詠春との会談を終えた士郎達は、その足で観光へと繰り出していた。 清水寺を始めとする名所を周り、ネギ達と合流するまでまだ時間もあって京都の町屋の風景を歩きながら楽しんでいた。
「マスター、満足いきましたか?」
「うむ、いった」
茶々丸の言葉にエヴァはほくほくとした笑顔できっぱりと断言した。 そんなエヴァの様子に士郎は苦笑いを浮かべた。
「ケケケ、御主人。長々ト薀蓄ヲタレルナンテ、相当楽シミニシテイタンダナ」
「うるさい、黙れチャチャゼロ」
エヴァはチャチャゼロに図星を指され不機嫌そうに怒鳴るが、チャチャゼロは気にした風もなくケケケと笑った。 エヴァはチャチャゼロを頭に乗せ、茶々丸とともに歩く士郎の姿を見て、ふと詠春との会談を思い出していた。
◆
『今回は本当にありがとうございました。あなたがいなければ今回の件はどうなっていたか……』
沈痛な表情の詠春に士郎は首を振って口を開いた。
『いや、きっと俺がいなくてもネギ君ならどうにかしていただろうし、それにエヴァも来てくれたので』
士郎の言葉に詠春はそれでもと再び頭を下げた。
『前置きはそのぐらいにしておけ。それで近衛詠春、事後処理はどうなっている? 特にあの白髪のガキについてだが』
エヴァの問いに、詠春は僅かに顔を曇らせて口を開いた。
『現在調査中ですが、今の所彼が自ら名乗った名が『フェイト・アーウェルンクス』である事と、一ヶ月前にイスタンブールの魔法協会から日本へ研修として派遣されたということしか……』
言葉を濁し、おそらく偽者でしょうと呟いた詠春の言葉に、エヴァはふんと鼻を鳴らした。
『……他の、天ヶ崎千草や月詠たちの処分は?』
『月詠君は神鳴流から雇われた護衛なので、今回の件で注意などを受ける事はあっても特に処分などは無いでしょう。天ヶ崎千草についてもそれなりの処分がありますが……その辺りの事は私達にお任せください』
『そうですか……それではよろしくお願いします』
あまり重い処罰にならないようにと頭を下げる士郎に、詠春はどこか苦笑いを含んだ表情で士郎の意を汲むように頷いた。
『つくづく甘い男だなお前は』
士郎と詠春のやり取りを見ていたエヴァはふんと鼻を鳴らしそう言い放ったが、士郎はただ苦笑いを浮かべるだけだった。
『それでスクナに関してですが……』
どこか言葉を濁しながら詠春はそう切り出し、士郎とエヴァは詠春に視線を向ける。
『……スクナの完全消滅が確認されました』
士郎は詠春の言葉に特に何かを感じる事も無く頷いただけだったが、エヴァは詠春の心情を悟りながらもただ「やはりそうか」と言葉を漏らした。
『詳しく状況を話していただけませんか?』
詠春はエヴァのやはりと言う言葉に眉を顰めながらもそう口に出した。 そしてその問いの返答はあっけないものだった。
『私と士郎であのデカブツを翻弄し、士郎がトドメを刺した。ただそれだけだ近衛詠春』
それだけというエヴァの台詞に、詠春はトドメを刺した士郎をじっと見る。 なお問いかけようとする詠春を遮り、エヴァが再び口を開く。
『近衛詠春、貴様は概念武装という物を知っているか?』
『概念武装?』
首を捻る詠春に構わず、エヴァはなおも言葉を続ける。
『物理的な衝撃ではなく概念。つまり魂魄の重みによって対象に打撃を与える事の出来る武装だ』
『しかし、そのような武装があるとは聞いたことがないですが?』
西の長をしてのその言葉に、エヴァはあっけなく頷き、その拍子抜けするような首肯に詠春は困惑の色を浮かべる。 そして困惑しながらも思考を重ね、詠春は口を開いた。
『……その概念武装というものがスクナを消滅させ、衛宮先生がその使い手ということですか?』
エヴァの話の流れからして詠春はそう結論付けたが、それには一つの重要な鍵が抜けていた。エヴァも首肯した概念武装という存在が。
『士郎』
『……ああ』
士郎は二人のやり取りを見ていたが、エヴァに名前を呼ばれ、そして言外に含まれるその意味を正しく理解してエヴァに任せると頷いた。 エヴァは士郎の信頼に一瞬だけ微笑み、そして詠春に向けて口を開いた。
『概念武装、そんな事を知らないのも当たり前だ。長いときを生きたこの私ですら知ったのはつい最近だ。確かに似たようなものはあるかも知れんが、それ自体が魔術体系を成す事などこの世界ではありえん』
エヴァの断言に詠春は口を開こうとするが、エヴァは一睨みでその機先を制し、尚も喋り続ける。
『そう、この世界ではな』
エヴァはそこで一度話を切り、ふふんと鼻を鳴らす。 そして詠春は口を開くことも無く、ただこれから紡がれるエヴァの言葉をただ待った。
『士郎は違う魔術体系を持つ異界の魔術使いだ。幾多の強力な概念武装を投影し敵を討つ。千の武器を使いこなす魔術使いとはじじいの言葉だ。……そしてその身は私に並ぶだろう』
詠春はここに来てやっと、近衛近右衛門が言っていた変わった男が行くと、そしてその言葉に含まれていたものを正しく理解した。 詠春は思考を一時止めて今一度士郎を見た。
出会った時から只者では無いと感じ、吸血鬼の真祖であり最強の魔法使いでもあるエヴァンジェリンが自分と同等の強さを持つと認めた人物。
『脅威になるから排除するか?』
唐突に放たれたエヴァのどこか楽しそうな声色に、詠春は一瞬虚を突かれた様に呆然としたが、直ぐにまさかと頭を振った。
『……いえ、私達とは完全に違う魔術体系、それは切り札になるかも知れない力。いつか私どもに負えない事態になった時に、助力をお願いしたいほどです』
詠春はエヴァから視線を外し、一瞬瞑目して士郎へと向き直った。
『今回は不意を打たれたといえこの体たらく……修行しなおさなければいけません。ですがそれでも起こりうるかもしれない危機、その時に力を貸していただけないでしょうか?』
そう言って詠春は深く頭を下げた。
『……それが多くの人の救いとなるなら、こちらからお願いしたいくらいです』
『では……』
士郎の柔らかな笑みの返答に詠春は頭を上げ、士郎は再度頷いた。
『出来ればそのような危機など起こらなければ、いいに越した事はいいですけど』
『ええ。ですがその時はよろしくお願いします、衛宮士郎先生』
それから詠春は士郎と握手を交わし、最後に木乃香と刹那君の事をよろしくお願いしますと言って部屋から退出して行った。
詠春が退出して行っても、士郎はしばらくぼうっと詠春が出て行った方向を見ていた。 士郎は思う。自分の能力を知り、そして直ぐに出た「人のために」という言葉に、士郎はなせか泣きたくなった。
封印指定を受け協会から追われたこの身。そのことには何も思わなかったが、人のためにと欺瞞でもなんでもなく本心から言う事の出来るこの世界の魔法使い。
『エヴァ……』
『ん? なんだ?』
『この世界は優しいな』
エヴァはポツリと漏らした士郎の言葉に、肯定も否定もせずにただ鼻を鳴らしただけだった。
◆
「――ァ、エヴァどうかしたのか?」
「貴様も……いやなんでもない、気にするな」
エヴァは貴様も私を置いていくのかと言葉に出そうとしたが、自嘲的に笑って言葉を切った。 そんなエヴァとは対照的に士郎は言いかけてやめるエヴァに首を傾げたが、直ぐに気にした風もなく視線を外し、一つの看板に目を留めた。
「エヴァ、ちょっといいか?」
「ん? どうかしたのか?」
エヴァの言葉に士郎は歯切れの悪い返答をしてから、バツが悪そうに口を開いた。
「その、さ、エヴァと茶々丸にお土産と思っていたんだけどさ。二人とも京都に来たから……」
「ほう、この私に土産か……それで何を買おうとしてたのだ?」
「私は士郎さんがくれるものでしたらなんでも」
不敵に笑うエヴァと、どこか目を輝かせ身を乗り出す茶々丸に、士郎は苦笑いをするものの考えていた事を口に出す。
「扇子とか、櫛とかをと思ってさ」
「ふむ、そいつはいいな。……チャチャゼロに聞いたのか?」
エヴァの脈絡の無いような問いかけに士郎は首を傾げるが、そんな士郎を他所にエヴァはふむふむと頷いた。 そしてエヴァは腕を上げ指を踊らす。 士郎はエヴァが何をしようとしているのか分からなかったが、直感でその場を飛びのく。士郎の足があったその場を細い何かが空を切る。
「なっ! エヴァ!?」
「マスター!?」
驚く士郎と茶々丸に、エヴァはふふんと鼻を鳴らして再び指を折り、追撃をかける。 士郎は瞬時に手の平に納まる小刀を投影して、絡み付こうとする糸を切断する。 そしてエヴァが踏み込んで細い何かを振り下ろす。だがそれを士郎は小刀で受け止め、金属がぶつかる音が響いた。
「ま、士郎には効かんか」
一瞬の猛攻はなんだったのか、エヴァは金属の細い棒、鉄扇を広げて自分を扇ぐ。
「合気柔術……鉄扇を使う事をチャチャゼロから聞いていたんじゃないのか? だから扇子なのだろ?」
「……エヴァ」
「ん? 何だその目は」
士郎はそれを教える為に襲い掛かってきた事にジト目でエヴァを見るが、はぁと諦めの溜息を一つついた。
「何、貴様からの贈り物だ大切に使ってやろう。では店を回るぞ」
「マスター嬉しそうですね」
「……茶々丸、お前もなんだか嬉しそうだな」
そうしてエヴァ達は、ネギ達と合流するまでの時間一杯をかけて色々な店を練り歩いた。 最終的に士郎はエヴァに扇子を、茶々丸に簪をそれぞれ贈り、いい機会だとばかりに千鶴にもこの京都で世話になったお礼として櫛を一つ買った。
「あれ、エヴァちゃんと茶々丸さんなんだか機嫌がいいね。どしたの?」
「ふん、だれが貴様などに教えてやるか」
「いえ、京都の町を満足するほどに観光したからでしょう」
「おい、茶々丸何いきなり言っている!」
「違うのですか?」
漫才とも取れるような二人のやり取りに、明日菜は思わずあははと乾いた笑みをあげた。
「明日菜達は十分に休めたか?」
「あ、はい。さっきまで休んでましたから」
「やあ皆さん、休めましたか?」
そういってネギ達の元へとやって来た詠春は、士郎に一瞬だけ視線を合わせて軽く会釈をし、それに士郎も会釈を返した。
「この奥です。三階建ての狭い建物ですよ」
詠春の先導で生い茂る林を抜け、隠れ家のような建物が目の前に建っていた。
「どうぞネギ君」
詠春に促されてネギを先頭にして皆が別荘へと足を踏み入れた。
「彼が最後に訪れた時のまま保存しています」
それからは各々が自由に中でくつろぎ始めた。 そんな中エヴァはふらふらと一人、一つずつ確かめるように部屋を回り、そこにあるナギの痕跡を見て回った。 そして一つの部屋に入った時エヴァは息を飲んだ。
「…………ナギ」
エヴァは一瞬だけ、部屋の中に佇んでいた男がナギに見えた。 だがそれは似ても似つかない、深紅のコートに身を包み、白い髪をした自分の従者、衛宮士郎だった。
エヴァは何をバカな見間違えをと自嘲的に笑いながら、悠然と佇む士郎へと近づいていく。
「何をそんなに熱心に見ている、士郎」
「エヴァか……この少年がナギ・スプリングフィールドか?」
エヴァは士郎が指した写真を見て、昔を思い出すかのように軽く目を細め頷いた。
「ああ、そうだ。こいつらはNGO団体『悠久の風』の赤き翼というパーティーのメンバー……ナギの戦友どもで、真ん中に不敵に立っているヤツがナギだ」
エヴァが写真を見てふふふと笑う中、ちょうど詠春がネギ達を連れて部屋に入ってきた。 そして士郎とエヴァは場所を譲り、詠春の話に耳を傾ける。
「私はかつて大戦でまだ少年だったナギと共に戦った戦友でした。そして二十年前に平和が戻った時、彼は既に数々の活躍から英雄……サウザントマスターと呼ばれていたのです」
「大戦……」
「天ヶ崎千草の両親もその戦で命を落としています。彼女の西洋魔術師への恨みと今回の行動もそれが原因かもしれません」
士郎はその詠春の言葉を聞きそうだったのかと思い、瞑目する。 そしてそんな思いを他所に、詠春は尚も喋り続ける。
「以来、彼と私は無二の友であったと思います。しかし彼は十年前突然姿を消す……。彼の最後の足取り、彼がどうなったかを知る者はいません。ただし公式の記録では1993年死亡――。それ以上のことは私にも……すいませんネギ君」
「い、いえ、そんなありがとうございます」
ネギは詠春から話を聞きぎゅっと欄干を握って自分の父親の事を思う。 そして士郎はそんなネギの背中を見て、ポツリと言葉を漏らした。
「……父親か」
「士郎?」
「多大な影響を受けているという点では、俺とネギ君は一緒かもしれないと思ってさ」
「……そうか」
エヴァと士郎は一瞬だけ見つめあい、揃ってナギに思いを馳せているネギへと視線を移した。
「ハーイ。そっちのみなさん難しい話しは終わったかなー。記念写真撮るよー下に集まって」
バーンと扉を開け放って闖入してきた朝倉と、部屋の中を窺っていた夕映が驚いている様子に士郎は苦笑いを浮かべた。
「記念写真?」
「そーそー忘れてたの。他の班はもー撮ってんだよ」
「わ、私はいいぞそんなもん」
「いーから、エヴァちゃんも」
「あっ、朝倉、貴様頭をつかむなっ」
士郎は助けを求めるエヴァからの視線を黙殺して笑みを浮かべながらも、茶々丸と揃って階下へと降りて行く。 そして士郎はエヴァから恨みがましい視線を受けながらも、邪魔にならないように茶々丸の隣に並んだ。
「撮るよー」
そして朝倉の声とともにシャッターが押され、ここに一つの写真が収められた。
◆
京都から新幹線を乗り継ぎ、麻帆良に戻って来たエヴァと士郎達は学園長に念話を飛ばし、帰って来た事を知らせてそのまま家路に就いた。 そしてエヴァの家に着きエヴァと茶々丸が家の中に入る中、士郎は一人玄関に足を踏み入れようとしてその足を止めた。
「ドウシタ家政夫?」
チャチャゼロの声となかなか入ってこない士郎に、エヴァと茶々丸も不信気に振り返り士郎を見た。
「……いや、まだこっちに来てから二週間とちょっとしか経っていないのになんだか帰ってきたって感じがしてさ」
「ふん当たり前だ。ここは確かに私の家だが、お前の家でも有るのだぞ」
何を馬鹿な事言っているんだとエヴァは嘆息しながら言葉を漏らし、そしてまっすぐと士郎の目を見て言い放つ。
「この世界で唯一つのお前の帰る場所だ」
そのエヴァの一言で士郎は虚を突かれたような表情となり、そんな士郎の顔を見てエヴァはふふんと楽しそうに笑った。
「さっさと家に入れ」
そして士郎はエヴァの言葉に促されるように、苦笑いを浮かべながら止めていた足を進め、家の中へと入って行く。
「……ただいま」
「はい、お帰りなさい士郎さん」
どこか照れたような士郎の言葉に、茶々丸が笑顔を浮かべながら恭しく頭を下げた。
そして二人のやり取りを見ていたエヴァは、満足したように不敵に笑った。
「茶々丸お茶を」
「はい、ただ今。士郎さんも飲みますか?」
「ああ、俺も手伝うぞ」
「いえ、士郎さんはマスターと一緒に待っていて下さい」
でもと食い下がろうとする士郎に、エヴァはふんと鼻を鳴らして口を開く。
「茶々丸の楽しみを奪ってやるな士郎」
「……分かった。じゃあ茶々丸おねがいな」
「はい」
茶々丸は士郎の言葉に微笑みながら頷いて、ぺこりと頭を下げた。
そして早速買ってきた宇治茶を淹れますねと言葉を残して、一人台所へと向かう。
士郎は茶々丸を見送りながら、買ってきた八つ橋の封を開けているエヴァの隣に腰掛けた。
「どうかしたのか?」
士郎は隣に座るエヴァから視線を感じてふと顔を向けた。
「なかなか有意義な旅行だったと思ってな。貴様という従者も出来たことだし」
不敵にそんな事を言うエヴァとは対照的に、士郎はむぅと唸った。
「……楽しかったのは確かだけどさ、その分問題も出来たけどな」
士郎はエヴァとの仮契約はまだしも、夕映との仮契約がと言外に漏らして一つ溜息を漏らした。
「ふん、なるようにしかならんぞ」
エヴァの言葉に士郎は確かにそうなんだけどさと漏らして、再び溜息をつく。
「しかし、貴様が私の従者か……」
しみじみとそんな事を呟くエヴァに、士郎はふとエヴァを見る。
「吸血鬼の真祖であり最強の魔法使いであるこの私と、異界の魔術使いである貴様とのコンビはちょっとやそっとでは敗れんぞ。フフフ、ナギの赤き翼にも勝るとも劣らんかもしれんな」
エヴァは自分で呟いた事に一通り笑った後、脱力したように背もたれに身を任せた。
「まあ、貴様と私が揃って本気で動くような事など有りはしないだろうがな」
「何も無いのが一番いいさ」
どこか不貞腐れたように呟くエヴァに、士郎は苦笑いしながらも平和がいいと返した。 そしてそんな話をしている時に、お茶を淹れ終わった茶々丸がお盆を持って台所からやって来た。
「まあいい、今は茶々丸のお茶を楽しむぞ」
「そうだな」
そうして二人して茶々丸が淹れたお茶に舌鼓を打ち、まったりと午後の一時が過ぎていった。