正義の味方と悪い魔法使い   作:ヒフミくろねこ

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「そ、そんな、……こんな、こんなのっ」

 

「つか、デカッ! オイオイオイちょっと待てよ、デケぇっ! デカすぎるぜ」

 

ネギは楓と分かれた後、木乃香がさらわれた祭壇へと行き、白髪の少年フェイトを風の捕縛魔法で捉えた。 だがその先には木乃香はいなかった。 そしてその代わりに、巨大な鬼が眼前に出現した。

 

「二面四手の巨躯の大鬼『リョウメンスクナノカミ』。 千六百年前に討ち倒された飛騨の大鬼神や。 フフフ、喚び出しは成功やな。 伝承では身の丈十八丈もあったと言うけど……こいつはそれ以上ありそうやな」

 

リョウメンスクナの肩口に木乃香と共に浮く千草。 その言葉にカモミールはどうしようもないと思ったとき、ネギの行動に気付きはっと顔を上げる。

 

「兄貴!?」

 

「完全に出ちゃう前にやっつけるしかないよ! ラス・テル マ・スキル マギステル! 来たれ雷精 風の精!」

 

ネギは杖を振りかざし、魔力を開放し呪文を唱え始める。

 

「お、うぉいっ、待てよ兄貴、その呪文はっ。 確かに効きそーなのはそれしかねぇが、兄貴の魔力はさすがにもう限界だろ!?

そんな大技、今もう一度使ったら倒れっちまうよ!」

 

だが、ネギはカモミールの制止の声に耳をかざすさらに呪文の詠唱を続ける。

 

「雷を纏いて吹きすさべ南洋の嵐」

 

「なっ……何!?」

 

驚く千草も、止めるカモミールも置き去りにして、ネギの魔法の詠唱が完成する。

 

「雷の暴風!!」

 

風と雷の属性を持った魔法はリョウメンスクナへと突き進み、その胸へと直撃した。 ――だが直撃した雷の暴風は弾かれ、空しく拡散しただけだった。

 

「あ……ぐ……」

 

「フ……フフフフフ……アハハハハ。それが精一杯か!? サウザンドマスターの息子が! まるで効かへんなぁ!

このかお嬢様の力でこいつを完全に制御可能な今、もう何もコワいモンはありまへん。 明日、到着するとか言う応援も蹴散らしたるわ。

そしてこの力があればいよいよ東に巣食う西洋魔術師に一泡吹かせてやれますわ、アハハハハハハハ」

 

高笑いを続ける千草とは対照的に、ネギは荒く息をつき、地面に両手をついて項垂れてしまう。

 

「こ……このかさん……」

 

「兄貴、兄貴! しっかりしろ」

 

悪い事は重なるもので、甲高い音と共にフェイトを捕縛していた拘束が砕け散った。

 

「善戦だったけれど、残念だったね、ネギ君……」

 

拘束から解き放たれたフェイトは、静かにネギへと歩み寄る。

 

絶体絶命のその時、ネギがやって来た森の方角から、赤い光点が空気を切り裂いた。

それはネギの雷の暴風を受けきったリョウメンスクナに突き刺さり、大爆発を起こした。

 

「な、なんだか知らんけどチャンスだぜ、兄貴! 仮契約カードのまだ使っていない機能を!」

 

「召喚! ネギの従者、神楽坂明日菜! 桜咲刹那!」

 

ネギがカードを投げながら唱え、その先には二つの魔法陣が展開して、明日菜と刹那が召喚された。

 

「アスナさん、刹那さん、僕……すいません、このかさんを……」

 

「わかってる、ネギ!」

 

明日菜がネギに頷いている時にまた、赤い光点がリョウメンスクナに突き刺さり、爆風がネギ達の下まで届く。

 

「っく! 何これ!?」

 

「……僕にもわかりません。けど、僕たちを助けてくれてます」

 

そしてまた一条の光が突き刺さり、リョウメンスクナは悲鳴を上げる。

フェイトはそんな光景からネギへと視線を落とし、刹那と明日菜を冷ややかに見て両手を振りかざした。

 

「ヴィシュ・タル リ・シュタル ヴァンゲイト。 小さき王、八つ足の蜥蜴、邪眼の主よ」

 

「な、何!? これは呪文始動キー!? こいつ西洋魔術師、しかもこれは……。姐さん、奴の詠唱を止め――」

 

「ダメです、間に合わない!」

 

「時を奪う毒の吐息を――石の息吹!!」

 

広範囲にフェイトの魔法が展開されたが、それは逆にフェイトの視界を奪う結果となった。 ネギ達はそれを利用して、いったん退避した。

 

「な、何とか逃げれた。奴はまだこっちに気付いてません」

 

「だ、大丈夫、ネギ? ひどい死にそうじゃん」

 

「あ、ありがとう。アスナさんも……」

 

ネギが気遣いの言葉を出した時、刹那がネギの右手が石化し始めている事に気がついた。

 

「ネギ先生、その手……」

 

「だ、大丈夫。かすっただけです」

 

刹那はそのネギの気丈な言葉を聞いて、完全に覚悟を決めた。

 

「……お二人は今すぐ逃げてください。 お嬢様は私が救い出します。 お嬢様は千草と共にあの巨人の肩の所にいます。 私ならあそこまでいけますから」

 

「で、でも、あんな高い所にどうやって?」

 

「ネギ先生、明日菜さん……。 私、二人にも、木乃香お嬢様にも秘密にしておいた事があります。

この姿を見られたらもう……お別れしなくてはなりません」

 

ネギと明日菜は、刹那が何を言っているのか分からずに、ただ呆然と聞いているだけだった。

 

「でも……今なら、あなた達なら……」

 

刹那はネギ達に背を向けて自分を抱くように一度屈み、そして胸をそらして両腕を開いた。 刹那の背中には、純白の翼があった。

 

「……これが私の正体、奴らと同じ……化け物です。 でもっ、誤解しないでください。私のお嬢様を守りたいという気持ちは本物です!

……今まで秘密にしていたのは――」

 

刹那はそこまで話し、森を巻き込み、空気を巻き取り、爆音と衝撃を伴って一直線に飛ぶ「それ」によって声が掻き消された。

ネギ達が呆然と見送ったそれはリョウメンスクナを抉り、爆発した。

 

そして森の側から、赤いコートに身を包み、弓を片手に白髪の男が走りこんできた。

 

「……遅れてすまない。皆は大丈夫か?」

 

「し、士郎さん!」

 

「遅いってば、士郎先生!」

 

「……衛宮先生」

 

この局面でやって来た士郎に、ネギと明日菜は顔を綻ばせる。

ただ刹那だけは喜んでいたが、その顔にどこか憂いのようなものがあった。

 

「桜咲、その翼で近衛を助ける事はできるのか?」

 

「は、はいっ」

 

士郎は刹那の白い翼を一目見て刹那に尋ね、肯定を得られると直ぐにネギと明日菜の方へ視線を向けた。

刹那はこんな翼を持った自分に投げかけられるだろう言葉が無くて困惑してしまう。

 

「あ、あのっ、衛宮先生! 私のこの翼の事を聞かないのですか?」

 

「……? 聞いただろう、飛べるかどうかと」

 

士郎は刹那の言葉の意味が分からず首を傾げる。

そんな士郎の言葉に刹那は戦慄き、感情に任せて口を開いた。

 

「私の正体は奴らと同じ化け物ですよ! でも、お嬢様を守りたいと思う気持ちは――」

 

「――その思いだけは本物だろ? だったら他に言う事は無いさ」

 

士郎は刹那の言葉を遮り、そっと刹那の頭に手を置き微笑みながらそう答えた。

 

「衛宮先生……」

 

士郎の言葉に虚を突かれて呆然としている刹那の背後に、明日菜がそっと近づき、その背中を思いっきり叩いた。

 

「きゃう!?」

 

「そうよ刹那さん。こんなの背中に生えてくるなんてカッコイイじゃん。 どうせこのかに嫌われるとでも思ってたんでしょ。 このかがこの位で誰かのことを嫌いになったりすると思う? ホントにもう……バカなんだから」

 

「あ、明日菜さん……」

 

「行け、桜咲。近衛の事は任せたぞ」

 

「ほら、早く刹那さん」

 

「……ハ、ハイ!」

 

士郎と明日菜の言葉に感動して震え、刹那は喜びに涙して元気よく頷いた。 刹那は飛び立つために翼を広げ、振り返った。

 

「皆さん、このちゃんのためにがんばってくれてありがとうございます」

 

そして今度こそその純白の翼をはためかせ、刹那は木乃香を助ける為に空へと飛び立った。

 

「……そこにいたのか」

 

刹那の羽音か霧が晴れたためかフェイトがネギ達を見つけ、飛び立った刹那に手を振りかざしたが、それをネギの魔法の矢が妨害した。

そして士郎が干将莫耶を両の手に投影し、ネギと明日菜の前に背を向けて立つ。

 

「……少し森に入った所に長瀬と夕映がいる。 二人と合流してここから逃げろ」

 

「そっ、そんな事できるわけ無いでしょ! 刹那さんだって戦ってるんだから!」

 

士郎のあまりな言葉に明日菜は激昂して叫んだ。 そんな明日菜の言葉に、士郎は反応せずにすっとフェイトを見る。

 

だがその時、虚空から声が聞こえてきた。

 

『……聞こえているか?』

 

「こ、この声、これってまさか……」

 

「ああ、姐さん」

 

『坊や、まだ限界ではないハズだ、意地を見せてみろ。 あと一分半持ちこたえられたなら、私が全てを終わらせてやる。

だからな坊や、何が何でも士郎と一緒に戦って足を引っ張れ。 そして私が行くまでの時間稼ぎをしろ、いいな?』

 

「エ、エヴァちゃん!?」

 

エヴァのあまりにもひどい言葉に明日菜が驚いたような声を上げた。 そんな反応にエヴァはくっと笑い言葉を続ける。

 

『……まあ、それは冗談だがな。士郎、お前は坊やと神楽坂明日菜を必ず守るのだろう?

だったら私が行くまでの少しの時間、フォローだけであとは好きにやらせてみろ。 坊や、貴様は少し小利口にまとまり過ぎだ。

今からそれじゃ、とても親父にゃ追いつかんぞ? たまには後先考えずに突っ込んでみたらどうだ。お前の後ろにはこの私と、士郎がいるのだぞ?』

 

今にも不敵に笑い始めるかのようなエヴァの言葉に、ネギと明日菜は覚悟を決めた視線で士郎を見た。 士郎は苦渋の面持ちだったが、時間が無い事もあって仕方なく頷く。

 

「ネギ君、その右腕は大丈夫か?」

 

「……大丈夫です、心配しないでください」

 

元気に笑うネギに士郎は「退避して治療して欲しかったのだが」と思ったが、視線を正面へと向けた。

 

「二人とも、無茶だけはするなよ」

 

士郎の背中越しの言葉に、ネギと明日菜は不敵に笑って杖とハリセンを構える。

 

「いきます!」

 

「OK!」

 

「来るのかい? ……では相手をしよう」

 

士郎が赤原猟犬(フルンティング)を番え、刹那の援護のために空へと向かって放ったのが、開戦の狼煙となった。

 

「……契約執行!!」

 

「やああっ!」

 

明日菜はネギの魔力供給を受け、ハマノツルギを振りかぶりながらダッシュした。 だが目の前にいたフェイトは消え、背後から蹴りを喰らって吹き飛ばされ、それを士郎が受け止める。

 

「アスナさんっ」

 

フェイトの攻撃を喰らった明日菜を心配するように声を上げたネギ。 その背後にフェイトが出現し、明日菜達がいる方へと吹き飛ばされた。 そしてネギも明日菜と同じように士郎に受け止められた。

 

「あ、ありがとうございます」

 

「礼はいい、来るぞ」

 

フェイトの追撃のラッシュを、士郎が攻守交替とばかりに二人に代わって全てを受けきる。 攻撃が通らないと思ったフェイトは宙へと浮かび上がった。

 

「ヴィシュ・タル リ・シュタル ヴァンゲイト。 小さき王、八つ足の蜥蜴、邪眼の主よ。 その光我が手に宿し、災いなる眼差しで射よ」

 

フェイトは魔法の詠唱を開始し、その指先に光を集める。

そしてその指先が向いた先では、明日菜が自分の魔法完全無効化能力でフェイトの魔法からネギを守ろうとしたが、二人とも士郎に襟首を掴まれる。

 

「石化の邪眼!」

 

詠唱を完了させ、指先から放たれた光の線が薙ぐ。 だが、もうすでにそこには二人の姿は無かった。

 

フェイトは士郎を忌々しげに見て突っ込んでいく。 だがその攻撃にネギが割り込んで止め、明日菜がハリセンを振りかぶる。

 

「イタズラの過ぎるガキにはおしおきよっ!」

 

明日菜のハリセンの一閃がフェイトの魔法障壁を砕き――

 

「うおおっ!」

 

魔力を込めた拳がフェイトの頬を穿つ。 初めてのクリーンヒットに「やったの?」と声を出すが、フェイトが怒りの形相で振り向く。

 

「……身体に直接拳を入れられたのは初めてだよ、ネギ・スプリングフィールド!」

 

そして、今までとは段違いの魔力を込めた拳がネギを襲う。 それを防ぐために士郎が割り込もうとするが、それよりも早くフェイトの影から伸びた手がそれを止めていた。

 

「ウチのぼーやが世話になったようだな、若造」

 

影を使った転移魔法に驚きを表した時には、出現した人影によって吹き飛ばされていた。

 

「エッ、エッ、エヴァンジェリンさん」

 

「フッ、待たせたな」

 

そう言ってエヴァはニヤリと笑う。 そしてその直ぐ側に給仕姿の茶々丸が降り立った。

 

「ちゃ、茶々丸さんまで……」

 

「さて、これからは大人の時間だ、坊や達はさっさと逃げろ。 士郎! せっかくの最強状態だ、派手にいくぞ!」

 

エヴァはそう宣言すると、蝙蝠でマントを作り浮かび上がった。 空中に浮かぶエヴァは片手を挙げ、その先に甲高い音と共に氷が集まっていく。

 

氷の集合体は、リョウメンスクナでも抱えられないような巨大な氷の玉となった。 そしてエヴァは不敵な笑みを浮かべたまま、リョウメンスクナへと腕を振り下ろした。

 

「氷神の戦鎚」

 

氷の玉は案の定リョウメンスクナでも抱えきれず吹き飛ばされ、そして封印されている岩をも砕いた。

 

「フフフ、さて。坊やと神楽坂明日菜、本当に逃げないと危ないぞ?」

 

エヴァの魔法の一端を見て呆然としているネギと明日菜に、エヴァが忠告じみた事を言うが、分からずに二人は首を捻った。

 

「エヴァッ! 二人とも直ぐにここを離れろ!」

 

えっと声を上げる間もなく、リョウメンスクナが叫びながら両の足を以って立ち上がり、ネギ達がいる辺りに拳を振り下ろした。

 

「っ!」

 

ネギは瞬時に明日菜の手を取って浮かび上がり、士郎は茶々丸によって抱えられて事なきを得た。

 

「ちょ、ちょっとエヴァちゃん、デカイのが完全に出ちゃったじゃないのよ」

 

「ふん、最強状態の私と士郎を相手にするんだ。 それぐらいのハンデがあってもいいだろう。 あっさり倒してしまってはつまらんからな」

 

明日菜がエヴァに向かって吼えている時、木乃香を抱えた刹那が飛んできた。

 

「皆さん大丈夫ですか!?」

 

「ああ、とりあえずはな。桜咲は近衛を助けられたようだな」

 

士郎は刹那に抱えられている木乃香を見て一先ず安堵のため息をつく。 だが士郎に見られていると感じた木乃香が「うひゃあ~」と声を出した。

 

「あ、や~ん、見んといて士郎先生~」

 

「お、お嬢様!」

 

そんな木乃香の言葉に刹那が慌てて木乃香を隠す。 二人の様子に士郎は一瞬苦笑いを浮かべたが、直ぐに真剣な表情になって口を開いた。

 

「これからは俺とエヴァ達の出番だ。 ネギ君達はさっき言った長瀬と夕映達に合流して避難しろ」

 

「そうだ、さっさと行け、ガキども」

 

刹那は士郎の言葉に素直に頷き、ネギは何か言いたそうだったが言葉を飲み込み、二人の指示に従ってこの宙域を離れて行った。

 

「さて、これからが本番だな」

 

エヴァはリョウメンスクナの肩で喚いている千草を見ながら不敵に笑った。

 

「士郎さん、体勢はこのままでも大丈夫ですか?」

 

「ああ、すまないな茶々丸」

 

「いえ……気になさらないでください」

 

「士郎、お前はそんなんで近接戦闘はできないだろう、私が前に出る。この私を援護してみせろ」

 

エヴァはそう言うや否や、手に鉤爪状の魔力を展開してリョウメンスクナへと加速する。

 

そんなエヴァを士郎は援護するべく、即座に威力重視ではなく速射性重視に四本の「偽・螺旋剣(カラドボルグ)」を放った。

それはエヴァを追い抜き、エヴァを捕らえようとするリョウメンスクナの四つの手を射ち抜き、弾かれたように爆発した。

 

そして粉塵の向こうから、エヴァの正面に死に体となったリョウメンスクナが現れる。

 

「やるな、士郎」

 

エヴァは士郎がお膳立てしたこの最大の隙を無論逃すはずも無く、展開していた鉤爪を袈裟斬りに腕を振り下ろし、無惨にリョウメンスクナを切り裂いた。

 

「ふふん、偶には前に出て援護を受ける事もいいもんだな」

 

エヴァの攻撃でリョウメンスクナの悲鳴と爆風が舞う中、士郎の攻撃によって指が千切れ飛んだリョウメンスクナの手が伸びるが、エヴァが魔法障壁で受け止めるより早く士郎が迎撃する。

 

「……誰かに背中を任すのも、な」

 

エヴァはフッと笑い、今度は両手に魔力の爪を出現させ、リョウメンスクナの周囲を旋回するように飛行し始めた。

そして士郎が投影した「赤原猟犬」が援護に走る。

 

エヴァは縦横無尽に飛んでいた。

時には出現させた爪で切り裂き、時には挑発するように嘗めるように飛行し、その後に続く赤原猟犬を従えて。

 

名に犬とつく赤原猟犬がその主、士郎の命を受けて期待通りにエヴァを守る。

それはあたかも番犬の如く。 赤原猟犬はリョウメンスクナの腕が近づくとそれに喰らいつき、引き千切っていた。

 

赤原猟犬にエヴァは確かに士郎の意志を感じ、無機質な剣でしかないはずの赤原猟犬が、じゃれ付く子犬のように感じてふふっと笑う。

 

そんな飛行を十分に楽しんだ後、エヴァは再びリョウメンスクナの正面へと浮かび上がった。 そして追随していた赤原猟犬は、喉笛に噛み付く猟犬の如くリョウメンスクナに襲い掛かった。

 

「お遊びはここまでにしようか」

 

エヴァは自分の攻撃や赤原猟犬によって満身創痍となったリョウメンスクナを見据え、甲高い音と共に右手に魔法の刀身を出現させた。

 

「……エクスキューショナーソード!」

 

エヴァが出現させた、全てを無理やり相転移させる超高密度の魔法の刀身。 切断ではなく、触れる箇所を消滅させ、リョウメンスクナの片腕を二の腕から吹き飛ばした。 返す刀でもう一本の腕をも吹き飛ばした。

 

二本の腕は湖面に叩きつけられて、盛大に水飛沫を上げながら消えていく。

 

「ふん、もうそろそろ終わりにするか……。士郎! このデカブツを足止めしろ」

 

エヴァは士郎を信頼して頷くのも確認せずに詠唱に入った。

 

「リク・ラク ラ・ラック ライラック。 契約に従い、我に従え、氷の女王」

 

エヴァの詠唱でリョウメンスクナの周囲の空間が軋みながら凍り始める。 そしてその空間から逃げようとするリョウメンスクナを、士郎が多重投影した赤原猟犬がことごとくその場に縫い付ける。

 

「来れ、とこしえの闇! 永遠の氷河!!」

 

「次から次へと何なんや~~。あんたら何者や!?」

 

「くくくく、相手が悪かったなぁ、女。 ほぼ絶対零度、150フィート四方の広範囲完全凍結殲滅呪文だ。 そのデカブツでも防ぐこと叶わぬぞ。 我が名は吸血鬼エヴァンジェリン『闇の福音』、最強無敵の悪の魔法使いとその愉快な仲間だよ! アハハハハハ」

 

キンキンキンキンと甲高い音を発生させながらひとしきり笑ったエヴァは、士郎へと視線を向ける。

 

「このまま“おわるせかい”に繋いで砕いてやってもいいのだがな、最後は士郎が止めを刺せ。 私にお前の本気の一端を見せてみせろ」

 

小悪魔的な笑みを浮かべるエヴァに士郎は一瞬眉を顰めるが、茶々丸に下ろしてくれと指示を出して、壊れかけの祭壇へと続く道に降り立った。

そしてエヴァも魔法を展開したまま士郎へと近づいていく。

 

士郎は絶対零度の空間に閉じ込められているリョウメンスクナを見据えて、一本の深紅の槍を投影し、弓に番える。

その槍が姿を現した瞬間、周囲の空気が凍り付いた。

そこに在るだけで強烈な「死」を予感させる、不吉な魔力を放つ槍。

 

 

 

「――――――」

 

 

 

士郎が何かを呟き、その言葉にエヴァは怪訝な表情をしたが、その間にも士郎がその槍の真名を開放する。

 

突き穿つ死翔の槍(ゲイ・ボルク)

 

真名を開放されたゲイ・ボルクの槍は周囲のマナを食い尽くし、赤き流星となってリョウメンスクナへと放たれた。

対軍宝具に分類されるその攻撃は、止めようとする残りの腕をも貫き、リョウメンスクナの上半身を魂魄ごとその莫大な威力で吹き飛ばした。

そしてリョウメンスクナはゆっくりと傾き、虚空に消えていった。

 

エヴァは倒されるのではなく、完全に消滅したという事実に「ほう」と声を漏らした。

そして士郎が投影した、背筋が凍るような威力を秘めた槍の事を思い、余韻に浸っていた。

 

「……これで一先ず方はついたかな?」

 

「ああ、主犯の女は士郎の攻撃の前に逃げ出したようだが、今チャチャゼロに追わせた。 遅かれ早かれ捕まえられるだろう。 しかし、久々に全開でやれて気持ちよかったな」

 

にっと笑うエヴァに士郎は苦笑いを浮かべてしまった。

 

「そういえばネギ君は大丈夫だろうか……」

 

「ん? 坊やがどうかしたのか?」

 

「相手の魔法を受けて石に――」

 

話を続けようとした時、森の方から光が見え、そっちを向くと遠めにネギと木乃香が仮契約を交わす光景が見えた。

 

「……近衛木乃香と仮契約する事によって直したようだな」

 

「……みたいだな」

 

士郎はこちらの魔法はまだよく分からなかったが、元気にはしゃぐネギ達を見てほっと息をついた。

 

「あとはどうせ西の仕事だ」

 

「マスターも士郎さんも、ご無事で何よりです」

 

「それにしても士郎、あんなのを出して大丈夫なのか?」

 

「……今回は結構疲れたな、魔力もかなり持っていかれたしさ」

 

「ふっ、それもそうだろ」

 

士郎の苦笑いを浮かべながら言った言葉に、エヴァはリョウメンスクナを消滅させたあの攻撃を思い出し、ふっと笑う。

 

「エヴァ!」

 

一瞬にして表情を変えた士郎に、怪訝な表情で問いかけようとした時、自分の背後に魔法が展開するのを感じた。

 

「障壁突破――石の槍」

 

そして魔法による石の槍がフェイトを中心に針山と化した。

エヴァがそれに備えようとした時、トンと横から衝撃を感じて、その直ぐ後に視界が真っ赤に染まった。

 

「…………?」

 

目の前で起こった事にエヴァの思考がついて行かなかった。

石の槍が士郎の腹を無情に貫通し、自分が士郎の血に濡れている事など。

 

「っ! 士郎さん!!」

 

茶々丸の叫び声を聞き、エヴァの世界に色が戻って正常に頭が回り始めた。

 

「……あ、ああ、ああああっ! 貴様っ! よくも私のモノに手を出してくれたなっ!!」

 

リョウメンスクナに与えたどの攻撃よりも鋭く、早い斬撃がフェイトを祭壇ごと切り裂いた。 だが――

 

「吸血鬼の真祖? なるほど、今日の所は僕も引くことにするよ。 一人仕留められた――」

 

エヴァはフェイトに最後まで喋らす事を良しとせず、頭を握りつぶした。

そして幻影かと悪態をつき、逃げられたという事実に怒りで唇を噛んだが、はっと気付き、茶々丸が抱きかかえる士郎の下へと駆け寄った。

 

「エヴァは大丈夫か…?」

 

「士郎、貴様何で私なんかをかばった!! 私は不死の魔法使いだぞ!!」

 

「……悪いなエヴァ、そんな事は認める事なんてできるはずないだろ」

 

士郎は血を吐きながら、ぼろぼろと泣くエヴァの頬に手をやって涙を拭く。

エヴァは苦手な治癒の呪文で傷を癒そうとするものの、効果は上げられなかった。

 

「くそっ! 私は治癒の呪文が苦手なんだ!」

 

「……大、丈夫だ、エヴァ」

 

「何が! 何が大丈夫なんだ!! 明らかに致命傷だぞ!!」

 

げほげほと士郎は咳き込んで血を吐き、その様子にエヴァは士郎に掴みかかった。

 

「士郎! お前まで私を置いていくのか! お前まで………」

 

「マスター! それ以上は!」

 

茶々丸は過剰に士郎を揺らすエヴァを止める。

 

「……心配するな……この程度では死なない。 それに魔力があれば……この程度の傷は治る」

 

士郎はそう言って魔術回路を起動させ、魔力を回す。 確かに傷は徐々に治り始めていたが、それを見るエヴァはもどかしく、それに明らかに重症なその怪我を「この程度」と、なんでもないような口調で言う士郎にエヴァは別な戦慄を感じた。

 

だがそんな事より、今はやるべき事があると思い直した。

 

「ま、魔力だな! チャチャゼロ!!」

 

『ドウシタ御主人、ソンナニ慌テテ』

 

真名達と共に鬼を狩り、その鬼が引いた今、千草の探索に移っていたチャチャゼロにエヴァは念話を送る。

 

「魔力を完全に士郎から私に変えるぞ!」

 

『……ナニガアッタ?』

 

主人の明らかに冷静でない様子にチャチャゼロは静かに問う。

 

「士郎の馬鹿が私をかばって負傷した!」

 

『ナニヤッテヤガンダ!』

 

悪態をつきながらも、チャチャゼロは士郎から流れる魔力を完全に切った。

 

「くそっ! まだ魔力が足りないというのか!! もっと魔力を……そうだ、まだ方法はあるぞ」

 

「マスター、何か方法が?」

 

「……とっておきのがな」

 

あきらかに切羽詰まっていたエヴァだが、何かを思いついて幾分かの冷静さを取り戻した。 そしてその時、集まっていたネギ達が異変に気付きこちらに向かってこようとする。 だがエヴァはそんな事を気にした様子も無く、そっと士郎の傷口に唇を寄せた。

 

「マスター?」

 

茶々丸はこれから起こる事をそっと見つめ、そしてエヴァと士郎を囲むように魔法陣が展開された。

 

「エヴァンジェリンさん、何か………!」

 

「士郎先生!」

 

駆け寄ってきたネギ達は、血だらけのエヴァと士郎を見て悲鳴じみた声を上げた。 士郎が重症を負った事に気付き、木乃香がすぐにでも士郎を治療しようとするが、それを茶々丸が止めた。

 

「何でやの、茶々丸さん!」

 

「少し待ってください、マスターに何か考えがあるようですので」

 

茶々丸はこれからエヴァがする事にある程度の予想を持ち始めていた。

 

「え、エヴァンジェリンさん?」

 

「ちょ、エヴァちゃんどういうこと!」

 

エヴァは騒ぐ外野を別な世界のもののように感じ、そっと静かに士郎の血を啜る。

 

「仮契約!」

 

茶々丸を除く周囲がざわめく中、ここに契約はなった。

 

「契約執行60秒! 魔法使いの従者『衛宮士郎』!!」

 

エヴァの吸血鬼の真祖としての魔力が無理やり士郎に流れ込み、士郎は仮契約した事によって生じたこの世界特有のラインを無意識に改変し、その身の内に魔力を取り込んだ。 その魔力は士郎を守護する宝具と如何様な反応を起こしたのか、通常士郎がその加護の力で再生させるよりも圧倒的に早く傷が再生した。

 

「す、すごい、士郎先生の傷がみるみる治っていく」

 

「ええ、そうですね。これはまるで再生……いえ、蘇生の域ですね……」

 

「仮契約ってこんなことも出来んの?」

 

「いえ、こんなことは出来ないはずなんですが……」

 

「おおー」と沸くネギ達をよそに、エヴァと茶々丸は呆然と士郎を見ていた。

 

「マスター、今のは……」

 

「ああ、茶々丸も見えたか。 この再生も異常といえば異常だが……一瞬剣が、いやあれは刃だな。 重なるように、刃が互いを求めるように修復していたように見えた」

 

「はい……」

 

そして再び士郎に視線を戻し、完全に士郎の怪我が治った今、もうここにいる理由は無いなと思った。

 

「茶々丸」

 

「はい」

 

茶々丸はエヴァの言葉で士郎を抱いて浮き上がった。 そしてエヴァもそれに続く。

 

「え、エヴァンジェリンさん!?」

 

「ちょ、エヴァちゃん。何がなんだかわかんないんだけど!?」

 

「ふん、そんな事は知るか。 士郎がこれなんでな、先に西の所に行ってるぞ」

 

「あ、待ってください、エヴァンジェリンさん」

 

「ふん、誰が待つか、行くぞ茶々丸」

 

「はい、マスター」

 

ネギ達の制止の声も聞かず、二人は近衛の屋敷へと向かった。

エヴァはふと士郎があの赤い槍を投影したときの言葉を思い出し、そして呟く。

 

 

「……身体は剣で出来ている、か」

 

 

 

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