汚泥怪獣オドロ   作:彼岸花ノ丘

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被害拡大

 オドロ四号出現。

 昼食前の時間帯にその一報を受け、幸恵達は研究施設の会議室へと向かった。今回は自衛隊とテレビ通話で会話しながら、起きた事について報告を受ける事になったからだ。

 敦や賢治なども、他の研究メンバーも集まる。会議の進行を担うのは主任である幸恵の役割だが、必要であれば彼等に意見を窺う事もあるだろう。自衛隊員も何人か部屋に入り、資料配りやテレビの操作などを始めた。

 

「(現地の映像も、出来れば見たいわね)」

 

 オドロ四号がどんな姿をしているのか。どんな性質を持っているのか。

 四体目ともなれば、改良速度についても『グラフ化』出来るかも知れない。五号がどの程度の能力を持つか予想出来れば、必要最低限の戦力で、改良を抑え込むなどの対処も出来るだろう。

 会議室の席に着くまでに、色々な可能性や未来を考える。とはいえ全て机上の空論。これから話される自衛隊からの報告次第で、いくらでもひっくり返る考えだ。

 あまり自分の考えに固執しないようにしなければ。気持ちを落ち着かせつつ待っていると、自衛隊員が操作していたテレビに映像が表示される。

 如何にも軍服らしい服を着た、自衛隊の高官らしき人の映像だ。五十代ぐらいの、恰幅の良い強面の男である。

 

【……繋がったか? まずは自己紹介をしよう。陸上自衛隊三等陸尉の藤岡だ】

 

「巨大汚泥物体研究チーム主任、飯海です。挨拶もいいですが、本題に入りましょう」

 

 四号が現れた以上、のんびりしている暇はない。そう思い幸恵は自己紹介もそこそこに、話を先に進めようとする。

 ところがテレビに映る藤岡は、少し気難しそうに眉を顰めた。

 幸恵の言動を失礼に思った、という訳ではなさそうだ。何か言い辛い事があるような、そんな反応に見える。

 

「……何か問題が?」

 

【む。問題、ではあるな。そうだな……】

 

 尋ねてみれば、藤岡は少し口ごもりながらも認める。

 言い難い事らしい。それでいて、妙な落ち着きぶりがある。

 オドロ四号が現れたのに、何故冷静なのか。何故対応を急がないのか。

 数々の疑問の答えは、藤岡の一言により解消する。

 

【……オドロ四号が出現したのは、北朝鮮だ】

 

 日本国内ではなく、海外の出来事なのだから。

 

「えっ。北朝鮮……?」

 

【出現時刻は今から二時間前。日本時間の午前十時頃と聞いている。また北朝鮮からの公式発表はなく、韓国政府からの情報連携だ……そういう意味では誤情報の可能性もあるが、外交ルート上での裏取りは出来つつある】

 

 藤岡の言葉通りなら、この話は信用して良いという事なのだろう。

 日本国外でのオドロ出現。

 それ自体は、全くの想定外ではない。オドロが何処かの国の兵器でない限り、意図的に日本だけを狙う理由がない。宇宙人の侵略兵器にしろ、自然発生した生物にしろ、そのうち別の国を襲う事自体は簡単に想像出来る話だ。

 ただ、オドロが火山地下のマグマに何かをしているならば、やはり日本が狙われる可能性が高いだろう。火山列島と呼ばれるほど火山の多い日本は、オドロにとって目的地だらけの土地の筈だ。北朝鮮を狙う理由が――――

 

「っ! まさか、オドロ四号が向かっているのは白頭山では……」

 

【確定した情報はないが、そう予想されている。間もなく到達時刻だ】

 

 淡々と語る藤岡だったが、その表情は険しい。また一つ、オドロの『計画』が進行していると感じたからだろう。

 幸恵もそう思う。

 白頭山は北朝鮮で神聖視されている山であり、尚且つ火山でもある。オドロが狙う対象としては、決して不自然ではない。接近されたら自爆し、マグマに何かをする可能性はある。

 だが、まだやれる事はある。それは研究を進めてきた『第一人者』として、今日まで蓄積してきた知識を()()()()()事だ。

 

「北朝鮮政府との連絡は取れますか?」

 

【日本政府と北朝鮮間に、正式な国交はない。だから時間は掛かるが、連絡自体は可能だ】

 

「でしたら、核攻撃だけは避けるよう伝えてください」

 

 北朝鮮は核保有国だ。威力や射程などはひとまず置いといて、使える核を持っているのは間違いない。

 自国内での核使用なんて、そう簡単に決断出来るものではない。しかし北朝鮮は独裁国家。言い方は悪いが、守るのは自国民ではなく特権階級だ。彼等が自分の地位を脅かすと考えれば、核使用に踏み切る可能性は十分あり得る。

 それと核の『実戦使用』もしたいだろう。いざという時「上手く使えません」ではただのお荷物なのだから。そういった経験の積み重ねが、本物の『核大国』への道筋となる。オドロの撃退であれば核の平和利用という面目もあるため、米国なども強気の反対は取れまい。

 そして現実問題、通常兵器でオドロ四号を倒すのは困難な筈だ。三号でさえ自衛隊の猛攻を掻い潜っている。四号はこの猛攻に適応し、より優れた能力を持っているかも知れない。北朝鮮の方が自衛隊よりも素早く、大量の兵力を送り込める可能性は十分あるが、それでも簡単に倒せる相手ではあるまい。交戦で消費する物資や失敗のリスクを鑑みれば、核兵器使用は致し方ないとすら言える。

 オドロ四号を倒すだけなら、幸恵も核使用にそこまで反対はしない。放っておいても核爆発級の被害が出るのだから、人間が使った方がマシですらある。

 問題は倒した後だ。

 オドロは一号から三号までの間に、直面した問題を次々と解決してきた。それも単に立った歩いた走ったなんてものではなく、自衛隊の攻撃に対する『防御力』まで身に付けている。オドロの適応能力は甘く見るべきではない。核攻撃を受ければ、次に現れるであろうオドロ五号はなんらかの対策を打ってくるかも知れない。

 核さえ対策されたら、もう手に負えない。オドロの進行を防ぐ事も出来ず、好き勝手に蹂躙されてしまう。三号までなら通じた、核ほど威力のない対抗手段が全て使えなくなるのだ。過激な手段は後回しにし、段階を踏んで対応した方が『時間稼ぎ』になる。

 しかし、核攻撃と通常攻撃を一緒くたに語るべきではない、という意見もまた正論である。

 

【核使用を控えるよう伝えるのは、我々としても同意する。既に連絡済みだ。向こうが聞くかは分からんが……だが核攻撃に適応するのは考え難くないか?】

 

「ええ、確かに核攻撃の威力は凄まじいです。中心温度は数億度、水爆であれば数兆度に達します。この温度の中ではあらゆる分子が崩壊するでしょう」

 

 どんな物質にも、融点や沸点が存在する。最も融点の高い物質と言われている炭化タングステンでさえ六千度程度だ。数億度どころか、数万度にさえ長時間耐えられる物質はない。

 太陽さえも凌駕する高熱で全てを焼き払う……これが核攻撃の、最も恐ろしい力だ。オドロがどんな存在でも、核を耐える事は出来ないだろう。

 だが適応方法とは、耐える事だけではない。要は核攻撃を受けなければ良いのだ。

 

「だからこそ不味いんです。もしも核攻撃に耐えるのは不可能とオドロ側が考えたなら、次に試みるのは核の迎撃の筈。そして弾道ミサイルの迎撃能力は、戦闘機などの破壊にも応用出来ると思いませんか?」

 

【! ……オドロにそれを理解する知性がある、と?】

 

「分かりません。ですがオドロの適応速度は、生物進化では説明出来ない早さです。だからこそ最悪を想定すべきです」

 

【……………分かった。しかしそれを伝えるのは外務省経由となる。危険性は伝えるが、外務省が国益に反すると判断すれば、正確な情報は渡らない可能性がある。それについては了承してほしい】

 

「……承知しました」

 

 こんな時にも政治かと、幸恵としては思わなくもない。核攻撃に『適応』したオドロが日本を襲撃したら、それこそ国に大きな被害が出るのではないか。

 しかし北朝鮮は拉致問題や核開発など、日本に様々な害を与えてきた国でもある。国民感情からすると、『敵』に塩を送るような真似に見えるかも知れない。それは現政権の支持率に関わる事でもあるだろう。オドロ研究に批判が向く事も、ないとは言い切れない。

 何よりオドロの正体が不明な今、北朝鮮が送り込んだ兵器という可能性もゼロではない。オドロ四号が襲撃中だが、独裁国家のやる事だ。疑いを躱すための自作自演、という事もあり得る。

 どうあっても人間社会は、政治と切り離せない。人間社会の欠陥か、或いは人間自体の弱点か。

 

「(万物の霊長……最近はあまり聞かないのも頷けるわね。こんなのが霊長とか残念で仕方ないもの)」

 

 幸恵自身は、人類を見限るような気は更々ない。しかし自滅の恐れすらある環境問題を引き起こしながら、未だ一丸となれないどころか、問題解決の意思すら見えない姿が『知的』とは思えない。

 仮に、本当に『霊長』なんてものがあるとすれば、少なくとも人類よりは遥かに聡明だろう。或いは知性云々だけで語ろうとする時点で、人類に霊長たる資格はないかも知れない。

 案外オドロの作り手こそが、真の霊長だったりするのだろうか。

 ……少しばかりアンニュイな気持ちになったのを自覚し、幸恵は小さく息を吐く。今は人類の愚かさを嘆くという、暇潰しをしている場合ではない。

 

「ではもう一つ、質問です。オドロ四号ですが、形態などの情報はないでしょうか。詳細は分からずとも、三号から変化しているか、などの情報があれば教えてください」

 

【韓国政府からの情報では、四号の外見は三号と同じ動物型らしい。ただ、背中に突起物があるとの事。もしかすると爆発物に対し、なんらかの装甲を獲得したのかも知れない】

 

「突起物……」

 

【それと全長は八十メートルとかなり小型化しているようだ。ただしこれは、攻撃を受けて縮小した可能性もあるが……ん】

 

 会議の途中、藤岡の下に一人の自衛隊員がやってくる。隊員は何かを耳打ちし、藤岡は大きく目を見開く。

 次いで出てきたのは、大きなため息が一つ。

 好ましくない報告なのだろう。自衛隊員に小声で(恐らく感謝の類)伝えた後、藤岡は再びモニター越しの幸恵と向き合う。

 

【たった今、北朝鮮政府から正式に発表があった。未確認物体が防衛線を突破。人民の生命を保護するため核兵器を使用するとの通達だ】

 

 内容は、想像する限り最悪の部類だったが。

 

「……分かりました。恐らく四号は、この攻撃で撃破出来ると思います。対策協議も必要ないでしょう。念のため私は会議に残りますが、他メンバーは仕事に戻らせてもよいでしょうか」

 

【何かあり次第、すぐに戻れる体勢は維持してほしい。それが担保出来れば構わない】

 

「了解です。みんな、話は聞いたわね? とりあえず、戻りたい人は仕事に戻っていいわ」

 

 幸恵の責任の下、会議から離れていいと伝える。

 研究メンバーの多く(というより賢治以外。彼はさっさと出ていった)は、すぐには動かない。誰もが幸恵の言っていた『危惧』を理解しているがために。

 だが残っていても出来る事はない。一人、また一人と会議室から出ていく。最後まで残ったのは、一応まだ学生である敦だけだった。

 

「……………はぁぁ」

 

【あまりため息は吐かないでほしい。公式の会議として、会話は保存されているからな】

 

「だったら、私の考える最悪も分かりますよね?」

 

【……実際のところ、どうなんだ。正直なところを聞きたい】

 

「正直も何も、さっき話した通りです。核攻撃で四号は撃破出来るでしょう。ただし五号はどうなるか分かりません。恐らくなんらかの適応するでしょうが、その方向性や効力までは予測不可能です。ああ、それともう一つ」

 

【もう一つ?】

 

「まだ一例なので断言は出来ませんが……三号は二号と全く同じルートで阿蘇山への接近を試みました。恐らく五号も、同じルートで白頭山への接近を行います。そしてそれは三日後の筈です」

 

 流石に核攻撃への対応が、三日で終わるかは分からないが――――そう付け足すと、藤岡は深く頷いた。

 

【分かった。外交プロトコルを通じ、米国と韓国、そして可能なら北朝鮮にも伝える】

 

「私個人の考えではありますが、オドロは極めて脅威です。しかも現時点で、その存在が生物なのか人工物なのかも判明していません」

 

【……………】

 

「ヘドロの塊と言えば不潔で下賤に思えるかも知れませんが、我々にはその動かし方すら分からない。私達人類の手に負えない、恐るべき怪物です……その事は、自衛隊の皆さんも理解していると思いますが、認識が足りない方がいればくれぐれもお伝えください」

 

 遠回しな言い方であるが、「外務省に伝えとけ。外国と腹の探り合いなんてしている場合じゃないって」と幸恵は訴える。

 藤岡自身の認識は分からないが、彼はまた頷いた。オドロという存在を脅威だと思っているのか、はたまた大袈裟と感じているのか。韓国、北朝鮮政府が何処まで真剣に向き合おうとしているか。

 今話した情報が何処で止まるかによって、ハッキリするだろう。

 

【では、これにて会議を終了する】

 

「はい、お疲れ様でした」

 

 形式的な挨拶を交わして、会議は終了。極めて不本意な、悪い情報だけを確認し合っただけのものになった。

 しかしそれでも、悪い事が起きるという予想は出来る。予想さえ出来れば対策も練れる。

 そう思っていた。そう信じなければやってられない気分でもあった。

 だが幸恵はこうも思う。

 果たしてオドロは、本気で挑んだところで人類の手に負える存在なのかと――――

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