そこに七人の魔術師と、七騎の使い魔による戦争があった。
手にしたものの願いを叶えるという聖杯を巡った戦争が。
「――問おう、貴方が私のマスターか?」
ただ巻き込まれただけの少年は、魔術を知っていたが故にその戦争に身を投じる。
戦争は少年にとって、今まで知りえなかった事実を知った場でもあり、ある少女との出会いの場でもあった。
少年は傷つき、血を流し、自分にはそれだけしかないと、ただ愚直に進む。
戦争は佳境を迎え、少年はある英雄の真実を知り、それでも尚、進む事を諦めなかった。
そして終末――
「いくぞ英雄王――武器の貯蔵は充分か?」
聖杯戦争は勝者のいないまま、幕を閉じた。
――体は剣で出来ている。
少年は周囲の反対を押し切り単身、海を渡る。魔術を知り、戦う術を持った少年はそれらに頼る事も無く、人を助け、人を救い、いつしかNGOに入っていた。
そこでも人の為に動いて、悲しい事もあったが、そこには笑顔と充実した日常が、確かにあった。
――血潮は鉄で 心は硝子。
だがそんな日常は一つの大きな悲劇で壊れさり、一人の少女との出会いで再び魔術の世界へと加速度的に傾倒していく。
――幾たびの戦場を越えて不敗。
少年は少女の助けを借り、幾多の戦いに身を投じ続けた。
そして少年は何時しか青年と呼べるようになり、それでも尚、青年は自分の戦場をただひたすらに駆け続けた。
――ただの一度も敗走はなく、
救った命が在り、救えなかった命が在る。
そして、そのどちらにも青年は賭けられる物を全て賭け、自己という対価を持って進む事を止めなかった。ただ、引く時は自分の命が散る時だと、おぼろげに思いながらも。
――ただの一度も理解されない。
そこには感謝された事も在ったが、畏怖や罵倒、そして刃を持って返された事も在った。青年の無私の善意を引け目無く受け入れる事が出来るほど、世界は優しくなかった。
――彼の者は常に独り 剣の丘で勝利に酔う。
かの者の名は何時しか恐怖の代名詞へと変わり、その実とは乖離した話だけが世界を駈ける。それでも、ただ青年の思いだけが自身を肯定し続ける。
――故に、生涯に意味はなく。
魔術協会からは封印指定を、魔術師や敵対した者達からは表裏問わず懸賞金を掛けられ、ただ畏怖と怨嗟、そして刃をその身に一身に受る。
そう、まるで世界全てがその存在を否定しているかのように。
その体は、きっと剣で――
それでも青年は止まる事は無かった。心に持った理想、かの英霊に示した自分の言葉、それは折れず、曲がらず、まるで一本の剣であるかのように。
それは原初の思い、空っぽの自分を満たした、養父の思い。だが、理想を果たそうとする青年の姿は、まるで狂人、養父の思いは、まるで――
「――シロウ、お姉ちゃんがキリツグの呪い、解いてあげる」
◆
「士郎、貴様こんな時間に一人何をしている?」
「エヴァか……」
「もうガキどもはとっくに寝ているぞ」
一人、ただ座って海を見ていた士郎に、エヴァは何時もとは違う何かを感じて怪訝な様子で目を細める。
「ネギ君の過去の話でちょっと思う事があってさ……」
「そういえば貴様も進む道に父親が深く関わっていたのだったな。ふむ、貴様の過去か……」
「あまり面白い物でもないぞ」
苦笑いする士郎に、エヴァは今まで聞いていた話を思い出す。 正義の味方、封印指定、宝具の話、魔術の話……知っているようであまり士郎自身の事を知っていないのだなと。 そこでふと何かに気づいて、思考を中断する。
「綾瀬夕映、そこで何をしている」
エヴァは振り返る事も無く、そう言葉を発した。 話しかけられるとは思っていなかった夕映は、一瞬びくりと震え、おずおずと柱の影から姿を現した。
「…………」
そして夕映はゆっくりと歩いて、士郎の前へとやって来た。
「あ、あの、士郎さん。どうして魔法に関わってはいけないのですか? ファンタジーの世界に対する好奇心も確かにあるですよ。でも私は、士郎さんの従者です。士郎さんの役に立ちたいと思っては駄目ですか?」
まるで懇願するような夕映に、士郎は再び拒否の言葉を口にしようとしたが、そこへエヴァが割って入った。
「士郎、ただ危ないという理由だけでこいつは納得などせんぞ」
「…………」
眉を顰め難しい顔をする士郎に、エヴァはふふふと笑う。
「いい機会だ、貴様がそういう理由を見せてやればいい」
「……どういう意味だ?」
「貴様が何を見てきて、何をしてきたのか、それを見せてやればいい」
「……ネギ君みたいに、俺の過去を?」
「そうだ」
エヴァの言葉に士郎は気が進まないようだったが、夕映は顔を上げて期待に胸を膨らませる。
「綾瀬夕映、士郎が何故貴様を魔法から遠ざけるのか知れ。そして士郎の従者を名乗ろうというのなら、士郎の内面を知れ」
「はい!」
「……夕映、あまり気味のいいものではないから、見ない方がいいと思う」
「いえ、大丈夫です!」
エヴァは士郎が言いたい事を正確に分かっていたが、あえて詳しく説明しようとも思わなかった。 呪文の詠唱を始めようとした時、ふらりと人の気配がやってくるのに気づき、詠唱を中断してその先を見る。
「……なんだ、ぞろぞろと」
エヴァの視線の先には茶々丸にチャチャゼロ、それに月詠がいた。
「なんや面白そうな事していますね~」
エヴァは手短に説明してやると、月詠は無論の事、茶々丸にチャチャゼロまでもが興味を示した。 エヴァは自分の従者達に溜息を一つつくが、すぐに気を取り直した。
「まあいい、これで定員だ。悪いが他の奴らに見せる気はないんでな」
エヴァは凄惨な笑みを浮かべ、士郎以外を睥睨する。
「貴様ら、私がそこへ連れて行ってやる」
そして士郎とエヴァを中心に魔法陣が展開された。
◆
――始まりは黒い太陽と、一面の焼け野原。 原型という原型は全て崩れ、ただ廃墟のみが支配する。
生きているのは自分だけ。黒焦げになったモノも見えるけど、生きているからには生きないと駄目だと思った。 それでも希望なんて持たなかった。 この赤い世界という絶対の地獄。 助からないと思った、この赤い世界からは逃げられないと。
それでも奇跡的に生き延びることは出来た。 そう体は生きることが出来た、ただ代償として心が死んだ。
■■士郎はここで生を受け――
「こんにちは。君が士郎君だね?」
衛宮切嗣に拾われ、■■士郎は衛宮士郎になった。 いつまでも少年のように夢を追い続けていた親父。 呆れていたけどその姿はずっと眩しかったのだ。 だから自分もそうなりたいと願ったのかもしれない。
親父の夢。正義の味方に憧れていた親父。
「うん、しょうがないから俺が代わりになってやるよ。爺さんはオトナだからもう無理だけど、俺なら大丈夫だろ。まかせろって、爺さんの夢は――」
――俺がちゃんと形にしてやるから。 そう言い切る前に父は笑っていた。続きなんて聞くまでもないって言う顔で。
「ああ、安心した」
そして切嗣は逝った。
――空っぽだった衛宮士郎は、この時初めて形を成した。
そこに七人の魔術師と、七騎の使い魔による戦争があった。 手にしたものの願いを叶えるという聖杯を巡った戦争が。
「――問おう、貴方が私のマスターか?」
ただ巻き込まれただけの少年は、魔術を知っていたが故にその戦争に身を投じる。 受動的に巻き込まれた戦争だったが、その戦争と衛宮士郎には様々な因縁があった。 衛宮士郎と成るきっかけの大災害の真実。 無邪気な少年の様な大人だと思っていた、自分の養父のもう一つの顔と理想。 養父と自分を殺すと言った、白い少女の復讐と思慕。 自分に騎士の誓いを立て、故国の復興を願った剣精の誇りと誓い。 ――そして、肥大化した自己嫌悪を孕んだ、自分の未来の可能性。
戦争は少年にとって、今まで知りえなかった事実を知った場でもあり、もう一人の家族との出会いの場でもあった。 少年は傷つき、血を流し、自分にはそれだけしかないと、ただ愚直に進む。 戦争は佳境を迎え、少年はある英雄の真実を知り、自分の内の傷を開かれるも聖杯の譲渡を拒否し、それでも尚、進む事を諦めなかった。
そして終末――
「いくぞ英雄王――武器の貯蔵は充分か?」
勝者は勝者とならず、ただ幕は閉じた。 少年に残ったのは、強い信念と新しい一人の家族。 少女に残ったのは、十年越しの両親の思いと大切な自分の――。
◆
「……それが貴様の始まりか?」
「ああ、そうだ」
硬い表情のエヴァとは違って、士郎はどこか懐かしむように頷いた。
「ケケケケ、家政夫。オマエモイイ感ジニ歪ンデルジャネーカ」
チャチャゼロは何時もの茶化したような笑いではなく、口の端を吊り上げた暗い笑い声を上げた。
「チャチャゼロ、黙れ」
「アイサー、御主人」
チャチャゼロはエヴァの制止に珍しく素直に従って、口を閉じエヴァの隣に控える。
「貴様と坊やは共に父親が人生の指針に深く関わっているが、その実、方向性はまったく違うな。坊やは幼子の純粋な思慕と魔族襲来。子供の頃の精神的ショックというやつは存外尾を引くものだ。だが貴様は坊やと比較するのもおこがましいほど根が深い。貴様を突き動かすのは贖罪、憧憬、誓い、理想……いや、詮無い事だな」
エヴァは微かに俯いて首を振る。
「貴様は正義の味方を目指し、自分の最後がああなるかもしれないと知っても……。愚問だったな、忘れてくれ。ともかく、貴様はここから歩き出したのか」
士郎はエヴァの言葉を受けて、苦笑いしながらも静かに頷く。
「無知で、力もない、ただ漠然とした理想しかなかった俺は、確かに聖杯戦争で通すべき意地を見つけた」
士郎は目を瞑り、過去に思いを馳せる。 磨耗してもその理想を決して諦めなかった切嗣、あの大災害でたった一人生き残った自分。 そして自分の未来の可能性、アーチャーに対して通した思い。
「英霊エミヤか……。貴様もそこに到るというのか?」
「それは分からない。英霊エミヤと俺の道は、もう既に違っているからさ」
異なった道と士郎は言うが、エヴァには素直にその言葉を鵜呑みにする事はできなかった。 赤髪の少年は、彼の英霊のようにその髪を白髪に変え、褐色の肌と纏った赤い聖骸布のコート。 基点は違えど同じような道は通ってきたはずだ。ただ、この世界に来たのは明らかな相違とも言えなくも無いが。
軽く顎に手を当てて思考をするエヴァの隣で、月詠は楽しそうにうふふと笑う。
「しかし~、セイバーはんかぁ~。試合ってみたいお方やわ」
頬に手を当ててどこか顔を赤らめたような月詠の台詞に、エヴァが思考を中断させてふむと頷く。
「セイバー――アルトリア・ペンドラゴン、かのアーサー王が貴様の従者だったとはな」
「俺にはもったいなかったし、過ぎた従者だったよセイバーは」
未熟な自分に剣を捧げてくれて、契約が切れてしまっても、それでも守るといってくれた彼女。 彼女の存在は恋とか愛とかそういうものではなく、とても綺麗なものとして士郎の心に残っていた。
懐かしむように微笑んでいる士郎に、エヴァが声をかけようとした時、それは悲痛な叫び声によって遮られる。
「……これが魔法、こんなのが魔法の世界というものなのですかっ!」
今まで黙したままでいた夕映が、耐えかねたように叫んでいた。
ネギの過去を見て夕映は確かに魔法を知って浮かれていたと思ったけど、それでもまだどこか壁の向こう側、現実というものに直結はしていなかった。 悪魔が村を襲い、子供の危機に勇者が現れて救う、村人は石にされたもののいつか元に戻せるかもしれないと。 それはなんて漫画のような単純な世界。そこにはやっぱり夢や幻想が確かにあった。
でも、士郎の過去は地獄から始まった。 初めの記憶は圧倒的な死の現実で、そこには母や父が、親しい友達がいたのかもしれない、それ以前の記憶すら全てなくなってしまった。 養父の理想を、正義の味方を追い求めて、他人の為に傷を負う士郎が許せなかった。 少し妥協すれば楽になるのに、もう少し自分の事を考えれば傷つかなかったのに。
そしてその全てに魔法がかかわってた。 魔法使いは私利私欲に動き、自分の目的の為には人の命すら塵芥と同じ。 そんな事の為に士郎が代わりに傷ついて、だから夕映は魔法というものが許せなかった。
「夕――」
「士郎、貴様は黙っていろ」
肩を震わせて俯く夕映に士郎が声を掛けようとするものの、それをエヴァが制してそのまま夕映を見据える。
「綾瀬夕映。一言言おう、今見てきたのは魔法じゃない」
「……どういう事です?」
心に余裕がなくなってきた夕映は、エヴァを睨むように問うていた。 そんな夕映にエヴァは不敵に鼻を鳴らすだけだった。
「それは~士郎はんの使う魔法は陰陽術や、西洋魔術とも違うという事が関係あるんですか~?」
「ほう、聡いな貴様」
エヴァはえへへと照れたように笑う月詠を一瞥して、再び夕映へと向き直る。
「英雄の魂を聖杯に満たし、何でも叶う願望機にする。もしそんなものがあったら本国の奴らはその非道性と危険性からとっとと封印するだろうな」
「ですが……」
「何故士郎の時は誰も止める者もいなかったか? ふん、そんなのは決まっている、世界が違うのだから。危険性? 人道性? そんなものは魔術の探求の前にはクソの役にもたたん、士郎はそういう世界を生きてきた」
エヴァは今まで士郎から聞いてきた魔術の事を瞑目しながら思い出し、あっさりと口にした。 冷静に言葉にしたエヴァとは違い、夕映は一瞬呆然と口を開ける事しか出来なかった。 それでもエヴァの台詞が徐々に浸透して、その言葉の意味を認めても、到底理解する事はできなかった。
「え、ちょ、ちょっと待つですよ、世界が違うってどういう事です! エヴァンジェリンさん!」
「言葉通りだ。士郎はこことは違う日本で生を受け、こことは違う世界で生きてきた。四月以前の衛宮士郎を直接目にしていたヤツなど、この世界には誰一人としていない」
慌てふためく夕映とは違い、エヴァは淡々と静かにその事実を口にした。 事実を事実として認めていいのか迷う夕映は、ただ呆然と士郎を見るしかなくて。 そんな夕映に士郎はただ苦笑いを浮かべるだけであった。
「ああ、俺はこの世界の人間ではない。黙っててごめんな、夕映」
「…………」
士郎の気配に、夕映はこんな荒唐無稽な事が真実であるのかもしれないと思うようになった。 世界が違う、エヴァはそう言った。それならばと夕映は思考する。
「だったら――」
「だがな、綾瀬夕映、魔術と魔法になんて差異は無いぞ」
魔法と魔術は違うと声に出そうとした夕映を、エヴァは先読みしたように言葉を被せた。
「どちらも所詮は一般の人間が解しない技術体系の一つでしかない。魔法を知ったからといって、そこに夢や希望がある訳ではないぞ。魔法という技術体系、普通の人間が知らないだけで、そこにはそこの現実がある。それは魔術だろうが魔法だろうが変わらん事だ。くだらん幻想を抱くな」
エヴァの突き放した台詞に夕映は押され俯いてしまう。
「それは……」
「ん?」
言葉を無くして俯いていたはずの夕映の小さな言葉に、エヴァはふと視線を向ける。
「その現実というのは士郎さん一人が傷ついてしまう現実ですか? ……そんな、そんな現実なんて要らないですッ!」
「――ッ」
「それに、やっと出会えた士郎さんの妹さん、イリヤさんも望むはずないじゃないですかッ!」
夕映の悲痛の叫びに士郎はただ苦笑いを浮かべた。 だがその表情はどこか不安定で、何時も浮かべるものとは確かに違っていた。 その歪な笑みにエヴァだけが気づけた。
どこか歪んだ士郎の笑み、余りにも自分勝手で子供な夕映の台詞、エヴァには我慢ならなかった。 だから躊躇無く、感情的に流されるまま自分を露わにする。
「――黙れ」
「ッ!」
顔から表情を消したエヴァは突き放すように夕映を睥睨する。
「なんも知らん小娘が、知ったような口をきくな」
冷たい怒りと圧倒的な存在感を纏って、そこには闇の福音と呼ばれた不死の吸血鬼、エヴァンジェリンがいた。 夕映はそんなエヴァに完全に飲まれて、ただ一歩二歩と無意識にあとずさるしかなかった。
「……時とは流れるものだ」
一転して怒気を霧散させたエヴァは、儚げに笑ってそう口を開いた。
「そう、今のこの時はなんと救いが在った事か」
「……え?」
夕映はエヴァの言葉に不意を突かれたように、ただ反射的に疑問を浮かべる事しか出来なかった。 巻き込まれた災害で実の両親も記憶もなくなって、引き取られた養父もまた失って、他人の為に身を投げ出すような事を当たり前とする生き方、それより酷い事なんてと。
そんな事を思う夕映に、エヴァは儚げな表情のままどこか遠くを見ながら、何も知らない子供に諭すように口を開く。 その表情は長い時を生きてきた大人の顔。
「私も詳しくは知らん。だがな、人の為に世界に戦いを挑み、そして人に否定されたたった一人のマギステル・マギ。そこに救いなんて無かったのだろうな」
エヴァは夕映に語るように言葉を紡ぐも、最後はまるで自身に確認するような言葉だった。 エヴァは今まで士郎が断片的に語ってきた事を思い、年老いたものだけが見せる諦念の色を含んだ薄い笑みを浮かべた。
封印指定、魔術協会の在り方、この平和な世において戦場を駆けると言った士郎。 それは、日常とは対照的な淀んだ澱の中を好んで生きるような意味。
「士郎、続きを見せろ。始まりは見た、きっかけは見た、少しの力と理想だけを持った小僧がここへと到った道を、この私に、このガキに見せてみろ」
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