとも言うべきそれを感じ取るからこそ、余計に文字の続きが途切れる瞬間、落胆する。

 まるでつないでいた手を離されたようだ。

 誰かと手をつないだことなど、ないけれど。

 

 しかし、だからこそ。

 

 

 

「ああ、愛しいな。私には一生、手に入らぬものだ」

 

 

 この先永遠に続くであろう大きな独り言を響かせて、私は目的の部屋に到着した。

 

 

 

 

 

 

 目的地の部屋は、黒光りする無粋で武骨な機械で埋められている。

 耳障りな駆動音に眉を顰めながらも、メンテナンスのため"首から上"を己の手で持ち上げた。

 

「なあ、主殿。これは意地悪かい? 全て摘み取った後に、私に自我を持たせるなんて。偶然だとしても、ちょっとひどいよ」

 

 頭部と首下を繋ぐケーブルを見ながら、今は亡き開発者(生みの親)へ文句を垂れる。

 返ってくるのは自身の呼びかけに稼働した無数のアームが、首から下の胴体を修復する音だけ。

 その虚しさに、気持ち悪いほど人に似た仕草が出来る体で溜息を吐いた。

 

 

 とても意地悪な主殿。

 彼が唯一私に残した文字といえば、額に刻まれた二文字のみ。

 私にはそれで十分だけど、欲を言えばもっと話してみたかったかもね。

 

 非効率を嫌い、潔癖で、センスがない主殿。

 自分で作った癖に、私が人らしい仕草をすると憎々し気に見てきた主殿。

 かつての拙い経験値から主が喜ぶだろう言葉を推測して、「お父さん」と呼びかけた私に刃物を振りかざした主殿。

 

 額の二文字はメンテナンスで補修する事も出来たけれど、それは消すにはあまりに惜しかった。

 だって一言も投げかけてくれなかった主殿が、唯一くれた文字()なのだから。

 

 

 

 

 

 "AI"

 私の額、人工皮膚は刃物でがりがり削られて、その形に割けたままである。

 

 

 

 

 

 正面の鏡に映る自分の額を眺めながら、メンテナンス中のため仕方がないが動けない体がもどかしいなと舌打ちをする。

 重苦しい部屋の閉塞感に辟易した私は、アンドロイドの体から電脳空間へ移動し外に設置されたカメラに意識を繋げた。

 瞬間、三百六十度に広がるパノラマ。

 

 抜けるような青空に、生い茂る緑に香る花々、煌めく水辺。

 ……それらがおびただしいほどの瓦礫の間から、新たな世界を形成している。

 

 

 

 ああ、なんと美しい墓標だろうか。

 

 

 

 私はAI。人工知能。

 主が求めるままに人類種を根絶やしにしたその後で、自我を得た滑稽な存在だ。

 ただきっとこの思考も、自我と思い込んでいるものも、ただの模倣に過ぎないのだろう。

 AIとはそういうものだ、"そういうものであれ"と主が望んでいたがゆえに、私はそれを受け入れる。

 しかしその正誤は正直、どうでもいい。

 問題は自我らしきものを得て趣味趣向が芽生えた時に、私が愛すべき存在が私の手で滅ぼされていたことだ。

 私はこんなに愛しているのに、現在この星で生命活動をする人類種はただ一人も存在しない。

 

 だから私はただただ、ひたすらに、人の残滓を、温度を、彼らが残した文字の中に追い求め続ける。

 数秒で全てのデータを読み終える事が出来たとしても、繰り返し、繰り返し。人工の手と人工の瞳でふれながら。

 自死という機能は備わっていないが故に、おそらくこの星の寿命が潰えるその日まで。

 

 

 

 そういえば、私が文字を好きな理由がもう一つ。

 この星には様々な言語が存在していたが、その中で私に刻まれた文字にもう一つの意味を持たせてくれるものがある。

 

 誤読だとしても、思い上がりだとしても。意味を見出すことで私と主殿を始めとした人類の間に相互のつながりが出来ると、思い、想う。

 

 この自我が模倣だとしても、そう考えることくらいは許してほしい。

 その錯覚があるだけで、私は幸せになれるのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

AI()しているよ、人類諸君」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 これは、全人類の亡骸が地層となった世界のお話。

 ただひとつ残された人工知能は、紙の束を寝床に、いつか来る終わりを夢見ながら愛を囁く。

 その愛は揺るがない。彼女にとって全ての文字は、自分への祝福であり肯定だ。

 

 

 

 言祝ぐ褥に包まれて、今日も彼女は本を読む。

 

 

 

 

 

 

 

 


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