029
「……天才というヤツは、いる所にはいるんだよな」
「そうですね~」
エヴァ、茶々丸、チャチャゼロを相手にやられてもやられても向かっていくネギに、脇で見ていた士郎が漏らし、その隣に腰掛ける月詠が同意する。
本格的に修行を始めて、一時間が二十四時間になるエヴァの別荘を使っているとはいえ、そう時間は経っていないのに目に見える成長をしていくネギに、士郎は思わず溜息をついてしまう。
「どうしたんです~?」
「いや、ネギ君の千分の一、いや万分の一でも俺に才能があったらなって思ってさ」
月詠は学園長から貰った書類の住所を見ていたのか、転入したその次の日から早速家にやってきて、別荘の存在を知ってからはほぼ毎日入り浸っている。 ネギとの対面の時は特に悶着もなく事情を説明したらあっさりと納得してしまった。
「ん? どうかしたか?」
睨んでいるというか拗ねているかのような視線を向ける月詠に、士郎は怪訝そうに問いかける。
「……士郎はん、士郎はんに手も足も出なかったウチには皮肉ですぅ」
「……いや、月詠のような中学生にあっさりと負けるようなら、俺の立つ瀬がないんだが」
苦笑いを浮かべながら言う士郎の言葉にまだ不服なのか「む~」と唸る月詠に、士郎はそうだなと前置きをして口を開いた。
「月詠を剣士レベル10とするなら、……俺は町人レベル99って所だぞ?」
「ほえ?」
「もし月詠が、俺の立つ位置に来れるなら月詠の方が強いかもしれないって事さ」
月詠ははぐらかされた様な気もしないでもなかったが、素直に褒め言葉として受け取って嬉しそうな表情になった。
「ほな~、あの魔法使い君は~?」
何度目かの悲鳴を上げながら吹き飛ばされるネギを、月詠は面白そうに指差しながら士郎に尋ねる。
「そうだな、さしずめネギ君は勇者レベル3ぐらいかな?」
「ほえ~、勇者ですか~? さすが天才君やね~」
月詠が士郎の言葉に感心していた瞬間、空気が爆ぜた。
「おお~大きいの入ったえ~」
エヴァの魔法がネギに向かって撃ち下ろされ、ネギは障壁を張ってそれを防いだが、完全には防ぎきれずその場にへたり込んでしまった。
「どうしたもう終わりか、全くだらしない坊やだな……」
エヴァはやれやれと肩を竦めながら、靴を脱いでネギの頬の感触を確かめるようにむにむにと踏む。
「……エヴァ」
「む……」
エヴァは士郎の冷たい視線に気づいて、ネギの顔から足をどけて靴を履きなおした。
「っと、仕方ない。貴様が回復するまで休憩だ」
エヴァは茶々丸にお茶の催促をして士郎の下へとやって来た。
「お疲れ様」
「ん? ああ、別に大した事じゃないぞ。それに修行をつける分の魔力は貴様から貰っているしな」
エヴァはやれやれと溜息をついて月詠とは反対の士郎の隣に腰掛けた。
「ネギ君はどうだ?」
「はん、まだまだに決まっている。修行を始めてまだどの位だと思っている」
エヴァの言葉に士郎はそれもそうだなと頷き、すぐ側で大の字になって横になっているネギへと視線を向ける。
「しかし……」
「ん? エヴァ、どうかしたのか?」
感慨深そうに言葉を出したエヴァに、士郎は首を傾げながら問いかける。
「いや、貴様の事だから修行の内容にあーだこーだ言うかと思っていたんだがな」
エヴァの言葉に士郎は思わず苦笑いを浮かべてしまった。
「さすがに俺も鍛錬の厳しさは知っている。それにエヴァを信頼しているからさ」
「む」
エヴァは士郎の明け透けな言葉で不機嫌そうにそっぽを向いてしまったが、その頬は確かに赤みを帯びていた。 そして丁度その時、グラスに氷を入れたお茶をお盆に乗せて茶々丸がやって来た。
「お茶を持ってまいりました」
「茶々丸ありがとうな」
「茶々丸はん、おおきに~」
「いえ」
各々お盆からグラスを受け取り、茶々丸は横になっているネギにも渡す。
「……ん?」
「士郎はん、どうしたんです~」
グラスに口をつけながらふと視線を上に向けた士郎に、月詠はきょとんとした表情で問いかけた。
「いや、ここに誰かが入ってきたみたいでさ」
「ふえ?」
「……貴様はそういうのに敏いな」
士郎はここにやってきそうな人物を思い浮かべて、表情をほんの少し硬くする。
「……で、でも、誰でしょう? ここに来るなんて」
「どうせ、ガキどもだろ」
茶々丸から受け取ったお茶で一息つけたのか、ネギも上半身を起こして話題に加わってくる。
「……明日菜さん、ですか?」
「多分刹那とかもいるんだろう」
「刹那センパイですか~。ほなウチも迎えに行くですえ~」
月詠は士郎の言葉に意気揚々と二刀をぶら下げながら、鼻歌交じりに歩き始めてしまう。 そんな月詠に士郎は苦笑いを浮かべながら後に続こうとしたが、ふと何かを思い出したのかエヴァへと振り向いた。
「ん? 何だ、士郎」
「……エヴァ、吸いすぎるなよ」
士郎の言葉を聞いたエヴァは一瞬何を言っているのか把握できなかったが分かった瞬間、一気に不機嫌そうな表情へとなってしまった。
「……貴様が言うから、血を吸うのを週一回に留めてやってるんだぞ。坊やも何か言ってやれ」
「えっと、士郎さん、ほら一応授業料みたいなものですし……」
「血を吸う吸わないはエヴァとネギ君とで決めた事だし、その事についてはもう何も言わない。体に負担のない程度にしてくれればいいさ。……でも、この前、吸いすぎてただろ」
「うっ……」
士郎はエヴァの一見殊勝そうな言葉と、ネギの擁護の言葉にも耳を貸さず、あっさりと前回の事を持ち出してエヴァはいじけたようにそっぽを向く。
「茶々丸、見張っていてくれ」
「ハイ、士郎さん」
「……おい、私はそこまで信用ないのか」
あまりな士郎の言葉にそっぽを向いていたエヴァは、半眼で士郎を睨む。
「というか茶々丸、貴様私の従者だぞ。士郎にほいほい従ってるんじゃない」
「?」
「ちょっと待て、何、不思議そうにきょとんとしているっ! おい、茶々丸!」
「……じゃあ、見に行ってくる」
「ハイ、行ってらっしゃい士郎さん」
「おい、貴様ら私の話を聞けッ!」
茶々丸はエヴァの言葉に不思議そうに小首を傾げて、エヴァと茶々丸のやり取りに苦笑いを浮かべながら出迎えへと歩き出した士郎に、ぺこりと頭を下げて見送った。
◆
「な……どどど、どこなのよ! ここーっ!」
ネギを心配してやってきた明日菜、刹那、木乃香、夕映、のどか、古菲、朝倉の計七名は、エヴァの家の地下にあった塔のミニチュアを発見して、気が付くとその中に立っていた。 そして手すりの無い橋を歩き、先へと行こうとしたが、そこに立っていた人物に驚愕の色を浮かべた。
「どうも神鳴流です~」
「なっ! 貴様は月詠!」
ふらりと抜き身の二刀をぶら下げてふふふふと怪しく笑う月詠。
「皆さんは下がって! ……お嬢様、私が必ずお守りします」
「せっちゃん……」
木乃香を下がらせた刹那に、ハリセンを召喚した明日菜と古菲が並ぶ。
「なんだか知らないけど、あたしも!」
「私もいるヨ」
「ありがとうございます、ですがお二人は皆を。月詠の相手は私がします」
刹那の言葉に明日菜と古菲が頷き、そっと下がる。 準備完了とばかりに刹那は鋭い視線を月詠へと向けた。
「ほな始めましょうか~センパイ」
月詠が二刀を構え、刹那もそれに倣って夕凪の抜刀体勢に入る。 そして両者が踏み込もうとした瞬間――
「おろ?」
「はぁ、案の定か……」
そこには月詠の襟首を掴みながら、深い溜息をつく士郎の姿があった。
「え、衛宮先生?」
「ちょっと、士郎先生どういうことなの!?」
斬った張ったの戦闘へと流れ込もうとしていたはずなのに、あっさりとそれが覆されて、刹那は困惑し、明日菜は士郎へ向けてがーっと吼える。 一斉に矛先を向けられた士郎は苦笑いをしながらも口を開いた。
「月詠は学園長と西の長の合意の下、麻帆良に転入してきたんだ。一応敵とかじゃない、それは俺が保証する。これは月詠の悪戯というか趣味というか……とにかく月詠も謝れ」
「かんにんですぅ~」
月詠は士郎に促されて刹那達へと頭を下げて謝ったが、相変わらずにこにことして、全く悪びれた様子は無かったが。
「……分かりました」
「むぅ……士郎先生がそう言うなら」
「おおきに~センパイ方~」
元凶である月詠の、あっけらかんとした言葉に、皆は怒る方がバカらしくなって脱力の溜息をついた。
「とりあえずはエヴァとネギ君のいる場所へ案内する。詳しい話はそこでな」
士郎は皆の返事を聴いてから背を向けて、案内する為にゆっくりと歩き出す。
ただ、士郎が明日菜や刹那を始めとする七人の生徒達の姿を確認した時、小さく溜息を吐いていたのを、すぐ隣に立っていた月詠だけががきょとんとした様子で見ていた。
◆
「魔法を教えてくださいです」
「駄目だ」
詳しい月詠の話、別荘の事、ネギの修行の事などを話しながら夕食を済ませ、まったりし始めていた時、唐突に切り出した夕映の言葉を士郎がばっさりと斬り捨てた。
「私はエヴァンジェリンさんに聞いているんです。士郎さんには聞いてないです」
「それでも駄目だ。以前言った筈だ、不用意に魔法に関わるなと」
「……おい、私を置いてけぼりにして話をしてるんじゃない」
エヴァは半眼でぼそりと二人に突っ込みを入れる。 そして一方の夕映は、エヴァの言葉に素早く反応する。
「では、エヴァンジェリンさん!」
「なんで私がそんなメンドくさい事を。坊やにでも頼めばいいだろう」
「ネギ先生!」
「夕映!」
エヴァの言葉を受けて、次の標的に向かおうとした夕映を、士郎は叱責してそれを止めた。 だが夕映は不満そうに振り向きながら、懐から一枚のカードを取り出して力ある言葉を紡ぐ。
「“来れ”」
三角帽子に、ローブ姿、そして本と箒を持った夕映がそこにいた。
「私は士郎さんの従者なのですから、いいじゃないですかっ!」
「どうして夕映が従者の事を……」
眉を顰める士郎に朝倉がポツリと漏らす。
「衛宮先生、ほらゆえっちだけ仲間はずれも……」
「朝倉」
「あ、あはははー」
朝倉は士郎の強い視線に冷や汗を流して一歩二歩と遠ざかる。
「悪いが俺は、従者は持たないし、これからも持つ気はない。夕映が俺の従者という理由で魔法に関わるというなら、契約を破棄しても構わない」
「――――っ!」
エヴァはさらに何か言おうとした夕映を手で制し、士郎へと視線を向ける。
「それ以上はやめておけ、士郎。意固地になるだけだぞ」
「だがッ!」
「士郎」
「…………そうか」
静かなエヴァの自分の名を呼ぶ行為に、士郎は熱くなっていた自分を戒め息を吐いて緊張感を解く。
「士郎が過保護すぎるのも確かなんだがな。警察も魔法使いも、程度はあるが危険度の具合なら大して変わらん。貴様は警察になるものに一々危険だと説いてまわるのか?」
「…………」
「ま、好奇心は猫をも殺すという言葉もあるが、な」
エヴァは沈黙する士郎から視線を外し、夕映達に向けてくっくっくと笑う。
「あのーいいんでしょうか?」
「勝手にしろ。どうなっても私は知らん。自己責任というヤツだ」
「えーっと」
ネギはエヴァから視線を外して次に士郎の顔を見る。 士郎はネギの視線に何も答えず、どこか悲しそうに、そして何かを心に秘めたような表情を浮かべた。 そしてそのまま踵を返し、夕映達に背を向けてこの場から離れて行った。
「あのー」
「ネギ先生、是非!」
去っていった士郎の事をエヴァに尋ねようとしたネギだったが、そこに夕映が畳み掛ける。 夕映は士郎の悲しそうな表情に一瞬罪悪感が湧くが、それでも好奇心が勝った。
「いいんでしょうか?」
「……何度も言うが勝手にしろ」
「じゃ、じゃあ――」
迷った末に夕映達に魔法の簡単な講習を始めるネギ達の隣で、エヴァはふんと鼻を鳴らし、何かを決意したような士郎の表情が脳裏にちらついていた。
◆
ネギ達の下から離れていった士郎は、ネギの指示の元、練習用の魔法の杖を振っている夕映達を見ながら、一人溜息をついていた。
「何、辛気臭い顔をしている」
「エヴァか……」
ほれと、エヴァが差し出したアイスティーを、士郎は苦笑いをしながら受け取って一口口に含む。 そんな士郎を見ながら、エヴァはどこかつまらなさそうな顔をして士郎の隣に腰掛けた。
「まあいい。それより士郎、さっきの表情はなんだ?」
「さっきの?」
察しの悪い士郎に、エヴァは若干声を荒げるように、不機嫌そうに言葉を発する。
「魔法の世界との関わりをやめようとしないガキどもに貴様は引いて、そして貴様は何の覚悟をした?」
「…………」
無言で顔を強張らせる士郎に、エヴァはらしくないと自分が熱くなってきていたのを感じて、自分用に持ってきていたアイスティーをこくこくと嚥下する。
「……どうせ貴様の事だ、いらん苦労を背負い込むつもりだろ。貴様の世界でもあんなバカどももいたのだろう?」
「……バカって」
不満そうに眉を顰める士郎に、エヴァはふんと鼻を鳴らしてそれを一蹴する。
「ここ近年は温くなったもんだ、この世界もな。だが貴様の世界は違ったのだろう? 人権なんぞ何の役にも立たない、不用意に近づいた一般人は良くて記憶を消され、悪ければあっけなく死ぬ。そんな世界でバカみたいに人に救いを与えていた貴様だ。どうせ貴様は言っても聞かないバカどもの代わりに、貴様が血を流していたのだろう」
「…………」
エヴァが吐き捨てるように言った事を、士郎は肯定も否定をせずに、ただどこか遠くを見るようにはしゃぐ夕映達を見ていた。
そんな士郎にエヴァは一度だけ鼻を鳴らし、それ以上は何も言わず、ただ士郎と同じ方へと視線を向けていた。
「……魔法を教えて欲しい、か」
「ん? どうかしたか?」
「いや、親父に魔術を教えて欲しいってせがんだ時の事を思い出してさ」
「間違えて教えたというやつか?」
エヴァの身も蓋も無い言葉に、士郎は、ははっと苦笑いを浮かべて口を開く。
「間違えたというか、本当の始めの初め、魔術回路の生成の仕方だけを教えて、親父は逝ったからな……。エヴァはどう思う?」
「何がだ?」
エヴァは士郎の急な問いに小首を傾げて、その顔を見上げる。
「夕映達が魔法に関わる事についてだ。エヴァもさっき言っていただろ? 魔法使いも警察も危険の度合いは変わらないって」
「そうだな、協会に属すならその能力に見合った仕事が回されるはずだ。タカミチのように第一線で戦う者もいれば、NGOという隠れ蓑で、発展途上の国へと行き、人助けをする奴らもいる」
「そうか……」
「――だが、どの世界にも闇はある」
安堵の表情を浮かべようとした士郎を一喝し、そしてエヴァは喋り続ける。
「英雄ナギ・スプリングフィールドの死亡――坊やの言葉を信じるなら失踪だがな。麻帆良に縛られてもナギの情報収集はしていたが、一向に足取りはつかめなかった。だが坊やはそこへ臨もうとしている。そして貴様があの試験の時に言ったように、ナギの子供であるという事が孕む危険性。まぁ、そんな事は言い出せばキリがないがな」
「…………」
「京都のような事件なんぞそうそう起こる事でもないぞ。そもそもまだ研修中の坊やが前面に出る事もないだろ、所詮他の魔法生徒と同じ扱いだ。精々その間に鍛えてやるさ、結局最後に頼るのは自分の持つ意志と力だからな」
「……エヴァ。ありがとな」
士郎は微笑みながら、ふさっと柔らかいエヴァの髪を撫でる。 数秒ほど士郎の手を甘受していたエヴァだったが、はっと気が付いたように体を振るわせた。
「……というか、なぜ私は貴様を慰めるような事を言っているんだッ!」
顔を真っ赤にさせて吼えるエヴァに、士郎は思わず殺していた笑い声を上げてしまう。 でも、エヴァの睨む視線に苦笑いして笑い声を我慢した。 そんな士郎にエヴァは不機嫌そうに鼻を鳴らした時、ふと茶々丸の視線を感じたような気がしたが、気のせいだろうと思い直す。
「そうだ、貴様もアレをやってみてはどうだ」
「あれ?」
話題を逸らすように、冗談交じりにエヴァは夕映達の方を顎で指し、そんな事を言い出した。 そしてその先には相変わらず練習用の小さな杖を振る生徒達。
「プラクテ ビギ・ナル 火よ灯れ」
エヴァは呪文を唱え掲げた爪の先に小さな火を灯らした。
「何、簡単な事だ。案外魔術使いの貴様でも使えるかも知れんぞ。ほれ貴様の夫婦剣を出せ」
くっくっくと愉快そうに笑うエヴァを見ながら、士郎は右手に莫耶を投影し、一応魔術回路を開きながらエヴァに倣って呪文を唱える。
「プラクテ ビギ・ナル 火よ灯れ」
力ある言葉に反応し、莫耶の剣先に小さな火が灯り、そしてすぐに消えた。
「む……」
「ほう」
困惑する士郎と面白そうに笑うエヴァ。
「この世界の魔法は、極論を言うなら素養と精神力、それに魔力さえあれば後は呪文の詠唱だけで発動する。たとえ異界の魔術使いである貴様でもそれは同じだったみたいだな」
愉快そうに、楽しそうにエヴァは笑う。
「貴様がこの世界に来てからまだ一ヶ月しか経っていないのだ。この世界の事も、この世界の魔法の事も追々覚えていけばいい。……しかしまだ一月か、それよりもずっと長く一緒だった気もするが、な」
そこでエヴァはふっと笑って立ち上がる。
「ガキどもも解散し始めたようだ、今日はもう休むぞ、士郎」
「……そうだな。皆の寝床の準備もしないといけないしな」
エヴァはニ、三歩先を歩いてくるりと士郎に向けて振り返った。
「全てはこれからだ、貴様も坊やもガキどももな」
「ああ」
◆
完全に日が落ちて、月明かりだけが辺りを照らす中、月詠が寝ている士郎の元へと一人来ていた。
「士郎はん、士郎はん、なんや面白い事してるみたいです~」
「……月詠、か? 面白い事?」
生徒達とはやや離れた場所で寝ていた士郎は、月詠に揺さぶられて目を覚ましたが、月詠のいきなりの言葉に首を傾げた。
「まぁまぁ、行ってみれば分かるですぅ~」
「あ、おい」
「ほな、行きますえ~」
半ば無理やりに月詠に袖を引かれてやってきた先には、のどかのアーティファクト、イドノエニッキを囲んで何かを見入っている皆がいた。 そして近づいていくと、その先に額を合わせるネギと明日菜までいた。
「どうか、したのか?」
「何だ、貴様も来たのか?」
怪訝そうに近寄ってきた士郎をエヴァは横目で確認して、そしてまた視線をイドノエニッキに落とす。
「……坊やの過去を見ているだけだ。貴様も興味あるなら見るといい」
「ネギ君の過去?」
視線を向けずに言ったエヴァの言葉にふと小首を傾げながらも、士郎はイドノエニッキへと視線を落とす。
そこに綴られていく話、そしてその話に士郎は感慨深いものを感じていた。
それは子供らしい純粋な願い。
ピンチになったらお父さんが来てくれる、という本当に純粋な願い。
だがそれは、平穏しかない田舎の村が魔物に蹂躙されるという確かな危機――ピンチが訪れた時、子供の純粋な願いは悔恨へと変貌した。
村が燃え、人々が石に、悔恨の念に支配され、子供のネギ自身にも魔族の脅威が迫った時、それは起こる。
突如現れた一人の青年が状況を一転させる。
その青年は襲撃しに来た魔族達を圧倒的な力で薙ぎ払い始める。
ネギは魔族達が蹂躙される様子に呆然としていたが、ふと自分を取り戻した時、急に駆け出してしまった。 だが、魔族はその隙を見逃すはずもなく、襲い掛かっていく。
それを老魔法使いと姉が身を挺して守るが、姉は足が石化して途中で折れてしまい、老魔法使いも全身が石化し始め、襲ってきた魔族を封印するものの完全に石化してしまった。
一時の脅威が去り、自分を助ける為に負傷し、気を失った姉に声を掛けた時、ふと影が差した。 ネギが振り向くとそこには魔族を蹂躙していた青年が立っていた。
ネギは恐怖で震えながらも、練習用の魔法の杖を振りかざし精一杯の思いで姉を守ろうと立ちはだかった。
「……そうか、お前がネギか」
一歩一歩と青年は歩みを進める。
「……お姉ちゃんを守っているつもりか?」
子供のネギは近づいてくる気配に目の端に涙を溜めて、恐怖に小刻みに震えていた。 そしてその男がすぐ目の前に来た時、ネギの恐怖もまた、最高潮となっていた。
「――大きくなったな」
掛けられた言葉は、ネギの考えていたものとは違い。頭に触れる大きな手は、痛みではなく安堵と与えてくれた。
「…………えっ?」
「……お、そうだ。お前にこの杖をやろう。俺の形見だ」
「……お、父さん……?」
ネギはただ呆然と顔を上げるしかなかった。
「……もう時間がない」
「え?」
男――ナギ・スプリングフィールドは空へと浮き上がる。
ネギは空中へと浮き上がり、遠ざかる父の名を呼んで必死になって追いかけた。
「元気に育て、幸せにな!」
何度も何度もお父さんと呼ぶが、転んで顔を上げた時にはもう既に父の姿はなかった。
幾度となく渇望した父との出会い。
奇しくもネギが想った通り、ピンチになったらお父さんが来てくれるというもの。
それはある雪の日の、ネギ・スプリングフィールドにとっての原初の思い。