正義の味方と悪い魔法使い   作:ヒフミくろねこ

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日常①~修学旅行編
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「えーっと、新学期になってから一週間が経ちましたが、ここで新しい先生を紹介します。士郎先生、入ってきてください」

 

ネギの声に導かれ、教室の扉が開く。  

黒のスーツを隙なく着こなし、頭の上に人形のチャチャゼロを乗せた士郎が姿を現した。

 

その瞬間、教室中に黄色い歓声が巻き起こる。  

女子生徒たちが色めき立つ中、エヴァだけはニヤリと不敵に笑い、明日菜と夕映は呆然と士郎を凝視していた。

 

「初めまして、衛宮士郎です。担当教科は……一応、英語かな?」

 

 生徒たちの熱気に圧倒されつつも、士郎は苦笑いを浮かべて自己紹介を終えた。

 

「えっと、士郎先生は学園長が僕のために付けてくれた、アシスタントというか助手のような人で、一緒に授業を進めていきます。副担任も兼任してもらうことになりました」

 

 「若い!」「カッコいい!」とさらに歓声が上がる中、明日菜が人波を掻き分けてネギへと詰め寄った。

 

「ちょっとネギ、どういうことよ! それに士郎さ……先生!? いきなり先生って、聞いてないわよ!」

 

「えっと、実は僕も今朝いきなり言われて……」

 

 詰め寄る明日菜にたじたじのネギ。二人は揃って、説明を求める視線を士郎へと向けた。

 

「いや、説明と言われてもな……。先週、学校で明日菜と会っただろう?」

 

 明日菜は記憶を掘り起こし、ハッとして頷く。

 

「あの時はちょうど学園長と会った帰りでさ。その時点で、副担任になることはもう決まっていたんだ」

 

「……うそ」

 

「えーっ! 僕、そんな話全然聞いてなかったですよ……」

 

呆然とするネギと明日菜。だが二人は、この状況をあらかじめ知っていたであろう「犯人」に気づき、視線を向けた。  

そこでは、エヴァが「してやったり」と言わんばかりの意地の悪い笑みを浮かべていた。

 

「……だからエヴァンジェリンさん、今日は確実に出席するって言ったんですね」

 

「そういうことか……」

 

 二人が揃って肩を落とす中、背後から一人の生徒が優雅に歩み寄ってきた。

 

「あら、アスナさん。ネギ先生だけでなく、衛宮先生ともお知り合いでしたの? ぜひ紹介してくださらないかしら」

 

「……げ、委員長」

 

 雪広あやかの声を皮切りに、飢えた狼のような女子生徒たちが士郎に群がってくる。朝のホームルームは瞬く間に阿鼻叫喚の地獄絵図と化し、士郎とネギはただ乾いた笑いを浮かべるしかなかった。

 

 騒がしい午前中の授業をネギと共にこなし、ようやく昼休みが訪れた。

 

「……エヴァたちと食べようと思ったんだが、どこに行ったのかな」

 

 士郎はお弁当を手に校内を彷徨っていたが、チャチャゼロの嘲るような笑い声を聞き流し、一人で食べる場所を探し始めた。すると、背後から声をかけられる。

 

「あらまあ、衛宮先生。お昼ご飯ですか?」

 

「こんにちは、衛宮先生」

 

 振り返ると、そこには大人びた雰囲気の少女と、短髪の赤毛の少女が立っていた。

 

「確か、うちのクラスの……」

 

「那波、那波千鶴です。で、こっちが――」

 

「あ、村上夏美です」

 

「那波に村上か。二人も昼食か?」

 

 士郎が二人の弁当箱に目を向けると、千鶴が柔らかく微笑んだ。

 

「ええ。よかったら衛宮先生も、ご一緒にいかがですか?」

 

「ちょっ、ちづ姉!?」

 

「あら、夏美は嫌なの?」

 

「あ、いや、そうじゃないけど。先生のご都合とかもあるし……」

 

 遠慮がちな夏美の様子に、士郎は「俺は構わないよ」と苦笑した。

 

「ほら、夏美。大丈夫ですって」

 

「あはは、そうだね……」

 

 どこか自棄気味に笑う夏美を連れ、千鶴は手際よく士郎を案内した。少し歩いた先の芝生にシートを広げ、三人は弁当を囲む。

 

「衛宮先生のお弁当、もしかして手作りですか?」

 

「ああ。食べてみるか?」

 

 士郎に促され、千鶴が玉子焼きを一口運ぶ。

 

「あら……美味しい! これ、先生がご自分で?」

 

「親父が家事全般ダメでさ。子供の頃からずっとやっていたから、今じゃ趣味みたいなものだよ」

 

「あ……あの、お母さんは?」

 

「夏美!」

 

 夏美の何気ない問いに、千鶴の鋭い声が飛ぶ。夏美はハッとして顔を青くした。

 

「ああ、気にしないでくれ。俺はもともと孤児で、引き取ってくれたのが親父だったんだ。母親はいなかったよ」

 

「ご、ごめんなさい……!」

 

「いいんだ。母親はいなかったけど、姉みたいな人はいたからな」

 

 士郎は慰めるように夏美の赤毛を優しく撫で、ふと思い出したように小さく笑った。

 

「どうしたんです、先生?」

 

「いや、悪い。その『姉みたいな人』も英語の教師でさ。藤ねぇ……藤村先生って言うんだが、これも奇縁かなと思って」

 

「どんな方だったんですの?」

 

「最初はよく喧嘩してたんだが、なんだかんだで和解してな。親父が一ヶ月家を空けるのもザラだったから、いつの間にかうちに入り浸って朝晩一緒に食べてたよ」

 

 懐かしそうに笑う士郎につられ、夏美や千鶴の顔にも笑顔が戻る。沈んでいた空気は、士郎の温かな思い出話によって一掃された。

 

「それで、私たちのクラスはどうです?」

 

 和やかな空気の中、千鶴がふと尋ねた。士郎は一瞬考え込み、口を開く。

 

「そうだな……俺が中学の頃は、こんなじゃなかったなと思って」

 

「どういうことです?」

 

「あー……なんとなく分かります」

 

 首を傾げる千鶴に対し、夏美は深く同意した。

 

「ほら、ちづ姉や委員長って、すごく大人びてるじゃないですか」

 

「ああ、大学生でも通じそうだよな」

 

 士郎と夏美が揃って「うんうん」と頷く。だが、その直後。

 

「……誰が老けている、ですって?」

 

 千鶴から放たれた「凄まじい威圧感の微笑」に、士郎と夏美は本能的に後ずさった。

 

「ひっ!?」

 

「い、いや、誰もそんなことは言っていないぞ!」

 

「あら、そうでしたか?」

 

 千鶴が一転して柔和な笑みに戻ると、二人は揃って安堵の溜息を漏らす。

 

「ち、ちづ姉に年齢の話は禁句だった……」

 

「そ、そうだったのか……」

 

「何かおっしゃいました?」

 

 ヒソヒソ話を千鶴に睨まれ、二人は慌てて首を横に振った。

 

「しかし、村上を見ているとなんだか安心するよ。中学生らしくてさ」

 

「そ、そうですか? でも、私って普通だし、赤毛だし……」

 

 褒められた一瞬は喜んだ夏美だったが、すぐにコンプレックスを思い出して俯いてしまう。

 

「あら、夏美は十分可愛いわよ?」

 

「そうだ。それに村上はまだ中学生だ。これからいくらでも変われるさ」

 

 士郎の真っ直ぐな言葉に、夏美は「でも……」と呟いてまた俯いた。士郎は落ち着いたトーンで語りかける。

 

「なあ、村上。俺も昔、諦めかけていたコンプレックスがあったんだが、結局どうにかなったんだ。何だと思う?」

 

「……肌の色とか、髪の色ですか?」

 

 自信なさげに答える夏美に、士郎は微笑んで首を振る。

 

「実はな、身長なんだ」

 

「え? ……高すぎる、ってことですか?」

 

 今の士郎は、優に190センチはあろうかという長身だ。贅沢な悩みだと呆れる夏美に、士郎は笑って否定した。

 

「いや、逆だ。高校を卒業するまで、俺は本当に背が低くてさ。あの頃は確実に那波よりも低かったぞ」

 

「うそ!? じゃあ、卒業してからそんなに伸びたんですか?」

 

「ああ、そうだ。だから村上も、まだまだこれからだ」

 

「は、はいっ!」

 

 夏美に笑顔が戻ったのを見て、士郎も安堵する。さらにダメ押しの一言を付け加えた。

 

「それにな、俺ももともとは赤毛だったんだ。だから、自分の髪を嫌ってやるな」

 

「えっ! 先生も!?」

 

 驚き、そして今日一番の笑顔を見せる夏美。  だが、その頭の上で沈黙を守っていた人形が、空気を読まずに叫んだ。

 

「ケケケ! 家政夫はもともと赤毛でチビだったのかよ!」

 

「ひゃああっ!?」

 

 急に喋りだしたチャチャゼロに、夏美は椅子から落ちんばかりに驚愕する。

 

「ふ、腹話術……じゃないですよね!?」

 

「あー、気にするな村上。こいつは……その、そういう仕様なんだ」

 

 小声でチャチャゼロを窘める士郎だったが、人形は「ケケケ」と笑うばかり。その様子を微笑ましく見ていた千鶴が、何かを思い出したように声を上げた。

 

「ん、どうかしたのか?」

 

「衛宮先生……もしかして、『レッドの兄ちゃん』と呼ばれたことはありませんか?」

 

「あ、えっと……どうしてそれを?」

 

 図星だった士郎が驚くと、千鶴は花が咲いたような満面の笑みを浮かべた。

 

「……レッドの兄ちゃん?」

 

「ほら夏美、先週話したじゃない。園児たちがヒーローに会ったってはしゃいで大変だったって」

 

 夏美も心当たりがあったのか、しきりに頷き始めた。

 

「那波、それをどこで?」

 

「私、学園都市内の保育園でボランティアをしているんですよ。先生、園児たちがみんな会いたがっています。またぜひ遊びに来てあげてください」

 

「……そうか。なら、また行ってみるよ」

 

「その時は、私もご一緒しますからね」

 

 二人が揃って笑っていると、予鈴のチャイムが鳴り響いた。

 

「あら、もうこんな時間。夏美、急ぎましょう」

 

「あ、うん! 士郎先生、またお昼一緒に食べましょうね!」

 

「ああ、またな」

 

 士郎も二人の手伝いをして片付けを終えると、午後の授業に向けて駆け出した。

 

 午後の授業をこなし、終礼(SHR)の時間。ネギが教壇で弾んだ声を上げた。

 

「えーと皆さん! 来週から僕たち3-Aは、京都・奈良へ修学旅行に行きまーす! 準備はいいですかー!?」

 

『はーーーい!』

 

 中学生らしい元気な返事に、士郎は思わず苦笑する。

 

「来週から修学旅行なのか……」

 

「そうみたいですね! 僕も昼休みに気づきました!」

 

 喜びを爆発させるネギ。教室中が騒然とする中、SHRが終了した。  

 直後、事務の源しずなが現れ、ネギと士郎に「学園長がお呼びです」との伝言を残していった。

 

 学園長室へ向かう道中、二人は首を傾げる。

 

「何の話でしょうか?」

 

「さあ……授業初日の報告かな?」

 

 部屋に入ると、近衛近右衛門学園長が待ち構えていた。

 

「ふむ、来たか。……すまんが、士郎君は少し外で待っていてくれんかのう」

 

「えっ、僕だけですか?」

 

 驚くネギに対し、士郎は冷静に「分かりました」と一礼して廊下へ出た。

 

(魔法使い関連の、俺には話せない内容か……?)  

 

 ぼんやりと待っていると、一人の生徒が歩いてくるのに気づいた。

 

「あれは確か、うちのクラスの……龍宮、真名だったか」

 

 中学生とは思えない体躯、そして褐色の肌。  

 真名は士郎の前で足を止め、探るような視線を向けた。

 

「衛宮先生か。こんな所で何を。学園長に呼ばれたのでは?」

 

「ああ。今はネギ君が話し中だ」

 

 沈黙が流れる。真名の視線には、明らかな「警戒」と「観察」の色があった。  

 その緊張を破ったのは、勢いよく開いた扉だった。

 

「士郎さーん! 僕の話は終わりましたよ。龍宮さんもこんにちは!」

 

 ネギの明るい声に、真名は視線を外した。

 

「いえ、何でもありません。それでは、衛宮先生も」

 

 一礼して去っていく真名。

 

「龍宮さんは何だったんでしょう?」

 

「……さあな」

 

「あ、僕もやることができたので帰りますね! また明日、士郎さん!」

 

 元気に駆けていくネギを見送り、士郎は入れ替わりで入室した。

 

「失礼します。……俺には話せない内容だったのですか?」

 

「ふむ、どちらかというと、ネギ君にはまだ言えんことでのう」

 

 学園長の真剣な眼差しに、士郎は表情を引き締めた。

 

「修学旅行の件は聞いたな。実は、京都には『関西呪術協会』という組織があってな……」

 

 語られたのは、関東と関西の魔法使い同士の対立。

 そして、ネギが「親書」を届ける特使に選ばれたという事実。

 

「士郎君には、その護衛とサポートを頼みたい」

 

「護衛ということは……生徒たちをですか?」

 

「うむ。特にワシの孫、このかには事情があってな。あの子には極東一とも言われる巨大な魔力が眠っておる。それを悪用せんとする輩がおらんとも限らん」

 

 護衛として『京都神鳴流』の剣士、桜咲刹那がついていること。しかし彼女もまだ子供であること。

 

「士郎君、大人として彼らを守ってやってくれんか」

 

「……分かりました。彼らが純粋に旅行を楽しめるよう、全力を尽くします」

 

「頼もしいのう。……もし、君やネギ君の手に負えん事態になったら、龍宮君の手を借りるのも手じゃ。彼女の実力は折り紙つきじゃからのう」

 

 士郎は眉を潜めた。

 

「龍宮は確かに実力者かもしれませんが、彼女はまだ子供であり、守られるべき生徒です。無関係な生徒を巻き込むつもりはありません」

 

 その言葉に、学園長は重く、しかし満足げに頷いた。

 

「……士郎先生。ネギ君と生徒たちを、頼んだぞ」

 

「はい。必ず」

 

 

 

 

 

 

「士郎さん、お帰りなさい」

 

「ああ、ただいま、茶々丸」

 

 エヴァの別荘に帰宅した士郎は、紅茶を飲みながら不気味に微笑んでいるエヴァを見て首を傾げた。

 

「ドウシタ御主人、壊レタカ?」

 

「おい、それは言い過ぎだぞ、チャチャゼロ」

 

「……ん、帰っていたのか」

 

 心ここにあらずといった様子だったエヴァが、ようやく士郎に気づく。

 

「機嫌が良さそうだな、エヴァ」

 

「そうか?」

 

 不審に思った士郎が茶々丸に視線で問うと、彼女は無機質ながらも少し嬉しそうに答えた。

 

「十年前に亡くなったと思われていた、ネギ先生のお父様が生きているかもしれないと判明したのです。マスターはそれをお喜びで……」

 

「よかったじゃないか、エヴァ。好きだったんだろ?」

 

 士郎の無邪気な一言に、エヴァの表情が一変した。

 

「おい……なぜ貴様までそれを知っている!」

 

「チャチャゼロに教えてもらった」

 

「チャーーーチャーーーゼーーーローーーッ!!!」

 

 エヴァが士郎に飛びつき、頭上の人形をひったくる。そのまま壁へと全力で叩きつけた。  

「イテーゾ御主人!」「黙れチャチャゼロ!」という騒ぎを横目に、士郎は本題を切り出した。

 

「ところでエヴァ、修学旅行はどうするんだ?」

 

「行かんぞ。呪いのせいで出られんし、第一、脳天気なガキどもと連れ立つ気はさらさらない」

 

 エヴァは猿轡を噛ませたチャチャゼロを納戸へ放り込み、きっぱりと言い放った。

 

「本当に行かなくていいのか?」

 

「しつこいぞ。行かないものは行かない」

 

「……そうか。茶々丸もか?」

 

 エヴァは茶々丸に視線を向け、「行きたいなら行ってもいい」と告げたが、アンドロイドの少女は静かに首を振った。

 

「いえ。私は常にマスターのお側に」

 

「そうか。……残念だな。でも、しっかりお土産を買ってくるから楽しみに待っていてくれ」

 

「誰がそんなもの……」

 

「……楽しみにしていますね」

 

 正反対の返答が同時に重なり、士郎は思わず吹き出した。

 

「エヴァが気に入りそうなもの、探してくるからさ」

 

「フン、勝手にしろ」

 

 そっぽを向くエヴァ。だがその耳は少しだけ赤かった。  

 士郎は苦笑しつつ夕食の準備に取り掛かり、茶々丸も「お手伝いします」と彼の後に続いた。

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