「さて、衛宮先生はやってくるかな」
私は林の中に身を隠し、初弾を装填したライフルを構える。衛宮先生がやってくるであろう方向を見ながら、息を殺してじっと待つ。
何故こんな事をしているんだろうなと、自嘲的な笑みを浮かべながらも思考に浸る。間接的な理由は色々と思い浮かぶが、やはり直接的な引き金は学園長との会話だったのだろうな……。
――昼休み。昼食をとり終えた私は学園長に呼ばれ、学園長室へと来ていた。
「何か用ですか、学園長?」
「ふむ、ちと話があってのう」
その学園長の言葉に、何か予感めいたものを感じていた。
「衛宮先生の事をどう思うかのう?」
「……衛宮先生、ですか?」
衛宮先生が赴任してきてから今日で二日目。教師としてどうこうというには時期尚早。学園長が私に求める答えは別の要素だろう。
「ただの一般人ではありませんね。詳しいことは知りませんが、たぶん強い」
ふっと息を抜く時もあるようだが、時折纏う空気が鋭くなる。今まですっと気の抜けないような生活をしてきたのか、さりげなくあたりに気を配っている。それなのに生徒にはまっとうに、まるでこれまでずっとそうであったかのように先生然として対応をしている。
「ふむ」
学園長は私が考えていた事も含め、満足そうに頷いた。しかし何が言いたい、学園長は……。
「確かに士郎君は少々事情があってのう、一般人というわけではない。それで色々とあってのう手が足りないならと龍宮君を紹介したんじゃよ」
「……………」
それが本題、か?
「ただのう、ワシが龍宮君の事を実力も含めて紹介したんじゃが、きっぱりと断られてしまってのう。子供だから、自分の生徒だからと言って頑なにのう」
……甘いですね、衛宮先生。私が嗅いだあの暗い戦場の匂いは偽者だったというのだろうか。私の疑問を知ってか知らずか、学園長は私を鋭い目で見つめ、ふむと鷹揚に頷いた。
「それでのう、士郎君に認めさせる事が出来るかどうかは君しだいなんじゃよ」
「それは衛宮先生の実力を測れという仕事の依頼ですか?」
「いや、言ったじゃろ。君しだいじゃとな」
そして学園長は、ふぉふぉふぉと笑う。 それは安い挑発だったが、私は乗った。新しい雇い口になる可能性というのは一先ず別としても。衛宮先生の実力と甘さ、そして私が感じた戦場の香りが本物だったのかどうかを知るために。
「話はこれで終わりですか?」
「ふむ」
学園長が頷いたのを見て、私は一礼をして学園長室を退室した。
昼休みが終わり、午後の授業が終わり、SHRも終わり放課後となる。
そして教室から出て行こうとする衛宮先生に、さりげなく手紙を渡した。
『森で待っています』という言伝を記した手紙を。
3-Aには私を含め刹那や楓、堅気でない者はそれなりにいるというのに……衛宮先生は私と同じ匂いがする。戦場の匂い、血の匂い。
その匂いは去年の担任の高畑先生よりも暗く、なお深い。
長く戦場にいた、それもつい最近までいたような、そんな人が何故いきなりこの麻帆良に、と疑問に思ったりもしたが私には関係ない事だ。
ただ衛宮先生は戦う人間で、この私の実力を見せる。それだけの話だ。
私はゆっくり瞼を閉じ、息を吐く。
らスコープ越しに見える白い髪、私と同じ褐色の肌、そして遠目でもなお目立つその深紅のコート。
さぁ行こう、ここは戦場だ。
トリガーに指を掛け、それを引き、絞る。
――ッパシュッ!
避けた、いや防いだのか。
銃身から吐き出された弾丸は、衛宮先生がいつの間にか出していた黒と白の中華刀によって防がれていた。
弾速は実弾には及ばないものの、だからといってそう軽々と防げるものではない。
いやそれ以前に、私の狙撃に気付いたというのか、まったく。
心のどこかで狙撃を防ぐだろうなと思っていたのだろう、私は口元に笑みを浮かべ次弾装填――。
スコープ越しに目が合っただと!?
――発砲。
今度は避けられたか。 第三、四射と続けさまに発砲。
私の撃った弾は寸分違わず狙ったポイントへと吸い込まれるが、ことごとく衛宮先生に防がれ、そして避けられる。
神鳴流の剣士ほど完璧に防がれるというわけでもないだろうが、それでもこの反応か。魔法障壁を展開している魔法使いでもないようだが、魔法使いの従者か?
弾丸が全て吐き出され、私は素早くリロードし再び銃を構えスコープを覗き込む。そこには弓に「剣」を番えた衛宮先生がいた。
瞬間、私はその姿に見惚れた。
「弓兵……」
銃全盛のこの時代に、前時代的なその攻撃方法。
放たれた矢は私と衛宮先生の間を切り裂き、寸分違わず私のスコープを貫き、それでも止まらず背後の木に突き刺さった。
矢、いやその剣。
薄く細い刀身に何かの刻印がされていたのが視認出来た。
そして刹那――。
「ッチ!」
舌打ちしながら、狙撃場所の枝から即座に飛び降りる。耳朶に無数の鳥の羽ばたきの音を捉えて背後を、今までいた場所を見た。
鳥が殺到して樹木をついばみ、抉った……?
私は背中に冷たいものを感じ、即座に思考を切り替えトランクから二挺の拳銃を取り出し、衛宮先生が来るであろう方向に構える。
衛宮先生はやはりここぞとばかりに私へと接近して来た。
「どういうつもりだ龍宮?」
衛宮先生は隙無く白と黒の中華刀を構え立ち止まり。
驚き半分、疑問半分といった感じで眉間に深い皺を寄せていた。
「いや、個人的な理由ですよ。衛宮先生」
私はその一言だけの交し合いで会話は終わりとばかりに、トリガーを絞り衛宮先生へと発砲。
「龍宮ッ!」
「フ、行きますよ。衛宮先生」
衛宮先生はその私の言葉に一瞬悲しそうな表情になるが、直ぐに戦士のそれへと変貌した。
「勝ったなら全てを話してもらうぞ」
「分かってる。勝てたなら好きなだけどうぞ」
私はフッと笑い、そして衛宮先生が動き出す。
衛宮先生は黒と白の中華刀の刃を返し、私へと打って出た。私の銃という特性上、間合いを開きたくないのか私との距離を詰め、刀を振り下ろす。だが私はそれを左手から発砲した銃弾で弾き、開いた体へと右手の銃で発砲。
「ッ!」
刹那の攻防の果て。衛宮先生の左手に持つ黒の刀が、私の銃口を寸前で逸らしていた。
「強いですね、先生ッ」
「龍宮もなッ」
それからは私と衛宮先生は拮抗状態へと突入した。
私は先生を撃つために銃口を向けトリガーを絞るより先にことごとく逸らされ。
衛宮先生の斬撃は、私の両手の銃底によって止められる。
まったく、衛宮先生は強い。
神鳴流のように気を纏い破壊力のある斬撃を放つ訳でもなく、魔法使いのように魔力を纏って魔法を放つ訳でもなく、忍者のように分身する訳でもない。
本当に常識的で、非常識に強い。
このままいけば銃弾に制限のある私の方が不利だ。だが、ここですんなりと負ける気は無いんでね。
私は瞬時に発砲。無論それは先生の刀によって止められたが、続けざまにその受け止めた右手の白い刀へと連続して銃撃し、吹き飛ばした。
衛宮先生は一刀では不利と悟ったのか、切り結んでいた私との間合いを大きく開ける。
だが――。
「そこは私の射程距離内ですよ、衛宮先生」
この最大のチャンスを潰すことなく、私は息を吐く間を与えず銃弾を吐き出す。
そして先生に着弾するかしないかの時、私と衛宮先生との間に巨大な石斧が出現した!
「なッ!」
私の放った銃弾は当然の如く全てその石斧へと吸い込まれ、先生には一発も当たることは無かった。そして驚愕する私へと、風を切る音と共に背後から、私が衛宮先生から弾き落としたはずの白い刀身の刀が迫る。
「チッ!」
右手を突き出しそれを迎撃。
だがその時には右手に黒の、左手には私が迎撃したそれとまったく同じ白の中華刀を持った衛宮先生が躍り出た。
先生は迎撃した右手の銃を叩き落し、左手に持つ銃をも無力化しようとする。
まだ、終わりではないですよ、先生。
私は左腕の拳銃をも無力化しようとそちらに気を取られた隙に、右手でこの超至近距離から「最速の指弾」を放つ。
的の大きい胴から、一気に頭部へと狙う。
――刹那の攻防の果て。
「私の、負けだ」
私は自嘲的に笑いながら、全身から力を抜いた。
最後に放った指弾は左手の銃を弾いた黒の中華刀が返す刀で胴を護り、頭部への指弾は先生の頬を裂くだけに留まった。
そしてその果てに、衛宮先生の右手の白の中華刀が私の首へと添えられていた。
やはり前言を撤回しますよ。先生は非常識的に非常識だ、とね。
「ここならいいだろう。さて、話してもらおうか」
私と衛宮先生は、学内のカフェテラスでコーヒーを片手に向き合っていた。
「先生の実力を見て、私の実力を見せただけだよ」
「……それは、腕試しがしたかったって事なのか?」
「そう言えなくもないが、違いますよ。言ってみれば私の仕事への宣伝活動、先生に対するパフォーマンスみたいなものです」
「子供だから、生徒だからという理由で蔑ろにされるのは面白くないのでね。実力を見せたまでですよ」
そこまで口にしてやっと、先生は気がついたようで呆然と驚いた顔をしている。
「学園長の差し金か……まったく自分の所の生徒に何をしているんだか」
「確かに学園長がたき付けたと言えなくもないですが。私自身も先生に興味があったのでね」
「興味?」
「衛宮先生が時折垣間見せる雰囲気が戦場のそれなのですよ」
「……………」
「詳しくは聞きませんが、ただ戦場という所は『子供だから』という理由が免罪符にはならない場所のはずですが?」
「だからこそさ、俺が矢面に立たないとな」
「戦場ではそんな理想は命取りですよ。衛宮先生もわかっているはずでは?」
「……それでもさ、その理想を追いかけていたんだよ、俺は」
「…………」
「龍宮よりも幼くて、それでも銃を持って戦っていた子供と会った事があってさ。そういうのはやるせない。たとえ実力があっても生理的に納得できないんだよ。こればかりはな、俺が俺であるために……条件反射的なことだからさ」
そう言って衛宮先生は弱々しく笑う。
現実を知り、それでも理想を追いかけていたというのか?
「そうですか。だが報酬さえもらえれば何でもするし、誰にでもつくのが私の心情なんでね。まあ、報酬に見合わなければ仕事を請けないので安心してくれていいですよ。この学園での生活も気に入っているのでね」
「だからといって嬉々として雇うわけにも行かないだろう」
「私は報酬さえちゃんと払ってもらえるならそれでもいいですが」
暗くなりそうだった会話を、私の冗談交じりの言葉でそらし、先生も肩を落として苦笑いを浮かべることで払拭した。
互いに戦場なんて言葉を出して、すねに傷を持つ身の多いこの世界に詮索屋は嫌われる。彼がポツリともらしたことだけだったが、私も先生もそれ以上は詳しく聞かなかったし、話すこともなかった。
「もう日も暮れてきたしな、そろそろ帰ったほうがいいぞ」
「何かあったら俺の所に来い、一応副担任だしな」
「それはこちらの台詞ですよ、先生。ただしお金を取りますがね」
その私の言葉に先生はなんとも言えない表情でむぅと唸り、その様子に思わず笑ってしまった。
「フフ……今回迷惑をかけたのでね、一度だけなら無料で仕事を請けますよ」
「……そうだな、もし俺の手には負えない事ができたなら龍宮に依頼するさ」
「また明日な、龍宮。気をつけて帰れよ」
「衛宮先生も」
先生は軽く手を上げて去っていく。
私と戦って実力を見せたのに、それでも「気をつけて帰れ」、なのだな。
衛宮先生にとっては、私はどこまでいってもやはり生徒ということなのだろう。
「……おかしな人だな」
そうつぶやいて私も先生に背を向け、ふふっと笑いながら寮へと向かい歩き出した。まったく、今日は有意義な一日だった。