鳴嶋メルトの反省と未来   作:吉祥寺メルコ

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与えられたチャンス

「オマエノカンガエソウナコトダ」

「バカナノ?」

「ヒトリニサセネーヨ!」

 

 映像に映し出されている俺の演技は、緊迫感の欠片もない棒読みだった。

 原作ではシリアスなシーンなのに、台無しだ。

 これだと喜劇にしか見えない。

 

「いつ見ても、ひっでーな」

 

 胸が苦しい。

 恥ずかしさや悔しさが半分、後悔半分。あれから6年経ったが、俺がずっと抱え続けているものだ。

 あの頃の俺は何も分かっていなかった。

 

 なんとなく楽しく生きて、なんとなく事務所に入って、なんとなくモデルをやって、なんとなくドラマに出て。

 演技とかやったことなかったけど、適当にやっとけばどうにかなるって思っていた。

 

 実際、現場についてきていたマネージャーは何も言わなかったし、監督からも何か言われることはなかった。撮影は順調そのもので進み、俺はうまく出来ていると思い込んでいた。

 

 今から思い返せば、予算的な問題でスケジュールはギリギリ、演技を詰めて取り直す暇とかなけりゃ、作品的に役者の顔が売れればそれで良く演技とか二の次だったんだろう。

 当時の俺はそんなことに気づくこともなく、すっかりお山の大将になってしまっていた。

 

 俺のファンは何をやっても俺を褒めてくれた。

 そんな周りに甘やかされるがまま、知らないうちに作品をぶち壊していた。

 

「やっぱ、うめぇなぁ……アクア」

 

 定期的に何度も見て、何度も後悔して、何度もアクアの演技に目が向いてしまう。

 アクアは、いなくなってしまった芸能界に入って一番親しかったと思っている友人だ。アクアに対しては色んな感情が込み上げてくるけど、今は演技に関することだけにとどめたい。

 色々ありすぎて考えだしたら終わらねーしな。

 

 ドラマ版の『今日は甘口で』は、少女漫画を原作とした全6話の配信作品だ。

 

 1話から5話までは、学芸会と呼ぶのもおこがましいレベルで、ギリギリメインヒロインを務める有馬かなの演技力というか調整力によって破綻せずに保っているような感じだ。

 作品が原作ファンから叩かれまくったのも、よく分かる。

 

 それでも、最終回に限って言うならそれなりに観れたものに仕上がっていた。

 これはアクアのおかげだ。

 

 単純に演技の上手さで言えば、演技が上手いのは圧倒的に有馬だ。

 当時は分からなかったけど、演技に本気で向き合うようになってからは、どれだけ有馬の演技力がずば抜けていたのかを理解させられた。

 そして、有馬がどれだけ俺達に合わせて浮かないように調整していたのかも。

 

 話しかけても当たり障りのない会話ばかりだったのも、そりゃそうだと思う。

 イケメンの俺に話しかけられて、照れてるのかって思っていた俺を殴ってやりたい。

 俺が有馬の立場だったら、やるせなさと怒りでどうなっていたことか。

 有馬は、大人だった。だから現場が壊れないように、相手をしてくれていただけだ。

 

 ただ、この作品を見返して目を引くのは有馬ではない。アクアだ。

 有馬とは違ってアクアの異質さに気づくまでは、時間が掛かった。

 

 何度も見返しているうちに、アクアの凄さを思い知らされた。

 

 リハーサルから本番で変えてきた演技。

 ピチャッピチャッっていう足音が乗っているのは、ミスではなかった。

 本来なら避けるべき音すらも演出の中に取り込んでいる。

 

 照明との位置関係も完璧だ。

 表情が写らないことでシリアスな雰囲気を盛り上げている。

 

 そして、台詞でシナリオを進めながら俺に近づき、耳元でマイクに入らないように小声で俺を馬鹿にした。

 映像には入っていないが、今でも思い出すことができる。

 

「お前そばで顔見るとブスだなぁ」

「なんつったオメェ!!」

 

 誇りにしていた顔を馬鹿にされたことに怒った俺は、演技を忘れて反論した。

 俺を馬鹿にした言葉などなかったかのように、アクアは台本に合流する。

 

 どうにかドラマの撮影中だったことを思い出し、俺も台本に合流。

 それでも、さっき覚えた怒りまでは隠しきれずに、自然と演技に感情が乗っていた。

 いや、乗せられてしまったと言った方がいいだろう。

 全部、アクアのコントロールの上だ。

 

 そこからのアクション。ナイフを持ったアクアの攻撃をかわして、殴りつける。

 臨場感がすごい。

 本来は当てないはずが、実際に殴ってるんだから当たり前だ。

 

 アクアが自分からわざと殴られに来たおかげで、迫力のあるシーンに仕上がっている。

 

 最後に、有馬かなの必殺技の泣きの演技。

 完全に原作ヒロインが乗り移ったかのような涙で、原作付きドラマでこれ以上のものはないだろう。

 

 おかげで、最終回だけは好評というどうにか原作レイプという最悪な評価だけは免れることができた。

 

 全部、アクアのお陰だ。

 俺の演技に感情を引き出したのも、臨場感のあったアクションシーンも、最後の有馬かなの涙もアクアの演技がもたらしたものだった。

 

 俺はまだこの域に達していない。

 

 姫川さんを筆頭に、演技の上手い役者と共演する事は何度もあった。

 彼らは、こっちが上手い演技をしたら上手い演技を返してくれる。

 なんだったら、上手い演技をしなくても勝手にそれ以上の上手い演技をしてくれる。

 

 だが、下手な役者と共演するとそうはいかない。

 俺が俺なりに上手い演技をしたつもりでも、その演技が響かない。

 俺の独り相撲で終わってしまう。

 

 アクアみたいに、下手な相手から上手い演技を引き出すとか無理だ。

 

「裏方の経験がそうさせてるのか」

 

 これまでは、自分の演技でいっぱいいっぱいだったけど、最近はようやくそれなりの演技はできるようになったつもりだ。

 アクアみたいになるには、裏方経験も必要なのかもしれない。

 どうにか経験できないか、あとで社長に相談してみるか。

 

 俺はそう決めて、何度繰り返したか分からない『今日あま』の視聴を終えた。

 これから俺にとって人生で一番大事な撮影だ。

 

 気合は嫌でも入った。

 

 

 

   ◇◇◇

 

 

 

「カット」

 

 気合のおかげか、撮影は順調に進んだ。

 一時間枠の配信のスペシャルドラマだ。あとは明日の撮影だけだ。

 今回は、昔と違って自分でもそれなりな演技ができていると思う。

 

「お疲れ」

「お疲れ。やっぱ、うめぇなぁ」

 

 自信をもって納得の演技と言えなかったのは、共演者との実力差をまだ感じてしまったからだ。

 

 有馬かな。

 今ではすっかり天才女優の呼び名が板についてきていた。

 元々上手かったが、今はそれにプラスして演技に貫禄がある。なんとか圧倒されないように立ち向かうので精一杯だ。

 

「そう感じたのなら、あんたが成長した証でしょ」

「は?」

「昔のあんたなら、私は上手い演技なんかできなかった」

「そっか……そうだよな。悪い」

 

 ズキ、と胸が痛んだ。

 有馬がどれだけ我慢していたのか。

 昔のことを責められるのは辛い。

 

「べ、別に責めてないから……ごめん、褒めたつもりだったんだけど」

 

 有馬は手を左右に振って、慌てて前言を補足してきた。

 

 売れっ子女優になっても口が悪いのは変わらない。

 もっとも口が悪いのは、アクアの妹である星野妹がいうには、油断したときだけらしいので、俺も有馬の中では仲間くらいに思われているのかもしれない。

 

 なんだかんだ『今日あま』からだから、有馬と知り合って6年だ。

 それほど共演経験があるわけでもないし、直接の関りはそんなでもねえけど。

 

 アクアと親しかった流れなのか星野妹からは「師匠」と呼ばれて妙に懐かれていて、星野妹と有馬かなは、同じ事務所で同じアイドルグループに所属していた仲だ。

 星野妹経由で、間接的に付き合いが多少あった。

 

「それは信じていいのか」

「信じなさいよ。嘘つく理由が無いじゃないのよ」

「悪い。最初の現場だと本当のこと、言ってくれなかったし」

「言ってもどうにもならない現場だったからでしょ」

 

 繰り返しになるけど、『今日あま』での俺は、酷い演技だった。

 それを有馬が指摘することはなかった。座長として指摘するよりも、監督がOKを出すのなら場の空気を悪くさせないことを優先していたらしい。

 言ってくれれば良かったのに、と何度思ったことか。

 

 後からだから言えることで、当時の俺だと聞く耳を持っていたのかどうかを否定できないのが悔しい。

 

「そっか。成長できたのか」

「自信もちなさいよ。新人賞獲ったんでしょ。なんで、そこまで自信ないのよ」

「『今日あま』だからだろ。トラウマなんだよ、察しろ」

「あー……あんたにとってはそうかもね」

 

 そう。今日撮影したのは、俺が失敗してしまったドラマ、『今日あま』の大学生になったその後を描いた番外編だ。

 昨今のリバイバルブームに乗っ取ってか、原作者の吉祥寺頼子先生による短期連載があり、単行本が一冊出た。

 

 高校時代に結ばれた主人公と恋人が、大学生活の終わりが近づく中ですれ違いを起こしながらも、二人の愛を改めて確認する心温まり泣ける吉祥寺頼子先生らしいストーリーになっている。

 

『今日あま』ドラマのプロデューサーだった鏑木Pから続編のドラマ化が決まったと聞いた時、土下座する勢いで出演の継続を頼み込んで、どうにか吉祥寺先生を説得してもらい役を継続することができた。

 

 既に決まっていた仕事の合間に無理やり受けた仕事だ。調整が大変で事務所からはだいぶ怒られてしまった。おまけで事務所的には、『今日あま』のドラマを掘り返されたくなかったらしい。

 ほとんど黒歴史扱いだ。

 それでも俺にだって譲れないものがあり、どうにかこうにか撮影にこぎつけたわけだ。

 

「……そういや今更だけど、有馬はなんでオファー受けたんだ。別に受けなくていいような仕事だろ」

 

 俺ですら事務所にグチグチ言われるような仕事だった。

 今ではハリウッド女優としても活躍している有馬が受けるような仕事じゃない。 

 

「あんたが受けたからでしょ。(主人公)は交代して、メルト(恋人)はそのままってどんなドラマよ」

「あー……それもそうか」

 

 主人公と恋人役はセットか。言われてみれば当たり前だ。

 両方変えるか、両方そのままかで、続編で片方だけ違ったら違和感が半端ない。

 

「それくらい気づきなさいよ」

「悪い。『今日あま』ってので頭がいっぱいだった」

「本当に重症ね」

「重曹だけに?」

「ぶつわよ」

「顔だけはやめてくれ」

 

 暴力ヒロインは、反対したい。

 

「でも重曹ってルビー以外に言われるの懐かしいわね。B小町を引退してからは、ルビーくらいしか言ってこないし」

「アイドル時代のあだ名みたいなもんか」

「そう言われると不本意だけど……気に入ってたのかしら」

 

 有馬は子役時代に「10秒で泣ける天才子役」と呼ばれていた。

 それを星野妹が「重曹を舐める天才子役」と言い間違えてしまい、それが変に定着してB小町のファンからは「重曹ちゃん」と呼ばれて「違う」って否定するのが、お約束めいたやり取りになっていたらしい。

 

 B小町について詳しくないし、星野妹から聞いた話だから信憑性は知らん。

 

「それに、私にだってこの作品には思い入れあったし」

 

 思い入れか。

 有馬の話しぶりからしたら、俺みたいな嫌な思い出ではなく良いことのようだ。

 思い当たる節はあった。

 

「……アクアとの共演か?」

「馬鹿、違うわよ」

「いてぇ」

 

 いや、痛くないけど軽く殴られてしまった。ツッコミの範囲だ。

 今のは俺が悪い。デリカシーが無かったと思う。

 有馬の前でアクアの話題はNGに近い。色々あったらしい。

 

「この作品が久しぶりの主演だったんだから、嬉しくないわけないじゃない」

「あー、そういやしばらく見かけなかったもんな」

「ああん?」

「ごめんなさい」

「よろしい」

 

 ふりだろうけど、手を上げるな、こえーんだよ。

 だから暴力ヒロインはもう流行らないって。

 

 有馬かな。

 子役時代に一世を風靡して、テレビで見ない日はないくらいの勢いだった。

 俺もガキの頃、ピーマン体操を踊った覚えがあるくらいだ。

 

 が、勢いは長く続かず徐々に露出が減って低迷。

 そういえば、『今日あま』の現場で最初に会った時は、どっかで見たことあるようなって感じだったっけ。名前を聞いて、「()()()()()()か」って思い出したけど。

 

 そっか。言われてみれば有馬にとっても大事な作品だったのか。

 出演してくれたことに納得──って、あれ?

 

 っつーことは、その久しぶりに主演をもらえた大事な作品で、俺は足を引っ張りまくってたのか?

 マジかよ。吉祥寺先生に嫌われたことばっか気にしてたけど、有馬からも嫌われててもおかしくなかったのか。

 

 本当に、過去の自分が嫌になる。

 明日の撮影をバッチリ決めて、汚名を返上するしかない。

 

 せっかくもらえたやり直せるチャンスだ。

 俺はこの作品に役者人生をかけたい。

 

「有馬」

「なによ」

「明日の撮影もよろしくな」

「そっちこそ足を引っ張らないでよね」

「……ああ、俺はやっぱり足を」

「だから、ただの言葉のやりとりでしょ。今日は大丈夫だったてば」

()()()、か」

「だからー……」

 

 大丈夫だろうか。

 一抹の不安を感じつつ、この日の撮影は終わった。

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