鳴嶋メルトの反省と未来   作:吉祥寺メルコ

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有馬かなは爆弾

「ズットイッショダヨ、ダイスキ」

「オレモダ」

 

 半裸の有馬と向き合う。

 薄暗い部屋の中で、二人はゆっくりと近づいていき──

 

「カーーーット、うーん、30分休憩しようか」

 

 あと僅かで重なり合うというタイミングで、監督の声が飛んで、室内が明るくなった。

 

「はい」

「すみません」

 

 演技が悪かった自覚がある。

 クライマックスシーンで棒読みはやばい。

 いつでも撮影に戻れるように、ガウンだけ羽織って反省会だ。

 気を使ってか、部屋には俺と有馬だけが残されていた。

 

「有馬……」

「分かってるから、言わないで」

「いや、どうしたんだよ。俺まで引きずられたじゃねえか」

 

 俺が棒読みになってしまったのは、急に有馬が棒読みになったことに驚いて、演技が飛んでしまったからだ。

 人を言い訳にするとかだせえけど、それだけ有馬を信頼していたおかげで、動揺しちまった。

 

「うるさいわね。こういうシーン慣れてないんだからしょうがないでしょうが」

「慣れてないって、女優歴長いだろ。いろいろ経験してるんじゃないか」

「私みたいな可愛い系だと回ってこないのよ」

「あーーーー」

「納得されるのは、それはそれでムカつくわね」

 

 クライマックスシーンがどんなシーンか、分かりやすく言えば濡れ場だ。

『今日あま』の続編は、本編連載時の読者をインターゲットにしている。当時中高生だった読者も大人になっており、それに合わせて内容も大人向けのシーンが入っていた。

 

 それに、有馬の役(主人公)俺の役(その恋人)も、成長して大学4年生になっている。

 子供じゃないんだからキスして終わりってわけにも。

 

 有馬は元アイドル。それも背が低めでロリ系と呼ばれることもあったくらいだ。

 大人向けのシーンとは無縁でいられたって言われると説得力があった。

 

「にしても、ひどくねえか」

「ひどくないわよ」

「いや、なんつーか、ギャップ。有馬って演技だけはすげーのに」

「だけじゃないでしょうが」

「あーーー」

「その『あーーー』は、なんなのよ」

 

 有馬は、別に悪い奴じゃない。

 基本的に現場が上手く回るように立ち回るし、質問すれば的確にアドバイスだってくれる。

 頼りになる存在だ。

 

 ただ、それはそれとして、アクアとか永遠のライバル?らしい黒川あかねが絡んでくると色々と残念な一面が出てくる。

 

 東京ブレイドの舞台の時の醜い罵り合いは、アイドルに対する幻想を打ち砕くには十分なものだった。それに、アクアの時のアレ。言葉にするのも憚れるような、やらかしだった。

 

 演技関係なら信用できるけど、演技から離れたところだと何とも言えない。

 今の星野妹(友達)の友達くらいの距離感が一番かもしれん。

 

「誰だって緊張するときくらいあるでしょうが」

「有馬が緊張とか考えられん」

「あるのよ」

「有馬が緊張……うーん」

「そっちが悩まないでよ。悩みたいのはこっちなんだから。なんかアドバイスの一つや二つないわけ」

 

 あの有馬が演技でアドバイスを求めてくるとかどういうことだ。

 有馬にアドバイス。6年前からしたら考えられん。

 

「演技力あるんだから、いつもの演技をしたらいいだけじゃん」

「いつもの演技ってどんなのよ」

 

 そこまで追い込まれているのか。

 有馬のいつもの演技。パッと頭に浮かんだものがある。

 

「あれだ。見るものを引き込む楽しそうな太陽みたいな演技」

「それって、私を見てってやつでしょ」

「だな」

「今から撮影するシーンで私を見てって……いやいやいや、無理でしょ。変態じゃん」

「あーーー」

「だから、その「あーーー」はやめなさいよ」

 

 言われてみれば確かに。

 濡れ場シーンで楽しそうに私を見てアピールされても、ドン引きしそうだ。

 変態というか痴女というか、違うビデオの撮影になってしまう。

 

 それに原作は、照れながらも愛を確認し合うシーンだ。

 私を見てアピールされても辛い。

 

 濡れ場で私を見てアピールされて「かなちゃん」「かなちゃん」「有馬かな」みたいに興奮する人はいないはず。

 

「別に、変に演技しようとしなくていいんじゃねえの」

「演技しなかったら成立しないでしょうが」

「いや、いつも通りやったらいいじゃん。好きな相手と触れ合うだけなんだし」

「…………」

 

 クライマックスとは言え、読者サービスのオマケ的な濡れ場だ。

 そこまで過剰に盛らなくても普通にやれば成立する。

 

 我ながらいいアドバイスをしたと思っていたら、有馬が黙った。

 

「…………」

「……どした?」

「いつも通りってどうしたらいいのよ」

「いや、だからいつも通り」

「……それはいつもやってる人が言える台詞でしょうが!!!」

「は?」

 

 有馬の顔が見てわかるくらいに赤くなってる。

 いつも通りやる。

 それを有馬はできないらしい。

 

「別にいつも通りじゃなくても、経験くらいあるだろ」

「…………」

「え? まさか? え?」

「なんか文句あるわけ」

「いや、有馬って俺の1個上だよな? 23にもなって」

「それ以上口にしたら殺すから」

「口が悪い」

 

 殺すとか簡単に言うな。

 アクアが聞いたら悲しむだろうが。いや、あいつなら鼻で笑いそうだけど。

 

 有馬かな。

 元天才子役にして元アイドルにして天才女優。

 

 モテないわけがない。

 それでもまだってことは、よほど理想が高いのか、それとも重いのか。

 

 ああ、意外と重そうだもんなぁ。

 なんにしたって、めんどくせーーーーーーーー。

 

「何でこの仕事受けた!?」

「……それは……その……できるかなって」

「有馬かな、できるかな、じゃねえよ」

「誰もそんな寒いボケしてないわよ」

「いいじゃないの、私だって女優としてもっと幅を広げたいんだから。そういう役もこなせるようになりたいし」

「昨日の俺が受けたから受けたって話はどこいった」

 

 ちょっと感動したのに、感動を返せ。

 

 まあ、昨日の話も嘘じゃないんだろうけど。

 今聞いた話も本当だろう。

 

 そういえば、星野妹が言ってたっけ。

 有馬かなは子役からの脱却にかなり苦しめられたって。

 

 同じことをし続けていても、いつかは飽きられてしまう。

 常に新しいチャレンジも求められるのが、俺達が仕事にしている芸能界だ。

 

 俺もモデルが演技もやっているところから、モデル兼役者と見られるまで数年かかってしまった。

 演技が下手だというレッテルは、まだ完全にぬぐいきれていない。

 

 一度定まったイメージから次のステージに進むのはいつだって大変なんだ。

 そうか、有馬でも苦しむことはあるのか。

 

「……分かった」

「はい?」

「俺がリードしてやるから、俺に合わせとけよ」

「……できるの?」

「失礼だな。俺はモテるんだ」

「……ドン引きしそうなんだけど」

「リードするのやめていいか?」

「うそうそうそ、冗談よ冗談。任せるから頼むわよ」

「任せとけ」

 

『今日あま』で上手く出来るか悩んでいたのに、いつの間にか俺がリードする展開とかどんな流れだ。

 有馬が経験ないって言っている以上、仕方ねえし。

 幸いというか、昔取った杵柄というか、そういうことには慣れている。

 つーか、たぶんその辺の男と比べて、経験値で負けない自信がある。

 

 役者は何事も経験だって言われたことあるけど、まさか遊びまくっていたのが活きるとは人生何があるのか分かんねーもんだな。

 

 オーケー有馬かな。

 職業、イケメンを自認していた俺の生きざまってもんを見せてやるから、安心して身を委ねろ。

 

 

 

「ずっと一緒だよ。大好き」

「ああ、俺もだ」

 

 

 

 こうして、どうにかクライマックスシーンも乗り越えて、『今日あま』の続編作品の収録は終わった。

 

「お疲れ」

「お疲れ、助かったわ」

「そりゃ、よかった」

 

 濡れ場が描かれるっていっても、全年齢対象の配信ドラマだ。

 上半身を脱いではいるけど、ニップレスで大事なところは隠しているし、甘い空気を出すところまでで、身体を重ねて首筋にキスを。あとは視聴者の想像にお任せだ。

 

 どっと疲れが出たのは、緊張した有馬をリードするのが大変だったからだ。

 それはそれで、主人公の慣れてない可愛さが出ていて良かったけど。

 

「いい演技だったんじゃない」

「お前すげえな、さっきまでガチガチだったのにどういう目線!?」

「あんたが褒めて欲しそうにしてたから」

「してねえ……とも言い難い」

 

 不安がなかったわけではないから、否定できないのが悔しい。

 有馬は演技に関しては嘘はつかない──と信じたいので、本当にいい演技だったと思おう。

 

「これなら先生も褒めてくれるんじゃない?」

「……ッ」

 

 先生という言葉に、心臓が強く高鳴った。

 

 有馬が口にした先生とは一人だけだ。

『今日は甘口で』の原作者、吉城寺頼子先生。

 

 ドラマで俺が作品をめちゃくちゃにしてしまい、どれだけ傷つけたことか。

 ドラマが終わった後で、舞台版『東京ブレイド』や映画『15歳の嘘』絡みで何度か会う機会はあった。アクアや有馬には優しかったが、俺にはずっと塩対応だった。

 先生の態度も当たり前だと思ってるから文句も言えねえ。

 

『東京ブレイド』の舞台をやっている時に、話してくれたことがある。

 作品は、製作者にとっての大切な子供みたいなものだ、と。

 

 俺はそれを台無しにしてしまった。

 極端に言えば、先生の大事な子供を殺してしまったようなもんだ。何を言われても文句なんか言えねえ。

 

「……そんな怖い顔しなくても」

「うっせー、トラウマなんだよ、察しろ」

「あんたは上手くなった。私が保証するから、堂々としてなさいよ」

 

 それができれば苦労はしないっつーの。

 でも、

 

「……分かった」

 

 堂々とはできそうにないけど、卑下しすぎるのもよくねえか。

 有馬の言葉は素直にありがたく受け取っておこう。

 

「よろしい。ところで、あんたにずっと聞きたいことあったんだけど」

 

 有馬は満足そうに笑ってから、言い難そうに尋ねてきた。

 

「聞きたいこと? なんだよ」

「あんたってルビーと付き合ってないんだよね?」

「は?」

 

 俺が星野妹と付き合う? 何の冗談だ。

 

「ねえよ」

「そうなの!?」

「つーか、なんでそうなる」

 

 たまに現場が一緒になれば話はするけど、二人っきりになったことはない。

 完全に身に覚えのない話だ。

 

「ルビーから男の話題、あんたくらいしか聞いたことないから」

「そうなのか?」

「てっきりそうかと」

「……アイドルやってる間は、恋愛とかしないだけじゃね?」

 

 カメラの前以外だと、抜けてるところがあったりするけど、星野妹はアイドルという枠から外れない。

 アイドルの象徴みたいなやつだ。

 

「グサッ」

「なんでダメージを受ける」

「うるさいわね。いろいろあんのよ」

 

 それでもまだアクアが居た頃は、アクアにベッタリだったり、撮影現場で厄介な原作ファンをやっていたりとアレな部分もあった。

 アクアが居なくなってからは、星野妹に男の影を感じたことはない。

 

「付き合ってないのならいいわ」

「いいのか」

 

 付き合っていたらどうなっていたんだ。

 

 どうしてもアクアのことを連想してしまうから、星野妹と付き合ったりとかは考えられない。

 だから、どうでもいいといえばいいんだけど、気になる。

 有馬の許可が必要とかないだろうな。

 

「あ、そうそう。打ち上げには来るって」

 

 問い詰めるべきか迷っていたら、有馬が話題を変えた。

 配信開始が2週間後で、その後でヒット御礼の打ち上げが予定されている。

 ヒットしなかったらどうすんだ。

 

「来るって星野妹か?」

「なんでルビーが来るのよ」

 

 話の流れ的にそうだっただろうが。という言葉は飲み込んだ。

 

「頼子先生。それじゃ、また打ち上げで」

「…………」

 

 最後に有馬は特大の爆弾を放り投げて、去っていきやがった。

 

 ヒットしなかったらどうするんだ(2回目)。

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