京都から戻ってきた次の日こと、日曜日。
まだ寝ているエヴァを他所に、士郎はお昼を食べ終えて、メイド服姿の茶々丸が淹れてくれたお茶を飲みながら、茶々丸との会話を楽しんでいた。
「そういえば帰ってきてからエヴァ、機嫌がいいな」
「はい。マスターはこの時期花粉症で辛いのですが、それが緩和されているからではないでしょうか」
士郎は吸血鬼が花粉症か、と呟いてその考えられないような事にむむむと眉を顰めた。
「……ラインが繋がったからか?」
「はい。これで風邪のウィルスや花粉の侵入を防げますから」
それは便利だなと思っている時、カランコロンと家の呼び鈴がなった。
「ん? お客さんか?」
「誰でしょうか?」
「俺が出るから、茶々丸はエヴァを起こしてくれ」
「わかりました。それでは士郎さんよろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げて二階へと上がっていく茶々丸から視線を外して、士郎は玄関を開けた。
「ネギ君と明日菜か、よく来たな二人とも」
「し、士郎先生!? てことは士郎さんに弟子入りするの?」
「あ、いえ……」
顔を合わせて、挨拶もせずに驚く明日菜に士郎は苦笑いを浮かべる。
そして、ふと明日菜の弟子入りという言葉に怪訝な表情を浮かべる。
「これはネギ先生と明日菜さん。ようこそいらっしゃいました」
「あ、あれ、茶々丸さん?」
士郎の家だとばかり思っていた明日菜は茶々丸の姿を見つけて戸惑い、どういうことよとネギへと視線を向けた。
「あの、明日菜さん、ここはエヴァンジェリンさんの家で……」
「じゃ、弟子入りはエヴァちゃんに!? ネギ、悪い事は言わないから、士郎先生でがまんしておきなさい!」
士郎と茶々丸の存在を忘れたかのように言い合いを始める明日菜とネギ。
士郎はそんな二人に溜息を吐いて茶々丸へと視線を向けた。
「エヴァはもう起きたのか?」
「はい」
「それじゃあお茶を頼む、茶々丸。俺はネギ君たちを案内するからさ」
その士郎の言葉に、ぺこりと頭を下げて家の中に戻っていく茶々丸。
彼女を見送って、士郎はネギ達の会話に耳を傾ける。
大切なものを守る為に力が欲しいというネギを、士郎は無言で見ていた。
◆
「何? 私の弟子にだと? アホか貴様」
ネギ達をエヴァの所に案内して、事情を説明した後の第一声がこれだった。
「一応、貴様と私はまだ敵なんだぞ! 貴様の父サウザントマスターに恨みもある。大体私は弟子など取らんし、戦い方などタカミチにでも習えばよかろう」
「それを承知で今日は来ました! 何より京都での戦いをこの目で見て、魔法使いの戦い方を学ぶならエヴァンジェリンさんしかいないと!」
ネギのストレートな賞賛の言葉に、エヴァはそっぽを向く。
「照れていますね」
「照れているな」
「ケケケ、照レテンノカ御主人」
「貴様らうるさいぞ!」
エヴァは自分の従者たちを怒鳴った後、咳払いを一つして空気を元に戻そうとする。
「……つまり私の強さに感動したと」
「はい」
「……本気か?」
「はい!」
あくまでも本気の様子を見せるネギに、エヴァはニヤリと口で弧をかく。
「……よかろう、そこまで言うのならな」
エヴァの許可にネギは嬉しそうな表情へと変わる。
だが、そんなネギにエヴァは、ただしと言葉を繋げる。
「坊やは忘れているようだが、私は悪い魔法使いだ。悪い魔法使いにモノを頼む時には、それなりの代償が必要だぞ」
そう言うと、エヴァはくくくッと笑いながら、膝を突いているネギの前に、ずいっと右足を出した。
「まずは足をなめろ。我が下僕として永遠の忠誠を誓え。話しはそれからだ」
そしてそんな事を言い放った。
「アホかーッ!」
間髪入れずにハリセン一閃。
明日菜のツッコミでエヴァが吹き飛ばされるが、それを士郎が抱きとめる。
「何、突然子供にアダルトな要求してんのよーっ」
「あああ、貴様、神楽坂明日菜。真祖の魔法障壁をテキトーに無視するんじゃないっ!」
「それにエヴァちゃん、ネギがこんなに一生懸命頼んでいるのに、ちょっと酷いんじゃない?」
「頭下げたくらいで物事が通るなら、世の中苦労せんわ! 士郎も何か言ってやれ!」
士郎の腕の中に納まりつつ、エヴァは真上を見上げて士郎に水を向ける。
同時に明日菜のきつい視線を受けながらも、ぼそりと口を開く。
「ま、まぁ、等価交換という言葉もあるしな」
「ほれみろ、士郎もこう言ってるではないか」
そうしてエヴァは何かを思い付いたようで、ニヤリと人の悪い笑みを浮かべた。
「それより貴様、なんで坊やにそこまで肩入れするんだ? やっぱり惚れたのか? 10歳のガキに」
「ちっちちち違うわよ!」
売り言葉に買い言葉。
エヴァは士郎の腕から降りると、尚も明日菜に向かって挑発を繰り返し、明日菜もそれに突っかかり、取っ組み合いへと進展していく。
そしてガタガタ震えるネギや、冷静に批評する茶々丸を他所に、士郎は溜息をついて、乱闘している二人の首根っこを掴まえた。
「二人ともそこまでだ」
「む、放せ士郎」
「エヴァ、思いっきり話がずれているぞ?」
「っと、そうだったな」
エヴァは士郎に猫のように持たれながら、コホンと咳払いをしてネギへと向き直った。
「今度の土曜日もう一度ここに来い。弟子に取るかどうかをテストしてやる。それでいいだろう?」
何気ないエヴァの言葉に、ネギは一瞬その言葉の内容が理解できなかったが、その内容が脳へと浸透して行くと同時に、強張っていた顔がぱぁっと笑顔へと変わった。
「あ、ありがとうございます!」
そしてネギは頭を下げてほくほくとした様子でエヴァの家を後にした。
茶々丸がネギと明日菜の分のカップを片付ける横で、エヴァがはぁと溜息をついた。
「まったく、やっと煩い奴らが帰ったな」
エヴァは明日菜との乱闘で乱れた着衣を士郎に整えてもらい、茶々丸が再度淹れ直したお茶を飲みながらそんな事を呟いた。
「……弟子入りか。まぁ、貴様のとこに来なかっただけでも褒めてやるか」
「俺の所に来ても魔法一つ教えてやれないからな。魔術を教える事も出来ないし」
そう言って苦笑いしながら士郎もカップのお茶を飲んだ。
「ふむ、貴様の魔術が特異なのは聞いたが、魔術を使う事自体を教える事は出来んのか?」
「ああ、魔術を使うには魔術回路が必要だからな。魔術回路の本数は先天的に決まっているし、魔術師の家系でも無ければ普通は持っていないからな。俺も養子で、魔術師の家系ではなかったけど、例外的に魔術回路があったから魔術が何とか使えるんだけどな。もしかしたら土地柄的に薄まった魔術師の血が入っていたのかもしれないけどさ」
士郎の言葉にエヴァは曖昧にふむと頷いた。
そしてそんなエヴァを見ながら士郎は続ける。
「でも、もしこっちの世界で魔術回路を持っている人間がいたとしても、教える事は無いと思う」
「ん? どうしてだ? 使える可能性があるならそれもいいんじゃないのか」
不思議そうに尋ねるエヴァに、士郎は肩を落として頭を振った。
「魔術は危険なんだよ」
「はん、何を言うかと思えばそんな事か。そんな事言うなら魔法も危険だぞ」
不機嫌そうに言い放つエヴァに、士郎はそうじゃないんだと再び頭を振る。
「魔術自体が絶えず死と隣あわせなんだ。魔術回路を起動するだけでそれ相応の苦痛を伴うしな。暴走は直ぐに死に直結するし安全装置なんて無い、あるとすれば自分の精神だからな。命を対価にすれば限界なんて簡単に超えられる。そこから戻ってこれるかは運次第かもしれない」
滔々と話す士郎の内容に、エヴァは眉を顰めながら不機嫌そうにしていた。
「……貴様はそんなものを使い続けているのか?」
「これが当たり前だからな」
苦笑いしながら答える士郎にエヴァは口を開きかけたが、結局何も言う事は無かった。
「まぁ、魔術を教える事も無いだろうし、無意味な事だからな。さて、エヴァそろそろ朝食にするか」
「……ふむ、そうだな」
そうして二人は階下へと降りていった。
◆
祝日を挟んで、ネギに試験の内容をそれとなく尋ねられながら来た木曜日の朝。
士郎は夜通し起きていたエヴァと茶々丸が珍しく一緒に出かけるのを見送って、チャチャゼロと一緒に喋りながら朝食を作っていた。
そして日も上がった時間帯に玄関の戸が乱暴に開け放たれて、散歩に出ていたエヴァと茶々丸が帰ってきた。
「今帰ったぞ」
「ただいま戻りました」
「あ、ああ。おかえり二人とも」
「ケケケ、ドウシタ御主人。ズイブントゴキゲンジャネーカ」
チャチャゼロの言葉にエヴァは不機嫌そうに鼻を鳴らして、乱暴に椅子へと腰掛けた。
士郎はそんなエヴァを不審に思いながらもエプロンで手を拭き、エヴァが座った対面へと腰掛けた。
「何かあったのか?」
「あのガキが蝙蝠野郎だったって事だ」
いまいち要領の得ないエヴァの言葉に士郎は首を傾げると、茶々丸が脇から補足説明を入れた。
「アレだけ褒めちぎったのに、古菲さんにカンフーもどきを習ってのやきもちだそうです」
「……いい加減ひっぱるな、茶々丸」
エヴァはジト目で茶々丸を見るものの、気を取り直してお茶の催促をし、茶々丸はキッチンへとお茶を淹れに行った。
「ああ、古菲に中国拳法を習うって話か……」
「ん? なんだお前は知っていたのか?」
「ネギ君からそれとなくな」
苦笑いしながら答える士郎に、エヴァはふむと頷く。
「それで中国拳法がどうかしたのか?」
その士郎の言葉にエヴァはニヤリと笑って口を開いた。
「坊やの弟子入り内容を決めてきたぞ」
「それと中国拳法が?」
「ああ、それに貴様も関係してくるぞ」
「は?」
エヴァは急に自分の事が持ち出されて呆然とする士郎を見て、さらに人の悪い笑みをさらに深めて言った。
「士郎、坊やをぼこぼこにしてやれ。私が許す、存分にやれ」
「あの、なんだ、エヴァ。そこにどうして俺が絡んでくる」
士郎は嫌な予感がするものの、聞かずにはいられなかった。
「貴様は私の従者なんだから手伝うのは当たり前だろう」
何を言っているんだと呆れ顔で話すエヴァに、士郎はそうじゃなくてと言葉を濁す。
「ああ、内容か。何、簡単な事だ。坊やが一対一で貴様に一撃を入れる、もちろんカンフーもどきでな。それ以外の制限は無しだ。貴様を魔法で拘束して殴るもよし、戦闘不能まで消耗させて殴るもよし。それはあの坊や次第だがな」
エヴァはほら簡単なことだろと言って、出来るものならやってみろと言わんばかりに愉快そうにくっくっくと笑った。
「それは万に一つも無いのでは?」
「ん?」
エヴァが視線を向けると、ティーカップとポットをお盆に乗せてちょうど茶々丸がやって来た。
「ネギ先生が合格する確率です」
こぽこぽこぽとカップに紅茶を注ぎながら茶々丸は再度言い直す。
「だろうな」
茶々丸からうむと頷きながら紅茶を受け取り、エヴァはそう答えた。
「弟子に取る気は無いってことか?」
真剣みを帯びた士郎の言葉にエヴァは紅茶を一口飲み、士郎に答えるかのように真面目な表情で口を開いた。
「そういう訳ではない。実際の所、坊やを弟子に取るかどうかは貴様にかかってると言ってもいい」
「……どういうことだ、エヴァ?」
エヴァは自分の言葉で怪訝そうな表情となる士郎を見て満足そうに笑みを浮かべた。
「弟子に取る事自体は、まぁ別に吝かではない、メンドいがな。だがな士郎、いくら教えるといっても芽の無いやつを態々育てる気はさらさら無いぞ」
「…………」
「一発入れられる云々は別にどうでもいい。貴様が全力を出すなら土台無理な話なのだからな。まぁ、入れられれば文句は無いが」
「俺がネギ君の限界をうまく引っ張り出して、それでエヴァが判断するのか?」
「そんなとこだ。これで駄目なら坊やが悪い。まぁ貴様が同情とかで無く、芽があると判断したのなら態と一発喰らってもいいがな」
エヴァはクッと笑って、再び茶々丸が淹れたお茶で喉を潤す。
「私が相手してから一月も経ってないが、あの時の坊やはただ力のあるガキだったからな。京都の件で何らかの覚悟を決めたのだろう。その覚悟がどれほどのものか見せて貰おうじゃないか」
エヴァはその時が待ち遠しいとばかりにニヤリと笑った。
◆
「ちょっと士郎先生、ネギと戦うってホント!?」
エヴァが弟子入りの条件を決めたその日の昼休み、明日菜がネギや刹那たちを伴ってそんな事を聞いてきた。
「ああ本当だが、ネギ君から聞いた?」
「はい、僕が話しました」
「それで士郎先生はオッケーしたの?」
「エヴァから聞かされた時は驚いたが、了承した」
その士郎の言葉を聞いてネギはあからさまにがっくりと肩を落とした。
「ですが衛宮先生、別に全力で戦うという訳ではないですよね?」
「そうだな、殺し合いをする訳でないんだ。あくまで試験だからな」
刹那が項垂れるネギに助け舟を出すように士郎に聞いて、その答えにネギは幾分か安心した。
その一方で刹那は士郎の口から簡単に殺し合いという言葉が出た事に、軽く戦慄を覚えた。
「場所はエヴァの家の近く、軽く開けた林の中だ。一応派手になるかもしれないから、エヴァの方から学園長に話しは通しておくそうだ」
「あ、ありがとうございます」
「後、言うまでも無いと思うが、一般人は連れてこないようにな」
「はい、わかりました」
そこで士郎はネギから視線を外し、古菲へと移した。
「古菲、ネギ君はどんな感じだ?」
「それがこのネギ坊主、反則気味に飲み込みがいいアルよ。フツーならサマになるのに一ヶ月とかかる技を三時間で覚えるアル」
「そうか、試験まで日はそれほど無いががんばってな」
それじゃあと言って士郎はネギ達に踵を返して歩き出したが、そこへ声がかけられた。
「士郎先生、ちょっとイイアルか?」
古菲の言葉に士郎は「ん?」といいながら振り返ろうとした時、古菲の姿が霞む。
「……古菲」
「あはははは、センセすごいアルね~」
数メートルの間を一瞬で踏み込んで、自分の懐にいる古菲に士郎はじと目でじっと見る。
「えっ、今何したん?」
「ちょっとくーふぇ、何士郎先生にしてんのよ!」
明日菜の言葉に古菲は誤魔化すように笑って、士郎から手を開放してもらって、ネギ達の所へと戻っていく。
「アイヤー、アレは私でもちょっと無理アルな」
「えっ、何、士郎先生の実力を測ったの?」
「師匠として敵の実力を知っておきたいアルね」
胸を張ってそう宣言する古菲に、士郎は思わず苦笑いしてしまう。
「まぁいいさ。ネギ君怪我だけは気をつけてな」
「はい、ありがとうございます」
元気よく答えるネギに士郎は軽く手を上げて、今度こそ歩き出した。
試験の日まで後2日。
いつも感想ありがとうございます。海外の方からも応援の言葉をいただき、大変励みになっております。
本作は完結を目指して書き進めていきますが、構成上、原作のハイライトのように場面が飛ぶ(ダイジェスト的な)進行になることもあるかと思います。
それでもよろしければ、最後までお付き合いいただければ幸いです。