正義の味方と悪い魔法使い   作:ヒフミくろねこ

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「……ここは?」

 

 

 

士郎が目を覚ますと、そこは畳が敷き詰められた広い和室だった。

 

「ん? やっと起きたか」

 

士郎のすぐ脇でお茶を飲んでいたエヴァが、湯飲みを置いて士郎の顔を覗き込む。

士郎は一瞬視線を彷徨わせてから、エヴァへと向けて体を起こした。

 

「エヴァか……他の皆は大丈夫だったのか?」

 

「……第一声がそれか。まあいい、話してやる。屋敷の奴らは全員元に戻った、坊や達も無事だ。もうそろそろ起きてくるんじゃないのか?」

 

どこか投げやりなエヴァの物言いに、士郎は首を傾げる。

 

「エヴァ、どうかしたのか?」

 

「ふん、どうかしただと? よくそんな事が言えるなお前」

 

エヴァはその呑気な士郎の言葉に柳眉を逆立てて、正面からはっきりと睨んだ。 だが睨まれた方の士郎は、エヴァが何についてそんなに怒っているのか全く理解できず、ただただおろおろとするばかりだった。

 

「エヴァ、何がそんなに気に入らないんだ。俺に分かるように言ってくれ。もし俺が悪かったらちゃんと謝るからさ」

 

エヴァは士郎のその言葉も気に入らなかったが、ここでハッキリ言うのもいいなと思い直し、一呼吸置いてから口を開いた。

 

「……貴様、なぜこの私を庇った?」

 

士郎は一瞬、エヴァが何を言っているのか理解できなかった。

そしてエヴァは、士郎が自分の言葉を正しく理解できていない事を悟り青筋を浮かべる。

 

「この吸血鬼の真祖であり、不死の魔法使いであるこの私を庇って、なぜ貴様が要らぬ傷を負う必要があった! あのまま死んでいたのかもしれないのだぞッ!」

 

「……俺は死なないさ、あのくらいの傷では。それにいくらエヴァが不死の吸血鬼だったとしても、傷を負っていいという理由にはならない」

 

激昂するエヴァとは対照的に、士郎はどこか穏やかに苦笑いを浮かべた。 そんな士郎にエヴァは眉を顰め、怪訝な表情をして怒りを収めた。 そしてゆっくりと口を開いた。

 

「……その台詞、そっくりそのまま貴様に返してやる。私はなぜそんな事をしたのか理由が聞きたい。もし理由があるというなら聞いてやる、話せ」

 

それから二人は無言で、図らずも睨み合う形となった。

そこへ、和洋折衷な給仕姿の茶々丸が障子を引いて部屋に入ってきた。

一触即発のような状況に、彼女は慌てて声を上げる。

 

「マ、マスター、士郎さんっ」

 

慌てる茶々丸を他所に、エヴァはただ士郎の言葉を待つ。

 

「エヴァに傷を負って欲しくなかった、ただそれだけだよ」

 

「………………」

 

エヴァは士郎の言葉に一応の納得を見せ、ふんと鼻を鳴らして一枚のカードを士郎に投げて寄越した。 士郎はそのカードを受け取り、なんだと思って絵柄を見ると、そこには自分自身の姿が描かれていた。

 

「エヴァ、これは?」

 

「貴様が私の従者になった証だ。ま、一つ借りにしてやる」

 

「従者って……まさか」

 

「ん? 何だ覚えていないのか?」

 

「あ、いや、魔力供給を受けたんだっけな」

 

エヴァの言葉を聞きながら、確認のために士郎は自分に繋がっているラインを調べる。 そこには修学旅行前に繋げたチャチャゼロとのライン、この世界特有の契約のライン、そしてエヴァとの魔力相互供給のラインがあった。

 

「……これは」

 

「どうかしたのか?」

 

「……エヴァとラインが繋がった」

 

眉を顰めている士郎に怪訝そうに尋ねたエヴァだったが、士郎が以前話した「ライン」という概念のことを思い出し、拍子抜けして視線を外した。

 

「仮契約したのだから当たり前だろう?」

 

何をバカな事を言っているんだと、ずずずとお茶をすするエヴァに士郎はそうじゃないと首を振った。

 

「仮契約によるラインは従者への一方的なものだろう。これはそうじゃなくて、俺の世界のラインに近いものだ」

 

「ほう、それはチャチャゼロとラインを交わす時に言っていた貴様の世界の契約術のことか。……おい、もしかして血を吸わなくても学園内で貴様から魔力を吸い上げれば魔法が使えるって事か?」

 

「ああ、たぶん」

 

片眉を上げながら不信そうに聞いてきたエヴァだったが、士郎の肯定の言葉を聞くと、不敵で心底楽しそうな笑みへと一変させた。

 

「くくくっ、そーかそーか。そういう事なら貸し借りは無しだな、士郎。私は魔法が使えて、貴様はアーティファクトを手に入れられた。言う事ないじゃないか。さっそくだ、貴様のアーティファクト見せてみろ。使い方は分かるか?」

 

「大丈夫だ」

 

士郎はカモミールが明日菜に説明していたことを思い出し、自身のカードを構える。

 

「“来れ”」

 

士郎の力ある言葉に反応してカードが光り、その手に一丁の拳銃が現れた。

 

「ほう、銃か。貴様にはなんだか似合わん気もするが……使えるのか?」

 

「ああ、魔術がおおっぴらに使えない時とか、見せかけのためにそれなりにな」

 

士郎はそう言うと、自分の手に収まっている拳銃を見る。

弾を補充する場所はなく、鈍器としても使えそうなほどの厳つい形状。

 

「……どうかしたのか?」

 

「いや、親父も銃を使ってたと思ってさ」

 

手に握った拳銃を見てどこか物思いにふける士郎に、エヴァが問いかける。

 

「魔術師の世界では近代武装はタブーとされてたんだけど、俺も親父も魔術を目的ではなく手段として使う魔術使いだったからさ。そういうタブーは気にしなかった。特に親父は好んで近代武装を使っていたし、礼装も拳銃だったって話だからさ。これも奇縁なのかもなと思ってな」

 

士郎は苦笑いをしながら「去れ」と念じ、手に持った拳銃を元のカードへと戻した。

 

「いいか、この事はじじいには黙ってろよ。何かと煩いからな」

 

「……エヴァと契約したことか?」

 

「別にそれは黙ってろとは言わんが、わざわざ話してやる事でもない。私が言いたいのは、貴様の魔力を使って私が魔法を使えるかもしれないという件だ。まあ、どの程度使えるのかは戻ってからでないと分からんがな」

 

エヴァはやれやれとばかりに腰を下ろしてずずずとお茶をすする。 そして士郎との会話を反芻していた時、ふと何か見落としている事に気づき、士郎の顔をじっと見た。

 

「どうかしたか、エヴァ?」

 

「……ちょっと待て。貴様、どうして正規の仮契約のラインと私と繋がったラインを正確に比べる事が出来たのだ? 仮契約でもしない限り……まさかお前!」

 

エヴァの視線を受けて、士郎は夕映との契約カードを取り出した。

 

「綾瀬夕映か。貴様から契約するとは思えんが……」

 

まじまじとカードを見るエヴァに、士郎は修学旅行二日目に起きた、カモミールによる事故の事情を簡単に説明した。

 

「ふん、事故で契約か。どうせ貴様の従者なんて誰がしようが足手まといにしかならんだろうがな」

 

「……一応、夕映には魔法関係の事は内緒にするつもりだ」

 

「そのあたりは士郎の好きにすればいい。私には関係のない事だからな」

 

エヴァが鼻を鳴らした時、障子の方に人の気配を感じて二人は視線を向けた。

 

「あ、あの……お取り込み中でしたか?」

 

刹那がおずおずと障子を開けて部屋に入ってくる。 エヴァはいつの間にか乗り出していた身を戻し、冷めてしまったお茶を一息に飲み干した。

 

「茶々丸、お茶」

 

「はい、ただ今」

 

茶々丸は人数分のお茶を淹れるために立ち上がった。

 

「あ、私は直ぐに出ますので」

 

「ふん、いいから飲んでいけ」

 

「は、はい」

 

茶々丸からお茶を受け取り一口飲み、ほっと一息つく。 刹那は姿勢を正し、士郎へと向き直った。

 

「衛宮先生、今回は本当にありがとうございました。先生がいなければ、今回どうなっていたか……」

 

すっと頭を下げて沈痛な表情となる刹那に、士郎は首を振った。

 

「いや、きっと俺がいなくても何とかなっていたはずだ。ネギ君もいたしエヴァも来たしさ」

 

「いえ、それでもありがとうございます」

 

そう言って再び頭を下げる刹那。 士郎は彼女の隣にある荷物に気づき、視線で問いかけた。 刹那はどこか弱々しい表情で口を開く。

 

「一族の掟で、あの姿を見られてしまったからには去らなければなりません。最後にお世話になった衛宮先生にだけは挨拶を、と思いまして」

 

「……近衛には挨拶はしないのか?」

 

「顔を見れば、辛くなりますから……」

 

目の端に涙を溜める刹那に、士郎はそうかと小さく呟いた。

 

「士郎、刹那の事を止めないのだな。お前なら止めると思ったが」

 

エヴァの言葉に、士郎は自嘲的な笑みを浮かべてゆっくりと首を振った。

 

「俺には、刹那を止める資格なんてない」

 

「……え?」

 

その驚きの声が誰だったのか、士郎は笑みを深めたまま喋り続ける。

 

「家族の手も、友人の手も、全てを振り払って飛び出し、そしてそれからも払い続けてきた俺には、刹那を止めることは出来ないさ。だが、それでも一言言わせてもらえるなら……」

 

士郎は刹那の目を真っ直ぐに見つめた。

 

「刹那、自分の全てを賭けても守りたい唯一人の人がいるのに、その人の手も振り払って行くというのか?」

 

「――ッ!?」

 

刹那はその士郎の言葉に、まるで頭を殴られたかのような衝撃を受けた。 だがそれでも彼女は歯を食いしばり、声を絞り出す。

 

「お、お嬢様の側に衛宮先生のような方がいれば、安心して任せられますッ! 私がいなくとも、先生……後のことはよろしくお願いしますッ!」

 

刹那は感情に任せ、荷物を掴んで部屋を飛び出そうとした。 だが、そこには今一番会いたくない人、木乃香が立っていた。

 

「……それって、どういうことなん?」

 

「お、お嬢様ッ」

 

刹那は動揺して荷物をその場に落とした。 木乃香は幽鬼のようにふらりと部屋に入り、肩を震わせて俯いた。

 

「ウチ、いやや。せっかくせっちゃんとまた仲良くなれたのに……そんなんいやや!」

 

木乃香は叫びながら、刹那の腕の中へと飛び込んだ。

 

「……このちゃん」

 

「刹那、その近衛の手を振り解けるのか?」

 

刹那は士郎の言葉を受けて、腕の中で泣きじゃくる木乃香を、壊れ物を扱うようにそっと抱きしめた。

 

「守るのだろう?」

 

「……衛宮先生」

 

士郎の優しそうな微笑を見て、刹那は腕の中の木乃香を強く抱き寄せた。

 

「せっちゃん?」

 

「お嬢様……いえ、このちゃん。私は誓います。このちゃんが嫌と言うその日まで、ずっとお側で守り通します。この誓いは、この身に代えても必ず果たし通します」

 

「えへへへ、なんやプロポーズみたいで恥ずかしいわー」

 

「あ、いえ、そんな……」

 

笑い合う二人を見て、士郎はどこか羨望めいた視線を送る。 エヴァはそんな士郎の様子に気づいてはいたが、何も口には出さなかった。

 

「なんやよー分からんけど、士郎先生ありがとなー」

 

「ありがとうございます」

 

二人は落ち着いたのか、揃って士郎に頭を下げた。 士郎は苦笑いをして首を振る。

 

「いや気にするな。俺はちょっと背中を押しただけだからさ。それに一応、俺は教師だしな。何か問題が起こった時は、また相談に来ればいい」

 

「はいっ!」

 

和やかな空気が流れるなか、明日菜がひょっこりと顔を出した。

 

「あ、刹那さん、士郎先生のとこにいたんだ。このかまで」

 

明日菜は木乃香に視線を送ったとき、ふと違和感に駆られてその顔を見つめる。 そして何かに気づいたようであっと小さく声を上げた。

 

「……どうしたのこのか、目が赤いけど」

 

「ううん、なんでもあらへんよー」

 

明日菜は嬉しそうな木乃香を見て、まあいいかと思い直した。

 

「明日菜、こんな所に何しに来たんだ?」

 

「……こんなとこって、士郎先生の様子を見ようかなって。もうそろそろ宿に戻らないとダメだから、挨拶に来たのよ。戻ってきたばかりの時は、エヴァちゃんに追い返されちゃったから」

 

ジト目で見返す明日菜に、士郎はすまんと苦笑いを浮かべた。 明日菜に続いて、夕映と包みを持った古菲も部屋の中へと入って来て、士郎の側へと寄る。

 

「大丈夫だとは聞きましたが、士郎さん、何とも無いですか?」

 

「ああ、心配かけたな、夕映」

 

どこか張り詰めていたものが解けたのか、夕映はほっと息を吐いた。 士郎はすまんと、ぽんと夕映の頭に手を置いた。

 

「おー、元気そうアルな。士郎先生、借りてた干将莫耶返すアルよ」

 

「役に立ったか?」

 

士郎は布で包んだ双剣を古菲から受け取った。 古菲は満面の笑みで「サイコーアルよ」と頷いた。

 

「今度暇な時にでも手合わせするアルね」

 

「……まあ、暇な時にでもな」

 

「やったアルねー」

 

士郎ははしゃぐ古菲から視線を離した時、障子の向こうに真名が遠目でこちらを窺っているのに気づいた。 部屋の中に入ってくればいいのにと士郎は思ったが、真名と視線を合わせるとふっと笑っただけでその場から離れていってしまった。

 

「どうしたのですか、士郎さん?」

 

「いや、なんでもないさ」

 

士郎は真名の様子に苦笑いを浮かべた。夕映が不思議そうに首をかしげる。 頃合いを見計らったように、エヴァが口を開いた。

 

「さて、士郎の顔も見れただろ。お前らはとっとと宿へ帰れ」

 

「む、エヴァちゃんは来ないの?」

 

しっしと虫を払うかのようにそっけない言葉に明日菜はむっとするが、そんな明日菜の様子にエヴァは余裕を持ってふっと笑った。

 

「私と士郎は詠春に話がある。まあ、事後処理とかの大人の話さ。お前らが聞いても眠くなるだけだ」

 

だからとっとと帰れというエヴァの言葉に、明日菜はそんなの聞いても仕方ないしねと思って立ち上がった。

 

「じゃ、とっととネギ回収して帰ろっか?」

 

「戻るアルよ」

 

「そうですね」

 

「ほななー、士郎先生」

 

「……では」

 

明日菜に続いて、刹那達も部屋を出る。 夕映もそれに続こうとした時、背後に視線を感じて振り返った。 視線の先には、無表情の茶々丸が夕映を見ていた。

 

「茶々丸さん?」

 

「ん、茶々丸、どうかしたのか?」

 

「いえ、何でもありません」

 

茶々丸はぺこりと頭を下げて夕映を見送った。 明日菜達が去ってからの数分は誰も喋らず、ただ茶々丸が淹れたお茶をまったりと飲んでいた。

 

「まったく、うるさい奴らだ。だから最近の若い奴らは……」

 

「いきなり老け込まないでください、マスター」

 

そんな二人のささいなやり取りに、士郎は声を殺してくっと笑った。

 

「西の長との話の後はどうするんだ?」

 

「ん? 坊や達が詠春の案内でナギの別荘へ行くとか言っていたからな。それまでは京都の街中を散策するさ。貴様にも付き合ってもらうからな」

 

もう決定事項とばかりに話すエヴァに、士郎は苦笑いを浮かべてしまう。

 

「俺でよかったら、いくらでも付き合うさ」

 

「私もお供します」

 

エヴァは二人の言葉に頷き、不敵に笑う。

 

「あたりまえだ。行く時にはチャチャゼロも拾ってやらんとな」

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