正義の味方と悪い魔法使い   作:ヒフミくろねこ

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「申し訳ありません、士郎さん」

 

「ふん、やらせておけ。茶々丸」

 

「ですが……」

 

「いや、いいんだ茶々丸。俺が原因だしな」

 

士郎は申し訳なさそうに、はははと乾いた笑いを浮かべて歩を進める。

 

「それにしても衛宮士郎。お前は本当に異界のものなんだな?」

 

「異界というか、この世界と似たような別の世界だけどな」

 

「そうか。私のことをボロクソに言ってくれたが、お前の世界の吸血鬼はそんなに強いのだろうな?」

 

士郎はエヴァの「ボロクソ」という言葉に、うっと呻いて冷や汗を流すものの、口を開く。

 

「あははは……。まあピンキリだけど、普通の死徒ならそんなに強くない……死徒二十七祖や真祖になってくると話は別になるけどな」

 

「そもそも死徒とは、普通の吸血鬼とは違うのですか?」

 

茶々丸の問いに、士郎は首を捻ってうーんと唸る。

 

「普通かぁ。一応、一般的な吸血鬼は死徒かな。死徒は真祖に血を吸われたり、魔術を究めて吸血鬼になったもので、真祖はその逆で元から吸血鬼だったもののこと」

 

「それから行くと、死徒二十七祖は“祖”と言うからに、死徒の元になった最古の死徒の一派か?」

 

「まあ一概には言えないんだけど、そんな感じかな。代替わりしたり、そもそも人間から派生した吸血鬼でなかったりするし」

 

「ふむ、で、死徒二十七祖や真祖の強さは?」

 

「そうだな、ピンキリだけど次元違いかな? たとえば腑海林アインナッシュ。半径25kmの森で移動しながら、無差別に血を吸ったりする。あとプライミッツ・マーダー。人類に対する絶対的な殺害権利を持つらしくて、敵対したら何も出来ないで殺されるだろうな」

 

「お前がか?」

 

「……士郎さんがですか?」

 

苦笑いを浮かべながらも話す士郎に、エヴァと茶々丸は素直に驚く。

 

「プライミッツは例外だけど、そもそも相手が何もしなくても殺せるかどうかわからないやつらがいたりするし、会うこともないだろうから気にしないほうがいいぞ」

 

「ふむ、普通の社会はさほど変わらんが、魔法やそれに類する世界はまったく違うようだな」

 

「ああ、そもそも魔法じゃなくて魔術だし」

 

「その辺りも詳しく聞きたいが、そろそろ着くぞ」

 

エヴァが視線を向けた先には、高層マンションのような建物が見え、士郎は不思議そうに首を傾げた。

 

「工房じゃないのか?」

 

「工房? いや、工学部の研究所だぞ。私にはメカなんてさっぱりだからな」

 

「もしかして、この世界で魔法は一般に広まってるのか?」

 

神秘は秘匿するものだと、魔術の師匠だったセラに散々言われ続けた士郎としては、まったく考えられないことだった。

 

「そんなことはないぞ。ばれるとオコジョにされる……と言っても、魔法協会に、だがな。もっとも私の場合は協会外のはぐれみたいなものだから、あまり関係はないがな」

 

士郎はオコジョにされるのかと、うーんと唸る。

 

「あまり気にするな。結構いい加減なものだからな」

 

「あれ? エヴァさんと……茶々丸? どうしたの!?」

 

工学部の建物の玄関へとやってきた時、気分転換にでも出てきたのか、眼鏡を掛けた白衣の少女に声をかけられた。そして、長身の士郎に背負われているのが茶々丸だと分かり、驚いたような声を上げた。

 

「……夜分遅くすみません、ハカセ。オートバランスシステムにエラーが」

 

「ええ! じゃ急いでメンテしなくちゃ! 白髪の知らない人、急いで研究室に運んで!」

 

「……わかった」

 

士郎は言われるまま走り出す葉加瀬の後についてエレベーターへと乗り、葉加瀬の研究室へと向かう。

 

途中、工学部の学生が士郎に背負われている茶々丸を見て、

 

「茶々丸さん、どうしたんですか!」

「大丈夫なの?」

 

と口々に心配してくる様子を見て、士郎は落ち込んでしまう。

 

「メンテナンスベッドに寝かせて、服を脱がせて」

 

葉加瀬は研究室に着くなり、大きな台座を示して士郎に指示を出す。

 

「っ! そんなこと出来るか!」

 

「私はロボットですから、気にしません」

 

葉加瀬の言葉に士郎は驚いて拒否するものの、茶々丸に肯定されてしまい、おろおろしてしまう。

 

「それでも女の子だろ!」

 

そう言って、士郎は慌てて外に飛び出た。

 

「ま、いっか。それじゃ解析始めるよ、茶々丸」

 

「……はい、わかりました、ハカセ」

 

茶々丸は一瞬だけ士郎が出て行った扉を見つめ、葉加瀬の指示通りに服を脱いでメンテナンスを受け始めた。

 

 

「ん? どうした士郎」

 

研究室から慌てて出てきた士郎を、エヴァは怪訝そうに見て尋ねる。

 

「あ、いや……茶々丸が服を脱ぐって言うから……」

 

「……お前は戦闘中はあんなに冷静なのに、何でそんなことに動揺する。まあロボットと言っても、茶々丸の体をじろじろ見るよりはいいがな。それより、お前の世界の魔法の話をしてもらおうか」

 

にやりと笑うエヴァに、少し嫌なものを感じるが、仕方ないかと口を開く。

 

士郎はまず、魔法と魔術の違いを話した。

 

魔法は、その時代で実現不可能な出来事を可能にすること。

逆に魔術は、時間と資金をかければ実現できること。

魔術を起動させるために必要な魔術回路のこと。

最高学府であるロンドンの時計塔のこと。

ほとんどの魔術師は、魔法に至るため研究者であること。

 

掻い摘んで話し終え、士郎は最後に言った。

 

「まあ、俺の場合は魔法に挑んでいるわけじゃないから、魔術使いなんだけどな」

 

「ふむ。士郎の世界の理で言うなら、この世界の魔法使いはほとんどが魔術使いだな」

 

「そうなのか?」

 

「ああ。それに士郎の世界に比べるなら、こっちのほうが魔法は身近なものだ。茶々丸は魔法とメカの混血とも言えるし、魔法学校の卒業試験に学校の先生なんてやってるやつまでいるからな」

 

あくまで比較の話だがな、と言ってくっくっくと笑うエヴァに、士郎は愕然とした。

 

「まあ、魔法先生ならこっちにいるなら会うこともあるだろう。それより、これからどうするんだ。行く当てもないんだろ? それに一応、お前は侵入者なんだぞ」

 

「うっ、そうだったな。もう一度宝石剣を投影するわけにも行かないし。当分、野宿かな……」

 

「家に置いてやろうか?」

 

思案に暮れる士郎を見て、エヴァは仕方ないとばかりにそう漏らした。

 

「え、いいのか?」

 

「ついでに仕事も紹介してやろう。ただし条件があるがな」

 

まるで地獄に仏とばかりに、身長差60cm近くあるエヴァにすがり付く士郎。エヴァが内心、不敵な笑みを浮かべていることにも気付かずに。

 

「その赤いコートか、あの白と黒の双剣、どちらかを私によこせ。どっちもかなりの魔法の品だろう。まあ無理なら――」

 

「いいぞ」

 

「は?」

 

冗談半分で言ったことに即答され、エヴァは困惑してしまう。

 

「このコートはやれないけど、干将莫耶だったらいいぞ」

 

「干将莫耶とは、あの剣の名前か?」

 

「ああ。で、今渡せばいいのか?」

 

「いや、家に帰ってからで……そんなことはどうでもいい! 本当にくれるのか!?」

 

「む、そっちがくれって言ってきたんだぞ」

 

「半分冗談だったのだが……まあいい、これで契約完了だ」

 

「これからよろしくな、エヴァ」

 

「む、まあいい。とりあえずは私の役に立ってもらうぞ」

 

不敵な笑みを浮かべるエヴァに、士郎はしゃがんで視線を合わせ、ぐりぐりと撫でる。

 

「なっ! こ、子供扱いするな」

 

「いや、撫でやすかったから……」

 

顔を真っ赤にするエヴァを見て、士郎はおかしそうにはははと笑った。

 

しばらくして研究室から葉加瀬が出てきて、エヴァに声をかけた。

 

「エヴァさん、ちょっといーい?」

 

「ん? どうした、ハカセ?」

 

「茶々丸、色々と負荷かかってるけど、今夜中にメンテ終わるから帰ってもいーよ」

 

「む、帰らないとだめなのか?」

 

士郎が不満そうに聞くと、葉加瀬はえっと言って視線をエヴァに移す。

 

「一応、私の知り合いで衛宮士郎だ」

 

「初めまして、衛宮士郎という」

 

「えっと、葉加瀬聡美です。よろしくー」

 

「……ちなみに、茶々丸をあんなにした原因の男だ」

 

「ええっ!!」

 

にこにこした笑顔が一転し、むむむと唸って眉を吊り上げる。

 

「むむっ! いいですか、衛宮さん! 茶々丸は戦闘用に設計されていますけど、精密機械の集まりなんですよ!」

 

「……すまん」

 

葉加瀬の剣幕に士郎はしゅんとうな垂れ、来るときに見た茶々丸の慕われようを思い出して、さらに落ち込む。

 

「まー、いいけど。茶々丸には気をつけてよー」

 

「わかった」

 

「あと、何も出来ないと思うけど、残るんなら研究室の簡易ベッド使っていーよ」

 

「ああ、ありがとな」

 

「じゃ、私はメンテに戻るからねー」

 

葉加瀬は軽く手を振り、研究室へ戻っていった。

 

「エヴァはどうするんだ?」

 

「ん? そうだな。帰ってもいいんだが、お前のことがあるんでな。ここにいるしかないだろう」

 

さも当然という口調に、士郎は首を捻る。

 

「あのなぁ。何度も言うが、お前は身元不明の魔法使いで不法侵入者なんだぞ。私が一応の保証人だ。一人になって捕まったら事だぞ」

 

「む、そうか。ならエヴァの家に行ったほうがいいのか?」

 

「何をいまさら。今日は特別だ。一緒にいてやる」

 

「ありがとな」

 

そう言って、士郎はまたエヴァの頭をぐりぐりと撫でる。

 

「だから子供扱いするなと言ってるだろう!」

 

怒るエヴァに「ごめんごめん」と言って、士郎は手を離す。

 

「俺はまだ少し起きているから、エヴァは早く寝たほうがいいぞ」

 

「はは、私は吸血鬼だぞ。早寝早起きなんてやってられるか」

 

「そうか。なら、あっちのソファーがある場所へ行くか?」

 

「ああ」

 

廊下の先にある休憩スペースへ向かい、自販機の前に立つ。

 

「コーヒーでも飲むか?」

 

エヴァが頷くのを確認し、士郎はお金を入れる。

 

「ミルクとか砂糖は?」

 

「ん? なんでもいいぞ」

 

ボタンを二回押すと、ガコガコッと缶コーヒーが二つ出てきた。

 

ロング缶をエヴァに投げようとした瞬間、士郎の手からふっと零れ落ちる。

 

「……どうしたのだ?」

 

「あ、いや……なんでもない」

 

転がった缶を拾い、エヴァは不審そうに近づく。

 

「お前、顔色が悪いぞ」

 

「……魔力暴走の余波でな。感覚が少し狂ってる」

 

「そんなに青い顔してるのに、少しなわけないだろう。いつからだ?」

 

「……こっちに転移してきてからだ」

 

「っ! ……そんな状態の士郎に、最弱状態で手を抜いたとはいえ、私は負けたのか」

 

エヴァは一瞬悔しそうにするが、はぁとため息をつき、缶コーヒーを開ける。

 

「む、甘い……カフェオレか?」

 

「ブラックだと寝れなくなるだろ?」

 

「……そういうお前はブラックなのだな」

 

「別にいいだろう……」

 

内心で怒りを覚えつつも、エヴァは突っ込むのをやめ、ちびちびと缶を傾けながら士郎を見る。

 

――そういえばナギのやつも、私のことをいつもガキ扱いしていたな。

数百年以上生きるこの私をつかまえて。

十五年前、迎えに来ると言ったくせに、結局くたばって……馬鹿な奴め。

 

 

「ん?」

 

士郎は、いつの間にか眠ってしまったエヴァに気付く。

 

缶を取り上げ、そっとコートをかけた。

 

「まったく、子供じゃないと言いながら、結局寝てるし」

 

やれやれと呟き、抱きかかえて研究室へ向かう。

 

「サ、サウザントマスター……ま、待て……やめろ……ネ、ネギと……ニンニクは……」

 

なぜネギとニンニク? と不思議に思いながらも、士郎は魘されるエヴァの頭を軽く撫でる。

 

すると、苦悶の表情が徐々に和らいでいった。

 

簡易ベッドに寝かせ、廊下へ戻ろうとした時、奥から声がかかる。

 

「士郎さんですか?」

 

「茶々丸か?」

 

「はい。マスターは?」

 

「奥のベッドに寝かせておいたぞ」

 

「そうですか……マスターは魔力がなければ、外見同様、十歳ほどの体力しかありませんので」

 

「茶々丸は、もう大丈夫なのか?」

 

「はい。あとは最終チェックのみですので、もう大丈夫です」

 

「そうか……俺も寝るかな。今日は本当にごめんな」

 

「……いえ。私はマスターの従者ですので。おやすみなさい、士郎さん」

 

「ああ。おやすみ、茶々丸」

 

士郎はいそいそと、先ほど休んでいた休憩スペースに戻り、そこで眠りについた。

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