正義の味方と悪い魔法使い   作:ヒフミくろねこ

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麻帆良学園の学生寮、ネギ達が居る部屋の呼び鈴が鳴る。

そして木乃香が扉を開けるとそこには茶々丸が一人立っていた。

 

「あれー茶々丸さんや、どうしたん?」

 

「ネギ先生はいらっしゃいますか?」

 

「ネギ君? うん、おるえ」

 

木乃香のネギを呼ぶ声で、ネギと明日菜が玄関へと顔を出した。

 

「どうも茶々丸さん。どうしたんですか?」

 

「ネギ先生、士郎さんが心配していたので様子を見に来ました」

 

ネギは一瞬茶々丸の言葉に驚くが、すぐに気を取り直した。

 

「あ、はい、僕は大丈夫です。士郎さんが手加減してくれたおかげで傷らしい傷もありませんから」

 

「そうですか、それは良かった」

 

ほっと安堵のため息をついて手に持っていた紙袋を差し出す。

 

「これは士郎さんからケーキと、私からおいしいお茶です」

 

ありがとうと言って明日菜は茶々丸から手作りのケーキを受け取った。

 

「そういえば士郎さんは?」

 

明日菜は茶々丸に尋ねながら、士郎ならきっと直接ネギを見に来るはずだと思うのにと首を傾げた。

 

「士郎さんはベッドで休んでいるはずです」

 

「えっ?」

 

「ちょっと、士郎先生怪我してたの!?」

 

「はい。ネギ先生の最後の一撃を一切の魔法防御も無しに受けましたから」

 

淡々と述べる茶々丸の言葉にネギと明日菜はさーっと顔を青くした。明日菜は京都で魔力が攻撃力増加と衝撃を緩和してくれるという事を身をもって知って、ネギは暴走状態だったとはいえ自分がどれほどの威力を秘めた攻撃をしたのかという事を理解して。

 

「そ、それで、士郎さんは、だ、大丈夫なんですか!?」

 

「そ、そうよ。死んでも不思議じゃなかったわよ!」

 

「大丈夫です。朝にはもう既に完治していましたので」

 

 茶々丸の言葉にネギと明日菜は絶句した。

 

「それって。……もしかして士郎さんも吸血鬼なの?」

 

エヴァちゃんと一緒の、という明日菜の当然とも言えるような疑問を、茶々丸は首を振って人間ですと答えた。

そしてその茶々丸の言葉に明日菜とネギは「士郎さんって一体……」と呟いて愕然とした。

 

「……でもどうしてベッドに寝ているの? もう治ったんでしょ」

 

「ハイ、念のためという意味合いと、無茶をした罰のようなものです」

 

 罰という言葉に明日菜は苦笑いを浮かべたが安堵の息をついた。

 

「そっか、じゃあ士郎先生はゆっくり寝てるんだね」

 

「いえ、目を離すと直ぐに動き出そうとするので。マスターと姉さんが見張っています」

 

「見張ってって、そういえばこのケーキは? 手作りだよね?」

 

「……手遅れでした」

 

 ずーんと落ち込んだ茶々丸に明日菜は聞いちゃいけない事を聞いてしまったと、嫌な汗をかきながらあははははと誤魔化すように笑った。

 

「ちゃ、茶々丸さん、た、立ち話もなんだから中に入ってよ!」

 

「そうですか? では、お茶をお入れ致します」

 

 明日菜に促されるままに部屋の中に入ると、部屋の中にいた刹那に会釈をしてキッチンへと向かう。

木乃香も明日菜から士郎が作ったケーキを受け取って、切り分ける為に同じくキッチンへと向かった。そして人数分のケーキと茶々丸が淹れたお茶が並び、皆一斉に口に含んだ。

 

「うわっ、何これ、おいしい」

 

「ほんまやなぁ」

 

「ええ、そうですねお嬢様」

 

「ホント、おいしいです」

 

 士郎が作ったケーキに皆が舌鼓を打つ様子に、茶々丸は我が事のように嬉しそうにしていた。

 

「こんな美味しいケーキ作れるなんて、士郎先生ってお菓子作りが趣味なの?」

 

「いえ、お菓子というより料理全般です。今では料理のほとんどを士郎さんが作っていますから」

 

「へー、そうなんや。今度教わりに行っていいんかなー」

 

「ハイ、大丈夫かと」

 

 二人のやり取りを聞いて明日菜はふと質問が浮かんで茶々丸に尋ねていた。

 

「そういえば茶々丸さんは士郎先生と一緒に住んでいるんだよね? どんな感じなの?」

 

 ネギは手がかかるけどと言う明日菜に茶々丸は小首を傾げた。

 

「どんなと言われましても……特に問題はありませんが? 一緒に料理や掃除、家事をこなしたり、マスターのお世話をしたりもしますし。士郎さんは朝が早いので、私と散歩をかねた猫の餌やりが日課になりつつあります」

 

 明日菜達は茶々丸の言葉にへーと感心していたが、そんな中で木乃香はふと何かを思いついたようで、ぽんと手を合わせてにっこりと笑って口を開いた。

 

「茶々丸さんと士郎先生は夫婦みたいやな~」

 

「えっ?」

 

 瞬間、ピタリと茶々丸が止まった。微かな駆動音すら停止する。

 

「あーあー、言われてみればあんまり違和感ないかも。そうなるとエヴァちゃんを子供として、わがままな娘を微笑ましく見守る親二人とか?」

 

「茶々丸さんは背も高いので隣に並んでも違和感はありませんね」

 

「そうやね~」

 

「あっ……ああ……」

 

茶々丸は小刻みに震えながらも、盛り上がりを見せる木乃香たちを止めるに止められなかった。思考回路に不可解なノイズが走り、体内の熱量が上昇していく。

 

「お、お茶を、淹れてきますね……」

 

立ち上がってよろけながらもキッチンへと向かう茶々丸。  

普段ならありえない事だが、足元のわずかな段差に対しジャイロセンサーが反応の遅れを見せた。受け身もとれずに、顔から無防備に倒れ込む。

 

「あ~茶々丸さんが~」

 

「ちょっ、茶々丸さん大丈夫!?」

 

「……大丈夫です」

 

明日菜と木乃香が慌てて茶々丸を助け起こすと、よろけながらもキッチンへと無事に着けた。明日菜は何時もと違う茶々丸を気にして、ちらちらとキッチンへと視線を送っていたが、お茶を淹れて戻ってきた茶々丸は何時もの茶々丸に戻っていた。

そして新しく淹れたお茶でまったりしていると、部屋の呼び鈴がなった。

 

「はい、はーい。あれ? 夕映ちゃん、本屋ちゃん」

 

「アスナさん、実はネギ先生に内密の話があるのですが……」

 

夕映が明日菜にそう切り出した時、茶々丸がやって来て二人へと会釈をした。

 

「茶々丸さん、どうしたの?」

 

「あ、いえ、士郎さんが心配なのでそろそろ帰ります。お客様も来られたようですので」

 

それでは失礼しますと、明日菜にペコリと頭を下げて玄関から出ようとしたが、そこに背中から声がかけられた。

 

「あ、あの士郎さんが心配とは、何かあったですか?」

 

不安そうな表情で明日菜と茶々丸に視線を向ける夕映。そんな夕映に明日菜はどう言ったものか迷ってしまうが、茶々丸はあっさりと口を開いた。

 

「士郎さんが他人のためにしなくていい無理をしたのです」

 

「……士郎さんらしい話ですが、大丈夫なのですか?」

 

「はい。もう既になんともありません。ただ念のために今日一日は横になっています」

 

「そうですか」

 

夕映は茶々丸の言葉に安堵のため息をついてほっと肩を撫で下ろした。

 

「むしろ、マスターと姉さんが士郎さんを見張っている方が心配なのですが……」

 

 どこか翳った表情で茶々丸はポツリと漏らす。

 

「何か言ったですか?」

 

「いえ、何でもありません」

 

夕映は聞き取れずにきょとんとしていたが、茶々丸のすぐ隣にいた明日菜は茶々丸の漏らした言葉をしっかりと聞いていて、あはははと乾いた笑みを浮かべていた。

 

「それでは私は失礼します」

 

茶々丸は再びぺこりと頭を下げて、明日菜達の部屋を後にした。

 

 

 

◆ 

 

 

 

 

「今日もいい天気だな」

 

 夜が明けた早朝、朝日に目を細めながら士郎はうーんと体を伸ばした。そんな士郎をどこか楽しそうに見ながら、半歩後ろに控えていた茶々丸が口を開く。

 

「士郎さん、昨日はぐっすりと休めましたか?」

 

「ぐっすりというか、休みすぎた気もするけどな……」

 

「それは士郎さんが無茶をするからです」

 

 自分の質問に苦笑いを浮かべながら答えた士郎に、茶々丸には珍しく憮然とした様子で断言した。そして茶々丸のそんな様子に士郎はさらに苦笑いを深めた。

 

「昨日は一日中ベッドから出れなくて、しかも食事まで自分で食べられなかったからな」

 

「マスターが食べさせてましたからね」

 

「……あれは遊ばれてるようなものだったぞ? それにエヴァが飽きたって投げ出した後、茶々丸が間髪入れずに交代していたからな」

 

 士郎はチャチャゼロなんて終始笑っていたし、と呟いて肩を竦めて溜息をついた。

 

「そ、それは、せっかくですから、私も……」

 

 士郎の言葉を受けて茶々丸はごにょごにょと尻すぼみに呟いて俯いてしまった。

 

「茶々丸?」

 

「いえ、何でもありません。今日も猫達へ餌をあげましょう」

 

 士郎は不思議そうな顔で茶々丸の顔を覗き込もうとしたが、茶々丸は勢いよく顔を上げてすたすたと一人、歩き出した。

士郎はそんな茶々丸に小首を傾げて足早に歩き、茶々丸の隣へと並んだ。

歩き出してからしばらくして、士郎はふと立ち止まって空を見上げた。

急に立ち止まった士郎に茶々丸は不思議そうな表情で士郎の顔を見上げる。

 

「士郎さん?」

 

「茶々丸、見えるか?」

 

 茶々丸も士郎の視線の先を追う様にして同じように空を見上げる。すると視線の先には杖で空を行く、ネギ、のどか、そして魔法の事を知るはずのない夕映がいた。

 

「あの方向は図書館島か……」

 

「そういえば昨日ネギ先生へのお見舞いに行った時、綾瀬さんとのどかさんがネギ先生に内密な話があると訪ねてこられました。もしかしたらその後、何かがあったのかもしれません」

 

「……そうか」

 

 少し困ったような表情で士郎はポツリと漏らした。

 

「追いますか?」

 

「そうだな、何も無ければ気づかれないように戻ればいいしな」

 

 茶々丸は士郎の言葉に頷いて、後ろから抱きついた。

 

「茶々丸?」

 

「空を飛んでいった方が速いですから」

 

「すまんな、茶々丸」

 

「……いえ」

 

 士郎の申し訳なさそうな様子とは裏腹に、茶々丸はどこか嬉しそうであった。

 

「それでは行きます」

 

「ああ、任せた」

 

二人は飛び立ち、風を受けて図書館島へと向かった。

そしてネギ達が向かったと思われる図書館島裏手の地下へ続くエレベーターに乗り、蜘蛛の糸の痕跡等を追って視界に捉えられる位置へとたどり着いた。

 

「茶々丸はこの遺跡の存在を知っていたか?」

 

「はい、あるという話だけですが」

 

 地下の竪穴を通過してからは無理に抱えられて空を飛ぶ必要もなくなり、二人はネギを見失わないようにしながらも、視線で周囲を観察しながら駆けていた。

 

「……しかし、麻帆良は凄いな」

 

「そうなのですか?」

 

 情報だけならまだしも、稼動してからの月日がそう長くない茶々丸は、麻帆良以外はよく分からないといった様子で首を捻った。

 

「俺の居た世界、魔術協会の時計塔は近いけど隔絶した世界だったからな。麻帆良の一般社会への浸透性には驚かされるよ」

 

「私にはあまり想像が出来ません」

 

 苦笑いしながら答えた士郎に、茶々丸はしゅんと肩を落とした。

 

「着いたみたいだな」

 

「そうですね?」

 

 木の根が絡まって、時の流れを感じさせる構造物。その巨大な扉の前でネギ達は立ち止まった。そして周囲を探索し始めたネギ達に視線を送っている時、士郎は強い威圧感を感じて顔を上げた。

 

「どうかしました?」

 

「……何か来る」

 

 険しい表情のまま辺りを警戒していると、巨大な生物が影を落とした。

 

「竜種!」

 

最強の幻想種。士郎の思考より先に体が弾けた。

強化の魔術を足に回し、爆発的な加速で前へ出る。  

茶々丸もすぐその意図を理解して反転した。

 

「俺が引き付ける、茶々丸は二人をっ!」

 

「……ッ、分かりました! 士郎さんもお気をつけて。後で迎えに来ます」

 

 茶々丸は士郎にもっと言いたい事があったが、素早く行動する事が士郎の為になると思い、安否の言葉と用件だけを短く残し、動き出す。

 

 直後、ゴォンッ!! と大気が悲鳴を上げるような轟音が響いた。 その余波を受け呆然と立ち尽くす三人の肌が粟立つ。

それが三人を正気に戻らせ、ドラゴンの意識が士郎へと向いた合図となった。

 

「えっ、士郎さん!? それに茶々丸さんも!」

 

「脱出しますネギ先生」

 

 強制的に夕映とのどかを脇に抱えた茶々丸は、ネギに視線を合わせる事もせずに用件だけを短く口にすると、すぐさまその場を飛び上がる。

 

「え、あ、でも士郎さんが!」

 

「士郎さんは私たちを逃がす為の囮になってくれます。ですから早く」

 

普段の茶々丸とは違い、丁寧な言葉とは裏腹な気圧されるような茶々丸にネギは杖に跨って浮かび上がる。そして士郎をその場に残して二人は全速力で飛ぶ。ただ、茶々丸は自分達を守るようにして立ちふさがってくれる士郎の背中に、心配そうな視線を一目残して。

 

「この辺りでいいでしょう」

 

茶々丸はそう言って、士郎の戦闘の気配が全くしない安全な場所で夕映とのどかを地面へと降ろし、再び空へと上がる。

 

「茶々丸さん、どこへ?」

 

「士郎さんを迎えに行きます」

 

「そ、それだったら僕も――」

 

 付いて行こうとするネギに茶々丸は首を振った。

 

「いえ、ネギ先生、あなたは綾瀬さんとのどかさんを連れて来た責任として、二人を守らなければいけません」

 

「…………」

 

「それでは先に脱出してください」

 

茶々丸は沈黙を肯定と受け取り、後ろで夕映が何かを聞きたそうにしていたが、茶々丸は話しかける事もなく士郎と合流するべく空を駆け出した。

茶々丸はドラゴンと遭遇した地点へと戻ると、すでに士郎と竜の姿はなく、抉れた土や、焦げた樹木等の痕跡が戻ってきた方向とは逆へと向かって続いていた。

茶々丸は逡巡する事無くその痕跡を追った。聞こえてくる竜の叫びと爆音、そして茶々丸の視界に戦場が映った。

そこには竜を相手に怯む事無く挑む士郎と、ほぼ無傷と言っていい竜がいた。

 

「士郎さん……」

 

茶々丸の呟きが聞こえた訳ではないが、士郎はまだかなりの距離がある茶々丸に一瞬だけ視線を送り、その直後、今までにないほどの爆発で土砂が掘り起こされる。 その粉塵が竜の視界を遮った隙に、士郎は反転して茶々丸の方へと駆け出していた。  そして茶々丸は、粉塵に竜の姿が隠れる直前に走る鎖と、悲しそうな顔で竜に向かって何かを呟く士郎の姿を見た。

 

「茶々丸!」

 

「はい」

 

 茶々丸は士郎の声で一旦無駄な思考を追いやり、高速で走り寄ってきた士郎を掬い上げて全速力で離脱した。その後、離脱する士郎と茶々丸を竜は追ってくることはなかった。

 

「士郎さん、茶々丸さん大丈夫でしたか!?」

 

 ネギはエレベーターから出てきた士郎と茶々丸を見るや否や、駆け寄って行った。

 

「ああ、ネギ君達は?」

 

「はい、士郎さんのおかげで安全に逃げられました」

 

 士郎はネギの言葉によかったと言葉を漏らすが、眉を少し顰め、困ったような顔で少し離れた位置に佇んでいた夕映に視線を向ける。  

そしてネギも士郎が向いた先へと視線を向けた。

 

「夕映に、魔法の事がばれたのか?」

 

「え、あ、はい。夕映さんに推察されてしまいまして……すみません」

 

「そうか……」

 

 京都での一件、魔法がばれなかったとはいえ比較的近い位置で巻き込まれた夕映。士郎は確かに気づいてもおかしくはなかったな、と考える。二人に視線を向けられた夕映は小首を傾げながらも近づいて、そしておずおずと口を開いた。

 

「士郎さんも魔法使いですね?」

 

「……厳密に言うなら違うんだけどな」

 

 その士郎の言葉に夕映は一瞬きょとんとしたが、こくこくと何かを確かめるように頷き、拳を握り締めながらのどかへと勢いよく振り返った。

 

「のどか、士郎さんが居てくれるなら百人力です! またあそこへ行くです。あのトカゲをギャフンと言わせるですよ!」

 

「夕映」

 

「いつか必ずリベンジするですっ!」

 

「夕映」

 

 士郎は夕映のハイテンションとは真逆の、淡々とした様子で夕映の名を呼ぶ。二度目で気づいた夕映は小首を傾げながら士郎へと振り向く。そして見上げた士郎の表情はどこか陰を感じるものだった。

 

「夕映、俺は夕映を手伝わない」

 

「えっ……」

 

期待に輝いていた夕映の表情が凍り付く。士郎の声は冷徹だった。

鋼鉄のように硬く、けれど触れれば火傷しそうなほどに熱を持った拒絶の意志。

夕映にとって完全に予想外の士郎の言葉に、ただ呆然と士郎を見上げるしかなかった。

 

「魔法の世界に関わらない方がいい。忘れろとは言わない、だが不必要に近寄るな」

 

「そんな……、なら、のどかは、のどかならいいですかっ!?」

 

「いや、宮崎もそれは同様だ。だが、ネギ君と宮崎は契約をしている。最終的には当人達の問題だからな。それでも俺は夕映と宮崎が魔法の世界に近づくのは反対だ」

 

「…………っ」

 

淡々と強く言い聞かせる士郎の言葉に、夕映は眼の端に涙を溜めて俯いてしまった。そんな夕映を見て、のどかはいてもたってもいられず口を開いた。

 

「あ、あのっ、ゆえもっ――」

 

仮契約をと言おうとしたのどかは、士郎から強い視線と、どこか悲しそうな表情でそれ以上言葉を出す事が出来なかった。

 

「色々あって疲れただろう。もう帰った方がいい」

 

「そ、そうですね」

 

「ほらゆえ、行こ」

 

「……はいです」

 

 のどかはまだ俯いて肩を落としたままの夕映を優しく促して、寮へと向かって歩き出した。それを見送る士郎にネギがおずおずと近づいてきた。

 

「士郎さん、夕映さんが可哀想ですよ……」

 

「そうかもしれない。だが、俺が嫌われても言わなければならない事だからさ……」

 

「…………」

 

 士郎の言葉にネギは何も言う事が出来なかった。そしてはっと気が付いてのどかと夕映が歩いていった方を振り向く。

 

「のどかさん、夕映さん僕が送りますっ。それでは士郎さん、茶々丸さん今日は助かりました」

 

 ぺこりと体を折って士郎と茶々丸に頭を下げると、ネギは慌てて二人を追っていった。

 

「……士郎さん、よろしかったのですか?」

 

 今まで一歩引いてずっと静観していた茶々丸が、そっと士郎に近づいて尋ねる。  だが、士郎はただ苦笑いするだけだった。茶々丸はそんな士郎がどこか寂しそうに見えた。

 

「マスターが待っています。私達も帰りましょう」

 

私達の家へと口にして、茶々丸は士郎の手を取って歩き出す。

いつも一歩引いたような感じとは違い、どこか積極的な茶々丸に士郎は苦笑いするしかなかった。だが、その士郎の顔は先ほどとまでは違った色を確実に含んでいた。




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