江戸に住む戯作者である春河童は耕書堂の主、蔦屋重三郎に呼ばれて・・・

 野上武志先生の「はるかリセット」の第23巻の特別書おろし「お江戸りせっと」を読んで大河ドラマ「べらぼう」を混ぜた書き散らしになります。

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春河童夢噺

 徳川将軍が住まうお膝元たるお江戸の長屋に大年増の戯作者が住んでいた。

 その名は春河童

 戯作者春河童は随筆・黒本・黄表紙に滑稽本と江戸で娯楽として読まれる本を幾つも世に出し物書きを生業としている。

 「あ~もうダメ」

 この日も文机に向かったかと思えば半刻すると畳に背中を投げ出した春河童

 「昨日は調子よかったのに」

 春河童と生業を共にしているマリコは自分の文机に鎮座するノートPC越しに主の醜態を見て呆れる。

 いつもこうだ。

 調子が良い時はスイスイと書くが、畳へ大の字に寝転んだ時は梃子でも動かなくなる。

 こういう時は息抜きに何処ぞへ出かけるのだが、今日はどうしようかとマリコは思案していた所だった。

 マリコのPCにメールが届いた。

 そのメールを見てマリコは行き先を決めた。

 「春香、出かけるわよ」

 マリコは春河童を本名で呼ぶと無理矢理立たせて寝間着同然の格好から着替えさせた。

 

「いや~美人な御姐さん方をお迎えして華やぐってもんでさ」

マリコに連れられて春河童は日本橋にあるある店を訪れる。訪問を店の手代らしき男に伝えると喜色満面で大仰な仕草で奥へ通される。

 「後は私が案内しますので」

 すると今度は眼鏡をかけた真面目そうな女性が手代から春河童とマリコを引き継ぐ。

 「お初にお目にかかります。蔦屋重三郎の妻ていです。店の者が失礼をしました」

 ていと名乗った女性は謝る。

 「失礼ではないですよ。元気があって良いですね」

 春河童はにこやかにあの手代が礼を失した訳では無い事を伝えた。

 「元気があり過ぎるのも困りものでして」とていはあの手代にやや難儀しているのが伺えた。

 「こんなに早く来て貰えるとはありがた山にございます」

 ていが通した先でこの店、「耕書堂」の主人である蔦屋重三郎がやうやうしく出迎えた。

 「耕書堂さんとはお初になりますので、早速と思い立ちまして」

 春河童はマリコから誰からメールが届いたか聞くと寝ぼけ眼だった顔から目を輝かせた。

 遊郭街の吉原から商人の街である日本橋に店を移しお上に睨まれ身上半減で財産を半分没収されるなど本以外でも話題になる店であるが、この耕書堂で春河童は山東京伝の愛好いわゆるファンであった。

 山東京伝先生と一緒の店で本を出せると春河童は俄然やる気が出たのであった。

 「前から春河童先生となら面白れえ事ができるんじゃねえかと。この随筆を読んで思ったんです」

 蔦屋が出した本は春河童が秋田堂で書いた随筆である。江戸の寺や神社を巡った体験を綴った内容だ。

 「まるで読んでいるだけでその寺や神社に行って祭りに来たように感じられる。ウチでもそんな本を出したいと思いましてね」

 「読んで頂きありがとうございます」

 もはや書物の大店である耕書堂の店主が読んでくれて面白いと言ってくれる。春河童とマリコは恐縮した。

 「ウチとして出したい本は休むことを書いて欲しいんでさ」

 蔦屋から本題が出た。その内容に春河童もマリコも首をかしげる。

 「休むについてですか?」

 「そう休むです。江戸の皆は急いている性分なもんで少し落ち着こうと言う内容にして欲しいんでさ」

 こう語る蔦屋の提案をまだ春河童は掴めずにいる。

 「つまり教訓本ですか?」と春河童は尋ねる。

 教訓本とは庶民に教訓となるような内容を物語風に書いた内容である。

 「いや、そういう固いものではなくて。休む事に粋や楽しさを見つけられると言う内容にしてえんです。絵も交えて黄表紙でどうでしょう?」

 蔦屋が提案する黄表紙は大人向けの娯楽本と言えるもので、内容と共に挿絵も大きな売りとなっている。

 「ねえ、いつも息抜きでした事を書けばいいんじゃない?」

 マリコが少し悩んでいる様子の春河童へ言う。

 「そう、それで良いんです。皆が読んで良いなと思って同じようにやれる内容で良いんです」

 マリコの言葉に蔦屋は乗る。

 「それなら書ける。蔦屋さん黄表紙のお仕事引き受けます」

 春河童は決心した。

 「かたじけ茄子にごぜえやす」

 蔦屋は春河童に深く頭を下げた。

 

 「まずは秋田堂さんの滑稽本を済ませてから耕書堂さんの黄表紙にかかる。いいわね?」

 耕書堂を出て江戸メトロ丸の内線の電車に揺られながらマリコと予定を打ち合わせる春河童、頭の中は耕書堂の黄表紙をどう書くかを思案していた。

 「マリコ、少し池袋に寄って行かない?」

 春河童の提案にマリコはすぐに帰って遅れている原稿に取り掛かってほしいと思えたが、生業を共にする彼女がこう言う時は何かあるのだと思った。

 「池袋に大仏があるって聞いた事があるんだけど、行ってみない?」

 「あ~確かにあるわね」

 池袋大仏を見に行く、これは耕書堂の黄表紙の為の取材なのだとマリコは分かりスマホで確認する。池袋にある仙行寺に大仏がある。

 「大仏は鎌倉に行った時以来ね」

 池袋の駅で降りてマリコが言う。

 「鎌倉行ったんだった。黄表紙で鎌倉の時の話も入れよ。鎌倉と池袋の大仏比べの話で書ける」

 歩きながら春河童は黄表紙の内容を組み立てている。

 新たな黄表紙に関しては大丈夫だろうと思えた。問題はそこから締切までどう進むかだが。

 「ところで今度の黄表紙、どんな題にするの?」

 とマリコが訊く。

 「うん、決めてる。春香休暇(はるかりせっと)にする」

 


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