正義の味方と悪い魔法使い   作:ヒフミくろねこ

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修学旅行二日目の朝、起床しなければならない時間よりもだいぶ早くに起きた士郎は、そのまま朝風呂へと向かった。

湯船に誰もいない事を確認してから服を脱ぎ、露天風呂へ入る。

 

士郎は全身から力を抜いて向こうの世界での事、この世界に来てからの事等をなんとなく思い、哀愁とも自嘲ともつかないような苦笑いを浮かべた。

 

「……いや、まずはこれからの事を考えないといけないか」

 

今日の班別行動は昨日の桜咲との話し合い通り、全ての班に式神を張り付かせるという桜咲の側、五班と一緒に居ることになるだろう。

昨日の近衛をさらった事からも五班に張り付いていた方が無難だしな。

ネギ君は一緒に行動する事になるのだろうか、それとも一人親書を渡しに行くのだろうか……。

 

士郎は温泉の効果か、思考に没頭していたか、誰かが入って来たのに気づかずに、かけ湯をする音が聞こえてようやく誰かが露天風呂に入ってきたのだと気がついた。

士郎は気を抜きすぎだと自分を戒め、その音がする方向に視線を向けた。

 

「あら、士郎先生ですか?」

 

「……千鶴か? っと、すまん」

 

 士郎は失礼に当たると思い、謝辞と共に素早く後ろを向いた。そんな士郎に千鶴はうふふと微笑んで湯船に入ると、すぅっと士郎に近づいていった。

 

「お、おい、千鶴?」

 

 慌てる士郎に千鶴はさらに笑顔を深めて、手を伸ばせば触れられるような距離に来たとき、ふと千鶴の笑顔が消えた。

 

「……どうかしたのか?」

 

「いえ、なんでもありませんわ」

 

 士郎はすぐ背後まで来ていた千鶴の雰囲気が変化した事に気がつき、怪訝そうな声色で尋ねたが、千鶴はなんでもないと首を振った。

 

 千鶴は士郎の背中に浮かぶ大小様々な傷を軽く撫でて、その事を尋ねる事無く、ぴったりと自分の背中を士郎の背中にくっつけた。

 

「うふふ、こうすればお互いに見えませんわ」

 

「いや、それはそうなんだが……」

 

 士郎は教師と教え子がこんな事をしていていいのかと疑問に思うが、そんな士郎の考えが手の取るように分かる千鶴は、うふふと笑って有耶無耶にしてしまった。

 

「お風呂、気持ちいいですわね」

 

「ああ、温泉に入っていると日本にいるって気がするしな」

 

「そういえば士郎先生はずっと海外にいらしたとか」

 

「ああ、色々な事をしていたな……」

 

 万感の思いの込められたその呟きに千鶴は少しだけ振り向いて、ここではないどこかを見ている士郎の横顔をそっと見つめた。それからはお互いに何も聞かず話さず、この沈黙とお湯の流れる音をただ楽しんでいた。

 

 そして時間が流れ、士郎はもうそろそろ上がると言い出した。

 

「千鶴はまだ入っているのか?」

 

「ええ、あとほんの少しだけ入っています」

 

「そうか、朝食は一階大広間だから遅れないようにな」

 

 ええ、と返事をして千鶴はふと、去っていく士郎の背中に向かって呼び止めた。

 

「あ、そうですわ。士郎先生は今日の班別行動のときはどうされるのですか?」

 

 もしよかったら私の班と回りませんかという千鶴に、士郎は残念そうに首を振った。

 

「ごめんな、桜咲の出身が京都という事もあって案内してもらう事になっているんだ」

 

「桜咲さんが、ですか?」

 

 士郎の言葉に千鶴は軽く驚いて、珍しいですわねと呟いた。

 

「ああ、ちょっと縁があってな。そういうことなんでごめんな」

 

 恐縮そうに謝る士郎に千鶴は気にしないでくださいと言い、士郎はその言葉を聞いてもう一度謝ってから脱衣所へと向かい、手早く着替えた。

 

 そして、風呂上りに休憩所でフルーツ牛乳を飲みながら、本当の事を話せないとはいえ千鶴に嘘をつく結果になってしまった事に、ため息をついていた。

 

「本当にすまない事をしてしまったかな……」

 

 士郎はそう呟いてから一気に残っている牛乳を飲み干すと、瓶を瓶入れに置き、チャチャゼロが待っている部屋へと戻ろうとした。が、その瞬間、緑の公衆電話が目に付いた。

 

「あれ、何かを忘れているような…………あ、エヴァに電話をするのを忘れてた」

 

 エヴァが妙に念を押していたのにすっかり忘れていた。今更電話を掛けてもどんな罵詈雑言が飛ぶか分かったものではなかったが、約束は約束だと思い直して目の前の受話器を取り、茶々丸の携帯へ電話を掛けた。そして数コールの後、電話が繋がった。

 

『もしもし?』

 

「茶々丸か?」

 

『士郎さんですか?』

 

「ああ、そっちは変わりないか、といっても昨日の今日だし、そう変わったことは無いと思うが……」

 

 士郎は自分で言った事に自嘲的に笑ったが、電話の向こうの茶々丸が沈黙した事に気づき、士郎は眉を顰める。

 

「茶々丸?」

 

『あ、いえ、マスターは昨夜ずっと士郎さんの電話を待っていたようで、しきりに私に聞いていましたので』

 

「そうか……悪い事をしたな」

 

『あ、マスターが来ましたので今代わります』

 

 エヴァの驚きの声や怒声、電話の向こうの喧騒に士郎は思わず苦笑いをしてしまった。そして待つこと数十秒、電話越しにエヴァの声が聞こえてきた。

 

『あーあー、ん? ちゃんと聞こえているのか?』

 

 そんなエヴァの第一声に士郎はくっと声を殺して笑ったが、あっさりとエヴァにばれてしまう。

 

『おい、士郎。何笑っているんだ』

 

「ああ、いや、エヴァか。昨日電話できなくてごめんな」

 

『ふん、まあ理由ぐらいは聞いてやる。話せ』

 

 士郎は一言謝ってから昨日あった関西呪術協会の事や、木乃香の誘拐未遂について詳しく話した、が――。

 

『そんな事はどうでもいい』

 

 エヴァに一言で切って捨てられた。

 

「どうでもいいって……」

 

『が、まあ、じじいには報告しておいてやる』

 

「あ、ああ、頼んだ」

 

 理不尽だと思いながらもエヴァらしいなと思い直して、あははと乾いた笑いを浮かべた。

 

『それで昨日はどんな所を回ったのだ?』

 

 妨害の事はどうでもいいらしく、エヴァのその言葉に士郎は昨日回った清水寺の事等を時間いっぱい事細かに話した。エヴァは士郎の解説に相槌や質問をしながらも楽しそうに聞いていた。

 

「もうそろそろ朝食の時間だから、また夜に電話を掛けるな」

 

『そうか……。ちなみに今日は何処を見るのだ?』

 

「今日は奈良を予定しているが……」

 

『奈良、奈良か……大仏とかか?』

 

「ああ、そうだな」

 

『ふん、必ず電話しろよ。分かったな』

 

「今度は忘れないさ」

 

 妙に念を押すエヴァに士郎は苦笑いを浮かべたが、昨日の夜電話をしなかった前科があるので、士郎は素直に頷いて電話を切った。

 

 

 

 

 

 

「――それでは麻帆良中の皆さん、いただきます」

 

 ネギの号令の元、大広間に集まっている生徒達がいっせいに朝食を取り始める。士郎も生徒たちの喧騒を眺めながらネギの隣に座り、一緒に朝食を食べ始めた。そしてそこへ木乃香がお盆を持って現れた。

 

「ネギくん、ちょっと眠そうやな。士郎先生は反対に元気そうやけどなー」

 

「あ、このかさん、おはようございます」

 

「近衛か、おはよう」

 

「夕べはありがとな。何やよーわからんけど、みな一緒にウチを助けてくれて」

 

「い、いえ……僕はほとんどついていっただけですし……」

 

「まぁ、気にするな。また何かあったら何とかするからさ」

 

 そう言いながら柔らかく笑う士郎を木乃香は呆っと見上げて、くすっと笑った。

 

「なんや、士郎先生はお兄さんみたいやなー」

 

「兄? ……いや、俺は教師なんだけどな」

 

 屈託の無い木乃香の笑みに士郎は毒気を抜かれてしまい、肩を落としながらあはははと苦笑いを浮かべてしまった。

 

「あ、せっちゃん」

 

 木乃香は肩を落としている士郎を楽しそうに見ながらも、ふと少し離れた所に座っていた刹那を見つけて声をかけた。声をかけられた方の刹那はびくっと震えたが、呼ばれた事が無かったかのようにそろそろとお盆を持ってゆっくりと離れていこうとし始めていた。無論それを黙って見逃す木乃香ではなかったが。

 

「せっちゃん、何で逃げるんー」

 

「刹那さーん」

 

「わ、私は別に――」

 

 それからは逃げる刹那を木乃香と、それを止めようとするネギの追いかけっこのような状況となり、士郎は苦笑いをしながらその慌しい様子をどこか懐かしいものを見るように見ていた。

 

 そして喧騒のうちに朝の食事もとり終わり、ネギ、士郎、明日菜と三人揃って大広間から出てきた。

 

「でも昨日はあの猿女を無事追い返せて良かったね。このかと桜咲さんも仲良くなってさ」

 

「はいっ。でも昨日は士郎さんがほとんどしてくれたようなものですし、あの悪いお姉さんは、また来るかもしれないので気をつけないと」

 

「そうだな、まだ根本的な解決に至ってないからな。注意は必要だ」

 

 ネギの言葉に士郎は頷きしながら賛同して、ふと、ネギに視線を送る。

 

「ネギ君、今日はどうする? 一人親書を渡しに行くのか、それともどこかの班と回るのか」

 

「あ、はい、そうですね……」

 

「旦那、さすがにネギの兄貴一人で乗り込むのは無謀っすよ。アスナの姐さんがいねーと」

 

 どうしようかなと悩んでいるネギの代わりに、カモミールが士郎の言葉に返答する。そんなカモミールの台詞にネギはふと顔を上げて士郎を見た。

 

「ん、どうかしたか?」

 

「あ、いえ、士郎さんは今日どうするんですか?」

 

「今日は五班のところと一緒に回る予定だ」

 

「えっ、私たちの班と?」

 

 明日菜は初耳とばかりに驚いて士郎の顔を覗き込むが、そんな明日菜の様子に士郎は苦笑いを浮かべてしまう。

 

「昨日の桜咲との話し合いでな。桜咲が各班に式神をつけて何かあったら状況を知らせる手はずになっているから、桜咲の側にいるのが何かといいんだ。それに今、一番狙われる可能性の高い近衛の側にもいられるしな」

 

「なるほど、そういう事なんだ」

 

 士郎と明日菜の会話を聞いてネギは再びうーんと唸って考え込んでしまった。

 

 瞬間――

 

「ネギくん、今日ウチの班と見学しよー!」

 

 ネギが撥ねられた。

 

 それからまき絵とあやかを筆頭に始まるネギ争奪戦。騒がしくも楽しいそんな様子を士郎は嘆息する明日菜と一緒に笑いながら静観していた。そしてその喧騒に近づく少女一人。

 

「あ……あの、ネギ先生!!

 よ、よろしければ今日の自由行動、私たちと一緒に回りませんか!」

 

「え……み、宮崎さん?」

 

 普段おとなしいのどかの行動に、ネギを始め、争奪戦をしていたクラスメイトたちも驚いて呆然とのどかを見た。

 

「え、えーと、あの……」

 

 ネギはのどかの誘いに、士郎が言っていた事や、これからの事に思考を巡らせ、迷っていた事に結論を出す。

 

「わかりました、宮崎さん!

 今日はぼく、宮崎さんの五班と回る事にします!」

 

「え……」

 

「本屋が勝った!」「本屋が動いた!」と歓声が沸く中、ネギはくるりと士郎に振り向いて、

 

「こういう事になりました」

 

 と笑って報告した。

 

 

 

 

 

 

 五班のメンバーに加えネギと士郎は奈良公園に来ていた。

 

 士郎ははしゃぐネギや、なにやら騒がしい図書館探検部の面々を横目に、木乃香から逃げてきた刹那と今日のこれからの事について話していた。

 

「今のところは昨日のように仕掛けてくる気配は無いな」

 

「ええ、そうですね」

 

 それとなく周囲を窺っていた士郎と刹那は同時に頷く。

 

そしてそんな二人の下にはしゃいでいたネギと、そんなネギを「ガキねー」ともらす明日菜がやってきた。

 

「二人とも楽しんでいるな」

 

 士郎は二人にそんな言葉を自然ともらしたが、聞かされた方のネギと明日菜はしゅんと落ち込んでしまった。

 

「……ごめん」

 

「あ、えっとごめんなさい」

 

「いや、別に咎めているわけではない。せっかくの修学旅行なんだから、楽しむ事はいい事だぞ」

 

 ネギは士郎の言葉に頷きそうになるものの、慌てて昨日の事を思い出して周りをきょろきょろと見た。

 

「でも、今のところおサルのお姉さんは来ませんね」

 

「おそらく今日は大丈夫だと思います」

 

 刹那の言葉にネギはえっと声を上げるが、さらに説明を加えるべく士郎が口を開いた。

 

「そうだな、京都から離れて奈良に来ているからか。

 それとも昨日手ひどくやられた事で、さらに本格的な準備をしているのか。

 どちらにしても今日の日中は襲ってくる可能性はかなり低いだろうな」

 

 士郎の説明にネギと明日菜は感心したように「そっかー」とこくこく頷いて納得する。そしてさらに刹那が説明を加える。

 

「それに士郎さんには話しましたが、念のため各班に式神を放っておきましたから、何かあれば分かります。

このかお嬢様のことも私が陰からしっかりお守りしますので、修学旅行を楽しんでください」

 

 刹那の言葉にネギはでもと少し渋るが、そんな様子を見て士郎は仕方ないとばかりに口を開いた。

 

「可能性も低いし、保険もかけてある。

 それに俺もついているからな。今日は安心して楽しめばいいさ」

 

「そうですね」

 

 士郎の台詞にネギは俯いていた顔を上げて、士郎の言葉に頷いて吹っ切れたのか、ぱぁっと笑顔になった。

 

「士郎先生が言うなら安心できるわね」

 

 ネギの変化に明日菜は苦笑いをしながらも、安心したようにほっと肩の力を抜いた。

 

「ま、そういうことだ。

 それとネギ君は例外として、教師が一緒にいるというのはゆっくり出来ないだろうからさ。

 俺はチャチャゼロと一緒に観光でもしてくるな」

 

「私は別に士郎先生が一緒でもいーけど、先生がそう言うんなら仕方ないか」

 

 士郎の言葉に完全に安堵するネギと明日菜とは対照的に、刹那は士郎の話半分に聞いて歩き出す士郎に一人駆け寄った。

 

「衛宮先生」

 

「刹那か、どうかしたのか?」

 

「はい。衛宮先生には何かあった時のために式神を預けておきます」

 

 そう言うと刹那は印を組んでオンと唱えた。すると形代がポンッと音を立てて小さな刹那が現れた。

 

「連絡係の分身のようなものですが……」

 

「ちびせつなとお呼びください」

 

 そう言ってぺこりとちびせつなが頭を下げた。コミカルなその様子に士郎は微笑んで、ありがとうと礼を言った。

 

 そして刹那達と別れた士郎はネギ達に完全に大丈夫と言ったものの、自分自身は完全に気を抜かずに周りの風景を見ながらも、それとなく気配を探る事を忘れる事は無かった。

 

「衛宮先生はやはり先ほどの話はネギ先生たちを安心させるために言った言葉だったのですね」

 

 士郎のそんな様子を見て漏らした、ちびせつなの言葉に士郎は苦笑いを浮かべる。

 

「確かに二人が旅行を楽しむようにするために言ったが、今日の脅威度が格段に落ちているのも事実だからな。

 それに俺の場合は性分みたいなものだからさ」

 

「ケケケ、家政夫ハ家ニイルトキデモ最低限ノ警戒ハ緩メナイカラナ」

 

「気の抜けない生活が長かったからな……」

 

 士郎とチャチャゼロの何気ない会話でちびせつなは士郎の以前の生活を垣間見えたが、刹那自身神鳴流という裏に生きる人間として無用な詮索はしようとせずに、ただ話を聞いていた。

 

「衛宮先生、これからどうするのですか?」

 

「そうだな……公園内を回って、エヴァと茶々丸のお土産でも探してみるか」

 

 明日以降、関西呪術協会の攻勢が強まる事が予想されて、根本的解決がされるまでは安息はなさそうだからなと言う士郎に、ちびせつなも同意した。

 

「お土産か……。茶々丸はお茶を淹れるのが好きだし、エヴァは飲むのが好きだから宇治茶はまず買うとしてだ。何か形になるものが欲しいのだが……ちびせつな、何かアドバイスはあるか?」

 

「あ、はい、そうですね。方向性を言っていただければ色々話せますけど……」

 

「ケケケ、御主人ハ結構日本ビイキダゾ」

 

 無言でチャチャゼロに振った士郎は、帰ってきた言葉にうーむと顎に手を当てて考え込んだ。

 

「装飾品などどうでしょうか? お二人とも女性ですし」

 

「日本贔屓で装飾品か……櫛や簪もいいかもな」

 

 ちびせつなの助言に士郎はふむと頷いて、そこにチャチャゼロが口を挟んだ。

 

「御主人ニハ扇子ナンカモイーンジャネーカ?」

 

「それならば京扇子と言うのもありますよ」

 

「扇子か、それもいいかも知れないが、どちらにしても京都だな」

 

 苦笑いを浮かべる士郎にちびせつなはあっと声を上げた。

 

「京都となるとどちらにしても早めにケリをつけたいな……」

 

「はい、そうですね」

 

 ちびせつなは力強く頷くと、ふわふわと浮いて士郎をじっと見つめた。そんなちびせつなの視線に気づき、士郎は視線を返す。

 

「ん?」

 

「……こういってはなんですが、エヴァンジェリンさんも茶々丸さんも人ではありません。エヴァンジェリンさんにいたっては最強と呼ばれる吸血鬼の真祖です。その事についてはどうとも思わないのですか?」

 

 どこか迷いと疑念を含むちびせつなの視線に士郎は柔らかく微笑んで口を開いた。

 

「気にはならないな。エヴァ達に出会う以前から何人かの吸血鬼や人に造られたヒトと会った事があるが。

 人間同士がそうあるように、分かり合えるヒト、分かり合えないヒトがいる。人間ではないという付加要素を気にしたことはないな」

 

 士郎は言葉を切る。

 

「何を悩んでいるかは聞かないが、何かの足しになってくれたらいいさ」

 

「……あ、はい、ありがとうございます」

 

 ぺこりとことさら丁寧に頭を下げるちびせつなに士郎は気にするなと首を振った。

 

「ケケケ。家政夫ガ説教トハナ、教師ニデモナッタツモリカ」

 

「……あのなチャチャゼロ、つもりも何も俺は一応教師だぞ」

 

「ケケケケケ」

 

 そんな二人のやり取りにちびせつなはふっと笑ってしまう。柔らかい空気の中、士郎はさてと切り出した。

 

「ここでは土産は買わないが、土産話は仕入れないとな」

 

「そうですね」

 

「ケケケ」

 

 一般人の目もあることから、士郎の頭の上にチャチャゼロ、その頭の上にちび刹那と、まるで亀の子の様な出で立ちで士郎達は歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 阿形、吽形の金剛力士像を見ようと南大門にやってきたとき、夕映が一人ぽつんと立っていたのを見つけた。

 

「夕映は一人か?」

 

「士郎さん……。ハルナがのどかに告白させるよう画策してるですよ。それで私は退散して来ましたです」

 

「告白って、ネギ君にか?」

 

「あ、はい。他の先生方には内緒ですよ。

 いくら子供だからと言っても問題になるかもしれませんから」

 

 夕映の言葉に士郎はまあ、そうだなと同意して頷いた。

 

「それにしても士郎さんはどうして私たち五班と一緒に?」

 

「桜咲の出身がこっちみたいで案内してもらう事になっていたんだが、少し事情があってな。

 まあ、それでもお土産に関して助言をもらったから結構助かったんだけどな」

 

 そんな士郎の言葉に夕映は少しためらいながらも口を開いた。

 

「あ、あの、それでは私が案内するですよ。

 町などの案内ならまだしも神社仏閣に関してなら任せてくださいです」

 

 士郎は昨日の清水寺などでの夕映の説明を思い出し、それもいいかもしれないなと思った。

 

「そうか、夕映がそういうのなら任せていいか?」

 

「はいです」

 

 それからは二人がいる東大寺南大門から夕映の説明が始まり、大仏殿は三代目である事や、大仏の正式名称、日本一の大仏の名前など薀蓄を多分に交えながら正倉院などの東大寺の周辺の仏閣を見て、次は趣を変えて春日大社へ行こうという話になった。

 

 そして春日大社へ向かっている途中、ハルナと遭遇した。

 

「あれ夕映?どこにいったかと思えば士郎先生とデートとは隅に置けないねぇ。夕映もほら87%よ、87%」

 

 ハルナは士郎には分からない謎の数値を夕映にほらほらと煽るが、夕映は顔を真っ赤にしてしまった。

 

「は、は、ハルナッなんてこと言うですか!」

 

「まあ、まあ二人とも落ち着け」

 

 士郎は際限なく止まりそうに無いだろうという事をなんとなく感じ取り仲裁に入った。士郎の仲裁にハルナはちぇーとつまらなそうにするが、夕映は肩で息をしながらも何とか落ち着こうとしていた。

 

「しっかし、士郎先生って彼女とかいないの?」

 

 ――が、ハルナのその一言で夕映はげほげほと咽てしまった。

 

「いや、いないなぁ。それにいた事もなかったかな」

 

「えっ! 嘘でしょ」

 

「こんな事で嘘ついても仕方ないさ」

 

「中学とか高校も全然!?」

 

「アルバイトとかで忙しかったし、興味も無かったからな」

 

 気にした素振りも見せずにそんな事を言う士郎を、ハルナはまるで別次元の生物でも見るような胡乱な目で呆っと見ていた。

 

「ウェへへ、一応士郎先生はカッコいい部類に入ると思うからさ」

 

そう言うハルナに、士郎はあははと笑って、そうだなと少しまじめな顔をして過去を振り返る。そんな士郎を夕映とハルナはじっと見ていた。

 

「……告白、というか、求婚されたことはある」

 

「はぁ?」

 

「えっ!」

 

 士郎の爆弾発言に聞いていた二人の時が一瞬、止まった。

 

 

「ちょっ、ちょっと待って。さすがにそれは考えてなかったわ」

 

 ハルナはぱちぱちと瞬きをし、そこで一度言葉を切った。

 そして何かに気づいたように、指を立てる。

 

「求婚って、あれよね?つまり、結婚してって事だから……」

 

 そこまで言って、はっとしたように士郎の顔を見上げる。

 

「……もしかして、士郎先生って既婚者?」

 

 一瞬の沈黙。

 だが次の瞬間、ハルナは一人で納得したように声を上げた。

 

「いや、でも……違うわね。そうか!」

 

 ぽん、と手を叩く。

 

「相手はエヴァンジェリンさんのお母さんで、エヴァンジェリンさんはその連れ子って訳だ!」

 

 思考が一気に加速し、止まらない。

 

「なるほどなるほど。一人暮らしの娘が心配になって、それで麻帆良にやって来た訳ね!」

 

 

 自己完結してしまうハルナに、士郎は軽く頭を抱えた。

頭上で「ケケケ、御主人ガ家政夫ノ子供」と明らかに笑いながら言うチャチャゼロの言葉を黙殺する。

 

「……ひとまず落ち着け早乙女。誰もその求婚に答えたとは言っていないぞ」

 

「へっ?」

 

 落ち着きを取り戻したハルナに、士郎はそのときの事の顛末を説明した。世界中を回っているときにとある村に訪れた事。とある女性を救い、その村をも救った事。そしてその助けた女性に求婚され、それを士郎は断わったという事。

 

 事細かくというわけではなく大雑把にだが話す士郎の言葉をハルナはふむふむと聴いていた。そして聞き終わったハルナは質問とばかりに手を上げた。

 

「どうかしたか?」

 

「結局どうして士郎先生はその女性を振ったんですか?」

 

 士郎はふむと頷いて口を開いた。

 

「旅の途中で一箇所にとどまる事が出来なかったという事もあるし、命を助けてもらった事から出た言葉だったから……いや、それは理由の一部ではあるが核心ではないか。根本的な理由はその女性のためだけに生きることが出来なかったからだな」

 

 好きだから嫌いだからとかじゃなく、思春期の中学生とは次元の違う大人の言葉にハルナと夕映は言葉も無かった。そして夕映よりほんの少しだけ早く回復したハルナがポツリと、

 

「……壁は思ったよりも高いねー」

 

 と漏らした言葉が、夕映の耳に残っていた。

 

 それからハルナはのどかを探していた途中だったと言って、

 

「士郎先生、貴重な話ありがとうね」

 

 と言葉を残して手を振りながら去っていった。

 

 

 

 

 

 

 士郎と夕映は嵐のように過ぎ去っていったハルナを見送り、二人はどちらからとも無く歩き出し、茂みから何かを窺っている明日菜と刹那に遭遇した。

 

「何をしてるんでしょうか?」

 

「何してるんだか」

 

 二人はそろそろと明日菜と刹那がいる茂みに近づき、近づいたことにも気づかないで見ている視線の先を何とは無しに見た。

 

「ネギ君……と宮崎?」

 

 緊張感のある空気の中、士郎がそう呟いたとき、のどかがすぅーっと息を吸い込むところだった。そしてのどかは喋る。

 

「私、ネギ先生のこと出会った日からずっと好きでした。

 私……私、ネギ先生のこと大好きです!」

 

「……え?」

 

 ネギは今、のどかの口から出ていることが認識できずに呆然とただ聞き入っていた。

 

「あ、いえ。わ、わかってます。突然こんなコト言っても迷惑なのは……

せ、先生と生徒ですし、ごめんなさい。でも私の気持ちを知ってもらいたかったので……」

 

 のどかはネギに向かって言うべき事は言ったとばかりに振り返って走り出してしまった。

 

「えと……あう……」

 

 ネギの脳がだんだんと今告白された言葉を理解してきたと共に、この京都でしなければならない事、してはいけない事、気をつけないといけないことなどが一度に浮かび上がり、そして許容範囲内を超えてしまった。

 

「キャーッ! ネギーッ!?」

 

 明日菜がオーヴァーヒートしてしまったネギを慌てて抱き起こす。

 

「ネギ、ちょっとしっかりしてーッ!」

 

「兄貴―ッ!」

 

「さすがに、いっぱいいっぱいか」

 

 明日菜、カモに続き士郎もネギに近寄って簡単に異常が無いかを素早くチェックする。そしてその喧騒に気がついたのか、ハルナや木乃香までもやってきた。

 

「ひゃーッ。ネギ君どうしたんーっ!?」

 

「いやっ、これは、ちょっとあの……」

 

「大変! 38度もあるよ!」

 

「知恵熱だな……」

 

 そしてこの喧騒の中、夕映は親友であるのどかが去って行った方をただ見ていた。

 

「のどか……」

 

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