正義の味方と悪い魔法使い   作:ヒフミくろねこ

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「ネギ・スプリングフィールド、弟子入りテストを受けに来ました!」

 

深夜0時、エヴァが指定した試験場所にネギの大音声が響く。

 

「よく来た坊や」

 

指定の時間より早めに来ていたエヴァは、飲んでいたお茶を置きネギへと視線を向けた。

茶々丸はお茶を片付け始め、士郎はネギが来てからも来る前もそうであるように、ただ俯き加減に腕を組んで目を瞑っていた。

 

「では早速始めようか」

 

エヴァはそこで一度言葉を切り、咳払いとともにルールの説明を始める。

 

「お前のカンフーモドキで士郎に一撃でも入れられれば合格、手も足も出ずくたばればそれまでだ。それ以外は自由、何しようとかまわん。わかったか?」

 

「……その条件でいいんですね?」

 

ニッと笑いやけに念を押すネギに、エヴァはその言葉の意味の裏にあるものに気が付いたが、あえて何も言わず頷く。

 

「ああ、貴様の好きにしろ。一般人はいないようだが、貴様が連れてきたギャラリーどもはこっちへ来い、邪魔になるからな」

 

エヴァはフンと鼻を鳴らし、ネギが連れて来た人間、明日菜、刹那、木乃香、古菲を見る。

 

「ネギ」

 

「兄貴!」

 

「大丈夫です。カモ君、アスナさん」

 

「落ち着いて行くアル」

 

「ハイ、古老師!」

 

「がんばってください、ネギ先生」

 

「怪我せんようにな」

 

「ありがとうございます、刹那さん、このかさん」

 

明日菜達は各々ネギに声をかけて、エヴァからほんの少し離れた場所に足を止めた。

 

「士郎さんお願いします!」

 

「……ああ」

 

ネギに声をかけられて士郎は俯いていた顔を上げて、この場に来たときから続けていた瞑想を解いた。

そしてそんな何時もと雰囲気が違う気がする士郎に、ネギは首を傾げたが直ぐに集中する為に思考から追いやった。

 

 

 

 

 

 

「大丈夫よね? ネギのヤツ」

 

「いや…士郎先生はムチャクチャ強いアル。士郎先生に一発なんて私でもそう自信ないアルよ」

 

明日菜の心配そうな言葉に古菲は肩を落として溜息を一つついた。

 

「ネギ坊主には短期決戦でカウンターを当てるように言ったアルが……無理ネ」

 

「そっ、そんな……」

 

真剣に答える古菲に明日菜はうろたえ、そこに刹那の声がかかる。

 

「この試験はハードルが高すぎます。もしかしたら衛宮先生に一撃を入れることではないのかもしれません」

 

「えっ! どういうことなの刹那さん?」

 

半信半疑と言った様子で言った刹那の言葉に明日菜は驚きをみせる。

 

「刹那もそう思ったアルか?」

 

刹那は古菲の言葉に首肯して明日菜に説明を始めた。

 

「そもそもこの短期間しか習っていない付け焼刃とも言える拳法では、衛宮先生レベルの相手に一撃を与えるのは不可能と言ってもいいです」

 

「ネギ坊主はこの短期間で恐ろしいほど成長したアルが、それでも士郎先生に一発入れるには時間が足りないアルよ」

 

「はい、ですから対戦相手の衛宮先生か、エヴァさんが採点して合否を決める方がより現実的です」

 

「士郎先生が隙を作ってそこに当てられるとかアルな」

 

「だったらネギに教えないと!」

 

「待つアルよアスナ」

 

二人の話の内容を聞いて、直ぐにでも伝えようとする明日菜に古菲は待ったをかける。

 

「小さくまとまったネギ坊主なんてきっと期待して無いアル」

 

「あっ……」

 

「私達はもう見守るしかありません」

 

「ネギ……」

 

エヴァは直ぐ側で試験の行く末を話していた明日菜たちを横目で見て、そして手を掲げた。

 

「では、始めるがいい!!」

 

 

 

 

 

 

士郎は赤い聖骸布のコートを靡かせ、ただ立っているだけでも強い存在感を発していた。

そしてそんな士郎に軽く圧倒されながらもネギは小さな杖を掲げる。

 

「契約執行90秒間 ネギ・スプリングフィールド」

 

ネギは自分に魔力供給を行い士郎へと向けて突撃した。

ネギの打撃は一連の動作がよどみなく、攻撃を防がれてもその次の型にすぐさま派生して追撃を怠らない。

それは中国武術を習って数日の人間の動きではなかった。

 

だが士郎は作業の如く淡々とネギの拳を捌いていた。

そしてその捌きも止まり、ネギの足を刈ってあっさりと地に伏せた。

それでもなお諦めずに再度突撃するものの、今度は腕をつかまれ大きく投げ飛ばされた。

 

「くっ」

 

ネギは空中で体勢を何とか整えて足から着地して、直ぐに追撃に備えて構えを取ったが士郎は元の位置から全く動いていなかった。

ネギは追撃してこなかった士郎に安堵するが、同時に不信感も感じてもいた。

確かに攻撃をすれば防がれ、攻撃を加えてくるが、そこに激しい温度差があるような気がしてきた。

 

「おい坊や、貴様やる気あるのか?」

 

ネギが攻めあぐね、自分への魔力供給が切れて再度供給を開始しようとした時、エヴァが唐突に吐き捨てるように言い放った。

 

「エ、エヴァンジェリンさん、僕は真面目にやっています!」

 

「いや、私にはそう見えんぞ」

 

激昂するネギを、エヴァはあっさりと切り捨てる。

 

「バカ正直にカンフーごっこしてる貴様のどこが真面目だ?」

 

「で、ですが……」

 

「何の為に一般人を来させずにこんな場所でやっていると思っている」

 

「ま、魔法を使わせる為、ですか?」

 

「そうだ」

 

「でもこれは僕の接近戦の力を見るんじゃ……」

 

「バカか貴様。私は何でもありと言っていたぞ? 士郎を魔法で半殺しにして意識が無い状態で殴っても合格だ。方法は一切問わない。とにかく士郎を殴ればそこで合格だ。貴様分かっているのか?」

 

「…………」

 

「貴様と士郎の差なんて太陽と蛆虫ほどにあるのは分かりきっている事だ、そして貴様のカンフーもどきの力量もな。人生なんていつも準備不足の連続だ。貴様は手持ちの材料でやれる事を全力でやっているのか?」

 

「…………ッ」

 

「やる気無い貴様にかまっている暇は無い。弟子入りは無しだ。ガキはとっとと帰って寝ろ」

 

話しは終わりだとエヴァはネギから視線を外し、茶々丸に帰る用意をするように伝える。

だがそこに乾いた音が夜の闇にやけに響いた。

 

「申し訳ありませんでしたッ!」

 

顔を赤く腫らしたネギがエヴァと士郎に深く頭を下げた。

 

「ふん、今さら遅い。帰るぞ士郎!」

 

エヴァは頭を下げるネギを冷ややかに見て士郎へと声をかけた。

 

「ちょ、ちょっと! ネギだって謝ってるんだから!」

 

「これ以上ガキの遊びに付き合う気は無い。士郎もとっととこっちに来い。……士郎?」

 

何の反応も見せない士郎にエヴァは怪訝な視線を送った。

エヴァが見た先には試験が始まる前からも、始まってからも変わらず、ただ泰然と士郎が佇んでいた。

だた一つ違ったのは士郎が顔を上げて強い視線でただじっとネギを見ていた事だった。

 

「ッ!」

 

ネギはその視線の意味を正しく理解して、杖を取り出した。

 

「今度こそ、行きます、士郎さん!」

 

そして素早く魔法の詠唱を始めた。

 

「光の精霊11柱 集い来たりて敵を討て! 魔法の射手 光の11矢!」

 

放たれた光の矢は士郎の間合いに入る瞬間、軌道を変え地面へと着弾する。

そして粉塵が舞う中ネギはさらに用意していた魔法を唱える。

 

「風精召喚 剣を執る戦友! 迎え撃て!!」

 

九体の風の中位精霊が士郎へと向けて放たれ、それに続くようにネギが駆け出した。

精霊達はお互いを補完するように連携し合い士郎へと襲い掛かるが、用意していた同数の黒鍵を投影して端から串刺しにしていく。

それでもネギは予定調和の如く串刺しにされる精霊たちの間を掻い潜り、士郎の懐に入り込んで右の拳を放った。

 

「やった!?」

 

「いえ、まだです!」

 

喜びの声を上げた明日菜に刹那が冷静に否定する。

そして粉塵の切れ間から士郎がネギの右手を掴んでいるのが窺えた。

だがそれでもネギはそのままウェイトの乗っていない、威力としては全く無いといえる左手を突き出す。

 

「解放!!」

 

万感の思いの捕縛の遅延呪文が発動した。

だが士郎は掴んでいたネギの右手を引く事によって戒めの風矢の射線軸をずらし、直撃を回避する。

ネギは悔しそうな顔を一瞬してから空へと急速離脱する。

ネギは外れた戒めの風矢の軌道を操る事も可能だったが、それが無駄になると判断しての急速離脱だった。

そして空へと舞い上がりながらも、無論次の詠唱を欠かすことは無かった。

 

「魔法の射手! 連弾! 風の101矢!!」

 

そして、迎撃をされず拘束を始める戒めの風矢を見ながら、さらに畳み掛けるようにネギが今現在使える最強の魔法の詠唱を素早く始める。

 

「来れ雷精風の精 雷を纏いて吹きすさべ南洋の嵐! 雷の暴風!!」

 

暴風と雷を纏ったその魔法は、余波が離れた所にいる明日菜達まで届き、その中心にいた士郎の周辺は地面が抉られ、木々が薙ぎ倒される。

 

「こ、これでどうだ!」

 

ネギは荒く息を吐きながら徐々に高度を下げ粉塵が晴れるのを待つ。

 

「ちょ、ちょっと、ネギ! 士郎先生を殺す気!?」

 

粉塵が晴れた先には、右手に歪な短剣を持ち、左手を前に突き出し七つの花弁の盾を出して何事も無く佇む士郎がいた。

 

「そ、そんな……」

 

遅延呪文を使っての策、掛け値なしの全力の力技の二つを悉く防がれた。

なんとなくは分かっていたものの、自分と士郎との力量差を肌で感じ、その差は絶対でその差が埋まる事なんてありえないと思ってしまった。

そしてネギは弱々しく地面へと降りて膝を突いて項垂れた。

 

「それで終わりか?」

 

「……え?」

 

士郎の声色は何時ものどこか優しさを含んだものとは違い、淡々とした冷たい、身を切るような痛さを含んだ声色で、そして試験が始まってから初めて口にした言葉だった。

 

「まだ、魔力を完全に使い切ったわけではない。腕が千切れたわけでも、腹を裂かれたわけでもない、たいした負傷も無く五体満足。それでもう諦めたのか?」

 

そして今まで一言も口にしなかった事と同様に、ここに来て初めて士郎が立っていた場所から一歩二歩と踏み出した。

日常を接する士郎からは一番ほど遠い威圧感というプレッシャーを放って。

 

「……最初は明日菜」

 

「……?」

 

「え? 私?」

 

ネギは士郎の威圧感に体を硬くしながらも怪訝そうな顔をして、急に自分の名前が出た事に明日菜も驚く。

 

「次に宮崎、刹那、そして最後に近衛」

 

名前が上がった者達は一様に困惑していた。

だが刹那だけは何かに思い至ったのかまさかと顔を上げて士郎へと視線を向けた。

そしてエヴァは士郎が何を言いたいかを早い内から当たりをつけ、冷静に目の前で展開される光景を見ていた。

 

「この順番が何か、君には分かるか?」

 

「……契約、した順番、ですか?」

 

「いや、違う」

 

士郎はネギの答えに淡々と首を振って否定し、今までで一番冷たい視線を投げかける。

射竦められたネギはびくっと震えながらも、顔を上げて士郎の次の言葉を待つ。

 

「死ぬ順番だよ、ネギ君」

 

「…………ッ!」

 

そしてその驚愕の波はそれを見ていたギャラリーまで届いた。

 

「そ、そんなの嘘よね」

 

「……いえ、そうとも言い切れません」

 

苦々しそうに刹那が明日菜の言葉を否定した。

 

「そんな、せっちゃん!」

 

「せ、刹那さん!?」

 

「いや、桜咲刹那の言うとおりだ」

 

皆は刹那に否定を求めたが、エヴァがそれをあっさりと肯定した。

 

「ちょっと、どういうことよエヴァちゃん!」

 

明日菜の疑問にエヴァはフンと鼻を鳴らして口を開いた。

 

「貴様の魔法無効化能力は確かに脅威だが排除する事自体はそう難しくは無い、戦闘の素人だしな。そして神楽坂明日菜が抜けた穴から瓦解が始まるだろう。

宮崎のどかの場合そもそも戦場に連れてくること自体間違っている。

ずぶの素人で戦う事もできないのだからな。刹那、貴様はこの中で一番強い。そしてこのかを守ろうとするだろう、命に代えてもな。命に代えて守るのは信念があればそう難しい事ではない。だが、他人を守りその上で自分も守るのは遥かに難しい事だぞ? 最後に前衛が壊滅したならそう遅くなく全滅だ」

 

エヴァのその具体的な言葉に顔を青くしたりする中、明日菜がそれを振り払うように声をあげた。

 

「で、でも、ほら、そんなのと戦う事なんて無いだろうし。絶対って訳でもないでしょ?」

 

「それもそうだろう、これは極論というものだからな。だが言っている事は間違っていないし、可能性としてはそう低くも無い話だぞ?」

 

士郎とネギの行く末を見守っていた時。急に場の空気が変わった。

 

「……ねぇ、刹那さんなんだか寒くない?」

 

明日菜は自分の身を抱くようにして震えた。

 

「ほんまや、なんでやろ?」

 

木乃香は明日菜に同意するかのように震え始める体を擦る。

 

「……お嬢様、明日菜さん、これは殺気です」

 

「なんて殺気アル、鳥肌ぶつぶつアルよ」

 

刹那は夕凪に手をかけて何とか自分を律し、古菲は軽口をたたきながらも腰を落とし腹に力を入れる。

 

「殺気って、士郎先生ネギを殺す気!?」

 

「いえ、これはあくまでも試験で、そんな事は無いはず、です……」

 

刹那はとりあえず静観しましょうと明日菜に言って、士郎とネギへと視線を向ける。

二人へと視線を向けながらも、刹那は別な事を思っていた。

青臭い殺気ではなく戦場の、それも泥臭くて絶望と狂気を覗いたかのような殺気。

そこまで思考が巡らせた時、刹那は士郎へと確かに恐怖を抱いた。

 

「でも、私たちに向ける優しさは、本物。衛宮先生、貴方は一体……」

 

 

「ネギ・スプリングフィールド、君は自分の事についてどう理解している?」

 

「…………?」

 

突然の士郎の言葉に、ネギは士郎の言いたい事が理解できなかった。

 

「ナギ・スプリングフィールド――マギステル・マギの資格を持ち、多くの不幸な人々を救い、英雄と称えられる最強の魔法使い。君はその息子だ。その意味が分かるか?」

 

「あ、あの、それはどういう……」

 

ネギは士郎に問われた事が分からず困惑する。だが士郎はそんなネギに構わず、言葉を続ける。

 

「君がナギ・スプリングフィールドの息子である事はこれからもずっと君について回る。そしてそれは君を守ると同時に、君を、君の従者達を危険にさらす」

 

「……そ、そんな、父さんは父さんで、僕は僕、です」

 

「そうかもしれない。だが周囲は違う」

 

「えっ?」

 

「四月の半ばなぜエヴァと戦う事になった? なぜ素人である明日菜を魔法の世界に巻き込む事になった?」

 

「そ、それは……」

 

「そう、君がナギ・スプリングフィールドの息子だったからだ」

 

「…………」

 

「君がただの魔法使いだったら、明日菜は危険に晒される事無く、普通に学園生活を送っていたのかもしれない。そして君と戦う為に魔力を集めていたエヴァの犠牲者もいなかったはずだ」

 

「…………ッ!」

 

ネギは士郎の言葉に驚愕の表情となり、その事実を認識してしまった。

 

「英雄というのは多くの人に称えられる、だがそれと同じように敵を作りもする。事実はどうあれ、ナギ・スプリングフィールドは公式には死んだ事になっている。彼の敵は、彼の残した因果は君を襲う」

 

ネギは士郎の言葉に反論する事も出来ず、歯を食いしばる事しか出来なかった。

 

「君より遥かに強大な敵が現れ、君は手も足も出ず、なすすべが無くなった。それでも君は立ち上がる事は出来るか? それでも君は刃向かう事は出来るか?」

 

ネギは士郎の問いかけに、全身の勇気を掻き集めた。

震える膝を叱咤し、意地を張り、「出来ます」と吼えようとした。

 

だが――。

 

「――そう、今のように」

 

瞬間、世界が変質した。

 

「――ッ、あ……?」

 

ネギが掻き集めた勇気も、通そうとした意地も、硝子細工のようにあっけなく砕け散った。

今までの威圧感など児戯に等しい。

濃厚な死の気配(殺意)が、まるで物理的な質量を持ってネギを押し潰す。

 

生存本能が警鐘を乱打する。

呼吸は荒く、歯の根が合わない。

ガチガチと鳴る自分の歯の音が、やけに煩く鼓膜を叩く。

 

そんなネギを、士郎は冷淡な瞳で見下ろした。

数秒の沈黙の後、彼は死神のように一歩、また一歩と歩み寄る。

 

「君の後ろには守らなくてはならない人がいる」

 

士郎が右手を掲げ、静かに紡ぐ。

 

「“来れ”」

 

出現したのは、無骨な黒鉄の銃、ヘイテイノシシャ。

士郎はまた一歩進む。

 

「そして君の目の前には、何が何でも倒さなくてはならない強大な敵がいる」

 

ゆっくりと持ち上がる銃口。

その闇の奥が、ネギの眉間を正確に捉えた。

 

「さあ、決めろ」

 

轟音。

 

腹に響く発砲音と共に、ネギの体は枯れ葉のように吹き飛ばされた。

地面を転がり、土に塗れる。

遠くで明日菜達の悲鳴が聞こえた気がしたが、それすらも現実感を伴わない。

 

士郎は止まらない。

ただ真っ直ぐに、獲物を追い詰める捕食者の足取りで近づいてくる。

 

「前へ進むか、それとも退くか」

 

ネギは何とか立ち上がろうとして、すとんと尻餅をついた。

 

「……ち、力が入らない? あ、あれ、魔力が?」

 

縋るべき力が霧散している。

今の自分は、ただの無力な十歳の子供。

 

カツ、カツ、と近づいてくる士郎の足音が、心臓の鼓動と重なって倍増する。

恐怖が許容量を超え、張り詰めた糸がプツリと切れた。

 

「――ァ!」

 

ネギの口から、声にならない悲鳴が漏れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

無抵抗のネギが銃撃された瞬間、明日菜と刹那、古菲の三人はネギの元へと走り出していた。

 

「“来れ”あれ? “来れ”ちょっとこれ、壊れたんじゃないの!?」

 

「姐さん、違うっすよ! 兄貴から魔力が流れてこないのが原因ッス。旦那のアーティファクトの能力じゃないっすか!?」

 

「明日菜さんはネギ先生を!」

 

「こっちは任せるアルよ!」

 

「う、うん、お願い!」

 

明日菜は二人の言葉に頷きネギの元へと駆けて行く。

 

「しかし、どうするアルよ刹那」

 

「そう、ですね……」

 

刹那は夕凪を抜刀し、古菲が拳を構えたまま、ゆっくりと無手のまま歩み来る士郎を見て思案する。

 

「衛宮先生! もうこれ以上は無意味です! 退いてくださいッ!」

 

「……刹那、これを終わらすのは俺でも刹那でもなく、ネギ君だけだ」

 

「ネギ先生の戦意はもう既にありません!」

 

士郎は刹那の言葉に耳をかさず淡々と歩み寄っていく。

そんな士郎の姿を見て刹那は力ずくで止める決断をする。

 

「仕方ありません。古菲さん!」

 

「わかたネ!」

 

「斬空閃ッ!」

 

最後の威嚇として放った気の一撃も、着弾しないと分かっていたかの如く士郎は眉すら動かす事は無かった。

だが、その直ぐ後方には古菲が来ていた。

 

「哈ッ」

 

斬空閃を追う様に踏み込んだ古菲が拳の一撃を放つ。

だが結果は手首を掴まれ阻まれた。

それは士郎の実力を試した時の焼き直しの如く。

 

「斬岩剣・弐の太刀!」

 

古菲の一撃が受け止められていた間にも、走りこんでいた刹那が古菲の背後から夕凪を一閃させ、士郎の目の前に気の一撃を出現させる。

畳み掛ける一撃も、士郎は瞬時に古菲を投げ、左手に投影した干将でそれを切断する。

 

古菲が投げられた先から消えたかのような速さで突進し、一撃を加えようとしたが、士郎に触れる瞬間いつの間にか鎖が腕を拘束していた。

 

「いつの間にアルか!?」

 

驚く古菲に士郎は手を交差させ、右手に呼び出していたヘイテイノシシャで古菲を撃ちぬき、鎖で簀巻きのようにぐるぐる巻きに拘束され戦闘不能となった。

 

「古菲さん!」

 

刹那はとっさに古菲の名を呼ぶが、そこに士郎の銃弾が襲う。

 

「神鳴流に飛び道具は効きません!」

 

都合六発の弾丸を刹那は悉く打ち消す。

士郎は一度銃を仕舞い、間合いを開けた刹那へと走り、攻勢に出た。

 

「“来れ”」

 

士郎は大きく言葉を発して右手を突き出す、そしてその右手には再度銃が出現する。

しかし、出現した銃は既に刹那の間合いの範囲内。

刹那はここぞとばかりに銃を弾いた。

そして弾かれた銃はガラスが砕けるような音とともに霧散した。

 

「えっ」

 

刹那は呆然とした声を上げるが、気が付いた時は既に遅く。

先ほどの言葉で刹那の死角となる左手に銃が呼ばれ、もう既に銃口が刹那の腹に押し当てられていた。

士郎は躊躇無く引き金を引き実体の無い弾丸が吐き出された。

 

「くっ!」

 

刹那は腹に受けた衝撃を何とか耐え切り、軽く後方に跳んだだけで倒れる事は無かった。

再度攻撃を仕掛けようとした時自分の体に起こった異変に気づいた。

 

「夕凪が、重い!? まさか!」

 

驚愕の声を上げた時には、士郎が投影した鎖が刹那の体を這い、拘束した。

魔力を拡散されたネギと同様に、気を拡散され新しく練る事も出来ない刹那は、同年代の少女よりも遥かに鍛えてはいたが、鎖を引きちぎるには非力すぎた。

 

「明日菜さんッ!」

 

刹那の悲鳴のような叫びに、ネギを揺すっていた明日菜はさらに激しく揺する。

 

「ちょっと、ネギ! 確りしなさいよ!」

 

「ちっ、駄目だぜ姐さん!」

 

だが、明日菜の行動も空しく、士郎は既にほんの数メートル手前まで来ていた。

そして明日菜は魔力供給も受けず、アーティファクトも出せず、それでも士郎の前に立ち塞がった。

 

「ネギには指一本も触れさせないわよ!!」

 

明日菜は両手を広げて士郎へと向かって怒鳴る。

 

「あ……」

 

ネギの瞳が、その背中を捉える。

瞬間、脳裏に焼き付いた地獄がフラッシュバックした。

 

雪の降る夜。

燃え上がり、蹂躙される村。

次々に石へと変えられていく村人たち。

自分を守って傷ついた姉。

石になった老人。

 

――そして背後で震えているだけの、無力な自分。

 

(また、だ)

 

また、守られるだけなのか。

また、何もできずに失うのか。

 

 

 

(――――いやだ)

 

 

 

 

トン、と軽く地面を蹴る音が響いた次の瞬間には、ネギの姿は消えていた。

 

圧倒的な速さ、しかし士郎の眼はそれでもネギを捉えている、その速度に反応し、避けることも、いなすことも容易。

 

それでも士郎は動かない。

 

死の恐怖を乗り越え、魂を燃やして放たれたその決死の一撃。

 

その覚悟を受け止めないことなど衛宮士郎にはできない。

 

轟音と共に、士郎の体が砲弾のように吹き飛ばされ、背後の木々を薙ぎ倒していく。

 

土煙が舞う中、拳を振り抜いた姿勢のまま、ネギは荒い息を吐いていた。

 

その拳が士郎を捉える直前――彼が優しく笑っていたことに気づいたのは、傍観者であるエヴァと茶々丸、チャチャゼロだけだった。

 

「えっ、何? 何なの!?」

 

「魔力の暴走だ!」

 

ネギの暴走状態はまだ続き、さらに追撃に入ろうとしたが、四肢に糸が絡まりその場に拘束された。

そしてようやくネギは正気を取り戻し、糸が緩む。

 

「……僕は何を?」

 

「覚えてないの!? ネギ、アンタ士郎先生をぶっとばしたのよ!」

 

ゆっくりと起き上がるネギに明日菜や、拘束から抜け出してきた刹那や古菲、そして木乃香までもが駆け寄ってきた。

 

「えっ、僕が?」

 

「はい。それはすさまじく」

 

「凄かったアルよ!」

 

「そうですか……」

 

「大丈夫?」

 

「あ、はい、大丈夫です……」

 

ネギが囲まれている中、薙ぎ倒された林の奥から、心配そうな茶々丸と一緒に士郎がゆっくりとネギ達の前にやって来た。

そして士郎の姿を確認した明日菜達はネギを守るように瞬時に武器を構えた。

だがやって来た士郎は先ほどまでに感じていた威圧感は全く存在してなく、優しく笑っていた。

 

士郎は手を伸ばし、ネギが一瞬びくっとするが、優しくくしゃっと頭を撫でた。

 

「合格、おめでとうネギ君」

 

「えっ?」

 

「ああっ、そういえばネギ士郎先生に一発入れられたじゃない!」

 

「……あ」

 

弟子入り試験だという事を完全に頭から消えていたネギ達は、士郎に何を言われたのか分からなかった。

だが徐々に困惑から抜け出してやっと状況が分かってきた。

そんなネギ達に士郎は苦笑いを浮かべ、エヴァへと視線を向ける。

 

「エヴァ、これでいいだろ?」

 

エヴァは小さな声で「やりすぎだ馬鹿」と呟くが、視線をネギに向けて声を張り上げる。

 

「坊や、弟子入り試験は合格だ! 約束どおり稽古はつけてやる、いつでも小屋に来い!」

 

エヴァからの合格の言葉にネギを中心にして歓声が沸く。

そして一通り騒いでから、少し離れたところで茶々丸に付き添われ佇む士郎へと駆け寄って行った。

 

「あ、ありがとうございました!」

 

頭を深々と下げてお礼を言うネギに、士郎は首を振った。

 

「いや、君の実力だよ」

 

ネギは「……でも」と食い下がろうとしたが首を振って、出かかった言葉を飲み込んで別な言葉を口にする。

 

「今回は本当にありがとうございました。今日の事は絶対に忘れません!」

 

「……そうか。俺が言った言葉は忘れないで欲しい。理想は大事だが現実を見て、大切なものを忘れず、自分が進む道を見誤らないようにな」

 

士郎はどこか自嘲的な、寂しそうな笑顔でネギにそう告げる。

 

「強くなれ、俺よりも誰よりも。大切な人を守りきれるくらいに」

 

「はい!」

 

 

 

 

 

 

 

 

エヴァはネギにこれからも中国拳法の修行を続けるように忠告して、ネギが最後まで士郎に感謝しながらも帰路についた。

そしてその姿が見えなくなった時、士郎の体が崩れ落ち、茶々丸が慌てて支えた。

 

「……貴様、無茶しすぎだ」

 

エヴァは呆れ半分心配半分といった様子で近づいていき、嘆息交じりにそう呟いた。

 

「……坊やの現状の力量を測り、精神力まで試し、その上潜在力の片鱗まで、しかも貴様が悪役になってまで私に見せるとはな。これで弟子にしないなんて言えるわけないだろ」

 

「……そうか」

 

エヴァは茶々丸に抱えられて横になっている士郎の白い前髪をそっと撫でる。

 

「それにしても貴様は……。あの暴走状態の坊やの一撃を、一切の軽減無しにその体だけで受けるなんて、本当にバカか貴様」

 

エヴァは自分で言っている事に腹が立って、士郎の鼻を弾いた。

そして痛そうにする士郎を見てふふっと笑った。

 

「こっちの世界は魔力を体に纏うことで身体能力や防御力を上げる事は基本中の基本だというのにな。なんとなく分かってはいたがバカ正直に受けるなんてホントにバカだな」

 

バカバカと言葉を重ねるたびに士郎は苦笑いする。

 

「さて帰るぞ。貴様は茶々丸に背負ってもらえ」

 

大丈夫だと言って自力で立とうとする士郎を茶々丸が有無を言わせず拘束した。

 

「茶々丸?」

 

「駄目です」

 

「茶々丸、そのまま放すなよ。士郎、ダメージが内臓まで達しているのは分かっている。いくら再生の力が高くてもこんな時ぐらい任せろ」

 

エヴァの言葉と力を抜かない茶々丸に士郎は溜息をついて、茶々丸に頼むと発した。

茶々丸もどこか嬉しそうにはいと頷いた。

帰り道、チャチャゼロが士郎を見直したり、エヴァをからかったりとまるで家族団欒のような喧騒の中、家へと戻って行く。

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