正義の味方と悪い魔法使い   作:ヒフミくろねこ

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「帰ッテキタカ、家政夫」

 

「おう、士郎の旦那。お先にいただいてるぜ」

 

 就寝時間のため、生徒達を班部屋に戻るよう促した後、士郎の割り当てられている部屋に戻ると、そこではチャチャゼロとカモミールが小さな宴会を開いていた。

 

「二人とも、あまり騒がしくするなよ」

 

「分かってるっすよ旦那。それより旦那は飲まないっすか?」

 

 ケケケと、聞いているんだか聞いていないんだか分からない、いつもの笑い声を上げるチャチャゼロの横を通り、士郎は奥の椅子へと腰掛けた。

 

「いや、俺はお茶で十分さ」

 

 士郎はカモミールの問いに答えながら窓を開け、備え付けのポットのお湯を、こぽこぽと急須に注ぎ、湯飲みにお茶を入れた。

 

「旦那は下戸か?」

 

「普通には飲めるが、今は仕事中みたいなものだからさ」

 

 カモミールは、士郎の台詞に含まれた「仕事」という言葉に首を捻り、不思議そうな顔をする。

 

「仕事はもう終わったはずじゃないんすか?」

 

 兄貴はもう仕事は無いとか言っていたような――と呟くカモミールに、士郎は少しだけ真剣な表情で口を開いた。

 

「カモミール、そうじゃない。俺は近衛達やネギ君を護り通さなければならない。明確な脅威があると分かった今、なおさら体に酒を入れるわけにはいかないからさ」

 

 士郎は幾分顔を緩ませ、穏やかに喋り続ける。

 

「ネギ君がいくら魔法の天才で教師であっても、

 刹那が凄腕の剣士で近衛の護衛だったとしても、これは大人の仕事だ。

 全てが終わったときに、皆が何事も無くてよかったと笑えればいいんだよ」

 

 一欠けらの悔いも無くそう言い切った士郎に、カモミールは数瞬呆けていた。

 

 だが士郎の言った意味を正しく理解し、言葉を発しようとしたその時――

 カモミールよりも早く、士郎が口を開いていた。

 

「カモミール、この話はネギ君達には内緒にしていてくれ」

 

「俺っちとした事が……すまねえな、旦那」

 

 士郎の少しだけ強い言葉に、カモミールはコクリと頷いて謝罪したが、士郎は気にするなと頭を振った。

 

「旦那、もし俺っちに出来る事があったら、何でも言ってくれや。

 力になるっすよ!」

 

 仮契約とか、仮契約とか、仮契約っすけど――と続けるカモミールに、士郎は苦笑いを浮かべた。

 

「しかし旦那、兄貴達はかなりやる気っすよ?」

 

 そう言うとカモミールは、ネギ達と刹那との話し合いの顛末、

 3-Aガーディアンエンジェルスが結成された事を話した。

 

「完全に蚊帳の外ってわけにもいかねーんじゃ。あと俺っちが旦那のとこに行くって言ったら、誘ってって頼まれたっすよ」

 

「そうか……。

だけど俺とチャチャゼロがやる事は変わらない」

 

 士郎は穏やかに言い切る。

 

「万難を排して、ネギ君達が安心して進める道を作る。 それだけさ」

 

 優しく、柔らかく、士郎は微笑んでいた。

 

 ――瞬間。

 

 いつの間にか士郎の手には弓があり、

 いつの間にか矢は放たれていて、

 いつの間にか士郎は窓の外を、真剣な表情で見つめていた。

 

「チャチャゼロ」

 

「ケケケ」

 

 士郎の言葉に、チャチャゼロは心得たとばかりに杯を投げ出し、定位置となっている士郎の頭へと飛び乗った。

 

 士郎は赤い聖骸布のコートを羽織り、欄干に足をかけ、

 一瞬だけ呆然としているカモミールを振り返る。

 

「カモミール、ネギ君達のサポートを任せたぞ」

 

 そして声だけを残し、士郎とチャチャゼロは、

 もうすでにこの部屋にはいなかった。

 

 カモミールは何が起こったのか分からなかった。

 だが現状と士郎が残した言葉が脳に浸透していき、事の重大性を理解する。

 

「はっ! こうしちゃいられねーぜ。兄貴に知らせねーと!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「近衛を返してもらおうか」

 

「ウチを撃ち落したのはあんさんかえ? けれど、返せと言われて返すバカはいまへん」

 

 ホテルを出てすぐの橋の中ほどで、士郎とチャチャゼロは、

 木乃香を抱いた関西呪術協会の呪符使い――天ヶ崎千草と対峙していた。

 

「フフ。西洋魔術師ゆーても大したことあらへんかと思うてたら、なかなかどうして……あんさんみたいなのがおるんやなー。しかしこのかお嬢様は返しまへんえ」

 

「なら、悪いが力ずくで返してもらうぞ」

 

 千草の言葉に士郎は干将莫耶を構えて接敵しようとするが、それよりも早く千草が懐からお札を取り出した。

 

「ほな、二枚目のお札ちゃん、いきますえ」

 

 千草がそう言うと、小さな猿の式紙が一枚のお札を投げた。

 

「お札さんお札さん、ウチを逃がしておくれやす」

 

 そして二枚目のお札が発動し、瞬時に大量の水が濁流となって士郎とチャチャゼロを飲み込んでしまった。

 

 そんな様子を千草は見ながら、うっすらと笑みを浮かべた。

 

「流されて溺れ死なんよーにな。ほな」

 

 千草はこれで安心してこのかお嬢様を連れて行けると思ったが、橋の欄干に鎖が巻きついている事が目に付いた。

 

 そしてその先には、鎖を両手で掴み濁流に堪え、何とか頭を出している士郎がいた。

 

 その士郎の頭の上にいるチャチャゼロが、細長い刀身の剣を振りかぶっている事に気がづいた。

 

「なっ!」

 

「ケケケケケ」

 

 不吉な笑いと共に、チャチャゼロが投影された黒鍵を投擲した。

 それは大量の水を発生させているお札を、正確無比に打ち抜いた。

 

「くっ、なかなかやりますな。しかしこのかお嬢様は返しまへんえ」

 

 千草はお札を打ち抜かれた事に苦々しく思うが、すぐに気を取り直し、士郎達が体勢を整える前に猿のきぐるみを纏って逃走を開始した。

 

「家政夫、ヤツガ逃ゲルゾ」

 

「分かっている。掴まっていろよ、チャチャゼロ」

 

 士郎は水に浸かって重くなっているコートを気にする素振りすらなく、チャチャゼロを頭に乗せたまま千草に向けて加速した。

 

 千草は木乃香を抱きかかえながらも時々士郎達を確認するように振り向き、振り切れないと悟って舌打ちをした。

 

 士郎も埒が明かないと思い、空中に黒鍵を投影する。

 それをチャチャゼロが次々に千草に向かって投擲を始めた。

 

 案の定、見る見るうちに士郎と千草の距離が縮まっていき、千草は観念してとうとう足を止めて振り返った。

 

「ほんま、しつこいですなー。そやけどそれもここまでですえ。

三枚目のお札ちゃん、行かせてもらいますえ」

 

「ヤラセルト思ッテンノカ?」

 

「お札さんお札さん、ウチを逃がしておくれやす」

 

 士郎の頭から飛び降りて千草に接敵するチャチャゼロを見て、千草は薄く笑う。

 

「喰らいなはれ! 三枚符術――京都大文字焼き!」

 

「くっ、チャチャゼロ!」

 

 士郎は展開された爆炎から突出していたチャチャゼロを、とっさに抱きとめた。

 

「チッ、スマネーナ家政夫」

 

「ホホホ。並みの術者ではその炎は越えられまへんえ。ほな、さいなら」

 

 千草は確かに足止めをされた士郎とチャチャゼロを見て笑い声を上げながら、木乃香を小猿達に背負わせて今度こそとばかりに逃げ出した。

 

「チャチャゼロ、先に行け」

 

「アイサー」

 

 走り去っていく千草の背を冷静に見ながら、士郎はチャチャゼロに言葉を発した。

 

 以心伝心とばかりにチャチャゼロは自分の大剣につかまる。

 士郎がその大剣ごと、炎の上を弓なりに投擲した。

 

 チャチャゼロは見事に空中で体勢を整えて無事に着地すると、士郎を振り返ることなく千草の追撃に走った。

 

 

 

 士郎の方は目の前の炎を爆発で吹き飛ばそうと弓矢を投影しようとした時、ふらりと二刀の抜き身の刃を持った少女が現れた事に気が付いた。

 

「どうも~神鳴流です~。おはつに~」

 

「神鳴流?」

 

「はい~。月詠いいます~」

 

「……チャチャゼロは素通りさせたのか」

 

 怪訝な表情で士郎は月詠に問うが、月詠はにこにこしながら答えた。

 

「はい~。

 どちらかといえば~あなたの方が厄介そうでしたので~」

 

「そうか」

 

「この火は、まるで篝火ですね~」

 

 士郎はちらりと確認するように炎の壁を見て、月詠もそんな士郎をうっとりと見つめた。

 千草が放った三枚符術――京都大文字焼きの炎が煌々と燃え、士郎と月詠の横顔を照らす。

 

「ではいきます。ひとつお手柔らかにー」

 

 ぺこりと会釈をして月詠が士郎へと加速した。

 

 月詠は右手に大刀、左手に小刀。

 そして士郎は干将莫耶でこれを迎撃する。

 

 月詠は右手の大刀で気による重い一撃を放つと、それを皮切りに両刀による連撃。

 身を屈めての右手大刀による下からの切り上げ。

 そして振り切った先に、左手の小刀による追撃。

 

「らーいめーけーん」

 

 最後に気の抜けた技名とは裏腹に雷が落ち、ドンッと地面が爆ぜた。

 

 士郎は一連の月詠の攻撃を全て防ぎきったが、その苛烈な攻撃に少しばかり眉を顰めた。

 

「これが神鳴流というものか……」

 

 士郎の呟きに月詠はにこりと笑い、それに答えるかのように再度突貫してきた。

 

 何合目かの鍔迫り合いを繰り返し鋼が悲鳴を上げる中、士郎はさりげなく炎の向こうと来た道に視線を送る。

 

「何をきょろきょろしてるんですか~」

 

 月詠の言葉に、士郎は何かをあきらめたような表情となり、スッと月詠を見た。

 

「そろそろか……」

 

 月詠は怪訝な表情となって警戒レベルを上げ、二刀を構え直した。

 

 ――瞬間。

 

 何の前触れも挙動も無く虚空から石斧が出現し、頭上に落下する。

 月詠は軽く驚いたものの、冷静に対処を開始する。

 

「ざーんがーんけーん」

 

 月詠の気の篭った右手の大刀の一撃が石斧を左から右へ真横に切断し、その半ばでガラスが割れるような音と共に砕け散った。

 

 そして士郎の思惑通りに月詠が手を出したその隙に、士郎は大きく間合いを取り、弓矢を投影して細い刀身の剣を番えていた。

 

「神鳴流に飛び道具は効きまへんえ~」

 

 月詠は、矢を射ろうとしているのを確認して、どこか余裕な声色を出す。

 

 二刀を構え迎撃しようとする月詠の忠告を、士郎は頷いただけで構わずに黒鍵を放った。

 

 放たれた黒鍵は、月詠がわざわざ弾くまでも無く、軽く身を逸らせただけで射線軸上から外れ、炎の壁を貫いて消えていった。

 

 月詠は牽制にしてもあまり意味が無く、炎を消し飛ばすには威力の無い行動に小首を傾げるが、ある考えが浮かんでまさかと軽く目を見開いた。

 

「もしかして~、あのお人形はんへの援護ですか~?」

 

 士郎が曖昧に頷いてふっと笑った、その時――

 

「風花風塵乱舞!!」

 

 一陣の風が士郎と月詠を照らしていた呪符の炎を消し飛ばした。

 

「士郎さん!」

 

「士郎先生!」

 

「衛宮先生!」

 

「待たせたな、旦那!」

 

 そこから現れたのは、ネギ、明日菜、刹那とカモミールの三人と一匹だった。

 

「今、チャチャゼロが先行して足止めをしている。ここは俺に任せて、行け」

 

 士郎と月詠が対峙しているのを見てネギ達が足を止めるが、それを咎める様にして士郎が言葉を発した。

 

「で、ですが衛宮先生。神鳴流の剣士を侮らないでください!」

 

「……桜咲。お前は近衛の護衛なのだろう。なら、近衛を助ける事だけを考えろ」

 

 士郎のもっともな言葉に刹那は言葉を詰まらせ、今自分がすべき事を考えた。

 

「……分かりました。衛宮先生、この場は任せました」

 

「ちょ、桜咲さん!」

 

「明日菜も気にするな」

 

 明日菜はまだ何か言いたかったが、士郎の言葉にぐっと我慢する。

 

「では士郎さん、ここは任せましたよ。

 僕たちが必ずこのかさんを助けますから」

 

 だから安心してください――と言ってネギ達は駆け出した。

 刹那は軽く会釈をして、明日菜はまだ心配そうだったが、それでも走り出した。

 

「もう終わりましたか~?」

 

「悪かったな、待ってもらって」

 

「いえいえ~。もう雌雄は決していますから~」

 

 やられましたわ~と、にこにこしながらも月詠は呟いた。

 

 チャチャゼロを先行させて千草の足止め。

 中間地点で月詠の相手をしながらもチャチャゼロへの援護、後方の確認。

 そして止めとばかりのネギ達――後詰めの到着。

 

「本当はネギ君達が到着する前に救い出したかったんだけどな。

 それより月詠といったか。負けると分かっていて、まだ続けるのか?」

 

 士郎の言葉に月詠はくすっと笑う。

 

「あなたなら仕事でなくても仕合いたいお方やから~。とりあえず千草はんが引くまでは、お相手してもらいます~」

 

 月詠の台詞に士郎は眉を顰めるが、干将莫耶を構えなおした。

 

「ほな、続きを始めましょ~、士郎はん~」

 

 

 

 

 

 

 

 

 時は遡り。

 

 士郎と別れて先行していたチャチャゼロは、駅まで来ていた千草の前に立ちはだかっていた。

 自分の身の丈よりも大きな剣を担ぎ、ケケケケケと笑いながら。

 

「あら、カワイイお人形さん。あんさんにかまっている暇はないんや。

ウチの猿鬼の相手でもしてなはれ」

 

 千草はそう言うとチャチャゼロの三倍はあろうかという猿鬼を召喚し、チャチャゼロへと向かわせた。

 

「ホホホ。これで足止めOKや」

 

 千草はもう用は済んだとばかりにこのかを担ぎなおし、駅の構内に入ろうとした瞬間――

 目の前を大振りの剣が通り過ぎていた。

 

「ひっ!?」

 

 千草の背中に冷たいものが流れる中、チャチャゼロは猿鬼を掻い潜って再び千草の前に立っていた。

 

「こ、このかお嬢様は返しまへんえ」

 

「ソウダ、ソイツヲ離スンジャネーゾ」

 

 チャチャゼロのあまりの言葉に、千草は絶句して口をぽかんと開けてしまった。

 

「あ、あんさんはこのかお嬢様を取り返しに来たんやないんか?」

 

 千草の困惑を他所に、チャチャゼロは口を吊り上げ、凄惨な笑みをその顔に張り付かせた。

 

「ケケケケケ。ソンナ事シタラ一瞬デ終ワッチマウジャネーカ。

俺様ヲセイゼイ楽シマサセロヨ」

 

 千草は反射的にもう一人の善鬼護鬼である熊鬼や大量の小猿を召喚して対応する。

 そんな千草を見て、チャチャゼロは愉しそうに笑う。

 

「ケケケケケ。ソウダ、俺様ヲモット楽シマセロヤ」

 

 そしてそれからは、一種の惨殺空間であった。

 

 チャチャゼロは千草を中心に回るように走り、近づき遠ざかるという攻防を繰り返していた。

小猿はことごとく串刺しに。

猿鬼と熊鬼の攻撃を基本的に掻い潜り、時たま相手をし、そして千草へと接敵して護りの護符を少しずつ削る。

そんな攻防が、終わることなく繰り返される。

 

「オイ、悪人。ソンナンジャー俺様ニ喰ワレチマウゾ」

 

 ケケケケケと笑うチャチャゼロに、千草はぎりぎりの境界線で何とか精神を保っていた。

だがチャチャゼロが余力を残している事も、自分がじり貧である事も手に取るように分かっていた。

唯一の生命線である木乃香を、まるでチャチャゼロから護るようにして、必死に何とか防いでいる。

 

そんな状況で、何処からとも無く空気を切り裂く音が聞こえた。

気が付いたら細い刀身の剣が猿鬼に突き刺さっていて、猿鬼は空間に溶けるように消滅した。

 

「なっ!」

 

「ヤルジャネーカ、家政夫」

 

 チャチャゼロは足を止めて士郎がいるであろう方向を見て、そして千草に視線を移した。

 

「ケケケケケ。コレデチョットシタ壁ガ一ツ消エタナ。ソロソロ終ワリニスルカ?」

 

 そんな事を呟き、ゆっくりと千草に近づいていくチャチャゼロに、熊鬼はここぞとばかりに襲い掛かった。

だが今まで流すようにしてろくに相手をしていなかった熊鬼を、チャチャゼロは一呼吸で簡単に一刀両断してしまった。

 

 そしてその攻撃で、千草はぎりぎり保っていた精神状態が崩壊した。

 

「ひっ……ひぃいいっ!?」

 

 悲鳴を上げてずるずるとあとずさる千草に向かって、チャチャゼロはケケケケケと笑いながら、躊躇することなく獲物を嬲る様に近づいていく。

 

 止めを刺そうとした瞬間――それらが現れた。

 

「風花!! 武装解除!!」

 

 ネギの魔法が木乃香を抱いていた千草に放たれて衣服と共に剥がされ――

 明日菜のアーティファクトが残っていた千草の守りの護符を貫いて一閃を与え――

 

「秘剣 百花繚乱!!」

 

 最後に刹那の一撃が決まり、千草が吹き飛ばされた。

 千草は捨て台詞を残す事も無く、一目散に逃げ出していった。

 

 刹那は逃走する千草を気にした風も無く、気を失っている木乃香に近づき抱き起こした。

 

「このかお嬢様! お嬢様! しっかりしてください!」

 

「ん……、あれ、せっちゃん?」

 

「よかった。もう大丈夫です、このかお嬢様……」

 

 気が付いた木乃香に、刹那は安堵のため息をついて柔らかく微笑んだ。

 そんな表情の刹那を、木乃香は目を丸くして見つめていた。

 

「お嬢様?」

 

「よかったー。せっちゃん、ウチのコト嫌っている訳やなかったんやなー」

 

「えっ……」

 

 木乃香の嬉し涙を目の端に浮かべながらの言葉と様子に、刹那は虚をつかれて顔を赤くしてしまった。

 

「そ、そりゃ私かてこのちゃんと話し……」

 

 そこまで言って刹那は、自分が何を言っているか気づいてはっとする。

 そして慌てて一歩下がり、木乃香に頭を垂れて控えた。

 

「し、失礼しました!」

 

「え……せっちゃん?」

 

「刹那さん……」

 

「わ、私はこのちゃ……お嬢様をお守りできればそれだけで幸せ。

 いや、それもひっそりと影からお支えできれば、それで、あの……」

 

 刹那は混乱して自分でも何を言っているか分からなくなり、最後に「御免」と叫んで逃げ出してしまった。

 

「桜咲さーん。明日の班行動、一緒に奈良回ろうねー。約束だよーっ!」

 

 明日菜の呼びかけに、逃げ出していた刹那は振り返って首を頷くとも振るともなく、再び歩き出した。

 

「大丈夫だって、このか。安心しなよ」

 

「でも……」

 

 まだ心配そうな木乃香に、明日菜はぽんと肩を叩いて安心させた。

 

「あっ、そういえば士郎さんは!」

 

「そうだ、士郎先生……まだ戦っているんだった」

 

 忘れてたとばかりに慌て出すネギと明日菜に、今まで呆っと見ていたチャチャゼロが近づいてくる。

 

「ケケケ。家政夫ハ今コッチニムカッテキテイルゾ」

 

「士郎先生は無事よね?」

 

 明日菜がそうチャチャゼロに聞いたとき、チャチャゼロは面白い事を聞いたとばかりに爆笑した。

 そんなチャチャゼロの様子に明日菜はむっとする。

 

「ちょっと、どういうことよ!」

 

「ケケケ。笑ワセテクレルジャネーカ。

 家政夫ガソンナニヨワイワケナイダロ」

 

「まあまあ明日菜さん。士郎さんと合流しましょうよ」

 

 そしてネギ、明日菜、木乃香の三人が歩き出し、そのやや後ろをチャチャゼロが付いていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、その頃、士郎は一人駅へと向けて歩いていた。

 

 月詠との戦闘は、千草が敗走したのを確認すると共に、

 

「ほな、士郎はんまた今度~」

 

 と気が抜けたような声と共に月詠が撤退して幕が閉じていた。

 

 そして駅が見え始めたとき、刹那が一人歩いてくるのに気がつき声をかけた。

 

「桜咲か、無事に近衛は助けられたようだな」

 

「ええ、無事にお嬢様を助ける事が出来ました。

 これも衛宮先生のおかげです。ありがとうございました」

 

「いや、生徒を護るのは教師の役目だしな」

 

 気にするな――という士郎の言葉に刹那はそれでもと、もう一度頭を下げた。

 

「それにしても桜咲、一人なのか?」

 

「あ、いえ。お嬢様達はまだ残っています。私は逃げ出してしまって……」

 

 あははと乾いた笑みを浮かべる刹那は、士郎に「出来るなら事情を聞くぞ」と言われ、さっきの出来事を話した。

 

「そうか。俺があまり言えるような事ではないが、もう少しだけ近寄ってみてはどうだ?

 近衛も気にしているようだし」

 

 刹那は士郎の台詞に「それもそうなんですが……」と言葉を切り、ゴニョゴニョと語尾を濁した。

 

「……少しだけ考えてみます。それでは衛宮先生」

 

「ああ、ゆっくり休め」

 

 ぺこりと頭を下げて一人旅館へと戻る刹那を見ながらも、士郎はネギ達の元へと急いだ。

 

 そして駅に近づくにつれ、とぼとぼと歩いてくる人影を見つけ、士郎はその人影に歩み寄った。

 

「あ、士郎先生!」

 

「士郎さん。大丈夫でした?」

 

「ああ、そっちも無事助けられたみたいだな」

 

 士郎は明日菜とネギに頷いてから木乃香に視線を送り、自分のコートを脱いで木乃香の肩にかけてあげた。

 

「多少湿っているが、無いよりかはましだろう」

 

「士郎先生もありがとなー」

 

 木乃香は赤いコートの端をきゅっと握って、士郎に向けてほがらかに笑った。

 

「いや、気にする事でもないさ」

 

 そして士郎は、やや後ろを歩いていたチャチャゼロのところへと近づいていく。

 

「チャチャゼロもご苦労だったな」

 

「ケケケ。久々ニ楽シメタゼ」

 

 チャチャゼロは楽しそうに笑って、定位置となっている士郎の頭へと戻っていった。

 

「では、みなさん。今日はもう遅いですし、早く帰って休みましょうね」

 

 ネギの号令の元ホテルに戻り、そこで各々の部屋へと戻って行った。

 

 士郎は千草の呪符で濡れた事もあって二度目の風呂に入ってから浴衣に着替え、床に就いた。

 

「チャチャゼロ、俺はもう寝るが、何かあったら起こしてくれ」

 

「ワカッタゼ家政夫。セイゼイイー夢デモ見テロ」

 

 士郎はチャチャゼロの物言いに苦笑いを浮かべるが、気を取り直して再度「頼んだぞ」と言った。

 

 士郎の修学旅行一日目の夜が、過ぎていった。

 




ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

コメントを見て、昔ブログを読んでくださっていた方たちが懐かしいと言ってくれたのが本当に嬉しかったです。

あの頃の雰囲気を覚えていてくれた方も、
今回が初めての方も、楽しんでもらえていたら何よりです。
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